天与呪縛はつらいよ   作:れいめい よる

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みんなちがって、みんないい(弍)

 

 

午後九時二十分、指定された裏門に足を運べば一人の男が俺を待っていた。因みにチンパンジーじゃなかったことに心底安堵した。

雑草処理をされずに伸び伸びと生い茂った草むらを掻き分けて近づくと次第に男の顔が明らかになる。

 

「貴方は、」 

 

メールの送り主は東京高専所属の補助監督だった。何度か校舎ですれ違ったことはあるが実際に話したことはなかった。

 

「梔子君、初めまして。…いやあ、まどろっこしい呼び出し方で悪かったね。」

「いえ、遅れてすみません。」

「構わないさ。」 

 

想像よりも気安な振る舞いに拍子抜けせずにはいられない。スーツ姿しか見たことがなかったので袴を着熟す補助監督に内心感嘆していると、彼から紙袋を渡される。覗いてみると、中には一枚の外套が入っていた。

 

「さ、それを羽織って助手席に乗って。ちょっと時間が押してるから急がないと。」

「え、何処かに行くんですか?」

「そんな遠くないよ。君に是非とも力を貸したいという御仁がいてね。まあ行けば分かるよ。」

 

 

それから促されるまま乗り込むと、補助監督は早々に車を発進させた。

星明かりと前照灯だけが頼りの真っ暗で不気味な山道を走ること二十分。深閑とした車内に耐えきれず俺は補助監督に話しかけた。

 

「あの、」

「なんだい?」

「どうして俺にあんなメールを?」 

 

率直に尋ねればハンドルを握る彼は視線だけをこちらに向ける。

 

「君こそ、どうしてあんなメールを信じてくれたんだい?」 

 

送ったやつが言うのかよ、思わず口から突いて出そうになった指摘は堪えた。

 

「...俺しか知り得ないことを知っている書き方が気にかかったんです。最近辛いことばかりだったので。送り主も同じ苦悩を抱いてるんじゃないかって、馬鹿げたメールでも縋りつきたかった。」 

 

そう、俺があのメールを信じたもう一つの理由はこれだった。

ツッチーが持ってきた紙は以前にも俺と同様の天与呪縛を持っていた人間がいたことを証明していた。なら、何らかの因果で同じ時代に同じ天与呪縛を持つ人がいても不思議じゃないのでは。俺の味方だと云った送り主が天与呪縛に煩っているのでは。そんな淡い希望に藁にも縋る思いだったのだ。 

そう告げると補助監督は「成程ね。」と頷いた。だが、

 

「信じてくれたのは嬉しいけど、残念ながら私は君と同じではないよ。ただ君のような悩みを抱えている人たちを繋ぐ架け橋となりたいんだ。」 

 

存外呆気なく否定されると、己の勝手な希望的観測だったというのに落胆した。ただ一つ気になることがある。 

 

「俺のような悩みを抱えている人?」

「ああ、非術師に困っているんだろう?君のような人間は案外いるものだ。」

「俺以外にも居るんですか!?」

「そりゃあ勿論。」 

 

さも他愛無いことのように言う補助監督に、失われていた希望が復活したことで徐々に心が満たされていくのを感じた。これから顔を合わせる同志に高揚感に胸を弾ませていると、補助監督は君を選んで良かったよと笑った。

 

 

 

 

目的地について車を降りると、小さな小屋が佇んでいた。俺がフードを深く被ったのを確かめてから補助監督は自分が許可するまでは顔を見せないようにと釘を刺してドアノブを捻った。 

 

そこは豪華な大広間だった。百畳はありそうな広い座敷に左右に分かれて座る男達。酒器を掲げ頬を火照らせていた彼等は俺と補助監督さんの登場に一斉に沈静化した。極端な変化に歓迎されてないのではと外套の下で肩を震わせると、広間の奥から声が掛けられる。 

 

「ようやくお出ましか。」

「遅れてしまい申し訳ない、私に急用ができてしまったもので…。」  

 

最奥の座席に中年くらいの見た目の袴姿の男が扇子を仰いでいる。上座に胡坐をかいて腰掛ける様は貫禄があって、俺は直感的に彼がここに集う面々の中で一番偉い人だと悟る。

男は補助監督の背後で控える俺を瞥見した。 

 

