Fate/colors   作:欠落幻想絵巻 浪浜

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第一話 紅のアサシン

 目の前で傅く少女はアサシンと名乗った。

 

 その言葉に嘘偽りはない。カルデアで数多のサーヴァントと接してきた藤丸は、彼女が暗殺者(アサシン)のクラスに該当することを感覚で理解した。サーヴァントの能力値を把握するマスターの基礎技能がそうさせるのかもしれない。

 

 アサシンの容姿に見覚えはない。

 特徴的なのは肩で切り揃えられた真紅の髪。

 砂漠の民を思わせる衣装から覗いた手首には枷が嵌められており、伸びた鎖を引き摺っている。

 王や騎士といった出立ちからは程遠い、本来であれば戦士として戦う必要のない者……しかし命の奪い合いを経験した者の雰囲気を有している。

 

「ご主人様?」

 

「えっと、オレは藤丸立香。君を召喚したマスターです。よろしく」

 

「契約はここに結ばれました。この命尽きるまであなた様をお守りいたします。差し当たって、ご主人様の安全を確保するのが先決と愚考します」

 

 アサシンの視線は戦闘中の二騎に移る。

 襤褸を翻して鏃に似た刃を投擲する若い男。

 カトラスとピストルでそれに対抗するライダー。

 

 アサシンの召喚に舌打ちをしたのは襲撃者たる男の方だった。仮面に隠れた表情は窺えないが、苛立ち気味に刃をばら撒いて牽制、ライダーから距離を取る。

 

「形勢逆転だ。よし、協力してこいつを撃退しよう。なんならここで倒してしまっても構わんでしょう。そうは思いませんかな? あー、そちらの可愛らしいお嬢さん」

 

「近づかないでください。不快です」

 

「んんんー?」

 

 アサシンは汚物を見るような目でライダーを拒絶した。

 

「ご主人様。ここは危険です。彼らは放っておいて、私たちは撤退しましょう」

 

「待て待て話が違う。アサシンのマスター、わしはお前さんを助けてやったんだ。それも一度じゃない。そして共闘の誘いに応じただろう。お前さんは約束を違えるような男じゃない。わしは信じているぞ?」

 

 縋り付かんばかりの悲壮さを醸し出すライダーに、藤丸の足が止まった。アサシンに引かれた手に力を入れる。

 たったそれだけの雄弁とは言えない動作ではあったが、アサシンは無理に藤丸を連れ去ることはしなかった。

 

「ごめん。ライダーには二回も助けられたし、とりあえず協力するって約束したから」

 

「仰せのままに。ご主人様がそうお決めになられたのであれば従います……嘘ではないようですし」

 

 納得がいかない様子のアサシンだったが、それでも藤丸を庇うように身を滑らせる。

 飛来する刃を素手で叩き落とし、あるいは枷を使って弾き、ひとつとして背後に通さない。

 

「粗野な振る舞いは控えているのですが」

 

 舗装された地面をアサシンは華奢な足で踏み砕き、最も大きな瓦礫を蹴り上げる。

 直後、数百を超える刃が瓦礫に突き刺さった。盾になった瓦礫は四散するが、その前にアサシンは藤丸を連れて回避している。アサシンが即席の障害物を作っていなければまとめて蜂の巣になっていたかもしれない。

 

 さりげない位置取りは、襲撃者に限らず、ライダーの攻撃からも藤丸を守る絶妙な調整だ。

 

「仮面の方。どこのどなたかは存じ上げませんが、ご主人様に害なすのであれば容赦はいたしません。とはいえ、私は召喚されたばかりです。ご主人様もお疲れのご様子。どうか今晩はお帰りいただけないでしょうか」

 

「それは、本気で言っているのか?」

 

 襲撃者は耳を疑い、アサシンの発言が挑発行為でない本音だと理解すると、小刻みに背中を震わせる。

 

「フ。ふふ、はははっ、アハハハハハハハハハハハッ! ――図に乗るなよ、只人が」

 

 彼は仮面に手をかけ、激情に任せて叩き割った。

 彫りの深い端正な美貌を憤怒に歪めて、襤褸から取り出したのは球状の金属塊。

 

「宝具……!」

 

 急激な魔力の高まりにアサシンは藤丸を抱えて全力で離脱を試みた。ライダーはそんな二人を遮蔽物にできないかと思案するが、アサシンの驚異的な速度に追い縋ることができず、やむなく別方向に進路を取る。

 

「皆殺しだ。このペルセウスの前に果てるがいい」

 

 襲撃者は逃げる二騎に狙いを定め、

 

 

 

 

