天与呪縛はつらいよ   作:れいめい よる

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猿、ゴリラ、チンパンジー

 

 

俺の平穏な日常はある日を境に崩れ去った。 

 

『二〇一八年七月一日、××県××市(旧××村)

任務概要:村落内での観光客神隠し、変死。原因と思しき呪霊の祓除...』

 

 

「はぁー。」

「どうしたの梔子(くちなし)?」

 

人受けの良い声が頭上から降りかかると、机にだらりと伏せていた上体を起こして声の主を見上げてみる。目元の傷跡が特徴的な同級生が気遣わしげに覗き込んできた。 

 

「虎杖か。最近調子どう?」

「俺は元気!梔子は…そうでもなさそうだね。」

「まあな。」

 

瞼を伏せれば脳裏に浮かんでくるのは今日の出来事。 

 

俺の名前は梔子逸。

東京高専一年の二級術師であり、前世の記憶を持つ未来ある男子高校生だ。よくあるトラ転からの異世界転生的な災難に見舞われた哀れな元高校生でもある。 

この世界に生まれ落ち自我が芽生えた瞬間蠅頭に追いかけ回される始末。地獄漫画だと認識して己の運命を呪った・・・・・・・・のは今となっても苦い思い出である。因みに初めての呪霊退治はどこからともなく現れた蛇によって助けられた。

 

果たして自分に対してどころか転生を果たさせた神様にまで悪態を吐いたのが原因か、俺には奇怪な天与呪縛があった。けれどその話は後ほどにして、まずは今日俺の身に降りかかった災難を聞いてほしい。

 

 

いつも通りの任務、補助監督の伊地知さんの運転で赴いた先は岐阜県のとある過疎村。澄んだ美味しい空気に数座に渡り聳え立つ山々。そこから溢れる自然水は村の伝統である製紙を古くから支えている。見渡す限りの雄大な自然と伝統工芸品を堪能しに年柄年中多くの観光客が訪れにくるという。しかしそんな観光収入が主要財源の村で、半年前から奇々怪々な出来事が起こり始めたのだ。 

 

最初は夜な夜な奇妙な人らしからぬ声が聞こえるという些細なものだった。次に長年使用していない蔵がひとりでに位置を変え始めた。そこから怪奇現象は激化の一途を辿っていったのだ。極め付けは神隠しにあった観光客の変死体発見。 

本来はナナミンこと七海建人と任務に向かう予定だったのだが...いざ村に着けば別の用事が入ったというので仕方なしに俺だけで調査することになったのだ。 

 

結論から言うと任務は遂行した。したのだが、 

 

「...それがまさかの特級呪霊。こんなことなら引き返せば良かったって思ったわ。しかも俺の誕生日だぞ、今日。」

「うわ、それやばいやつじゃん。だからそんなに包帯だらけなのね。」

 

俺の体の至る所に巻かれた包帯を痛ましげな目つきで心配する虎杖。犬のような笑顔を見てるだけで荒んだ心は癒されてゆく。ありがとう虎杖と、心の中で呟いた。

 

「ああー、これは別のヤツ。ちょっと疲れただけだから大丈夫。」

「そう?...あ、やべ!俺今からナナミンと任務だった!」

 

突然思い出したとばかりに弾けるように立ち上がる虎杖。その拍子に机が大きく傾いたのを咄嗟に手で抑えた。

 

「んな大事なこと忘れんなよ、ナナミン激おこなんじゃね?」

「走るから大丈夫!じゃあまたなー!」

「おう。」

 

慌ただしく寮の居間を出ていった虎杖を見送ると、俺は再びため息を吐いた。 

実のところ、あの話には続きがある。というか寧ろ本題はそこからだった。 

 

何を隠そう、件の特級呪霊が出現した原因は他でもない村人達にあったのだ。

 

近年の日本は超高齢化が進み人口が激減している。そんな中で過疎化が進む今日の村も限界集落となってしまい、製紙と自然観光の僅かな収入のみで村を存続していくには限度があった。そこで村人達は半年前に意を決して禁忌といわれるとある儀式を執り行った。

村に昔から伝わる蛇の守り神、オロチ様を呼び出して一つ願いを叶えてもらうという、某七つの玉漫画もびっくりな降霊術だ。しかしこの降霊術は所謂こっくりさんのような質の悪いものだった。このオロチ様、莫大な生贄を必要としていた。だが当然、呪力が雀の涙ほどしかない村人達が見えるはずもなく…というか召喚できたのが奇跡としかいいようがない。

 

ここまでくれば分かるだろう。突然呼び出されたオロチ様は生贄も贈らない村人達の無礼に怒り狂い観光客を襲い始めたのだ。そして俺が村に着く頃には大勢を食い尽くしたオロチ様…八岐大蛇は神話と等しい存在に昇華していた。

 

 

さて、ここで第二の問題。このオロチ様、如何せん俺の術式とすこぶる相性が悪かった。  

 

