復活後、すべて終わったあとでの会話。悲恋。
ロスストの復活篇が来る前に書いた捏造話なので原作とは違うことをご了承ください。
「行ってしまうんだね」
夜。
無事に戦いが終わり、皆が各自の生存を悦び称え合う宴が静まった頃。
ひっそりと気配なく去ろうとしていた人影に声をかけた。
「マーヤ」
名を呼ぶと、人影――マーヤがこちらを振り返る。ふわり、と揺れる黒髪は闇夜の中にあっても微かな星明りを反射し、暗闇の中でも埋没することがない。
こちらを見返してくる丸く愛らしい青い瞳は、どこまでも穏やかに澄んでいた。以前のような、苛烈なまでの炎はどこにもなくて、勝手に違和感を覚えてしまうけれど……今のこの瞳が、彼女本来のものなのだろう。
「驚いた」
化粧っ気がまるでないのに艶やかに濡れている唇が、そんな言葉を紡ぐ。まるで驚いた様子などなく、彼女はそんなことを口にする。
拳を握りしめた。僕が気付かない、と思ったのだろうか。
皆が宴で騒ぎ、マーヤも合わせて笑う中……その瞳に未練がまるでないことを。
「僕が君の様子に気づかないと思ったの?」
ソレが妙に悔しくて。歯を食いしばりながら言うと、マーヤは今度こそ驚いた顔をして、くすくすと笑った。
「まさか……ふふ、そっちじゃなくて」
「っ、じゃあ」
「追いかけてくると思わなかったの」
彼女の声はどこまでも落ち着いていて、焦る。彼女の瞳はどこまでも穏やかなままで、苦しくなる。
「だって、あなた(ゼロ)にはもう百目木(わたし)は必要ないでしょ?」
唇を噛んだ。
「そうか。君は……その確認のため、来たのか」
納得しつつも否定してほしくて言うと、彼女は「ええ」と微笑んだ。
ゼロレクイエム後、ずっと消息を絶っていたマーヤが突如姿を表したのは、自分たちの危機やルルーシュたちがいたからだと思っていた。そう思いたかった。
「あなたは強い。
けど、強くて優しいからこそ、迷ってしまう。悩んでしまうから……少し心配だったんだけど、安心した。
ゼロはもう、ただの記号じゃない。あなた(ゼロ)を支えてくれる人達がいる。だから、安心したわ」
心から嬉しそうに柔らかく笑うマーヤの姿は初めてで。そして今まで見たことのある彼女の笑顔の中で最も美しい表情をしていた。
(ずるい)
安心なんてして欲しくなかった。
そんな安心の仕方なんてしてほしくないのに、見惚れて何も言えなくなった。ずっと見ていたくなって。そんな笑顔を浮かべてくれるならいいかなんて思ってしまって。このまま永遠に時が止まれば良いと願ってしまって。何よりも――そんなことない、と言えない自分がいるのが悔しかった。
現在の黒の騎士団に、コレ以上の戦力は不要だ。
ジルクスタンでの今回のことで、今の世界の流れに逆らおうとする勢力は……少なくともすぐには現れない。
それに黒の騎士団エースとして有名なカレンはともかく、マーヤの名前は驚くほど知られていない。ゼロの懐刀という呼び名はあくまで仲間内にあるだけ。その活躍は主力部隊を活かすための物が多く、直接戦ったことのある関係者くらいしかその実力を正確には把握していないのだ。
そして今の黒の騎士団は、そんな彼女がいなくても十分に活動できているし、むしろ過剰戦力になってしまうだろう。過剰な強さは、恐怖を生み出す。
「……だよ」
気づくと口が勝手に動いていて、「え?」とマーヤが不思議そうに首を傾げる。ふわふわと揺れるその髪に手を伸ばし、一房を掴み引き寄せる。
「俺(くるるぎすざく)には必要だよ」
マーヤが今どんな表情をしているのか怖くて、口元に引き寄せた髪に目を落とした。ああ、なんと情けないのだろう。
枢木スザクは死人だ。
カレンにはそう言ったのに、先程からマーヤが一度もその名を口にしてくれないことに寂しさを覚えていた。
(作戦中は何度も呼んでくれたのに)
スザクとマーヤの口から呼ばれるたびに、心が震えていた。枢木スザクであることを認めてはいけないのに、もっと呼んでほしくて仕方なかった。捨てたはずの枢木スザクとしての心が、どうしようもないほどに彼女を求めているのを、自覚してしまった。
「俺は、君に側にいて欲しい。君に、マー」
名前を塞がれた。――温かく柔らかいものによって。
「っ! ぁ」
一瞬の出来事だった。
なのにとても長く感じた。目の前にある整った顔をただ見つめてしまった。整った眉。空を向いている長いまつげ。優しげな光をたたえる青の瞳。
吐息が顔にかかる。甘い、香りに酔う。
「スザク」
金縛りにあったかのように体が動かなかった。彼女が、笑う。
もう名前すら呼ばせてくれない彼女が、美しく、笑う。
「さようなら」
まったく知らない人物のような笑顔を最後に、彼女は僕の前から姿を消した。
物語を取り戻し、復讐を果たした彼女はそうして姿を消した。