時刻は朝の5時。秋冬となると、時刻は日の出にはまだ早く、空を見上げれば星々がキラキラと光る。家から一歩出れば肌を刺す冷気を厚手の上着で守る。寒がりな麟佳にはそれでもかなり堪える。
「いやぁ…お外真っ暗で寒いねぇ…。」
『現在2℃。此処数日は晴れが続いていますが凍結に注意して下さい。』
「そだね。滑って事故は嫌だし。」
そうして2人…厳密に言えばエアは通常、大型の両方なので3人で車に乗り込む。フロントガラスは凍った霜で覆われており、エンジンをかけてから数分待たなくてはならない。こんな手間をかけてどこに行くかと言われれば、ただのよく行く場所への休日ドライブである。なら遠い場所かと言われればそんなことはなく、日中でも良い。何となく早く目が覚めたので、折角ならという軽い気持ちだけ。ただし暗い時間のドライブはあまり行かないので、そういう意味であれば新鮮な心持ちである。溶けた水が流れ落ちたのを見て、駐車場を静かに出ていく。
「日暮れ後と違ってホントに明かりが少なくて暗いね。街灯と車のライトしかない。」
『道は開けていますが、下道ではアクセルは程々に。』
「もちろん。マフラー弄ってるし…。」
麟佳の車は父から譲り受けた90年代のスポーツ車。一応車検に通るレベルだが、アクセルを踏めば車好きの心は躍動する快音が響く。しかしそれもTPOを弁えてこそ。信号の無い自動車専用道路に入るまでは我慢だ。
「後続、先行無し。よーし、踏んじゃお♪」
ギアを落として、背中を押すように力強く加速する。時速は数秒で100km/hを超えていき、エンジンは吠える。のんびり運転していた麟佳の顔は穏やかだが活気に満ち、口元はつり上がっている。
『楽しそうですね、麟佳。』
「───…。開けてたからついつい踏みすぎたー。」
『周囲に警察無線などはありませんので問題ありません。』
「犯罪幇助です?」
『バレなければ何とやらです。』
「エアも悪い言葉覚えたね〜。といっても、そろそろこの道終わるんだけどね。」
再び住宅が増えてきたところで速度を落とす。とは言え、市街地から離れたここは信号は少なく、ボタン式が殆ど。見晴らしも良いため、横から車が来れば前もって対処できるので、ほぼ止まることなく走り続けることが出来る。
「この道、平均80km/h近くでも流せるのか…。」
『3桁に入れば、少しラリーっぽくなりますね。』
「流石に高速道路以外で100超える気力はないね。」
ある程度山に入った所で曲がって村の方に進む。ここを少し進めば見えてくるのは大きなメタセコイヤで作られた並木通り。2kmほど続くこの道は冬が近づくこの季節は枝も道路も色付いた葉に覆われる。もう少しすれば白銀の雪化粧を纏うだろう。
「ちょっと降りよっか。」
ハザードを点灯させて道端に停車させる。ここまで約1時間ほど。体を伸ばして一息つくには十分な運転時間だ。
「山の空気は気持ちいいと言うけれど、夜の冷たさも加わるとまた味わい深い……。」
『どちらも心地の良い物です。折角ですから、写真を撮りませんか?』
「いいね。スマホ任せていい?」
身体が大きな分だけ手足も長いエアなら自撮り棒なんて使わずとも俯瞰撮影はお手の物。2人と1台がしっかり画角に収まっている。
「相変わらずお上手な写真。」
『エレクトリアは精密性が大切ですから。』
再び車を発進させ、次の目的地に向けて来た道を引き返していく。行きは真っ暗だった空も少しずつ青く染まっていく。そして東の空を見れば赤い太陽が顔を見せた。飛び出した光が道も街も山も白く塗り替えていき、ヘッドライトは仕事を終えて眠りについた。暁の景色はじっくりと眺める分には良いものだが、運転するには障害となる。
「───。」
