シンジュク・ゲットーでの出来事から1ヶ月が経ったころのマーヤちゃんと、そんな彼女を気にかけるルルーシュの話。
まだ矢印はない。
今回はオリジナルの話。ゲーム本編の間に、あったかもしれない妄想。
一か月。
それを『もう』と考えるか、『まだ』と考えるかはその時々、人によって変わるだろう。
(今の私にとっては、『もう』かな? ん~ん、『まだ』な気もする)
空を見上げて、嘲笑った。
自分がブリタニア人か日本人かも分からない自分は、時間の間隔すらも曖昧らしい。
「こんにちわ」
「おっ、ガーフィールドさんとこの! 久しぶりだねぇ。最近来ないから心配してたんだよ」
「あはは、すみません。ちょっと食欲落ちちゃって」
「身体の調子悪いのかい?」
「え、いや、そういうわけじゃ」
以前は陽菜たちの食べ物をよく買いに行っていた購買に顔を出すと、心配そうな顔をされた。
(そっか。この人にとっては『久しぶり』と思うくらいの期間は開いたんだ)
そんなことを考えていたせいで反応が遅れると、奥からやって来た中年の女性が男性を軽く小突き
「ちょっとあんた。そこは察してあげなさいよ。女の子なんだから」
「え?」
「(ああ、ダイエットって思われたのかな。乗っておこう)あははは……でも、その、時折は思い切り食べようかなって思って」
「そうだねぇ。気持ちは分かるけど、たしかにあなた細いからしっかり食べた方が良いわ」
「お? ということは今日は」
「はい。以前のようにお願いしたくて。あ、今日じゃなくて明日でいいんですけど」
面倒をかける、と申し訳なく思いながら言うと、2人はにこっと笑って承諾してくれた。
なんとかごまかせたし、お願いもできたから良しとしよう。
頭を下げてお礼を言ってから購買を出る。
「さて、と。あとは……会長、か」
明日、生徒会を休みたいと伝えたら何か言われるだろうか。
(大丈夫、かな? ミレイ会長、結構大人だし)
金髪の生徒会長を思い出す。生徒会に強制的に入れさせられたり、突拍子もないことを思いついたり、と割ととんでもない行動が目立つが、それでいてしっかりと周囲のことを気遣っているのだということは1か月共に過ごして分かった。
だから皆、会長のことが好きなのだ。
(もしも理由を聞かれたとしても、素直に応えてみよう)
そう覚悟を決めて、学年が違う彼女の元へと向かった。
***
と、いろいろと準備を重ね、重い荷物をベンチにおいてその隣に座った。
目の前には、シンジュク・ゲットーの変わり果てた姿が広がっていた。
(陽菜、とも、まり)
腕がしびれるほどの荷物――食べ物を食べてくれる子たちはもういない。持ってくる必要のないそれらを横に置いたまま、ただシンジュクの町を眺める。
彼女たちを失ってから、今日でちょうど一か月が経った。
本当ならばゲットーに直接行きたかったものの、少し前に学園から注意されたばかりであるし、
『危ないところにはいかないこと。そう約束して頂戴』
生徒会を休むと伝えに行った際に、会長とそう約束していた。約束しないと、許してくれなさそうだった。
強く言われるのは「ゲットー」に行った件だろう。
それにルルーシュからも気をつけろと言われていた。つい先日、面倒をかけさせたばかりだ。
だけれどもどうしても来たくて。彼女たちの存在を身近に感じたくて!