 

『令呪を以て命ず。戦闘を止めて帰還しろ、ランサー』

 

「ッ!! ……くそ、覚えておけ」

 

 襲撃者……ランサーの魔力が収束していく。

 令呪の強制力に逆らうことはできず、霊体化したランサーは夜の闇に消え去った。

 

「助かった……?」

 

「そのようですね。ご無事で何よりです、ご主人様」

 

 緊張が途切れた途端、疲労の波が藤丸を襲う。

 ランサーの威圧感は歴戦の英雄と比べて遜色ない。

 無事に生き延びれたのは幸運だったのだろう。

 

「ランサーと正面から戦うとは、流石ですなアサシンのお嬢さん。これなら舵を預けられるというもんです」

 

「露骨な世辞は逆効果ですよ」

 

「ハッハッハ! まったく手厳しい! お嬢さんのような方を女傑と表現するのかもしれませんなあ!」

 

「その気取った口調もやめてください。そもそも、今はあなたに構う暇はないのです」

 

 ライダーをすげなくあしらうと、アサシンは藤丸を再び抱えた。いわゆるお姫様抱っこである。

 

「お疲れでしょう。すぐに休息を取れる場所にご案内いたします。お話はその後でよろしいでしょうか」

 

「あの、アサシンさん。これはちょっと」

 

「お気に召しませんか? ですが当世の作法だと聖杯からの知識に……もしやご主人様。抱っこではなく、おんぶ派でしたか? であれば大変ご無礼を」

 

「イエ、ダイジョウブデス」

 

 自分より小柄な少女に軽々と持ち上げられている状況に藤丸の自尊心は僅かばかり削れたが、過去に数えきれないほどお姫様抱っこをされていることを思い出し、今更かと達観する藤丸なのであった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 市街地に移動したアサシンは、まず今後の活動拠点を見繕うことから手をつけた。

 藤丸がこの特異点に住居や金銭を持っておらず、聖杯戦争中に寝泊まりできる安全な居場所の確保が最優先事項となったからだ。

 

 超高級ホテルのスイートルームを借りたのはアサシンの強い要望だ。藤丸は普通の一室で十分だったのだが、『主人に生半可な居室を用意するのは矜持が許さない』という理由でゴリ押しされた。

 藤丸は夜が明けるまで休息を取り、英気を養った。

 

 そして翌朝。

 

「おはようございます。ご主人様」

 

 眠りから覚めた藤丸が見たものは、ホテルマンの制服を着たアサシンと、湯気を立てる日本の朝ご飯だった。起床時間を見計らったのか出来立てほやほやである。

 

「朝食のご用意ができております。お着替えはそちらに」

 

 ご飯と味噌汁、焼き魚、卵焼きに納豆と海苔。

 加えておひたしの小鉢で栄養バランスを補っている。

 礼装はシワを伸ばして畳まれており新品同然だ。

 

「オレのアサシンが有能執事な件について」

 

「恐れ入ります」

 

 藤丸は脳裏にカルデアの料理番を思い浮かべる。

 もしかすると、赤系統のサーヴァントは家事に長けている法則があるのかもしれない。

 

 だが、藤丸がアサシンの料理を口にするのは次の機会になりそうだ。

 我が物顔で食事を味わうライダーの腹に、一皿、また一皿と吸い込まれていくからである。

 

「悪くないが、少しぼやけた味だな」

 

「あなたに用意したわけではないのですが」

 

「すまんすまん。興味が湧いてしまった。それと、出汁の比率は多めにした方がいいぞ」

 

「文句があるなら食べないでください。……こんなこともあろうかと、一食分多めに用意して正解でした」

 

「わあーありがとう! いただきます!」

 

 赤い外套の弓兵(オカン)の料理で肥えた舌も満足の朝食を頬張りながら、藤丸は話を切り出す。

 

「昨日はどこまで話したっけ?」

 

「ご主人様の立場を一通り。主にカルデアという組織についてお聞きしました。併せて特異点に関する内容を。ですから、今日はこの地で開かれた聖杯戦争についてご説明しましょう」

 

「ちなみに情報を提供したのはわしだ」

 

 アサシンは無視を決め込んだ。

 どうもこの二人は相性が悪いらしい。

 

「ここ浪浜の亜種聖杯戦争は、ご主人様が知る聖杯戦争と大きな相違点はありません。七騎の英霊と七人のマスターが聖杯を巡って競い合います。ですので基本的なルールについての説明は割愛いたしますね」

 

 アサシンは備え付けのメモにペンを走らせる。

 

