弱り目に祟り目、という言葉を痛感している。
「なんで、こんなことに…」
クエスト掲示板を見上げるアルナは、絶望に満ちた表情を浮かべている。ウィーネは額を手で押さえ、ゲンマ自身も顔を両手で覆いたくなった。
「こんなのひどいですぅ…あんまりですぅ…」
床に膝をついて嘆くクラカ。ゲンマだって同じ気持ちだ。
クエスト掲示板に、クエストがない。ただの1つも。
「申し訳ございません、としか言いようが…」
こちらの様子を見かねてか、受付からルスターが出てきた。やはり彼女も残念に思っているようで、眉が八の字を描いてしまっている。
「たまにあるんですよ、クエストが著しく減ってしまうことが」
「まぁ、確かに前にもあった気がするけど…何もこの時期に…」
「こればかりは、私たちにはどうにもできませんね…」
冒険者の経験が長いウィーネは、似たような状況に当たっことがあるらしい。
セントラルタウンだけでなく、周辺にある国や地域が、危険な地域や人物、集団などの情報を集め、それらの解決や調査をギルド管理本部に依頼してくる。また、民間人もお手伝いなどを依頼することができ、それらが「クエスト」としてこの掲示板に貼り出されるのだ。だが、稀にそれらの依頼が一切なくなるという時期もあるようで、今日はまさにそのタイミングだそうだ。
「ここが開いた時は多少あったんですが、開場を待っていたギルドの方も多かったですから」
「そうでしたか…」
自分たちの事情を幾分か知っているルスターは、親身になって話してくれる。その気遣いがゲンマはありがたかったが、これはまた無視できない問題だ。
拠点の目途が立つまではコツコツお金を貯めていく、という方針になったのに、早くもその収入源がなくなってしまった。頭の中で今の手持ちがどれほどかを思い出してみるが、今日の宿代ぐらいしかもう残っていないと思う。1日クエストに出ないだけで切迫するとなると、かなり厳しい状況だ。本当に、昨日ギルドハウスを契約できなかったのが悔やまれる。
とにかくこうなっては、少しでも稼ぐために、挑戦できそうなクエストができたらすぐにそれを受けるほかない。
「あのぉ~…」
すると、ルスターの後ろから別のエルフが姿を見せる。同じギルド管理本部の制服を着ていて、茶色いボブヘアーの女性エルフだ。名札には「カモール」と書かれている。そしてその手には、「クエスト用紙のようなもの」が握られていた。
「新しいクエストが来たので貼り出そうかと思うのですが…」
「「「「受けます」」」」
満場一致、示し合わせたわけでもなく、ゲンマたち4人は揃ってそのクエストを受けることにした。
その時のルスターの顔は、同情心が前面に出ている笑顔だった。
◆ ◇ ◇ ◇
改めてクエストの内容を確認してみると、セントラルタウンにほど近い湖で渡り鳥を捕獲するというものだった。ゲンマのいた世界だったら、この手のクエストは専門家の仕事か、テレビ番組の限界チャレンジ企画にもってこいだと思ったが、自分でやることになるとは思わなかった。
依頼主は、自然環境の保護を目標に掲げている団体。捕獲する水鳥は、生息地を季節ごとに移動する渡り鳥だが、綺麗な見た目故に乱獲されては高値で違法に売り飛ばされることが多く、生息数は年々減少している。そこで、種の保存と生息数の増加を目的として、捕獲することにしたそうだ。絶滅危惧種、という言葉がこの世界に存在するかは知らないが、生き物の数が減りつつある問題を抱えているというのは、同じ問題を抱えている世界から来たゲンマからすれば他人事には聞こえなかった。
「…難易度3かぁ」
説明を受けて、件の湖に到着したウィーネは独り言つ。今回の賞金は15ベルガで、昨日おとといと受けたクエストの賞金の半分以下だ。とはいえ、難易度が低ければそれだけ賞金も少ないのは仕方ないし、少しでももらえるに越したことはない、とゲンマは思うことにしている。でなければやってられない。
「それでも、今日の宿代ぐらいは確保できる。たかが15ベルガ、されど15ベルガだ」
「そりゃ分かってるよ。けどさぁ、いつまでクエストがない状態が続くかも分からないし、中々厳しいね」
ウィーネの言い分も分かる。今回のクエストで稼げるのは宿代だけで、食事代は昨日までに稼いだ賞金から出すほかない。そして明日、またクエストが新しく追加されているという保証もない。この状態が続いていれば、4人全員素寒貧という話も考えられた。
「2人とも、今は目の前のクエストに集中しましょう」
「そ、そうですよぉ…もし失敗したらギルド管理部からなんて言われるか…はっ、もしかしたら死んで詫びろとでも言われてしまうんでしょうかぁ!? もうおしまいですぅ…!」
