Fate/colors   作:欠落幻想絵巻 浪浜

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なんでもありを許せる人向け(作者は型月にわか)


第二話 召喚

 時計の針は、藤丸立香がアサシンを召喚した夜から丸五日程遡る。

 

 繁華街の南東、喧騒から離れた一等地。豊かな緑が残る閑静な高級住宅地のなかでも異質な古い洋館には魔女が住むという都市伝説がまことしやかに囁かれていた。

 錆びついた門の閂が一人でに開くのを見た、年季の入った外壁を覆う蔦が蠢いて枝葉を伸ばしてきた等々……どれも現実味に欠ける噂話に留まり、大半は人々の興味関心と想像力で練り上げられた幻想だ。そこにたったひとつの真実を内包していると知るのは当事者のみ。

 

 自室でくつろぐ館の主人、浪浜一帯の管理統括を担う魔術師の血筋『金城』の当主にして此度聖杯戦争のマスターに選ばれたのは齢十六のうら若き乙女だった。

 

 彼女の名を、金城サラ。

 包帯で顔の大半を隠した少女である。

 

 浪浜の繁栄の歴史には、常に金城の影があった。

 始まりは江戸時代。元は一商人に過ぎなかった当時の金城家当主は、外つ国より伝来せし魔術と血統を取り入れたことで一躍時の人となった。

 歴史を重ねた正当な魔術師からすれば、魔術を私利私欲で行使する金城家は異端であろう。百年の歳月を経て、今や根源への到達を目指す真っ当な魔術師として振る舞っているものの、時計塔に属する旧態然な名家の連中にとっては成り上がり者の猿真似でしかない。

 

 それでいいとサラは思う。

 嘲りや蔑み、憐憫や嫌悪に何の価値があろう?

 大事なのは己自身がどう在るか。何を思い、何を目指し、何を為すか。周囲に目を向ける余裕があるなら、その時間で真理の探究に励めばいい。利権に目が眩み、現世の権力闘争にうつつを抜かしているから、いつまで経っても根源に到達できないのだ──……。

 

 あてもない思考は、控えめなノックでかき消される。

 

「姉さん、僕だよ。入っていい?」

 

「ええ。どうぞ」

 

 遠慮がちに入室したのは血を分けた双子の弟、金城ユーリだった。気弱で情けない、泣き虫で愚かな弟。少しは自分でものを考えることを学べばいいのだが。今だってうじうじと躊躇うばかりで用件のよの字も口にしない。

 

「ユーリ。私の時間を取らせないで」

 

「ぁ、えっと……その。あのさ、一応確認なんだけど。姉さん、本当に聖杯戦争に参加するの?」

 

「当たり前でしょう。何のために、冬木の聖杯を解析したと思っているの?」

 

 遠坂、マキリ、アインツベルンの御三家が構築した聖杯戦争という儀式。今や亜種聖杯戦争なる劣化版が世俗にばら撒かれて久しいが、いずれも大元と比較して不完全で、殺し合いの末に降臨した聖杯も願望器としての性質を満たさないものだという。

 

 故に金城サラは下げたくもない頭を下げて、時計塔に貸しを作ってまで、冬木の大聖杯の構造と真髄を調査したのである。

 それでも再現は困難を極めたが結果はどうだ。現にサラの手には令呪が宿り、あとは用意した聖遺物を触媒にサーヴァントを召喚するだけ。

 

「聖杯戦争に勝利して、私は根源に至る。理屈ばかりの老獪に拘うのもおしまいね」

 

「でも……」

 

「ユーリ。頼んでいた触媒は?」

 

「えっ? あ、うん。届いてたよ」

 

 シャツの裾を握りしめるユーリの様子には気づかず、サラは上機嫌で立ち上がった。

 

「そう。なら私はサーヴァントを召喚するわ。貴方は外で時間でも潰してきて。集中の邪魔になるから」

 

「……わかった」

 

 それっきりサラはユーリへの興味を失い、支度を整える。そのため、弟が何を言い淀んでいたか悟るのは少しばかりだが致命的な、聖杯戦争が始まる直前の事だった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「どうしよう……? 結局、姉さんには言えなかった」

 

 洋館を背に、ユーリは項垂れたまま坂を降りる。

 

 脱力した手には──三画の令呪。

 

