山賊ロールプレイしてたら、何故か勇者が襲いかかってきたんだが!? 作:蓼食う裕太さん
準備回②で終わらせるつもりが③まで行きそう……
更新遅れて誠にごめんなさい。
生存報告はTwitter(新X)にてしておりますので気が向いた場合や進捗を知りたい方などはこちらまで
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「話長いよ」
その語り手である彼は愉快そうな表情から一転し、少しばかりショックを受けた様子で心底残念そうに言葉を止めた。
「長いな」
「ええ」
オズに続くようにして、エルムもオニキスと頷きながら、終わりの見えない長話を終わらせろと言わんばかりに賛同の意を示した。
「残念だったね、君の長話に付き合ってくれる人はいないそうだよ?」
「ふむ……それは失敬しましたな。しかしこれでもまだ話は、さわりの部分でして……長くはなりますがぁ───っ!」
轟音
一瞬地震が起きたのかと錯覚する振動がその場を襲い、なにやら腹部の風通しが良くなった様子のウルスタートが、声を上げる暇もなく背後に吹き飛び、壁へと激突した。
その異変の正体は、冗長さを指摘されてなおも改善する姿勢が欠片も見えない彼に対して、欠伸混じりに放たれたオズによる魔弾。
「いやぁホント君話長いよねぇ。こう───もっとね、レンは君の話流しながら聞いてくれるかもしれないけど、ボクはせっかちだから ね?」
彼女のその冷たい笑みが、その場の時間を止めたのかと錯覚させる程の威圧感を醸し出す。
元来、笑みとは攻撃的なものである、という説があるが、彼女の笑みは攻撃的以前に、貼り付けられたような表情……いや、表情とも呼べないだろう。
不気味なまでにどこかで見たような笑顔は、"誰か"の模倣であり、その貼り付けられたハリボテの
それよりも周囲の口を閉ざしたのはレンが作り出した異界の法則、『相互不可侵』の法則を無視してウルスタートに攻撃を行えた事だ。
互いに争うことを禁じたその法則の強制力。
神の法則によって外の世界にレベルという概念が存在するように、この異界にもレンの法則が圧倒的な拘束力を生み出す。
それは異界においてのみではあるが神の威光に等しく、この世界を覆い尽くし逃がれ得る者はいない、筈であった。
無論当のレンも例外ではなく彼もまた己の法則に縛られるにも関わらず、オズはなんという事も無さ気なまま、まさに常識外の掟破りをこなして見せたのだ。
エルムもオニキスも目を大きく見開き、唖然として言葉を失い背後へ吹き飛んだ男の方向をただ眺めていた。
何年も破られることのなかった不文律が破られたようなものだ。
もし彼女が法則を打ち破る術を広めたのならば、この異界は無秩序な空間に成り下がり、気狂いの集うこの館は瞬きの間に消え去り、死が蔓延る事になる。
「うーん、やっぱりダメだね。なんとか強制をすり抜けても
オズの言葉が発せられた時、壁面に痕跡を刻んだはずのウルスタートは
まるで
未だ王の定めた不文律は此処に健在であった。
「まあまあ皆様先程は少し誇張しましたがね、実のところあの時点では、乱入者───勇者と武闘家の少女が接近しておりまして」
呪術師アンナ、武闘家モモ、勇者アレン
戦闘に特化したとは言えないウルスタートにとっては、相当不利な対面となり、仮に正面から相対せば結末は想像に難くないだろう。
「なるほど、合点がいった。つまり負傷した貴様の
任務を放棄して少女を追いかけているという報告は部分的に正しい。
あくまで本体が補給として養分を追いかけているに過ぎない。
ウルスタートは他者の魂を取り込む術を持つ。
そんな彼は自分の身体を切り分け、略奪した魂を隷属させて限りなく己に近い偽物、即ち分体を作り出す事ができる。
レンは彼の所業を見て真っ先に"人格排出ゼリーみたいだな"と口ずさみ、その能力を有用性を見込んで勧誘した。
そんなウルスタートは呪術師アンナとの戦闘において、愛しい少女の魂を一つ犠牲にしてしまったのだ。
結果的に文字通りポッカリと空いてしまった空虚な部分を満たさんと、無垢な少女を狙い、現在隷属中といった経緯となる。
「おっしゃる通りですよ。勿論、私の分体は既に勇者御一行に付けさせておりますし、抜かりはありません。」
「申し訳ございませんウルスタート様、お手を煩わせてしまったようで……」
「いえいえ構いませんよ。
隠密衆がウルスタートを発見できないのも無理はない。
ウルスタートの分体は変幻自在。
肉体を液状化できる都合上、本来の姿という概念はあってないようなもの。
水溜りに潜むことはもちろん、状況次第では他者に化ける事すら容易だ。
これほどの諜報能力を持ち合わせながら隠密衆のトップに選抜されなかったという点において、現隠密衆のトップであるアデルの異端さが際立つ。
「───そうかい、仕事してくれるならボクから言うことはほとんどないかな。エルムも別に構わないよね?」
「はっ、自分からは何も」
ウルスタートの報告は当初エルムらが危惧していた事態とは異なり、喜ばしい事ではあったが、どうにもオニキスの表情は浮かばないモノであった。
なぜこの仕事を隠密衆に預けなかったのか?
