ソシャゲヒロインにTS転生したオレ、喫煙するところを主人公君に見られる   作:恥谷きゆう

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 どんよりとした霧はオレたちの視界を覆ったままだ。

 周囲の様子はよく見えず、警戒を解くことができない。

 

 時刻としてはまだ昼過ぎのはずだが、太陽の光はほとんど感じられない。

 薄暗い空気は後ろ向きに傾いた思考をさらにネガティブにする。

 

 

 これで良かったのだろうか。

 ひとり自問自答しながらも、オレは表情に出さないように前に進む。

 後ろからはハヅキ、カノンの二人とシュガー小隊の面々がついてくる。

 

「ライカ。本当にこれで良かったのだろうか」

 

 後ろを歩くハヅキがオレに近づき、小声で話しかけてくる。

 オレはそれに振り返らずに答えた。

 

「……何がだ」

「翔太たちを探さずに厄神を倒しに向かって良かったのか? という話だ。……3人は無事なのだろうか」

「さっきも説明した通りだ。厄神を倒せば特区──『穢れの地(ヘイティッド)』の毒素も消えるはずだ。それに、オレの推測ではあいつらも厄神の討伐に向かっている」

 

 推測、というか知っている。

 BOGのストーリーとしてオレはこの場面を見た。

 本隊からはぐれた3人は互いに助け合い最終的に厄神を討伐する。

 

 だからこそ、最終的に3人とも無事で帰ってこれることを知っている。

 それでも、本当にこれで良かったのだろうかという疑念は晴れない。

 

「……オレも、この判断が絶対に正しかったのかなんて分からない」

「ライカにしては珍しく弱気な言葉だな」

 

 少し驚いたような口調でハヅキが言う。

 

「ただ、信じてもいいような気がする」

 

 口から出てくる言葉は、自分でも驚くほどに本心に近いものだった。

 

「あいつを。当たり前の善性を持ち、人と同じように苦しむことができるあいつなら、ヴィクトリアとヒバリと一緒に苦境を乗り越えるはずだ」

 

 思い出すのは、不定形の神を前にした時のことだ。

 全てを悟って死のうとしたオレを、彼は己のエゴを持って救ってみせた。

 

 その時のことを思い出せば、信じられる。

 彼が物語の主人公だからではない。

 彼が彼だからこそ、ヒバリとヴィクトリアを救ってくれると信じられるのだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「……ッ!」

 

 混濁していた意識が覚醒する。

 ガバ、と体を起こした僕の目に真っ先に映ったのは、こちらを心配そうに見るヒバリの姿だった。

 

「翔太君大丈夫!?」

「うん。ここは……?」

 

 先ほどまで視界を覆っていた霧は晴れ、周囲がよく見える。

 僕たちが普段戦っている都内とはまた異なる雰囲気だ。

 

 街路樹は枯れているらしく、葉はほとんどついていない。

 ありふれたオフィスビルの窓には鉄格子がはめられていて、まるで監獄のようだ。

 

「特区の中で別の場所に移動させられたみたい。……ここの景色、見覚えがある」

 

 小さく呟いたヒバリが俯いた。

 

「ライカたちはいない……ここにいるのは僕とヒバリだけ?」

「ううん。……れーちゃんはここにいたけど、もう先に進んじゃった」

 

 弱弱しい口調でヴィクトリアの名を呼んだヒバリは、小さく俯いた。

 

「ヴィクトリアが……どうして一人で?」

「れーちゃん、様子がおかしくて……『ようやく本懐を遂げられる』って言って、私の言葉も聞いてくれなかった……多分、厄神の方に向かって行ったと思う」

 

 ああ、そうか。厄神に故郷を奪われたのは彼女も一緒だった。

 できるだけ早く後を追う必要があるだろう。どんな無茶をするか分からない。

 

「フォックス小隊とシュガー小隊のみんなとは合流できそう?」

「ううん。他のみんながどこにいるのか全然分からない」

「人を別の場所に移す……そんな力を使う敵がいるんだね」

 

 ファンタジーじみた力を扱う『虚構の浸食』だが、空間を超越するような力など見たことがない。

 

 

「とにかく、マナの話だと僕たちがここにいれるのは後1時間くらいだったよね。ヴィクトリアを見つけるにしてもライカたちと合流するにしてもここから動かないとだね」

「……うん、そうだね」

 

 身を起こして周囲を見渡す。

 相変わらず人の気配はどこにもない。

 

 ひび割れたアスファルトを踏みしめて歩き出す。

 しかし、歩き出してすぐにヒバリが声を上げた。

 

「待って翔太君。何かいる」

 

 彼女の視線を辿って道の先を注視する。

 車の走っていない車道の奥。灯りのついていない信号機の下あたりに何かがいた。

 

 その影はゆっくりとこちらに近づいてきて、姿が鮮明になる。

 

 最初、それは普通の人間に見えた。

 黒いスーツ。革靴。銀色の腕時計。オールバックの黒髪。

 

 けれど、その顔が明らかになる距離まで近づいてくるとその異様さもまた露になる。

 

「……ァ」

 

 男の顔面には、醜い水膨れが何個も浮かび上がっていた。

 ひどい有様だ。目は潰れてほとんど見えず、ぶっくりと膨れた唇は痛々しい赤色。

 

