自力で聞きたい方はご注意ください。
目を開けると、まず見えたのはルルーシュのホッとしたような顔だった。
普段鋭く尖っている紫色の瞳がやや伏せ気味で、長いまつげが作る影がはっきりと見える。通った鼻筋、薄い唇。それらのパーツが絶妙な位置に配置されていて、学園の女子たちが騒ぐのもよく分かるなぁ、と思う。
「やっと気づいたか。驚いたよ、シミュレーターから出て、急に倒れたんだからな」
ああ、夢を見ているのかとぼんやりと整ったその顔を見つめていると、ルルーシュがそんなことを言った。
なにかおかしいと、ようやくそんな思考がめぐり始める。
「まったく。無茶をする。これも契約の内か」
「るるー、しゅ?」
「ん? まだ寝ぼけているのか?」
ルルーシュは制服でもゼロの服でもなく、シャツを若干着崩していてラフな様子だった。そして、そんな彼の背景は見慣れた部屋――つまりルルーシュの部屋で。
ようやく、完全に頭が回り始める。さきほど、ルルーシュは倒れたと言わなかっただろうか。
「そう。シミュレーターをしてて、あなたを見かけて声を……倒れたっ? うそ、ごめ」
「急に起き上がるな。そのまま、もう少し休んでろ」
「でも、迷惑を」
一気に目が覚める。慌てて起き上がろうとしたら「俺への迷惑なんて気にするな」とルルーシュが言った。
「ただ、ナナリーに心配はかけるなよ」
目つき鋭く付け足された言葉に、逆に力を抜く。目の前にいるのは間違いなくルルーシュだと確信する。夢じゃない。
しかしそうなると、ますます申し訳ない。面倒をかけさせてしまった。ここまで運んで看病してくれたのだろう。彼も忙しいのに。
「ごめんなさい。ありがとう」
「なに、大したことじゃない。倒れたやつを放ってはおけないだろ? それが知りあいなら」
情けなく息を吐きだすと、ルルーシュが「気にするな」と言う。が、途中で変に言葉を止めた。
怪訝に思って見上げると、ルルーシュは「う」とつまってふいっと視線を私から外した。
「その……お前なら、なおさらだ」
若干照れた顔をしているのが見え、思わず「ふふ」と笑う。ルルーシュはあまり素直じゃないが、時折こうして素直に気持ちを伝えてくれることがある。それが――とても嬉しい。
じろっと紫色の瞳に睨まれる。
「笑うな」
「ごめんなさい……ふふ」
「お前に無理をさせたのには俺にも責任があるからだ。別に他の意味などないからな」
「はいはい。心配かけてすみません」
「心配だと? ふん。勘違いするなよ。お前の体調不良で計算を狂わされたくないからだ」
またすぐにいつもの言動に戻ってしまったけれど、言葉とは真逆の優しい瞳が何よりも彼の本意を語っていた。
「分かったら、もう少し寝ていろ。夕食、食べていくだろ?」
ルルーシュの指が、髪を梳くように頭を撫でていく。彼の声と体温と、その眼差しが心地よく。そして身体も知らない間に疲れがたまっていたのだろう。自然と瞼が落ちてくる。
でもなんとか意識を保ち、ベッドに手をつく彼の袖を軽くつまむ。
「るるーしゅ、は?」
「え?」
「るるーしゅはやすまなくて、だいじょ、ぶ?」
私が無理をしているというのなら、ルルーシュだってそうだろう。むしろ、精神的な負担は彼の方が多いのではなかろうか。
黒の騎士団のトップ、ゼロとして彼にかかる期待は大きい。少しでもそんな彼の負担を減らしたいと思っているのに、これだ。
私の言葉は、「ふん」と鼻で笑われた。体調管理もできないお前と一緒にするな、と。
事実なので、何も返せずに軽く唇を噛む。
やはり今の私は不調だ。いつものやり取りなはずなのに、なぜか目が熱くなる。
「ごめ」
「だ、だがっ!」
若干慌てた声が頭上からした。
「その気遣いには感謝しておく」
指だけでなく手のひら全体で優しく優しく撫でられ、ほうっと息を吐く。
つまんでいたシャツの袖から力を抜くと、
「ふっ、俺も少し寝るか」