「彼が?」

「ええ、想像以上の逸材ですよ。」 

 

フードを被っていることで周囲からは顔が見えないのを良いことに男達を観察していると、いつの間にか俺を置きざりにして二人は話を進めていた。

補助監督にフードを外すように指示されると、素直に素顔を見せる。露になった俺の顔を広間にいる者達は興味津々に熟視してくるから少し居心地が悪かった。

 

「初めまして、梔子逸です。…貴方が俺の協力者になってくれるんですか。」   

 

自己紹介をして本題に入れば、男どころか補助監督までもが瞠目した。静寂とした広間に、何か拙いことを言っただろうかと首を傾げていると次の瞬間、男が吹き出した。

 

「はっははは!お前のいう通りだな。顔を見れば直ぐに判ったが、なかなかこれは…」 

 

何が面白いのか笑壺に入ったらしい男は呵呵大笑する。流石に人の顔を見て笑うのは失礼すぎやしないかと密かに眉を顰めれば、俺の胸中が伝わったのか男は哄笑を収めた。

 

「はは…失礼。梔子君、君の話は聞いていたよ。非術師が嫌いだとか?」

「いや、非術師ではなく猿が嫌いなんです。補助監督さんに俺と同じ悩みを抱えている人たちがいると聞いたから身を運んだのですが…ここにいらっしゃる方々は全員猿嫌いなんですよね。」 

 

俺の台詞に隣の補助監督が何故か苦々しさをぎこちない口端に乗せた。男が再び腹を捩る。

 

「その通りだよ!我々も猿が大嫌いでね、社会が猿に支配されていると考えるだけで腑が煮え繰り返りそうだ。」 

 

一転して地を這うような声音で憤怒を顕にする男に俺は身震いを起こした。感動の身震いである。

まさかこんなにも近くに猿の被害に遭っていた被害者がいたとは...この世界に生まれ落ちて十六年、遂に価値観を共有できる人達に恵まれたのだ...!

滂沱の涙を流して狂喜乱舞したいところを気合いで堪える。 

 

「アイツらの存在に狂わされるなんて、そんな糞みたいな人生いらない。そうでしょう?」

「全くだ、同志よ。」

「先日、思いも寄らない出来事があって猿を一掃できる禁術を発見したんです。ただそれには特級呪具黒宝玉が必要で…困り果てていたところに彼に声掛けをしてもらったんです。」 

 

ここに来た経緯を改めて話すと、男はふむと顎に手を当て何かをぶつぶつと呟き...懐から何かを取り出した。 

 

「運が良かったな。」 

「これはっ、」

 

黒い玉に込められた禍々しい呪力。それは特級呪具黒宝玉だった。驚いて男を見遣れば、彼は磊落な笑い声を上げる。

 

「歓迎の印だ。好きに使うといい。」 

 

屁でもないといった得意満面な男に俺はこれでもかと頭を下げた。早速術式を実行しようと踵を返す。補助監督が呼び止めた。

 

「おや、もう行くのかい?」

「はい、一番必要な物が手に入ったので図書館に行ってきます。…吉報を心待ちにしていてください。」 

 

そうして騰蛇を召喚して図書館へと飛んだのだった。

 

 

 

*  

 

 

超高速で飛行する騰蛇に乗ればたった三十秒で図書館に到着した。窓から侵入するとツッチーを召喚する。 

 

「ツッチー、この間の紙をどこで見つけたのか教えてくれ。」

「チー!」 

 

元気よく鳴いて素早く移動するツッチーに置いていかれないように騰蛇に乗ったまま後を追う。辿り着いたのは最上階。最奥に備えられた、封印札のような和紙が貼られたやけに厳しい本棚の前でツッチーは止まった。 

 

「ありがとう騰蛇…騰蛇?」 

 

騰蛇から降りて還そうとすると、足に絡み付いて何かを主張してくる。若しや一緒に居たいのかと思い至り訊いてみれば巨体が締め付けを強くするものだから即座に首を縦に振った。 

 