「いや、流石にそこまでは言われないだろうけど…」
アルナとクラカに言われ、ゲンマも意識を切り替える。今のクエストを遂行しなければ、その今日の宿代さえもらえない。だから、まずは目の前のことに集中するべきだ。
依頼主からの指示は、あらかじめ用意したトラップを仕掛け、その捕獲する鳥が掛かったら迅速に回収するというもの。
「ひとつ思ったんだけど…罠って普通何日も前から仕掛けるものなんじゃないのか?」
「それは、ルスターが言ってたでしょ? その研究をしている人が腰をやっっちゃって仕掛けられなくなったって」
「ああ、それは分かってるよ。でも、罠を仕掛けてそんな短時間でかかるはずもないだろうし…」
本来、これらの作業は全て保護団体が行う作業だったものだ。それをゲンマたちがするようになったのは、ウィーネが言った通りである。しかし、こうして対生き物用の罠を仕掛ける際は、前もって仕掛けるものというイメージがゲンマにはあった。
もしかしたら、今日は捕まらないのかもしれない。相手は生き物だから思い通りに行くとは限らないだろう。そう考えられるが、そうなれば今日の賞金はなしだ。それはそれで困ってしまう。
「よし、取り敢えずここに置いとくか」
そんなゲンマの不安をよそに、ウィーネは湖の近くの茂みに捕獲用の罠――鉄格子で囲まれた箱――を置き、おびき寄せる餌として獣の肉を中に置く。鳥なのに肉食なのか、という疑問を抱きつつ、ゲンマは湖につながる川の河口近くに罠をセットする。アルナは湖の東側に生える大きな樹の下、クラカは西側にある浅瀬にそれぞれ罠を仕掛けた。
そして、渡り鳥に悟られないように湖畔で静かに待つこと30分。
「あっ、アレですね」
アルナが空を指差すと、山の向こうから鳥の群れが飛んでくるのが見えた。渡り鳥で特に長い距離を飛ぶ鳥は、仲間との衝突を防いだりエネルギーの節約をするためにV字になって飛ぶという話を聞いたことがあるが、この世界でもそれは同じらしい。捕獲対象の鳥の群れは、綺麗なV字を形成していた。
目を凝らしてみると、その鳥は白く、目の周りは黒い模様で囲まれており、嘴は黄色で、鶴のように首が長い。鶴と違うのは、足には鋭い爪が生え、翼が左右一対ではなく二対あることだ。鳥の群れは勢いよく湖の水面近くまで降下し、何羽かが着水する。
「綺麗ですね…」
「確かに…」
アルナの呟きに、ゲンマも同じく頷く。湖の周りは深い森に囲まれており、人工物はほとんどなく、音だって木々のざわめきや湖の水音しか聞こえない。そんな自然に満ち溢れた場所で、ああいう生物たちの様子を見ていると、心が落ち着いていくのを感じる。鳥の姿が綺麗なのも一役買っていた。クラカもウィーネも感じるものは同じらしく、穏やかな表情で鳥たちを眺めている。
「お、何羽か罠の方に行ったね」
ウィーネが言う。見れば、確かに着水しなかった3~4羽ほどが、先ほどゲンマたちがわなを仕掛けた場所へと飛んで行った。匂いか何かで餌に気づいたのだろうか。
ともかく、状況を確認するために4人で罠を仕掛けた場所へと向かう。最初に向かうのはウィーネが仕掛けて場所だ。
「掛かってるっぽいね」
罠の方へ近づくと、ガシャガシャと金属音が聞こえてきた。どうやら、鳥が罠にかかって暴れているらしい。今回のクエストで捕まえるのは最低2羽と聞いているので、捕まっていたらとてもありがたい。
だが。
「おー、これかー!」
喜びの声を上げるウィーネとは対照的に、ゲンマは腰が抜けそうになった。
確かに、ウィーネの仕掛けたトラップには鳥が捕まっていた。首が長く、白くて、目の周りに黒い模様があって、羽が左右二対のあの鳥に間違いはない。しかしながら、檻の中で耳を劈くような啼き声を上げており、嘴の中には無数の刃のような歯が生えていた。愛くるしいペンギンの口の中を見て絶句した時を思い出す。
「ひええええ! ごめんなさいごめんなさい私たちの都合で捕まえてごめんなさいいいい!!」
その恐ろしい姿を前に、クラカが半べそをかきながら謝るが、ゲンマだって同じことをしたい気分だった。正直泣きそうになる。幼少の時分にこんなのを見たりしたらトラウマになること間違いなしだ。
「うわぁ…綺麗な見た目なんですけど、意外とこう…アレなんですね」
「何かルスターから渡された紙に、『嗅覚と視力が高く、噛む力も強いため人間の腕をへし折れる』って書いてある」
「何でそんな重要なことを口頭で言わない…」
まじまじと興味深そうに眺めるアルナ。意外とこの子は肝が据わっているのかもしれない。ウィーネが手元にあるメモ用紙を見ながら、淡々とこの鳥の特徴を述べているが、それはルスター自身の口から話してほしかった。