「昨日までに召喚が確認されているサーヴァントは六騎。ここに私、アサシンを加えて、七つのクラスが揃ったことになります」

 

「聖杯戦争はこれからということだね」

 

「仰る通りです。ご主人様の目的は特異点の解決、事態の原因たる聖杯を回収する必要があるのですよね? つまりご主人様は聖杯戦争を勝ち抜かねばなりません」

 

「オレ『は』?」

 

 アサシンの言葉に藤丸は首を傾げた。

 彼女の口ぶりは、まるで聖杯に何の興味関心も抱いていないように聞こえるからだ。

 どんな願いも叶える万能の願望器、聖杯。

 聖杯戦争では、それを求めるサーヴァントが召喚に応じるものだと聞いている。

 カルデアは特殊なため忘れそうになるが、本来サーヴァントとは聖杯戦争という儀式に惹かれるもの。叶えたい願いがなければ、召喚に応じることはない。

 

「アサシンは叶えたい願いとかないの?」

 

「ございません。ご主人様の願いが私の願いです」

 

 断言したアサシンの目に迷いはない。

 我欲を持たず、ただ忠義に尽くす。彼女のスタンスは藤丸にとって都合がいい。聖杯を回収したら特異点はいずれ消滅する。例えばアサシンの望みが受肉だった場合、その時点で決裂する可能性があったわけで。

 

「欲がないこった」

 

「私個人について、あなたに口を挟まれる筋合いはありませんよライダー」

 

「いんや、褒めてるつもりなんですぜ? しかし他の連中はそうもいかん。躍起になって他の参加者を殺しにかかるはずだ。だから、わしとお前さんたちで手を組もうというわけさ。一対二なら有利に戦えるからな。最後の二騎になったら……どちらが勝っても恨みっこなしの勝負よ。もちろん異論はないだろう?」

 

「うん。それまでよろしく。でもライダー。あなたのマスターにこのことを伝えた方がいいんじゃ」

 

「昨夜は一晩中、このホテルから離れませんでしたね。マスターの元に戻らなくていいのですか?」

 

「あー、気にするな。わしのマスターは誰にも見つからんところで怯えて震えとる。万一襲われたら令呪で呼び戻すくらいの知恵はあるだろう」

 

「そちらのマスターには期待するなと」

 

「ちなみに、わしは陸地だと宝具が使えない。機動力や火力は期待してくれるな」

 

「それでも騎兵(ライダー)ですか?」

 

「あーうん。薄々分かってた。いるよねそういうタイプ」

 

 ライダーの装備と言動から容易に察せられることだ。

 真名は不明だが、彼は船乗りのサーヴァント。

 騎馬や戦車を乗りこなすのではなく、海上で船を操ることに長けているのだろう。

 港湾都市という立地なら活躍の場もあるはずだ。

 

「そういうお嬢さんは何ができる? 家事の腕前は存分に見せてもらったが」

 

「敵に手の内は明かしません」

 

「わし相手にはそれでも構わんがな。マスターには教えないと支障がでると思うぞ」

 

「…………」

 

「嫌なら無理しなくていいよ?」

 

 無理強いは藤丸の望むところではない。

 アサシンの能力値と戦い方は確認している。

 これまでに何度、真名を明かさないサーヴァントの力を借りたことか。

 逆に、魔術の素人で暗示の耐性もない藤丸がアサシンの情報を抱えるのはリスクになり得る。

 

 アサシンは逡巡して、小さくため息を吐いた。

 隠し事をする後ろめたさとリスクを天秤にかけた結果、前者が打ち勝ったようだ。

 

「いえ……そうですね。私はご覧の通り、召使の身の上でございます。主人を守ることが生き甲斐であり務め。非力な小娘に過ぎませんので、こちらから打って出るような戦いはどうしても不慣れです」

 

(非力……)

 

(あれで?)

 

 公園の地面を素足で砕いた光景を思い出した二人だがあえて突っ込みはしなかった。口は災いの元という。不用意な発言は己の首を絞めるだけである。

 沈黙をどのように解釈したか、アサシンは藤丸の足元に跪いて深々と頭を下げた。

 

「真名を語らぬ不心得。なにとぞお許しください」

 

「ううん、気にしないで。オレもほら、マスターとしてはへっぽこもいいところだし。礼装がないと魔術もろくに使えないし……」

 

 アサシンが一層いたたまれない表情を浮かべるので、藤丸は途中で言葉を切る。内心を押し殺して無表情を保とうとしているのが分かりやすい。彼女にこの手の気遣いは逆効果のようだ、と藤丸は認識を改める。

 