俺の術式、九地勿倭投術(クチナワトウジュツ)は蛇の形代から式神を呼び出す伏黒似の術式である。召喚の際に正確に脳内で詳細を思い描ければどんな種類でも呼び出せるという便利さだ。唯一のデメリットといえば伝説レベルの蛇等は使役できないことくらいだった。  

というわけで、事前確認もせずに四天王に挑んだら手持ちポケモンが全部被ってたみたいな悲劇に陥った俺。余談だが前の世界ではゴーストタイプが一番嫌いだった。  

 

閑話休題、弱い呪霊軍勢を揃えてオロチに挑んだ俺だったが、呆気なくも油断した一刹那の隙にオロチの強烈な一撃を喰らうこととなった。鋭利な毒牙で腹を貫かれ、今世も案外大した実りはなかったなと特に悔いもせず死を受け入れようとしていた...そのときだった。

瞼を閉じた瞬間、まるで天使が地上に舞い降りるかのように俺とオロチに一筋の眩い光が差し込んだ。何が起こったのかは判らなかった。ただ次に目を開ければ腹の重傷は嘘みたいに消えていて、討伐対象であったはずの大蛇は何故か俺を愛でるかのように巻いたとぐろの中心で抱き抱えていた。慄いて転げ落ちれば不安げに目を細めて顔を擦り寄せてくる始末。  

ここで漸く、今は亡き今世の祖母が死に際に遺した言葉を思い出した。 

 

ー逸、其方には天与呪縛がある。齢十六の誕生日の日没までに呪霊()に噛まれれば非術師が猿に見えるようになるであろう。その代償として今は眠る其方の術式の潜在能力が解き放たれる...

 

要するに呪霊たるオロチに噛まれたことで天与呪縛が発動し、伝説上の蛇を操れる術式に進化したのである。それどこの世界線の眠り姫と思わなかったわけでもない。

兎も角、試しに懐から形代を取り出してバジリスクを想像してみると実際に召喚されたのだ。バジリスクとオロチだけでも特級物だった。

 

 

そして最後の問題。 

多少の呪力を有する村長の娘さんが俺の式神となったオロチとバジリスクをタイミング悪くも目の当たりにしてしまったのだ。いくら観光業に尽力しているとはいえ、排他的な村で余所者、しかも呪術師という怪しい職種に位する俺の弁明を信じる者などいるはずもなく...俺が一連の怪奇現象の犯人だと決めつけた村人達は映画のお決まりの展開よろしく寄って集って石やら槍やらを投げつけてきた。 

 

ところで先程紹介した俺の天与呪縛を覚えているだろうか。 

...そう、非術師が猿に見えるようになる。想像してくれ。等身大の猿達がホモ・サピエンスの言葉を話しながら凶器を投げつけてくるのを。  

 

仄暗い前世がフラッシュバックした俺は形容し難い憤りと恐怖に襲われた。

俺の前世の実家はしがない農家だった。どこにでもあるような田舎の農家。

猿による鳥獣被害がいくらか知ってるか?年間十億だ。実家はいつも猿の被害に悩まされていた。野生の猿のせいで赤字続きだと嘆く女手一つで俺を育ててくれた母の涙は今でも忘れない。 

それだけじゃない。あの猿どもはよりにもよって俺を虐めてきたのだ。

朝起きれば布団の中に糞、学校に行けば俺がいる教室の窓ガラスを割り、風呂に入れば猿が頭を押さつけて窒息死しそうになったことは十指に余る。だからこの世界に来て俺の術式が猿の天敵である蛇だと知った時は裸踊りして親に白い目で見られるくらいには嬉しかった。 

 

俺は猿が大っ嫌いだ。人語を話しているのにも拘らず、当時の俺には村人達があの憎き猿としか思えなかった。

故に恐れと憤怒の次に抱いたのは躊躇ではなく、研ぎ澄まされた殺意。

 

後方をついてくる巨大なバジリスクとオロチに指示を下して、眼前の猿どもを抹殺して猿鍋にでもしてやろうと意気込んだ時だった。あまりに帰還の遅い俺を案じて様子を確認しにきた伊地知さんに全力で殴られたことで我に返った。伊地知さんが人を殴れたことは勿論、あと一歩遅ければ廃村になるところだった事実に俺は意気消沈した。

その後なすがまま車に押し込まれ高専への帰路は説教と心配の嵐。何が起こったのか、何故俺が村人たちを危うく殺そうとしたのか、如何していつにも増して傷だらけなのか。心底憂わしげに矢継ぎ早に問い糺してくる伊地知さんに俺は顔を俯かせたまま何も返すことができなかった。

 

だって仕方ないじゃないか。誰が悲しくてこんな意味不明な天与呪縛についてを明かさなければならない。挙げ句の果てに猿と見誤って人を殺しそうになった?己が不甲斐なすぎて目頭が熱くなった俺はひたすらに五条先生だけには告げ口しないでくれと懇願した。きっとその時の俺は幻滅するほど必死で無様だったのだろう。高専に着く頃には伊地知さんは困憊しきった様子だった。

 

 

「…はあ。」 

 

濃厚で悲劇極まる一日を振り返って、俺は本日何度目かの嘆きを零したのだった。

 

 

 

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