ウィーネは、大して怖がりもせずにポーチから札を取り出す。それには術式が描かれており、それはクエストを受ける際にギルド管理本部から受け取ったものだ。
「よーしよし落ち着いてな~」
ウィーネが宥めるように声をかけつつ、札を檻に貼り付けようとする。今なお鳥は暴れており、檻を噛みちぎるつもりなのか、嘴で檻を噛んでいる。金属が軋むような音が聞こえるあたり、噛む力が強いことは確からしい。さらにウィーネが手を伸ばすと、檻の隙間から嘴を出してウィーネの腕に噛みつこうとしてきた。ゲンマは、そばにいるアルナに治療魔術を準備するように言っておく。
「よし、と」
檻の中の鳥に警戒しつつ、ウィーネは大して怖がりもしないで札を檻に貼り付ける。
その直後、暴れていた鳥が眠るように、ぱたりと倒れた。説明されたところによれば、この檻は自然エネルギーに反応して機能する「魔道具」で、ウィーネが持っていた札は持ち主のエネルギーを吸収し、魔道具と併せて使用する「スイッチ」のようなものらしい。札を貼り付けて自然エネルギーに反応したこの檻は、中にいる動物を仮死状態にして長時間の運搬を可能にするというものだ。この鳥の凶暴性は依頼主も当然知っており、生きたまま運ぶのは骨が折れるためこのような形にしたそうだ。
「じゃ、後3つ頑張ろうか」
檻の回収は後にして、残り3か所の様子も確かめる。
しかし幸か不幸か、ゲンマの仕掛けた罠にも鳥が掛かっていた。かかった以上は放置するわけにもいかないので、先ほどウィーネがやった時と同じように札を貼って中にいる鳥を仮死状態にするしかない。だが、近づこうとすればするほど、中の鳥が嘴を開けて中の牙をちらつかせ、啼き声を上げて威嚇してくる。
「あ、ごめんなさいごめんなさい。すぐに貼りますんで、すぐ済ませますんで!」
「何かクラカさんみたいになってますよ…?」
一歩近づく度に無意識に謝ってしまうし、敬語になってしまう。思わずアルナがツッコむが、ゲンマには何も聞こえない。追いつめられると自然に謝ってしまったりするのはなぜだろうか。それでも、どうにか札を貼り付けて眠らせることには成功した。
続いて、アルナの仕掛けた罠に向かう。
「ウィーネさんとゲンマさんが、自分の仕掛けた罠の鳥を捕まえてましたから、私も自分が仕掛けた罠の始末はしなきゃいけませんよね…」
「いや、無理にとは言わないけど…」
「無理そうだったらあたしらが変わるから」
自分の仕掛けた罠の鳥は自分で眠らせる、という流れができてしまったので、アルナが若干気落ちしている。だが、ウィーネは大して怖がっていなかったし、ゲンマも自分に代わって誰かに、しかも女性にやらせるというのが自分で良しとすることができなかったから自分でやったまでだ。無理強いはしたくないので、アルナが無理そうであれば代わるつもりである。ウィーネも頷くと、アルナは「ありがとうございます」と答えた。
しかしながら、アルナの檻に鳥はかかっていなかった。
「……」
「今、心のどこかで『よかったぁ』とか思ってたでしょ?」
「い、いいえ! 全然!」
ウィーネがおちょくるが、アルナは首をぶんぶん横に振る。多分一安心だったんだろうな、とゲンマは思った。
さて、残るはクラカの檻だけだ。一応、最低限のノルマである2羽は確保できたし、思いのほか凶暴だったため、どちらかと言えば捕まっていない方が安全だ。
しかし、そう思っている時ほどそうはならないのが世の常で。
「あ、捕まってますねぇ…」
露骨に残念そうな声でクラカが言う。その通りで、クラカが仕掛けた檻には1羽捕まっていた。アルナの檻にだけ掛かっていなかったのは、恐らく木の下で分かりにくかったのかもしれない。
ウィーネとゲンマが作った、それぞれ自分の仕掛けた檻の鳥を捕まえたという流れは絶てていない。なので、クラカは懐から札を取り出すと、そろりそろりと近づき始める。
「代わろうか?」
「い、いいえっ。これぐらい、私だけでできないと…」
「だけど怪我したら危ないし…」
危なっかしいので、ゲンマが交代を提案する。自分だって怖いことに変わりはないが、それでも怯えるクラカを見ているのは良心が痛む。
しかしながら、クラカは首を振ってそのゲンマの申し出を遠慮した。
「ゲンマさんだって、怖がっていたのに自分でやっていたので…私も、自分の力でやりたいんですぅ」
ぐっと拳を握るクラカ。それを見ると、そうして自分を見て覚悟を決めたと言われると、反対意見も出せない。ウィーネやアルナも、クラカの様子を注意深く見守ることにした。
「だ、大丈夫ですよぉ~? とって食べたりなんてしませんのでぇ…」
優しく話しかけながら、腕を伸ばして札を貼ろうとする。その腕は緊張なのか恐怖なのか、プルプルと震えていた。
