異世界でもイレギュラーはつきもの   作:プロッター

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第11話:ギルド vs. ギルド

 ある日の夕方のことだ。

 ギルドの仲間と一緒に、ギルド管理本部に併設されている軽食屋で、適当に食事を摂っていた時のこと。

 

「いやー、何とかなって良かったわね」

 

 聞き覚えのある女性の声。ギルド管理本部の喧騒の中でも聞き分けられる、忘れられない声が耳に入り込んできた。

 野菜と肉を挟んだパンを置いて、振り返る。他の仲間も同じだったようで、同じ方向を向いていた。

 

「俺、ゴブリンが徒党を組んでるのなんて初めて見た…」

「あれぐらいで何弱気になってるのよ? あの程度、これから先いくらでも見ることになるでしょうよ」

「そう言えば、ウィーネさんも前に武装ゴブリンと戦ったって言ってましたもんね」

「ええ。囮にされたけど」

 

 丁度、ギルド管理本部の受付と共有スペースの境目。姿を見せた冒険者一行の中の1人だ。黒い外套を着る男と、白を基調とした修道服のような服を着る小柄な少女に挟まれて歩いている女性。その名前を聞いて、見紛うことはなかった。

 

「ちょ、ちょっとだけ休んでいきましょぉ…喉からからですしぃ…」

「そうねー…軽く一杯やりましょうか」

「今は止めてくれ。酒なら後で付き合ってやるから」

「言ったわね?」

 

 さらに姿を見せた白いワンピースの女も仲間らしい。その女が休息を提案すると、一行はこちらに向かってきた。自分たちと同じように軽食を嗜むつもりか。そして自分たちが知っているその女性は、以前のように酒を所望している。だが、そばにいた男が制止すると、むしろ嬉しそうに笑った。

 そんな表情は初めて見た。

 

「……」

 

 心の中に閊えが生じる。

 自分たちと一緒に行動していた時は見せることのなかった表情。それを、あの男は一身に受けている。何だか、面白くない。

 

「彼女、あんな風に笑う子だったんだねえ」

 

 隣で酒をぐいっと飲んだ男の言葉に、頷く。感じることは同じだったらしい。

 

「にしても、随分とイイ女を連れてやがるな、あの野郎」

 

 反対側に座る大柄な男が、肉料理を口に放り込んで告げる。確かに、改めて見てみると彼の仲間と思しき女性3人は、皆秀でた容姿をしている。なおのこと、面白くない。

 

「みんなのおかげで、今回も何とかなったよ、ありがとう」

「やめなさいよゲンマ。あんただって何体も倒してたじゃない、あたしの飛びついてきたゴブリンとかも…」

「あれはただ、大群で押し寄せてきてパニクったのもあるし、助けたかったのもあるから…」

「でも、そのおかげで皆さん無事に帰ってこられたんですから。気にしないで大丈夫ですよ」

 

 各々飲み物と軽い食べ物を持って席に着いた彼らは、お茶の時間と洒落込む。中でも、リーダーと思しきゲンマと呼ばれた男は、少々気弱な発言をしているが、それでも武装したゴブリンどもを撃退できるほどの力があるらしい。

 

「ここのお茶美味しいですねぇ…」

「そうねー。アルナが淹れてくれるお茶もいいけど」

「お店のと比べられると恐れ多いです…」

「けどアルナの淹れてくれるお茶も美味しいよ。自信持っていいって」

 

 軽食を傍らにお茶を楽しんでいる一行。何とも穏やかな雰囲気がしていた。自分たちのように男だけではなくて、むしろ女性陣が多いからだろう。冒険者全体で見ても女性は男性よりも少なく、ああいう風に女性の方が多いギルドというのも少ないから目立つ。何というか、彼女たちの座るテーブルだけのほほんとしているようだった。

 彼女たちのギルドの会話に耳を傾けてみる。誰を中心に話が回っている、という感じではない。探知魔術の力が上がっているとか、狙撃に助けられたとか、帰り掛けに夕飯の食材を買おうとか、明日は休養日にしようかとか。長閑で、和やかな様子だ。

 その中にいる、自分たちの見知った女性は、自分たちが見たこともないように優しい笑顔だった。

 それを見ていると、自分の中の閊えが次第に苛立ちへと変わってくる。

 

「よせ」

 

 そんな自分の心を見透かしたかのように、隣に座る壮年の男が呼び止める。自分たちのギルドにおける頭脳役だ。

 

「ここは人が多すぎる。それに、君が彼女に何をしたか忘れたわけではあるまい」

 

 指摘されて舌打ちする。もちろん忘れてなどいない。

 けれど今は、自分たちの前では見せることがなかった顔を、態度を、仕草を自分が知らない男の前で見せているというこの状況が腹立たしかった。

 

「…どうする?」

 

 はす向かいに座る男が訊いてくる。その訊き方には挑発するような意図が込められているように感じた。その挑発に乗るつもりはないが、静かに立ち上がって受付の方へと向かう。

 

「すみません、少々尋ねたいことが…」

 

 そして受付にいた「カモール」というエルフの女に、彼女が所属するギルドのことを尋ねた。

 

 

◆ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 その日は、ギルドでクエストには出ない休養日だった。連日のクエストで皆が疲弊していることもあり、ゲンマが提案したところ全員が頷いてくれたのだ。

 休みの日にすることは、特に決めてはいない。各々が好きに過ごすことになっているが、この日は全員ギルドハウスに残っている。ゲンマも、休みの日は事前に大まかな予定を立てるのが常で、今日はウィーネに鍛錬に付き合ってもらっていた。

 そしてそのあと。

 

「待てよ…まだ待てよ…」

 

 ギルドハウスの裏庭で、ティグリーの目の前に、先日のクエストで入手した岩窟蛇(ロックサーペント)の肉を置く。ティグリーはそれをよだれを垂らして見つめているが、ゲンマの言葉が分かるのかまだ食べようとしない。

 

「…よし!」

 

 そう告げた直後、ティグリーは肉にかぶりつく。犬のしつけみたいだが、今のところティグリーはちゃんと言うことを聞いてくれている。知能としては犬と同じぐらいだろうが、クエストではその瞬発力と牙で獲物を攻撃する獰猛さがある。それでも、甘えるときは全力で甘えてくるので、虎なのか犬なのか猫なのかよく分からない動物だ。

 

「よーしよし、いい子だ」

 

 肉を食べるティグリーの頭を撫でるが、食事中だけは脇目も振らずに目の前の食事に意識を向けている。前の人生でペットを飼ったことはなかったし、躾なんてしたこともなかった。漫画などで見た方法を見よう見まねでやっているに過ぎないけれど、ティグリーの地頭がいいおかげで何とかなっている。

 

「あの、ゲンマさん…」

 

 すると、後ろからアルナが声をかけてきた。彼女は、反対側にある小さな畑で野菜の収穫をしているはずだったが。泥がところどころ付いた普段着のアルナは、少し困った顔をしている。

 

「どうかした?」

「その、お客さんが…」

 

 その表情と言い方から見て、恐らく良いお客とは言い難いのだろう。また面倒なことが起きるんだろうな、とゲンマは思いながらも立ち上がると、肉を食べ終えて満足したティグリーもついてくる。

 アルナに連れられて、ギルドハウスの正面の門に向かうと、そこには4~5人ほどの男たちがいた。屈強な男から痩せた男、若い奴から初老の男まで年齢と体格は様々だ。

 

「ごきげんよう」

 

 その中から歩み出てきたのは、銀製と思しき武具に身を包んだ金髪の男だ。年齢は見る限りゲンマと変わらぬ20代ぐらいだが、筋肉の付き方は相手の方が上と見える。そんな彼は笑顔を貼り付けているが、どことなく相手を見下しているような、腹に何か抱えているような笑顔で鼻持ちならない。