 背中を曲げてよろよろと歩く男は、生気のない瞳でこちらの姿をハッキリと認めると、急に様子を変えた。

 

「……あ、アアアアア!」

 

 男が革靴を踏みしめて走り出す。

 

 だらんと下げられた手はそのままに、足だけが異様な回転速度で彼の体を動かす。

 まるで、人間ではない何者かが彼の身体を動かしているようだった。

 悪魔憑き。そんな言葉が脳裏に浮かんだ。

 

「翔太君何やってるの!? 来るよ!」

 

 ヒバリの激しい警句に意識を取り戻す。彼女は既にステッキからブレードを展開して迎撃態勢を取っていた。

 

 目の前の男はただの人間ではない。そう思って、本気で戦った方がよさそうだ。

 

 腰に下げていた護身用の剣を構える。

 纏姫纏いよりは心もとないが、僕はヒバリの力を借りるのがあまり得意ではない。

 

 最初に男に斬りかかったのはヒバリだ。

 魔法の力を借りたヒバリは重力を感じさせない挙動で一足飛びで接近すると、鋭くブレードを振り下ろす。

 

 しかし、男は上体を大きく逸らしてそれを回避した。

 予備動作の存在しない、人間らしさのない動きだった。

 

 男はブレードを避けた後、大きくのけぞったかと思うと、口から何かを放出した。

 

「なっ!?」

 

 宙を舞う黒々とした液体がヒバリを襲う。

 素早くその場から退いたヒバリだったが、わずかに飛沫が当たったらしい。

 

 ひどく顔色を悪くした彼女はその場でフラ、と足をよろめかせる。

 

「ヒバリッ!」

 

 彼女の前に出て、僕は剣を振った。

 飛沫を吐き出した男は既に無防備な状態だった。

 その体を切り裂くと、男は血すら流さずに倒れ込んだ。

 

 生身の人間を斬ったとは思えない手ごたえのなさ。

 けれど、男は完全に生命活動を停止しているようだった。

 

「ヒバリ、大丈夫!?」

「っ……」

 

 その場に崩れ落ちた彼女に駆け寄る。顔から血の気が失われていて、かなり苦しそうだ。

 彼女は立ち上がろうとしたが、すぐにまたその場に座り込んでしまった。

 

「ごめん、視界がグルグルしてて……でも大丈夫。先に進もう」

「大丈夫なわけないだろ! ちょっと休もう。肩を貸すから」

 

 彼女の力ない体を支えて、僕は立ち上がる。

 と言っても、不気味なこの場所に安心して休めるような場所があるようには見えない。

 

 このまま路上にいれば先ほどのように得体の知れない敵に襲われる可能性が高い。

 人の気配のないビル群には不気味な鉄格子が張り巡らされていて、中に入れるようには見えない。

 

「……翔太君。あそこ」

 

 彼女が震える手で指さした先にあったのは、路上に放置された乗用車だった。

 

 

 ◇ 

 

 

「……」 

 

 ヒバリを後部座席のシートに横たえる。

 アンカーには纏姫の負傷を治す力がある。

 僕はヒバリの冷たい手を握ったままで運転席に座った。

 

 車内には沈黙が下りた。

 耳が痛くなるような沈黙だった。

 

 無人になった都内は不気味なほど静かだ。

 普段であれば、小隊の誰かが話していて賑やかだから気づかなかった。

 無音とは不気味なものなのだ。

 

 物音が恋しくなる。

 

 

 誰かの話し声。鳥の鳴き声。車の走行音。木々が揺れる音。

 それらすべてが自分たちの心の安息を保っていたのだということを思い知る。

 真の沈黙とは、心安らぐものではなく只々恐ろしいものなのだ。

 

 静寂に耐えきれなくなって、後部座席に横たわる彼女を見る。

 

「……」

 

 ヒバリの空虚な瞳は、車窓の外を眺めていた。

 その先には、廃墟と化したオフィス街が広がるのみ。

 

 変わり果てた故郷を前に、彼女はいったい何を考えているのだろうか。

 

「ねえ、翔太君」

 

 唐突に沈黙を破った彼女の言葉に、僕は驚く。その瞳は相変わらず空虚な光で街を眺めていた。

 

「君は私のことを助けてくれるって言ってくれたよね」

「うん。その言葉に相違はないよ」

 

 首肯するが、彼女の瞳はこちらを向かない。

 

「君があの時この場所にいたら、みんなを助けられたかな」

「……」

 

 彼女の問いに答えられず押し黙る。

 僕は力を得た。

 けれど、特区を襲った大混乱を解決できたと言えるほど自惚れているわけではない。

 

「ああ、ごめん。別に無意味に責めたいわけじゃないの。……ただ、人ひとりの力なんて大したものじゃない。あの時から私はそう思えて仕方ないの」

 

 ポツリと呟いた言葉。

 それは彼女の空虚の根源だった。

 

「翔太君は困ったら相談して欲しいって言ってくれた。そのことは本当に嬉しくて、あの時は救われたような気すらした。……でも、人には解決できない問題がこの世界には存在する」

 

 彼女が見据える街を見る。

 人が長い時間をかけて築いてきたビジネス街。

 厄神は、それをたった一日で破壊した。

 

「せっかくだから、ちょっとだけ思い出話を聞いてくれないかな。私の、愉快じゃない、破壊の後の思い出」

 

 そう言って、彼女はどこか遠くを見つめた。

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