だが、そこで檻の中の鳥が、ひときわ大きく啼く。
「ひいいごめんなさいぃ!!」
そして驚き、飛びのくクラカ。
その時、クラカは足元のバランスを崩して、ゲンマの方へと倒れ込んでくる。咄嗟にクラカの背中を支えようとしたのだが、何分突然のこと過ぎたのでゲンマ自身も上手く支えられず、背中から地面に倒れ込む。
「あっ」
ただ1つ忘れていたのは、自分のすぐ後ろが湖ということだった。
◇ ◆ ◇ ◇
「ぶへっくしょい!!」
盛大なくしゃみをやらかすゲンマ。
「ほ、ほんとうにごめんなさいぃ…私のせいでぇ…」
「いや、大丈夫…クラカが無事ならそれで…」
あたふたと涙ながらに謝るクラカ。受け取ったタオルと、アルナの風の魔術で何とか乾かせる部分の水は乾かせたが、寒さまではどうにもならない。自分のせいでとクラカはひどく落ち込んでいるが、あの鳥が怖かったのは分かるし、クラカに怪我がないだけずっとマシだ。
「災難でしたね…」
「アルナがトラブル体質って話は聞いたけど、ゲンマもそのクチだったりしてね」
「洒落にならんから…」
同じく同情するアルナと、からかうように笑うウィーネ。他人の気も知らないくせに、とゲンマは心の中で嘆息する。
結局あの後、クラカの檻にいた鳥も術式で仮死状態にした後、檻をすべて回収したうえで帰路に就くこととなった。行きでも使用した荷車に檻を4つ載せて、今はセントラルタウンへと戻っている。
「ところでアルナ、行きもだったけど重くないの?」
「いいえ、全然!」
その荷車を牽いているのはアルナだ。檻の重さはバカにならないし、その上今は大型の鳥が3羽いる。重さはなかなかのものだと思いウィーネが尋ねるも、アルナは全然気にしていない風だ。もしかしたら、彼女は見かけによらず力持ちなのかもしれない。
そんなアルナは、濡れ鼠になってしまったゲンマやほかの2人も荷車に乗るよう言ってきたが、それは断った。何だかアルナ1人に苦労を掛けてしまうような気がしてならないから。
「にしても、これだけ苦労して15ベルガか…」
ため息を吐くウィーネ。今となっては、ゲンマも同じ気持ちだ。クラカも「うぅ…」と凹んでいる。オーク討伐や謎の人形使いとの戦いほどではなかったが、今日のクエストも中々にハードだったと思う。まさか、捕獲対象の鳥があんな獰猛だとは思わなかったし、下手をすれば死なずとも指の1本や2本持っていかれたかもしれない。
そんなほどほどに危険なクエストで得られる賞金は今日の宿代だけで、食事代に回す余裕がない。昨日までのクエストで稼いだ賞金でギリギリどうにかなるとしても、明日以降はいよいよ厳しくなってくる。
「コツコツ稼ぐ、ってことも難しいですよね、この先…」
「ああああ…きっと私たちは近いうちにどこかで野垂れ死になんでしょうか…」
アルナの言葉がきっかけとなったか、クラカが頭を抱えて嘆いている。ウィーネも口にしなかったし、ゲンマだって言いたくはないが、まさにそうなる可能性がゼロと言い切れない。何とかしなければならない。
そう思っていた矢先だった。
「…みんな、止まって」
ゲンマがあるものに気づき、全員を止めさせる。皆も同じものが見えたらしく一点に視線が集中していた。
今歩いている場所は、林の中にある街道だ。時間は昼を過ぎており、太陽の光が木々の間から降り注いでいる。
その街道の先、ゲンマたちからおよそ2~300メートルほど先に、アルナが引いているのと同じような荷車が止まっていた。しかし、荷物の量はこちらの比ではなく、かなり多くの箱やら何やらが積まれている。しかも、その荷車を牽いているのは老いの二歩手前ぐらいと思しき夫婦だ。
それだけなら特に不思議はない。問題なのは、その夫婦に何かを話しかけている3人組の男だ。各々が剣や棍棒などの武器を持ち、いずれも大柄で、けばけばしい装飾品を身に着けている。直感だが、いい人とは思えない。
「…なんだと思う?」
「手を貸したい、って感じには見えないね」
特定の誰かに答えを求めたわけではないゲンマの言葉に答えたのはウィーネ。アルナとクラカも頷いており、不穏な雰囲気に思えるのは同じらしい。
ゲンマたちが再び歩き始める。
耳を澄ませてみると、その老夫婦と男たちとの間で何らかの言い争いが起きているのが見えた。というか、一方的に男たちが絡んでいる。山賊か何かだろうが、この世界の治安の悪さの一端が垣間見えた気がする。
その時だ。
男の1人が、荷車を牽いていた男性の足を横に払うように蹴って、男性を転ばせた。女性がしゃがんで、心配そうに男性を支える。
「どうする?」
「助けよう」
「そう言うと思いました」
一部始終を見ていたウィーネがゲンマに話しかけるが、ゲンマは一も二もなく答える。アルナはいっそ安心すらしているように笑い、ウィーネも頷く。
