すり鉢状の空間には、2段に分かれて席が用意されていた。1段につき15人、30人が収容可能なこの場所は、セントラルタウンの発展と、秩序の維持に向けた会議を執り行うためにあるものだ。
「続いて、かねてより懸案に挙がっていることですが…」
進行役を務めるドワーフのニュートリーが告げると、ルスターは傍聴席で「またか」と内心呆れる。
「『無』属性の冒険者ゲンマについてですが…ギルド管理本部では何か目立った行動などは見受けられませんでしたか? ルスター殿」
「はい。冒険者ゲンマのギルドには、目立った動きはありません。クエストは週に4~5回の頻度で、ランク4~7のクエストを受けております」
ルスターは答えるのに淀みも躊躇いも持たない。
議会の議員ではないルスターは、ギルド管理本部の責任者として定例会議に参加を命じられている。ただし、「無」属性のゲンマが現れてそれが議会の耳に入って以降は、こうして会議の度に訊かれるようになってしまったのだ。とはいえ、ルスターの把握している限りでは不審な行動など起こしていないので、報告するべきこともあまりない。
「あー、それについてなんだがね?」
だが、ルスターの報告の直後に、1人の議員が手を上げる。その声は拡声魔術を使って皆に聞こえるように調整されたもので、発言した当人は他の議員よりも背丈が低い、というか縮尺が小さい。小人族の男・ブラインだ。
「先日、冒険者ゲンマのギルドは、ギルド決闘を受けたそうだね?」
「…ええ、それに関しましては部下からも報告を受けております」
「では、その相手方のギルドが、冒険者ゲンマのギルドよりも経験が豊富で腕が立つにもかかわらず勝利したということも、当然把握は?」
「…しております」
頷く。探りを入れているというよりも、つつきやすい部分をわざと露呈させようとしているようにしか聞こえない。現に、他の議員たちはざわつき始めていた。
あのブラインは、冒険者ヴィエンが以前療養地で護衛していた議員だ。それからヴィエンとは懇意で、議会でのやり取りをよくヴィエンに教えている。そして、以前ゲンマたちにギルド決闘を申し込んだのもそのヴィエンだから、情報は恐らく向こうの方が早かった。加えて、そのギルド決闘を取り持った部下のカモールの報告からして、ヴィエンのギルドはあまり良い雰囲気ではない。絶対に、何かしらの悪口をブラインに吹き込んだだろう。
「議長。冒険者ゲンマとそのギルドは、急速に力をつけていると見えます。それが『無』属性の力によるものかは分かりませんが、このまま放置しておくのは得策ではないと、私は考えております」
それ見たことか。ブラインはゲンマを不必要に危険因子と決めつけた。ブラインは、議長席に座るエルフの老人を見て、自信をもってそう告げる。
ルスターとしては、それは黙っていられない。
「お言葉ですが、ブライン議員。確かに冒険者ゲンマはこれまでいなかった『無』属性の人間で、その能力に関しては未知数です。ですが、現時点では問題行動などを起こしてはおらず、クエストの攻略についても至って問題ありません。にもかかわらず、何を危険視しておられるのでしょう?」
「立場を弁え給えよ、ルスター殿。君はあくまでギルド管理本部の者で、この場に招いたのは報告と、我々からの質問に答えてもらうためだ。議員に質問することはできん」
ブラインがわざとらしく言うのに対し、ルスターは舌打ちしそうになるのを堪える。そんなことをすればより立場が危うくなるだろうから。
隣に座る、ディスパーチャの若い隊長がこちらを見ている。自分のことを可哀想と思っているのか、それともあまり余計なことは言わない方がとくぎを刺しているのか。分からない。
「とはいえ、彼が現れてから間もなく1年が経ちますが、これまでの報告で冒険者ゲンマには目立った行動は見られません。そろそろ信用しても良いのではないでしょうか?」
すると初めて、ゲンマに対して肯定的な意見が別の議員から出た。発言したのは、手足が人間やエルフのようだが頭は狼のような形で、袖から除く腕も獣のような体毛に覆われた獣人族の議員・ジェネレイン。この議会では珍しく若い世代だ。「無」属性のゲンマが初めて議題に挙がった際には懐疑的だったが、今では大分軟化していると見える。
しかし、ブラインはジェネレインの言葉を鼻で笑い一蹴した。
「若いの、理解しておらんようだな。急速に力をつけて、周りにも影響を与えているということは、いずれは我々に反発することも考えられるのだ」
咳払いをして、ブラインは続ける。
「このセントラルタウンが、他国との間で中立の立場でいられるのは、我々がギルド・冒険者を擁立して一国の軍隊に匹敵する力を持っているからだ。それは当然理解しているな?」
「…ええ」
ブラインの語気に、ジェネレインは飲まれている。ルスターは、頭の中で顔を押さえた。このままでは、折角のゲンマを擁護する意見が潰されてしまうのが目に見えるから。
「しかし、だ。今まで我々の常識で計り知ることができた冒険者とは違って、冒険者ゲンマの力は今なお計り知れない。その力がどれほどのものかを判断するには十分な時間と要素、そして慎重な判断が必要なのだ。1年足らずの報告で判断するのは早計と言える」
「それは…力であれば十分に証明されているのではないでしょうか? 先のギルド決闘だけでなく、北方の淫魔姫の件でもそれが――」
「だが、彼らはあの戦いでほとんど損傷を受けずに帰還したそうじゃないか。しかもその詳細に関しては一切の報告が上がっていない。何故かな、ルスター殿?」
矛先がこちらにも向いてきた。不遜な態度は気に食わないが、答える。
「私たちは、特に討伐クエストに関しては手段を指定しておらず、クエストの結果を重視しております。ですので…」
「なるほど。分かった」
口では納得しているが、どうせ心では「使えない奴め」とでも思っているのだろう。そう思うならそれで結構だ。こちらもブラインのことは有能などと微塵も思っていない。
北方の屋敷に棲むサキュバスの件は、成功の報告を受けた時、ルスターは喜んだ。だが、帰ってきたゲンマたちの空気が重く、当のゲンマも悲し気な顔だったので、何か良くないことがあったのは分かった。そのうえで多くを聞くのも憚られたから、詳細なことは把握していない。そのルスターの気遣いのせいで、逆に彼が危うい立場にいるというのは、苦しかった。
「とにかく、冒険者ゲンマとその仲間が力をつけているのは確かだ。そんな彼らが、このままセントラルタウンで大人しくクエストを続けてくれればそれでいい。しかし、力をつけた彼らが、別の国や我々に敵対しようとする面々と組めば、我々の中立の立場も危うくなる」
「ですが、彼らのギルドの素行にも問題はないと…」
「だが可能性がないわけではない。それに実際、彼のギルドは短期間でランク6以上のクエストを成功させている。今は従順な態度を見せていても、時間をかけて成長し、十分力がついた時には、反抗するかもしれないのだ」
弱弱しいジェネレインの反論など、もはやブラインの前では何の意味もなさない。
ルスターは、ゲンマたちのことを思い浮かべる。
確かに、「無」属性であるゲンマの登場には驚いたが、それ以降は全くと言っていいほど問題を起こしていない。メンバーは全員いい人だし、クエストもちゃんとこなしてくれている。それに以前は、反国家分子を生け捕りにしてくれたおかげで有益な情報が得られたと、隣に座るディスパーチャの隊長が評価してくれた。すぐに高難易度のクエストを成功させるようになったのは驚いたが、それは経験者のウィーネがいることや、本来の成長速度が速いこともあるだろう。とても、事を荒立てて平穏を壊そうとしているとは思えない。反乱分子に協力するなど、想像もできない。
「…では、ブライン議員はどのようにお考えで? どうすればよいとおっしゃるのですか?」
「貴様、若輩者の癖にその態度は――」
頭に来たのか、ジェネレインが反抗的な態度を取ると、逆にブラインは頭に血が上ったようで机の上で地団太を踏む。
しかしそこで、議長席で木槌が叩かれた。
「そこまでだ」
議長席に座る、エルフのビゲッド。年齢は間もなく1000歳に達しようというご老体だが、言葉は威厳に満ちている。
エルフは不老長寿だが、決して不死ではない。いずれ肉体が朽ちて土に還るのだが、そうなるのは1000年を超えてからだ。なので、間もなくビゲッドも寿命を迎えることになるのだが、恐らく下肢が動く間は議長の座に就いているのだろう。
だが、ルスターにとってはそれでは困るのだ。
「ブライン議員の言う通り、冒険者ゲンマの動向は未だ判断がつかない。ギルド管理本部のルスター殿の意見は有益と言えば有益だが、彼らが反乱を起こすことはない証拠とするには不十分とも言える。この世界で前例のない存在だからこそ、楽観的に捉えてはならない」
「……」
全面的にブラインを支持する姿勢になると、ジェネレインは口を完全に閉ざしてしまう。経験年数が足りないとはいえ、あまりにも気の毒だ。
