・スザクがブラックです。腹黒です。ワンコではありません。
・モブ女→スザク→マーヤちゃんです。
・マーヤちゃんの出番殆ど無い。
・唐突に始まり唐突に終わります。
・当初よりモブ女が出張りました(笑)
恋に『落ち』る、という表現が正しいのだと彼女は知った。
初めてその姿を見た時に、彼女は確かに『落ち』た。
風に揺れる柔らかそうな茶色のくせ毛。柔らかな光を放つ丸い瞳。幼く見える顔立ちと、正反対に引き締まって男を感じさせる体。体の奥まで響き渡るような声。
すべてがすべて、彼女の体の奥底に『落ち』てきた。
だというのに、
「ああ、どうしてあなたはイレヴンなの」
そう。そこが問題だった。
親や親戚は決して愛しい存在のことを認めないだろうと、彼女は理解していた。理解した上で。いや、理解したからこそ彼女はますますその存在への想いを強くした。
「きっとつらい目にあっているはず。私が助けてあげなくては」
直接言葉をかわしたこともないにも関わらず、彼女は自身の思いが相手から拒否されるとは考えもせず、ただ夢を見た。
イレヴンを忌避する生徒たちによって愛しい人が苦しめられる日が来る。だからそれを自分が救い出すのだと。そんな一方通行の夢を見ていた。
彼女は、男子生徒たちが愛しい人の体操服にスプレーをかけているのを見た。やはりと思った彼女は、しかしそれらを止めさせることはしなかった。ここに愛しい人はいない。割って入っても意味はないし、危険なだけであると理解していたからだ。
そして、彼女の望む瞬間が来た。夢にまで見た瞬間。恋に落ちた相手が、汚れた体操服をひとり洗っている。
「ようやく、ようやく会えるのね」
歓喜に身を震わせながら、彼女は何度も何度も一人で呼んできたその名を口にする。
「そんなんじゃ落ちないよ」
口にする、前に別の声がその場に響いた。一人の女生徒が彼女の愛しい存在――枢木スザクに声をかけていた。
彼女はしばらく呆然とそんな様子を見ていた。見ていた。ただ……見ていた。
「あの女」
不穏な光を宿した目で、その女生徒。マーヤ・ガーフィールドを見ていた。
今まで枢木スザクのことばかり考えていた彼女は、その日からマーヤについて考え始めた。
マーヤ。マーヤ・ガーフィールド。最近生徒会に入ったものの、それまではほとんど学校に来ていなかった。
だというのにだ。今はどうだろうか。彼女の愛しい相手である枢木スザクの傍で笑っている。枢木スザクもまた、マーヤに優しく笑いかけている。
「いけない、いけないわ、スザク。あんな女に騙されるなんて……ああ、なんて可哀想なの」
私が助けてあげなくては。
彼女は、また一人で夢を見る。騙そうとしている悪い女から、愛しい人を守るのだと。そしてそのことで相手から感謝されて、自分を愛してくれるという夢を見る。
それが――ただの『夢(もうそう)』に過ぎないということに、彼女は気付けない。
だから
「スザクっ!」
「う、マーヤ。怪我はない?」
「私のことよりあなたでしょ」
眼の前に広がる光景を、彼女は受け入れられずに呆然と見ていた。
枢木スザクの制服が濡れていた。ただその制服からは湯気が立っており、あたりに漂う熱気やしかめられたスザクの顔から、少し暖かい程度ではないことが伺えた。
呆然としている彼女の手にはコップがある。中身が空っぽなコップからはまだ微かに湯気が出ていて、そのコップはまるでスザクたちに向けて中身をかけたかのような角度になっていた。
いや違う、かけたのだ。偶然の事故を装ってはいたものの、事故でもなんでもなく、故意にかけた。
(なんで、スザクがここに……)
いつのまに枢木スザクがここに来たのかを彼女は把握していなかった。彼女が熱湯をかけようと思ったのは、マーヤであったからだ。
マーヤが、自身をかばうように熱湯を浴びたスザクを心配し、周囲に冷やすものを持ってくるようにと告げていた。
「ごめんなさい、スザク。早く保健室に」
「大丈夫だよ。そんな大したことじゃ」
「大したことでしょ! 早く冷やさないと」
枢木スザクの体に慎重に触れながら必死に言い募るマーヤを、スザクは優しく見つめながらなだめていた。彼女の方は一切見ない。見てくれない。そのまま二人は保健室へと去っていく。
彼女は理由がわからず、そんなスザクを追いかけようとした。
「ひっ」
彼女は悲鳴じみた声を上げ、腰を抜かしたようにへたりと座り込んだ。周囲の生徒たちは自分がしてしまったことに慄いたのだろうと思った。
だが違う。
去り際に、一瞬。ほんの一瞬だけ枢木スザクが彼女を『見』たのだ。
彼女は首元に手を当てた。そして自分の首がつながっていることを確認した。