自分達では不十分と看做されたのか?
そんな疑問がオニキスの内側で渦巻き、平静を装おうとしているが機敏に明るくないエルムにも彼のその疑念が見え透いていた。
「案ずるなオニキス。相手は勇者だ。貴殿ら隠密衆の貴重な人材が損なわれる可能性も考慮して、首領はウルスタートを当てたのだろう。何かそこの変質者は斬ろうが突こうが死なぬ諜報員だ。人格に難があるとはいえ、アデルや貴殿らとは違った持ち味を活かせる人選だろうよ」
「エルム様、私は……いえ、ありがとうございます。」
「レンの偶々近くにそこの馬鹿がいたからじゃない?」
「否定は出来ませんね」
「主は面倒臭がり屋ですからねぇ」
「フッ……」
オズの指摘は正鵠を射ているのかもしれないと思わせる程のレンの面倒臭がりっぷりは今に始まった事ではない。
機密に近い情報であっても、彼自身が興味を持たなければ平の構成員を経由して幹部に通達したり、今回の会議だってそうだ。
おそらく用事は既に終えているであろうに、会議に参加するのが面倒だからと会議が終わって暫くしてから、漸く顔を出すに相違ない。
そんな彼の内心を慮った者達は頬を緩め、吹き出す。
いつの時代も厄介ごとばかりを運んでくる上司の愚痴というものは絶えない。それはどの世界でも変わる事なく存在するのだ。
「ほうほう、よぉく分かってるじゃねぇか」
そして想起の最中、闖入者が世界そのものに亀裂を刻みながら割って入る。
扉の開閉音はなかった。
それが意味するところは直接ワープしてきたということになるが、鍵の持ち主ではこの円卓に直接ワープゲートを開く事はできない。
山賊王であるその男だけが、自由に見知った世界を行き来できる。
「ッ!……なんだ君か。驚かさないでくれないかい?危うく手が出るところだったよ……」
館内を埋め尽くした緊張の波濤を飲み干し、はじめに言葉を紡いだのは副首領のオズだった。
彼女の額には汗が浮かび、普段の毅然とした態度が嘘かのように萎縮している様子だった。
その原因は語るまでもなく原因はレンにあった。
いつもの事ではあるが、レンはいつも以上に苛立っていた。
その表情から読み取れるのは怒りとは異なるナニか。
見方によっては諦観とも絶望ともとれるが、決してそういったものではない。
どこか虚しさを携えたその表情とは裏腹に、彼の纏う雰囲気は苛立ちを感じさせ、周囲の異質な恐怖をもたらした。
その威圧感たるや、実力者揃いのこの場さえも震撼させその場にいた者らを即座に臨戦態勢に陥らせるに値する。
それに加えて、彼が引きずっている
報告では序列一位の聖騎士ユリアとの密談を終えて、野暮用で会議を欠席したようだが、どうやら件の野暮用がその麻袋の中身だった。
「お疲れ様です」
「おや主、もうご用事は済んだのでしょうか?」
「……」
その場にいたエルム、ウルスタートら幹部は各々、山賊王を労う。
そして唯一幹部の地位に立っていないオニキスは片膝をつき、仰ぐべき主人へと深々と首を垂れる。
真っ先にレンへの情報の共有は数ある門の一つ、武器庫の管理人である
主人の前で許可なく言葉を発することは許されないのが掟の一つであり、遵守出来ぬ部下など不要だ、そう言って行われた処分の凄惨さは今なお彼の記憶の奥底に焼きついてはならない。