ビゲッドは、考えが古臭くて頑固だ。ジェネレインやルスターを含めた若い世代のことを信用せず、何かあればまず疑いから始める。今回のゲンマのことのように、簡単にものを信用しない。組織の長として何事も楽観視しないのは良いと言えば良いのだが、彼は度を越して偏屈だった。
そして、議会の方針は大体このビゲッドが決めている。だから彼が議長である限りは、ゲンマの立場は危ういままだ。それ以前に、ジェネレインのように若い世代の意見は、たとえ有効であったとしても無碍にされがちになる。さっきのジェネレインがいい例だ。
「では、どのようになさいますか?」
「ギルド管理本部の目が届かない内側から、彼らを監視すればよい」
「流石議長、聡明なお考えで」
ニュートリーが尋ねると、淀みなくビゲッドは答えた。そしてそれをわざとらしく誉めそやすブライン。全く持って見るに堪えない媚びにビゲッドは反応せず、ルスターに目を向ける。
「ギルド管理本部は、冒険者ゲンマとのつながりがある。よって、彼女たちの中から送り込むのは避けるべきだ。無論、ルスター殿も」
「……」
とことん自分たちのことを信用していないらしい。いや、ここで自分たちに任せられたら何かを逆に疑ってしまいそうだ。むしろ信用してくれない方が、下手に信頼度を上げずに済む。
ニュートリーが手を挙げて尋ねた。
「ではどなたを?」
「モニト」
「はい」
名前を呼ばれて立ち上がったのは、議長席の右隣に座っていた長い黒髪の女性エルフだ。聞いた話では、年齢はルスターよりも200歳ほど年下のビゲッドの孫娘であり、現在は議員補佐という役割だったと思う。
「冒険者ゲンマ及びそのギルドの監視を命ずる」
「かしこまりました。期限は如何いたしましょう」
「一先ずは7日。不審な動きがあれば逐一報告するように、場合によっては期間を延ばす」
モニトは一礼し、手元の用紙にビゲッドの指示を書いていく。
ルスターは、隠そうともせずため息を吐いた。面倒なことになったと。どうやってゲンマたちに、彼女のことを話すべきか、と。ディスパーチャの隊長が、驚いたような目でこちらを見るが知ったことか。
閉会の挨拶は、ほとんど聞き流した。
◆ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「こちらがモニト、新しくギルド管理本部に配属される方です」
「よろしくお願いいたします」
ギルドハウスの前で、黒く長い髪のエルフが頭を下げる。傍らには荷物の入った鞄。ゲンマは、ルスターに紹介されたモニトという女性の所作を見て、真面目そうな人だと思った。
昨日、クエスト帰りにルスターから呼び出されたと思えば、期間限定でギルド管理本部の新人を受け入れてほしいと言われた。何でも、ギルド管理本部での仕事をスムーズに把握するために、ギルドに入って実際に活動を目にした方が効率が良いという考えだそうだ。
ゲンマの隣に立つウィーネが「ふーん」と品定めするようにモニトを見る。
「初めてじゃないかしら? 新人をギルドに入れるなんて」
「あー、それは…」
「お忙しい中申し訳ございません」
ルスターが何か言おうとする前に、モニトが口を開いた。
「私は此度、縁あってギルド管理本部に配属されましたが、仕事をより完璧にこなすために、本部に所属するギルドについても内側から学びたいと、ルスターさんにお伝えしたのです。ご迷惑を掛けることとなってしまいますが、ご容赦いただけますでしょうか」
「ああ、そう言うことね、うん。わかったわ」
モニトの仕事に対する意識と心掛けは、新人ながら見上げたものだ。自分は果たして、入らざるを得なかった会社で仕事を始める際にこんなキラキラとした目と心を持っていただろうか。そのモニトの迸るほどの熱意が伝わったのか、ウィーネは素直に引いた。
「モニトがいるのは7日間となりますが、クエストは通常通り受けていただいて問題ございませんので、よろしくお願いしますね」
「分かりました」
「それでは、何かございましたらギルド管理本部まで」
ルスターは恭しく頭を下げて去っていく。一方のモニトは、ピシッとした姿勢で次の指示を待っていた。
世話になっているルスターの頼み故に断れなかったが、ゲンマは内心緊張しっぱなしだ。リーダーという立場さえ恐れ多いのに、新人の実地研修に自分たちのギルドが選ばれるなど落ち着けるはずもない。新人への教育は前の人生の職場で経験したことがあるが、今回は状況が全く違う。
「ええと、改めてよろしく。ゲンマだ」
「よろしくお願いします」
それでも、相手に悪い印象を与えたくはないので、できる限り朗らかに挨拶をする。対して、やはりモニトは真面目な感じで頭を下げる。何というか、真面目なところは好感が持てるが距離感が掴みにくい。もしや、自分も周りに対して同じような気持ちを抱かせていたのではないだろうか。
「あたしがウィーネ。こっちはアルナとクラカよ」
ウィーネが手早く残り2人のことも紹介する。それから、立ち話も何だったのでまずはギルドハウスに招き入れることにした。
だが、アルナがモニトを連れて中へと招き入れたところで、ウィーネがそっとゲンマに耳打ちをしてくる。
「…何か怪しいとは思わない?」
「…正直、そんな気はしてる」
新人に実際のギルドを学んでもらうにしても、ゲンマたちのギルドよりうってつけのギルドは他に沢山いるはずだ。加えて、ゲンマはセントラルタウン議会にマークされている。そんな問題を抱えているようなギルドに研修を頼むだろうか。
ルスターがこちらのことを信頼しているというのであれば、納得できないこともない。だが、ルスターだって自分たちのギルドがイレギュラーだと知っているだろう。猶更、ここを紹介するとは考えにくかった。
だとすれば、誰かがゲンマたちの下へモニトを送り込んだとも考えられる。ギルド管理本部がそんなことをするはずもないだろうから、恐らくはその上にあるセントラルタウン議会だろう。それも、その中でも偉い人。
「…俺もあんまり信用されてないな」
「まぁ、7日間の辛抱よ」
ゲンマとしては、自分が「無」属性なのは望んだわけではないし、問題は起こさないようにと日々委縮しながら過ごしている。悪いことをしているつもりはない――ティグリーを引き取ったりディザーを助けようとしたこともあるが――が、そんな中で監視(仮)されるとなれば、より一層慎重に過ごさなければならないだろう。
ウィーネの言う通り、確かにモニトがいるのは7日だけだ。しかし、それが随分長いように思う。前の世界の、休日明けの月曜から木曜までの4日間よりも長そうな気がした。
アルナという少女に招き入れられたギルドハウスは、綺麗に手入れされているのが一目で分かった。余計なものが床の上に放置されておらず、机の上はもちろん戸棚も物が整頓されており、どこを見ても「散らかっている」という印象はない。
「とても綺麗にされてますね」
「恐縮です。ここは皆で集まる部屋ですし、汚いと気持ちも落ちてしまいますから」
「掃除はアルナさんが?」
「ええ、まあ。と言っても、私だけじゃなくて、皆さん気がついたら掃除をするって感じなんです。誰が掃除をするとかは決まってません。それでも、クラカさんが一番お掃除が上手かなぁとは思いますね」
振り返ると、一緒に入ってきたクラカがアルナの言葉で照れ臭そうに笑っている。。
どうやら、この2人は自分のことを本当に、「ギルド管理本部の新人」としか見ていないらしい。警戒している様子が全くない。
モニトは元々セントラルタウン議会の議長補佐で、ギルド管理本部で働いたりなどはしない。祖父に言われた通りに、あの「無」属性のゲンマのギルドを内部から監視するためにやって来たのだ。
しかし、玄関をくぐってすぐの部屋には目立ったところはない。至って普通のギルドハウスだ。
「何か珍しいものでもあった?」
「いえ、そう言うわけでございません」
後からウィーネと入って来たゲンマが聞いてくるが、モニトは首を横に振る。
そこでゲンマは、「さて」と仕切り直すように言った。
「短い間だけどよろしく頼むよ。ルスターさんからはその間ここに滞在するって聞いてるけど、それで合ってる?」
「はい、問題ございません」
内側からできる限り監視するためにここへ来たのだ。夜に自宅へ戻ったりしたら意味はない。
ゲンマたちの様子を見るに、ルスターは上手いこと欺いてくれたようだ。事前にルスターから「新人と言う形で送り込む」と言われた時は、疑いもしていた。何せ、ルスターはゲンマという男が冒険者に登録してから少なくない回数、彼らと交流がある。もしかしたら、情が移ってセントラルタウン議会を出し抜くのではないかと思ったが、その心配は不要のようだ。
「クエストにはいつ出られますか?」
「今日は出ないかな。君を迎えるってことで、時間には余裕を持たせようと思っていたし」
「まさか、クエストについてくるつもりなの?」
ウィーネが、信じられないという風に聞く。モニトは、毅然とした態度で頷く。
「当然でございます。皆さんが普段受けているクエストにも同行いたします」
「で、でもぉ…クエストは危ないですよぉ…? 私みたいなみそっかすなんていつも死にそうになってますし…」
