「イベントホールは正面進んで左手です!」
「焼き立てのカステラだよ〜。」
「こちら新規パーツの展示・販売を実施しておりますー!」
「見学会に参加する方はこちらで受付して下さーい。」
賑わいに包まれたこの場所は近衛インダストリアル。今日はエレクトリアの販促イベントということでエレクトリアに関する催しが多数開催されている。正門すぐはお祭りさながらの露店が並び、店員は主にエレクトリアで社員はその手助けをしている。その一角にはエレクトリアカフェの出張店舗もあった。
「やっほ、ニーカ。今日はこっちなんだ?」
「おぉ華麟じゃないか!イベント参加に声をかけられたからには答えなければな。そっちは演奏会だったか?」
「そうね。ジャズバンドだけど聴く?」
「もちろんだ。凛音さんのジャズアルバムはカフェのBGMにも使わせてもらっているから是非聞きたい!まぁ、シフトが空いていたらだが…。ヨトゥン達はどこに?」
「ヨトゥンとスルトは巨大エレクトリアとして会場をうろうろしたり運営の手伝いとか交流するんだって。クロヒメは手伝いとして凛音にくっつけといた。」
「確かに人と同じ大きさというのは珍しいからな。いつかはあのボディサイズも珍しくなくなるかもしれない。」
「どうでしょねー?開発者曰く、ヨトゥンベースで行くとコスト半端ないらしいし。」
「な、なるほど…。」
「それじゃ、お互いに時間が合えばまた後で。」
少し離れて、ここは本社建屋入口。ここではエレクトリアに関する見学会が行われており、ヨトゥンもスタッフの一人として参加している。受付には老若男女、親子や個人、団体まで多くの人がいた。その中にはヨトゥンにも馴染みある顔が頭ひとつ飛び出して見えていた。
「ヨトゥンさん、ご無沙汰でーす。お互い背が高いと見つけやすいですね。」
「こんにちは、麟佳さん。麟佳さんも見学会ですか?」
「ですです。予定が無かったので丁度いいと思って来ました。」
「そうですか。麟佳さんのパートナーを探す手助けになればいいですね。予約時間はいつでしょう?」
「次の次ですね。休憩がてら、もうここで待ってようと思って。」
「承知しました。私は次の案内担当なので、同行出来ないのは残念です。」
「あらら、運が足りなかった…。それじゃ頑張って下さーい。」
「分かりました。あれ?何か慌てている声が…。」
声の先にいたのは小学生の団体だ。校外学習としてやってきたらしいのだが、付き添いの先生が少し慌ただしい。何かトラブルなら運営として解決しなければならない。
「どうかされましたか?」
「それが…遅刻や迷子、転んで怪我してしまった子がいましてその対応が…」
「わぁお、ハチャメチャも団体でやってきてる…。」
「次の団体案内ですが、間に合うでしょうか?」
「見学参加の子ども達はみんな集まっているのですが、私は他の先生と連絡を取らないといけないので、引率が…。」
「ヨトゥンさん。俺の予約を前倒しとか出来ます?案内スタッフ増やせないなら、自分が代わりに引率出来ればと思って。ちびっ子の相手はいつもの稽古で見てるでしょ?」
確かに麟佳の子ども達への対応力は直に見ているし、体験会でも指導担当として初対面の子ども達と戯れる彼なら問題は無いだろう。加えて勝手知ったる相手なら連携も取りやすいはずだ。
「相談してみますが、恐らく可能かと。ですがよろしいのですか?」
「まぁまぁ、これもなんかの縁ってやつです。仕事半分趣味半分です。」
事が決まれば即対応。変更手続きを終えて、子ども達に関する打ち合わせをする。先生曰く、元気な子は沢山いるが、問題を起こすヤンチャ坊主とかはいないらしい。実際対面してみると。
「わー。お姉さん目茶苦茶デケェ!」
「髪の毛雪みたいに白〜い。」
「私もあんな風に綺麗になりたいな〜。」
ヨトゥンの物珍しさも相まって好感触。イタズラを仕掛ける子がいるか警戒していたがそれは杞憂に終わった。
「あれ?先生どこいったの?」
「先生はちょっと忙しいらしいから、臨時スタッフの自分が代理で入りますよー。なんかあれば言ってね?」
「「はーい!」」
そうして始まった見学会。子ども達は先頭で案内するヨトゥンと紹介される展示に夢中であまり手はかからない。麟佳も子ども達に混じって、ふむふむと説明を聞いている。