「なんでだよぉ……どうして、僕がマスターなんか」

 

 生まれた時から姉と比べられてきた。

 優秀な姉。不出来な弟。

 双子であるのに、いや双子であるからこそ姉弟の差異は悪目立ちした。

 同じ腹から生まれて、何故こうも違うのか。心ない陰口にいつもユーリは傷ついて泣いていた。

 比較され、否定され、蔑まれる。そんな環境に身を置き続けて自信が持てるはずがない。

 

 聖杯戦争は七つの陣営による殺し合いだ。

 仮にユーリが己に自信を持っていて、姉との関係が良好であったなら、共闘の道も開けただろう。

 だが、そうはならなかった。足手纏いになるくらいなら真っ先に仕留める。姉の考えそうなことだ。魔術師たらんとするサラは身内だろうと容赦はしない。

 死にたくない。ただ、それだけの感情に突き動かされて……ユーリは致命的な過ちを犯した。

 

「触媒、盗ってきちゃったよぉ……」

 

 姉が時計塔の伝手を頼って確保した聖遺物、それはかの騎士王に所以する円卓の欠片。

 円卓の騎士のなかから、召喚者と最も相性のいいサーヴァントを召喚することができる最上級の触媒だ。

 

 これを使えばユーリは強力なサーヴァントを味方につけることができる。姉と肩を並べることだって、

 

「いや無理ムリむり! 姉さんは間違いなく怒る。それで僕を殺してサーヴァントの契約を奪おうとするに違いない……どうしよう、あぁどうしよう……!?」

 

 悩みを吹き飛ばしたくて頭を振る。空っぽの頭脳を回しても、からころと脳味噌が回るだけで無意味だ。触媒を手に取った時点で戻しておけばよかった。持ち出さなければ、姉と会話したタイミングで打ち明けていれば、半殺して済んだかも。

 

「うん……うん。今からでも戻って謝ろう。それで聖杯戦争もリタイアするんだ。そうしたら姉さんだって、きっと……たぶん、おそらく命までは取らないはず」

 

 考え事をしながら繁華街を歩いていたユーリは、ふと、ポケットが軽くなっていることに気づいた。

 

 中に手を入れる。ない。

 

 隅から隅までまさぐる。ない。

 

 慌てて周囲を見渡す。落ちてないし見当たらない。

 

「嘘でしょぉ……?」

 

 貴重な聖遺物を紛失し、救いの道が閉ざされたユーリは途方に暮れるのだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「あれ、何これ。変な……石?」

 

「どしたのアーちゃん」

 

「んーんー。なんでもなーい。……なんかアンティークみたいだし落とし物かも。交番に届けようっと」

 

 

 

 ◆

 

 

 

「────?」

 

 魔法陣を刻み終えたサラは触媒となる聖遺物の箱の封を開けて、絶句した。

 彼女の優秀な頭脳はすぐさま正解を導き出すも、遅きに失すると理解したので絶叫するまでには至らない。

 

「……いえ、落ち着きなさい」

 

 湧き上がる怒りは召喚の妨げになる。

 コンディションと魔力の波長はこの日、この時間帯が最高潮に高まっている。機を逃すわけにはいかない。取れる伝手を使い切った彼女では、新しい触媒を今から探しても聖杯戦争に間に合わない。

 

 故に──

 

「────告げる」

 

 ──金城サラは一か八かの賭けに出た。

 

 触媒を使用しない召喚。どのような英霊が現れるか不明でリスクが高いが、それでもやるしかなかった。

 魔力が全身を駆け巡る。目の前の魔法陣に吸い取られている。僅かばかりの金城の魔術刻印は蠢動し、担い手の意思に応えるが如く励起する。

 

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 同時刻。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 

 金城ユーリは人払いの結界を張り、召喚の儀式を進めていた。

 

(姉さんはもう気づく頃だ。サーヴァントを呼んだら僕を探し出して殺すに違いない! だから……できるだけ強いサーヴァントを呼ばないと……!)