 しかし、初対面の人相手に不愛想な態度をとるのも気が引けるので、あくまで冷静を保って対応する。

 

「…どちら様で?」

「僕の名前はヴィエン、とあるギルドのリーダーだ。君は、ここに住むギルドのリーダーかな?」

「ゲンマだ。けど、俺たちのギルドは誰がリーダーとは決まってない」

 

 名乗られたから、礼儀として名乗り返す。

 ここがギルドハウスであることを知っている。セントラルタウン中心部から離れているのに、他のギルドハウスとは造りが違うのに、だ。とすれば、彼らは自分たちのことを調べたうえでここを訪ねてきたと言える。嫌な予感がしてきた。

 すると、ヴィエンと名乗った男は、「ゲンマ…」と呟くとわざとらしそうに何かを思い出すような仕草を取る。

 

「ああ、君か。噂の冒険者とは」

「噂?」

「ギルド管理本部でその名を聞いたんだよ。唯一『無』の自然エネルギーを持ち、獰猛なグランドタイガーを従えて、北方の悪名高き淫 魔 姫(クィーン・サキュバス)を倒したんだってね。随分活躍しているみたいじゃないか」

 

 噂が流れるのは仕方がない。自分が他人とは違う境遇と性質を持っているのは十二分に理解しており、その行動も周りとはズレていることだって把握している。ただ、淫魔姫…ディザーの件に関しては、アルナの「励まし」もあってある程度気持ちの整理もできてきたが、悪気のあるなしに関わらず「自分たちが活躍した」と扱われると心に影が差す。

 そんなゲンマの心境を察したのか、アルナがそっと背中に手を添えてきた。その小さな気遣いが、とてもありがたい。

 そして、脇に控えるティグリー。普段人前では大人しい彼だが、動物的な本能で何かを察したのか、ぐるると威嚇するように牙を剥いて低く唸る。ヴィエンは「おっかないね」とわざとらしく告げた。

 この男は胡散臭い、と感じたゲンマだが、一応話を続けることにする。

 

「…用件は?」

「君のギルドにいる、ある女性に会いに来た」

「誰に――」

 

 会いに来たのか、それを告げる前に後ろから足音が聞こえた。それも、苛立たしさを隠そうともしない乱暴な足音。

 

「…久しいわね、ヴィエン」

 

 ゲンマとアルナが振り返った先にいたのは、ウィーネだ。その後ろからは、ぽてぽてとクラカが歩いてくる。2人ともギルドハウスで寛いだり武器の調整をしていたはずだから、いてもおかしくはない。恐らく、ゲンマたちが軒先で不穏な空気を醸し出していたから、不審に思ったのだろう。

 

「カゴウ、ブレディー、アヌビアも元気そうね」

「君も、息災そうで何よりだ」

 

 後ろに控えている男たちにも、会釈だけはする。その中でも、長い銀髪に髭面の壮年の男性だけは穏やかな口調で返した。

 そしてウィーネは、一番後ろに控えている身長2メートル半はくだらない大柄な男を見上げた後、ヴィエンに目を向ける。

 

「コイツは?」

「紹介しよう、グラトンだ。()()()、仲間に迎え入れたんだ」

 

 紹介されたグラトンという大柄な男は、ウィーネを見下ろすと「ふん」と荒い鼻息を吐く。

 ヴィエンの言葉と、ウィーネの様子から、ゲンマは状況を把握した。

 

「…ウィーネの元仲間か」

「そういうこと」

 

 腕を組むウィーネは、明らかに不機嫌だった。

 彼女が前にいくつものギルドに所属していたことは聞いている。だが、彼女の口ぶりから、彼らとはあまり穏やかではない因縁があると見えた。いや、追放されたというだけあっていい印象を抱く方がおかしいか。

 

「う、ウィーネさんのお仲間さんが、何の御用でしょうかぁ…?」

「何、単純な話だよ。とても簡単だ」

 

 クラカの質問に、人差し指を立ててそう告げるヴィエン。気取った言い方が癪に障るが、一応は聞いてやることにした。

 

「ウィーネ。君をまた我々の仲間に迎えたい」

「何言ってんのか分かってるのかしら。酒嫌いなあんたが、朝っぱらから飲んでるの?」

「酒は飲めないよ、相変わらずね」

 

 さらっと提案したヴィエンの言葉を、ウィーネは一蹴する。何というか、これだけ敵意に満ちたウィーネを見るのは珍しい気がした。アルナがそれに気づいてか、ヴィエンに聞く。

 

「なぜ、ウィーネさんを?」

「彼女とは、ちょっとしたいざこざがあって追放せざるを得なかった。けれど、先日君をギルド管理本部で見かけた時にね、君はとても穏やかな顔をしていた。我々の前では見せなかったようなものだよ」

 

 にこっと、ウィーネに笑いかけるヴィエン。背筋が凍るような、冷たさがあった。決して、優しさだけのものではない。

 

「君は本当は、心優しい人だ」

「……」

()()()のことは、僕も後悔し、反省している。けれど、僕たちにはやはり君が必要だ。だからどうか、戻ってきてほしい。またやり直そう」

 

 そう言って手を差し出すヴィエン。相変わらず、腹に一物抱えていそうな笑顔だ。

 

「お断りよ」

 

 そしてそんな彼の申し出を、少しの間も置かずに断るウィーネ。

 ウィーネの様子を横目に見る。とても鋭い目つきで、目の前の相手に対して怒りを抱いているのが分かった。そして同時に、嫌悪感と恐怖心を抱いているようにも見える。

 

「少しいいだろうか」

 

 ただならぬ気配を察知したゲンマは、一歩前へ出た。ヴィエンは笑みを消し、ゲンマの方を見る。

 

「ウィーネは、俺たちのギルドにとっても大切な仲間だ。彼女のおかげで、俺たちはここまで戦うことができた。それに、ウィーネは俺も含めて皆のことを精神的にも支えてくれている。今になって、元居た場所へ戻すということはできない」

 

 実際、ゲンマたちのギルド発足から間もない頃は、ウィーネの経験による知識によって助けられたことが何度もある。加えて、彼女の言葉でゲンマだけでなく、アルナもクラカも心を強く保ってきたのだ。何より、今まで一緒に冒険と苦楽を共にしてきたからこそ、本心の見えない連中の下へしこりが残ったまま送ってお別れというのは辛い。

 

「だから申し訳ないが、手を引いてくれ」

 

 だからこそ、この男の下へ帰すわけにはいかなかった。

 すると、ヴィエンは口をへの字に曲げる。

 

「…まぁ、君たちのギルドが簡単にウィーネを手放さないのも分かっていたし、このままでは解決しないだろう。そこで、だ…」

 

 言いながら、ヴィエンは右手を挙げて合図する。後ろに控えていた髭面の壮年の男が歩み寄り、1枚の用紙をヴィエンに渡した。

 

「君たちのギルドへ決闘を申し込む」

「何…?」

 

 誇らしげに見せた用紙には、確かに「ギルド決闘承認書」とあり、ヴィエンをはじめとする相手方のメンバーの名前が既に記入されている。

 ギルド同士の決闘、と聞いてゲンマは「ギルドバトル」を思い出す。「マテリアワールド」にもあったそのシステムは、ゲームプレイヤー同士のバトルだ。自らが組んだパーティで別プレイヤーのパーティと戦い勝敗を決めるもの。経験値がそれなりに多く貰えるということ以外ではあまりメリットはなく、中にはガチ勢の強力なパーティと戦うことが多々あるため、ゲンマはそれをさほど重要視していなかった。