故にオニキスはこの場で口を開く事は許されない。
加えてオニキスとレンが直接対面する機会は少なくない、だがそんな彼でさえ言葉を吐き出す事を躊躇う程の重圧が、この場を支配していた。
「ああ、中々
そういってレンは掴んでいた遺体をウルスタートへと投げ渡す。
ウルスタートは受け取った遺体を注視する。
(金髪、20代の男性。この身なりの良さは聖騎士でしょうか、指に出来た痕から察するに大した祝福の持ち主では無さそうですね。腹部の裂傷はまあ考えるまでもありませんが……)
ウルスタートがレンをよく見ると、どうやら彼は一戦を交えた直後の様子であり、綺麗好きな彼らしからず服には返り血が付着していた。
「承知しました……む?」
状況を推測していたウルスタートは突如動きを止め、疑問詞を口にした。
「何だ?」
「いえ、分体が追跡している勇者側に動きがありまして……」
「ふむふむ。どうやら主との戦闘と私の奇襲によって、ようやく実力不足を実感したらしく、彼らは各々修行に出るようですね。ここ半年は魔王軍の活動規模も縮小していますし、妥当な判断でしょう」
レンは淡々と事情を語るウルスタートの言葉を聞いてそうか、とだけ呟き、納得しながらつまらなさそうにしていた。
ウルスタートは自らが先走って行動し、失敗した事を敢えて話している。
それはレン自身ウルスタートには事前に、『脅威となるならば殺しても良い』と命じていたからだ。
手持ちの手札が足りなかったといえば暗殺という手段を講じてしまった以上、今後勇者達に同じ手が通じるとは思えない。
言わばレンの勇者に対する対抗策の一つを無為にしてしまったという事。
大きな失態だがそれでウルスタートを切り捨てる、というのも考えものである。
基本的に
オニキスの上官にあたる暗軌のアデル率いる隠密衆が表に当たり、世界各地に伝手を持つウルスタート、そして幹部全員を常に監視しているゴンズイ弟。
レンを奉ずるオニキスにとっては度し難い事実であるが、レンは転生を経験してから、悪い意味での信頼を除いて、心から他者を信用したことがない。
隠密衆の頭であるアデルはこの事実を知っている。
知ってなお、付き従う。
心酔している彼にとってレンの心情は
───自分がしたいから
ただそれだけを原動力に稼働する機械のような男だった。
故にレンはこの男を警戒し、複数の諜報員を採用している。
とはいえ採用した諜報員らも一癖も二癖もある訳であり、相互間での監視態勢を敷いている。
つまる所ウルスタートの行動を知るレンにとって彼が叛意を露骨に見せない限り積極的に敵対する必要性がない。
加えて彼からすれば先日戦った勇者一向は、想像以上に
彼の想定では現時点では自分と相打ち程度の実力はあると想定していたが、
レベルの低さもさることながら、特に経験という面においても想定に劣っていた。
煽れば激昂し、子供相手と知れば無意識に手を抜き、戦いの流れに身を任せすぎて戦局を見失ってしまう視野の狭さ、なんという不出来か。
中位とはいえ魔人を倒したという噂を聞いてか、勇者を期待していた影響もあり拍子抜けも甚だしい。
これでは魔王を倒すどころか、魔人にすら勝てないではないのか?
