ようこそ青春至上主義の教室へ   作:イノセ

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〈櫛田桔梗の独白〉



ソイツがやってきたのは、1年生の秋頃だった。中学の生徒会が入れ替わり、仮装の文化も程なく終わってきた頃。転入生として、私の学校にやってきた。
 一目見て、変な奴だと思った。見た目は他の女子と変わらないか、少し小さい程度。見た目には気を使っていないのか、顔は可愛いが、髪は長いのにただ下ろしているだけ。
 対人能力はそんなにないようで会話慣れもしていないのか、畏まりすぎた敬語に、拙い自己紹介。
 でも私が変だと思ったのは、ソイツの目だった。真っ白なその目の先は、真っ暗。というより、何も無かった。

 そんな奴でも一応はクラスメイト。「情報」や「秘密」を使うことで1番になろうとしていた当時の私は、内心を隠して近づいた。誰がどう見ても、転入生の不安を気にかけて真っ先に話しかけにいく、明るく優しい櫛田桔梗だった。無口なのか、最初から話す気がないのか、その日の授業や休み時間では一言も話さなかった。ただ私の目を見て、何かを査定している。不気味だと思った。でも一度話しかけたからには、途中で放棄するのは私のプライドが許さない。
 放課後になって学校案内がてら校内を散歩しよう、と提案するとソイツはついてきた。私が1人でずっと話すだけだったが、誰の影もなくなったところで、私の制服の袖を引っ張ってきた。


「ん?どうしたのかな?何かわからない事でもあった?」

 
 私が笑顔でそう聞くと、不思議そうな無表情で、ソイツは言った。


「どうして、ずっと演じているんですか?」


 言葉を失った。今まで私の内面を見透かしてきた奴なんて、一人だって居なかった。演技だって完璧だったはずだ。



「え……演じてるってどういうことかなぁ?私、よく分からないよ」
「貴方のその目。多分“それ”も貴方ではありますが、今日1日時折異なる目がありました。私は、不気味でしたか?」


 何も無い目で、私の目を見つめられる。手首を取られ距離を詰められる。思わず私はソイツの手を払った。


「なっ……何なのよアンタ!さっきから…っ!気持ち悪い!」


 私が思わず素に戻ると、ソイツは嬉しそうに笑った。


「……“そっち”です。そっちの方が、貴方の本性を表している。……綺麗な目ですね」


 手を跳ね除けられたことも忘れたのか、私の両手を取って顔を近づけてくる。こいつは、イカれてる(怖い)
 生まれて初めて、そう思った。
 闇を持つ者は、より深い闇に惹かれていく。












 ソイツは、やっぱり変な奴だった。
 私の本性を“綺麗”と言って気に入ったのだ。どれだけ冷たい言葉を吐こうが、どれだけ他の人の愚痴を吐こうが、ソイツは興味深そうに聞いていた。
 いつしかソイツは、私の愚痴の捌け口となり……悔しいけど、精神の拠り所となっていた。私の本性を受け入れ、否定するどころか肯定して。本当に、変な奴。

 ソイツと話していて、実感した。彼女は、人を依存させる天才だと。
 欲しい言葉を、欲しい時にくれた。機嫌が悪い時や愚痴が溢れそうな時は、何故かいつも察知して傾聴していた。いつしか拙かったはずのソイツの対人能力は、私との対話を通して目を見張るほど高くなっていった。高くなるにつれて、私以外の奴とも話すように、仲良くなっていった。酷く面白くなかった。別に嫉妬とかではない。ただ、ずっと私のところにいた癖に、他の奴らの目を見ているのが気に入らなかっただけだ。
 だが、ソイツはいつも私のところに戻ってきた。どうやら、私は「人間臭くて面白い」らしい。やっぱり、変な奴だった。
 でも心做しか、私と話している時のソイツは、何も無い目に少しだけ光が宿っているように見えた。


 2年になっても同じクラスだった私達は、更に一緒にいるようになった。後輩が増えた分もストレスが増え、他クラスに友達が増えた分もストレスが増え、同クラスの奴らは私に対して更に相談するようになった。
 秘密を握る以前に、ストレスが限界だったのだ。
 そんな私を見透かすように、ソイツは更に距離を詰めてきた。クラスメイト達はそんな私達を何だと思っているのか、「仲良しだね〜」「付き合ってるのー!?」と茶化してきた。その瞬間、ソイツが言った。