 そのギルドバトルを、今からするという。

 

「お互いに5人が1回ずつ、1対1で戦う。そして僕たちの誰かが勝つごとに、君たちの中から1人を僕らのギルドに迎える」

「1勝ごとに、1人?」

 

 アルナが信じられないという様に言い、ゲンマはヴィエンのギルドの面々を見る。5人の内、ヴィエンを除く若い2人は厭らしい笑みを隠そうともしない。次いで、大柄なグラトンを見上げるも、同じように口は笑っている。なるほど、どうやら彼らの目的はウィーネだけでなく、アルナとクラカのようだ。能力というよりも、女性だからと言う理由で。そして髭面の男性だけは、渋い顔を浮かべていた。

 

「あ、あのぉ…私たちのギルド、4人しかいないんですけどぉ…」

「いるだろう? そこに」

 

 クラカが控えめに言うが、ヴィエンは笑みを崩さずに、地面を指差す。

 正確には、指差したのはティグリーだ。ティグリーはなおも唸り、ウィーネが鼻で笑う。

 

「この子は人じゃないし、冒険者でもないわよ」

「だが君たちの仲間だし、それにかの勇猛で獰猛なグランドタイガーだ。冒険者1人に匹敵する力を持ってる」

 

 ゲンマたちがクエストに連れて行っているティグリーだが、基本的には後方でアルナやクラカの移動のサポートをしてもらうことが多い。また、野生の能力と勘で敵を見つけたり、あるいはその牙と爪で戦うこともある。ヴィエンの言うことは、あながち間違ってもいない。ただし、冒険者として登録はしていないのも事実だ。

 

「断る、と言ったら?」

 

 ゲンマが告げる。ヴィエンの言っていることは無茶苦茶だし、自分たちが要求を呑んだところでメリットはない。負けるごとに仲間が1人向こうに取られるのだ。リスクが大きすぎる。

 しかし、ヴィエンは断られることも予想していたらしく、ゲンマを指差す。

 

「基本的に、ギルドの決闘は申し込まれたら受けなければならないのが常だ。それでも嫌だというのなら、セントラルタウン議会に君たちのことを報告しよう。伝統あるギルド決闘の習わしを蹴ったとね」

 

 まさかの偉い人へのチクりだ。これにはクラカも「うわぁ…」と引いている。怯えているのではなくて卑怯な手段だからだろう。怖がりな彼女が怯えるよりも引くなど相当なものだ。

 だが、その脅しはゲンマには効く。自分は既にセントラルタウン議会に存在を認知されていると、ディザーとの一件で知っていた。ここで下手に事を荒立ててしまえば、自分たちの立場がより危うくなるだろう。

 ウィーネたちを見る。ウィーネは、首を小さく横に振っている。アルナは、不安そうな表情だ。クラカは瞳が揺らいで泣き出しそうになっている。ティグリーは、今なおヴィエンたちに対して牙を剥いていた。

 自分たちの境遇と、提示されたギルドバトルの条件、諸々を考えた末にゲンマは、溜息をつく。

 

「…分かった」

「物分かりが良くて助かるよ」

 

 断れない状況を作っておいて、ムカつく言い方しかできない奴だ、とゲンマは思った。しかしながら、ウィーネはそこで「ちょっと待って」と告げる。

 

「ギルド決闘は確か、ギルド管理本部の人の立ち合いがいるはずよ。いないならこちらで迎えに行くわ」

 

 ゲームの中ではUIをクリックすればすぐに始められるギルドバトルだが、現実のものは色々と手順を踏む必要があるらしい。

 そしてウィーネは恐らく、これに乗じてギルド管理本部に抗議か何かをするつもりだろう。それも、自分たちのこととウィーネの過去を知っているルスターに。また彼女に迷惑を掛けるのは忍びないが、状況が状況だ。

 

「安心するといい、ちゃんと連れてきているさ」

 

 ヴィエンが指を鳴らす。

 すると、グラトンの後ろから女性が1人姿を見せる。茶色いボブヘアーと青い瞳のエルフだ。

 

「カモールさん…」

 

 ゲンマがその名を告げると、カモールは申し訳なさそうに視線を逸らす。彼女としても、この場を取り持つのは本意ではないらしい。

 

「さて、ではこの書類に各々名前を書いてもらおう」

 

 ずい、とヴィエンが書類を差し出してくる。もう気にすることはないだろう、と言いたげに。

 そこでゲンマは、書類を受け取りつつ自分のギルドハウスを見る。

 

「中で署名する。それに、俺たちは普段着だから着替えさせてもらう。少し時間を貰うがよろしいか?」

「ああ、構わんとも」

「カモールさんも、ちょっと聞きたいことがあるから中へ」

「は、はい…」

 

 書類を受け取り、ゲンマはアルナたちとカモール、そしてティグリーを連れてギルドハウスへ入る。

 全員が中に入って扉を閉めると、ウィーネはつかつかとテーブルへ向けて歩きだす。

 

「ッ!!」

 

 そして、椅子を思い切り蹴飛ばした。それはまるでサッカーボールのように飛び、壁にぶつかると脚が折れる。壁に掛けていた時計も、椅子がぶつかった衝撃で床に落下し、粉々に砕けた。

 初めて見る唐突かつ荒いウィーネの行動に誰もが息を呑む中、ウィーネは溜息をひとつ吐くと。

 

「…ごめん。後で直すわ」

「…よろしく頼むよ」

 

 八つ当たりをして冷静になったウィーネの言葉に、ゲンマは冗談を交えて頷く。

 全員がテーブルを囲んで立ち、ゲンマはテーブルに用紙を置く。そして、ウィーネはテーブルに両手をつくと、ゲンマたちに向けて頭を下げた。

 

「…あたしのせいよ」

「謝らないでください、ウィーネさんが悪いことなんて何にもないですから!」

「で、ですですぅ…私たちは気にしてませんからぁ! 頭を上げてくださいぃ…」

 

 アルナとクラカが慰める。ゲンマも、ウィーネが悪いなどとは毛頭思っていない。一度、窓からヴィエンたちを窺うが、今のところ目立った様子はない。

 

「あいつらと組んでたのはいつだ?」

「2年前から、あなたとアルナに出会った前の日までね」

 

 初めてこのセントラルタウンに来て、町の食事処で夕食を摂っていた時。酔っていたウィーネに、ゲンマとアルナが絡まれた時。つまり、彼らは一番最後にウィーネを追放したギルドだ。ガシガシと髪を掻くウィーネに、言葉を慎重に選びながらゲンマは尋ねた。

 

「ヴィエンとかいうやつが、ウィーネを仲間に入れたのか?」

「ええ。あんの傲慢で小賢しくて人を食ったような態度ばかりの…」

「ろ、ろくでなしさんですかぁ?」

「クソ野郎よ」

 

 クラカの総括よりもさらにひどい総括をするウィーネ。ただ、彼とは会ってまだ10分と経っていないゲンマでも、既にあの男のことが気に入らなかった。大体ウィーネの言う特徴そのままである。

 

「酒についてのあれこれで追放されたって言ってたけど、何があったんだ?」

「それは…」

 

 ゲンマが問うと、ウィーネは口を閉ざした。そして、アルナとクラカ、そして一歩引いた位置に控えるカモールに視線を向ける。どうやら、彼女たちにはあまり聞かせたくない経緯があるらしい。

 

「今は言えない」

「ならそれでいい」

 

 ゲンマは、深く聞かない。彼女をギルドに迎え入れるときもそうだった。当人が話したくないというのであれば、根掘り葉掘り聞かず自分から話してくれるのを待ち続ける。それに、今は時間もなかった。

