かませ役から始まる転生勇者のセカンドライフ~主人公の追放をやり遂げたら続編主人公を育てることになりました~   作:佐遊樹

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生徒たちは遠ざけられたくない

 オミケも無事に終わり、冒険者学校はいつも通りの風景を取り戻した。

 今は授業が始まる前の早朝、俺は屋上で一人黄昏ている。

 

 バラまかれそうになっていた俺の個人情報兼黒歴史も無事エリンが処理してくれた。

 気に病むことは何一つとしてない。

 

「……ハァ~~~~…………」

 

 そのはずなのだが、俺は今、溜息が止まらない。

 溜息のつき過ぎでもはや逆空気清浄機になりつつある。周辺の空気を汚しまくっている。

 歩く公害として法に触れるのも時間の問題だろう。

 

「メンドくせぇ~~~~…………」

 

 理由は当然、オミケ終了後に判明した、アイアスが魔族の集落と独自に交流していたという事件だ。

 何をどう考えても、人類に対する盛大な裏切りなのだが……意思疎通が図れる可能性が1%でもあるのなら、と縋る気持ちは分かる。

 俺がありえないと断定できるのは、あくまで前世に得た知識のおかげ。

 

 ここで『実は魔族は魔王に造られたタイミングで遺伝子に人類に対する敵対意識を刷り込まれているから和解なんてできないんです』と言って、信じてくれるだろうか。

 もちろん自分の影響力を見誤ってはいない、市井の人々は、いくらかは信じてくれるだろう。

 しかし王都の研究者や軍人など、現実を見据えて魔族と敵対している人たちからすれば、エビデンスのない無根拠な発言だ。

 

 そういう人って転生する前の世界にも結構いたからな、よく分からない配信者とか。

 人々を惑わす情報をバラまくわけにはいかない。

 厳密に言えばこんなことを知らせなくてもみんな魔族と戦ってたから、言う必要なかったんだけど。

 

 まあ、公表してしまうのは一つ手としてある。

 だがアイアスの意思は、完全にないがしろにすることとなる。

 知らねえ馬鹿が言ってるのなら容赦なくその選択を取ってもいいんだが、相手は親友だ。

 この辺の判断が、カデンタやイグナイトに『甘い』と時折言われていたゆえんだろう。

 

 ……何よりも、俺の原作知識がアテになったりならなかったりする現状を見れば。

 もしかしたら、本当に、あり得るんじゃないかと。

 俺が知らないだけで、原作ゲームと違う世界でなら、魔族と和解できる可能性が、そんなエンディングがあってもおかしくない(あってほしい)と――

 

「ったく……迷惑かけられまくってるのに、その上なんでこんな悩まなきゃいけないんだ」

 

 あまりに情けない希望的観測を、わざと声を出して断ち切る。

 こういう時、楽な方へと、そうであってほしい方へと流れるのは俺の悪い癖だ。

 世界はいつだって優しい顔を見せてくれない。時々そのように感じるのは、人間が捻じ曲げて解釈しているだけだ。

 世界をより良い方向へと進めていくのは、自然発生的な流れではなく、人々の強い意志がなければ成立しない出来事なのだ。

 

「ハア、友達なんて作るんじゃなかったな」

「センセって友達いたの?」

 

 独り言にあり得ないぐらい強めの返球が来た。

 傷つきながら振り向けば、エリン達三人がいつの間にか屋上に来ていた。

 

「センセ、何してんの? もう朝のHR始まってるよ」

「うわマジかごめん。ちょっと世界の今後を考えてた」

「…………」

 

 適当に誤魔化すために適当なことを言ったが、エリンの表情は思いがけず凛々しいものになった。

 

「センセ……それは、あたしたちの力が必要?」

「あっごめんウソウソ」

 

 やべえ、自分が勇者の末裔なの忘れてた。

 俺が言うと無駄に説得力あってダメだわ。

 

「じゃあ何を考えていたのかしら」

「大したことじゃないよ。今晩の献立とか、そういうレベルのことだ……」

 

 疑わし気な目を向けてくるシャロンに、肩をすくめる。

 成人男性が屋上で一人で黄昏ていただけだ。イタキモいだけで、気にするようなことじゃない。

 

「でもせんせいの心臓は、今ボクは嘘ついちゃってます~ごめんなさい~♡ って必死に謝ってるよ♡」

「お前ここでそれ発動すんのは普通にズル」

 

 しまった! そういえばこいつ、歩くウソ発見器だった!

