Fate/colors 作:欠落幻想絵巻 浪浜
アサシンが召喚され、七騎の英霊が現世に集ったことで聖杯戦争の下地は整った。
人理から外れた特異点なれど基盤は揺るがない。聖杯戦争は此処に幕を開け、儀式はつつがなく進行する。
本来サーヴァントとは精霊に近しい存在である。
死後、祀り上げられ英霊に昇華した英雄や偉人の記録を座から呼び出して使役するもの。現代の魔術師が扱う使い魔とは到底同列に語れる存在ではなく、只の人間は英霊を使役するしない以前に、形あるサーヴァントとして召喚することすら不可能だ。
聖杯戦争あるところ、聖杯あり。
サーヴァントの召喚が確認されたのだから、事の真偽はどうあれ、浪浜の聖杯は万能の願望器としての性質を有していると認めざるを得なかった。
聖堂教会──世界三大宗教の一角、普遍的な教義を掲げる彼らは聖杯戦争への介入を決定。内輪揉めと権力闘争と睨み合いと責任転嫁を繰り広げた結果、権謀術数にとんと縁のない一人の神父を監督役に送り出す。
そして……監督役は赴任直後に音信不通となった。
不審に思った上層部は更なる人員を派遣する。
タツヤ・タカナシ。
現地に明るい極東生まれの日系人であり、監督役候補の一人として名前が上がっていた人物だ。
彼は手始めに土地の管理者かつ儀式の主催者である金城の当主と接触するも、彼女が召喚したアーチャーから『歓待』を受けて撤退、金城の人間は監督役の安否に一切関与していないという証言だけを持ち帰った。
だが手掛かりひとつで上層部は納得しない。詳細な報告のため、真相究明のため、最後に前任者……仕事上の相棒であり上司との連絡が途絶えた教会を訪れる。
「神父、おられますか? ……いない」
両開きの扉が重厚な音を立てる。室内の燭台は灯されておらず、月明かりに照らされた聖堂はしんと寂寞が漂う。長椅子やオルガンは整然と座すばかり。観察した範囲で荒らされた痕跡は見当たらない。
主の威光を示す象徴はタツヤの不安を払拭しない。もとより信仰心に欠ける徒であった。如何なる理由か、上司に気に入られたという理由だけで教義を生業に腹を満たす不心得者だ。教会の異端児は肩身が狭い。
「ふぅー……」
人目を憚らず仰向けになり天井を見上げる。アーチャーから受けた負傷を癒やすため休息は必須だ。
両腕の罅と臓腑に残る痺れ。交戦と呼ぶにはあまりにも稚拙な児戯は警告の意味が多分に含まれていて、両者の格の違いを知らしめるには十二分だ。
武力行使を仄めかすのは悪手だった。それにしたって度が過ぎる、と思わないこともない。魔術師と教会は相容れない犬猿の仲だがタツヤとて仕事なのだ。最低限の働きはこなさねばなるまい。
……問題は、その最低限でサーヴァントに襲われる過酷な労働環境である。
アーチャーと同等の規格外があと六騎、夜な夜な闘争を繰り広げるのだから笑えない。
「死んでたら殺しますよ神父。俺は監督役の引き継ぎとか嫌ですからね。あー主よ、我が師を守りたまえ」
彼は投げやりに十字を切って身を起こす。
あえて視線をやらずにいた聖堂の奥から嗅ぎ慣れた臭いと異様な気配を感じ取り、深いため息を吐いた。
仕掛けを起動して祭壇を横滑りさせると隠し部屋の入り口が現れる。躊躇わず踏み込んだタツヤの視界に映るは複雑怪奇な模様を描いた魔法陣だ。
微かな死臭と裏腹に血飛沫一滴、腐肉一欠片すら見当たらないのは不可思議である。
「んー。こっちか」
聖堂に戻り、裏口から庭園墓地へ。
辿った先には真新しい墓が建っていた。掘り返された土の上に墓標代わりの石を置いた簡素な墓だ。使い古した十字架が手折られた花と共に供物として飾られている。
タツヤは己の予想が的中したことに天を仰いで遺体の回収作業に移ろうとするが。
「────?」
目を離したのは一秒に満たない。
ほんの一瞬で、墓の前に人影が滲み出た。
あるいは最初から立っていたのかもしれない。
小柄な先客は闇と完全に同化していた。
悲嘆に暮れて尚、光を失わぬ濡羽。
墨染の和服を着た陰鬱な少女だった。
物憂げに涙で頬を濡らしていた。
そして、矮躯と不釣り合いな太刀を携えていた。
「あ……」
一瞥で少女が異質であると理解した。
人ではない。人間であろうはずがない。目の前の存在は仮初の肉と骨を紡いだ影法師。
聖杯に招き寄せられたサーヴァントに他ならない。
「貴方は、彼の同僚ですか?」
「彼ってのが、いかつい神父のことなら……うん、多分。きっと間違いない」
「……そう」
少女――セイバーは悲痛な面持ちで頭を下げる。
「ごめんなさい。あの方は亡くなりました。私のせいで、私がマスターを殺したの」
「え、はあ? 何を言って」
与えられた情報にタツヤの理解は追いつかない。
耳で聞き取った言葉は間違いではないのか。
上司が死んだ。それはいい。薄々そうではないかと考えていたし、教会の仕事で殉職する人間は珍しくもない。
だから問題は後半だ。マスター?