「はぁ……なに、してるんだろ、私」
無意味だ。食べ物を用意したって、渡す相手もいない。自分一人で食べきれる量じゃない。
分かっている。分かっているのだ。今までずっと陽菜たちに食料を持って行っていたのも、これもただの自己満足だ。
何一つ世界は変わっていない。自分も、変わっていない。相変わらず、自分が『誰』なのか分かっていない。
ポケットから、折り鶴を出す。陽菜がくれたものと、自分が新しく折った鶴。あからさまに誰がどちらを折ったのか分かる出来栄えに、思わず笑う。
「見てよ、皆。今だにこんな鶴しか折れないの。可笑しいでしょ?」
租界の外れ、崩壊した町が広がるその場所は人通りが少ない。皆、あんなことがあったシンジュク・ゲットーに近寄りたがらない。
いつもならば見て見ぬふりをする彼らにも何か感じるところだけれど、今日ばかりはありがたかった。
折り鶴を膝の上において、皆との思い出を頭に浮かべる。学校に通えない彼女たちに字を教えたのは自分だ。絵本を読んだこともあった。
ノートと色鉛筆をあげて、一緒にお絵かきをしたこともある。私の似顔絵を描いてくれたときは嬉しかったな。
長い年月を共に過ごしたわけではないのに、思い出せることが多いことに驚き……無償に泣きたくなった。
「っ」
「ふぁっ?」
なんとか堪えようとしていたら、奇妙な声がした。それもかなり近くから。
(全然気づいてなかった。一体誰……って)
「ルルーシュ?」
「あ、ああ」
顔を向けた先で揺れるさらさらとした黒髪。気まずそうな顔をしたルルーシュがいた。
驚きすぎて涙が引いていたのは幸いだった。泣き顔を見られずに済んだから。
ルルーシュは私服で、その細身の身体をオレンジ色の光が染めていることに気づく。いつのまにか夕方になっていたらしい。
「どうしたの? こんなところで」
「俺は……会長に頼まれごとをされて、な」
そう言いながらルルーシュは手に持った買い物袋を示した。
「その店って、二駅くらい先のところじゃ」
「え? あ、ああ。その……電車の窓から、お前が見えたから」
珍しくもしどろもどろなルルーシュに、なるほどと納得した。会長が心配したのだろう。
本当にあの人は。
笑う。笑ってみせる。
「お疲れ様。そんな遠くまで買いに行かされるなんて」
「まあ、会長の無茶振りはいつものことだからな」
会長の話題を振ると、ルルーシュも少し落ち着いたらしい。いつもの様子に戻った。
「あ、そうだ。ルルーシュ、時間は大丈夫?」
「ん? ああ、問題ないが」
「じゃあさ……ちょっと手伝ってくれない?」
手伝うって? と首を傾げたルルーシュに、ずっと横に置いていた袋を見せた。
「ちょっと買いすぎちゃってさ。減らすの手伝ってほしいんだけど」
きっと、いつもの……学園で出会うルルーシュならば、嫌そうな顔をして、あれやこれやと理由を告げて断っただろう。
でも
「お前、この量は……はぁ。仕方ないな」
ルルーシュは呆れた顔をしてから、予想通りに頷いてくれたのだった。
***
「あれ、マーヤまだ来てないんですか?」
「僕たちが教室出るころにはもういなかったのに」
生徒会室に着いた時、放課後すぐに姿を消したマーヤの姿はなかった。てっきり先に生徒会へ行ったのだと思っていたのだが。
一緒に生徒会室へと来たスザクも怪訝そうなので、何も聞いていないようだ。
「ああ、そうなの。昨日、今日は来れないってあらかじめ聞いてるわ」
「またサボリかー?」
「ほんとねー、といいたいところだけど、今回は違うみたいよ」
「って、それもそうか。じゃないとわざわざ会長に言わないか」
「そういうこと」
しょうがねーけど戦力が減ったー、と喚いているリヴァルと、そんな彼を叱咤している会長を尻目に、
「ルルーシュも何も聞いてないんだ?」
「ああ……って、なぜ俺が」
「いやだって君はマーヤと仲が良さそうだから」
「別にゲームの手伝いしてるだけだ」
意外なことを言われて少し驚く。特別親しいという疑いは、俺たちにとってあまりよろしくない。
しかしスザクは納得したのかしていないのか。それ以上追及してくることもなく……ただ。
「でも、ちょっと心配だね。マーヤ、昨日から様子がちょっと変だったし」
「は?」
「え? 気づいてなかったの?」
スザクの目が驚きに見開く。そんな様子あっただろうか。
「どこかぼんやりしてたし」
「あいつはよく考え事してるからな」
「緊張した空気出していたし」
「人と接するのが元々苦手だからな」
「落ち込んでいる感じもしたし」
「割とネガティブ思考だからだろ」
スザクの言葉に一つずつ返していると、「ねえ、ルルーシュ」と呆れた空気を出された。
「君ってばマーヤのこと、知っているようで知らないよね」
「う……しかし、だな。別に必要もない」
「でも友達の様子がおかしいことくらいは気づこうよ」
そう言われても、と思う。俺とあいつは契約者であって、学園ではゲームという共通の趣味で話し合っている、という友達のふりをしているだけだ。
(様子が変って……あいつは初めて会った日から、どこか危うい……初めて会った日?)
