――ダイヤノイド最下層――
ここは、ダイヤノイド最下層。巷で吹聴される「ダイヤノイドの秘密」の正体である、ダイヤノイド全体を10cmほど浮かしている重力制御装置が存在する場所。そんな、通常立入禁止の場所にミスマッチな二人組が重力制御装置を臨む高架にいた。
「……あんた、何者なんだ」
モーションキャプチャースーツめいたスーツを纏う男、木原乱数は傍らに立つ緑のトレンチコートに身を包む存在、ザゾグに戦慄交じりに問いかける。このダイヤノイドはほぼすべてがカーボン系の素材で出来ており、チャチな鉄筋コンクリートのビルとはわけが違う。解体用の鉄球をぶつけても傷一つつかないだろう。
だというのに、眼前の男はまるで飴細工でも相手にしているかのようにダイヤノイドの壁面に穴をあけ、何ならここまでつながるトンネルまで作り上げ、易々と侵入を果たしたのだ。無法と言わざるを得ない力の一端を垣間見たことを思い出し、身震いする乱数。一方ザゾグは淡々と答える。
「……私はずっと、微睡みの中にいた。記憶喪失という名の微睡みの中にな」
「記憶喪失?」
「その通り。……私はドロームと”同郷”だ。事故で”この世界”に流れ着き、様々あって記憶喪失になったがな」
乱数は衝撃的な告白に内心驚きはしたが、腑に落ちるものも感じていた。時折ザゾグが発する異様な気配、この世ならざる気迫は、恐るべきドロームと同じ世界の存在であれば一応の納得がいく。ザゾグの発する言葉を咀嚼する乱数をよそに、ザゾグは語り続ける。
「私の持つ力は炭素を操る力。即ち、生命の根源を司る力だ」
「はぁ。それでダイヤノイドを粘土細工みたいに出来たんですな。……そんなすげぇ力持ってて、どうして記憶喪失になんかなったんです?」
乱数の素朴な発言に、顔を歪めるザゾグ。長いため息をつき、何かを押し殺すかのように話し始める。
「……学園都市統括理事長、アレイスター=クロウリー。奴は魔術師だ」
「はぁ!?この学園都市を作った奴が魔術師!?魔術師が何で、魔術と対立する科学の総本山の主になったんです!?」
乱数の驚愕と共に、ザゾグの声の調子も上がっていく。隠そうとしていた極大の憎悪が露になり始める……。
「科学と、魔術!その対立構造は、奴の作った絵空事だ!奴は、魔術の発展を止め、科学に不全を起こした!奴が作り上げた、我々探究者にとって害にしかなり得ぬ空想を止めるために、私は奴を殺そうとした!」
そこで乱数は気付く。今ザゾグが発している気配は、バゲージシティで遭遇した謎の声とザゾグが相対した時と同じだと。ザゾグの恨み節はなお続く。怨念がまき散らされる度に、ザゾグの力の余波めいたもので高架の手すりが歪んでいく。
「そこを!あの愚かな音と!燃えカスが邪魔をしたのだ!!……奴等の卑劣な一撃により昏倒した私は、惨めに”この世界”を彷徨する羽目になった。だが、それももう終わりだ」
「で、何を企んでるんです?」
乱数の疑問に、ザゾグの気配が変わる。目玉はどこか遠くを見つめ、背中からはマッドサイエンティストよりなお悍ましい気配を滲ませ始める。
「当然、わが友木原幻生の宿願を
「それが、こんな所に来るのと何が繋がってるんです?」
内心の怖気を隠しながら問う乱数。意気揚々と殺しへの意気込みを語り出すかと思いきや、ザゾグの表情が憎悪と感嘆と好奇心が入り交じった奇妙なものになる。ポン、と乱数の肩に手を置きながら、ザゾグは静かに話し出した。
「……私の力と同種の力を持つ輩が来ている。私の目的はそやつを解析した上で
「……は?俺の?」
……ザゾグの思考回路は、彼の記憶があろうとなかろうと、予測しがたいものであるらしい。