 
「私と櫛田は、親友ですから」


 その言葉を皮切りに、お互いの家に泊まることが増えた。別に私はソイツを親友とは認めてはいないが、ソイツと過ごしている時間は他のやつと過ごすより遥かに楽で、少しだけ楽しかった。何より私が快感を感じたのは、ソイツの秘密を握ることではない。
 ソイツが私と話す時、目に少しだけ増える「光」。その光を、ソイツの目いっぱいに広がらせてやろうと決意した。人を依存させる天才に依存させる。それをただ、目標に。





















 でも、そんな時間は長くは続かなかった。


「███が、家庭の事情により退学することになった」
「____は?」


 頭を強く打たれたような衝撃が走った。昨日まで普通に話して、愚痴を吐いて、軽口を叩きあって。私が唯一、本音を話せる相手が。
 HRが終わった瞬間、廊下に出た担任に事情を聞いた。担任からは事情を話せないそうだが、今は校長室にいるだろうと聞いた。最後の話をしてきなさいと。
 ムカついた。酷くムカついた。最後?勝手に決めるな。アイツが居なくなったら、私はどうすればいい。怒りと困惑で頭がぐちゃぐちゃになりながら、校長室へ走った。


 「███!!!ふざけんじゃないわよ!!!!!」

 
 文句を言ってやろうと思った。原因を聞こうと思った。でも、私のそんな淡い願望は、振り返ったソイツを見てすぐに消え去った。
 腰まで伸びていた亜麻色の髪は焦げ、私よりも短く。所々に火傷の痕と、煙を被ったであろう黒い頬。何より、私があいつに植え付けたはずの光は、この学校に来た時よりも暗く、黒く染まっていた。私の色に染まるどころか、染まる隙が無いくらいの闇が、広がってしまっていた。




 





 こうして私は、唯一の親友を喪ったのだ。







陰惨

 

 

 

 

 

 

side:赤井萌

 

 櫛田の肩を借りるようになりながら、私はDクラスの拠点に連れてこられた。正確には、少し離れたところではあるが。櫛田に強制的に座らせられる。

 

 

「ごめんね寛治くん、須藤くん。平田くん達に伝えてきてもらっていいかな……?私はこの子の怪我を見るからっ」

「お、おう!行こうぜ健!」

 

 

 二人がいなくなった後、長い溜息を吐く櫛田。どこか懐かしい瞳が、私に向けられる。

 

 

 

「____で?何であんたがここにいるわけ?」

「なんの事かなぁ」

「とぼけないでよ。というか、何そのキモイ喋り方」

「酷いなあ。櫛田からインスピレーションを得たんだよ?これは。私なりに、君を尊敬してるんだから」

「反吐が出るからやめてくれない?……何があったのよ、あんた運動得意でしょ」

 

 

 櫛田が自分のハンカチで私の泥を拭きながら問いかける。その目は私を疑っているようにも、私を縋っているようにも見えた。

 

 

「食料を取ろうとしたら、雨でぬかるんでた土を踏んで運悪く崖から落ちただけだよ。昔から運は悪いからね」

「…………あ、そ」

「櫛田は何してたの?私を運んでくれてる時は男の子たちも一緒だったけど」

「私は…………」

 

 

 櫛田が言おうとすると、複数人の足音が近づいてきたため櫛田が瞬時に雰囲気を変える。顔を上げると、平田くん?と思われる男の子と、堀北、それに金髪の女の子がいた。部外者である私の対応に来たということは、この3人が現Dクラスの中心人物と見ていいのだろうか。堀北は例の須藤くんの件で清隆と動いていたし、清隆の隠れ蓑とされている可能性は高そうだ。

 

 

「池くんから話は聞いたよ。大変だったね、怪我は大丈夫かな?」

「やばっ、めっちゃ土ついてんじゃん。早くシャワー浴びた方が……あーいや、怪我してる時ってシャワーしていいんだっけ?」

「まずは怪我の処置が第一でしょうね。でも、貴方……Aクラスの赤井さん、だったわよね」

「うん、そうだよー」

「Aクラスの人が1人で、しかもこんな雨の中歩いているかしら?怪しいわね……何が目的?」

「単純に、食料が尽きそうだったから追加の調達に出てただけだよ。Aクラスは運動自慢の子が少なくてね。体力に余裕があるのが私と、あともう1人の男の子しかいなかったんだ。二手に分かれて探してたんだけど、私は運悪く足を滑らせただけだよ」

「本当に、食料の確保だけなの?私たちの偵察に来たんじゃなくて?」

「堀北さん、他クラスだからと言ってそこまで言う必要は……」

「いいよ、私は疑われる立場にあるべき人物だからね。でも食料を探していたっていうのは本当。君たちだって、食料の調達に出ていたんでしょ?この子に聞いたよ。君たちのクラスに出た問題が、私たちのクラスに起こらない理由は無いよね?」