想定外の躓き。
これを解消すべく手を打とうと考えていたところに、勇者達の出立の知らせ。
おそらくは内通者、聖騎士ユリアの助言であろう、とレンは推測し、軌道修正を勘案する。
「現状は聖騎士団での対処も可能………おや、これは───」
「次の目的地は
その言葉を聞いてレンは暫し固まる。
ガヌート海。
そこは───
「ちっなるほどな。
ユリアから齎された"古竜の亡骸"の在処。
レンが長年追いかけてきた遺物がそこにはあり、勇者もまたそこに向かう。
レンとしては勇者と再び顔を合わせるのは御免被りたいところであり、当の勇者でさえもが山賊王レンとの再戦は避けたいところだろう。
深い溜息と共にレンは向き直り、
「と、申しますと?」
「なんで俺がテメェに、そこまで答えにゃならん。」
「お恥ずかしながら私の分体をつけたとはいえ、常に緊急時に対応できるとも限りません。主のお考えがあれば是非お教え頂ければと……」
「……今回のは間違いなく勇者の教育係、要はユリアの仕業だ。あの糞女、勇者の教育方法が分からんから、俺らに押し付けて来やがったんだよ」
ウルスタートの言葉を聞き、己の見解を話す。
ユリアは勇者アレンの教育係であり、同時に助言役を買って出ている。
教育係とは名ばかりの任務を仰せつかった彼女は勇者とは相性最悪とも言えるだろう。
ユリアは神の恩恵に基づいた権能紛いの魔法や剣技を極めた最強だが、その規格外な魔法の威力も、並外れた剣術も、神の恩恵『祝福』が前提となる。
勇者もまた神の恩恵を受けてはいるが、その機能は『聖剣の祝福』を享受するためだけに
要は勇者は持ち前の不死性と気力、技量に成長性のみで戦う必要がある。
才能によって裏付けられる最強と険しい努力の果てに最強の座を掴むしかない者にとっては、文字通り住む世界が違う。
そもそも聖騎士の大半はそういった祝福に裏付けられた実力者が大半を占めており、基礎は教えられても真の意味で勇者の師とはなり得ない。
そこで目をつけられたのはレンだ。
極悪人とはいえ、その実力の大部分は血の滲むような努力と積み上げてきた経験によるもの。
魔法や高いステータス、呪いに祝福といった要素を除けば間違いなく世界最強格といえる存在だ。
それは空間魔法という手札の有無に関わらず、凶悪な呪いを持つ者が彼に従い、魔族に次ぐ戦力を保有する聖都がその存在を恐れている事が何よりの証明だろう。
そんな人物と面識を持つユリアが偶々、レンと同じ海へと赴くようにとアレンに命じるだろうか。
つまりアレンの行き先をある程度制御出来る唯一の人材であり、レンとアレンが遭遇したのをこれ幸いと
どちらにしても二人が出会った事で、運命は動き出した。
図らずとも
「なるほど、ではその役目は……」
「俺は一々面倒まで見切れん、年齢的にも性格的にも
「というと
「そうか、丁度いい。少し
「えぇ彼も喜ばれるかと、では私はこれにて失礼します」
恭しい態度を取りながら、レンの言葉のままにと追従し、この場を後にした。
────────────────────────
「いやぁ〜助かったぁ!危うくここで退場するところだったね!」
襲撃者ウルスタートが小屋を去ってすぐ、聖女クリスの治療は始まった。
いや厳密には
脳を撃ち抜いた一撃、それは確実に彼女の命を絶っていたのだ。
「……本当に間に合って良かった。」
呪術師アンナとウルスタートの戦闘音を聞いて、飛び出てきた勇者アレンは彼が去ってから暫く聖剣を構えたまま動く事はなかった。
予期せぬ襲来に驚いたのではなく、これまでの精神的な影響だ。
一瞬脳裏に過った仲間の死という最悪の未来が、アレンの動きを曇らせた。
山賊王に連れ去られた希代の賢者ティナに、心を折られた弓手にして精霊魔法の使い手カノン。
苦楽を共にした仲間の予想だにしなかった場面での退場。
重ねて彼の心を蝕んだのは、山賊達によって築かれた救えなかった人々の屍の山。