「麟佳先生。」
「ん?どしたの?」
「麟佳先生はまだエレクトリアいないの?」
「まだいないよ。でも今日の説明聞いてると一緒にいて楽しい友達や家族になれそうだね。」
「うん!」
「みなさん、次はこちらに来て下さい。」
「おっと、行かないとだね。自分は皆が落とし物してないかササッと見ていくから先にいっててね〜」
「はーい。」
『だれか…。』
「……?」
早足で展示物周りを見渡し、忘れ物がないか確認してから子ども達の後をついていこうとするが、歩を止める。何も特別なことはなく、呼び止められた気がしたから止まっただけ。しかし周りを見渡しても子ども達と道行く社員だけ。困っている様な人は見当たらない。少し遠くに目をやろうとも思ったが、声は直ぐ側で聞こえるのだ。
「誰です…?」
「麟佳さん?どうかされましたか…?」
ついてこない麟佳を心配したヨトゥンが次の部屋に子ども達を待たせて迎えに来てくれた。
「誰かが呼んでる気がして…。」
『いる…?私の声が…?』
「やっぱり聞こえるんだけど……うーん?」
「子供達の声ではないのですか?」
「いや、大人の女性だと思うんだけど……。疲れてるのかなぁ…?」
「妄想が現実になっていたり…?」
「止めてヨトゥンさん、その言葉は麟佳さん泣いちゃう。大丈夫じゃないかもですけど、取り敢えず先に進みましょ。子ども達も待ってますし。」
『………。』
後ろ髪を引かれるが、見学会を続ける。幸か不幸かしばらくすると声は聞こえなくなり、その後は耳も普段通りに音を認識していた。当初懸念していた問題も起こらなかったので、かなり楽な気持ちで過ごせた。予定より早く見学に参加できて、子ども達と交流出来た事は間違いなくラッキーだろう。
「本当にありがとうございました!どうお礼をすればいいか、。」
「いえいえ〜、賑やかで楽しかったですよ。」
「「麟佳先生ありがとー。」」
「はいはーい、それじゃね〜♪」
子ども達のお礼に思わず目頭が熱くなる。稽古に来る子ども達のヤンチャ具合を思うと尚更この素直さに感激する。
「うちのおチビ達もあのぐらい聞き分けが良いと助かるんだけどなぁ〜。」
「麟佳さん、お疲れ様でした。」
「どーもです。まぁ殆ど一緒にワイワイしただけですけどね?」
「それが一番だと思います。貴方の周りは笑顔が多く感じました。話は変わるのですが、この後お時間いただけますか?」
「はえ?特に決めた用事はもうないので大丈夫ですけど?」
「もしかすると、先程の声の件が分かるかもしれません。」
連絡をしたのはヨトゥンの開発者である円博士。今回の見学会では見られなかった部屋だが、近くを通りかかった際に、機器に反応があったらしい。そしてそれは謎の声が聞こえたタイミングと一致するのだ。二つ返事で研究室に案内してもらう。円に迎えられるも思わず足を下げてしまう。その奥に彼女と瓜二つの姿をした蛇足の怪物がいたのだから、それは許してほしい。ヨトゥンにも残っていて欲しかったが見学会はまだあるので引き止めるわけにはいかなかった。
「ようこそ。私はここで研究をしている円縁よ。」
「こんにちは円さん。えっと、ここで話があると聞いたのですが…?」
「前置きはめんどうだし、すぐ本題に入りましょう。空耳で聞こえたというのはこの声かしら?ほら、話してみなさい?」
『私の声を聞いてくれたのはあなたですか…?あなたには私の声が届いているのですね。』
頭に届いた声は確かに先程聞いた声。近くにいるのか、途切れたりノイズもなく綺麗な声だ。声の主を探すが二人以外には人影がない。その他に誰かいるとすれば、机の上に乗っているエレクトリアコアだけ。配線が繋げられており、すぐ近くの機器やモニターで観察しているのだろう。
「あ、この声です!もしや、このコアが…?」
「そう…聞こえているのね?」
「そうですけど…。」
返答の後、円は画面を見ながら思案していた。そして納得したように頷くとこちらに視線を戻してくれた。
「結論から言えば、そのコアの声が聞こえているのはあなただけよ。私やメビウス、他の人には全く聞こえていない。そもそも聞こえるわけがない。」
「はいぃ?」
何かの謎掛けかと頭にハテナが飛び交うが、そんな様子は無い。ハテナを紐解こうと頭を回してみる。