 気まずい空気の中、ライダーがパンと手を叩いた。

 

「やめだ、やめ。その辺でいいだろう。とにかく! わしらは正面からやり合うには向いとらん。しばらくは様子見しかあるまい。もう一騎、三騎士……セイバーあたりを味方に引き込めるといいんだが」

 

「そうだね。ライダー、他のサーヴァントのことは何か知ってる? ほら、昨日のランサーとか」

 

 この特異点で藤丸が遭遇したサーヴァントは三騎。

 ライダー、アサシン、そしてランサーだ。

 前者二人はこの場にいるので言うに及ばず。

 

「ペルセウス……そう名乗っていたけど」

 

 藤丸も名前を知っている大英雄。

 メドゥーサを討伐した怪物殺し。ペガサスに乗り、神々から与えられた武具を駆使する授かりの英雄。

 ギリシャ神話においてはヘラクレスやアキレウスと並び立つビッグネームだ。

 実際にランサーから放たれる威圧感は彼らに匹敵……すると言い切れないのは言動が小物臭いからか。

 

「別人だろう」

 

「嘘ですね」

 

「やっぱり?」

 

 二人も藤丸と同じ感想を抱いたようである。

 

「ランサーのくせにアサシンを名乗っていたしな。情報戦のつもりとしても、すぐにバレる嘘で旨みが少ない。あまり頭が回るタイプではなさそうだ」

 

「虚栄心が強いのでしょう。心配なのは、ランサーがご主人様を標的にしていないかです。昨夜は相手方のマスターの横槍が入りましたが……目をつけられていてもおかしくありません」

 

「戦いは避けられないか」

 

 判明しているのは飛行能力と高い敏捷性。アサシン顔負けの不意打ちと中距離戦闘を仕掛けること。

 マスター狙いの暗殺には注意が必要だろう。

 

「他に偵察できたのはアーチャーだ。正直なところ手に負えん。あれは神霊に近い。一騎で完成された強さだから、わしらと手を組むメリットがない」

 

 ライダーはアサシンのメモに横から追記する。

 手書きのそれは浪浜の地図だった。

 藤丸たちが泊まるホテルに暗殺者と騎兵のマーク。ホテル周辺の市街地から少し離れた、閑静な住宅街の一点に弓兵のマークをつける。

 

「幸い、やつは拠点に陣取ったまま動いていない。こちらから手を出さなければ今のところ無視できる」

 

「居所が掴めなくて可能性があるのはセイバー、キャスター、バーサーカー。協力するとしたら……」

 

「バーサーカーはいけません。共闘どころか、ご主人様の安全が危ぶまれます」

 

「お嬢さんの意見を聞くと、セイバーかキャスターと接触するのが当面の目標になる。どうかね」

 

 最優と呼ばれるセイバーのクラスは戦力バランスを考慮すると申し分ない。キャスターは陣地を固めて守りに入る傾向が強いため、接触自体も困難と予測される。

 ライダーの提案に異論はなかった。

 

「分かった。しばらくは街を歩いて情報収集、セイバーを見つけたら共闘を持ちかける。これでいこう」

 

「他の陣営に襲われた場合はいかがなさいますか」

 

「戦って、無理そうなら逃げよう。アサシンの足ならオレを抱えて離脱できる。戦闘に釣られてサーヴァントが集まるかもしれない」

 

「かしこまりました。では早速、外出の支度に取り掛かります。ご主人様のお召し物をご用意しませんと」

 

 方針が決まり、行動に移ろうとするところで、アサシンは今日一番の張り切りを見せる。

 

「オレは礼装があるから」

 

「いいえ、こればかりはいけません。たしかにその衣服は優れておりますが、当世では悪目立ちしてしまいます。偽装用のアバター、見た目装備というものをご用意いたしますので少々お待ちください」

 

 結局、あれでもないこれでもないとアサシンは楽しそうに悩み、ファッションショーの様相を成し始めた頃合いでライダーが一足先に逃走。藤丸が探索に出られたのは日が傾き出してからだった。




■藤丸立香
カルデアのマスター。

■アサシン
真紅の髪の少女。
カルデアの話を聞き、「ただのアサシンでは区別がつかないでしょう」と、自ら『(くれない)のアサシン』を名乗った。
【ステータス】
筋力:E++
耐久:E++
敏捷:C++
魔力:E
幸運:B
宝具:C
【保有スキル】
気配遮断:D
単独行動:C
偽装:D
心眼(偽):C
貧者の見識:B

■ライダー
背の高い中年の船乗り。
アサシンに便乗して(面白半分に)『白銀のライダー』と名乗る。
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