心の底から心配そうに話しかけてきたのはクラカだ。ゲンマのメンバーの詳細な情報は聞いていないが、冒険者の中でも数少ない「銃士」が、まさかこんなへっぴり腰の少女だったとは。だが、彼女もまたヴィエンのギルドとの決闘で勝利している。それなりに腕は立つのだろう。戦いになると周りが叱咤するのだろうか。
「ですが、ギルド管理本部で冒険者の皆様を支援するには、やはり現場を見るのが必要と考えております。私もエルフで簡単には死にませんし、戦う力もあります」
「た、戦えるんですかぁ…?」
「弓と剣で少々。ですので、どうか同行させていただければと」
「へぇ…すごいですねぇ…」
感心したように息を吐くクラカ。実際、モニトは幼少のころから祖父の指導で弓術と剣術を習得している。流石に、軍隊との戦いで勝ち星を挙げられるほどではないが、中級クエストぐらいなら大丈夫だと自負している。ゲンマたちも、気乗りしないようだったが、一先ずは納得してくれた。
「では、今日はどうするおつもりで?」
「元々今日は休みのつもりだったんだ。昨日おとといとクエストが続いていたからね」
ギルドハウスの契約を続けるには、一定量のクエストをこなす必要がある。ただ、このギルドハウスはギルド管理本部が支給したものではないため、本部が課した条件の対象外だ。それでも、ちゃんとクエストをこなしているということは、ルスターの言っている通り素行には問題がないのだろう。
ただし、それはあくまで表面上だけ。もしかしたら、休みの日はこのギルドハウスで何かしらを企てているのかもしれない。それを突き止める。
「クラカ。モニトを部屋に案内してあげて」
「あ、はいぃ。それではどうぞこちらへぇ…」
「研修だから緊張しているだろうけど、くつろいでくれていいからさ」
「…お気遣い感謝いたします」
ゲンマの言葉に、一応お礼だけ伝えておく。
クラカが先導して、モニトを2階へと案内する。その途中、目に見える範囲で何か怪しいものがないかを確かめるが、隠し倉庫や仕込んだ武器などの類は見当たらない。秘密の武器を隠し持っている可能性は低かった。前を歩くクラカはモニトを怪しむ様子はなく、「トイレとお風呂は1階で~」などと呑気に説明をしていた。
「こちらのお部屋ですぅ」
「ありがとうございます」
そうして通されたのは、2階に上がって右手側の一番手前の部屋。隣がクラカの部屋らしい。もしや、何か不穏な動きを見せたらすぐに銃で処分できるようにするためだろうか。流石に考えすぎかもしれないし、何よりこのクラカからはそんな苛烈な印象が感じられない。恐らくは客人用の部屋なのだろう。
そして、その部屋の扉を開けると。
「失礼しま――す!?」
ぎょっとした。
何故なら、ベッドの上にグランドタイガーが寝っ転がっていたからだ。ドアを開けたらいきなりグランドタイガーがいた時の対処法など、頭の中で想像すらしていない。
「あわわ、ティグリーさぁん。ダメじゃないですかぁ、ここはお客さん用のお部屋なんですから…」
するとクラカは、慌ててグランドタイガーに駆け寄って何とかベッドから降ろそうと揺さぶり始める。ティグリーと呼ばれたグランドタイガーは、眠っていたのかのそのそと起き上がると、まるで甘えるようにクラカに寄り掛かる。獰猛と聞いていたグランドタイガーが、人に飼われるとこうも軟化してしまうものなのか。
その時、ティグリーがクラカの肩からこちらを窺っていることに気づく。
「…どうも」
下手に刺激を与えないように、されど良い印象を与えられるように、笑顔を作る。しかしティグリーはクラカの元を離れてベッドから下り、モニトを素通りして部屋を出て行ってしまった。
「ご、ごめんなさいぃ。すぐにシーツを取り替えますねぇ…」
「あ、ありがとうございます…」
ぺこぺこと頭を下げて一旦部屋を出るクラカ。
忘れていたが、このギルドにはグランドタイガーもいたのだ。冒険者として登録はされていないが、ヴィエンのギルドの1人に決闘で勝利していると、記録にもあった。冒険者1人を倒せるとなると、力はそれなりのものとみていいだろう。
改めて、モニトは自分に割り当てられた部屋を見回す。壁際にはベッド。窓のすぐそばには机と棚があるが本などは一切置かれておらず、ここは来客用というより空き部屋だったと思われる。
続いて、透視あるいは盗聴用魔術の類がないかをざっと調べてみる。だが、その痕跡はない。このギルドで魔術を主に使うのはアルナだが、ゲンマも多少使えるとギルド管理本部の冒険者登録用紙を事前に読んだ。なので、何かしら自分を見張るようなものがないかと疑ってみたが、それも杞憂だったようだ。ひとまずは、ほっとした。
「あれは…」
何気なく窓の外を見ると、ギルドハウスの前でゲンマとウィーネが組手のようなものをしているのが見えた。モニトは、今の時点でやることは特になかったし、彼らの実力も知りたいところだったので、下に行って様子を窺うことにした。
「もっときびきび動かないと! まだ始めたばっかりなんだからさ!」
「分かって…る!」
拳を構えるウィーネが挑発すると、膝に手をついていたゲンマは距離を詰めて右手でウィーネの左腕を掴み、左手を腹に打ち込もうとする。だが、それをウィーネは右手でいなし、腕をひねってゲンマの右手を振りほどき、ゲンマの顔に向けて右の拳をぶつけようとする。ゲンマは首を右に傾けて拳を躱し、今度は足払いを仕掛けた。ウィーネは後ろに足を移動させてそれを避け、一旦距離を置く。
「…こういった鍛錬は、いつもなさっているんですか?」
「ええ、まあ。ゲンマさんは空いた時間によく鍛錬をしているんです。大体は、ウィーネさんと一緒にああして組手をしたり、指導してもらっていますね。ゲンマさん、あまり身体が強くないのを気にしていますから」
同じように様子を見守るアルナが話す。
今なお組手を続ける2人の様子を窺うが、ウィーネと比べるとゲンマの方が動きにキレがないように見える。反射速度はそれなりだし、攻撃する体勢も悪くはないが、まだまだ甘さが見て取れた。どうやら、肉弾戦は不得手と見える。
「お、誰かと思ったら」
一旦組手を止めて、ウィーネがこちらを見た。ゲンマも息が上がっているものの、モニトの方を見て話しかける。
「見学、か…?」
「ええ、まあ。どのように鍛錬しているのかなと」
「折角だし、あなたもやってみる? ゲンマはちょっと休憩させるし」
言うが早いか、ゲンマの下へアルナがタオルを届ける。ゲンマはそれを受け取ると、ギルドハウスの壁際まで移動して、休息の姿勢を取った。
「…分かりました。お手柔らかにお願いします」
「そう来なくちゃね」
ウィーネが拳を前に突き出してくる。
それに応えるように、モニトは上着を脱いだ。
◇ ◆ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日の夜、モニトは報告用の日誌を書いていた。今日の天候から始まり、日中何をしていたか、自分の目で見たゲンマたちのギルドはどんな様子だったか、そして何か怪しい動きはなかったか、というところだ。
今日は初日ということもあって報告することは少なく、報告できることと言えばウィーネたちと組手をしたぐらいだ。やはり、それなりに場数を踏んだクエスト経験者ということもあって、あくまで訓練しか受けていないモニトでは太刀打ちできなかった。特に、実力が低いと思っていたゲンマにも僅差で負けてしまうというのは中々に悔しかった。普段から鍛錬しているというのもあったので努力の成果だろう。
ほかに今日あったこととしては、ゲンマたちが自分のために料理を振舞ってくれたことか。普段から料理はそれぞれが作っているらしいが、今日は自分という新しい仲間を限定的とはいえ迎えるということで、豪勢な料理を振舞ってくれた。
「…美味しかったな、料理」
思い出して、自然と口をついて出る。羽ペンで日誌を書く手を止めてしまうほどに、彼らが作ってくれた火吹鳥の煮物や川魚の塩焼き、野菜の炒め物等々の料理は美味しかった。モニト自身も独り暮らしで自炊はしていたが、凝った料理は中々作れず、料理の腕も平均レベルだ。なので、感動や羨ましさに近い気持ちがある。
だが、首を横に振って、目の前の日誌を書くのに集中する。これは議会へ報告書として渡すものだ。中途半端な気持ちで書いていてはならない。
するとそこで、ドアがノックされた。
「…はい」
『ゲンマだ。まだ起きてる?』
「何か御用ですか?」
ドアの前に向かって聞くと、外から返ってきたのは要監視対象の声だった。
モニトは振り向いて、ドアに向かって話す。
『もうだいぶ遅いのに灯りがついていたから、少し気になって』
「…申し訳ございません。ギルド管理本部に提出する日誌を書いておりましたので、書き終わりましたら休みます」
『ああ、そう言うことか…分かった、ありがとう。明日はクエストだから、ゆっくり休んでおくといい』
「かしこまりました」
日誌を書いている、という点は本当だ。それでゲンマは特に疑う様子もなく、気遣いの言葉を残してドアの前から去って行った。
モニトは再び机に向かい、日誌を書こうとする。
――モニトさんはぁ、えっと…何か嫌いな食べ物とかありますかぁ…?