「ひょっとして…コアだけ話してるからですか?ボディの声帯機器無しで……え?なんで俺聞き取れてるんです?」
「共鳴、覚醒と言われる現象。エレクトリアと人の間に強い絆が結ばれていると稀に起こる現象。性能向上や思念での意思疎通が可能になるわ。凛音と華麟は知り合いね?あの二人はこれを高いレベルで実現しているわ。」
「なるほど…。初対面ですけど何故かその現象が自分に起きているんですね?なんというか運命の人というか、数奇な巡り合せというか…。」
運命の人。そう思うと未来に結ばれる絆を前借りしているような印象になる。とはいえお互いに何もわからない状態。お互いに歩み寄って確認しなければならない。
「取り敢えず状態を見るから好きに話してくれる?出来ればその子が目覚めた辺りのことも聞いてくれると助かるわ。」
「分かりました。では改めて、こんにちは。自分は天宮麟佳。麟佳でいいですよ。さっきは声を届けてくれたのに無視してごめんなさい。」
『いえ構いません。私も初めての事でしたので驚いてしまいました。私はエア…の筈です。』
「はず?」
『先程の円の疑問に答える形になりますが、私は落下した隕石の影響を受けて目覚めたと認識しています。しかし私のコアは隕石のエネルギーにより変質し、通常規格に適合できなくなりました。この人格も変質前か後か判別が出来ません。』
円に確認を取ると、彼女の仮説と一致するらしい。エアのコアは工場で作成後、次の工程待ちで倉庫に置かれていたのだが、その側に隕石が落下したらしい。幸い怪我人は無し、建物に穴が空いて倉庫が散らかった程度の被害だった。しかしその衝撃で破損や動作不調になったコアもあり、その殆どが廃棄されたらしい。その中でエアは始めは動作不調と判断されたのだが、その際のデータが乱れているのではなく、妙に安定していたため、こちらに送られたのだ。
「面白かったわよ。まるで新しい形のコアが誕生したみたいで。特にコアが生み出すエネルギー量がヨトゥンのような大型エレクトリアも稼働できるほどだと知った時は……ふふふ♪」
欲が漏れ出す円の妖しい微笑みに背筋が冷たくなる。未知の検体がその正体を顕にしていくのだから研究者としては一応正しい反応だろう。
『生命と言うにはまだ幼いですが、こうして交流を重ねるだけで、頭が冴えていく様な感覚があります。』
「頭が冴える…。確かに普段使わない部分を働かせた時ってそんな感じですね。」
『麟佳、一つ試してみたいことがあります。スマートフォンなどの端末を近づけてくれませんか?無線接続で操作できるかもしれません。』
エアに言われるままスマホを出すが、データを取りたいということで円の物に変更する。一分程度待っていると、触っていないのに画面が点灯する。そのままメールアプリを開いて文字が入力される。その様子はまるで透明人間が操作しているようだ。
【こんにちは、エアです。】
「おぉ!ちゃんと入力出来てる!」
「端末に異常も無し。リモート操作と同様の処理ね。その調子で他の端末も試してくれる?」
その後はパソコンを始めとして、モニター、照明、実験機器など無線操作可能な物については全て操作ができた。
「なんかokだか、Heyで操作できるアレみたい…。この調子ならエレクトリアボディも行けるのでは?」
「今のはエアが持つ通信機能やエネルギーを利用して操作したに過ぎないわ。動かすことは可能だけれど、自分の身体ではなくコントローラーで操縦するようなもの。私に言わせれば、そんなのはエレクトリアじゃないわ。」
『私もそう思います。我儘かもしれませんが、誰かのではなく自分の体で生きて行きたいと考えています。』
「ごめん。それは確かに大事だわ…。」
「ボディについては私が作ってあげる。性能はこだわるつもりだから、多少時間がかかるでしょうけど。」
「なるほど。それまでエアはどうする?」
『よろしければ、あなたの元に置いてくれませんか?声が届く貴方といることが私にとっては都合が良いのです。性能については先程のように端末操作やネットワーク接続でエレクトリアの変わらない補助が可能です。お役にはたてるかと…。』