布の擦れる音がして、眼前にルルーシュの整った顔が現れる。人によっては怖さを感じるやや鋭い目つきも、今はその険がとれ、穏やかな空気が伝わってくる。
私がゼロの正体を知っているからだろう。彼は二人でいる時、こんな空気をまとうことが多い。そして私は、そんな彼の空気が好きだった。不安が消えていくような気がして。
じっと紫の瞳を見つめる。
「な、なんだ?」
「……綺麗だなと思って」
「は?」
「ルルーシュの瞳……私、好きだな」
「なっ」
驚き、その後で照れて顔を赤くしたルルーシュに笑い、「えいっ」とその胸の中に飛び込む。
「お、おいっ離れ」
「あなたの側は不思議ね」
「え?」
「とても、落ち着くの。悪い夢なんて、吹き飛んでくれそうで。
だから、その……ダメ、かな?」
「っ~~~」
感じられたルルーシュの体温と心音は、私の中に渦巻く不安を取り去ってくれる効果があるようだった。
きっとこのまま寝ることが出来たなら、嫌な夢なんてみないはずだ。
だから出来ればこのままでいたかったけれど、ルルーシュが嫌なら諦めよう。
「お前はっく」
「……ごめん」
ルルーシュは苦しげな顔をしていた。やはりこうしてべたべたくっつくのは嫌なのだろう。彼が優しいからつい調子に乗ってしまった。
体を離す。
温もりが離れ……再び暖かなものに包まれた。爽やかな香りがする。ルルーシュの香り。頭上から苦しげな声がする。
「くそっ、本当にお前というやつは」
「るるーしゅ? ごめん。その、嫌なら」
「誰が嫌だと言った」
「で、でも」
「他のやつ等なら断る。しかし……お前なら、いい」
私をしっかりと抱きしめてくれているルルーシュは、不思議なことを言う。
もぞもぞと動いて顔を見上げると、やはり若干苦しそうな顔ではあったけれど、でもたしかに嫌がっているわけではなさそうだった。よくわからない。
「そういう、ものなの?」
「そういうものだ。分かれ。理解しろ」
「う、うん。分かった」
「……はぁ」
頷くとなぜかため息をつかれたけれど、そういうものらしいので遠慮なく身を寄せていく。
ルルーシュが少し緊張したのか身体を固くしたけれど、より強く抱きしめてくれた。温かい。
そしてリズムよく背中を優しく叩いてくれる。
そんなとても優しくて穏やかな彼の腕の中で……私は目を閉じた。
夢は――見なかった。本当に久しぶりに、しっかりと眠れた。
***
こいつは、どこまで俺を慌てさせれば気が済むのだろうか。
シミュレーターから出た瞬間に意識を失ったことも。眠ったまま苦しそうな声を上げていたことも。いつものやり取りなのにやたらと素直に受け取って泣きそうになったことも。
意趣返しのつもりだった。
こちらが焦らせられてばかりは不平等だ。お前も少しは動揺しろ。
「ふっ、俺も少し寝るか」
心臓が早くなっているのを自覚しながらも、マーヤの隣に寝転がる。
普段よりも近い距離。起きているのではなく寝た状態。場所は俺の部屋で、ベッドの上。
誰だって多少は思うところがあるはずだ、普通は。
それが好意を自覚している相手となればなおのこと。
重力に従い、白いベッドを黒に染め上げている柔らかな髪。滑らかな白い肌。外側へ向けて柔らかく弧を描く目元。その中心に輝く青い瞳と、それを彩る睫毛。小さい鼻に、いつも上品に笑う塗れた赤い唇。
マーヤという存在を構成するそれらすべてが……愛おしい。
ずっと、ずっと眺めていたくなるが、その青い瞳がやたらとこちらをじっと見つめてくるとなると、気になってしまう。
そして少しは慌ててくれ。頼むから。これではなんの意趣返しにもなっていない。こっちは先程から心臓が慌ただしいというのに。
「な、なんだ?」
「……綺麗だなと思って」
「は?」
「ルルーシュの瞳……私、好きだな」
「なっ」
かぁっと顔が熱くなるのを自覚する。マーヤがそんな俺を見ていつものように笑う。
人の気も知らないで、暢気なものだ。
(綺麗というなら、お前の方が――っ?)
