不思議な物語の序幕
エレクトリア。
人工知能が搭載された身長20cm足らずの機械少女達が人々と共に暮す時代。エレクトリア達は電子製品とリンク、また演算能力で人々を手助けすることに始め、人と変わらない自我、感情によってそれぞれの形で隣人となっていた。エレクトリアを活用した娯楽もまた人間と遜色無く、芸術やスポーツなど幅広い。特にスポーツではエレクトリア達に専用の武装を取り付け戦わせる事が流行し、プロ達の大会からお茶の間のキャンペーンまで幅広い。
これはそんな人間とエレクトリアが織りなす世界の一幕……
郊外の山にある公園に一人と一体の姿。一人は凛音という女性。180程のの身長に腰まで伸びる黒髪、端正な顔立ちは男女問わず思わず振り向く美しさ。一体はエレクトリアの華麟。エメラルドグリーンのロングヘヤーで、纒められたポニーテールは太ももに届くかというほど。彼女達がここに来たのは歌の練習のため。女性、凛音は音楽家、兼ダンサーとしても活動しており有名な音楽団体にも所属。個人としてもそれなりに名前は通っている。環境の整ったスタジオを使うのも難しくないが、家からさほど遠くなく、無銘の頃からの練習場所であるここは一番落ち着けるスポットだ。軽くストレッチをし、声の調子を確かめる。その側にいる華麟はじっと声に耳を傾け、音のハリ、高さを確認していた。
「……うん。今日もバッチリよ凛音。」
「ありがとう。それじゃあ始めましょう。」
歌を紡ぎながら、流れる様に舞う。練習中とは思えない程の心地良さは凛音の技術力を如実に表している。郊外とはいえ公園なので、道行く人や主を持たない野良エレクトリア達がそれを見聞きすることは珍しい事ではない為、気づけば小さな公演会の様になっていることも多々ある。そして今日も少し離れた所から人影が現れたが、それを目にした二人は思わず息を呑む。競泳水着の様なボディスーツ姿の女性は凛音を遥かに大きく2m半ば程の身長は俗に言う八尺様の様。しかし手足や胴体は相応に太く、メロンやスイカの様なバストを持つため、背が高いというよりは身体が大きいと評するのが正しいように思う。その力強い巨躯とは対照的に儚く透き通るような青髪が脹脛辺りまで伸びている。どこを取っても普通ではない美女は凛音達をしばらく眺めていたが、ゆっくりとこちらに歩いてくる。どうしたものかと考えていると、水晶のように透明感のある声がかけられる。
「今のは、何…?」
「えっと……。歌と踊り、でしょうか?」
シンプルな質問、返答もシンプル。しかし大人の女性が歌と踊りを知らないから質問をするのは少し違和感がある。興味がなくてもこの国、いや大抵の国にいれば知識としてあるはずのそれが彼女には無かった。疑問が解決しない中、凛音の後に隠れている華麟からさらなる疑問が追加される。
「嘘、彼女人間じゃ無い…。エレクトリアよ!?」
人よりも大きなエレクトリア。そんなものが存在するのか?しかしそうなるとネットワークによるデータ検索ができるエレクトリアが歌を知らない問題が出てきてしまう。しかし正体不明の物をどうにかするには調べるしかない。幸か不幸か、多くの人やエレクトリアを見てきた凛音の直感がこの巨大エレクトリアに敵意がないと感じている。これもまた縁と思い、取り敢えず話を続けることにした。
「私は凛音。こちらは華麟。貴女の名前を教えてくれますか?」
「……ヨトゥン。」
それは神話に登場する巨人と同じ名前。彼女の主か開発者がその大きさ故に名づけたのだろう。淡々と答えていたが、華麟を見た瞬間、少ない動きの表情が完璧に消えたのが少し引っかかる。人とエレクトリアの区別も出来ていないのだろうか?または自分を人と思い込んでいるのだろうか?
「今の…歌?踊り?なんだか…変な感覚がしたの。もっと知りたい。」
「興味があるということですね?では、いっしょに練習してみましょう。」
「え!?やるの…?