誰が、何の?
目の前に佇むセイバーのサーヴァントを召喚して、監督役の立場でありながら聖杯戦争の参加者として暗躍を試みた人物……それがタツヤの上司であり、今や最も新しい墓に眠る故人だと、少女はそう言いたいのか。
「……嘘だ」
タツヤとは対照的で、信仰の篤い敬虔な信徒だった。
鋼の精神で博愛主義を説く人畜無害な善人だった。
死後、このように貶められていい人間ではない。
憤慨して、知らず一歩セイバーに詰め寄る。
「近寄らないでください」
悲鳴より速く、鋭い痛みが走った。
薄皮一枚裂けた首筋から垂れる血液が最後の引き金になった。沸騰する感情を置き去りにしてタツヤの無意識は肉体に染み付いた動作を実行する。
近づくなと言うのなら接近してみせよう。まともな説明が望めないなら力づくで情報を聞き出そう。もとより手ぶらで帰還するわけにはいかないのだ。サーヴァントとの敵対は愚行だが、どうやらセイバーはタツヤに敵意や害意を抱いてはいない、勝機はある――!
懐の紙片を滑らせて四肢の鎧甲を物質化する。
灰色の装甲は聖堂教会の代行者が用いる灰錠と呼ばれる概念武装。師ほど卓越した技量を持たないタツヤは黒鍵が不得手であり、手足の延長のように扱える灰錠を駆使した超近接戦闘を好む。
アーチャー相手ではなす術もなく防御に徹した。
しかしそれは、神霊クラスのサーヴァントの攻撃を手加減されたとはいえ受け止める実力があるということ。
(セイバーを無力化して情報を聞き出す。どうして神父を殺したのか……いやでも、待て)
視界は明瞭に、意識は鮮明に。戦闘の熱に昂りながらも観察を続けるタツヤの思考に違和感が水を差す。
セイバーは抵抗の意思を見せない。
太刀は握りしめたままで鞘から引き抜かず。
後退りして、ただ何かに怯えるばかり。
(こんな女の子が……本当に、マスターを殺害するようなサーヴァントなのか……?)
今宵タツヤが犯した過ちは二つ。
ひとつは己の実力を過信したこと。弓兵にこそ手痛い敗北を喫したが、少なくとも殺意のないサーヴァントと交戦するだけの能力はあると錯誤した。
もうひとつは少女に見惚れたこと。儚げな少女は縋るように、救いを求めて手を伸ばす……そんな御伽話の一頁に似た、幻想的な光景に思考が半ば停止した。
「――――駄目、逃げてッ!」
(…………え)
悲鳴の意味を理解した時にはもう遅い。
愚かな代行者は無様に横たわっていた。
立ちあがろうにも支えがない。末端から生命が流れる冷たさで、ようやく両の手足を一本ずつ切り落とされたらしいと脳が事態を把握した。
一撃目は咄嗟に避けた。体勢が崩れた隙を狙った二撃目は灰錠に仕込んだ術式で受けた。続く三撃で腹を貫かれ、あとは単なるただの的。
生温かい血溜まりに沈む。自分はこれだけの熱を帯びていたのかと、溺れながら苦笑する。
「ああ……あぁ!? どうして……!」
誰かの泣き叫ぶ
何ともおかしな話だ。
ここに死者を悼む人間なんていないのに。
おかしい。さむい。
どうしてこんなにさむいのか。
はだをぬらすこのみずは、こんなにあついのに。
おんなのこがないていた。
こっちにてをのばして、だけど、とどかない。
あついみずとはべつの、つめたいみずが、おんなのことのあいだにあった。
つめたいみずはいきているようで、かべのように、むちのように、おんなのこから……いや、おんなのこをまもっているようだった。
なのに、それでも、てをのばすものだから。
「ぁ――」
つい、じぶんもそうしたくなったのだ。
ふれられないてとて。
かのじょのこえはきこえない。
どんなおもいでいるのかつたわらない。
そもそも、どこのだれかもわからないけれど。