エアの提案にしばし思考する。麟佳自身、購入を検討していたこともあり、エレクトリアを迎えることに抵抗はない。そして何より、エアとの会話がとても楽だったのだ。仲の良い弟妹と同程度の気軽さだ。これもまた縁、天の思し召しということで身を任せることにした。
「エアの期待に添えるか分からないけど、俺は構わないよ。」
「話がついたようね。持ち帰るなら数日待ってくれる?何かしらの端末に入れた方が機能面や保管が楽でしょ?」
「助かります…。えっと、代金は…。」
「結構よ。私の研究目的も兼ねてるから、技術投資のようなものだから。」
「何から何まで、本当にありがとうございます。またね、エア。」
『はい。次に会えるのを楽しみにしています。』
そうして別れてから数日後。円が特急で作り上げた、眼鏡型の端末が届けられた。レンズも今使用している物と変わらないし、付け心地も問題ない。メカニカルな装置がついてる分、男の子の部分が刺激されて悪くない気持ちだ。
『こんにちは麟佳。これからお世話になります。』
「よろしくエア。」
『早速ですがこちらの眼鏡の機能について説明させて下さい。私の声は引き続き共鳴で聴こえているので、他の方には聞こえません。先日お見せした機器接続は可能なので、必要ならば文面での会話を行います。レンズは薄膜モニターとなっており、私が様々な情報を表示することができます。』
そう言うと、視界の端に今日の日付や天気、ちょうど会話中に届いたメールのタイトルが表示される。
「こりゃ便利や…。」
『今後も必要に応じてアップデートするのでよろしくお願いします。早速ですが今日のこれからの予定はどうなっていますか?』
「特に無いけど、そろそろご飯食べて、それからゲームやるか動画見てるかな?だから気を張らなくて大丈夫よ。」
『分かりました。』
麟佳は賃貸で一人暮らし。そこそこの広めの1LDKなのでのびのびと過ごせる。荷物や家具などもそれなりに綺麗に整えられていて、彼が使いやすいように物を置いているのがよく分かる。目を引く物といえば50インチの大きなテレビと棚にかざられたフィギュアだろう。テレビの向かいにはベッドが置かれているので、疲れたらいつでも眠れる体勢が整っている。
『なるほど。あなたがどの様な人物なのかが大まかに分かった気がします。』
「なんか家族以外に見られるの初めてだから恥ずかしぃ…。ま…エアもこれから家族みたいなもんだから、まぁエエやろの精神でいこう…。えっとご飯は〜っと…。」
キッチンの引き出しと冷蔵庫から食材と器具を取り出す。冷凍していたご飯をレンジに投入し、野菜は大まかに切ってからスライサーで微塵切りにする。彼のゆっくりとした手つきを見る限り、数はこなしているが慣れているとも言い難い。
「今日はやる気があるからこんな感じで作るけど、料理は得意じゃなくてね。つい簡単な奴にしたり、インスタントや冷凍食品で済ませちゃうの。」
『なるほど…。ではいずれ私が料理を振る舞うので、ご期待下さい。』
「え?いいの?楽しみが早速増えたね。」
そうこうしているうちに焼飯が出来上がる。プロはもちろん、母親にも勝てない出来だが、自分好みの味付けというところは勝っていると思いたい。
『美味しいのですね。』
「顔に出てた?」
『それもありますが、脳波も見ていたので。』
「あれ?もしかして麟佳さんの全部が筒抜け?」
『バイタルサイン等は読み取れるので、常時検診可能です。』
「わぁお、隠し事できない。そういえばスマホも操作できるってことは操作履歴も丸見え?というかもう見てたり?」
『すみません。あなたの事をより深く知りたいと思い無許可で見てしまいました。ですがそれであなたに幻滅することはありません。寧ろ興味津々です。』
「う、うにゃぁ……。」
『よろしければ、質問をしてもよろしいでしょうか?』
「よーし!もう何でも来いや!」
エアからの質問は多岐にわたった。趣味嗜好から枝分かれし、まるで子どものナゼナゼが続くように話題が連なる。食事を終えても、風呂に入っても、ゲームを始めても続く。簡単に言える事、少し考える事、胸にしまっておきたい事、誰にでも話せる事。洗いざらい話していたが、不思議と嫌な感じはしない。楽で緩やかな雰囲気に包まれて過ごすのは苛烈な人でない限り好きなはずだ。
『すみません。私から話してばかりで…。』
「いやいや楽しいよ?ゲームしながら雑談会はよくあるからね。そうだ、このコントローラーも操作出来るのかな?」