「それは……」

「堀北さん、この子の怪我、すごく痛そうなの。せめて安静にするだけでも、いさせてあげられないかな……?」

「僕も賛成だよ。怪我人をみすみす放ってはおけない。軽井沢さんも、それでいいかな?」

「平田くんが言うならあたしもさんせー!てかこの子めっちゃ土だらけだし、わざとだとしたらこんななる?ホントに怪我しただけにしか見えないんだけど」

「……そうね、少し気が張っていたみたい。でも、見張りはつけてちょうだい。安静になるまでの間だけよ」

「安心してよ、この怪我だと拠点に戻れないと思うから……私がリタイアするまでの間、ここにいさせてもらえないかな?」

「好きにしてちょうだい」

 

 

 険しい顔をして堀北は去っていく。汗も沢山かいていたし肩で呼吸をしていたから、風邪でもひいてるのかな?

 

 

「えぇと、赤井さん…でいいのかな?僕は平田洋介。なにか困ったことがあれば遠慮なく相談して欲しい」

「あたしも紹介した方がいい感じ?あたしは軽井沢恵。シャワー室あるからそこで洗ったら?」

「あーでも、並んでるから申し訳ないな…私的には軽く流せればそれで……」

「ねぇ軽井沢さんっ、あそこに並んでる子達って軽井沢さんと仲良い子達だよね?赤井さん、緊急そうだから良かったら話通してもらえないかな?私が連れていくよ!」

「あーおっけ。一応話してみる!」

 

 

 あ、あれ……?シャワー室を使うことが確定しちゃったのか……?どうやら先に並んでいた人たちは軽井沢さんの知り合いだったようで、軽井沢さんが話したら快く(1人は不満そうだったが、私の状態を見て仕方なく)あけてくれた。

 

 

「……ん?櫛田もこのまま入るの?」

「ん?なにか不都合があるかなっ?」

「いや、シャワー室に2人は狭……あぁちょっと押し込まないで!」

 

 

 櫛田に強引に押し込まれ、本来1人が許容範囲であるはずのシャワー室に二人ではいることになってしまった。狭い。私みたいな小柄な生徒が2人、とかであればまだ良かったのかもしれないが、櫛田の豊満な肉体が私の背中をこれでもかと圧迫してくる。

 

 

「ええと……なんで2人?狭くない?あと別に私は川でよかったんだけど……」

「はぁ?川だったらあんたの水着がクソどもに晒されんでしょ?そんなことも分かんないわけ?」

「……?別にいいけど、というか川の方が広いし、座れるし…」

「うっさい、黙って洗われなさい」

 

 

 櫛田に睨まれ、泣く泣く口を閉じる。というか櫛田、切り替え早いなー……さっきまで優しい表櫛田だったのに、ここなら声が聞こえないからか裏櫛田に変わってる。昔よりも切り替えがスムーズになってない?

 

 

「うわ、あんた足首腫れてるじゃない。骨折…はしてなさそうだけど。一人で歩けるわけ?」

「正直厳しいな〜。櫛田、助けて♡」

「キモイ、野垂れ死ね」

「ひ、ひどーい!!私たち親友なのに」

「……少なくとも、今のあんたとは親友じゃないから」

 

 

 心底気持ち悪そうに目を逸らして深い溜息を吐いた後、櫛田は睨むように私の目を見る。

 

 

「あの時、何があったわけ。少なくとも私の見てきたあんたは、そんな偽物の白さはしてなかった」

「……ふぅん?やっぱり櫛田は、頼り(いい駒)になりますね」

 

 

 少し口角を上げたあと、今の櫛田が求めているであろう対応をする。それにしても、こっちの(以前の)私の方が好きなんて。櫛田も意外と物好きなものだ。

 

 

「残念ですが、答えは教えられません」

「……なんでよ。あんたの言う“親友”なら、それくらい教えてもいいんじゃないの」

「昔も言いましたよね。世の中には知らない方がいいこともあります、と」

「ああ、そういえばあんたは頑なに過去を話そうとしなかったわね……」

「生憎、身の上話が苦手なもので」

「………………はぁ〜〜。じゃあいいわよ、ムカつくけど。その代わり、私と2人の時はそっちで話してよね。あんたがあの口調だと気持ち悪くて死にそう」

「…櫛田には1番言われたくない言葉ですね、それ」

 

 

