「何で寝坊するかなぁ〜!?」
作業着姿で自転車を爆走させる青年。彼は工事現場で働く新入社員。毎日現場や先輩達に揉まれながら少しずつ成長している未来の班長だ。そんな彼だが、目を覚ました時点で遅刻確定の顔面蒼白。幸いな事に現場は会社に行くより近く、道具も預けてあるのでその身一つで突撃できる。
「すみません、班長!遅れました!」
「大丈夫だ大丈夫。連絡はあったし、他のやつも渋滞やらなんやらで遅れてるから。取り敢えず水飲んで、体落ち着けながら準備しとけ〜。」
「わかりまし……た?」
返事をした所で、視界の端に…いや背景にデカデカといる存在に気づく。胡座で座る金髪ポニテの褐色少女。それだけならなんともないが、今日作る予定の野外ステージと変わらぬほどの巨体。いや、立ち上がればさらにあるか?この大スケールを認知出来なかったのは遅刻による焦りもあるが、常識外れの存在だからだろう。
「班長…なんすかあの巨大な女の子…。」
「お前さん初めてか?少し前から、うちと一緒に仕事してるエレクトリアだよ。お~い嬢ちゃん、こっちきてくれ!」
監督の声でこちらに振り向いた少女。ゆっくり歩いてくる様子は子どもの頃見た特撮作品にでてくる巨大なヒーローや怪獣のようだ。
「何かあったの?打ち合わせならもう済ませたけど?それとも皆そろった?」
「うちの新入りに挨拶させてなかったからな。他の現場で基礎は叩き込んである。」
「よ、よろしくお願いします…!」
「なるほどね~。アタシの名前はタイタン。重機運用を目的とした巨大エレクトリアで、建設と解体をしているの。それとこの現場にいる沢山のエレクトリア達はアタシの部下でツールズって呼んでる。アタシに用がある時はツールズに伝えてくれればすぐだからね。それじゃあ今日もご安全に!」
「ご、ご安全に!」
見た目相応のハツラツとした少女タイタンに面食らう新人。とても作業や指揮なんて出来そうにないと思ったが、作業が始まれば直ぐに杞憂だったと知る。資材運びに始まり、各所の作業員やエレクトリアへ同時に指示出し、時には手やピンセットで作業の手伝いなどなど現場を駆け回っていた。それだけのマルチタスクをこなす為に内蔵されているシステムは数世代前のスパコン程度には高性能らしい。また、これだけの巨大なら相応に体重で地面がボコボコになりそうなものだが、通常のエレクトリアパーツにもあるグラビコンユニットによって抑えているらしい。見れば見るほど重機として必要な要素を備えている。彼女と共に働くエレクトリア達も小柄ながら様々な作業を行い、時には人間のサポートもしている。ツールズという名前にまさに偽りなし。
一通りの作業を済ませて中休みに向かうと、別のスペースで作られている大きな物体が見えた。それは演奏スペースの屋根部分。今回はイベントの規模も大きいため、ステージも相応にサイズになる。
「監督。コレって会場の屋根あたりの部分ですよね?」
「あぁ、後で吊り下げて取り付けるんだよ。それよりお前、担当箇所は出来てるのか?」
「一応予定通りに進んでるので、ちょっと休憩に…。」
「あぁ、なら構わねぇぞ。で?でっかい嬢ちゃん達の仕事っぷりはどうだ?」
「なんか…親戚の姪っ子と変わらない顔立ちなのに凄い働くな〜と…。」
「確かに大人顔負けだな。けどあれでいて頑固だったり、負けず嫌いなお嬢なんだぜ?突っかかった奴と釘打ちやら、切り出しやら勝負しまくってな〜。ついでに休み時間はトランプや麻雀、爺様と将棋のトリプルヘッダーだ。」
「す、凄いっすね…。」
「班長!こっち準備出来ました!」
「お、来たな。重機エレクトリアの凄いところが見られるぞ。嬢ちゃん、こっちは出来上がったぞ!」
「了解ー。それじゃあ接続工程始めよっか!ふんっ!」
一辺10mはある巨大な屋根をタイタンは米俵の様に担いで運ぶ。彼女にかかればクレーンによる吊り下げ作業より、何倍も速く移動が済む上にその範囲も自由だ。設置箇所まで来ると腰を下げて少しずつ降ろし、微調整を重ねる。
「ツールズ、固定箇所の確認して!今10cm浮かせてるつもりだから、そこも加味してね!」
