乙女ゲームが始まらない   作:語部創太

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1.主人公は治さない

 澄んだ青空、浮かぶ白雲。

 柔らかく心地好い風が吹く昼下がり。

 川辺で腰を下ろし釣り糸を垂らすこの穏やかな時間が、日々の疲れを癒す憩いの一時となっている。

 

 バタバタバタッ

 

「姉ちゃーん!」

 

 ……さようなら憩いの一時。

 

「姉ちゃん、姉ちゃん!」

 

 うるせえぞクソガキ。

 私は今、夕飯に食べる魚を釣ってんだよ。

 ドタドタ走ったら魚が逃げちまうだろうが。

 

 で?

 何の用だよ。

 

「指切っちゃった!」

 

 そうか。

 唾でもつけとけ。

 

「えーーー!」

 

 えーもおーもないの。

 指切ったくらいでいちいちギャーギャー騒ぐんじゃねえ。

 

「『癒しの力』で治してくれよぉ!」

 

 やだよ、面倒くさい。

 そもそも、私のこの力はほっといてもすぐ治るようなかすり傷に使う力じゃねえんだよ。

 お前の首がねじ切れたら使ってやる。

 ほら、リンゴやるから大人しく帰れ。

 

「ちぇ~……」

 

 渋々といった感じで帰りやがったあのクソガキ。

 毎日毎日、膝を擦りむいただの指切っただの、くだらないことで騒ぎ立てやがって。

 これだから子どもは嫌いなんだよ。

 

「おっ、いたいた」

 

 また誰か来やがった。

 ……なんだ、誰かと思えばまともに働かずプラプラ遊んでるクソ野郎じゃねえか。

 見たとこ五体満足っぽいけど、どうしたよ。

 

「昨日飲みすぎて頭痛いから治してくれよ」

 

 アホか。

 しじみでも食っとけ。それか梅干し。

 だいたい休息日でもないんだから二日酔いになるくらい酒飲んでんじゃねえよタコ。

 

「つれねえな~。まだ見てもらいたいところがあるんだよ」

 

 下衆な目でニヤニヤしやがって。

 朝から盛ってんのか? 猿でも捕まえてシコってろよ。

 

「そう言わずホラ! 俺の腫れちまったアソコを癒してくれよぉ!」

 

 ………………ちっさ。

 

「ウオオオォォォォォォォォォン!」

 

 だから走るなと言うに。

 泣きながら走り去っていきやがって。

 チンコ見せる度胸はあるのに女1人押し倒す勇気はねえのかよ。

 そんなんだから童貞なんだぞ。

 私を押しても倒れないけどな。

 

 さ~て、釣り釣り。

 まあピクリとも竿先動いてないんだけどな。

 

「おーい、癒しの姉ちゃん」

 

 ……今日はずいぶんと絡まれる日だこと。

 

 で、なに?

 熱がある?

 解熱作用のある草をやるから、モシャモシャ噛んで寝とけ。

 雨降ってる中を走り回ってるから風邪ひくんだよ。

 

 次はなに?

 腹が痛くて死にそうだ?

 腹痛で人が死ぬかよ。

 生の鶏肉食ってるからそうなるんだよ。

 自業自得だ。煎じた胃腸薬やるから、これ飲んで寝てろ。

 

 今度は何よ?

 転んで腕の骨を折ったぁ?

 小魚食え、小魚。

 あと牛乳飲め。

 カルシウム足らねえから骨が脆いんだよ。

 

 不味いから嫌いだと?

 文句を言うんじゃねえ。

 ほらちょうど今釣れた魚を焼いてやるから食べてけ。

 

 腕?

 アホか、治すわけねえだろ。

 好き嫌いした罰だ。

 添え木して包帯グルグル巻いて固定してやるから、くっつくの待ってろ。

 

 で、どうした婆さん。

 腰が痛い?

 しょうがねえなぁ。

 揉んでやるから寝っ転がれ。

 草の上はやだ?

 ワガママ言うんじゃねえ。

 私の上着敷いてやるからこの上ならいいだろ。

 

 ほら、これでいいか?

 感謝の言葉とかいらん。

 なんかモノをくれ。

 ……なに? お礼に孫をやる?

 もっといらんわ。

 

 ……

 …………

 ………………

 

 よし。日も傾いてきたしそろそろ帰るか。

 3匹釣れたし上出来だろ。

 

「アオイィィィィィィ!!」

 

 うるせえよクソジジイ。

 私の名前を叫びながら走ってくるんじゃねえ。

 

「相変わらず尊敬の念ってもんがないのぅ! ワシ村長!」

 

 たぶん村でお前を敬ってる奴なんか誰一人いねえぞ。

 

「衝撃の事実!?」

 

 で、お前はどこ悪いんだよ?

 今日は疲れたから閉業したいんだけど?

 

「今日も今日とて『治癒の力』を使ってないくせに疲れてるわけないじゃろ!」

 

 そんな事ねえよ。

 いつにも増してクソボケどもが絡んできたから疲れてんだよ。

 それに、常日頃から私の力に頼ってたらいざという時に困るから自立しろって言ったろ。

 これだからクソボケ老害クソジジイは。

 

「2回クソって言った!?

 ……ってそうじゃ! こんな言い合いしてる場合じゃなかった!」

 

 そんなに焦ってどうしたんだよ。

 また誰か死んだか?

 老衰じゃなけりゃ生き返らせてやるよ。

 

「領主さまが来とるんじゃよ! 『癒しの使い手』を出せと仰せじゃ!」

 

 ふ~ん?

 そうなのか。それじゃあ頑張って。

 私は帰ってゆっくり休む。

 

「『癒しの使い手』はお前じゃろうが!」

 

 知らん知らん。

 私はただの釣り人だよ。

 だいたい領主に呼ばれるとか、ろくな事じゃねえだろ。

 私は面倒事は嫌いなんだよ。

 

「そこを何とか! このままだとワシの首が飛んじゃうの!」

 

 大丈夫だ。後でくっつけてやるから。

 

「そういう問題じゃないわい!」

 

 じゃあどういう事だってばよ。

 そもそも村人を守るのが村長の役目だろ。

 私の事も守ってくれよ甲斐性なしジジイ。

 

「えぇい! 村に住まわせてやってる恩を忘れたか!?」

 

 熊に殺されたのを生き返らせてやった恩を忘れたか?

 

「もうやだワシこの子に勝てない!」

 

 生殺与奪の権を私に握られた時点でお前の負けだ。残念だったな。

 ということでホラ、帰った帰った。

 

「そこを何とかお願いします! 本当にアオイさんを呼んでこないと村人全員どうなるか分からないんですー!」

 

 オイオイ、地面に頭擦り付けてどうしたよ。

 新手のお祈りか?

 どれだけ頼まれても私は行かないからな。

 

「そ゛こ゛を゛な゛ん゛と゛か゛お゛ね゛か゛い゛し゛ま゛す゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛!!」

 

 めっちゃ泣くじゃん。

 どんだけおっかないんだよ領主さま。

 ………………分かった分かった。

 ちょっっっっとだけ、顔見せるだけだからな?

 

「それで大丈夫ですじゃ! さあそうと決まれば急いで行きましょうじゃ!」

 

 キャラぶれまくりじゃねえかオイ。

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