「はい。興味も時間もあるならいくらでも試すべきです。」
急遽始まったヨトゥンの稽古。凛音の教え方が良いのか直ぐに音を取れるようになっていく。声質もあり、凛音が追従するように合わせると美しいハーモニーが作られる。自らが引き寄せられた旋律を自分自身で生み出している事実に、ヨトゥンは感じたことのない高揚感を得ていた。表情も徐々に柔らかくなり時々笑みも見える。
「ヨトゥンさんは上手ですね。」
「本当?」
「本当よ。それに嬉しそうなんだもん。」
「嬉しい?そう…嬉しいなのね。」
全てが初めての中でヨトゥンに新しい価値が生まれていくのが外から見ている凛音にもよく分かる。会話中の声も僅かながら浴用が生まれ、歌声もみるみる上達し数十分前と比較しても見違えるほどだ。
そうしていると遠くから見慣れた小さな人影がやってくる。
「凛音殿。今日も稽古か?」
「八重!また来てくれたのですね。」
「お主達の歌や踊りは見ていて楽しいからの。にしても今日は一段と大きな客人がおるな…。」
八重は凛音達と馴染みのある野良エレクトリアで、集落のリーダーをしている。小さな公演会の小さな客人として仲間達と来ることも多く、今日はぞろぞろと引き連れていた。
「そうなんです、彼女はヨトゥン。先程知り合った、とても大きなエレクトリアなんです。ヨトゥン、彼女達は…。」
友達を紹介しているとヨトゥンの表情が再び消える。そしてそれは先程と違い長く…いや戻る気配がない。
「ヨトゥンさん?」
「エレ…クトリア……機、補足。捕獲を開始します。」
機械的で抑揚の少ない声が聞こえると突然風が吹き、思わず目を閉じてしまう。目を開くと、側にヨトゥンの姿はない。消えたヨトゥンは野良エレクトリア達の側におり、次の瞬間には両腕に1体ずつエレクトリアを握りしめて右手は口に押し込み、呆気に取られ瞬き1つしたときには右手にいたエレクトリアはヨトゥンの喉を膨らませて丸呑みにされた。もう片方も同様に口に運び、呑みこむのに邪魔な大きなバックパックはバリバリと噛み砕き吐き捨てたので。この異常事態を辛うじて認識し離脱しようと動き始めた所で更に2体が取り込まれる。臨戦態勢に入るため距離を離すも、それを上回る速度で距離を詰められ、また2体が取り込まれる。八重を含めた残りの野良達は手にした武器を一斉射撃し、巨体が爆炎に隠れるのも厭わず追撃を加える。しかしそれを歯牙にもかけず、爆炎から伸びてきた腕に捕まった2体がまたしても取り込まれる。
一分にも満たない内に7体のエレクトリアがヨトゥンの中に消え、腹部は少し膨らんでいる。最後に残った八重は高速飛行からの斬撃で攻撃を加えていくが全く傷がつかない。それどころか次第に攻撃が当たらなくなる。
「なんという速さ…!むっ!?」
巨体に似合わぬ回避性能に加えて、獲物を正確に捕らえる巨腕に八重も囚われてしまった
「このっ離…っ!」
手にした刀で抵抗するも全く手応えはなく、そのまま丸呑みにされてしまう。余韻に浸ることもなく、最後に残った華麟を捕らえるため、戻ってくる。この惨状を受け、戦闘装備もしてない華麟は恐怖のまま動けなかった。しかし凛音はその間に割り込み、立ち塞がる。
「ちょ、凛音!?危ないから下がって!!」
「駄目です、私の家族は傷つけさせません。それにっ…!」
言葉を続けようとしたが、無表情のヨトゥンの迫力に圧されてしまう。目線こそ交わっているが、それは障害物や敵として見られているだけ。危害を加える可能性のほうが高いのだ。ヨトゥンが一歩一歩近づいて来るがそれでも凛音は僅かに震えながらも盾になることを止めない。そしてついにすぐ目の前に来た。自分より遥かに大きなヨトゥンが更に巨大に見える。先程までは震えていた凛音だったが覚悟が決まったのか、体も視線もブレなくなった。そんな障害にヨトゥンは腰を曲げて顔を近付けた。互いの視界一杯に相手が広がる。決死の睨み合いの中で時間の概念は薄れていき、永遠にも須臾にも感じた。
「ごめん、なさい…。」
「……え?」
それを終わりにしたのはヨトゥンの謝罪だった。この距離でも消えてしまいそうなか弱い声。表情も僅かに憂いに満ちたものになっていた。その様子に驚いていると、ヨトゥンは横を通り過ぎて、華麟に腕をのばす。凛音とヨトゥンの間の異変に気づいた華麟は特に抵抗せずに掴み上げられる。
「……体内容量僅か。腕での拘束のまま移動。」
野良達で体内は一杯のようで、呑み込まずそのまま森へと歩いていくヨトゥン。その顔からは再び感情が消えていた。先程のヨトゥンの態度が気になるが、とにかく一人でどうにか出来る事態ではない。偶然ではあるが、近衛インダストリアルのイベントで知り合っていた自警統括部のミカに連絡をいれる…。
『すぐそっちに応援に行くわ。だから絶対に無茶はしないで大人しくしてること!』
その言葉は正論で、特に反論することも無かった。しかし危険は承知だが、ついていって救出のチャンスを探りつつ、この事件の糸口を掴むべきと思った凛音は聞く耳を持たず、ヨトゥンの後をついていく。なによりそうしなければならないという決意が心から溢れ出していた。幸い妨害は無く、ヨトゥンの森を歩くペースもそこまで早くはなかったので、息を切らし、咳き込みつつも追従できた。どれほど経ったか分からないが、開けた場所に出る。そこには黒く残った瓦礫が散乱し、所々からは灰色の煙が立ち昇っている。テレビニュース等の記憶で実際に見たことはないが、おそらく火事の跡。再びヨトゥンに視線を戻すと、瓦礫の中を歩いていた。不安定な足場に細心の注意を向けながら焼け焦げた中を歩いていると、ヨトゥンが突然停止する。周囲の瓦礫を見れば金属が目立ち、壊れた何らかの装置があった。