「こちらokです!」
「誤差なしですー!」
「何時でもいけまーす!」
「よし分かった!じゃあ123で降ろすから固定よろしく!1.2.3.固定始め!」
近くで見てもほぼ身体を動かさず、指と手首の動きだけで垂直にセットが降り、全ての接続部に寸分の狂いなく収まる。ツールズ達によって同時に固定作業が始まり、全ての箇所からほぼ同時に完了報告がタイタンに届いた。
「よーしここの組み立て完了!次の会場行くぞ!」
その後もタイタンとツールズの連携によって残った会場も全て組み上げられた。
「みんなお疲れ様!今日の作業はここまでだ!明日に備えて片付けしとけー!嬢ちゃんもお疲れさん!」
「どういたしまして!ツールズも撤収作業に移ってちょうだい。」
一日を通してタイタンの作業を観察した感想は圧倒的にして緻密。巨体を生かした怪力で資材と組み上げたパーツを運び、エレクトリアと人の間を取り持って連携させ、休憩で人手が空いた所を補助。現場のことなら何でも任せられそうだ。そうなると人がここにいる意味はあるのだろうか?極端な話、人は怪我すると早くても数日、下手をすれば復帰できない。しかしエレクトリアなら修理や他の個体にすぐ引き継ぎができる。
「将来自分らっているんですかね?全部タイタンとエレクトリアに任せれば済むんじゃ…。」
「そんな事言ってると、でっかい嬢ちゃんに怒られるぞ?」
「え?なんで?」
「そりゃお前……お、丁度近くに本人いるじゃねぇか。お~い嬢ちゃーん!」
「なに?何かあったのー?」
「この新入りが全部嬢ちゃん達に任せれば良いじゃないかだってさ!」
「なんだってぇ…?」
朝と同じようにタイタンの巨躯が覆い被さる様に降りてくる。だが不良のように脚を大きく開いて、こちらを見下ろし睨みつける瞳はどう見ても不満気だ。
「ねぇ。アタシがなんであのセット担げるか分かる?」
「え…?」
「なんでアタシがあんな仕事出来るのかって聞いてるの?」
「身体がデカいからですか?」
「20点。」
「え、エレクトリアが手伝ってくれるから?」
「まだ40の赤点。こんなじゃ現場は任せられない…。」
声のトーンが更に低くなる。大きな口から発せられる重低音はまるで体を揺さぶるようだ。この場からいち早く解放されたいが、彼女が求める答えが皆目見当もつかず、無意識のうちに視線が下がっていく。
「そうイジメてやるなって嬢ちゃん。適材適所でエレクトリアだけじゃ組むの大変って話だろ?これで30点どうだ?新入りだから勘弁してやってくれよ、ははは!」
「うーん…。まぁ監督がそう言うならいいけど…。ほら顔上げて。残りの30点教えるから。」
恐る恐る見上げると、先ほどの鬼の形相とは打って変わって可愛い少女が微笑む。
「アタシはアタシを形作った職人や研究者の経験や技術を信じてる。その建物を望む人たちの為に一生懸命働く皆を信じてる。その人達の努力のお陰でアタシやツールズ達が力を発揮できるの。そして人とエレクトリアが紡いで生み出す力を信じてる。信じた人たちが組み立てた物だから、重機のアタシは何の躊躇いもなく持ち上げられるの。もし途中でバラバラになったらとんでも無い労災になっちゃうから。それと、もしかしたらツールズはすぐに補充出来るって思ってるかもしれないけど、あの子達って自分で来た娘ばっかりだから、人が就職するのと変わらないわよ?」
「え!?」
「たまーに元野良で彷徨ってた奴、トラブル起こして返却された奴をアタシが預かって根性叩き直したりもしてるけど。だからなんだかんだ人もエレクトリアも割とおんなじなの。自分のやりたいこと、誰かの為にやりたい事をやってる。アタシもこんな身体だから勘違いされがちだけど、本気で重機の仕事に誇り持ってるし。」
思い返せばタイタンは勿論のこと、他のエレクトリア達もずっと楽しそうに働いていた。単にエレクトリアとしてのプログラムと考えていたが、きっと人の役に立てる事が嬉しく、自分が携わった物が人を笑顔にする事を見通してのことだったのだろう。それに気付いた今、先の疑問は余りにも恥ずかしく怒りを買うものだったか理解できる。バツが悪く思っていると、タイタンの指が頭を撫でる。巨大とは言え幼い外見の少女に慰められる成人男性の図になるが意外に気分は落ち着く。きっとこうした事は他にもあって、その度に同じ事を繰り返したのだろう。