今日の夕食の前に、クラカはそう聞いてきた。料理を振舞ううえでそれを聞いたのは、配慮以外の何物でもないだろう。アルナたちが、彼女の作る料理は特に美味しいと言ってくれたが、まさにその通りだった。
――お風呂、お先にどうぞ。遠慮なんてなさらずに
夕食の後の風呂の時間、アルナは一番風呂をモニトに譲ってくれた。別に一番でなくともよかったのだが、恐らくは初日で緊張しているからそれを解そうとしてのことだろう。実際、風呂に入った時は緊張感が大分解れた。
――よかったら酒でも飲む? いいのがあるのよ
風呂上がりに、ウィーネが酒瓶を掲げて酒を勧めてくれた。モニトは酒が好きな方だが、監視任務である以上迂闊に酒が飲めないため断ったけれど、もしかしたら打ち解けようとしてそう提案したのかもしれない。
このギルドに所属しているメンバーは、皆が皆優しかった。自分がギルド管理本部から来た新人(と思い込んでいる)だから丁重に扱おうというのではなく、純粋に気遣っている。打算でも後ろめたさでもなく、そうあるべきだと理解しているから。元々の性格が優しいから。
このギルドは温かい。
「…はぁ」
羽ペンを置き、寝る準備を始める。まだ日誌は書き終えていないが、このギルドの空気に中てられたせいか思う様に書くのが進まない。ゲンマの言う通り明日はクエストに出るのだから、早めに休んだ方が良いだろう。
決して、先ほどのゲンマの気遣いの言葉を受け入れたわけではない。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◇ ◇
2日目。
モニトが同行するゲンマたちのクエストは、北方の森で最近発生している、一般人を襲うゴーレムの調査と追跡。難易度は7、賞金は70ベルガだ。
当初、ゲンマたちはモニトがいるのもあって低難易度のクエストにしようとした。けれど、ルスターが上手いことモニトに実戦経験を積ませたいと言ってくれたので、ゲンマたちからすれば渋々ながらもこのクエストを行うことになったのだ。
「アルナ、どんな感じ?」
「…まだ探知できません」
ウィーネがアルナに尋ねる。
これまでに被害者が襲われた地点で、探知魔術を使うアルナ。彼女はティグリーの背中に跨って、移動しながら襲撃者を探知している。だがその成果は芳しくなく、自分たち以外に自然エネルギーの反応はないらしい。
「ゲンマさん、お願いします」
「分かった」
言われたゲンマは、アルナの肩に手を置いた。するとその手から紫色に近い淡いオーラが光だし、アルナの身体を包み込む。彼の冒険者登録用紙にあった「拡張魔術」だろう。今のところ、彼らが使う魔術は事前に聞いた情報と相違ない。そしてその魔術のおかげで、より広い範囲を探索できたのか、アルナはが目を見開く。
「ここから少し先に、強い『土』属性の自然エネルギーの反応があります」
「よし、そこへ行ってみよう」
アルナが探知した場所に向かって移動を始める一行。
だが、ほどなくしてアルナが声を上げた。
「止まってください!」
その直後、自分たちの目の前の地面が突如隆起した。アルナが乗るティグリーが飛び退き、ウィーネはクラカの襟を、そしてゲンマはモニトの肩を掴んでそれぞれ後退する。
すると、隆起した地面から勢いよく姿を見せたのは、岩でできたゴーレムだ。岩でできた歪な両腕を天へ突き上げて、立ち上がるその様は、いっそ勇ましさすら感じられる。これが、調査対象にあったゴーレムだろう。だが、頭部の赤い文様を見て、モニトは眉を顰めた。
そんなゴーレムを前にして、アルナはティグリーから下りて異空間から錫杖を取り出す。ゲンマも黒い杖を構え、ウィーネはナックルダスターを装着した。そしてクラカは。
「あわわ、こんなゴーレムがいきなり…出てくるとはなァ! 胸が躍るじゃねェのよォ!」
「…え?」
「ああいう子なんだ」
やはり怯えた様子で、と思ったら銃をホルスターから抜くと態度が急に変わった。あまりの豹変ぶりに言葉を失うも、モニトの驚きを察知したらしきゲンマが補足する。彼らにとっては見慣れたものなのか、誰も気にしていない。
「こいつを倒せばいいってこと? 随分と簡単なクエストね」
「…恐らくは、別にいるかと」
ウィーネが指を鳴らして戦闘準備に入りながら言うが、モニトはそれを否定する。
確かにゴーレムの殺傷性は高いし、クエストでも討伐対象に度々挙がるほど数も多い。しかしながら、ゴーレムとはそもそも周りが岩だらけの場所や、山岳地帯に出現するのがほとんどだ。今いる場所は森の中で木々と土は豊富だが、ゴーレムが自然に出現する場所とは条件が違う。
それに、とモニトはゴーレムの頭部を指差した。
「あの頭に刻まれた赤い文様、通常のゴーレムにはないものです。アレはどこかしらで術者が操っている証で、その術者こそが、襲撃事件の首謀者かと」
「そうなのか?」
「元々、誰かが魔術的に操っている物体には、模様などの証があるんです。ゴーレムをはじめとした人や獣の類を操る際には、頭にそう言った証が現れる。手練れの術者になるとその証さえも隠しますが、このゴーレムの術者は熟練とは言い難いです」
携えてていた弓を持ち、矢筒から矢を取り出しながらゲンマに説明する。モニトの得物は剣と弓だが、今回弓を選んだ理由は一歩引いたところからゲンマたちの戦い方を見るためだ。議会には、彼らが脅威となり得るかを報告しなければならず、それを確かめるためにも戦い方を見ておく必要があった。近接戦でなければ使えない剣は今回の監視において不向きだ。
「そして術者が別にいるのであれば、これを相手にする必要はないでしょう」
「ゴーレムがこいつだけだったらの話だがなァ」
モニトの意見に対して、辺りを見回しながら告げるクラカ。
術者が別にいるのであれば、この操りゴーレムといくら戦ったところで意味はない。だから相手にしないのが得策だが、それはクラカの言う通りで1体だけの場合だ。しかし今、自分たちの周囲で地面が隆起し、同じような岩のゴーレムが全部で3体、囲むように立ちあがる。
「っ!」
最初に攻撃を仕掛けたのはアルナ。錫杖を振り、強烈な「風」の自然エネルギーを使って岩のゴーレム2体を吹き飛ばそうとする。アルナの前方で烈風が吹きすさび、木の葉が音を立てて枝から離れていく。だが、岩のゴーレムは見るからに「土」の属性で、「風」は「土」よりも弱い。動きを鈍らせるのが精いっぱいだ。
「ウィーネさん、クラカさん!」
「よし!」
「おうよ!」
そこでアルナが叫ぶと、ウィーネは1体の足元へ接近し、クラカは両手に持つ2丁の銃をもう1体のゴーレムへと向ける。
「おらぁ!!」
そして、「土」属性のウィーネは拳にエネルギーを溜めてゴーレムの右足を殴打。ナックルダスターの攻撃力も上乗せされて、右足が砕け散ったゴーレムはバランスを崩してずんと倒れ込む。
「そらそらそらァ!!」
一方のクラカ。銃をゴーレムの顔と胸の中心に向けて連射する。数少ない「銃士」の戦いを実際にこの目で見るのは初めてだが、その銃の威力よりクラカ自身の豹変ぶりが気になりすぎて集中できない。
「モニト、下がって!」
ゲンマの声が横入りをしてくる。次の瞬間には、グイッと視線が一気に横へ移動し、自分の顔のすぐ近くを岩の腕が通り過ぎて行った。空気が目の前を横切る瞬間という物は、初めて経験する。
「怪我は!?」
「あ、大丈夫、です…すみません」
「厳しいことを言うかもだけど、戦いに来たのなら集中してくれ。もし傷ついたりしたら、君に申し訳ないし、ルスターさんにも顔向けできない」
モニトを庇うように立つゲンマ。その視線の先には1体の岩のゴーレムがいる。モニトは立ち上がりながら、矢を弓に番える。
ゲンマがちらっと、ウィーネたちの方を見る。モニトもそちらを見ると、ウィーネが脚を砕いたゴーレムや、クラカが頭と胸を蜂の巣にしたゴーレムは、欠けた箇所を補う様に周囲から土や草、石などを吸収して復活し、ゆっくり立ち上がっている。攻撃はあまり意味がないらしい。
「恐らく術者は、こちらの体力がなくなるまで攻撃を続けるつもりでしょう」
「またこんなやつか…」
前に立つゲンマは、辟易した様子でそう告げる。どうやら、前に同じような敵と戦ったことがあるらしい。
すると、前に立つゴーレムが右腕を突き出してきた。咄嗟にモニトは頭を庇い姿勢を低くするが、ゲンマは動じない。代わりに彼は、持っていた黒い杖を前に掲げると、即座にその形が縦に長い長方形へと変わった。しかも、一か所だけ四角く切り抜かれ、前方の様子が分かるようになっている。
その長方形の盾に、ゴーレムが拳を打ち込む。しかし、岩が砕ける音が聞こえたものの、ゲンマは少しも動いておらず、その後ろにいたモニトには礫のひとつすら届いていない。やがてゴーレムが一歩引くとその右腕は砕け散っており、後に残っているのは大量の岩と土の山だけだ。