前の世界で似たような状況に直面していたら、勇気も度胸もない腰抜けの自分は見て見ぬふりをしてその場を去り、そしてしばらく罪悪感で凹んでいただろう。しかし今は、前の世界と同じような生き方をすれば、また同じような心身の状態に陥り最期を迎えると考えていた。それに今の自分には頼もしい仲間がいて、力がある。だから臆さずに、助けられる人は助けようと考えていた。
アルナが荷車を止めて、老夫婦の下へ向かう準備をする。ウィーネはナックルダスターを両手に嵌めて、ゲンマは荷車に載せていた黒い杖を手に取った。アルナは兎も角、ゲンマとウィーネ、そしてクラカは戦った相手を絶命させるほどの力がある。しかし、目の前の老夫婦を助けることはクエスト外のことだ。なので、ここで山賊を殺してしまっては、情状酌量の余地があるとされても罪に問われる。だから、ゲンマの情という理由だけでなく、本当に殺してはならない。
クラカも少々怯えながらだが、前へと進む。
「クラカ、銃は使ってもいいけど殺すなよ」
「は、はいぃ。それはもちろん…」
念のために、クラカにも伝えておく。クラカはおどおどしていたが、ホルスターから銃を抜くと。
「忘れちゃいねェよ」
実に頼もしい笑みに変わった。
隠居先へ荷物を運んでいたら、柄の悪い3人組に難癖をつけられた。目に入った時点でいい人ではないとすぐ分かったが、自分たちはもう若くなく、重い荷物を牽いているのもあって行く手を阻まれたらなすすべもない。
夫は毅然とした態度でこの不届き者たちと言い争いをしていたが、足払いを掛けられると地面に倒れてしまった。
「お父さん!」
慌てて駆け寄ると、夫の額には汗が滲み、痛そうに表情が歪んでいて、足を押さえている。折れてはいないが、腫れているのが布越しに分かった。
「あーあーあー。爺さんが歩けないんじゃぁこの荷物もお邪魔だな~。通行の邪魔になっちゃうなー?」
「っつうわけで、これは俺らがありがたく貰っていくからなぁ」
足払いをかけた男たちが、下劣な笑い声を交えて話しかけてくる。私はもう怒りでいっぱいだったが、腐っても若い連中に腕っぷしで勝てるほど私も強くはない。何より、今は夫のことが心配だった。だからここは、大人しく荷物を明け渡すしかなかった。
「…持って行きなさい、このバカッタレども」
せめてもの、という思いでできる限り鋭い目を男たちに向ける。久しく利いていなかった悪口も込めて。けれど、その程度でこの連中は怯んだりはせず、せせら笑うだけだった。
「おーおーおっかない。それじゃあお大事に――ぶへばっ」
急に、目の前に立っていた男が視界から消えた。話してる途中で言葉がブレて、一瞬で左の土手に突っ込み、土煙が上がる。残った2人の男は信じられないものを見る目で、その男が立っていた場所を見ていた。
やがて土煙が晴れて、そこに立っていたのは、紫の髪の女性だった。
「いい年した男が年寄り相手に強奪なんて恥ずかしいと思わないの?」
その女性が、私には救世主のように見えた。
一瞬だった。男たちに接近して、男性を転ばせた男に回し蹴りをお見舞いして1人ノックアウト。移動が速すぎて、男たちも蹴られてからしかウィーネの姿を認識できていない。
「何だこのアマ…!」
そんな衝撃から立ち直った2人の男がウィーネに気付き、1人の男が腰に差していた剣を抜こうとする。しかし、その剣を抜こうとしたところで軽い銃声が響いた。
「いってえええええええええええ!!!」
途端に、剣を抜こうとした男が絶叫した。
ゲンマの隣にいたクラカが、剣を抜こうとした男の手を狙って撃ったのだ。だが、血しぶきは舞ってない。予めクラカは、今回は一般人がすぐ近くにいるため、万が一に備え弾性が強く当たっても出血はしない弾を使うと言っていた。ゴム弾かBB弾のようなものかとゲンマは想像したが、男がのたうち回っているのを見るに威力は相当だろう。それ以前に、ゴム弾もBB弾も素肌に当たれば痛いはずだ。
「くっそ、がぁああああ…! いてぇよおおおお!!」
「ピーヒャラ喚くな。ご近所迷惑だろォがァ」
なおも痛がる男の胴に、クラカはさらに数発撃ち込む。それで男は完全に落ちた。
後の1人は。
「ざっけんなクソアマ!」
「何、人の荷物盗ろうとしておいて邪魔されたら逆ギレ? 器が小さいったらありゃしないね」
「こんの…全員ぶちのめしてやらぁ!!」
「あっそ、できるといいね」
大柄な男と格闘戦を繰り広げるウィーネ。幸いにも、男の方はウィーネに集中しているし、その男は大口を叩いているものの、身のこなしが軽いウィーネ相手に苦戦しているようだ。