ただでさえ耐え難い事実に直面し、揺らいでいたアレンの心の均衡は、幼馴染のアンナへの襲撃という事態によって崩れかけていた。
「無茶苦茶ですよアンナ。呪詛による精神の従属を
クリスはだらりと力なく地に這いつくばったアンナの容態を確認し、奇蹟を以って蘇生を完遂して彼女を叱責する。
頭部を穿たれてすぐ、脳の補完を諦めたアンナは死後、肉体に残留する魂のまま無理矢理、肉体との接続を試みた。
死ぬということは魂の受け皿となる肉体から魂が離れる事を指す。
肉体との接触を断たれた魂は、肉体という器を失った事でその形を忘れ、1時間も経たない内に、まるで魂が空に溶け出すかのようにして雲散霧消する。
1時間
それが聖女クリスが通常の死者を蘇らせる事のできるタイムリミット。
魂の形を保てる時間には個人差があり、それはレベルによるものである。
たとえばレベルの低い者。
彼らは魂と肉体の結びつきが弱いため、傷つきやすく、死に易い。
さらに言えば寿命も短く、蘇生までのタイムリミットも短い。
逆にレベルが高い者は魂と肉体の結びつきが前者に比べ強固であり、傷つかず、寿命も長く、蘇生までのタイムリミットは長い。
レベルが10程度のタイムリミットが30分程度なら、レベル30では1時間半程になる。
さらには、同じレベルであっても個人差は大きくなる場合もある。
「流石に頭撃ち抜かれちゃったからねぇ、ちゃんとした制御も出来ないし燃費もサイアク、後
頭部を穿たれてからおよそ80秒。
それだけしか時間が経っていないというのに、アンナのタイムリミットは間近であった。
レベルも高く、世界的に見ても強者に分類されるアンナが、である。
原因は死の直前に彼女が発動した呪術にある。
骸操魂糸
操り人形。
それは強制的な眷属化あるいは従属化。
その呪術をかけられた者は文字通り、仕手の指先一つ、いやその意思一つでその四肢、意思までもが傀儡と化す禁呪。
その絶大な効果には無数のリスクが伴い、その難易度もまた桁外れだ。
まず呪いの抵抗力の有無を問わず、被呪者に僅かでも抵抗の意思があるならばその時点でこの禁呪は弾かれ無効となる。
尤も呪いを受け入れたが最後、抵抗の意思を見せたとしても呪いを弾く事は叶わない。
次に成功した際に肉体と精神に与える常軌を逸した多大な負荷。
呪いのアプローチとして、自身の
これは術者自らが呪術を解除するまでは持続する。
ここで味噌となるのが他者の肉体に術者の魂を忍ばせる点だ。
例外なく一つの肉体には一つの魂しか内容できない。
二重人格などは謂わば魂の細胞分裂のようなものに過ぎず、霊的には同一の魂と見做され、その分たれた魂と元々の魂の根源が近しい事からなんら異常なく精神が
そのため分たれた魂は同一の魂と捉えられるのが常である訳だが、もし仮に一つの肉体へ別の人間の魂を注いだ場合、人間という器は器はどうなるか?
例えるならば精神的な距離感、魂におけるパーソナルスペース。
対人関係における親さを示す数値の極限、絶対的な禁忌とされた魂の融合。
そんな絵空事は今まで一度も実現した例は確認されていない。
拒絶反応を起こした魂はどうなる?
混ざり合って別の魂に?
否、否だ。
そんな都合の良い者ではない、まず前提として精神が破壊される。
人という者は自己の内部における異常にはとてつもなく敏感である。
例えば爪の間に挟まった砂粒。
隙間に挟まった忌々しいソレを除去しようとする。
では魂の場合は?
肉体に結びついた
大原則、一つの肉体には一つの魂。
それは
結びついた別人の魂も例外ではなく──
肉体が、砂粒を感知したように、犯された
結果、肉体から魂が弾き出される。
弾き出された魂は肉体でいう、謂わばブラックリストに登録されて
そして今回アンナが行った死後、肉体に残留した魂で己の肉体に無理矢理干渉する行為は?