「捕縛対象の移設場所無し…。対応策を模索…。」
どうやらここには収納ケースか何かが置かれていたようだ。突如、懐から鳴り響いた着信音に体を跳ね上げる。着信相手はミカだ。
『取り急ぎ分かった情報を伝えるわ。先日その公園から少し離れた山間でとある違法組織の取締があって、その際に拠点が火事になったらしいの。』
確かにその情報とこの場所は一致する。つまりヨトゥンはその組織のエレクトリアで、何かの目的のためにエレクトリアを連れ去っていたのだ。そして今のヨトゥンはあるべきものが無い故に命令を実行出来ず、エラーに対処しようとしている。
『ところで、さっき無茶しないでって言ったわよね?勝手だけど貴女の端末座標確認したらその現場なんだけれど?』
隠し事はあっさりバレた。流石は自警組織というところか…。いや、凛音の気質からこう動くかもと推測したのかもしれない。
『さっき聞いた巨大エレクトリアや残ったエレクトリアが襲ってくるかもしれないからこんどこそ離れるように!取り敢えず組織の研究責任者を連れてそっちに向かってるから今度こそ大人しくしていて!』
この後来るであろうお説教は甘んじて受けるとして、研究者が来るならヨトゥンの現状には丁度よい。命令があれば華麟達を解放してくれるかもしれないし、彼女自身の意志を聞くことが出来る。ヨトゥンが動かないように引き止めねば…と思っていたが、ヨトゥン自身どうすれば良いか判断が出来ないようでじっと立ち尽くしている。握られた華麟を見ると特に異常はなく、どうにでもなれとリラックスしてるようにも見える。
「私は大丈夫。食べられた皆も今は無事みたいだから、ミカを待ってましょ。」
その言葉で体にのしかかっていた重りが降ろされ、楽になる。ヨトゥンをどうにかしてあげたいというエゴの為に大切な家族や友人を蔑ろにしてる自覚はあった。しかしその心配は全く不要なもの。凛音の事を分かっているからこそ彼女達は危機的状況にあっても慌てることなく現状を任せられる。しばらく待っていると、車が一台やってきた。
「待たせたわね。そこにいるのが…確かに巨大…。それじゃあ頼むわね?妙な動きをすれば…」
「分かってるわよ。私だってやりたくて来たんだもの。」
ミカの隣にいる白衣を着た緑髪の女性が研究者なのだろう。ヨトゥンも気付いたようで、歩み寄っていく。
「マスター、エレクトリアを捕獲しました。保管場所の指示を下さい。」
「私の可愛いヨトゥン。エレクトリア捕獲はもう必要ないの。今から貴女のプログラムを少し書き換えるわ。」
聞くところによると、ヨトゥンがいた研究所は兵器目的のエレクトリア研究が行われており、その一つに人間と同等のサイズのエレクトリア開発が進められていたらしい。その研究を行っていたのが彼女、円縁(まどかゆかり)。ヨトゥンは希少な成功例であり、殲滅・捕縛運用がされていた。本来兵器に不要な感情が残されていたのは、円の拘りだったらしい。
「円さん。ヨトゥンはプログラムに全てを支配されていたのでしょうか?最初に華麟を見たときは捕獲しませんでしたし、その後も謝罪していたんです。」
「ふーん…。それは既に意志がプログラムを超えていた、もしくはそのきっかけになる出来事があったからかしら…。貴女のエレクトリアに対して反応が鈍かったなら、きっと貴女が鍵なのね…?とても興味深いわ♪」
時間にすれば一時間も無かったが、ヨトゥンには興味をそそられる新世界だったのだろう。運命の出会いと言うべき瞬間の当事者になっていたのだ。
「これで良いわ。感情操作を取り消したから、意志はヨトゥンの自由。ネットワークやデータベースにも接続可能にしたから、これでサイズと捕獲機能以外は普通のエレクトリアよ。」
「流石は開発者ね。後は戻ってからまた取り調べや、情報提供お願いしたいのだけれど、構わないわよね?」
「勿論よ。でも取り急ぎ決めたい事が2つ。1つはヨトゥンをどうするのか。」
「どう…と言いますと?」
「組織は散ったし、命令権持ちの私は特に抵抗する気は無いわ。だから平和利用のため研究しても良いし、危険な種を摘むために廃棄しても良い。それは自警統括部が決めてくれる?」
「そうね…。未知で前例のないエレクトリアだけど、規定通りに行くならヨトゥン自身の意志を尊重する事になってるわ。幸い、開発者のあなたもうちで迎え入れれば良いし。ヨトゥン、貴女はどうしたいの?」
「だそうよ。私に付いてきても良いし、貴方がやってみたいことがあるならそれを追い求めなさい。丁度良く、興味津々な事もあるようだし。」
言い終えた円は凛音に視線をやる。それを追うようにしてヨトゥンも凛音を見つめる。そして側に来ると凛音の手を取り、両手で握り締める。
「私は…私をもっと知りたい。この身体を温めてくれる感情を知りたい。凛音が教えてくれたこの感情を守りたい。」
「なら決まりなんだけど…。その雰囲気からして、凛音さんと暮らしたいの?」
「私は構いませんよ?とても楽しい日々がやってきそうです。華麟も大丈夫よね?」
「そんな感じしてたから大丈夫よ。」
「まるで始めからそのつもりだったかのような感じね…。まぁ保護観察対応はあるかもしれないけれど、申請は多分通る…いや通すから大丈夫よ。」
「ではヨトゥンさん。いえ、家族ならさんはいりませんね。一緒に暮らしましょう、ヨトゥン。」
「はい。」
「まっ、先輩として色々教えるわ。呼び方は好きにして。」
「お姉様とかはどう?」
「お姉様…華麟お姉様♪」
「はぁ!?」
「にぎやかな家族になりそうですね。よろしくお願いします。」