ふと、目に入ったカレンダーの日付は、最初に会話したあの日からちょうど一か月がたっていることを示していた。
(そうか。『まだ』一か月しか経っていないのか)
濃い時を過ごしたせいか、時間の感覚が狂っていた。
(あの日からちょうど一か月……ちょうど? もしかしてあいつ、あの折り紙の少女のところに?)
詳しく話を聞いたわけではないが、あの青い折り鶴をマーヤにプレゼントした少女は、シンジュクでの戦闘があったあの日に亡くなったと予想される。
つまり、今日が月命日ということだ。
(まさかゲットーに? 危険すぎるが……あいつならやりかねん)
マーヤは基本落ち着いている方だが、あの日からしばらくは緊張と興奮で先走りがちだった。
折り紙の少女たちとはかなり仲が良かったらしく、今も時折あの折り紙を取り出しては眺めているのを知っている。
そんなマーヤが月命日にゲットーへ行ったと言われても、とても納得できる話だった。
「? ルルー」
「ルルーシュ! ちょっといい? この前の件なんだけど」
「あ、はい。今行きます……悪い、スザク。何か?」
「いや、なんでもないよ」
何か言いかけていたスザクが「ほら、会長さんが呼んでるよ」と背中を押してきたので、首を傾げつつも会長の元へと向かった。
頭の中では、どうやって生徒会を抜けるかを考えながら。
会長に呼ばれて隣の部屋に行くと、
「で、あなたはマーヤの行先に心当たりある?」
「……会長。俺に分かるわけないでしょう?」
「そう? でもあなたたちって仲いいじゃない」
会長にまでそう思われているのは本当に心外だ。
「別に普通ですよ」
「ふ~ん?」
「なんですか」
「まあっ、それはいいとして……あなたこの前また生徒会サボったでしょ? その罰を言い渡しまーす」
「会長。俺は」
マーヤが馬鹿なことしないように止めに行かなければならない。あまり使いたくないが、ギアスを使うことも頭に入れていると「シャラーップ」と目の前に一つのメモを突きつけられた。
店名と、茶葉の名だ。
その茶葉は少々高級でこの近くでは扱っておらず、たしかにその店ならば置いてあるだろうというものだった。
(しかしこの店より近場にあるはず。わざわざシンジュク方面の……シンジュク?)
ちらと会長を見れば、にこにこと笑っていて。
「実はお爺ちゃんにお使い頼まれてたんだけどさ。あっちまで行くのめんど……ほら、会長として忙しいから」
「今面倒って言いかけましたよね?」
「はいはい、じゃあこれお金ね。運賃と含めてるから。ちゃんと領収書もらってねー」
じゃ、と手を振ってあっという間に去っていった会長の背中を唖然と見送る。
「やれやれ」
とりあえず、先ほど考えていた方法や言い訳はしなくてよさそうだった。
***
結論から言うと、マーヤはゲットーには行っていなかった。その手前、租界の外れでゲットーを眺めていた。さすがにその分別はついているようだ。
彼女はベンチに腰掛け、何をするでもなく町を眺めていた。破壊尽くされたゲットーの町を。
膝の上にはあの青い折り鶴と……少々ひしゃげた折り鶴が乗っている。
(たしかにいつもよりぼんやりしてる、か? 元からこうだった気も……)
どうだったろうか。
とにかく、今度からはもう少し彼女の様子に気を配らなくてはと思う。自分のことを口走るような愚かなことはしないだろうが、あの扇という男たちとは違い、契約を結んだ相手で自分の正体を知る存在なのだから。
そしてナイトメアのパイロットとして類まれな才能を持つ、強力な駒だ。すぐに失うのは惜しい。
声をかけようとした。もう夕方だ。
租界はゲットーより治安は大分マシだが、それでも女子が一人で出歩くのは推奨できない。特にゲットーが近いこの場所は。
が、鼻をすするような音がして声を上げてしまった。
(泣いているのかっ?)