己を守る為ではなく、他者を支配するために変生した外殻だった魂の糸
己を守る外殻を失い肉体に残留するだけの魂
どちらも同一の魂であったが、余りにも形質が異なりすぎる。
多重人格者のように全く同じ魂の分裂ではなく、変質。
異なる魂の同時存在は漏れなく、拒絶反応を引き起こす。
これを危惧して禁呪、骸操魂糸は指先や得物といった体外から魂の糸を伸ばすように設計されている。
しかしアンナは体内でこれを使用した。
結果的に彼女は
形質が異なるとはいえ、やはり根本的に同一の魂であった為か影響は非常に軽微なものに留まった。
流石、当代最高の呪術師とでもいうべきか。
無意識下に編み出した90秒限りの擬似的な蘇生術は功を成し、文字通り死に体で生き延びることに成功した。
「頭のオカしさからして、呪い憑きかしら?呪いの性質は液体操作みたいだけど……」
アンナと襲撃者の戦闘。
その経緯を知った姫騎士レイナは顎に手を当てながら考えを巡らせ、言葉を溢す。
アンナが直に認識できた襲撃者の手札は、体液を高速で射出するものと接触した液体の支配、
「うーん、どちらかというと身体が液体になるって具合かな?」
ただそれだけでは説明の付かない事象はいくつか存在する。
「つまり次に会うときはアイツを水辺に落とせば、溶けるって事ね!」
「まあ、呪いを完全に制御するのは難しいからね。何処かで必ず綻びが生じるのが常だろうさ。多分海に落とせば自意識が海中に広まって薄弱になるはず。僕が
レイナの言葉を肯定しつつ、アンナは提唱した己の推論に僅かばかり不安が残るかのような面持ちで言葉を告げていた。
実際、彼女の推論に間違いはない。
襲撃者ウルスタートの呪いは紛うことなく、液状化の呪いだ。
しかし彼女がこれまで目撃してきた呪いとウルスタートの呪いは余りにも一線を画し過ぎていた。
液状化の呪いは文字通り肉体を液体にしてしまう呪いだ。
筋肉も骨も、神経も臓器も全てが無形となるのだ。
呼吸も思考もまとまらない、脳すらも形を失い、人としてのアイデンティティは影も形もないが常となる。
スライム。
初めに彼等をそう呼称したのは誰であったか。
その姿の余りの衝撃からか、歴史書からは彼等は人間ではなく魔物のスライムとしての位置付けを余儀なくされている。
幸いというべきか、液状化呪いの初期症状は軽いものであり聖教側としても本格化が始まる前に処理が可能であるため、
そのため液状化の呪いの存在は知られていても、その末路を知るものは世界広しといえども、百にも満たないだろう。
知っているとすれば、聖教の内部に大きく関わりを有するものかアンナの様に呪いの研究を生業とする様な変わり者程度。
だからこそアンナは己の推論に違和感を感じていた。
液状化の呪いを受けた者の中であそこまで呪いを使いこなせるのは、歴史上でもあの襲撃者のみであろう。
しかし自意識さえも溶け出す呪いを前に、その心を如何に保てたのか。どういった原理で人としての形を取り戻せたのか。
強さの過程。その何もかもが不鮮明だ。
完全な未知とも取れる存在。
呪いが判明したとはいえ、山賊王とは別の意味で得体の知れない存在であることには変わりはなかった。
「アンナ?」
「ん?ああ、ゴメンゴメン考え込んじゃった」
「何か分かったのかい?」
「分かったには分かったけど手立てがほとんどない感じ。八方塞がりってやつ?」
以前アレン達と共に殺害した中位の魔人、その呪いを蒐集していなければ確実に死んでいたと、アンナは確信している。
魔軍における四天王の一人。
縁断ちの呪刻。
メレソム。
『刈り獲る真意』の二つの名を冠した彼の魔人は、切り裂いた対象の繋がりを断つ呪刻を有しており、それは再生と蘇生を妨げる力を持っていた。
あらゆる存在は神により分け放たれたとする世界の趣旨に反し、彼はあらゆる存在は根源的に孤独であると刻みつける。
切り裂かれた箇所は『孤立』あるいは『独立』とでも言うべきか。
元からそうであったかの様に分たれる。
そんな教会の威信を揺るがせかねない呪刻をアンナは死体をくすねて呪術の触媒としていた。
