0.或る探究者の半生
或る日、特能総研の者達は夢を見た。或る探究者の半生と思しき夢であった。
『貴様は……何故こんなことができる!こんな死体の山を作って、何がしたいというのだ!』
「死体の山?違うな。これは失敗の山だ。彼らには感謝している。また未知が解明されたのだから」
『罪のない市民の胸や腹を切り開いたのも、血を抜いたのも、未知を解明するためか!?』
「その通りだ」
ある時、彼の者は死体の山を作り上げた。血とは何かを知るために。……その結果、人類は血について完全に理解したが、その代償として子供、伴侶、親、友人を亡くした者が溢れかえった。
『雷神も風神もこの世にはいない、だと!?不信心者め!恥を知れ!』
「恥を知るのは貴様らだ。目の前の事実を否定し、つまらん幻想に逃げるとは。やはり宗教家など、滅ぶべきだ」
『貴様……!今の言葉を訂正しろ!神を否定するか!』
「神などいない。全て貴様らの妄想だ」
ある時、彼の者は村落住民の拠り所となっていた神話が、実は絵空事であることを堂々とばらした。彼にとって裏付けのない信仰など妄想に等しいからだ。……厳しい環境を生き延びるための信仰を失ったその村は、程無くして滅んだ。
「……やはり、神の加護というものはないらしいな」
『ぎゃあああぁぁ!?』『助けてくれぇ!』『熱い、熱いぃ!?』
ある時、彼の者は聖堂に放火した。神の加護の実在を確かめるために。……見事な聖堂は灰と瓦礫の山となり、後には大量の黒いヒトガタが残された。
『考え直せ!こんなものを公開すれば、国が、世界がどうなるか分からんのか!?』
「知ったことではない……!これほどの知恵を死蔵するのは知識への冒涜だ!」
『これは現世への冒涜だ!邪悪を極めた者のみが神になれるだなどと……!』
「この知識を生かせぬ世界なら滅べばいいだけの話だ!邪魔をするな!」
ある時、彼の者は余りの邪悪故に地の底に沈んだ魔導士の冒涜的な知識を世界に、一般大衆に広めんとした。知識は広めなければならないからだ。……彼の者が意図したようには広がりはしなかったその知識はしかし、非道と残虐に力を与え、良心と慈悲を衰弱させた。
これほどの無法を働いた彼の者の動機はただ一つ。この世界の未知を解明し、神秘を暴き立て、この世を既知と平凡で覆い尽くすことであった。平たく言えば、世界の謎全てを解明することが彼の者の唯一の望みであった。
彼の者の人生の転機は”バベルの塔”計画だろう。世界のあらゆる知識書物を集積し、そしてこれからも集積し続ける、天にも届く塔、通称”バベルの塔”を作ろうというこの計画において、彼の者の研究を記した書物も集められた。そしてまた、彼の者自身も”バベルの塔”の完成を楽しみにしていた。
偉大なる知の集積、”バベルの塔”の建築は着々と進んでいた。だが……。
『これは神の怒りである!我々人間が天に届く塔を作ろうなどと言うことは思い上がりだったのだ!』
『人間の知識など神の前では塵芥などにすぎん!信じる者以外は救われない!』
『”バベルの塔”は取り壊せ!書物は焼き払うのだ!』
『この計画の提唱者、賛同者、協力者は全て神の敵である!処罰することで神の怒りを宥めるのだ!』
落雷で建築従事者が亡くなったのを皮切りに、”バベルの塔”計画を疎んでいた聖職者達が声高に”バベルの塔”計画の中止を唱え始めたのだ。凡愚に過ぎなかった王は言われるがままにバベルの塔を取り壊し、関係者を処罰した。
多くの知識人や哲学者、探究者達が処罰、あるいは処刑された。そして以前から探究のためには手段を選ばず、加えて神を軽視する発言を常日頃から重ねていた彼の者への処罰は苛烈であった。片腕片足を切り落とされ、体の半分の皮膚を剥がれ、路頭に放り出されたのだ。
彼の者は恨んだ。権謀術数と妄想の垂れ流し以外に能の無い聖職者が蔓延るのを。探究をないがしろにし、裏付けのない妄想を信じる者らを。知識の発見を妨げ、またそれをなかったことにしようとする者達を。
彼の者は己の憎悪のおもむくままに、探究の過程で得た、悪魔的智慧を行使した。すなわち、後年ホス卿とその協力者が洗練させ、彼の者とその他の外道を旧支配者に変じさせることとなった智慧を。
路頭に横たわる彼の者を嬲り物にしていた民衆は、たちまちのうちにアミノ酸と炭水化物と脂とミネラルと水の塊となり、
全てが終わった後、彼の者は歴史の狭間に消えた。と思われていた。
――深夜の学園都市――
ホス卿らの企みによって旧支配者と化した彼の者は、現在ここにいる。彼は木原乱数の眠るソファを蹴飛ばすと、いつも変わらぬ傲岸な口調で叩き起こす。
「おい、起きろ」
「は?誰だよ……って、ええ!?あんた、死にかけてるんじゃなかったのか!?」
「そんなことはどうでもいい。上条当麻を殺すチャンスだ。ざっと見た限り、
旧支配者の一人、恐るべき探究者。事故により”異世界”から”この世界”に流れ着いた者。あるいは魔術師の転換点を増やさんとした末に記憶を失い、彷徨する羽目になった者。ドロームの企みに同調し、暗躍する過程で一服盛られた科学者。
すなわち『6人組』の一人、ザゾグ・ザンリックは全ての記憶を取り戻し、目覚めたのだ。
ザゾグって旧支配者が実際にクトゥルフ神話にいるんですよ。マイナーですが。