『試してみます。』
コントローラーの受信ランプがピコピコと点灯する。コントローラーに動きはないが、画面を見れば操作しているキャラクターが動き回っている。
「おぉ!これならエアと一緒にゲーム出来そう!感覚的にはどうなの?」
『私の手元に擬似的なコントローラーを作成して操作している状態です。感覚、手の動きという意味では変わらないかと。このまま続けても?』
「どうぞどうぞ〜。」
今プレイしているアクションゲームはある程度ゲームに慣れていれば難しくはない作品だ。麟佳が操作しているのを覚えているようで、特に説明をしなくても順調に動いている。攻撃や回避も初めてとは思えないほどに上手。ゲームが楽しいのか、他のステージに挑戦したり、キャラクターを変えたり、のめり込んでいるのか口数も少し少なくなる。30分ほど経った頃、ようやくゲームの世界からエアが帰ってきた。
『すみません。勝手に次々と攻略を始めてしまいました…。』
「いやいや、めっちゃ上手くて見てる側も楽しかったよ。これならエア用のコントローラー買ってこなきゃだね。いや、オンラインで協力するならハードとソフトも……。」
『好意は嬉しいのですが、それは出費が大きいのでは?』
「確かに安くはないけど、趣味のためって理由で払える金だよ。エアは俺とゲームしたくない?」
『……そうですね。私もあなたと共に遊びたいという気持ちがあります。払っていて頂いた分は働きで返したいと思います。』
その後も二人の遊びは就寝直前まで続いた。人と交流が出来なかったエアにとって楽しさを共有することはとても心が暖かくなる出来事だった。眠っている麟佳を隣で眺めているときも、つい数時間前の楽しい時間が何度も繰り返される。この先の生活を思う時間は夜が終わるまで続いていた。
『おはようございます。本日は仕事ですね?』
「そうそう。俺はいつも通りに頑張るから、何か気になることがあればいつでも言ってね。」
麟佳の仕事は材料の研究や改良の技術補佐。サンプル作成やら機器分析、資料まとめなどなど担当している。この職場では申請すればエレクトリアによる業務補助が認められており、エアについても既に伝えてられている。
「ボディ無しって所で驚かれたけどね。そこは後ほどってことで。」
今日の作業は定常業務のサンプル作成。薬品を秤量しフラスコに入れて混ぜていく。同じ実験を少しずつ変えながら実行するので、誤差は少ないに越したことはない。その点、麟佳の丁寧な作業はそれを完璧に満たすものだった。
「んーー。お、ぴったりキタキタ。」
『他も僅かな誤差ですね。流石です。』
「まぁ手を動かすのをメインで担当してるからね。その代わり先輩には頭を回してもらってるんだけどね?」
『役割分担というもので仕方ないことかと。では私は作業後のデータ入力を行います。ここから居室PCにもアクセス可能です。』
「それすっごい助かる…。そうだ、試しにさっきPCで開いてたファイルに数字入力して計算してみてくれる?次の作業に必要なの。」
『少しお待ち下さい………。出ました。レンズに表示します。』
ものの数秒で計算を終えたエア。以前は防護具を外してから別室で作業していたので格段に手間が省かれている。レンズへの表示も手元のノートに被らない位置に映されているので邪魔にならない。
「すげぇや…めっちゃ楽…。」
『他にもあれば申し付けて下さい。』
その後も入力作業やスケジュール確認、メール報告などを手伝ってもらい、快適に作業を進めていく。かゆいところに手が届くとは言うが、ここまで来ると痒みが出ないレベルだ。普段なら数十分程度の残業を覚悟するところだったが、終わってみれば定時を待つ余裕すらあった。
「他のエレクトリア連れてる人が仕事早かったり楽しそうな理由わかったわ…。半端ねぇや…。」
『お役に立てたようで何よりです。いずれ身体を手にした際はさらなる活躍をお見せしたいと思います。』
「なんてこった。これ以上されると私駄目になっちゃいそう。」
『安心して下さい。駄目になっても私が支えれば問題ありません。』
「いや、アカンやろ…。」