「睨んじゃってゴメンね?コレよく言われるからつい沸点低くなっちゃってさ。でもエレクトリアの事ちゃんと理解してほしいし、人にも頑張ってほしいって応援してるのも本気だから。」
「自分…もっと頑張ります!負けないように!」
「うん、頑張れ!はい、これでお話はオシマイ。ほら片付けて家に帰りなよ。」
晴れやかな顔でお辞儀をして片付けに向かう新人を見送るタイタン。彼女の心の中には後進を見守る親心と負けてたまるかという対抗心がある。人を導いて引き揚げた上で自分は更に先へ高みへ進みつづける。巨体に相応しい大きさの向上心こそ彼女の武器であった。その点で今日は完璧な作業と自分の矜持を示せたのだから大満足。ツールズ達からも一通りの片付けが済んだと連絡があり、撤収前の最終確認に移ろうとする。
「タイタンさーん!」
「ん…?」
女性の呼び声がするが、間違いだろうと無視する。何せ現場メンバーなら聞き間違えるはずがないし、そもそも体格差があるので通信回線での会話になるはずだ。それに該当しないのであればきっと似た名前のエレクトリアでもいたのだろう。
「聞こえていないのでしょうか…。」
「誰か、伝えないと。」
「確かにそうですね。タイタンさーん!私、ヨトゥンと言います!」
「はぁ!?オネエチャン!?ナンデ!?」
ヨトゥン。円博士が作り上げた2m超えの大型エレクトリアの初号機。この巨体を形作る技術の源流は彼女にあり、まさに姉と言える。見下ろせば蒼白く光る美しい髪を持つ、憧れの姿が見えた。そしてその隣には真紅の髪のスルトが並ぶ。まさかこんな所で姉達に会うことになろうとは思わず、素っ頓狂な声が出てしまった。
「ヨトゥンお姉ちゃんにスルトお姉ちゃん!?なんでここにいるの!?」
「ライブ会場の近くを通ったので、設営の様子を見に行こうかと思いまして。すると私達の妹もいると聞いたので居ても立っても居られず、来てしまいました。」
「とても…、大きい。スルトより、強そう。」
「確かにアタシは大きいからその分重くてパワーもある……はっ!?」
刹那。タイタンからツールズに通信が飛ぶ。そして1秒未満で複数機から返答が帰って来る。2人の姉がいるのであれば、高確率でそばにいるのは間違いないのだから!
「とても大きいですね。ところで…蹲って具合が悪いのでしょうか?」
「いや違うって、多分これアレでしょ?恥ずかしくて隠れたいってやつ。」
聞き覚えしか無い2人の声。しかしタイタンはそれを見ること無く、姉を盾にするように頭を伏せる。とは言え、こんな巨人がそんな事をした所で姿を隠せるわけはない。
「タイタンがあんな…え?どゆことなんです?」
「なんだお前分からないのか?あの2人の声聞き覚えあるだろ?なんたって昼休みにずっと流してるもんな!」
伏せていたタイタンの頭が地面にめり込む。どうしたものかと必死に思考していたのに、監督にあっさりバラされてしまった…。握った拳も何処かにも叩きつけようと宙で震えている。この巨体の内で複雑な感情渦巻く中、許されるなら怪獣の様に暴れて発散したい所だが、丹精込めて作った建物を壊す己を許すことも出来ないジレンマである。
「そうなのですか?私の曲を皆さんで聴いていただけるのはとても嬉しいです。」
「このでっかい嬢ちゃんが勝手に流してるだけだけどな!ほら嬢ちゃんもシャキッとしな!好きな歌手さんに失礼だろう?」
「クソジジイ…工事終わったら踏み潰して病院送りにしてやるぅ……。」
「よぅし。俺達は撤収作業だ!じゃあなー!!」
脱兎の如く逃げ去る男衆。追いつく事自体は容易いが、そんなことより何よりも優先する事が目の前にある。何とか目線を合わせるために土下座と変わらぬ高さまで体を伏せ、荒ぶる心から何とか言葉を絞り出す。
「えっとぉ…!?そ…そのぉ…!アタ、アタシ!タイタンっていいます!いつも凛音さんの音楽に元気をもる…貰ってます!」