ゲンマはアルナとクラカを連れて、老夫婦の下へ向かう。クラカにはウィーネの援護をお願いしたかったが、戦っている間は狙いを定めにくいため、こちらを手伝ってもらうことにする。ゲンマたちが傍に来ると、女性の方は若干怯えたような反応を見せるが、先んじてゲンマが笑みを浮かべ、手を広げる。
「ご安心ください。俺たちは味方です、あなた方の荷物を奪ったりなどしません」
「ちょっとお怪我を診ますね…」
アルナが男性の脚を見て、治療魔術を発動する。
「傷はそんなに深くないので、大丈夫ですよ」
「ほ、本当ですか…?」
「はい」
アルナが微笑むと、老夫婦の表情が緩む。
だが、後ろで足音が聞こえた。
「くたばっちまえ!!」
先ほど、ウィーネの先制回し蹴りを食らった男の声だ。意識を取り戻したのか、振り向くと両掌をゲンマとアルナとクラカ、そして老夫婦に向けている。その手のひらで、火の粉が舞った。
「ヤベェ!」
「みんな伏せろ!」
何かしてくると分かっていたものの、クラカの反応が僅かに遅れる。だが、それよりも前にゲンマは皆の前に移動する。そして、手に持っていた杖を盾へと変える。
その盾を展開する直前、男の手のひらから炎が放たれるのが見えた。黒い武器を持っていれば反動はないが、それでも炎の魔術の威力が中々強いのだけは伝わってくる。
すると、平らな盾で防いだせいで炎が左右に広がり、荷車に燃え移ろうとしていた。それを見たゲンマは、盾の形を外側に反らせるよう頭の中でイメージして、形を変化させる。そうすると、炎の向きも荷車から逸らすことができた。実に便利な能力だ。
「クソっ、何なんだよ一体…!」
男の息が上がり、毒づいているのが聞こえた。やがて炎が止まる。どうやら魔力を大量に消費してしまったらしい。
「考える時間をくれてやるよォ。寝てろ、タコ助」
「ぐはっ…」
それを見計らって後ろにいたクラカが立ち上がり、間髪入れずに数発発砲。今度こそ男は完全に気絶した。それを見て、ゲンマは後ろを振り返る。
「みんな、怪我は?」
「大丈夫です」
「あ、ありがとうございます…っ」
アルナや老夫婦にもけがはないらしい。荷車を見てみると、台車や荷物の一部が若干焦げてしまっているが、燃え移ったりなどはしていないようだ。
「って、ウィーネは…」
「今終わったよ」
残りの1人と戦っていたウィーネの方を見る。彼女は、完全に気を失って地面に倒れていた男の背中に立っている。倒れた男の顔は、さながらパンダのように膨れ上がっていた。
「こいつら、どうする?」
「まぁ、ディスパーチャに報告ね」
男3人組をロープで縛り、さらに1人ずつ手足を縛って簡単には逃げられないようにする。この世界において警察のような治安を守る組織は、各国の兵隊が一部担っているようで、セントラルタウンではディスパーチャが同じような役割を持つらしい。なのでそれはウィーネに呼んでもらうことにした。
「皆さん、本当にありがとうございます…」
「おかげで、助かりました…」
改めて、老夫婦が頭を下げてくる。ゲンマたちは「いえいえ」と手を振り、そしてアルナが荷車を見た。
「それにしてもこんなに沢山の荷物、どちらへ運ぶおつもりだったんですか?」
「ああ、隠居先へ引っ越しの途中だったんです…。それをこいつらに襲われて…」
荷車に積まれた荷物を見る。生活に必要な衣類や雑貨などが積んであると見えるが、相当な重量にも思えた。
「お手伝いの方とかはいらっしゃらないんですか?」
「息子夫婦に荷造りは手伝ってもらったんですが、2人も忙しくて…後は自分たちでやると言ってしまって」
だとすれば、これからまたしばらくは荷車を牽いていくのだろう。
男性の脚を見る。アルナの治療魔術でひとまず大事には至らないが、この先この大荷物を牽いて歩くのは少々辛いだろう。
「もしよろしければ――」
「あたしたちが運ぶの手伝おうか?」
丁度言おうとしたことを、ウィーネが先んじて続けてきた。驚いてそちらを見るも、ウィーネは「そういうことでしょ?」と言いたげにこちらに笑ってくる。全く、自分のことをよく理解していた。
「で、でも助けていただいただけで充分なのに、その上そんな…」
「けれど、おじいさんは脚を痛めてますし、このまま重い荷物を運んでいたら傷が悪化してしまうかもしれません。私の医療魔術だって万能ではないですから…」
アルナの言う通り、もしかしたら男性の脚の怪我が再発する可能性だってある。医療魔術が切断された腕をつなぎ直せるほど素晴らしいものなのは、ゲンマも知っていた。それでも無理は禁物だろう。
「ですが、貴方たちも荷物を運んでいるんじゃ…」
「ああ、あれならしばらくは大丈夫よ」