様々なことが頭を巡ろうとした時、頭の中が真っ白になった。マーヤが俺の胸に飛び込んできたのだ。
少し甘い香りと、温もり。自分にはない柔らかさ。
心臓が壊れそうなくらいに音を立てている。まずい。聞かれてしまう。
「お、おいっ離れ」
「あなたの側は不思議ね」
「え?」
「とても、落ち着くの。悪い夢なんて、吹き飛んでくれそうで。
だから、その……ダメ、かな?」
「っ~~~」
身体をのけぞろうとしたら、マーヤがおずおずとこちらを見上げてきた。眉は不安そうに下がり、青い瞳は切なげに潤んでいる。塗れた唇は凍えているかのように震えていた。
今日の彼女はいつも以上にオカシイ。体が弱っているせいだろうか。子どもっぽい。
そう。
彼女の行動に深い意味はない。意味はないのだから、気にしなければいい、のに。気にせずにいられない。その行動に深い意味を求めたくなる。
『あなたの側は落ち着く』
それはただたんに信頼しているからか。それとも――?
悲し気に体を離そうとしているその体を抱きよせる。柔らかい。温かい。良い香りがする。
頭はすでに働いていない。この先の展開など、読めるはずもない。
別に嫌じゃないのだ。むしろ、もっとこうしていたい。ずっとこのままでいたい。なぜなら
「他のやつ等なら断る。しかし……お前なら、いい」
マーヤだから。
(悪夢を壊せと言うなら、いくらでも壊してやる。お前を苦しめるものは、俺が全部!)
マーヤという存在に求められたなら、俺に断るという選択肢は最初からないのだ。
だというのに、ここまで言ってもなお彼女には伝わらない。不思議そうにしている。
「そういう、ものなの?」
「そういうものだ。分かれ。理解しろ」
「う、うん。分かった」
「……はぁ(絶対に分かってないな、この様子では)」
諦め、受け入れるためのため息をつく。より身を寄せてくるのには参ったが、開き直って抱きしめる腕に力を込めた。役得だと思うことにする。
とはいえ、
「この馬鹿。安心しすぎだ」
警戒心も何もなく眠りについたマーヤに、肩の力が抜ける。相変わらず、男として見られていない。
しかしこんなにも弱り切った姿を見せてくれている事実は嬉しく、複雑な心境になる。
呻く俺のことなど知らないマーヤは、それはもう健やかな寝顔をしていた。
恨めしく見ていたが、やがて馬鹿らしくなって笑う。恨めしいが、それ以上の愛おしさで俺の顔はどうしたってにやけてしまう。
「まあ。今回はお前が悪い。これくらいは許してもらうぞ」
閉じられた瞼の上に、そっと口づけた。
たぶん、(自覚済)ルル→→→←マヤ(無自覚)くらいの関係性。
私の中での二人の理想形は、ルルからの矢印が強い。たぶん、それくらいじゃないとマーヤは気づかない気もしますし。
今回は私が書いたにしては珍しく、結構いちゃいちゃしている感じに仕上がったのではないでしょうか。
でも驚くことにこの2人……つき合ってないんですけどね!(どどーん)
とにかくこんな感じで、うちのマーヤちゃんは好意にはとことん鈍い。
【蛇足説明】
悪夢を終わらせるのは、あなた
悪夢を終わらせるのは、きみのため