尤も発動自体が困難極める呪刻の発動に重ね、自らを骸操魂糸で操るという無茶を繰り出している。
結果、触媒に大きな負担をかけ、発動できるのは精々、後二度が限度となる。
そんな凶悪な呪刻は大いに勇者達を苦しめることとなったが、幸いにもメレソム自身の技量はお世辞にも高いとはいえない程度であった為、打ち取ることに成功した。
魔人は強大が、いくつか大きな欠点を持つ。
一つ、生まれた頃から強者であること。
彼等は生まれたからから強者あることを義務付けられている。
レベルが非常に高く、まず負けることがないため驕り高ぶりやすい。
その結果として呪刻頼りの蹂躙しか経験のない彼等を首を取ることは理論上不可能ではない。
二つ、身に纏う呪殻。
魔人達が身に纏った装甲とでも比喩すべき、魔力装甲とも異なる呪いの鎧。人類が魔人に対して圧倒的に遅れをとる要因の一つであるこの装甲は非常に厄介な物だが同時に弱点でもある。
並大抵の攻撃では呪殻に弾かれ、傷ひとつつけることも叶わず、大敗を喫するのが常だ。
しかしこの装甲がある為、魔人は痛みを知らない。
何せ生まれてこの方、呪殻によってあらゆる衝撃や痛みから護られてきたのだ、魔族を切り裂く権能を有する聖剣の前には呪殻なんてあってないような物。
魔人は生涯初めての手傷を致命傷という形で負わされる羽目になる。
上記の二点を頼りに勇者一行は魔人を倒してきた。
メレソムもこれまでの魔人と同様に倒された訳であるが、その後に出会った魔人でもない人間、山賊王レンによって勇者達は敗北を喫した。
アンナはその敗因を知っていた。
単純な実践経験の不足。いや経験どころか技術も何もかも足りない。
たまたま魔人を倒せる剣を持った少年と優れた才を持つだけの少女の集いではいつか負ける。
「と、いうわけで私は暫く身を隠す事にするよ。狙いは分からないけど凄腕の暗殺者に狙われるのは流石に厄介だからね」
襲撃者の出所は探るまでもなかった。
呪い付きを雇う人間なんて山賊団くらいなものだ。
つまり自分達は山賊王に目をつけられている。そう考えるのは必然的であり、アンナはここで勇者達に新たな選択肢を齎そうとした。
「え?」
「いやま、待ってくれアンナ!僕たちがいるだろ?さっきだって……」
───みんながいたから、あの襲撃者は退いた。
そう口を開こうとしたがそれを遮るようにしてアンナは自らの考えを話した
「あーゴメンゴメン。言い方悪かったね。暫く修行しない?ってお話なんだけど」
勇者一行は謂わば、魔人狩りのプロ。
一方山賊団は、人狩りのプロだ。
相性の最悪とも言えだろう。
勇者達は魔人を倒すために前衛で受け、後衛で気を逸らし、前衛がそこを突くという手順を踏む。
しかし山賊達は純粋に殺す事しか出来ない、いや殺すことだけに特化している。
獣の狩りに例えればわかりやすいだろう。
勇者達は罠をかけて獣を狩るが、山賊達は単身で獣を狩る技術を身につけている。
罠という一手を挟む事により、殺しまでのチャートが遅れを見せる。
要は殺意の純化ともとれる山賊達の剣に対して勇者達はどこまでも後手に回らざるを得ない。
現に山賊王らは勇者一行による魔人狩りのプロセスを乱せるだけの経験と技量を持ち合わせていた。
「アンナ、それはどういう?」
「私、余裕」
「そういって僕らは山賊王に負けたでしょ?」
アンナの提案を引き止めようとするアレンとモモの言葉に事実を以て反論する彼女の目はかつてないほど真剣であり、それに気がついた二人は二の句を告げずにいた。
「それは……」
「確かにアイツは格上だったかも知れないけど、とびきりの祝福を持つ僕らが七人がかりで負けたんだ。まあ聖女様に関しては流石にティナと僕の警戒が甘かったのもあるけどね……」
辛うじて搾り出された言葉に足して浴びせかけられる正論。
悔しげに唇を噛むアレンを見て、アンナは言いすぎたかと考えながらも、現実的な問題点を指摘し続ける。
「何も逃げ回るだけじゃないよ、カノンの治療も兼ねてさ。意識がある状態なら僕の呪術でなんとか出来るかも知れないし、幾つか次善策を用意しておきたいんだ」