女性の方は、ゲンマたちの荷物の心配をしてくれる。だが、仮死術式の効力は丸一日ほどらしいので、2人の引っ越し先の場所にもよるがしばらくは大丈夫だろう。
そこでクラカが前に出た。
「お二方ァ。ここはオレたちの厚意に甘えといたほうがいいぜェ?」
「え、えっと…」
「2人だけでも構わねェっちゃ構わねェが…も、もしかしたらさっきみたいな方たちに、襲われるかもしれませんからぁ…わ、私たちでお守りしますよぉ? まぁ私みたいなへっぽこが守り切れるかどうかは微妙ですけども…」
話してる途中で銃を仕舞うと、いきなり態度が180度変わる。老夫婦も突然の変わりように驚いているようだし、何ならゲンマたちも同じ気持ちだ。未だに彼女の変貌ぶりには慣れない。
兎に角、クラカの言うことにも一理ある。この男たちのような山賊がいないことを願いたいが、また同じ目に遭わないという保証もない。この2人には戦う力がほとんどないだろうし、自分たちが護衛として同行すれば幾分かは安心できるだろう。
「…どうします、お父さん?」
「そうだな…ここは、お言葉に甘えようか」
男性が頷き、女性の方も「お願いします」と頭を下げる。
こうしてゲンマたちは、彼らの荷物を運んで引っ越し先へ向かうこととなった。
◇ ◇ ◆ ◇
助けた男性の名前はリエス、女性の名前はペールと言った。2人は元々、セントラルタウンでそこそこの規模の商業を営んでいたが、年をきっかけに引退し、隠居すると決めたらしい。息子夫婦はその事業を継いだが、今は場所を移しているそうだ。
荷物を運びながら、ゲンマたちは老夫婦から話を聞いていた。荷車を牽くのはアルナで、重そうな荷物に関わらず意気揚々としている。ゲンマはウィーネと共に周囲を警戒し、クラカはリエスたちのそばを歩いて手助けを担っていた。
「随分山奥なんですね…」
「昔はにぎやかな町の近くに住んでいたから、余生は静かな場所で過ごそうと思ったんですよ」
辺り一帯が鬱蒼とした森に入り、ゲンマは周りを見渡す。人の姿など全くなく、聞こえてくるのは鳥たちの鳴き声や木の葉が擦れる音だけだ。ペールの言うように、静かな場所で過ごしたいという気持ちは分からないでもないが、すごい場所を選んだものだ。
「あの家です」
リエスが指差す先に、小さな家があった。その家の周りだけ木が伐採されており、太陽の光が降り注いでいる。平屋で、セントラルタウンにある家とは違い全部木でできている。家のそばには畑があり、敷地は木でできた柵で囲まれているが、何らかの術式が描かれた札が等間隔に貼ってあった。
「この札は?」
「害獣除けの術式札ですよ。専門の方にやってもらいました。やっぱり山の中だと、そう言う獣たちが多いですから」
先を行くペールが話す。前の世界だったら、害獣除けには電線の柵などで防ぐ必要があり、それにはかなりの労力と費用が要るが、こちらの世界では魔術でそれを防ぐことができるようだ。魔術が扱えなければ無理だろうが、こちらの方が負担は少ないだろう。
やがて家の玄関の前に、アルナが荷車を止める。
「お荷物中へ運びますよ」
「本当ですか? 何から何まで…」
「いえいえ」
ここまで重い荷車を運んできたにもかかわらず、まったく疲れた様子の無いアルナが提案する。ゲンマも、2人が年寄りだということに加えて、ここまで来たからどうせなら最後まで、という気持ちで賛成する。ウィーネとクラカも同じようだ。
リエスたちが先に家に入り、ゲンマたちは荷物を協力して運び入れていく。家の中は引っ越しの最中というのも相まって、ベッドや箪笥などの家具以外はほとんど何も置かれていない。大きな家具は先に別の人たちに運んでもらったのだろう。ただ、年寄り2人で暮らすには十分な広さで、環境も含めてこんな場所で余生を過ごせたらどれだけ穏やかだろう、とゲンマは思った。
そうして小一時間ほどかけて、荷物を全て家の中へ運び入れる。
「これで、粗方終わりでしょうか?」
「はい。ここから先は自分たちでやりますので…」
「ありがとうございます、本当に…」
運び終えると、リエスとペールが頭を下げてくる。放っておけなかったから、という理由でここまでやったが、こうして感謝されると悪い気はしない。
「お茶の一杯でもご馳走したかったのですが…」
「まぁ、引っ越し途中だから仕方ないですって」
最低限の礼を尽くそうとするリエスだが、ウィーネは首を横に振る。この後も荷ほどきをしたうえで色々整理しなければならないのだ。お茶を用意する余裕はないだろう。
「はぁ、いいですねぇ…温かい雰囲気のお家で…」
「あはは。そう言っていただけて嬉しいです」
「私たちも、こんな感じの場所に住めたら…せめて屋根がある場所でも…」
家の様子を見ていたクラカが、しょぼくれた表情になる。引越しの手伝いで忘れかけていたが、今の自分たちに家はないのだ。帰る場所は暫定的に宿である。