「分かった、分かったから!じゃあ騰蛇はもし人が来たら教えてくれ。」  

 

尤も、こんな夜間に閉鎖された図書館に来る人間なんていないだろうけど。念の為に頼むと騰蛇は嬉々として極太の体をくねらせて本棚を倒しながら階段に飛んでいった。...果たして後片付けをするのが誰だと思っているのだろうか。

 

気を取り直して本棚に並ぶ書物を漁る。殆どが古い巻物で中には古語で連ねられているのもある。若しかすると美術館のように特別な書籍を収納している階なのかもしれない。視線を上から下、右から左へと流して検分していると、一本の巻物が目に留まる。

 

『図解 天与呪縛』

巻物を広げて披見する。 

 

「猿、猿っと…あった!」 

 

途中で途切れている巻物とツッチーの持ってきた紙の端と端を合わせてみれば見事に繋がった。その場で読み解こうとしたところで、階段で待機していたはずの騰蛇が戻ってきた。

威嚇する時みたく舌を伸ばしてシャーシャーと鳴く騰蛇に、誰かが来たことを知る。急いで手にした巻物と黒宝玉をツッチーに呑ませる。それから還そうとして、それよりも早く階段を登ってくる足音が聞こえたことで焦った俺はツッチーを制服の内側に隠すことにした。 

 

「ツッチー、できるだけ体小さくして隠れてろ。」 

 

大至急騰蛇に乗って窓から出発しようとして、背筋を走った悪寒に咄嗟に左に大きく避ける。 

ガシャンとけたたましい音を立てて窓ガラスが粉砕された。攻撃をしてきた何者かを確認しようと視線を走らせば、視界に入ってきたのは見覚えのある熊の呪骸。続け様に接近してきた相手に全身に緊張が走った。

 

特級呪霊も逃げ出しそうな獰猛な面相で、サングラス越しにこちらを見据える学長。これは拙い。何が拙いかというと、夜の図書館は立ち入り禁止だったのだ。そして今更思い出しても遅い。

 

「夜蛾学長、」  

「ここで何をしていた。」

「ちょっと調べものがあったんです。夜に忍びこんだのは謝ります。」 

 

間違いなく許可なく侵入したことに憤慨しているのであろう学長に素直に謝罪すると、学長は元々濃い眉間の皺をより一層深く刻ませた。謝罪が逆効果を生んだことに内心冷や汗を流す。だがこのまま黙っていても糾弾は免れない。

兎も角、少しでも罰を軽減しようと口を開こうとして...新たに誰かが駆け込んできた。 

 

「逸っ!!」

「五条先生。」 

 

意外な人物の登場に驚き入る。無駄に長い脚を大股に交差させて歩み寄ってくる五条先生。騰蛇が俺の前に立ち塞がると、先生は学長の隣に並んだ。 

 

「逸…何考えてるの。」 

 

学長と同様に失望したとばかりの面相で問い糺してくる五条先生にちくりと胸が痛んだ。ここまで勘気に触れたのならば下手に隠し立てはせず素直に打ち明けるべきだ。そう考えが及ぶと、特級呪具と同志の件を除いて白状することにした。 

 

「俺、分かったんです。初めから我慢する必要なんてなかったんだって。」 

 

そう、俺は遂に同胞を見つけたのだ。 

 

この世(視界)から猿を消し去る術式があるみたいで、それを実践してみようかなって。けど効果が一時的だと困るので半永久的に持続させる方法がないかって手掛かりを調べに来たんです。」 

 

言いながらしみじみ思った。俺が五条先生のように万能な人間だったならば、苦労せず天与呪縛を解決する術をいとも容易くみつけられたのではないかと。凡人はどこまでいっても凡人なのだと、変なところで己が嘆かわしく思えてしまう。

 

「はは、若し僕が五条先生だったならこんな遠回りなんてせずに済んだかもしれないな。」

「それが逸の大義だっていうのか。」

 

失笑混じりに呟いた言葉は思わざる台詞で返された。感情の読み取れない、されど強い語勢。大義..慥かに猿に纏わる因縁を解消できるのならばそれは大義にも等しい。

 

「言い得て妙ですね。」

 