「これは…すごいですね…」
「俺もそう思う」
これが、ゲンマの武器の力。「無」属性の彼が生み出した代物なのか。その威力は、岩の塊であるゴーレムの攻撃を受けてもびくともせず、逆にゴーレムの腕を粉砕するほどだ。それがどれだけのものかは計り知れない。
しかし今は戦闘中だ。彼の武器について考察するのは後回しにして、今自分がやるべきことをやらなければ。
弓を構え直したモニトは、狙いをゴーレムの顔に合わせる。だが、ゴーレムは左の腕を構えてこちらを殴り飛ばそうとしていた。
「そのまま狙って。モニトは俺が何とか守るから」
「……」
構えている最中、ゲンマが告げる。
その言葉に呼応したつもりはないが、すぐさま矢を放つ。矢は、流石に銃には及ばないが凄まじい速度でゴーレムの顔に命中する。そして、刺さった矢が淡い緑色に光りだすと、ゴーレムの動きが鈍り、封印用の呪文が矢を中心に身体の隅々まで広がり始める。そして全身に呪文が広がると、ゴーレムは地面に倒れ伏した。ゲンマの杖が粉砕した右腕も再生していない。
「動きを縛る呪文?」
「はい。これでしばらくは大丈夫でしょう」
倒れたゴーレムの腕を軽く蹴り、動かないのを確認する。いつか役に立つだろうと思って習得しておいた魔術だが、活用する機会があって良かった。
「だァらっしゃァ!!」
怒号が響いた方を見ると、巻物を広げたクラカが別の銃を持っていた。最初に撃った銃と違い、銃身が女性の腕ぐらいありそうな太さの銃を、クラカは2体のゴーレムの腹に向けて撃つ。弾丸が命中したかと思いきや、2体のゴーレムが腹部から一気に爆散し、そこら中に残骸が飛び散る。どうやら一気に体内で爆発する特殊な弾丸を使ったらしい。クラカとウィーネ、アルナとティグリーは木陰に隠れてそれを防ぎ、モニトはゲンマの盾で守られる。
しかし、砕け散ったゴーレムは、爆風が収まるとすぐにまた再生を始めた。
「クソがァ! 全然倒せねェぞこいつ!」
「ここは私にお任せを」
再び矢筒から矢を2本取り出し、1本を口で咥えてもう1本を弓に番う。そして、復活して起き上がり始めていたゴーレムの頭めがけて矢を放つ。命中したのを確認したら、咥えていた2本目を番え、もう1体のゴーレムへと射る。頭に刺さった矢から呪文が広がったゴーレムは、先ほどの1体と同様に地面に倒れて動かなくなった。
「すごい、ですね…」
「やるわね」
アルナとウィーネが、驚いたようにモニトを見る。それに対してモニトは、一礼だけをする。
さて、新たにゴーレムが出現する気配はないが、このまま突っ立っているわけにもいかない。なので、アルナの情報を頼りに、その術者の下へと急ぐことにした。
しかしながら、走り始めてすぐにモニトの足元がふらつき、息切れを起こしてしまう。
「モニト?」
「すみません…ちょっと、私は…」
「アルナ、ちょっと」
先に気づいたゲンマが、前を行くアルナを呼び止める。それで、他の仲間たちも足を止めた。
「大丈夫?」
「ごめんなさい…私、魔力の量が少なくて…さっきの足止めの魔術で少し力を使ってしまったみたいです」
「アルナ、少しでも回復させてあげて」
「分かりました」
アルナがモニトの背中に回り、治療魔術を発動する。気持ちが少しだけ落ち着き、身体の中の疲れがほんの少しだけ軽くなった気がした。そして、ティグリーが自分に顔を近づけてくる。心配してくれているらしい。
そこでクラカが、銃で自分の肩を叩きながら尋ねる。
「術者はどうすんだァ? 逃げちまうぞ」
「アルナはここで、モニトを回復させて。俺とクラカとウィーネで、術者を探そう」
「いえ、私は大丈夫ですから…」
どうやらゲンマは、戦力を削いででもモニトを回復させるつもりらしい。だが、それはモニトとしても受け入れがたかった。彼らの戦い方がどういうものなのかがまだ完全に理解できていないし、何より自分のために戦力を割くのは非効率すぎる。
だが、ゲンマは首を横に振ると、優しい眼差しでモニトを見る。
「君の能力や、魔力のことを知らなかったのは、それを聞かなかった俺のせいでもある。君に無理はさせられない」
「ですが…」
「それに、君のおかげでさっきは助かった。十分よくやってくれたんだ、後は休んでいていい」
そう言って、ゲンマはモニトの肩を優しく叩く。
彼が要注意人物であることを、忘れてしまいそうだった。
「あー、お話し中すまないな」
そして、割って入ってきた男の声。
全員がそちらを見ると、木の陰から男が姿を見せていた。着ているのはセントラルタウンの住人が着ているようなそれだが、目元は僅かに窪み、無精ひげが生えている。首の部分で縛る外套を羽織っていて、清潔感の無い出で立ちだ。
「
その言い方からして、例のゴーレムを操っていたのはこの男だ。つまり、人々を襲っていたのもこの男である。
すると、地面が揺れ、木々が揺れ、空気が震えはじめた。
「金目の物を置いて立ち去れ、と言っても聞かなさそうだし、ここは容赦を棄てた方がよさそうだな」
男の周囲の地面が隆起し、全身を覆うように土と石、岩が貼りついてゆき、背丈があっという間に自分たちの3倍以上を優に超えて、ゴーレムの如き姿へと変貌した。先ほど戦ったゴーレムたちと違うところは、頭に刻まれていた赤い文様が全身に広がっていることと、胸の部分から男の顔が露出していることぐらいか。
一歩踏み出す度に大地が揺れ、自分たちも僅かに浮く。アルナが治療魔術を使ってくれているが、モニトはまだあの呪縛の矢が放てる気がしない。あれを打つには大分魔力が必要で、自分の中には十分な魔力が溜まっていない。
「はぁ…」
すると、脇に立っていたゲンマがため息を吐く。そして、手に持っていた杖が蠢くと、剣へ姿を変えた。
そして、ゴーレムの前へ、男の顔が露出している部分とほぼ同じ高さへ跳び上がり、剣を素早く振る。
「…は?」
男が困惑の声を上げた。
それもそのはずで、彼が身にまとっていた岩の鎧が粉々に砕け散っていたからだ。それも、男の周囲だけ人型に岩が残っている。ゲンマは、男が埋まっている部分だけ切り刻まなかった。
「おらァ!」
続けて、クラカが発砲する。いつの間にか、その手には先ほどまで持っていたものとはまた違う形状の銃が握られており、銃口から放たれたのは銃弾ではなく縄だった。それは魔術で操られているのか、ひとりでに男を雁字搦めに縛りあげる。男の身体の周りには土や石、岩がへばりついているので簡単に手足を動かせないだろうが、念のためだろう。
「はあっ!」
そして、地面へと落下する男へとウィーネが一気に距離を詰めると、胸の中心に拳を打ち込む。へばりついていた土や岩が完全に剥がれ落ち、男は実際に胸を殴られたかのような苦悶の表情を剥き出しに、後ろへと吹っ飛ぶと木に激突して地面に落ち、動かなくなった。遠目から見ても、意識がなくなったのは分かる。男の意識が完全に落ちているためか、岩などが集まって再びゴーレムとなる様子もない。
「殺してないな?」
「当り前じゃない」
ゲンマが聞くと、ウィーネは笑顔を返した。
そのやり取りと、ゲンマがゴーレムの身体を切り刻んだのを思い出して、モニトは疑問を抱く。
「殺さないんですか? そうした方が効率が良いはずですが」
「あー、やっぱりそう思っちゃうか」
ウィーネが頭の後ろを掻きながら言うが、モニトは自信を持って頷く。
「当然です。ギルド管理本部に所属している冒険者には、クエストで討伐対象の殺害が認められていますし、生け捕りにするよりそうした方が戦いやすい…と、私は考えています」
「それでも、そうしないのが私たちなんです」
後ろで治療するアルナが、やんわりとモニトの言葉を否定した。振り向くと、彼女の視線の先にはゲンマがいる。不殺の方針は彼によるものなのか。
「なぜ、殺さないんですか?」
「…自分で納得ができないから。命を奪うってことに」
「それだけの理由で?」
「そうさァ。それが…わ、わたしたちなんですよぉ…」
問い返すと、クラカが銃をホルスターに戻しながら答えた。銃を手放した瞬間に、態度がまた元に戻っている。
ゲンマは、ウィーネと共に男の下へと近づく。まだ生きていることを確認したらしく、こちらに向かって頷き、そばにいたクラカが改めて男を縛り直す。それを見て、ウィーネが通信魔術を発動して後処理部隊を呼び寄せた。
モニトはただ、黙って彼らの様子を見ているしかなかった。
◇ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◇
4日目。
この日は休養日だったが、ゲンマを含め全員がなぜか武装して出かける準備を始めたので、モニトとしても無視できずついていくことにした。曰く、目的地は「世話になっている人のところ」らしい。