そのクラカの余りある悲壮感に満ちた言葉を耳にしたペールが「おや」と口にした。
「皆さん、住むところがないんですか?」
「ええと、ないと言いますか…ちょっと手違いがあって今は宿暮らしをしておりまして…」
アルナが冷や汗交じりに答える。
すると、ペールがリエスと何かをひそひそと話し始めた。
「それなら…」
そして、ゲンマたちに向き合って、ある話をしてくれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◆
翌日。ゲンマたち4人は、セントラルタウンの中心地から少し離れた場所にいた。
「ほ、本当によろしいんでしょうかぁ…!?」
「もちろんですとも」
恐れ多いとばかりにクラカが言うが、対してリエスは穏やかそのものだ。普段からクラカはいつもおどおどしているが、今回ばかりはゲンマだって同じように猛烈に緊張している。
目の前にあるのは、家だった。昨日見に行ったリエスたちの新居と違って2階建て、造りも中心地にある家と同じように建材に木とコンクリートを併せて、外壁にはモルタルのような塗装が施されている。
そんな家を見てクラカが戦慄いている理由は。
「あの…よろしいんですか? 本当に…この家に住んでいいだなんて…」
「どうせ後で取り壊す予定だったんです。それなら、家がないっていう貴方たちに使ってもらった方がずっと良いですから」
恐る恐るゲンマが聞き返すが、リエスの言葉は昨日と変わらなかった。
ここは、リエスたちが前に住んでいた家だ。元々はこの家で商業を営んでいたが、息子夫婦に継がせた際に、より人が訪れやすい中心地に拠点を移し、隠居するリエス夫妻もこの家に住むことがなくなったため、手放すつもりだった。けれど昨日、ゲンマたちが宿暮らしを余儀なくされていることを聞き、ここを譲渡すると言ってくれたのだ。
「…アルナ、ウィーネ。知ってたらでいいんだけど、家が他人に譲渡されるってことは結構あることなの…?」
「ええと、私の住んでた集落は…ごくたまにありましたね」
「あたしもまぁ…そういう話は小耳にはさむことはあったね。流石に自分がって試しはないけど」
この世界ではよくあることなのか、アルナたちは大して驚いた様子もない。前の世界だったら、血縁関係でもない人に家を譲るなんてことはほぼほぼあり得ないことだ。
しかしながら、こうして住む家を用意してくれたことについて、安心している自分もいる。何せギルドハウスはいつ空きができるか分からないし、宿暮らしだって決して少なくない出費を強いられる。それらの問題を一気に解消できるのだから。勿論、「譲る」と言っても土地や建物の権利などのあれこれはゲンマたちに引き継がれるため、色々な手続きもしなければならない。だが、後のことを考えれば微々たる苦労だろう。
「ですけど、何か申し訳ないと言いますか…自分たちは大したことをしていないのに」
それでもやはり、理性が働いてしまう。この苦難の状況に救いの手を差し伸べられて、無条件に天にも上りそうな気分でその手を掴んで離さない、とはならない性格なのがゲンマだ。たとえ心の中で嬉しいとは思っていても、未だに遠慮の気持ちが強い。自分たちがリエスたちを助けたのは事実だが、そのお返しにしてはあまりにも大きすぎる。
「何を仰る。皆さんには、私たちの命を助けてもらった上に、大変なお手伝いまでしてくれたんですから。同じように皆さんを助けてあげるのが、筋というものですよ」
しかしながら、やはりリエスの態度は変わらない。
宿暮らしを続けていては限界がいずれ来るし、そうなってしまえば野宿となるだろう。住む場所がなければ、身体を休めることもままならず、いずれは身体を壊して死に至る。いや、住む場所があっても環境次第で同じようなことになるのは、ゲンマ自身その身をもって思い知っている。
それでも、安定して暮らす場所があるというだけで、気持ちは落ち着く。ゲンマたちがリエスたちの命を救ったように、彼もまた同じようにゲンマたちのことを救おうとしてくれていた。
「これ以上、遠慮するのは野暮ってやつよ」
ゲンマの中の葛藤を察知したのか、肩を叩いてくるウィーネ。彼女は笑っていたが、決して「住む場所ができた」という嬉しさを露骨に表すものではない。アルナも同じく微笑んでいる。
「…ありがとう、ございます」
ゲンマは、リエスに向かって頭を下げる。
自分たちの行動がこうして認められて、さらには仲間たちに安心を与えることができたというのが、ゲンマにとってはとても嬉しい。
そして、リエスたちの提案を受け入れた瞬間、ゲンマの胸の中は嬉しさで満ちていた。