 

「本当に、決闘を受けるんですか…?」

「…議会に色々チクられると、俺たちとしても厄介ですから」

 

 不安そうに尋ねてくるカモール。だが、ヴィエンの脅し文句は悔しいことに自分たちに有効だ。すると今度は、アルナがウィーネに話しかける。

 

「どうして、あの人はセントラルタウン議会に直接報告できるんですか?」

「去年のことね。あたしがまだあいつらと行動してた時なんだけど、議員の1人を療養地で護衛するクエストを受けたの。その時のあいつときたらヘコヘコと権力者にこびへつらって、そりゃあもう薄気味悪いほどに…」

「「「「……」」」」

「…まあ、そんなわけであいつは議員の1人に気に入られてて、多少意見しても許される立場なのよ」

 

 まったくもって、厄介な相手だ。

 再びゲンマはカモールに尋ねる。今度はギルド決闘についてだ。

 

「1回負けるごとに1人移動って、そんなに条件が厳しいものなんですか?」

「残念ながら…。ただ、ギルド決闘は申し込む際にかなりの申込金が必要なんです。それに、申し込んだ側が負けた場合はその申込金の3倍を相手に渡す必要もあるので…。あまり、行われていないのが現状です」

「ちなみに、その申込金は?」

「1000ベルガです。なので、ゲンマさんたちが勝利すれば3000ベルガが支払われます」

 

 カモールだが、スラスラと説明するのと裏腹に表情は暗い。恐らく、ヴィエンらにゲンマのギルドのことを教えてしまったことに罪悪感を抱いているのだろう。加えて、無理矢理にこのギルド決闘の場を設けざるを得なかったと見える。そんな彼女を責めるのはお門違いだ。

 ハイリターンだがハイリスクでもあるから、中々ギルド決闘は行われない。けれど、そのリスクを承知のうえで彼らは勝負を挑んできた。不愉快極まりないが、それだけ本気というわけだ。

 そんな彼らの狙いはウィーネ、そしてアルナとクラカ。

 ゲンマとしては、こんな勝負など受けたくない。負ければ、折角この世界で出会い、そして自分に勇気と力を与えてくれた仲間を失ってしまうのだから。かといって下りることも許されない。だから、受けざるを得なかった。

 

「…どうする?」

「やるしかないわ」

 

 念のために確認するが、ウィーネは自信をもってそう答える。当然、自分たちが議会に目をつけられていることは理解しているだろうし、何より向こうのギルドに戻りたいなどとは思っていないから。アルナとクラカを見る。今回ばかりは、クラカも不安そうな表情など浮かべていないし、アルナだって頼もしい表情だ。ティグリーは、ゲンマを見上げて笑う様に口を開けている。

 

「…絶対に勝つぞ」

「はい」

「ええ」

「は、はい!」

「がう!」

 

 

◇ ◆ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 それなりに長い時間をかけて、ゲンマたちは用紙に署名をした。下には、ギルド管理本部のカモールの署名も入っており、これで正式にギルド同士の決闘が成立する。

 ヴィエンは、にやりと笑う。この条件と状況なら、彼らも勝負を受けるほかないと分かっていた。

 セントラルタウン議会は、件のサキュバスの事件を「無」属性のゲンマなら対処できると判断した。それと同時に、ゲンマがサキュバスに倒されれば厄介ごとの種がなくなると期待もしていたと、議員の1人から聞いている。それぐらいに、彼は議会で警戒されている。受けなければさっき言った通り議会に話を通して、活動停止あるいは解散させることもできた。それからまた理由をつけて女性陣を引き取ればいい。

 決闘を受けても大して問題はない。彼らは結成してからまだ1年と経っておらず、対する自分たちは間もなく7年目になる。新入りがいるが、それでも経験値はこちらの方が上だ。扱う術も、力もこちらの方が上。負けない理由はない。

 つまりどちらにせよ、彼女たちは自分たちの下へ来ることになるのだ。

 

「さて、まずは1戦目。グラトン、頼むよ。ただし、大きなケガはさせないようにね」

「おうよ」

 

 後ろに控えていた、自分たちのギルドの偉丈夫・グラトンを送り出す。彼はウィーネと同じ「格闘家」だが、ウィーネが「力の扱い」に長けているのに対し、グラトンは「純粋な物理的攻撃力」で優っている。

 そんな彼の相手は誰かと思ったが、前へ出てきたのはウィーネだった。

 

「おっと、いきなり君が出てくるのか」

「…後の4人の能力はあたしも知ってるけど、こいつは知らない。だから、この方が公平だと思ってね」

 

 グラトンを指差しながらの言葉に、ヴィエンは口笛を吹く。戦闘の時もさることながら、普段から彼女は荒っぽいところがあるが、平時は誠実な性格であることは知っていた。酒癖が悪く、酒を多く飲むことは少々減点だが、幻滅には至らない。

 戦う場所は、ゲンマたちのギルドハウスの正面で、とても広い場所だ。ギルド管理本部に世話になった商人から譲り受けたそうだが、随分といい暮らしをしている。できることなら、この土地までどうにかしたかったが、まずはウィーネが先だ。

 やがてカモールが、グラトンとウィーネの中間に立ち、右手を上げる。

 

「構え!」

 

 お互いに、戦う態勢を取る。ウィーネの得物は、前と変わらないナックルダスター。一方のグラトンは素手だ。ナックルダスター程度では、筋肉の鎧のグラトンにダメージは全くと言っていいほどない。「銃士」と思しきクラカという少女を相手にさせなかったのは、向こうのミスだ。

 お互いに準備が整ったのを確認すると、カモールは下がって安全な位置に着く。

 

「はじめ!」

 

 瞬間、グラトンが拳を地面に向けて振り下ろす。怪我をさせるな、とは忠告しておいたが、この筋肉のバケモノの攻撃は一撃で大地を砕く。かすり傷でもそれなりに痕が残るが、その時はカゴウに治させてやればいい。

 土煙が上がり、ヴィエンの視界も若干悪くなる。中でもグラトンの巨体はまだ視認できたが、ウィーネの姿が見当たらない。

 やがて風が吹き、土煙が晴れた瞬間。

 

「ごぎええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」

 

 濁った叫び声と共に、グラトンが後ろに倒れた。

 

「は?」

 

 意味が分からなかった。

 

 

「うーわ…」

 

 ゲンマは、何が起こったのかを目の当たりにして、内股になった。

 グラトンとかいう男の攻撃をかわしたウィーネは、土煙に紛れてグラトンの下へ移動。土煙でも視認できる図体と威圧感を頼りにウィーネは「目標」を据え、跳び上がった。そして、グラトンの股間にパンチを打ち込んだのだ。しかも、そのウィーネの腕には「土」の自然エネルギーが溜められているのがオーラで分かった。つまり、全力でグラトンの一物を殴ったのである。如何に筋肉のバケモノであろうとも、その部分は鍛えることができない。女性とはいえ全力で殴られたら、悶絶しないはずもなかった。

 

「ウィーネさんの勝利!」

「図体がデカすぎて動きが鈍いわよ」

 

 カモールが高らかにウィーネの勝利を告げる。着地したウィーネは、ぷらぷらと手を振ってゲンマたちの下へ歩み寄ってきた。その時にゲンマに向かって片目を瞑ってくれたが、逆にゲンマは恐ろしさを抱く。そして、股間を押さえてぴくぴくと痙攣しているグラトンを見て、何をされたのか分かったヴィエンたちは青ざめていた。今だけは、彼らの気持ちも分かる。

 ギルド同士の決闘では、先に背中を地につけて数秒立てなければ勝利となる。なんにせよ、これで1勝だ。

 