「あの、本当にこんなところに…?」
「あともう少しですねぇ…」
そうしてギルドハウスを出ること数時間。歩きっぱなしでモニトはそろそろ足が限界に近づいていたが、ゲンマたちは歩を止めない。舗装されている道ならまだよかったが、今歩いている場所は森の中だ。高低差が激しいし、道は凸凹なので脚への負担は数割増しだった。ちなみにティグリーは、相手が驚くからという理由で留守番である。彼がいれば、背中に乗っても良かっただろうが。
歩きながらモニトが尋ねるが、クラカは大して苦しくもなさそうに答える。一緒に向かったクエストで彼女の「本性」は目の当たりにしたが、この山道を苦も無く歩いているあたり素の身体能力は高いらしい。
「あっ、見えてきました」
やがてアルナが指差した先には、小ぢんまりとした家があった。木でできた平屋で、その周囲だけ木が刈られている。周囲は害獣除けと思しき札が貼られた柵で囲まれており、その家の前にある畑は定期的に手入れがされていると思しき畑。昔人が住んでいたのではなく、今もなお人が住んでいる家だ。
「ごめんくださーい」
「リエスさーん、ペールさーん」
ゲンマとアルナが、家に向かって声をかける。
ほどなくして、扉を開けて老夫婦が姿を見せた。どちらも、歳の割に背筋がちゃんとしており、介護が必要という感じは全くない。ゲンマたちを見て2人は顔を綻ばせ、先に口を開いたのは男性の方だ。
「おお、みなさんでしたか…ようこそお越しくださいました」
「どうも。お2人もお元気そうで何よりです」
男性と握手をするゲンマ。そこでクラカが、男性の方がリエスで、女性の方がペールだと耳打ちして教えてくれた。そして、そのペールという女性がモニトを見る。
「あら、あなたは…?」
「申し遅れました。私、ギルド管理本部の新人で、実地研修としてこちらのギルドに参加しているモニトと言います」
「はー、ギルド管理本部さんのねぇ」
ギルド管理本部の新人なのはもちろん嘘だが、一般人にまで身分を偽るというのは少し心が痛む。だが、それでもペールは信じてくれたらしく、頷いてくれた。
「あ、あのぉ。こちらおみやげですぅ」
「あらあら、ご丁寧にどうも…」
挨拶を済ませたところで、クラカが持っていたお菓子の詰め合わせをペールに渡す。それを見てリエスが、自分たちを家へと招いてくれた。
「もしよろしければお茶でもどうぞ」
「では、ありがたくいただきますね」
ゲンマがその厚意に対し頷いて、一行は家へと上がる。彼らの間によそよそしさという物はあまり感じられず、モニトもゲンマたちに続いた。
家の中は見た目通りで広すぎず、老夫婦2人で住むのであれば十分な広さだろう。
そんな家を見回しながら、モニトはウィーネに話しかける。
「あの、ここは…?」
「今あたしらが住んでるギルドハウスを譲ってくれた恩人の家だよ」
「…譲ったって、どうやってですか?」
「まぁ、ちょっと助けに入ってね」
ウィーネによれば、ゲンマたちが今暮らしているギルドハウスは、山道で山賊に襲われていたリエス夫妻が住んでいた家で、隠居するにあたり引き払うところを命の恩人であるゲンマたちに譲ったという。その縁に加えて、2人が高齢なのもあって度々ここにきているのだそうだ。そう言えば、事前にルスターからあのギルドハウスの事情は少し違うと聞いていたが、そう言うことか。
「はい、お茶どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
ペールがお茶を差し出してきたので、縁側に座ってありがたくいただくことにする。温かいお茶が、疲れた身体、特に脚に染み込んでいくかのようだ。
「こんな山奥まで大変だったでしょう」
「いえ、それは…まぁ、はい」
「ふふふ」
ペールがそのままモニトの隣に腰かけて話しかけてくる。山道は確かに険しかったので大変と言えば大変だったが、どうにか取り繕うとした。それでもうまい言い訳が思い浮かばなくて結局肯定してしまうも、ペールはそれを大変な道のりを理解しているようで上品に笑う。
ギルド管理本部の議員の大半は壮年の人物で、議長である祖父だって高齢だ。けれど、祖父は厳しい人だったし、議員も見た目丁寧で尊大な人がほとんどなので、ペールやリエスのような上品で温かみのある人と接したことはあまりない。
だからモニトは、どう接すればいいのかが一瞬分からなくなってしまった。
「…あの、ペールさん」
「はい?」
「つかぬことをお伺いしますが、ペールさん方から見てゲンマさんたちはどのような方々ですか?」
バカなことを聞いてしまったと、我に返る。それを聞いたら、自分はゲンマたちのギルドに対して不信感を抱いているというようなものではないか。
「どのようにって…そうねぇ…難しい質問だけど…」
だが、ペールは頬に手を当てながらゲンマたちを見る。少なくとも自分のことを怪しんではいないようだ。とはいえ、よく考えてみればこの2人はゲンマたちと接することが多い一般人だ。その目に映る彼らの印象も判断材料になりえるので、さっきの質問もあながち間違いではなかったかもしれない。
ペールの視線の先では、ゲンマとウィーネ、クラカとアルナがテーブルを囲んでリエスと談笑している。クエストがどうとか、畑の野菜はこうだとか、山の中の暮らしは何だとか、他愛もない平和な話に花を咲かせていた。そんな彼らを見て、ペールは「そうね」と前置いてから告げる。
「とても、優しい人たちよ。見ず知らずの私たちを助けてくれた上に、彼らから引越しの手伝いもしてくれるって言ってくれたんだもの。それに、こうして私たちの下へも来てくれているし…」
「…そうですか」
お茶をもう一度飲む。やはり温かい、そして美味しい。
「昔は、人の多い場所に住んでいたから、静かな場所で暮らそうって、ここに住むことにしたのだけれど、それでも寂しさはやっぱり感じてしまってね…」
「……」
「でも、皆さんが来てくれるとその寂しさも軽くなると言うのかしら。とにかく、来てくれて嬉しいの」
目を細めるペール。
それを見たモニトは、手に持っているお茶の温かさも忘れて、自分の腹に石ころが落とされるような感覚になった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇
その日の夜も、セントラルタウン議会に報告するための日誌を書いていた。やはり内容は、その日何があったか、怪しい動きはなかったか、自分はどう思っているか、という点だ。
だが、ゲンマたちの下へきて6日。奇妙な動きは全くと言っていいほどなく、議会で
ギルドハウスでの生活でも、クエストでも、休養日でも、モニトは自分の目の届く範囲で可能な限り彼らの様子を監視していた。自分が見ていない部分があるとすれば、各々の風呂やトイレ、就寝中などの踏み込めない個人の時間ぐらいだが、流石にそこまで見ることはできない。
「……」
日誌に書く私見にも、「脅威は見受けられない」と書いている。だが、果たして議会はこれで納得するだろうか。直にその目で見て来いと言ったのは議長をはじめとした議会だが、実際にこの目で見たと言って彼らは信じるだろうか。多分信じないだろうと、モニトが考えた直後、ドアが叩かれた。
「はい」
『ゲンマだ。今、入っても大丈夫?』
「…大丈夫です」
手早く、机の上に広げた日誌を閉じて仕舞い、取り繕う。
するとゲンマが、ドアを開けて入ってきた。手には、カップが2つ載った盆がある。
「遅くまで頑張っているのが見えたからね、良ければ飲む?」
「ありがとうございます。いただきます」
カップを1つ受け取って中を見ると、お茶だった。一口飲んでみるが、美味しい。アルナに作り方を教わったとのことだ。
「明日で研修も終わりだけど、学ぶことはできた? と言っても、俺たちが教えられたことなんてほとんどないけど…」
「…いえ。とても勉強になりました」
ゲンマたちからああしろこうしろと指示されたことはほとんどない。大体が、モニトが自分から学習しようとしていたことばかりだ。そう答えると、ゲンマは笑ってお茶を啜る。
「…ひとつ聞きたいことがあるんだ」
「はい?」
「変な質問だろうけど…君は本当に、ギルド管理本部の人?」
啜ったお茶が、変なところへ入り込んだ。思わず咽ると、ゲンマが謝りながら背中をさすってくる。しばし落ち着くまでに時間を要したが、喉を落ち着かせるためにもう一度お茶を飲む。今度は問題なく飲み込むことができた。
「…なぜ、そう思われるのですか?」
「俺はセントラルタウン議会で厄介者扱いされているみたいでね。そんな奴がいるギルドに、実地研修で新人を送り込むっていうのは少し考えられなくて。このギルドハウスのことも含めて、他にも普通のギルドは沢山あるはずなのに」