手を握り返してやると、ヨトゥンの優しい笑みが返ってくる。ちゃんと理解は出来ていなくても、彼女の中には確かな感情が芽吹いているようだ。
「ところで、どうしてヨトゥンはこんなに大きいのですか?人と同じ規格を目指すなら過剰に思いまして…。」
「マジで八尺様なんだけどこれ…。」
確かに兵器運用を目指す巨大化としても、人間と同程度にするだけで十分である。事実エレクトリアを出力を人間大で発生出来たのであれば十分に脅威だ。
「私の趣味嗜好として片付けるのは簡単だけど、これは私なりの不気味の谷の越え方ね。中途半端に人っぽいエレクトリアにするくらいなら突き抜けた方が面白いでしょう?オマケ程度の理由は大きめのエレクトリアの10倍サイズで設計したからかしら?」
「えっと…じゃあ捕食、もとい捕獲機能は?」
「体内に保管してしまえばバレないでしょう?せっかく巨大にしたんだから大きさは活用するべきよ。」
確かに理屈は通っている。その屈託ない笑顔はその主張が全てであり、譲らない気持ちの現れだろう。
「一通り話したところで、2つ目の件よ。」
一件落着の雰囲気になりそうだったが、要件は二つ。気持ちを改めて博士の方に一同が向き直る。
「気を引き締めてくれて助かるわ。もう一つやることは、別の研究所にいるヨトゥンと同じく私が開発した巨大エレクトリア、スルトを回収すること。ある意味ではヨトゥンの妹ね。」
「私の…妹…。」
「ヨトゥンも強力だけど、スルトは更に上。殲滅兵器を目的に開発したから、悪意を持った奴の手に落ちれば大問題よ。私がいた組織の幹部や上層部はほぼ捕らえられたけど、残党がもし活動するとすればそこでしょう。」
「それなら統括部としても対応しないといけないわね。明日にでも向かわないと…。」
「私も行きます。ヨトゥンの妹であれば、もう家族なのですから。」
「あー、言うと思った。その気になったら本当に頑固なんだから。まっ、明日はたまたま急がない仕事ばかりだからあとに回しても大丈夫だけど。」
「断りたいけど…その気になった貴女はもう止められないわね。それじゃ明日の未明に集合。詳細は後で連絡するから取り敢えず解散しましょ。ヨトゥンはいったん私達の所に来てちょうだい。博士ともども検査しないと…。」
「あっ凛音!大事な事忘れてた!」
今度こそ一段落と思いきや今度は華麟が慌てていた。首を傾げた凛音も彼女の視線がヨトゥンの腹部に向けられる事で漸く思い出す。
「あっ…ヨトゥンに八重さん達が食べられていました…。無事でしょうか?」
「大丈夫、私の中は安全だから。今出すわね?」
そう言って谷間に手を入れてゴソゴソと動かした後に引き抜くとエレクトリアが握られていた。幸い、装備には損傷があるもののボディには傷はない。しかし八重は笑顔を向けつつも怒筋を立てていた。
「いやはや、危うく腹の中で生涯を終えるところだったぞ?よもや妾達が喰われた事を忘れて解散しようとしておったと?妾達はギューギューに詰め込まれて潰れそうになっておったと言うのに…。」
『申し訳ありませんでした。』
小さなエレクトリアに深々と頭を下げる図。事の重大さはよーく分かっているので、凛音と華麟からは激流の様に汗が流れている。そんな二人は放置して、八重はヨトゥンを睨む。その様子を凛音達は頭を下げながら見守る。ヨトゥンも視線が少しでも下がるように、地面にぺたりと腰を落として待っていた。
「いろいろあるが、とりあえず結論から伝えよう。妾達の総意はお主を許す事にした。」
ヒヤヒヤしていた二人は勢い良く頭を振り上げる。ヨトゥンは特に変化は無く、変わらず小さな八重を見つめている。
「確かに一方的に襲い掛かってきて、皆を怖がらせた。一歩間違えばみんなグチャグチャになって死んでたかもしれぬ。こやつらの頭領としてそれは許せぬ事じゃ……。しかし、主の命令通りに動いてて意志が無かったのも理解はできる。妾の仲間にも主の命令で意志を封じられてた奴がおるから、どのような感じなのか分かってるつもりじゃ。それで次が一番の理由じゃが、妾達が公園に向かった時に凛音殿が楽しそうにお前と過ごしておった事、それと華麟を襲う前に謝罪していた事。その穏やかさ、優しさがヨトゥン殿の本心なのだとみんなで相談して納得したのじゃ。」
「八重、ありがとう。」
「あくまでも皆の意見を聞いた上の事。妾個人としてはまだ疑いの目は向けておるぞ?」
『八重姐さんのイジワル〜!』
『ツンデレ狐ー!』
「お前達、あの大口に放り投げられたいようじゃな〜?」
他の野良達が茶化しているのを見ると、本当に許してくれているようだ。怒っていると言っている八重の怒気もいつの間にか消えているので、問題は無いらしい。
「それで、妹を助けるのであろう?妾達も微力ながら尽力いたす。露払い位はやってみせよう。」
「私、酷いことをしたのにどうして?」
「家族とはかけがいの無い物じゃ。それに凛音殿の家族であれば、妾達の友人じゃ。そして友人を手助けするのは当然の事。ではまた明日に頼む。」
一同は解散し、各々が明日に備える。作戦を立てる者、計画のために調査をギリギリまで行う者、万全で明日を迎える為に休息を取る者。とある研究室では円は鼻歌交じりにヨトゥンのメンテナンスをしていた。ヨトゥンは何をするでもなくそれをじーっと眺めている。
「そんなに私が気になるのかしら?前までは私が動かないでと命令したらどこも見ないで待っていたのに。」
「そう…でしょうか?エラーは出ていませんが、私のプログラムになにか問題があるのでしょうか?」
