不感の少女 作:はや
『無味無臭』
怜の人生を一言で表すならそんなところだろう。
怜は物心ついた時から心が乾いていた。何に対しても無気力で無感動。
普通、人間は生きる事に意味を探したりはしない。惰性に生きている人間が大半だ。
けれど怜は生きることが苦痛だった。正確には退屈と言うべきか。生に苦痛すら見出すことが出来ないのだから。
怜から見た世界は既視感に支配されている。例えるなら遊び尽くしたゲームのようなもの。
情と呼べるものも残っているのかも知れないが自分に唯一優しくしてくれた祖母が死んだ時ですら涙1つ溢れることはなかった。その時から怜は自分に期待をしなくなった。
ある時、怜の母親がいなくなった。シングルマザーの貧しい生活に絶望して自殺したのかもしれないし、どこか遠くに逃げたのかもしれない。けれど悲しみはしなかった。
元々祖母に任せきりで育児放棄気味だった母親は表情一つ変えない怜に嫌悪している事を知っていたからだ。だからいつかはそうなるだろうなとも思っていたし、事実そうなっただけ。
しかし、捨てられた怜はどれだけ大人びていたとしても所詮は子供。1人で生きる術を持ち合わせていない。
他の大人に頼る事も考えたが一瞬でそれを切り捨てた。頼ってまで生きて何をすれば良いのか分からなかったからだ。今まで生きていたのは家族に迷惑をかけないためだった。怜の心はいつだって空っぽ。だから生きる理由も他人任せ。
とにかく楽な死に方を思案する。無感動な怜とて飢えと寒さといった肉体的苦痛には耐えられない。
どこかで飛び降り自殺が楽らしいと聞いたことがある怜はそれを採用した。近くには廃ビルもある。人気がないので丁度良かった。
♪♪♪♪♪
頬を撫でるように風が吹く。眼下には町が広がる。あと一歩進めば真っ逆さまだろう。されど、怜は躊躇なく足を上げる。今更死に怯えたりなどしない。
体が傾いていく。
(これで終わりか......最後まで分からなかった.....)
「パシッ」
直後、背後から手を掴まれる。
何が起こったのか一瞬分からず惚けてしまったがすぐに気を取り直す。
どうやら自殺を阻まれたらしい。怜は余計な事をされたと内心で悪態をつきながら振り向く。
美しい女がいた。
「美しい」と一言で言ったが、言葉では表現しきれない何かを纏った女だった。
呆気にとられていると女が口を開く。
「なぁ......君はなぜ死のうとするんだい?」
女は真っ直ぐな瞳で怜を見つめる。そこに憐憫や同情の念はなく、純粋に疑問を問うているようだ。
「あなたに話す意味がない」
「うーん、そうかぁ」
女は困ったような笑みを浮かべて肩を竦める。
「じゃあ、話してくれないなら君のこと通報させてもらうよ。でも、それじゃあ困るんだろう?」
「分かった......」
通報されることはやめて欲しかった。この機会を逃すと手間が増えるからだ。
「私は趣味で音楽をやってるんだけどさ。そういう創作には生の感情っていうのが重要なんだ」
「........」
「最近は終わりをテーマに曲を作ってるんだけど、君がイメージにピッタリなんだよ」
「私が死のうとしてるから?」
「それもあるけど........1番は君の目かな...その昏く冷たい瞳だよ。よく見せてくれないか?」
女は怜の頬に手を添え顔を近づけると、じっとその目を見つめた。
「ほぉ」
女は驚嘆の声を上げる。怜にはそれが何に対してなのか分かるわけもなく首を傾げた。
「これも運命っていうやつなのかもなぁ」
「意味が分からない。はっきり教えて」
「私達が同類だってことだよ」
「同類......?」
「アレキサイミア......現代医学で唯一解明の進まない奇病。私と君は同じ病を患っているのさ」
「この病状を抱える者たちは生まれつき何かしらの感情が欠落している。あと、患者は例外なく瞳の色が特殊なんだ」
「感情が...欠落.....」
「そして、面白いのはここからだ。患者達は音楽を通して一時的に感情を獲得できる。」
『感情の獲得』
怜はその言葉を聞いた瞬間、切れ長の目をかっぴらいて女を凝視する。
「ねぇ、それ......本当?」
「おぉ、怖い怖い。そんなに見つめないでくれ」
「詳しく教えて」
「嫌だと言ったら?」
女は肩を竦める。怜はそんな女の舐めたような態度に話す気がないと思ったのか、自殺の予備案として保有していた携帯ナイフを女の首に突きつける。
生まれて初めての能動的な行動。他人から見ればその行動は常軌を逸しているだろう。怜も自身の行動に困惑していた。頭で考えるよりも先に体が動いていたからだ。
「ま、待て待て......話す話すから待ちたまえ!何なんだこのジェットコースター娘は!極端すぎるだろう!?」
流石の女もこれには堪らないといった様子で両手を上げ降参の意を示す。
「全く......少しふざけただけじゃないか。話すから早くナイフを下ろしてくれ」
「そうなの......?ごめんなさい」
怜は素直にナイフを下ろす。
「それで?」
「あ、あぁ。古来から音楽には不思議な力が宿ると言われているんだ。実際、その力は人間の意識に強く作用する。」
「具体的に言えば、音楽を聴いた人間は曲に込められた意思や感情、情景といったものを受信するんだよ」
「それだけじゃない。曲を作る人間はさらに大きな影響を受ける。人生観が変わってしまったなんていう人もザラじゃない」
「その力は私達のような欠陥人間にも例外なく作用する。だから感情を取り戻すという意味ではうってつけなのさ」
「.........」
(あぁ、私は感情が欲しかったんだ.......)
怜は他人の感情を理解することはできる。心と体の動きは繋がっているからだ。けれど自身の感情を実感したことはなかった。
生きながら死んでいるようなものだ。目的があって造られた機械と同じように、目的がなければ怜も生きられない。だから、自分を
けれど、怜は機械ではなく生物だ。生物には本能が存在する。その本能は無意識に生を望み、怜に感情への興味を植え付けた。
今までは怜の理性がそれを抑えつけていた。しかし、感情を獲得出来る可能性を知ってしまった。そうなれば好奇心の膨張は止まらない。怜は生まれて初めて自身のために生きる理由を見つけた。機械だったはずの怜が今、人間への一歩を踏み出したのだ。
「これで大体知ってることは話したよ。さぁ、次はキミの話を聞かせておくれ」
「分かった」
それから、怜は今までのことを話した。祖母が死んだこと。母が消えたこと。感情が分からないこと。
そして......生きる目的が出来たこと。
「アハハ。そっかそっか...これからのキミは面白いことになりそうだなぁ.......うーん...」
そう言うと女は顎に手を当てて俯く。何かを思案しているようだ。
「そうだ。良いことを思いついた」
「キミ......うちの子にならない?」
(........え?)
「丁度、娘が欲しかったんだよねぇ」
(.........ゑ?)
「ね、良いでしょ?キミにとっても悪い話ではないはずだよ?」
「さっきから黙ってるけどOKってことかな。じゃあ、これからは私がお母さんだよ。よろしくね!」
「...............................ゑ?」
そうして怜は母親を名乗る不審者に引き取られた。
自分で書いてみた。物語書くの大変だな......