 迂闊にも完全に見落としていた。

 クユミのこの手の性能に疑いを持たない他二名が、一気に俺への視線を強いものにする。

 つーかよく考えれば本当に世界の今後を考えてたわ。そりゃ嘘だってバレるね。

 

「い、いやあ、まあ……でも本当に、みんなには関係ないことなんだよ?」

「じゃあ先生は、私たちに隠し事をしたがっているというわけね」

「ハッハッハ、シャロンは探偵じゃなくて小説家になるべきだな」

「私は探偵を志望しているわけではないけど、今のは自白とみなしていい?」

 

 三人から向けられる視線がますます冷たいものになってきていた。

 マズイ! なんでこんなすぐバレるんだ?

 俺に隠し事の才能がなさ過ぎるのおかしいだろ。

 

 クズ勇者って嘘ばっかりつくものなんでしょ?

 俺もクズ勇者だよ?

 なんで俺の嘘は通用しないの……?

 

「せんせい、早く吐いちゃったほうが楽だと思うよ♡ ほら吐け♡」

「クソッ、飲みが激しいサークルの優しい先輩みたいなこと言いやがって! だがダメだ!」

「珍しく強情ね……ここまで譲らない先生は久々に見たかも」

 

 だって今回ばかりは、問題が問題だからな。

 絶対に何も言わないぞ、とだんまりを決め込む俺を見て――最初にしびれを切らしたのは、意外にもエリンだった。

 

「じゃあもういい!」

「エリン……?」

 

 かんしゃくを起こしたかのように、なんだかんだ優等生側だと信じていたエリンがどこかへ走り去っていく。

 もはや俺に関わることすら嫌になったということか。

 

「フン、まあこの勇者ハルートについてこれないのは当然だな」

「せんせい好き勝手言うのは自由だけど、膝にきてるよ膝に♡」

 

 下を見れば、俺の両膝は立っていられるのが不思議なぐらいガックガクに震えていた。

 馬鹿な、たかが生徒一人に見限られたと思っただけでこの精神的ダメージだと?

 これじゃあ俺がメンタルクソザコの甘ちゃんみたいじゃないか!

 

「にしてもエリン、どうしちゃったんだろう?」

「さあ♡ 走っていったから、逃げたっていうかは何か取りに行った感じだけど♡」

 

 二人が不安そうに、エリンが立ち去った屋上の出入り口を見やる。

 どうでもいいけど、朝のHRを始めるために呼びに来たんだよね?

 ここで待ってなきゃダメ? もうここでHRするか……

 

 そうこうしているうちに、ドダダダダと足音が響いた。

 人並外れた、というか人間離れした速度で飛び込んできたのは、何かを手に持ったエリンだ。

 

「どこ行ってたの?」

「寮に戻ってた!」

「何しになのかな♡」

「切り札持って来た!」

 

 二人の問いかけに答えた後。

 エリンが天高く掲げたのは。

 

「センセ! ちゃんと言ってくれなきゃ……これを! バラまくんだからね!!」

 

 全部焼き払ったはずの、オミケで、アイアスが売る予定だった同人誌――!?

 

「はああああああああああああああああああッ!? オイオイオイオイオイ! ちょっと待ってくれエリンッ! それ全部処分を、お願い、したはずじゃッ」

「ごめんセンセ本当にごめん! 一冊だけ持ち帰っちゃった! もう全部読んでる!」

「おおあがあおあごあごがおがおあごあごあごあがおがおあご」

 

 言葉にならない悲鳴と共に、俺は今度こそ崩れ落ちた。

 そ、それは絶対にあってはならない書物……! それを一冊残らずこの世界から消すために、みんなで同人誌を作ったはずなのに! なんでここにあるんだ!