「何も問題ないわ。私としてはむしろ嬉しいわね。貴女が著しい成長を見せてくれたのだから。彼女…凛音と言ったわね。彼女との出会いはきっと運命だったのかもしれないわね。」
「運命…。」
非科学的な言葉ではあるが、それが一番素直に理解できる。あの音楽に引き寄せられたのも、華麟を始めから捕獲しなかったのも、運命に心が導かれたからとしか説明が出来ない。でもそれで構わなかった。凛音との出会いに彼女自身が満足していたのだから。
「お前の思うままに過ごしなさい。私にとってそれが一番の研究結果になるわ。」
「分かりました。」
翌日、集合場所まで車を出す。今回の作戦はミカが率いる統括部が建物の周囲を取り囲み、突入組が中にいる敵の無力化とスルトの回収を行う。メンバーは凛音と縁。エレクトリアは華麟とヨトゥン、八重が率いる野良9体。
『監視によると人の出入りがあったようだから、間違いなく残党がいるみたい。気をつけて。』
「スルトの保管場所が変わっていなければ私がすぐに案内出来るわ。日は経っていないし、私のセキュリティもあるから簡単には動かない筈だけど。突入ルートは正面玄関で良いわよ。私が無駄に歩きたく無かったから玄関近くにラボを作らせたの。」
「分かったわ。それじゃあ作戦開始よ。」
玄関含め、建物の扉は全てカードキーが装備されている。幸い円のカード権限は残っていたので、すんなりと中に入ることができた。エントランスホールには残党と思われる人員とエレクトリアがいた。始めはまさか真正面から?と呆けていたが、すぐに援軍を呼ばれ、廊下から大量のエレクトリアがやってきた。
「オートエレクトリアがこんなに…!」
「捕まったメンバーのカードキーで突入するのを見越してたのかしら?でも関係ないわ。ヨトゥン、これ全部壊しちゃいなさい。」
「了解しました。」
命令を受けたヨトゥンはまさに圧倒的だった。巨体から放たれる体術は小さなエレクトリアを正確に捉え、次々に撃破する。弾幕も気にすることなく前へ前へと進撃していく。
「ヨトゥン強すぎ…。私達が一体倒してる間に10倍位やってそう…。」
「お姉様も強い…。剣と銃がとても綺麗。」
「そ、そうかな…。」
照れながらも両手に携えた銃剣で迎撃する華麟。ビットを織り交ぜた流れるような動きは戦場の中で舞っている様に見える。
「華麟も磨きがかかっておるな。うむ…しかしヨトゥン殿をみていると妾達が今生きているのは奇跡的だったかもしれぬな…。進行正面はヨトゥン殿に任せ、妾達は後方追撃を撃破するぞ。」
『りょうかーい!』
二本の刀を携えた八重は状況に合わせ一刀二刀を切り替えて敵を斬り伏せ、時にはクナイや雷撃で敵を撃ち落とす。野良達は八重や華麟より見劣りするが、十字射撃、挟撃、弾幕などなど巧みな連携により、確実に敵を撃破していく。そうして進行していくと、数分と経たず目的の研究室に辿り着いた。
「ここよ。キーは問題ないわね。残党達は怠慢なのかしら?」
「ここは妾達に任せよ。皆の者、訓練の成果を見せる時ぞ!」
『おー!』
部屋の外は八重達に防衛を任せて、中に入る。部屋の構造はヨトゥンがいた研究室とよく似ている。その奥に置かれた2つのカプセルにはヨトゥンの髪を赤くした様なエレクトリアと彼女が使うであろう大剣が入っていた。ヨトゥンは興味のまま近づきカプセルに触れる。
「この娘がスルト…私の妹…。」
「プログラムとかは更新されていないようね。私が専任しているし、厳重に管理していたから当然だけど。起動するから少し離れてて。」
縁が端末を操作するとカプセルが開き、スルトがゆっくりと眼を開いた。その瞳は紅蓮のように燃えて煌めいている。
「マスター…と、誰?」
「私はヨトゥン。貴方と同型のエレクトリアで姉です。そして後にいるのは凛音と華麟お姉様。私達の家族です。」
「ヨトゥン、凛音、華麟…お姉様。ん、理解した。」
起動して間もない為か、大人の見た目に反して幼さを宿すスルト。しかしヨトゥンの言葉は良く聞き、じっと見つめているので、姉妹と言うより親子の様だ。
「取り敢えずヨトゥンと同じく感情制御を切って、ネットワーク接続可能にしたわ。さて、早速だけど力を貸してちょうだいスルト。武器は隣のそれよ。」
スルトが手にしたそれは紅い大剣。スルトの身の丈に匹敵するそれを彼女は軽々と持ち上げてみせた。
「敵、外?全て排除。」
「あ、スルト待っ…!」
こちらの制止よりも早くスルトは駆け出した。そしてその扉の先にいるのは…。
「八重避けて!」
「むっ!?」
扉から突然飛び出した大剣による突きを八重は二本の刀で受け、身を捩りながら辛うじて捌く。しかし無理な防御で崩れた姿勢の立て直しが遅れたところをスルトの腕に捕えられてしまい、万力の様に段々と強く握りしめられる。
「ぐっ!?この圧力…!」
「外敵排…。」
「止めてスルト、八重は敵じゃない。」
追いかけてきたヨトゥンがスルトの腕を抑える。救出が早かったようで、開放された八重に外傷は無い。
「八重は味方、謝って?」
「敵、違う?ごめん。」
「う、うむ…。今度こそ命運尽きたと思ったぞ…?」
「味方…判別、出来ない。襲って来た奴、全て潰す。」
「承知した。総員、こちらに後退せよ!」
『はーいっ!』
八重の合図で野良達は全員戻ってくる。幸いオートエレクトリアはスルトを警戒して動いていなかったので追撃はなかった。
「スルト、前にいる残りは全て敵。排除しましょう。」
「分かった。」
そこからは蹂躙と言えるほど一方的だった。一分もかからず数十体を破壊し、駆け付けた援軍も同様に殲滅された。近接戦闘では出力差で押し切られ、遠距離からの射撃も間を縫うように回避され、数少ない命中弾も全くダメージ無し。