「どうぞ。」
喉に力を込めた時には既にエアがサングラスを取り出していた。受け取って素早く掛ければ瞳が随分と楽になる。因みにエアは露光調整機能でサングラス要らずだ。陽光に照らされた風景を眺めつつ一時間足らずで、馴染みの喫茶店に到着。開店直後だが、既に駐車場は半分以上埋まる程度には人気がある。
『いってらっしゃい、麟佳。』
「行ってきまーす。まぁ小さい方はいるけどね。」
飲食店に入る時、大きなエアはいつも車で待機している。傍から見れば席を余分に取るし、エアは食事をしないし、口で話さないためもしや気不味いのか?などの邪推を防ぐためだ。因みにヨトゥンとスルトは事情を説明してテーブル席に座っているらしい。注文は温かいカフェオレとバタートースト。少し疲れているのでエネルギー補充に小さなチキンも追加しておく。イヤホンからは先日凛音よりオススメされたジャズが流れている。
『流石は凛音です。とても良い曲を選んでくれます。』
『今度のカバーアルバムにもどれかの曲を入れるらしいね。そのうちコンサートも見に行こうかな?』
『では関係者席の予約を相談しておきます。』
『いやいや、普通の席で良いよ。席が取れるか、何処の席になるかも楽しみの一つだよ。』
『なるほど、分かりました。』
SNSをぼんやり眺めて雑談を挟みつつ、コーヒーを口にする。とは言えこの会話は本人達にしか聞こえていないので、周りには静かに過ごしているように見える。だがもし聞こえていたなら、次の会話は周囲の目を引くだろう。
『麟佳。今日は砂糖多めなのですね。』
「糖分は脳の活力剤だからね。あれ?甘いの苦手だっけ?」
『いいえ、好みの味です。貴方の味覚に寄っているのかもしれませんね。』
パートナーと強固な絆を紡いだエレクトリアは能力向上に加え、思考や感覚の共有が出来ると言われている。その特殊事例の中でもさらに特例のエアは麟佳を通して味覚をも獲得して見せた。円とメビウスにこの現象を報告すると、休日まるまる研究に捧げることになったのは別の話。
「いつかの未来には人と変わらない大きさで食事もするエレクトリアも出てきたりして?ほら、ゴミをエネルギーに変換する技術は存在してるし。」
『ありえない話では無いと思います。エレクトリアは人と同じ様に生きています。そして人の様になりたいという意識は多かれ少なかれ確かにあるのです。』
「なるほど。理想の姿に加えて通常と大型ボディまで欲張ったエアなら説得力が桁違いだ。」
『とは言え、現状のバッテリー駆動でもエネルギーは十分ですし、小さな体でしかできない事も多数あるため、意外と需要は少ないかもしれません。』
「なるほど。確かに小さいエレクトリア達に会いに行くカフェとかもあるし、そういう点もエレクトリアの個性か。そうなると尚更エアの特別感が増すね。さてさて、そろそろ行こっか?」
『分かりました。では先に決済を済ませておきます。』
レジに向かったエアが決済端末に手をかざす。エレクトリアを持つ男性に対して、小さな彼女にお金を払わせていると言うジョークはある意味定番である。エネルギーを補給して次に向かうのは人気のスイーツ店。道中は信号が少なく、道路も整備されているのでドライブ、サイクリングロードとして有名だ。日も昇って来たのでスポーツウェアに身を包んでロードバイクを駆る人も増えている。
「朝イチなのに皆元気だよね~。体力の無い自分にはとてもとても…。」
『ではエアロバイクを買いましょうか?テーブルがあるタイプなら他の作業をしながらトレーニングが出来ます。』
「もしかしてバイク漕ぎながら一緒にゲームしようなんて言わないよね?」
『駄目ですか?』
「エアさん、人間には体力があってですね?」