「ありがとうございます。私にこんな最大級のファンがいてくれて嬉しいです。お願いがあるのですが、手を出して頂けますか?」
「はぃ…。」
「とても大きい…。私をすっぽり隠せてしまいそうです。この手で会場を作ってくれているのですね。とても立派だと思います。」
「ホント凄いわ。だってあんな大きなセットを持ち上げられるのタイタンだけだもん。にしてもでっかい…。エレクトリア目線だと超高層タワーだもんね。」
「ひぇぇ…!?」
推しが目の前に居るだけでなく、手に触れて称賛と感謝を贈られてしまった。こんな即席握手会なんてあっても良いのだろうか。もうテンションブチアゲのオーバーヒート寸前である。
「恥ず…マジムリ…。あ、穴掘って隠れたぃ…。あ、え…凛音さんはなぜここに…?」
「会場周辺の下見をしようと立ち寄ったのです。するとタイタンさんが現場で作業されていると聞いたので、お土産を持って見学させて頂きました。」
「そっか、このフェスに凛音さん出るんだった…。ぇ?でも見学アタシ聞いてない…。」
「監督さんにご挨拶したら、テントに隠れて見学すると良いと聞きましたので。」
「クッソジジイー!あいつフリーフォールの刑に処してやるぅ!」
「タイタンさんは現場の皆さんととても仲が良いのですね。」
「ハァ〜?バカじゃないの!?アタシと誰が…!はぅ…推しに暴言とか…アリエナイ……。土下座でも何でもしますから、ご勘弁を…。」
「いやもう、伏せてるし…。」
「大丈夫ですよ。ほら、機嫌を直して下さい。」
「ピッ!?」
タイタンの頬に触れる小さな手。電流が流れたかのような衝撃があったと思えば、羽毛に触れるかのような柔らかさが髪を撫でる。無意識のうちに頭を差し出してもっともっとと催促しているのにタイタンは気付いていない。
「出た。凛音必殺の癒し撫で。あの手絶対に幼児退行の魔法かかってるって。」
「握手会ならぬ撫で撫で会は行列でしたね…。」
「凛音の手、大好き。」
「(*´ω`*)」
「はふぅ……。凛音しゃんに撫でてもらえて幸せぇ…。ありがとうございます〜。」
「いえいえ、ステージを会場を作ってくれる皆様あってこそのコンサートです。タイタンさんの頑張りに応えられるように、私も演奏と声を届けますね。是非タイタンさんにも聴いていただけたら嬉しいです。」
「えっと、そのぉ……実は凛音さんの日程は別の仕事が…。あ、でもちゃんと配信とかは見るんで!」
「そうですか…。でしたら今歌っても良いですか?楽器もないのでアカペラになりますが。」
「え!?マジ!?でも、ステージはまだ音響とか調整が…。」
「ステージならありますよ、貴女の掌が。乗せてくれますか?」
「わ、わかりましたぁ…!」
凛音を手に乗せて座り直すタイタン。地上10m近い高さにせり上がったステージには夕陽と風が通り抜ける。巨大な少女の掌で歌う小人の囀りに耳を傾ける。
「推しと触れ合えて、生歌独占…。マジ無理、満たされ過ぎ、ジェネオバロしてエモで爆発するぅ。」
「喜んでいただけて何よりです。そう言えばタイタンさんは定期メンテナンスなどで円さんのラボにいるのですよね?もし私の予定が合えば、また会いに行っても良いでしょうか?」
「──────────────ほわぁ。」
とうとう処理能力を振り切ったタイタンは凛音を握り締めて、胸に抱き寄せる。もし心臓があったなら重低音の打楽器が連打されていただろう。そこから再起動するまで数分を要した。
「─────はっ!すみません窮屈だし、アタシの鉄板みたいな胸とか嫌ですよね!?」
「いえいえ、巨大な女の子に守られているみたいで安心できましたよ。」
「ぴぃぃ、推しの優しさがデカ過ぎぃ…。もう無理、ちょっとこの激情吐き出すんで離れてて下さいね?」
凛音を降ろしてから立ち上がったタイタンは両足を踏ん張って空を向く。全てのエネルギーを溜めて、感情を一纏めにして、全ての感謝に応える。その時、街中どころか山を越えた先まで次の叫びが届いたとかどうとか。
『今日のアタシ、世界一幸せだああああああ!!!!』