 

「ば、馬鹿な……そんなこと、そんなことがあり得てたまるか……!」

「先生、それは大逆転を許した時の敵が出す声じゃないの」

「まあまあ、それなら大体合ってるんじゃないかな♡」

 

 瞬時に甚大なダメージを負った俺を見て、シャロンとクユミが気の毒そうな顔をする。

 どうやら二人には、エリンが勝手に持ち帰ったことは共有されていなかったらしい。

 

「ほらセンセ! 言って! じゃないとひどいことになるよ!」

「ぐ、ぐううっ……しかし! 俺は言わないぞ、友情を自分のプライドのために売ったりしない!」

 

 まあアイアスは友情をお金のために売ってたけど、それはそれこれはこれ。

 いくらなんでも問題が問題なので、生徒を巻き込めない。

 固く唇を結ぶ俺に対して、エリンは一つ息を吸って――同人誌を開いた。

 

「じゃあ音読するね。『其の笑顔は白百合、其の願いは福音、其の吐息は礼賛。この手で触ることはできない。花々が傅く、小鳥が歌う、祝福をもって其の優しさを讃えるために。泉に映るその顔に何も思わないのは、世界でただ一人君だけ』――」

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ」

 

 本当に――バケモンみたいな声が出た。

 比喩とかではなく、俺は床にのたうち回った。脳が羞恥と絶望と憤怒で真っ白になる。

 耳の奥がキーンと音を立てている。それは多分俺のプライドとか尊厳とかが壊れる音だった。

 

 ふざけんなボゲェ! 過去の……過去の俺ェェェッ!

 なんてもんを後世に遺してしまったんだ!

 マリーメイアを讃えたい気持ちは分かるが現代の俺が死にかけている!

 

「ちょ、ちょっとエリンさすがにそれはダメ。思ってたよりキツかった」

 

 両手を突き出してシャロンが拒絶を示す。

 

「それ本当に何? 詩? ラブレター?」

「アイアスさんがセンセにお願いして書いてもらった恋の詩だって」

「……センスがあるとかないとかじゃなくて、気持ち悪すぎる。花と小鳥が可哀想」

「あと福音と礼賛と祝福って似てる単語連打し過ぎかも♡」

 

 黒歴史ポエムを朗読されたあげくボロクソ言われてるんですけどお!!

 なんだこれは。地獄なのか。どうして俺はこんな目に遭っているんだ。

 

「わ、分かった、言うから……」

 

 息も絶え絶えに、俺は敗北を宣言した。

 アイアスなんか知るか。普通に今がつら過ぎる。

 よく考えれば共有したところで別にこの子たちが何かするわけでもないだろ。

 

「……ねえせんせい♡」

 

 しかし俺が何か言う前に、クユミが可愛らしく首を傾げて話しかけてくる。

 

「な、なんだよ」

「今の詩ってさ……明らかに誰かをイメージして書いたよね♡ 誰? 今すぐ吐いて」

 

 急に屋上の温度が下がった。

 こちらを見下ろすクユミの瞳は、抑えきれないほどの殺意を煌々と宿していた。

 

「え、あ、いや。別に誰とかは。その時の知り合い、誰も該当しないし」

 

 しどろもどろになりながら必死に弁明する。

 尻もちをつくような姿勢で、俺は徐々に後ずさりを始めた。だってメッチャ怖いし。

 

「その時の知り合い? じゃあそれ以外の人なら該当するんだ、へぇ」

 

 横合いからシャロンが絶対零度の声色でインターセプトする。

 まずい。揚げ足を取られまくっている。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ。なあ、エリン助けてくれよ……」

「センセっ」

 

 もうお前しか縋る相手がいない、と泣きそうになりながらエリンを見やる。

 彼女はゆっくりとしゃがんで、俺の頭をそっと撫でた。

 

「大丈夫だよ、センセ」

「え、エリン…………」

 

 彼女は笑っていた。見惚れるような笑顔だった。

 唯一、目だけはまったく笑っていなかった。

 

「相手が誰であっても、あたしたち三人は負けないから」

 

 そういうことじゃないんだよな。

 なんで殺し合う話になってるの?

 なんでアイアスの問題を話すかどうかの瀬戸際だったのに、気づいたら俺の個人の問題で追い詰められてるの?

 

 三人に見下ろされ、俺の顔面は限界まで引きつっていく。

 誰か……誰か、助けてください。誰か……

 

 

 

 

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