……まだまだ続くので、そこは安心してください。
いつも誤字報告、ありがとうございます。
――バゲージシティ・多々羅会長執務室――
執務室の机を境にして、男と女が向かい合っていた。老齢に達したらしき恰幅の良い男は多々羅道雄。タタラグループの会長にして、反学園都市サイエンスガーディアンの盟主である。その傍には、二人の護衛めいた男、洗とイワノフが控えている。
女の方は木原唯一。木原一族の一人にして、その最重鎮。既製品らしき白衣と、リクルートスーツを着たその姿からは想像しがたいが、衝撃を体内で反射させ血管内に気泡を作り出して殺す暗殺拳の使い手でもある。そして、此度の人質引き渡しのための学園都市側の使者でもあった。
額に青筋を立て、怒りのあまり強く手を握りこんでいる木原唯一とは対照的に、多々羅は鷹揚とした様子でいる。女の怒りの原因は明らかだ。大方、学園都市から離反した協力機関と、それに呼応した大企業
当初、学園都市側はバゲージシティからの人質引き渡しの要請を容赦なく却下し、無慈悲な空爆で人質が取られた事実ごとバゲージシティを灰に変えようとした。だが、『峰岸』の統括理事会6名殺しによる無言の抗議と、タタラの下した恐るべき一手により、こうして交渉の席に着いた。
(たかが極東の小国の一都市に頭を垂れざるを得なくなった欧米の国々や我々グローバル企業の屈辱が分かったか)
多々羅は一切の情け容赦なく女を見下す。空間が歪んでいるかのように錯覚させるほどのアトモスフィアの緊張は、ガタン、と執務室の扉が開く音で中断された。
恐らく睡眠薬が投与されたのであろう少女らしき物は鳥肌を立てることも出来ないほどに、パッケージめいた拘束をされた状態で、荷台に乗せられてやってきた。女がそれを見て、多々羅を睨みながら警告めいた怨み言をぶつける。
「……言っておきますが、私がこの人質受け渡しに赴くことは本来なら有り得ないことですよ。あなた方も大規模な損害を受けたのでしょう?反学園都市などというふざけた世迷い言には何の価値もないどころか、マイナス効果ばかりを膨らませるのだということを理解していただけましたかね?」
木原唯一は、バゲージシティの食糧生産の3割を担うとされる第一食糧工場の消滅を持ち出してせめてもの精神的マウントを取ろうとした。だが……
「はっ」
多々羅は鼻で笑うばかり。木原唯一は、今にも切れそうな堪忍袋の緒を、辛うじて締め直しながら言葉を続ける。
「……何が可笑しい」
「我々は貴様ら学園都市が報復的に差し向けてきた軍勢による損害など負っていない。第一食糧工場が消えうせたのは、胡乱な秘密結社グレムリンの仕業だ。これは実際、我々が確保した『グレムリン』構成員から聞き出した確かな情報だ」
欺瞞!彼は先日の『6人組』定例会で、第一食糧工場付近で起こった一連の騒動は、実際ドロームの知り合い、トルネンブラによって引き起こされたものだと知っている!その罪を一片の躊躇いもなく『グレムリン』に押し付けたのだ!
これには木原唯一も唸らざるを得ない。彼女は学園都市の住人であり、基本的には科学側の人間だ。ゆえに、『魔術』なる胡乱な技術で何がどこまで出来るか仔細を知らぬ。そのため、多々羅の言が虚言か真実かを推し量ることは出来ない……!
(……今回、
今の学園都市には内憂が多すぎる。木原唯一は苛立ちを嚙み殺す。常日頃から戯言をほざく上に殺しの抵抗が薄すぎる統括理事会会員『峰岸』。学園都市の
そして『峰岸』の率いる『鋼龍』、加えて『目覚め待つ宵闇』なる、『峰岸』の引き込んだ胡乱秘密結社と後ろ盾のないザゾグ一人すら始末できず壊滅した『ブロック』残党。さらに、此度は木原乱数を引き込んだ、ザゾグ率いる特殊能力総合研究所。
何よりも腹立だしいのは、即座に殺してやりたいほどに妨害を繰り返す奴らに対して、統括理事会会長アレイスター=クロウリーが手出し無用の命令を出していることだ。彼女の
あからさまに苛立つ木原唯一を見て、多々羅は鼻を鳴らす。そして、
「……第一食糧工場が壊滅した後、その収束に協力してくれた
木原唯一は、それを聞いて怒りをこらえたかのような侮蔑の笑いを浮かべると、意気揚々と話し出す。精々『木原』の恐ろしさを知って恐れおののき、『反学園都市』などというふざけた看板を下ろすがいい。
「……『純粋な科学の一分野を悪用しようと思う時に、その分野に現れる実行者』それが『木原』なんですよ。そして現状、この世界の先端技術の大半は学園都市が握っている。だから『木原』も学園都市に集中する。集中して管理しておける。ですが」
そこで言葉を切る。だが、多々羅も、傍の護衛も、動揺している様子が一切ない。気に入らない。この後に続く言葉も分からないのか、愚か者め。
「学園都市の一極集中が壊れて『科学』が拡散すれば、それに伴って『木原』も世界中で発生することになります。あれは今の所は血族に縛られていますが、別にその条件が無ければならないという訳でもありませんしね。有り体に言えば、あなた達反学園都市サイエンスガーディアンが発展すれば、科学技術と共に『木原』が世界中に溢れ返る。それは学園都市にも制御できなくなる」
木原唯一が絶望的な未来予測を叩き付けられた多々羅は「そうか」とだけ返した。木原唯一は当然、激するより他に無し。机に拳を叩き付け(これですら、今すぐにでも多々羅を殺すのを抑えている)怒りを滲ませた声色で。
「あなた達は『学園都市の横暴を許さない』というお題目で集まったはずでしょう。あなた達は、反学園都市サイエンスガーディアンは、自然発生する『木原』の大群に飲み込まれる世界を構築してでも、その理想を貫く覚悟が、おありですか?……おありなんですかねぇ!」
完全に怒っていることを隠さなくなった木原唯一に対し、今すぐにでも自分を殺せる恐るべき科学的殺人拳の使い手である女科学者に対し、多々羅が返したのはいっそ牧歌的ともいえる答えだった。
「……学園都市にしては、気の利いた善行だな。己の崩壊をもって、世界の科学者の質の不均衡を是正するとは」
「何が可笑しいっ!!」
含み笑いを始めた多々羅を怒鳴りつける木原唯一。暖簾に腕押し、糠に釘といった多々羅の様子に怒りが抑えきれなくなったようだ。だが、多々羅の対応は冷淡だった。
「さっさとそのパッケージ少女を連れて、ここから去れ。……今度はつまらない脅しやマウントをしてこない使者が来る事を期待している」
木原唯一は怒りのあまり顔を紅潮させながら椅子を蹴倒して、パッケージめいた有様と化した少女、木原円周を回収すると足早にバゲージシティから立ち去った……。
原作での不気味さが嘘のようなキレッぷりですが、内憂外患でストレスが溜まっていたということで、ここはひとつ、ご容赦いただけないでしょうか。