いつも柔らかい光を放っていた深緑の瞳が、まるで鋭利で冷たい刃物のように彼女へと襲いかかったのだ。首は繋がっていると確認しても、彼女の体はまだ震えていた。まだ、首に刃が突きつけられている気がした。
(どうして? どうしてなの、スザク。なんで私に)
周囲やマーヤへ向けているものとはまったく異なる視線に、彼女はただただ理解不能だった。
しかし一つだけ彼女も理解した。――自分は何かを間違えたのだ、と。
***
ああ、しくじった。
彼は目の前で悲しそうに歪む青い瞳を見下ろしながらそう思った。
(もっとうまく利用できると思ったんだけど……あそこまで馬鹿だとは思わなかった)
彼は先程自分を見つめていた女のことを思い出し、不愉快そうに顔を歪めた。しかし、そんな彼の表情の変化は目の前にいる、彼にとって愛しい存在にとっては別の意味に捉えられる。
「ごめんなさい。警戒していたのに、結局あなたに迷惑かけて」
やけどが痛むのだろうと判断したその存在、マーヤの言葉に彼は表情をもどす。
先ほど女を『見』た時とはまるで違う、温かで優しい瞳で、マーヤを見ていた。
「ううん、迷惑かけたのは僕の方だよ。ストーカーのこと、相談してしまって」
ストーカー。
そう。彼は女の存在を知っていた。
知った上でずっと放置していた。彼にとって女はどうでもいい存在だった。ルルーシュたちに手を出したりしないならば、それだけで良かった。
しかしマーヤや生徒会の皆と出会い、仲良くなって……そんな中でマーヤが女の視線に気づき始めた。だからそれは自分のせいであって、マーヤに非はなく、なんとかするからと、彼は安心させようとした。
実際、マーヤを睨んでいる女には気づいていたため、彼もそろそろ対処しようかと考えていたのだが……
『そんな……大丈夫なの? 警察は』
青い瞳が心配に揺れるのを見て、女を利用しようと彼は考えた。
(マーヤにとって僕は、生徒会のメンバーの一人でしかない)
彼は自身の立場を理解していた。自身がどれだけ行ってもイレヴン……名誉ブリタニア人だということを理解していた。だからマーヤとどうなりたいと願っていたわけではない。友人として傍にいれるだけでいいと思っている。
しかし、自分のことだけを見て自分のことだけを案じている姿に、少し欲が出た。もう少し……もう少しだけ自分を特別に思って欲しい、という欲が。
『えと、警察は……その、僕がイレヴンだし、たぶん動いてくれないかな』
『それは……』
ストーカーに付きまとわれている、という二人だけの秘密は、彼とマーヤの距離を確かに縮めた。少しだけ、異性として意識してくれるようにもなり、欲はどんどんと膨れ上がった。
犯人が誰か特定するために、と恋人のふりやデートを頼んだ。
『それって余計に刺激して危ないんじゃ』
『大丈夫だよ。君のことは絶対に僕が守るから』
『いや、私じゃなくてあなたのほうが危ないでしょ』
『僕は鍛えてるから』
『あなたが強いのは分かっているけど』
他に本当に手立てはないのか、と彼の身を案じて中々同意しなかったマーヤに
『それに……デートで遊園地に行くの、夢だったんだ』
などと、半分以上本当の願いを口にして頼み込んだ。彼自身、情けなく卑怯なことだと自覚はしていたが、膨れ上がった欲をすべて抑えつけることは、彼にももう不可能だった。
(まぁ、そろそろ邪魔になっていたし、本気で対処しようとは思っていたから、ちょうどいいと言えばちょうどいいか)
マーヤを予想以上の危険にさらしてしまったことには罪悪感や自身への怒りはあったものの、結果的にはマーヤは無傷で、無防備に自身の距離を詰め、他には誰もいない保健室で半裸の自身と向き合っている。
マーヤは冷めているようで、かなり世話焼きだというのを彼はもう知っていた。ルルーシュのように年下の家族がいる雰囲気を持っている。まだ家族などに関して詳しくは聞いたことがないが、いるのかもしれない。
(まだだ。まだ足りてない)
彼女から話してくれるほどの関係ではない、ということだ。
(君がいないとダメなんだと思ってもらわないと。姉のようでも構わない。もっと、もっと近づいて……そして)
【僕がいないとダメなようになってもらう】
真剣な顔で治療を施しているマーヤを見下ろし、彼はそう笑った。
今まで書いたことのないスザクでした。
スザクってワンコっぽいのと同時になんでかこう……腹黒いイメージも強い。
昔ネタだけ思いついて、ボツったやつを頑張って書いてみました。
マーヤちゃんが思う通りに手に入らなかったら、闇落ちしそうですね、このスザク(笑)。