「…あの、あれって痛いんですか? そんなに」

「痛いなんてもんじゃないよ…」

 

 傍に立つアルナが声を潜めて聞いてきたが、ゲンマは神妙な面持ちで答える。

 あの痛みを知っているのは、同じ男であるゲンマだけだ。脇に控えるティグリーも、同じオスとして痛みが伝わって来たのか、耳が垂れている。

 

 

◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 無慈悲な攻撃でグラトンがやられて、いきなり1敗だ。しかし、ウィーネは元々腕が立つのを一緒に戦って知っていたので、あまり驚いてはいない。

 

「行ってこい、ブレディー」

「あいよ」

 

 ヴィエンに背中を押されて、ブレディーは前に出る。

 同時に身体の中で「風」の自然エネルギーを練る。戦いになったらすぐに力を発揮できるように。

 対して、相手方から前に出てきたのは白いワンピースを着たおどおどしている女。クラカとか言ったか。しかし、その腰に提げてあるものを見て、ブレディーは笑う。

 

「その腰のやつは銃だな? しかも女、珍しい」

「あ、えっと、その…どうもぉ…」

「俺は『斥候(スカウター)』だが、『銃士』と戦う機会も貴重だ。楽しみにしてるぜ」

 

 事前にヴィエンから、ウィーネに加えて他の2人を仲間にしたら、この「銃士」の女は()()と言われている。それに心が躍るのに加えて、「銃士」そのものに会うことは滅多にない。加えて女だ。どう戦ってやろうか、どうしてやろうかと楽しみにしていた。

 

「忠告しておくが、あんまりノロいと一瞬で切り刻んでやるよ」

 

 自分の戦い方は自分で理解している。ヴィエンからしつこく聞かされた、「上手く戦うためにはまず自分の戦い方を確立すること」だ。ブレディーは、「風」の自然エネルギーを使って高速で移動し、得物のナイフで相手を切り刻むことを得意とする。さらに、「風」の自然エネルギーをナイフに流して殺傷力を上げる。見るからにのろまそうなクラカなど、一瞬でケリがつきそうだ。

 

「クラカさんは『銃士』ですので、攻撃の速度に差があります。なので、『はじめ』の合図で銃を抜いてください」

「わ、分かりましたぁ…」

「それでは、構え!」

 

 カモールの言葉に、ブレディーはナイフを鞘から抜き、いつでも「風」の自然エネルギーを注入できるよう準備する。一方のクラカは、カモールから言われた通り、銃をホルスターから抜かずに握るだけである。あれなら、始めの合図ですぐに背後に移動すれば勝負はつく。

 すると。

 

「クッ、ククク…」

 

 クラカが、俯きながら笑いだした。肩が震えているが、緊張しすぎてどうかしてしまったのだろうか。

 だが、お互いに準備はできている。まもなくカモールが合図するだろう。ブレディーは、ナイフに力を込めて戦いに備えた。

 

「はじめ!」

 

 合図が聞こえた。

 その直後に、3発の銃声が聞こえたと思ったら、ブレディーは空を見上げていた。

 

 勝負は一瞬だった。カモールが合図したと同時に、クラカが銃を引き抜いて即座に発砲。3発ともブレディーという痩せた小柄な男に命中し、彼は仰向けになって倒れた。

 

「ギャッハハハハハ! 大口叩いた割にしょべェやつだなァ! 手応えなくていっそ笑えるぜェ!」

「あ…え…? ど、ちらさ、ん…?」

「アアン? 撃たれた衝撃で記憶もトんじまったッてかァ!? こいつは傑作だなァ!!」

 

 事前に言った通り、クラカはクエストで使う鉛の弾丸を使わなかった。代わりに、リエスたちを山賊から助ける際に使った弾を使ったようで、ブレディーは意識を僅かに保っている。あれが実弾だったら今頃死んでいるだろう。

 そしてブレディーは、銃を握って性格が豹変したクラカを見て混乱している。まるで最初にそれを見た自分たちのようだ、とゲンマはまた同情した。一方で、隣のアルナはぱちぱちと手を叩いている。

 

「す、すごいです…!」

「ああ、すごい早撃ちだった」

「前より速度が上がってるんじゃないの?」

 

 ゲンマに加えて、アルナとウィーネが褒めると、クラカはぐっと親指を立てる。

 

「クエストでなァ。急に敵が出ることもあるだろォしって思ってェ、密かに練習してたのよォ」

 

 そう言ってクラカは銃をホルスターに戻す。

 

「や、役に立てて良かったですぅ~」

 

 そしてへにょっとしたクラカに戻った。その豹変ぶりもいつものことということで、今や驚きもしない。ヴィエンたちは、ぽかんとしていたが。

 兎に角、2勝目だ。

 

 

◇ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◇

 

 

「アヌビア、お前の力を見せてやれ」

「お任せあれえ」

 

 冷や汗を流すヴィエンに言われて、アヌビアが前に出る。戦う前から勝ちを確信していたヴィエンも、流石に焦りだしたと見える。何せ、力自慢のグラトンに続いて速さに定評のあるブレディーまでやられたのだ。予想外の相手の挙動に翻弄されたので、仕方ないといえば仕方ないが。

 だが、アヌビアは歩み出てきたアルナという少女を見据える。ヴィエンから、彼女はアヌビアが()()()()()()という話になっているが、アヌビアは戦いを前にして邪念は捨てた。

 

「よろしく頼むよお」

「こちらこそ」

 

 純朴でありながらも、芯の通った声だ。戦い甲斐があるし、仲間に迎えた際には自分好みにするのも良いかもしれない。

 

「構え!」

 

 カモールの合図で、戦う姿勢を取る。アルナは自分と同じ「魔術師(ウィザード)」のようで、異空間から錫杖を取り出した。けれど、アヌビアは杖などの得物をまだ使わない。

 

「はじめ!」

 

 カモールが告げた直後、アヌビアはアルナの脇めがけて素早く移動する。

 アヌビアは自らの「水」の自然エネルギーを利用して、滑らかな動きで移動し、相手に接近することを得意とする。ただ高速で直線的に移動するのではなく、緩急を含めて移動するため動きを捉えるのは相手からすれば難しい。この不規則な動きで敵を撹乱し、味方が攻撃する機会を作るという寸法だ。

 そして、アヌビアは水の槍や刀を作り出して戦うこともできる。それで一気に勝負をつけることはできなくもないが、相手がどんな能力か分からない以上、まずは様子を見ようと判断した。脅威なし、あるいは大した腕でもなければすぐに水の槍で動けなくする。

 だが、アルナの背後に回ったところで。

 

「…あ?」

 

 身体がを動かせなくなった。

 どうにか脚を前に出そうとしても、腕を上げようとしても、できない。何故だ、と思っていたが、自分の周りに風の幕が発生していた。

 

「まさか、君ってえ…」

「『風』の自然エネルギー持ちです。あなたは動きからして『水』ですね」

 

 怖ろしさを覚えるほどの静かな声で、アルナが言う。

 しまった、と思った直後、アヌビアの身体が持ち上げられた。「水」の自然エネルギーは「風」に弱い。自分が不規則な動き方をするから、「水」の自然エネルギーを使って移動するアヌビアを、逆に大きな「風」の幕で覆われ動けなくされた。

 

「私今、怒ってます」

「な、なんでかなあ…僕は君を怒らせるようなことしたつもりはないんだけどお…」

「ウィーネさんのことと、私たちをバラバラにさせようとすることで、です」

 