ないて、かなしんで、はかをたててくれるなら。
きっと、
「ゎ、うく……な……ぃ――」
最後の力を振り絞って、男は静かに呟いた。
数刻後。
教会に新たな墓石が並んでいた。
花を添えたセイバーは自らの手をみやる。
土いじりをしたのに汚れひとつない手。清流に拭われて穢れを落とした手。剣を振ったことのない細い手。
「……ごめんなさい、マスター。ごめんなさい、名前も知らない貴方」
自らが招いた惨状を少女は許容しない。
生前と同じ悲劇を繰り返してはならない、あっていいはずがない。少女は最善の行動を選択する。
太刀を引き抜いて首に当てる。一息に頸動脈から頚椎を切断しようとして……硬質な感触に阻まれた。
刃が触れた箇所、新雪より白い柔肌の一部分が竜の鱗で覆われている。
「――ッ!」
何度もセイバーは己を傷つけんとするが、その度に生える竜鱗が自傷を許さない。
セイバーの意思は介在していない。彼女の意に反して、彼女は執拗に守られている。
「……どうして」
与えられた魔力が底を尽きるまで、セイバーは己が身に刃を突き立てるのだった。
◆
「よし、セイバー確認。これで他のサーヴァントがどんなやつらか分かった。あとは波長を調律すればアサシンも顔負けの気配遮断ができるぜ」
偵察に散らした各地の使い魔から得た情報を参考にして準備を整える魔術師がいた。最も真っ当で魔術師然とした彼は、しかし召喚した使い魔の顔色を窺うだけの賢しさと危機管理能力を備えていた。
「おい、ランサー。聞いてるのかよ?」
「……」
「すみませんランサーさん! で、そのぉ……ご機嫌を直していただけましたかね」
「……俺は寛大だからな。一度は許すさ。だが二度と俺に指図をするなよ。次に令呪を使ったら殺す」
「イエッサー! 肝に銘じておきます!」
アサシンと交戦してから不機嫌を隠そうともしないランサーに現世の娯楽や美食を惜しみなく貢いだのは生命の危機を感じたからだった。
不機嫌の原因は明らかだ。ランサーの宝具が露呈することを恐れ、令呪による帰還命令を強要したこと。
魔術師がサーヴァントを使い魔として見るように、ランサーはマスターを蔑視している。両者の違いはそれを表に出しているか、内心に留めているかである。
(何が寛大だ。お前なんか、僕がいなけりゃ現界を保てない魔力の塊だろうが。だいたいあんな序盤で切り札を使うか普通? アサシンかライダーのどっちかを倒せても残りに手札を知られたら意味ないんだよ。こいつの宝具は知られたら対策が容易なんだから)
裏を返せば。あの神霊クラスのアーチャーが相手でも、ランサーには勝ちの目がある。
格上にこそ真価を発揮する
故にクラスと真名を偽ることをよしとした。出自を偽る以外でペルセウスを騙るメリットなど皆無である。当のランサーにはまた別の思惑があるようだが……生憎と踏み込んだ話は命が危ないし興味もない。
家宝を姿隠しの外套と認識阻害の仮面に作り変えてまでランサーのペルセウス
「それでランサー……さん。今後の方針とかって考えてたら教えていただきたいんですが」
「心配しなくても全員仕留めるさ」
酒盃を傾けたランサーは主人の面従腹背など露知らず、気分を良くして己の代名詞たる宝具を掲げる。
傲慢と虚飾に彩られた鍍金の金色。
それは天馬を駆る英雄が持つ黄金の鞭と手綱。
幻想種すら御する、神から授かった至宝。
正真正銘――『騎英の手綱』に他ならぬ。
「お前は俺に任せておけばいいんだよ」
■セイバー
墨染の和服を着る少女。
意図せずマスターを殺害した。
■ランサー
襤褸を纏う仮面の男。
アサシン、ペルセウスを騙るサーヴァント。