こちらが怪しいと思っていたことは、当人も気にしていた。
彼はまだ、モニトがセントラルタウン議会の者と確信してはいないが、疑ってはいる。
「…まぁ、そうですね。私はセントラルタウン議会の1人です」
身分を隠すのは難しそうだし、今日までの活動で怪しいところはないとモニト自身では判断できたし、何よりどうせ明日で終わりだ。だから、明かした。ゲンマは安心したようにため息を吐き、またお茶を一口飲む。
「…他の皆さんも、気付いていると思われますか?」
「どうかな。ウィーネは大分疑っているけど、アルナとクラカにその様子はないよ。でも、アルナも言わないだけで気づいているかもね」
ゲンマはそう言いながら、「失礼するね」とだけ言ってベッドに腰かけた。他人の寝具に腰かけるのは、気が引けるらしい。
「アルナさんがですか?」
「アルナ、治療している人の記憶とかを多少読むことができるみたいでね。前に俺を治療した時もそうだった。だから、クエストで君のことを治療して、察しているかもしれないよ」
それは自分も初めて知る情報だ。と言っても、それを嬉々としてセントラルタウン議会に報告しようという気持ちは起きなくなってしまっている。
「…で、調べていたのは俺のことか」
「…あなたと、このギルドです」
「やっぱりそんな感じか…」
うーん、と唸るゲンマ。わざとらしい仕草には見えず、本当に落ち込んでいるようだ。
それを見ると、モニトの中にも罪悪感が生じ始める。お茶を飲んで、少し心を落ち着かせた。
「…ここに来るまで、皆さんは何かよからぬことを企んでいると思っていました。けど、皆さんと過ごしている内にそうではないと考えるようになりました…」
「…どうして、そう思うんだ?」
ゲンマは、モニトに対して真剣な目を向けている。疑われないことを望んでいるだろうに、何故逆にモニトのことを疑うのか。そこまで自信がないのだろうか。
「議会であなたの話題が上がるたびに、何も知らなかった私はあなたに対して恐怖と不信を抱いておりました。接触することなどありませんでしたから、人からの報告と印象でしか分からなくて」
「……」
「けれどあなたは、鍛錬を怠らず、命を奪おうとはせず、また感謝の気持ちを忘れない人だと、この数日で知りました」
空いている時間に、ゲンマは仲間と鍛錬をしていた。クエストの討伐任務で、ゲンマは討伐対象の命を奪おうとはしなかった。このギルドハウスを譲ってくれた老夫婦の下へ足しげく通い、その老夫婦からも好印象を得ていた。
何より、彼はギルドの仲間たちを大切にしていた。こんな疑わしい立場にいる自分に対しても、ゲンマは気遣いの気持ちを持っていた。それは決して、議会での報告や書面上だけでは理解できないものだ。
「…それでも、俺は自分に自信が持てない。果たして自分の行動が合っているのか、正しいと思えることをなのか、そんな自分のことを周りはどう思っているのか。いつもそんなことを考えてばかりだし、ダメな方悪い方へと考え込んでる」
この期に及んで、善良な人間のフリをしているとは思えない。彼は本気で自分に自信が持てず、周りからの評価や見方を気にしている。実際セントラルタウン議会が彼を注視しているので、彼の感覚は比較的合っている。それでもモニトは、彼の言動を自分の目で見てきて、ゲンマには害がないということを理解することができた。
「けれど私の目には、あなたが危険と言う風には見えませんでした」
するとその時、ドアからガリガリと引っ掻くような音が聞こえてくる。
「多分ティグリーだ。入ってきちゃうかもしれないけど、大丈夫?」
「平気、です…」
断りを入れてから、ゲンマはドアを開ける。やはりドアの向こうにいたのはティグリーだ。そして、ドアを開けるとティグリーは部屋の中へと入ってきて、とことことモニトの下へと歩み寄り、膝の上に前足をのせてきた。緊張のあまり、お茶も飲めないでいると、そんなモニトの目をティグリーは円らな瞳で覗き込んでくる。可愛らしい顔だ。
「…そいつも大分、君に懐いてるみたいだな」
言われて、モニトは考える。ここに来た初日にも視線は合ったが、ティグリーは自分の横を素通りしていた。それからクエストの際に手負いの自分を乗せてもらったこともあったが、ここまで接近したことはない。
モニトはコップを机に置き、恐る恐るティグリーの顔を左右から包むように触る。もふもふの毛の感触が、自分の中に謎の多幸感を齎してきた。顔が緩んでしまうのを堪えるも、自分を見ているゲンマも微笑んでいるので、笑みは完全には抑えられていないらしい。
「…こう言っては何ですが、議会の皆さんは頭は良いのですが、考えが硬いところがあって」
ティグリーの温かさと柔らかさ、そしてゲンマの優しい雰囲気に、口が自然と開いてしまう。
「若い人の中にはゲンマさんを擁護する方もいたんですが、経験を積んている方々は簡単には信じられないみたいで。それで、あなたがどういう人なのかを『内側』から確かめるために、私は遣わされました」
自分をゲンマたちの下へ送りこむと決めた議会で、若手の
モニト自身が信じてしまっていたのは、その年長者組、ゲンマたちが危険だという意見だった。そして今回のことを経て、その認識は誤りだったことを痛感し、今ではゲンマたちのことを信用している。
「今の時点で、私は皆さんのことを脅威ではないと判断していますし、そう報告もしたいと考えています。けれど、議会の皆さんが信じてくれるかどうかは、正直な話微妙です」
自分だって、齢180を超えている。けれど、ビゲッドをはじめとした年長組からすれば、自分はまだ若者に当てはまるだろう。議長の孫娘であったとしても、私情は決して挟まないと理解しているから、恐らくモニトの意見も簡単には信じないだろう。
「それでも、君は自分が思ったことを伝えてくれればいい。それで俺たちが疑われるのは、もう年長者組のものの見方でしかないから、仕方がないだろうし」
「……」
「むしろ、俺たちのことについて嘘を吐かれた方が、俺としては一番悲しいから」
まったくもって、この男はお人好しだ。普通そこは、何としてでも議会を納得させろと言うところだろうに。自然と、モニトは笑ってしまう。
ゲンマは、暗い話を避けるつもりか話題を変えた。
「…この間のクエストで、モニトの魔術には助けられたよ。あれがなかったら、俺たちは多分無駄に消耗させられて怪我をしてたかもしれない」
「…ありがとうございます」
「でも、君は魔術の才覚があったのに、議会に行ったんだね」
ティグリーがさらに身を乗り出し、足への負担が強くなる。モニトは、ベッドに腰かけるゲンマの隣に移動し、改めてティグリーを膝の上に乗せた。
「私は、自分の中に溜められる魔力の量が多くありません。何度もその量を増やそうと試みたのですが上手くいかず、冒険者になるのを諦めました。それで、何ができるだろうと思っていたところで、祖父が議会で議員を務めていると知ったんです。この町をより良いものにするために頑張っている、という印象が強くて」
「…そうなんだ」
自身の中に溜める魔力の量を増やす方法は、多くもなければ少なくもない。だが、そのどの方法を試してみても、効果は得られなかった。このまま冒険者になったところで満足に戦うことはできない、と自分で判断するのに時間はかからなかった。結果、祖父が議会に勤めているのもあったので、その関係者になると決めたのだ。
「けれど、後悔はありません。今の仕事も楽しいと言えば楽しいですし」
「…仕事が楽しいって言うのは、とても羨ましいよ」
一瞬、心の底から羨ましがっているかのような表情が、ゲンマから見て取れた。広義に解釈すれば、ギルドに所属してクエストに挑むことも冒険者の仕事と言えるが、なぜ彼はそんな表情を浮かべたのだろうか。
だが、それを深く掘り下げるのは良くないと勘が判断したので、話をそこで終わらせる。
「…私は明日、議会に戻ります。あなた方のことも、報告させていただきます」
「…ああ」
「勿論、悪いようには言いません。私が見てきたもの、そして私が思ったことを全て伝えます。元々はそう言う狙いだったのですから」
お茶を飲み干す。するとティグリーが、寂しそうにか細い声で鳴いたので、頭を撫でてやる。すると目を細めて嬉しそうにした。まったく、どこまでも可愛いグランドタイガーだ。
「…俺たちのこと、信じてくれてありがとう」
「お礼など必要ありません。私がありのままに思ったことがそうだったのですから」
律儀に頭を下げるゲンマ。この男はお人好しというか、優しすぎる。
だが、それでもゲンマはモニトに視線を向けたままだ。