『トレーニングで体力最大値が増えるので問題ありません。後ほど購入するお菓子のカロリーも燃やしてしまいましょう。』
「嘘ぉん…。」
来るかもしれない厳しい未来に震えつつ、スイーツ店に到着。ここは工場併設施設で無料の見学スペースもある。しかし注意すべき点が一つある…。
「お腹空いてきちゃった…。」
『もう…。貴方はいつも眺めに来ては同じ事を言っています。』
原料の甘〜い香りが漂っているので、食欲を刺激される事だ。そしてこの見学コースの始点と終点は販売スペースを必ず通る。心と財布の紐が緩い人は余計に買わないように気をつけなければならない。麟佳が手を付けたのはバウムクーヘン。サイズは色々置いてあるが、お得な耳の部分が好みだ。
「よーし、後は帰るだけ。ふぁ……朝が早すぎたかな…。」
『それでしたら。』
隣を歩く麟佳を抱き寄せたエア。抵抗もできず迎えられたのは柔らかな胸元。穏やかな温もりと香りに包まれれば、瞬きも遅くなる。
『帰りは私が運転します。よろしいですね?』
「どうかなー?運転するの楽しいから、眼が冴えると思うんだよ。」
『では私にも楽しませて下さい。それに、助手席で落ち着いて景色を眺めるのも楽しいですよ?』
「それじゃお言葉に甘えて。」
2人とも行きとは反対の扉に向かう。運転席に入ったエアは座席を目一杯下げてからミラーを調節する。それでも長い脚は折りたたむようにしないと収まらない。そんな彼女の運転技術は最高の一言に尽きる。マニュアルシフトがオートマに化ける程に滑らかで、加減速も柔らかい。必要とあればアクセルを踏み込んで快音も響かせてくれるサービス付き。
『今日は踏みませんよ?貴方に眠って欲しいので。』
「その心は?」
『きっとお昼寝をして、夜まで私と遊んでくれませんから。』
大人びた静かな声色から飛び出た可愛い要求。このギャップも彼女の魅力だろう。もともと欲張りな所はあったが、身体を得てからはその気質が強くなったかもしれない。
「一人じゃ駄目なの?」
『これは貴方の為でもあります。新作のゲームを2人でやりたいと言っていたではありませんか。このまま仮眠無しの場合、ソファに横になる確率が非常に高いです。』
「何回もやってるから言い返せない…。それじゃお言葉に甘えて…。」
後部座席に置いてあった毛布をかけて数分、規則正しい寝息が聞こえ始める。会話がない車内はエンジンオンとロードノイズだけが響く。
「ん…ついたかな?。」
『珍しいですね。いつもは家が近づく頃に目を覚ましますから。』
「疲れでも溜まってたかな?。すぐ降りるから…。」
『いいえ楽にしていて下さい。あ、荷物だけ持ってくれますか?』
「良いけど、なにぉおおををぉ!?」
問いかけの途中で麟佳の身体はふわりと浮かんで、エアの両腕に収まる。要するにお姫様抱っこだ。安定感はバツグンだが、これをされると恥ずかしさが出てくる。何とか降ろしてほしいが…
『私が楽しいので駄目です、それに家に入るまでです。』
無理っぽい。諦めて家に入るのを待つが歩調が妙に遅い。直ぐ側の顔を見れば、煌めくご機嫌な笑顔を見せられるのでもう何も言えない。楽しい休日はまだまだこれからのようだ。
「エア!玄関までじゃないの!?」
『ソファまで……ベッドのほうが良いでしょうか?』
「ソファでご飯食べて、ゲームしたいです……。」
『わかりました♪』
今回のお話に出たドライブコースは麟佳さんが実際によく走っているルートを合わせたフルコースver.。滋賀の琵琶湖の西、湖西〜湖周道路を北上していき、マキノのメタセコイヤ並木で折り返し。琵琶湖大橋の辺りで食事をしたら東へ渡り、そこから近江八幡のラ・コリーナで美味しいお菓子を買って帰宅。