 

 本来……そう、正史では。

 彼が召喚するのはライダーのサーヴァントである。

 亜種聖杯戦争の記録をまとめた資料にも、金城ユーリが従えたサーヴァントの情報が記されている。

 

 ()()()()()()()()

 

 些細な掛け違いが……変化をもたらす。

 

「されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 同時刻。

 

「なに……何なのこいつ……!?」

 

 繁華街の路地裏で、異形の使い魔を前にして、少女は怯えていた。

 

 彼女は平凡な人間だ。

 世界の裏側のことなど知りもしない、地元ではそれなりの進学校に通う女子高校生だ。

 

 ただ、落とし物を拾っただけ。

 ささやかでありふれた親切心が少女を殺す。

 

 まもなく聖杯戦争が開催されるという絶好の機会だ。当然マスターの座を狙い浪浜を訪れた魔術師、魔術使いはそこかしこに潜伏している。

 貴重な聖遺物を、その価値すら知らず交番に届けようとする一般人の善人は襲われて当然だった。

 

「やだ……来るなっ、こないで!」

 

 少女は知らない。

 握りしめた円卓の欠片が、命を狙われる原因だと。

 

「だれか……たすけ、て」

 

 祈りを聞き届けるものはおらず。

 使い魔の牙が、柔肌に突き立てられ――

 

 

 

 ◆

 

 

 

「「汝三大の言霊を纏う七天、

 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――――!」」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 冠する色彩(いろ)は――翡翠。

 鷹揚にして愛深き、調和を尊ぶ翠。

 

 一歩進み出たのは魁偉。

 

 鍛え上げられた肉体を東洋の衣服に包み、

 

 翡翠の弓懸を付けた物悲しさを漂わせる男。

 

「我、聖杯の寄る辺に従い馳せ参じた。御主が我がマスターで相違無いか」

 

「……勝った」

 

 問い掛けを前に茫然自失する程に、そのサーヴァントから感じ取れる力量は歴然だった。

 

 紛うことなき――神霊クラスのサーヴァント。

 

 金城サラは一世一代の大博打に勝利した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 冠する色彩(いろ)は――紫紺。

 怨讐に囚われ、狂気に曇る紫。

 

 大気を灼き焦がす万雷。

 

 其は人ならざる憤怒と憎悪の化身。

 

 純白の毛並みに淡い紫電を帯びる大狼。

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――!!』

 

 召喚したバーサーカーの目前で、金城ユーリは倒れ伏していた。

 

「ぁ、が――ひゅ……」

 

 魔力欠乏。単純に、魔力の生成量が消費量に追いついていない。落ちこぼれとはいえ鍛錬を重ねた魔術師が瞬く間に枯渇し、生命力を削られる有様だ。

 

 バーサーカーは捧げられる贄の量に不満を覚えたが……しかし、質に免じて蛮行を思い止まる。

 

 獣は繋ぎの食糧を背負い、何処ぞへと消え去った。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 冠する色彩(いろ)は――青。

 理想の果て、諦観に没した青藍。

 

 蒼銀一閃、闇を走り。

 

 一刀両断、魔を切り裂く。

 

 か弱き乙女を救うは騎士の誉れ。

 

「おしむらくは、得物が剣じゃないことか。だが文句をつけてくれるなよ。オレだって想定外だ。ランサーのクラスならともかく……キャスターだと? 笑わせる。あの花の魔術師(ロクデナシ)の真似事でもしろって? 冗談じゃない」

 

「あ――」

 

 使い魔を切り捨てた騎士は悪態を吐いた。

 

「おまけに何だ。魔法陣も無し、触媒頼りの召喚。あげくマスターは魔術を知らない一般人ときた。オレ以外にもっと相応しい連中がいるだろう……いや、ダメだな。あの女好き共は胸で露骨にやる気が下がる」

 

「……は? 私の胸部について今なにを言ったこの不審者ド変態ローブ男ーーーーーーっ!?」

 

「追加で口が悪くて喧しい。淑女としては0点だ出直してこい小娘、が――――」

 

 外套を翻して振り返り、フードの奥に隠れた灰色の瞳に少女の姿を映すと……騎士は驚愕で固まった。

 

「…………()()()()()?」

 

「?」

 

 怪訝そうに見上げる少女。

 その容姿と、王の面影が重なった。




■アーチャー
引き締まった筋肉と髭面の武芸者。
厳密には英霊の区分に留まる霊基。

■バーサーカー
わんわん。すごいおっきい。
狼王ロボではない。

■キャスター
外套を羽織った騎士。鎧は置いてきた。
マスターの容姿と雰囲気にかつての王を見る。
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