「改めてよく生き残れたと、妾自身も思うぞ…。先程も刺突でなければ防御ごと押し潰されていたであろう…。」
「流石は私の開発したエレクトリア。この程度はなんともないわね。むしろ対抗できる敵がいては困るのだけれど。」
「ミカから連絡がありました。逃げ出した人達は全て逮捕出来たそうです。」
追撃に来ていたのはエレクトリアのみ。組織の残党はヨトゥンとスルトの圧倒的な戦闘力を恐れ逃走していたのだろう。しかしそれも作戦の内。今回の一件は今度こそ丸く収まった。
「殲滅完了。」
「お疲れ様。流石は私の強くて可愛い娘ね。」
「マスター、命令…を。」
「ん〜、今はこれと言って頼みたいことは無いわ。でもそうね……貴女もヨトゥンと一緒に凛音の所で暮らすのはどうかしら?」
「ヨトゥンと一緒?」
「えぇ。私も凛音の家で一緒に暮らすんです。」
「凛音…。」
「はい。」
スルトは凛音の前にやって来ると、じーっと見つめる。そして凛音の頭を掴むと胸元に押し付ける。空いた手も背中に回してぎゅーーっと固定している。
「スルト、いったい何を…!?」
「友好…示す。抱擁。」
「私の思った以上にスルトは情熱的なようね?けれどそのままじゃ、凛音が潰れてしまうから離してあげなさい。」
開放された凛音は少し咳き込む。しかしすぐにまた笑顔に戻り見つめ返していた。
「凛音、ごめん。」
「大丈夫ですよ。初めてに失敗はつきものですから。」
「凛音、抱擁とはどうやるのか教えてあげてくれるかしら?」
「私がですか?では…私に身体を預けて下さい。」
「分かった。」
今度は凛音の方から抱き着く。スルトの胸に頬を当て、背中を撫でてやる。お手本のためと言うが、その手にはこれから生活を共にする家族への愛情が込められていた。スルトもその具体的な所は分からずとも、心地よさを感じていた。データベースにある文字情報に体験として意味が込められていく。感情の芽生えと言い換えても良い。証左は凛音を支える手に表れている。まだぎこち無いが必要十分な力だけが込められている。そうして撫でていると身体が持ち上げられ、スルトの大きな顔が広がる。
「こっちも。褒める…が欲しい。」
「はい。スルトはとても強いですね。」
頭を撫でてやると気に入ったのか、俯いてもっとと催促される。促されるままに撫で続けると、もっともっとやってくれと言わんばかりに頭を擦り付けてくる。戦闘時は破壊の限りを尽くす彼女だが、実態は甘えん坊なのかもしれない。そうしていると背中が新たな柔らかさに包まれる。振り向くと抱き着いたヨトゥンが頭を差し出していた。
「私にも…良いですか?」
ヨトゥンもまた感情を知り始めたところ。自身の興味のまま命令も無いのについ動いてしまったようだ。
「はい。私の手で良ければいくらでも。」
ひと撫でするとヨトゥンも同じく身を委ねた。犬の尻尾があれば風切り音が出るほど機嫌よく振り回しているであろうほどご満悦な表情だ。それを横で眺めていた華麟のもとに円がやって来た。
「ご主人さまが取られて寂しいのかしら?」
「別に。まぁ同じ体格で触れ合うのはちょっと憧れるけど…小さいから出来ることも沢山あるでしょ?」
飛翔した華麟が向かったのは凛音の頭の上。うつ伏せになるとだらんと手足を投げ出している。
「私の頭を撫でてくれているのですか、華麟?」
「別に、疲れただけ。私も頑張ったから撫でて欲しいかなーって。」
「じゃあ私達がお姉様を撫でます。」
「撫でる…こう?」
「あー、いいかも。」
「なんだか私も纏めて撫でられているみたいですね。」
昨日今日からの関係性であるが、既に長い時間を過ごしたかのように穏やかな触れ合いを見せる。
「本当に興味深いわね。実験対象としてこれ以上無いわ。私の可愛い可愛いネズミさん達♪」
それを眺めていた研究者の瞳はどんな色をしていたのだろうか。しかしそれを事細かに知る必要は無い。それらの終点は全て彼女達の幸せへの祈りに繋がっているのだから。
解散後の凛音達は家まで送られた。巨体のヨトゥン達は玄関で早速頭を打ちそうになるが、中に入れば扉以外は背筋を伸ばしてもギリギリ大丈夫そうだ。取り敢えず風呂場に向かい、皆の体を洗う。
「凛音。貴女の手を借りずとも私達なら自分で…。」
「ごめんなさい、いつも華麟を洗っていたからついつい。」
「別に良いんじゃない?タオル一つしかないんだし。それにしても──。」
凛音に洗われる二人をじっと華麟は眺めている。エレクトリア同士だがヨトゥンとスルトの暴力的とも言えるプロポーションはどうしても目を惹かれ、もとい引かれてしまう。
「あの博士、ド変態じゃないの?」
「マスターが変態?」
「そうよ!本人の憧れを詰め込んだってしても、ここまでデカくする?む、胸とか…。」
「私達の中には膨大な出力を確保するためのリアクターがあります。この胸部装甲はその為にあると博士が言っていました。」
「大きい身体…大きい出力。だから強い。」
「ぐぬぬ…確かにもっともらしいけど…。いやちょっと待ってリアクター?動力炉あるの!?SF映画みたいな!?」
「概ねその認識で問題ありません。博士はその製法について誰かに伝える気は無いようですが…。」
「ふーん…。じゃあ給電とかもいらないの?」
「流石に永久機関ではないので必要ですが、効率は桁違いです。巨体の私達でも通常エレクトリアの何倍もの稼働時間を確保出来ます。」
「オーバーテクノロジー感があるわね……。メンテナンスとかも大変そう…。」
「その件も含めて縁さんと話をしたのですが、メンテナンスや必要な物があればいつでも連絡して欲しいと言っていました。明日には服も届くとか…。」