先ほどの襲撃は彼女にとって痛手である同時に、一つの道標となった。
世界に満ちる呪いの真価。
蒐集に加えてきた呪いの限界点さえも覆す可能性を示した襲撃者の存在は、彼女にとって死の瀬戸際を彷徨わせてきたことすら不問にするほどの意義を提示したのだ。
言うなれば一人の時間が欲しかった。
メレソムとの戦闘、先日の山賊王との戦闘、加えて襲撃者との戦闘を経て彼女の手持ちの触媒は底を尽きかけていた。
呪いの蒐集と研究さえ捗れば、山賊団の連中に一泡吹かせられると彼女は確信している。
新たな見地を得た彼女の躍進の時は近づきつつあるのだ。
「……そういえば、私も、チャラい剣士に、借り、ある」
モモが想起したのは、異端な剣術の使い手。
レイナから『騎士喰らいのルカ』と呼ばれた男にはこれまで経験した戦闘とは大きく異なる印象を彼女は覚えていた。
生来肉体に備わった魔術と闘気のみで祝福を持つ己をあしらった彼の剣士の実力は紛うことなく、最優の部類であり、戦場に立てば一騎当千の武勇を誇るものだった。
それに加えて、神から与えられたスキルに依存しない立ち回り。
魔人にはない人類のみに授けられた技術の結晶であるスキルは、人類史に残る技術を体系化し自動的に身体に馴染ませるものであり、あらゆる戦士はこれを頼りに剣を払い、槍で突き、弓で射り、拳を以って砕く。
しかしルカという男の常軌を逸した剣術は、体系化されたスキルに寄らないものだった。
あらゆる武術を抑え、剣術よりも拳術を取った彼女は初めてみる剣に不覚を取った。
その豊富な知識を利用されたとはいえ、遅れをとったの事実である。
次にルカと対峙する時、確実レイナを殺し切れる手札を揃えてやってくる。
そんな確信めいた思いを抱きながら、再戦を誓う。
「……確かにアンナとモモの言う通りだね。僕らは魔王を倒すために戦ってきたけど、まだまだだ。いや、全然力が足りてない。今一度自分を見つめ直す時期なのかもね」
隣でモモが納得の色を見せる中、アレンはというと未だ納得しきれていない様子。
しかし彼もその理屈を、意図を理解しないほど愚かではなく、折れる事を決めた。
渋々ながら、一時的な別行動を認め、修練に励もうとした瞬間。
「呵呵、そうかそうか。なら都合がいい」
しがれたような、だが同時に耳を奪われるかの様な旋律が如き美しい声が響く。
試練はいつだってやってくる。
それは例え、友を失った最悪の時であっても、だ。
設定
蒐集……呪術師が呪術を用いるには呪文の詠唱のみならず、呪いの蒐集が必要となる。
最も単純かつ効果的な蒐集方法としては呪い付きや呪刻を持つ魔人の遺体を触媒として加工することである。
本作では魔軍四天王メレソムの遺体を加工した触媒を用いて、ウルスタートを撃退した。
触媒はそれに宿る呪いや呪刻に呪詛を込めることで起動し、呪文を唱えることでより作動までの時間(詠唱時間)を短縮できる。
強力な呪いなどを触媒に宿し、用いる際には丁重に扱う必要があり、雑に扱うと呪いが溢れ、呪詛溜まりが形成され、周囲にいる者を無差別に襲う。
まあ被呪者の耐性が高い場合や、強大な存在であればあるほど触媒への負担は大きく、場合によっては損耗などのリスクを抱える。
呪殻……魔人の持つ呪いの鎧。魔力障壁に分類されるが、自動的に展開された装甲に己の呪刻を編み込む事で並大抵の魔法や攻撃を弾き、無効化する。
打ち破るには強い神聖が宿された聖剣などが有効である。
また大きな破壊力をもつ攻撃なども有効打足り得、現時点では賢者ティナの収斂されたフォールメテオや、ウルスタートの欽水刺、レンのアレンを殺害した一撃などが該当する。
尤も個体ごとに強度が異なるため確実に魔人を屠りたいならば聖剣などの魔人を殺すための武器が必要である。
※2/16呪層→呪殻へ名称変更
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いつも通り後書きでok
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そんなことより早く書け