 お茶目な感じで聞いても、許してくれなかった。

 そのまま風の幕に包まれたアヌビアは、大柄なグラトンを超える高さまで持ち上げられると、道を挟んでギルドハウスの反対側にある池に勢いよく叩きこまれた。

 

 アヌビアとかいう中性的な顔の長身の男が池に落とされた衝撃で、周囲には雨のように水しぶきが降ってくる。

 

「アルナ、ああいうこともできたんだな…」

 

 池に浮かぶアヌビアが気を失っているのを遠目に確認し、ゲンマはアルナに歩み寄る。元々、治療魔術と探知魔術に加えて、「風」の自然エネルギーを使って相手を足止めしていたアルナだったが、あんな風に風を操って人を運ぶとは思わなかった。すると、先ほどの怒りに満ちた声とは打って変わって、いつもの柔らかい口調で笑いかける。

 

「皆さんと冒険に出たことで、自然エネルギーの扱いに慣れたんです。扱える量も増えましたし、おかげで勝つことができました」

「そっか、ありがとね」

「いいえ!」

 

 ウィーネが頭を撫でると、アルナはにこっと笑った。

 さて、これで3勝。ゲンマたちのギルドが負けるということはなくなったわけだ。ヴィエンたちを見ると、流石に焦りを隠せなくなってきていた。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇

 

 

 さて、これで3敗。自分たちのギルドが勝つということはなくなったわけだ。ヴィエンを見ると、流石に焦りを隠せなくなってきていた。

 

「か、カゴウ。頼む、やってくれ。マジで」

「…了解」

 

 背中を押されて、カゴウは肩を落として前に出る。

 正直な話、カゴウは今回のギルド決闘に反対だった。ゲンマという男たちに勝負を挑んだのも、ほとんど私欲と私怨によるものだ。自分たちはこんなことをするために冒険者になったわけではないし、何よりカゴウは妻子持ち。ゆっくりと親交を深めて懸命に愛を語りかけて今の妻と添い遂げたからこそ、力で言いなりにするというやり方は気に食わない。かつてヴィエンがウィーネに何をしたかも知っているので、本音を言わせてもらえれば反対だった。

 しかしながら、ヴィエンには逆らえない。カゴウは、家族を養うためにクエストの賞金の分け前を他の仲間よりも少々多めにしてもらっている。それをヴィエンはことある毎に指摘しては自分を顎で使っている。事情付きでお金を多く貰っている点に関しては申し訳ないと思っているし、だからこそ自分への負担が多くなるのは一向にかまわない。だが、ヴィエンは限度を越した負担をカゴウに強いてくる。かといって、別のギルドに移ったところで稼ぎと待遇が今よりもよくなるかと言われればそうでもないので、移籍もできない。

 

「はぁ…」

 

 ヴィエンたちに悟られないようにため息を吐く。

 今ウィーネが所属しているギルドは、とても穏やかそうだ。ゲンマという男をはじめとし、仲間たちは全員が信頼し合っていて、先日のギルド管理本部での様子を見ても穏やかな感じなのは分かった。自分たちのギルドにも信頼関係はないわけではないが、ヴィエンの性格もあって良い雰囲気しかないとは言えない。彼らの仲間になれたら、とは思わなくもないが、ウィーネからすれば自分もヴィエンに与する男だ。仲間になるなど無理だろう。

 

「よし、いけティグリー」

 

 自分の対戦相手が前に出る。ヴィエンの屁理屈で戦うことになったグランドタイガーだ。彼(?)は、ゲンマから頭と首を撫でてもらって機嫌がいいのか、ゲンマに向かって自信ありげに吠える。しかし、カゴウに焦点を合わせた直後、ぐるると不機嫌そうに唸る。警戒されるのも仕方あるまい。

 

「構え!」

 

 カモールが合図をする。

 だが、相手が動物だとしても、気の進まない勝負であっても、手は抜けない。もしも手を抜けばヴィエンから色々とまた無茶な指示を押し付けられる。

 自分はギルドの「頭脳役」であるが、「回復職」であり「格闘家」でもある。ただし、グラトンやウィーネとは違って「火」の属性を持ち、炎を自分の身体や拳に纏わせることができる。対するグランドタイガーは、属性は「土」だろう。「火」属性の自分の方が優位に立てる。

 

「はじめ!」

 

 合図とともに、カゴウは「火」の自然エネルギーで身体全体を覆う。これで、グランドタイガーが嚙みついたり引っ掻いたりしても、ダメージを軽減できるうえに向こうにダメージを入れられる。動物相手に大人げないかもしれないが、こう戦うのが一番有効だ。

 そう思っていたのだが、視界が急に水でふさがれた。

 

「がぼがげぼげぼろがぼ…」

 

 身体全体に浴びせるような水の渦。自分の全身に纏った炎が消え、まともに呼吸をすることもできなくなる。

 どこからこの水は出てきたのか。相手方の誰かが出したものか。だとすれば、如何に望まない勝負だろうと規則に反する。

 その答えは、水が止んでから分かった。

 

「グルルオォ!!」

 

 グランドタイガーが飛びついてきて、カゴウを地面に組み伏す。両腕を前足で、両脚は後ろ足で押さえ込まれた。そして、眼前で鋭い牙と歯を剥き出しにして、自分の鼻先三寸まで迫っている。目は血走って、自分を食い殺してやろうと敵意が剥き出しだが、その口の端から水が滴り落ちていた。さっきの水の渦は、このグランドタイガーの発したものということか。

 

「…あの、降参で」

「ティグリーさんの勝利!」

「ティグリー、もういいぞ」

 

 弱弱しく、恥ずかしながらも降参すると、カモールが終了を告げる。そしてゲンマの言葉で、グランドタイガーは自分を解放してゲンマの下へと帰っていった。

 どうやら、あのグランドタイガーは「水」の自然エネルギーを持っているらしい。「土」の自然エネルギーを持つことが多いグランドタイガーの中では珍しいが、そう言った事例が他にないわけではない。あんな四肢を押さえつけられた状態ではどうにもできないし、属性もこちらの方が劣っているからこのまま戦っても勝機は薄かった。一応戦う体は見せたので、ヴィエンとしても文句はあるまい。

 びしょ濡れのまま立ち上がって、カゴウは息を吐く。

 目の前にグランドタイガーが迫ったせいで失禁してしまったのは誤魔化せそうだ。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◆ ◇

 

 

 ただの1回も勝てない。

 その事実に、ヴィエンは気が変になりそうだった。

 

「お前『水』属性だったのか…知らなかったよ」

「はっはっはっ…」

「これであたしたち、全員それぞれ違う属性を持ってるってことね」

 

 自分たちのギルドでも2番目に古株で、それなりに腕も経つカゴウは、あんな動物程度に負かされた。しかも、そのグランドタイガーはウィーネやゲンマにちやほやされている。そのグランドタイガーを撫でるウィーネの表情は、まさしく優しさに満ちていた。自分たちと行動していた頃には、あんな顔見せなかったのに。

 

「あとは俺か…」

「大丈夫よ。あんただって強くなってるんだから、自信持ちなって」

 

 そして、残るはリーダーたるヴィエン自身と、あのゲンマとか言う男。だが、ゲンマが緊張した様子を見せると、励ますようにウィーネがその肩に手を添える。ヴィエンだって、彼女から触れられることなどなかったのに。自分も彼のように不安だったら、励ましてもらえただろうか。いや、それはないと自分でもすんなり分かってしまう。

 そして分かってしまうと、押さえがつかなくなった。

 

「くそ…が!」

 

 鞘に納めてある剣に手をかける。

 そして、飛び出すまで時間はかからなかった。後ろから仲間の制止の声が聞こえてきたが、構わずにゲンマの下へと向かう。

 