すると五条先生は衝撃的な言葉を放った。

 

「...させねェよ。」 

「っ!」 

「ッ悟!」

 

夜蛾学長が叫んだ。それよりも五条先生の拒絶が心臓を抉った。

禍々しい呪力が先生の指先に濃縮されていく。明確な殺意に当てられると、本能的に俺も呪力を纏わせた。

 

いつでも俺の味方だと頭を撫でてくれた先生は何処にもいない。寝ても覚めても終わらぬ悪夢。漸く自力で解決策を見出したというのに、何故彼等は阻止しようとする?天与呪縛と向き合うことの一体何が罪なんだ?...違う。純粋な殺意を向けられるほどの悪事なんて犯しちゃいない。

ずっと気付かないふりをしていた。五条先生が事あるごとに俺をうら悲しそうな眼で見つめていることを。僅かに引き締められた唇が俺と同じ他人の名を紡いでいることを。俺だって馬鹿じゃない。先生は一度だって俺を見ちゃいない。帰らぬ旧懐の情に浸って、俺を死者の代わりにしているのだ。

 

「...俺は、先生にとっては()でしかないんですね。」

 

先生には聞こえていない。学長が身動いだ。

 

「っ、梔子!悟止めろ...聞こえないのか!?」

「良いよ学長、これでよく判った。」

 

『九地勿倭投術 八岐大蛇』

形代が眩いばかりの光を放つ。呪力がごっそりと奪われるのを感じると、瞬きの後に図書館の屋根を突き破って巨大な大蛇が召喚された。八つの尾と頭を持つ日本神話の農耕の神様。この場においては多頭竜の化物。

正直五条先生が相手では勝算は限りなく低い。幸い学長は参戦しないようだから、八岐大蛇の禍玉砲で相殺できれば...後は隙を作って逃げられるかもしれない。巻物と黒宝玉さえ隠し通せればこっちのもんだ。

 

紫を発動しようとした五条先生に応戦する為に八岐大蛇に指示を下そうとした、瞬間。 

 

「っやめろ!」 

 

突如として下半身に走った激痛に思わず悲鳴をあげる。制服に隠していたツッチーがあろうことか切迫した状況下で俺の息子を噛んだのだ。 

俺の制止にツッチーどころか八岐大蛇まで還ってしまった。クソ、腕白組代表のツッチーを服の中に隠した俺の采配ミスだ。本人は甘噛みのつもりだろうが噛まれた方としては悶え死にそうなほどに痛い。俺は激痛に崩れ落ちそうになるのを必死で耐えていた。

 

「お願いだから…邪魔しないでよ…。」

「逸…。」 

 

現状を忘れてツッチーを非難すれば、五条先生の声で我に返る。毒気を抜かれとばかりに立ち尽くしている先生と学長に含羞で悔し涙が溢れこそしなかったものの、鼻の奥がつんとした。

 

「そんな顔をするくらいなら…」 

 

腑甲斐ないと手を伸ばしてくる五条先生。こんな時でも俺の嘆かわしいまでの憐憫さに夏油傑との違いを実感して勝手に失望しているのだろうと、呼吸が苦しくなった。

先生の心なき言葉に精神的な苦痛が限界を超えた俺はその手を振り払って階段を駆け降りた。  

 

 

 

*   

 

 

翌日、神奈川県××市。 

早朝の人気の少ないとある公園のベンチに男が座っていた。

ランニングに過ぎ去る人々も、目前の道路を走り過ぎる車両にも目もくれずに携帯を眺めて不穏な笑みを浮かべる男に一人の年若い青年が歩み寄る。 

 

「随分と嬉しそうだね、どうしたの。」 

 

顔を上げれば奇奇怪怪な全身ツギハギの青年を糸目に映した。 

 

「真人。知り合いから良い報せがきたんだ。オトモダチが増えるかもしれない。」  

 

真人と呼ばれた青年は男の言葉に目を瞠り、狂気的なまでに口元を歪めて嗤ったのだった。 

 

「へえ、早く会えるといいなあ。」

 

 

 




この小説は二〇二一年六月に支部にて投稿した作品の加筆修正版です。
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