気まずくなったものの、顔を上げたマーヤに涙の痕はなく、ホッとした。
会長の頼まれごとについて話すと、すぐさま事情を呑み込んだようだった。お疲れと労われる。
そして、
「ちょっと買いすぎちゃってさ、減らすの手伝ってくれない?」
どこか恥ずかしそうに笑って大量の食べ物が入った袋を見せられた。その食べ物の意味は、すぐに分かった。本来は、誰にあげようとしていたのか。
だから――マーヤは笑っているのに、泣いているように思えて
「お前、この量は……はぁ。仕方ないな」
普段なら絶対に断っただろうに、思わず同意してしまった。
マーヤからパンを受け取ると、マーヤも自分の分を取り出して、黙々と食べ始めたので、隣に座って俺も前を見ながら食べる。
時間が経っているのか、ちょっとパサパサしていた。
口の中の水分がとられる、と思っていたら無言でペットボトルが差し出されたので遠慮なく受け取った。
その後は、何か言うこともなく二人でただシンジュクを見ながら食べ続けた。
途中、マーヤを横目で確認したが、やはりその目に涙の痕はなかった。
「……それ」
「?」
声をかけると、ちょうどパンを口に放り込んだところだったらしいマーヤは口を閉じたまま首を傾げる。
リスのようだなと思いつつ、膝の上を指さした。
「その折り鶴」
「(ごくん)うん? 折り鶴がどうかした?」
「下手だな」
「う……れ、練習中なの」
よれよれの羽、やたらと太い首の鶴の出来栄えを評価すると、一応マーヤ自身も下手だとは思っていたらしい。居心地悪そうに身体を縮めた後、「これでも上手くできた方なんだから」と幼い子供の様に拗ねた顔をした。
初めて見たマーヤのそんな顔に笑う。――本当に。知らないことが多い。
「折り紙ならナナリーに教わると良い」
「え?」
「お前ひとりで練習し続けても、その見本のような折り鶴はできないだろう?」
「失礼ね! いつかはできる!(かもしれないじゃない)」
セリフの最後の方が小さくなっていったマーヤ。今日はやたらといつも見ない表情をするな、と思った。
それとも、今まで俺が見逃してきただけか?
(まあいい)
「ほら、そろそろ帰るぞ」
ベンチに置いてあった食べ物の袋を持ち上げる。まだまだずっしりとしたそれらを抱えてここまで来たマーヤに呆れつつ、ぽかんとこちらを見上げている彼女を見る。
「え、うん? ばいばい?」
「何を言ってる。お前もだ」
「ちょ、大丈夫だって」
「考えてもみろ。仮にも女子であるお前を放って帰ったと会長が知ったら、俺が怒られる」
「あ~……たしかに」
「納得したなら、行くぞ」
もう一度言うとマーヤはすんなりと立ち上がり……一度、シンジュク・ゲットーを振り返った。
冷たくなってきた風が彼女の長い髪を揺らし、その表情を俺から隠した。
だから俺はその時、マーヤがどんな顔をしていたのか知らない。そして知ろうとも思わない。それを彼女も望んではいない。
「帰ろうか」
再びこちらに向き直ったマーヤは俺の知っている『マーヤ・ディゼル』であったから……何も問題はない。
問題があるとすれば、まだまだ大量に残っている『食べ物』のほうだろう。
「次からは、スザクに頼め。あいつの方が大食いだ」
「大食いって……まあ、たしかにルルーシュって細いものね……ねぇ、ところで」
「なっ、なんだ?」
マーヤが言葉に悩んでいるそぶりをしていた。しばらく何かいい言葉がないかと考え込んでいたものの、途中であきらめたらしい。首を振ってから、呆れた目線を俺に向けた。
「大丈夫?」
「何がだ」
「その……荷物、重いでしょ」
「な、なんの、これ、くらい……ぜぇはぁ」
肩で息をしながら返事をすると、ため息をついてからマーヤが荷物を奪い取った。そして平然と抱えなおし、
「もしも次、同じ機会があったら、いろんな意味でスザクにお願いすることにする」
と、息を乱すことなく歩き出す。
自分が言ったことであるはずだが、こう……釈然としないのは、なぜだ?
それは君が童帝だからさ!
こういう出来事があってもいいよね、というお話。
最近はCPものばかり書いてたので、原点に帰ってこういう話書きたくなってきたな。
また思いついたら書こう。
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