「ちょっと、まだ準備が…!」

「知ったことか! この野郎ブッ殺してやらああああ!!」

「おい、やめろ!」

 

 剣を抜き、ゲンマに向けて振り下ろす。カモールの声も、カゴウの声も無視して、ゲンマを両断するつもりで剣を振る。

 すると。

 

「あぶなっ」

 

 ゲンマは脇に置いていた黒い杖を横に構えて防ごうとする。そんなものでこの超級まで錬成した剣が防げるはずがない。

 だが、その杖に剣が触れた瞬間、薄ら寒くなるほど小気味いい音と共に剣が折れた。

 

 咄嗟に杖を構えたおかげで、身体が真っ二つになるのは免れた。代償として、彼の剣を折ってしまったが。

 

「ぼ、僕の超級剣がああああああ!?」

「あー…すまん」

 

 根元から折れた剣を見て愕然とするヴィエンに、詫びだけは入れておく。柄の装飾を見るに、かなりの金と手間をかけたものと見える。武器屋で売っているような廉価な量産品とは違うだろう。

 

「こんの…!」

 

 すると、剣を投げ捨てたヴィエンが、ゲンマに向かって殴りかかってきた。

 この世界に来た自分ばかりの自分なら、普通に殴られているか、黒い杖で雑に防いで腕をまた切ったり潰したりしてしまったことだろう。だが、今はウィーネに鍛えてもらった身なので、殴りかかってくる相手をかわす程度は造作もない。そして、教わった通りに身体は下にどっしりと、重心は気持ち前寄りに、僅かに前傾姿勢を取って、右の拳を前へと突き出す。

 

「ほぐぇ…」

 

 腹に一発右の拳を打ち込むと、ヴィエンは後ろにのけぞる。ウィーネが鍛えてくれたことは、ちゃんと吸収できている。

 

「まだだ…僕がこんなところで!」

 

 だが、腐ってもそれなりの戦闘経験を積んだ冒険者。腹パン一発だけでは流石に落とせない。なおもゲンマに立ち向かおうとする。

 

「いい加減にしなさいよ。見苦しい」

 

 だが、自分のすぐ前にウィーネが出てきたかと思うと、ヴィエンの顔を殴った。可愛らしいビンタなどではなく、グーで。鈍い音が響くと、ヴィエンは尻もちをつく。

 

「あ、が…」

「この期に及んで負けと恥を晒すなんて、落ちるところまで落ちたわね」

 

 殴られた頬を押さえて座り込むヴィエンを見下ろして、低い声で告げるウィーネ。ここまでおっかない彼女を見るのは初めてだ。

 

「ごちゃごちゃ理由をつけて戦いを挑んできて、終いにはいきなり斬りかかってくるとか、みっともないったらありゃしない」

「……」

「どっちにしろ、あんたたちの負けよ。4人負けて、最後のあんたは規定違反」

 

 カモールを見ると、うんうんと頷いている。構えの合図の前に斬りかかったのは流石にダメらしい。ギルド決闘も幕引きのようだ。

 ヴィエンの後ろにいる彼の仲間たちを見る。最初にここに来た時と違い、随分とやつれて見える。戦った後だからかもしれないが、それ以前に今のヴィエンを見て落ち込んでいるようにも思えた。

 

「何で…どうしてだ? 俺たちといることの何がダメだっていうんだ」

「言い始めたらキリがないけど」

「そいつらと一緒にいる方がいいって言うのか!」

「少なくとも、あんたたちといた時と比べればずっとね」

 

 ヴィエンは、ゲンマだけでなくアルナやクラカを指差して喚いた。

 

「君は、僕たちといた時よりも楽しそうで、嬉しそうで、生き生きしてる…!」

「それがどうしたの」

「羨ましくて、そして今の君を受け入れているそいつらが気に入らなかった! 俺たちと過ごした時間の方が長かったって言うのに、今の君はそれ以上の時間をこいつらと過ごしたかのように信頼し合って、認め合って、笑ってる! どうしてだ、分からない! そいつらの何がいいんだ!?」

 

 考えるよりも先に、ゲンマは行動に出ていた。

 

「ひっ…!?」

 

 今なお地に尻をつけているヴィエンの顔のすぐ横に、黒い杖を突き刺す。先ほど剣を破壊したのを見て威力は十分理解しているらしく、すぐに黙りこんだ。どころか、彼のギルドも、カモールも、ゲンマの仲間さえも沈黙している。

 だが、今ゲンマが見ているのは目の前で無様に尻もちをついている男だ。

 

「…色々辛いこととか経験してると、誰かを憎いと思ったり、怒ったりすることも減るもんだけど…」

「え…」

「今…俺は久方ぶりに怒ってる。お前に対して」

 

 心の余裕がなくなると、自分自身を保つことを最優先に考えてしまうため、自分が接した相手に対して一過性の苛立ちや不快感は覚えても、心の奥底から怒りや憎しみを抱くようなことがほとんどなかった。前の世界で、病気だと診断される前から、齷齪働いて追い込まれた状況に置かれていた時もそうだった。

 だが今、執拗に自分の仲間を侮り、見下し、自分勝手なことばかり喚き散らかすこのヴィエンという男を見て。自分の中で錆ついていた怒りの歯車が、動き出した。

 

「ウィーネは、俺の…俺たちの仲間だ。もうお前の仲間じゃない」

「……」

「お前たちがウィーネに何をしたのかは知らないが、ウィーネは今自分の意思で俺たちと一緒にいて、もうお前たちの下へは戻るつもりはないと言っている。それだけ、お前たちのことを忌み嫌っていると、何故分からない? いや、お前は本当に分からないんだろうな。だから今こうなってる」

 

 ヴィエンのすぐそばに刺さる黒い杖が、不規則に太さ、形を変え始める。自分の暴れる感情を読み取っているのか。

 この男は、自分に対する不当な評価や言葉、意見を聞き流している。聞き流したうえで、自分は正しいと思い込んでいるのだ。

 今のゲンマは、心の底から上がってきている感情を、理性を介さずそのまま口にしている。自分の中は怒りで熱くなっているどころか、一周回って冷え切っていた。さらに、自分の仲間であるアルナとクラカ、ティグリーたちを見た。

 

「そしてお前は、ウィーネだけでなく俺の仲間まで関係ないのに侮辱している。お前にとってみんながどう見えているのかは分からない。だが、俺の大切な仲間を侮辱する奴は、誰であろうと許さない」

 

 ヴィエンはまだ何か言いたげで、口を僅かに開ける。

 

「もしそれでも、これ以上俺の仲間に何か言うつもりなら…頭で理解する気がないなら、次は外さないぞ」

 

 睨み、見下す。

 短い息をヴィエンは吐いた。

 

「わ、分かった…悪かった…」

「…そう思ってるなら、二度と俺たちに近づくな。出ていけ」

 

 顎で去るように示すと、ヴィエンは這いずるようにゲンマの前から立ち去り、一目散に門をくぐって出て行った。彼の仲間たちも、怯えるようにほうぼうのていで逃げて行く。

 風が吹いて、残るのは沈黙だけ。

 ゲンマは一息ついて、カモールを見る。

 

「カモールさん」

「は、はい!」

 

 普通に名前を呼んだだけだが、脅かしてしまった。さっきは柄にもなく怒ってしまったが、あんな風に感情を露わにして他人に怒りをぶつけるのも本当に久しい。そして急激に後悔と恥ずかしさを思い出して、自分の頬を叩く。賢者タイムというやつだ。

 

「今回ご迷惑をおかけしてすみません。もしよろしければ、今晩食事をウチでご馳走します」

「い、いいえ。そんなお構いなく…」

「まあまあ。あなたもあいつらの相手させられて疲れてるでしょ? ルスターにはあたしの方から言っといておくから、ね?」

 