「フットワーク軽すぎヤバ…。」
「『可愛い娘達の面倒を見てくれるのだからこのくらいは当然。』だそうで…。」
「今のモノマネとても似ていました。」
「ありがとうございます。さて、洗い終わりましたよ。次は…。」
「湯船には凛音とお姉様が入って下さい。私達は大き過ぎて一緒に入れませんし、無理に入ったらお湯が殆ど流れてしまいますから。」
「ではお言葉に甘えて。今日は疲れたのでゆっくりと寛ごうと思います…。」
風呂から上がった後、服も用意してあげたいが、凄まじい巨躯とスリーサイズを誇る二人にピッタリ合う物は当然持ち合わせていない。取り敢えず上は大きめなシャツのボタンを外して羽織らせておいて、後日準備することにする。ベッドもないのでお客様用の布団を準備すると、ヨトゥンが首を傾げていた。
「私はエレクトリアだから布団はなくても…。」
「あー、それ無駄。私も小さなベッドもあるし、添い寝もしてるしさ。」
「だってエレクトリアも気持ちいいほうがいいでしょう?機械的な部分や小さい事を除けばエレクトリアと人はそこまで変わりませんから。」
「じゃぁ、同じ布団、に入る。その方楽。」
「確かに添い寝とはどのようなものか体感してみたい気持ちがあります。人の睡眠とエレクトリアのスリープは違うものですが…。」
そうして布団を2つ並べて川の字になる。やはりヨトゥンとスルトは掛け布団から膝下あたりからはみ出ているが。真ん中の凛音に密着するために脚を絡めているので問題はない。問題があるとすれば半身をそれぞれ抱き着かれている凛音の身動きがほぼ取れない事くらいだろうか。因みに華麟はヨトゥンの谷間に入れられている。
「朝起きたら食べられていたなんて無いわよね…?」
「大丈夫。私がそうしない限り勝手に入れないし出られないから。」
「逆に食べられた場合もそうと…ナルホドネ。」
「本当に大丈夫。お姉様の意志がない限り食べたりしないから。でももしお姉様が危なくなったら、食べるかもしれない。私のお腹の中が一番安全だと思うから…。」
「そう…なら万一私が危なくなったら丸呑みにしてでも守ってもらおうかな?」
「分かりました。凛音も守りますこんなふうに抱きしめて…。」
巨体の二人に挟まれると文字通り全身が包まれる様だ。数刻前の抱擁よりも更に柔らかく、布団に包まれている様な暖かさに意識が薄れていき、感想を言う事もできず夢に落ちていく。
「凛音…?」
「もう眠ってしまった様です…。」
「色々あって疲れてたでしょうね。でもまさかこんな瞬殺で寝るとは…。二人が来てくれたおかげかもね。ありがと。それじゃ私達も寝ましょ。」
「はい。おやすみなさいお姉様。」
「おやすみ…。」
翌朝
扉が動く音で目を覚ましたヨトゥン。周囲を確認すると胸元にいたはずの華麟がいない。うっかり呑み込んだ形跡もないので、部屋を出たのは間違いない。時間は6時過ぎでカーテンの隙間から少しだけ光が漏れるが部屋はまだ暗い。何かあったのではと気になり、凛音を起こさないように静かに布団を出る。
「スルトはそのまま凛音と一緒に居て。」
「ん…分かった。」
同じタイミングで起きていたスルトに凛音を任せて部屋を出るとリビングの方に明かりがついている。扉をくぐるとそこにはお皿を並べる華麟の姿があった。
「お姉様?何をしているの?」
「あ、起きちゃった?これは朝食の準備。トーストとか、インスタントのスープとか軽食なら私でも作れるからさ。」
「お姉様は凄いんですね。」
「ありがと。そうだ、折角来てくれたし手伝ってくれない?あなた達が料理出来るようになったらレパートリー増やせそうだし。」
「はい、頑張ります…。」
そうして始まった即興の料理教室。今日の献立はエッグトースト、コンソメスープにサラダ。華麟はヨトゥンの肩に立って、指示を出す。華麟が好きで始めた朝食準備だが小さなエレクトリアにはかなりの手間と時間が必要以上にかかる。しかし人間と同じ様に行動できるヨトゥンであればそれらは一挙に解消できる。作業自体はデータベースから学習出来るので、実践しつつ華麟が補整してあげれば上達はすぐだ。キャベツも等間隔でシュバババと千切りにしていく。
「やっぱ早いわね。私一人だとあちこち飛んで降りて、食材もチマチマ切らないとだからさ。」
「お姉様の教え方が上手なおかげ。それになんだか楽しいの♪」
「ふふーん、じゃあもっと教えなくっちゃ…あ。」
「どうしたの?」
「あまりにも手際良くて止めるの忘れてたらキャベツ一玉全部切っちゃって量多いなーって…。」
「なら…余分な分は私が食べ…」
「いやいやいやいや消化出来ないでしょ!?別に駄目になるわけじゃないから、残りはラップして冷蔵庫に入れれば大丈夫。」
「よかった。勿体無いのは駄目だから…。」
「なんか出逢って数日なのに見違えるほど成長した感じがするわね。なんか心持ちとか変わったの?」
「えっと…。それはきっと家族を大切にしたい気持ち……なのだと思います。まだ言葉だけで意味、中身は理解できていませんが…。」
凛音と過ごすために急速に知識や技術を吸い上げている彼女に引っ掛かったモノ。1+1=2、朝の挨拶はおはようといった明確な答えはない。事実、ヨトゥンが検索した結果も法的な定義はあるが、それは返答であってはっきりした答えではない。機械、兵器にとっては必要ないモノでも、人と変わらない感情を持つエレクトリアだからこそ意味を求めた。
「お姉様は答えを持っていますか?」
「うーん…考えはあるけどそれは意見とか回答案だし…。でも今のヨトゥンが大切な物を大事にして行きたいって気もちは伝わったから今はそれでいいんじゃない?」