「それでも、議会で話に上がっていた俺たちの印象をそのまま思い込まないで、俺たちの行動をモニトがちゃんと見て、ちゃんと考えて、そのうえでそう感じてくれたんだから。お礼を言うのが筋だと思うんだよ」
真っ直ぐな目で訴えるゲンマ。
その目を見て、モニトはむしろ可笑しくなってしまった。
「聞きしに勝る真面目ぶりですね」
「…クソ真面目だって自覚はあるし、よく言われてるよ」
「ええ、私も今まさにそう感じました。そこは私としても、評価に値するところです」
空になったカップを渡すと、ゲンマは笑ってそれを受け取った。
「よければまた、ここへ来るといい。クエストで空けているかもしれないけど、来てくれたらお茶を用意する。ティグリーも嬉しがるだろうしね」
ゲンマがティグリーの背中を撫でる。
「いいんですか? セントラルタウン議会の私を?」
敢えて含みを持たせて尋ねる。ゲンマの言葉は捉え方によっては、個人的なつながりを持とうとしているようにも聞こえた。
「別に、下心とかはないよ。ただ純粋に、よければまたって意味で」
そう答えるゲンマに対して、モニトは笑う。
「そんなことだろうと思いました」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◆ ◇
「――報告は以上となります」
臨時に開かれた議会で冷や冷やしながらモニトの報告を聞いていたルスターだったが、終わるころには議会の空気もざわついていた。それもそのはず、モニトの報告はゲンマたちのクエストに何の問題もなく、さらに注意すべき冒険者ゲンマは素行・思想共に極めて善良、とモニトが自信ありげに報告したのだから。ルスターは笑って頷いたし、ディスパーチャの隊長もうんうんと満足そうにしている。
「…直接彼らを見たモニト殿のお言葉であれば、疑う余地はないかと」
ジェネレイン議員が、嬉しそうに言う。ルスターも、大きく頷いた。もう疑いの余地はないだろう。元々ルスターはゲンマたちを疑ってなどいなかったが。
「…彼らに、モニト殿がセントラルタウン議員だとバレていた可能性は? そうだとすれば、彼らが演技をしていた可能性も否めないが」
だが、ブラインはこの期に及んでまだ粗があるのではないかと勘繰っている。直接見てきた者の意見を信用しないとは、一周回って感心すらしてしまいそうだ。
「その可能性はありません。ルスターさんが巧みに偽装してくれたのもあり、ギルドの皆さんは私のことをギルド管理本部の新人と信じ込んでおりました。疑う素振りも見せておりませんでしたし」
すると、反論するモニト。流れるようにルスターのことも評価してくれたのが実に良い。今度個人的に食事でも奢りたかった。
それでもなお、ブラインは醜いほどに噛みつく。
「もしかしたら、今回潜入した期間だけそう言った怪しい動きを見せなかったのかもしれない。引き続き監視した方が良いだろうと、私は思うがね」
事情を知らない者からすれば地味に正論な意見、ルスターは忌々しく思う。
だが、そこでモニトは咳払いをした。
「彼らは、民間人からの信頼を得ており、休養日やクエストで彼らに同行して直接この目で見た私から見ても、脅威は感じられませんでした。これ以上の疑いをかけてこちらから行動を起こすと、逆に我々に対する疑いを彼らに植え付けることになると、私は考えておりますが」
議会が静まり返った。
確固たる信念を持った言葉、そして自分たちが逆に反感を買ってしまうかもしれないという恐れ。そのいずれも、この議会では久しく聞くものではなかったから。ルスター自身も、普段は議長席の近くで黙ってばかりだったモニトがこんな風に力説をするとは思わなかったから、驚いている。
それでもなお、ブラインは咳ばらいをしながらも言い返した。
「まさかとは思うが、彼らから何らかの取引でも持ちかけられたりはしていないだろうな? 条件を飲む代わりに自分たちの評価を問題ないものにしろと――」
「それはつまり彼女が買収に応じるような者である、と言いたいのか? ブライン議員よ」
賄賂の疑いをかけたブラインに対して冷酷な言葉を注げたのは、ビゲッドだった。そちらを見ると、ビゲッドからは目に見えない覇気のようなものが感じられる。ブラインもそれを察知してか、言葉に詰まった。みっともない姿だと、ルスターは思う。
モニトがビゲッドの孫娘なのは議会全員が知っている周知の事実。そのモニトを疑うということが、賄賂に応じたと疑うことがどんな意味を持っているかは、分からないはずもないだろう。
「彼女の実直かつ真面目である性格は普段の業務でもよく理解している。血が繋がっているからという理由ではなく、これまでの積み重ねから私は彼女の働きぶりを評価している。彼女の報告も一考に値するものだろう」
議長のビゲッドが告げる。モニトとブラインも席に着いた。
「…冒険者ゲンマの処遇に関しては、一旦保留とする」
息を吐いて、ブラインがルスターの方を見た。
「引き続き、ルスター君には彼の動きについてそれとなく注意するように」
「…かしこまりました、議長」
疑いの念は晴れていないらしい。待遇は、これまで通りという結論だ。
2歩進んで1歩下がったようだ、とルスターは思う。
それでも1歩進んだと思えるのは、モニトの言葉が議会の空気を変えたように感じたからだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◆
ある休養日のことだ。
ゲンマが1階のリビングで、クラカと「アルティクス」に興じていると玄関の扉がノックされた。
「はい?」
『モニトです』
名を尋ねると、少々意外な人物だった。ゲンマが扉を開けると、そこには最初にここへ来た時と変わらない、ピシッとした立ち姿のモニトがいる。
「先日はどうも」
「あ、あれぇモニトさん…どうなさったんですかぁ…?」
「先日、サザニア国へ出かけた際に、特産の果物を買ってきましたので、よろしければと」
「ご、ご丁寧にどうもぉ…!」
籠に盛られた果物の盛り合わせを差し出してくるモニト。クラカがそれをゆっくりと受け取り、ゲンマはその隣で笑う。
「お茶でも飲んで行く?」
「…ええ、是非」
「あっ、じゃあアルナさんとウィーネさんも呼びますねぇ」
クラカが2階へ2人を呼びに行く。ゲンマは、全員分のお茶を用意するために、カップを棚から取り出した。それを見計らって、モニトがゲンマに声を潜めて話しかけてくる。
「…他の皆さんには言ったんですか? 私が、セントラルタウン議会の者だって」
「いいや、言ってないよ。言わない方がいいと思ったし」
ウィーネとアルナも、モニトが議員だと勘づいていたらしいが、やはり真相は伝えていない。彼女が議員だと知っているのは、このギルドハウスだとゲンマ(とティグリー)だけだ。
「ただ、後でルスターさんから、『急な人事異動でセントラルタウン議会の方で働くことになった』とは言われたけど。議員だとは思ってないよ」
「…そうですか」
議会の関係者であって、議員とまでは言ってない。それで誤魔化せるかどうかは微妙だが、これでいいだろう。そこで、2階からウィーネとアルナ、そしてクラカが降りてくる。
「おー、久しぶりだね。と言ってもまだ1週間ぐらいしか経ってないか」
「お元気でしたか?」
「ええ、何とか」
やはり自分のことを疑っていない風に、そして先日と同じような穏やかな態度で接してくる2人。何故だか、安心感のようなものを感じる。
「あ、美味しそうな果物ですね」
「サザニアへ行ったついでに買ってきました。それにゲンマさんから、いつでも来ていいと言われたもので」
「へぇ~?」
モニトの言葉に、ウィーネが何やら「いいことを聞いた」と言いたげな笑みをこちらに向けてきた。ゲンマは思わずモニトを見るが、彼女は「そう言いましたよね?」と言いたげにしれっとした顔をしている。
「何、あんたこういう子が好みなの?」
「違う、下心ありきで誘ったわけじゃない。普通に休んでいきなって意味で言ったんだ、他意はない」
「まあ、あんたはそういう人だって分かってるけどね」
「ええ。そうでしょうとも」
慌てて否定するも、ウィーネは揶揄って満足なのかすぐにお湯を沸かし始めるし、モニトもまるで我がことのように頷いている。何だか自分が1人で踊ってるピエロのようだ。
「信頼されてるんですね」
「俺なんかにはもったいないくらいに」
お茶の時間の準備を始める皆を見ながら、ゲンマはモニトの言葉にそう答えた。
「ここは、よいギルドですね」
「…ああ」
モニトの呟きに、ゲンマは強く頷く。
穏やかで温かいこの場所と、こんな自分と一緒にいてくれる彼女たちが、ゲンマにとってはかけがえのないものだ。
第一部完、と言った感じです
続きはまた追々投稿いたしますので、今後ともよろしくお願いいたします。