 今回、自分たちと同じように面倒毎に巻き込まれたカモール。仕事だったとはいえ、迷惑を掛けてしまったことに変わりはない。そのお詫びとして、ゲンマは彼女を食事に招待した。食材には余裕があるので、1人分増えても何の問題はない。その意を一番最初に汲んだのはウィーネで、同じようにギルドハウスへと迎え入れる。

 

「あ、じゃあ私もお手伝いします」

「頼むよ」

「じゃ、じゃあ私もぉ…」

 

 アルナとクラカも立ち直って、手伝いを申し出てくる。

 実に腹立たしい連中だったが、これで自分たちはまたいつも通りに過ごすことができるのだ。それを祝って、少し食事を豪勢にしてもいいだろう。

 後ろから来たティグリーが、ウィーネに擦り寄った。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◆

 

 

「あなたたちと会う前の日のことよ」

 

 その夜、晩酌の1杯目を飲む前にウィーネが切り出してきた。ゲンマも、そばに置いた自分のグラスには触れずに話を聞く。既にカモールは帰宅し、アルナとクラカも自分の部屋で眠りに就いているだろう。ティグリーは、アルナと一緒に2階へ上がって行ったのでここにはいない。

 

「その日は、東の洞窟のダンジョンを攻略し終えて、久しぶりにギルドハウスへ帰ってきたの。4日ぶりだったかしら。で、その日はみんなでダンジョンのクリアを祝ってワイワイ食べて飲んでた」

「そういうことはしてたんだな」

「まあ、アレも楽しいことは嫌いじゃなかったみたいでね」

 

 酒の入ったグラスを、ウィーネはただ持っているだけだ。

 

「でその時、ヴィエンが酒を注いできたから、あたしは特に何も思わず飲んだわ。あいつのことは前から気に食わなかったけど、こういう日ぐらいはいいかしらって」

「…ああ」

「で、その酒を飲んで少ししたら、眠くなってきたのよ」

 

 嫌な話の流れになった、とゲンマは思う。元々、前のギルドを出た経緯というだけで不穏だったが、そういうことかと気付いた。けれど止めはしない。今止めてしまえば、ウィーネとしても後味が悪いはずだ。

 

「カゴウ…あの髭の人ね。あの人があたしを部屋まで運んでくれたのまでは覚えてる。で、ベッドに横になって眠気が抑えきれなくなって、眠ったわ」

「……」

「…で、どれぐらい時間がかかったか知らないけど、寒気がして起きたのよ。そしたら、あたし服を着てなかったの。カゴウが運んでくれた時は確かに着ていたし、寝る直前も脱いでないのは覚えてる」

 

 状況が目に浮かんでくる。感じるのは、怒りだ。

 

「で、すぐそばには服を脱ごうとしてたヴィエンがいた」

「…なるほどな」

「私の身体は()()なにもされた感覚がなかった。けど、多分あと少し目覚めるのが遅かったら、間違いなくやられてたでしょうね」

 

 あのヴィエンは、ウィーネの酒に薬を盛って寝込みを襲おうとしたわけだ。全く、去ってなお不快感を植え付けてくる。

 

「すぐに叫んだわ、大声で。真っ先に駆けつけてくれたのはカゴウで、あたしを守ろうとしてくれた。それからブレディーとアヌビアも来てくれたけど、あの2人はヴィエンよりもあたしの方にちらちら目をやってた」

「…カゴウって人は、味方だった?」

「あの人は、ギルドで唯一あたしのことを気遣ってくれたのよ。あの人、故郷に奥さんと子供がいるから、そう言うのが分かる人だったんだと思う」

 

 良心的な人はいたわけだ。ただし、残りの2人は信用ならなかったともいえる。

 

「…きっとヴィエンは、あたしが完全に寝てることを確認したら、ブレディーとアヌビアも呼んで3人で…」

 

 テーブルの上で握られているウィーネの手を、そっと包むようにゲンマは握る。震えているのが見えたし、恐らくその先を口にするのは自分でも辛いだろうから。無理して言わせるわけにはいかない。ゲンマが手を握ったのを見て、ウィーネは少しだけ笑ってくれた。

 

「朝になって、あたしはギルドハウスを飛び出した。カゴウにだけは話をして」

「カゴウさんはなんて?」

「…『すまなかった』って。ヴィエンたちが何をしようとしているのかは知ってたんだろうけど、あの人もヴィエンに逆らえなかったから止められなかった」

 

 再度息を吐いて、ウィーネはついに1杯目に口をつける。ゲンマも、同じく1杯目を喉に通した。熱い感覚が喉から腹へと移っていく。

 

「で、あの店で朝から晩まで飲んでたわけか」

「酒が好きなのは変わらなかったから。恐怖とか怒りをどうにかするためには、飲むしか考えられなかったの。でも正直、あの日1杯目を飲む時は怖かったわ。また、いつの間にかどこかのベッドに横たわってたらどうしよう、襲われたらどうしよう、って」

「だろうな…」

「それでもあの日は、あの店の女将が相手をしてくれたから大丈夫だった。何が起きたのかは聞いてこなかったけど、あたしに何かあったことだけは分かってたみたいで…」

 

 今なお、外食の際は世話になることが多いあの料理店。それが、ウィーネにとっては思い出深い場所だったということか。

 

「…追放じゃなくて、自分から出て行ったんだな」

「言い方が若干違っていたのは謝るわ」

「いや、謝らなくていい。どっちにしろ、あいつらの都合で辞めることになったのは変わらないんだから」

 

 包んでいた手を離す。

 だが、ウィーネはその解いた手を再びつなぎ直してきた。

 

「…あたしは、あなたたちと一緒の今が一番満たされてると思ってる。それぐらい、あたしにとってはここは居心地が良くて、皆と一緒にいるのは楽しくて、こうして気兼ねなくお酒を飲めるのは最高だから」

 

 酒が入り、僅かに赤くなった顔を向けるウィーネ。その優しい言葉と表情に、ゲンマの中に燻っていたヴィエンたちに対する怒りが解けていくような感じがした。

 

「だから、失望させたりしないでよね」

「させないよ、絶対に」

 

 我ながら、随分と強気な発言をしたものだと思う。だが、グラスに残った酒を全部飲み、ゲンマは続ける。

 

「俺は、自分に自信が持てないし、ウィーネたちを不安にさせることが多いと思う。それに、色々と無茶を言ってる自覚はある」

「まあ、確かにね」

「だけど、ウィーネがされたような酷いことは絶対しないって、ここに誓う。俺だって、ウィーネのことは大切だし、傷つけたくもないから」

 

 決してそれは酒に酔った勢いで出た言葉ではない。ウィーネの受けた仕打ちを聞き、昼に見た連中の傍若無人ぶりを見て、せめて自分はきちんとしなければ、とより真剣に考えるようになった。自分はリーダーの器ではないし、自分の性格上周りを不安にさせてしまうこともあるだろう。それでも、信頼を置かれている仲間として、分別はしっかりしなければならない。私欲のために仲間を傷つけるなど、言語道断だ。

 

「…あなたのそういう真面目なところ、好きよ」

「そう言ってもらえてありがたいよ」

 

 ニコッと笑うウィーネ。性格を褒められるのは悪い気がしない。

 ウィーネもまた、1杯目を飲み終える。そこにゲンマが2杯目を注ぎ、お返しにウィーネがゲンマのグラスに2杯目を注ぐ。そしてお互いにグラスを軽くぶつけて、2杯目を飲み始める。

 晩酌は始まったばかりだ。

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