今はそれで良い。曖昧な考えではあるが、優しく肯定されることが心地良い。それが信頼する相手なら尚更。きっと誤った道に進みそうになっても家族が止めてくれるだろう。
「はい、こんな難しい話はおしまい。さっさと盛り付けて並べるわよ。そろそろ起きてくる頃だろうし。」
「はい、お姉様。」
一方の寝室では半身が自由になった凛音が直ぐ側のスルトに吸い付くように抱き着いていた。思わずギュッと抱き返したくなるが眠りやすさを優先して我慢する。そうして30分ほど経ったころ…。
『ジリリリリ!!』
けたたましい音が小さな箱から鳴り響くが、一秒経たないうちにスルトの手が叩き付けられ鳴動が止む。しかしその正体を知らないスルトは凛音の睡眠を邪魔する障害を排除するために握力を強めていく…が。
「だめ…壊す、だめ。」
直ぐに思いとどまった。その理由は昨晩にヨトゥンとした約束。
『兵器として産まれたけど、今は兵器じゃない。だから物を壊すのは駄目。』
望まれた機能がそうだとしても、その体はそれ以外も出来る。だからこそ凛音の家族として、ちょっと大きくて強い普通のエレクトリアとして暮らすことを約束したのだ。それはさて置き、この時計がまた騒ぎ出しては堪らない。どうしたものかと考えていると腕に沿う様に手が伸ばされる。
「もう朝…時計を止めてくれてありがとう、スルト。」
「ん。起き、大丈夫?まだ…寝る?」
「大丈夫です、いつもこの時間に起きていますから。それに皆がいてくれてとても楽でした。」
「よかった。じゃあ……。」
スルトが布団から起き上がると共に凛音も立ち上がろうとすると体が持ち上げられる。思わぬ感覚にポケッとしたが、体勢を理解した瞬間ゆっくりと首を傾げてしまう。
「えっと…スルト?どうして抱っこを…?」
布団からでたと思ったら抱き上げられていた。まるで寝惚けた子どもを運んであげる親の様。
「大切な人、の持ち上げ方。凛音、とても大切。」
「ありがとう。でも私は自分の脚で歩けますから大丈夫。」
「……わかった。」
表情にはでないがしょんぼりとしている。獣の耳や尻尾があればペタリと垂れていただろう。彼女の善意でしてくれたのは勿論わかっているので、撫でながら話す。
「私はスルトと一緒に歩くほうが好きですよ?」
「そう?分かった。」
降ろされてリビングに入ると、鼻孔を美味の香りが通り抜ける。テーブルに目をやればヨトゥンが配膳を済ませたところだった。
「ほら、起きてきたわよ。」
「お…おはようございます、凛音。」
「おはようございます。今日も朝食をありがとうございます、華麟。」
「ふっふーん、今日は私なにも手を付けてないわ。全部ヨトゥンに作ってもらったから。」
「はい…め、召し上がれ…?」
胸を張る華麟に対して、ヨトゥンには緊張が見える。戦闘で凛々しく振る舞っているのを知っているだけに、その落差に愛おしさを覚えてしまう。席について料理を見た第一印象はとても良く整っているだった。トーストのチーズは段差なく並べられ卵ははど真ん中。切られた野菜は大きさにバラつきは無く切り口も綺麗。一つ一つを丁寧に作っていたのだと容易に想像ができた。
「では、いただきます。」
はじめに手を付けたのはエッグトースト。黄身は少し固まっているが、フォークで突いてやるとトロリと溢れ出る。一口齧れば暖かなチーズが湯気を見せながら伸びる。そのまま二口、三口と食べ進めていく。
「えっと……美味しい、でしょうか?」
その様子をヨトゥンはドキドキしながら眺めている。緊張のためか更に縮こまっているので身体が気持ち小さく見える。
「そんなに気にしなくても大丈夫よ。ほら、ニコニコしてるでしょ?」
「はい…とても嬉しそうだと思います。」
「その通りです。ごめんなさい、ヨトゥンが作ってくれたうえにあまりにも美味しくて感想を言う間もなく食べ続けてしまいました。」
「お、お姉様!私…!」
「言ったとおりでしょ?ほら、ハイタッチ!」
「はい…!」
ヨトゥンの大きな手に飛び込む華麟。そのまま抱き合って喜び合う二人を眺めながら朝食に手を付ける。母に初めて料理を振る舞った時、母もこんな気持ちだったのだろうかと思いながら食べ進める。初めて作ったとは思えない味に食事の手が止まらない。そしてスープを飲み干し一息ついて…。
「ごちそうさまでした。」
気付けば食べ終わっていた。一口ずつていねいに食べていたつもりだったが、時計に目をやればいつもより随分短い時間で済ませていたらしい。片付けのために席を立とうとすると
「凛音は座っていて下さい。私が洗います。」
「いえいえ、こんなに美味しい朝食を頂いたのですから皿洗いくらいは…。」
「初めてだから、最後までやってみたいんです。」
「そうですね…興味津々なら全部やりたいですからね。じゃあお任せしますね。」
「料理…。スルトも、次、はする…。」
「そうですね。みんなで一緒に…。」
「私達が協力すれば多分なんでもつくれるんじゃない?凛音はのんびり待ってて貰えばいいし。」
「いいえ、私も一緒に作りますよ?料理時間が更に賑やかになって楽しそうですから。他にも沢山…。」
そう沢山ある。彼女達がやってみたい事、私がやってみたい事。適当な紙に書き出すと山のようにでてくる。彩りが増えたこれからの生活はどうなっていくのだろう…?
「さて。今日は何をしましょうか…?」
癖は盛る物。巨大生物や不思議現象があるなら巨大エレクトリアはまだ常識の範囲のはず?
ゲスト参戦として崩壊3rdの八重桜を登場させました。(3rd最推し)今後も他の作品から出てくるかもですが麟佳さんの熱意と癖に免じて許して下さいな。