ハニートラップ、というものがある。
はちみつのように甘い罠。
スパイが色仕掛けで対象を誘惑して情報を盗んだり、弱みを握ったりして脅迫したりすることを言う。
もしくは、美人局(つつもたせ)。
そこからはじまり、色仕掛けをし、対象を惚れさせて利用すること全般を指すこともあるし、ソレをイメージする者も多いだろう。
ドラマや映画などの非現実の世界でそのようなことが描かれることもあるし、実際にひっかかったという話も……裏で情報を集めているとよく聞く。
愚かな話だ。
そんな罠に引っかかるのは、意志の弱い輩だけ……そう、思っていた。
「ルルーシュ?」
目の前で首を傾げる姿に、思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。
俺と同じ色の長く美しい髪が濡れて、白い頬にべたりと貼り付いている。いや髪だけではなく、彼女……マーヤが身につけている衣服も、その下の肌の色を艷やかに浮かび上がらせ、ボディラインを鮮明にしていた。メリハリの付いたその肢体を。
心臓が激しく音を立てている。
突然の雨だった。
予報でも特に降るとは言っておらず、俺もマーヤも雨具を持っていなかった。
中庭で歩きながら、普通の会話を装いつつ今後のことについて話をしていたさなかに雨が降り、鐘塔に駆け込んだのが今だった。
少し前にアーサーを追いかけてスザクと来たときと違い、2人きり。雨の音以外には互いの呼吸音や衣服の擦れる音しかしない。
一粒のしずくが、マーヤの頬の輪郭をなぞり、顎から下へと落ちる。
ぷっくらとして柔らかそうな赤い濡れた唇から「はぁ」という呼気が溢れる。
目が離せない。
「困っちゃったね、突然こんな土砂降りなんて」
「……え?」
「え、じゃないでしょ。ほら、拭かないと」
「まま、待て! ハンカチくらい持って……っ」
濡れた唇が近づく。思わず唇にばかり目が行ってしまい、対応に遅れる。こちらに伸ばされた手に握られた彼女のハンカチが、俺の顔を拭いていく。
ポケットからすぐにハンカチを取り出して、彼女の手を振り払えばいいのに、体は正直に彼女の動きを受け入れていた。
間近にあるマーヤの表情はただ俺のことを案じていた。自分自身もずぶ濡れだというのに。
ああ、拭かなければと瞬時に思ったものの、その美しい肌に触れるのかと思えば、顔が……全身がカッと熱くなった。
もしも、と思う。
もしも彼女のこれらの行動がハニートラップというやつだとしたならば、俺の未来に待っているのは破滅しか無いだろう。だというのに、だ
【こんな罠ならもっと仕掛けてもらいたい】
そう思ってしまっている自分がいて、呆れてしまった。
* おまけ1 *
「ね、これからあなたの部屋に行ってもいい?」
「ぶはぁっ、おおお、俺の部屋っ?」
「あとできればシャワールームと服を貸してもらえると助かるんだけど、ダメかな?」
「しゃ、しゃわー、ふく……ぐぅっ」
「あ、ごめんなさい、さすがに図々しかったよね。タオルだけでも」
「だだだっ、大丈夫だ。ななっ何も問題はない」
「本当に? 無理しなくても……って、大変! 顔が真っ赤じゃない。あなたのほうが先にシャワー浴びないと」
「近っ、い、いや俺はだいじょ」
「でもほら……熱が出てるみたいだし。すぐベッドで寝た方が」
「ベッ、ベべべべッドで寝るっ?」
「そりゃ寝るんだからベッドでしょ。体調悪いのにソファはダメよ。
あ、雨もちょうど上がったから、行きましょ」
「ままままて! そんなにくっつかなくても1人であるっ歩け」
「そんなにふらついてて説得力ないってば。
ほら、クラブハウスまでなんとかしっかり歩いて」
「うぅ(近い近い近い近い近い)」
* おまけ2 *
「うん、ちゃんと髪も乾いたし、あとはしっかり寝ること。咲世子さんにも言っておくから」
「い、いや。別に体調はもんだいな」
「何言ってるの。そんなに真っ赤な顔で説得力ないってば。ほら、ベッドに横になる」
「しかし、することが」
「あんまり嫌がると、添い寝して強制的に寝かせるけど?」
「添い寝っ?」
「ね、ソレは嫌でしょ? だからさっさと……ルルーシュ?」
「……そう、だな(むしろ歓迎したいんだが)」
添い寝してもらえず、すごく残念な顔してそう。
ところでルルーシュ君。
部屋。シャワー。服。ベッド。寝る。
これらの単語でナニを想像したのかな? おばさんに話してごらん?
マーヤちゃんからのトラップを全力で受け止めようとしているルルーシュはありだと思う。
いや別に、うちのマーヤちゃんにトラップの自覚はないんだけど。