 思わず素で笑うと、櫛田が拍子抜けしたような顔をした後、「うっさい」と言って視線を逸らす。

 

 

「……よしっ!萌ちゃん、泥は取れたからそろそろ出よっか!」

「……あはは!そうだね、櫛田が私の身体を拭いてくれるのかな〜?」

「…っ、死ね!!」

 

 

 あれま、怒ったのかな。顔を赤くしながらタオルを投げて出ていっちゃった。ま、他クラスの分際で人気のシャワー室を占有しっぱなしっていうのも悪いし、すぐ出るとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水気を拭きながら外に出ると、木を背にして櫛田が待っていた。あれ、先に行ったと思ってたんだけどな。

 

 

「やっと来たぁ!ほら萌ちゃん、1人じゃ歩きずらいでしょ?それにお腹すいてるかもと思って、私のグループの子達から少しずつ分けてもらったんだ。あそこで一緒に食べよう?」

 

 

 そう言って、少し離れたところにあるテントを指さされる。なるほど、私は「櫛田の善人性」をアピールするための生贄になったらしい。逆らうことも今の状態じゃ難しいし、大人しく肩を借りるか。そう思い、櫛田と歩いていると、櫛田が私を見つけた時に一緒にいた茶髪の男の子が慌てた様子で走ってきた。そういえばこの子、プールの授業の時に叫んでたっけ…。

 

 

「あ!桔梗ちゃん!大変なんだよ!こっち来ない方がいいって!!!」

「え?か、寛治くん?どうしたの?」

「あ、あそこ!トイレの裏でなんかが燃えたみたいで、ちょっとした火事になってるんだよ。俺は平田呼んでくるから、逃げた方がいいって!」

 

 

 寛治くん、と呼ばれた男子が指さした方を見ると、確かになにかを火元に炎がでかくなり始めているようだった。

 

 

「そ、そうだね。とりあえず、お水とか持ってくるべき……って、も、萌ちゃん!?」

 

 

 私は吸い寄せられるように、足を引きずって火元に近づく。火元には既に燃やされている紙の束のようなものがあった。試験中、葛城くんが入念に見ていたものに似ている。これは……マニュアル?だとしたら、Dクラスのマニュアルが燃やされたということだろうか。つまり、Dクラスのマニュアルがどこで管理されているのかを知っている人物。先程Cクラスの水色髪を見たが、彼女が在処を知っているとは考えづらい。となるとこれは、仲間内の犯行。

 燃え広がる炎を前に、思い出したくもない情景が頭をよぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『おじいさん……おばあさん…………??どうしたんですか…?なんで、どうして、どうして!!!!』

 

 

 

 燃え広がる炎。何も出来ない、無力感。やっと手に入れた“ナニカ”を奪われていく感覚。煙を吸い、身を焦がし、それでも何も残らなかった、喪失。ふと、呼吸が浅くなっていることに気づく。その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「____っ!あんたは見るな!!」

 

 

 火元に近づいた私の目を、櫛田が隠す。いつの間にか私は、櫛田に担がれていた。火元から離されると、離れたところで降ろされる。

 

 

 

「あんた重すぎ……!ん゛ん゛っ!……萌ちゃん、どうしたの?何か気になることでもあった?」

 

 

 一瞬裏の顔を見せた彼女だったが、近くに人がいることですぐに表の顔に戻る。私は思考を現在に戻し、櫛田と向き合った。

 

 

「……とりあえず、ペットボトルやバケツを使って火元に水をかけた方がいい。万が一があったら大変だから、濡れタオルを口元に当てて。今はまだ小さな炎だから、水で消化出来ると思うよ」

「うん、分かった!みんなに伝えてくるね!」

 

 

 ……思わぬ形で櫛田に助けられてしまったな。乱れた思考を戻すために座って休んでいると、頭に水滴が落ちてくる。

 

 

「あ……雨。また、本格的に降り始めたのかな」

 

 

 向こうでは言い争っている声も聞こえていたが、雨が降り出したことで荷物の回収に行動を移したようだ。撤収するには、今がちょうどいいかな。

 私は捻挫した足(偽物の怪我)を地面に尽き、初期地点へと歩き出した。

 

 

 

 








櫛田は萌ちゃんのことを「旧友」として見ていますが、萌ちゃんは櫛田のことは「過去に面識がある分扱いやすい駒」としか見ていません。悲しい。



夏休み、誰とデートする?(一話投稿予定)

  • 坂柳有栖
  • 神室真澄
  • 一之瀬帆波
  • 椎名ひより
  • 櫛田桔梗
  • 白波千尋
  • 綾小路清隆
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