そうして日常を過ごしてあっという間に半年過ぎた。二人の仲は友人とか恋人とか家族とかより深い所に至っていた。人と人の関係を良好に保つには一定の距離感は必要と言うが、垣根を超えていくエアとそれを受け入れた麟佳にはほとんど隠し事は無い。寧ろ麟佳は暴露され続ける立場だったのだが、別れたいと言う決断は取らなかった。しかしそれほどに絆を深めてもエアはまだボディを手にしていなかった。自分の望む姿というのがまだ固定出来ていないらしいのだ。誰しもなりたい自分はあるだろうがそれを明確かつ確実に列挙するのはかなり難しい。特にエアは代理の身体を使うことも拒否したほどに自分の身体への執着が強い。加えて自分を見出してくれた麟佳への想いは宇宙に広がり続けるほど強いと言っても過言ではない。だからこそ後悔のないように綿密、精密、緻密、厳密に考えているのだろう。
そんな日常を過ごしていた、ある日の休日。三連休ということもあり、珍しく遠目のドライブに行くことにした。ルートは県を跨いだ先の神社へ行って散歩後、移動して早めの昼食。午後もあちこちの観光地へ向かうというなかなかの詰め込み具合だ。
『どれか一つには絞らないのですか?』
「せっかくだし全部やろう思って。それに三連休だから初日に疲れてグッタリしても休めるから大丈夫。」
『なら良いのですが。』
「一番やりたいのは午前中の参拝だから、午後は適当に切り上げたら本当に大丈夫よ。」
朝は僅かに空に色が入る頃に出発。夜に冷えた空気が肌を刺すがそれはそれで気持ちの良い時もある。未明の道路は当然人が少ない。高速道路に入ればトラックを多少見かける程度で視界良好。思わずアクセルを踏み込んでしまう。
『麟佳。警官の目がないとはいえ速度を出しすぎです。』
「ついね…。それにこの車はパワーあるし。」
『20年近く前のスポーツカー…。どちらでこれを?』
「オトンが乗ってたヤツを譲ってもらったの。メンテとかでお金はかかるけど、このカッコよさは堪んない♪」
確かにこの車に乗る麟佳は楽しげだ。移動手段というだけでなく、走る事自体に意味を持たせられるのだろう。そうして早朝ドライブを満喫して神宮に到着したのは7時頃。昨晩に作っておいた握り飯で小腹を満たして、のんびりと歩く。都会から離れた神秘を纏う山と川にある参道はとても静かで穏やかだ。人も少ないため、耳を澄ませなくても木々のざわめきや鳥達の声が耳を優しく叩く。
『午前が一番の目的と言っていましたが、何故ここに来たのですか?』
「エアがまだ身体を見つけられないでしょ?だから神様にお願いしようかなって。それに色んなところを見るのもきっかけになるかも。」
『なるほど。天命を待つというのも一つの手ではありますね。』
近所の神社に行く方が楽だが、色んな物を見せたいとなれば遠出もやぶさかではない。今回は麟佳のドライブ欲も満たせるので絶好の機会だった。この神宮に来るのも久しぶりなので歩調は普段よりかなり遅く、キョロキョロと景色を見渡す。のんびりと歩いていたので気にしていなかったが、ここに来てからエアの口数が少ない。と言っても不満がある気配はなく、純粋に辺りの環境に興味が向いているのだろう。そうして数十分ほど歩くと正宮に辿り着く。初参拝のエアでもこの場所の神秘的な空気を感じられた。寧ろ特殊な彼女だからこそより感じる物があったのかもしれない。手を合わせる麟佳に合わせて、エアもまだ無い腕をイメージして合掌し、想いを浮かべる。交信できる二人だが、こういうときは各々の胸の内に秘めておく。
(エアが、自分の姿を見つけられますように──。)
(麟佳を護り、役立てる身体を──。)
参拝を終えて山を降りていく。緩やかだが、斜面なので登りより少しだけ早歩き。時間が経っているので往路よりも人通りは増えており、賑わっている。
『あれは…。』
その中でエアが目を取られたのは道端に落ちていた黒い烏の羽根。麟佳のレンズにも無意識のうちに反映された様で、どれのことを言っているかは直ぐに伝わった。
「羽根がどうしたの?」
『いえ、何故か気になってしまって…。』
「……よし、持って帰ろう。」
『え!?ですが不潔ですし、どんな汚れがあるか…。』
「袋に入れて、帰ってから洗えば大丈夫。それにこの近くは鴉天狗に縁があるから、もしかしたらご利益とかあるかもよ?」
『そこまで言うのであれば…。ではよろしくお願いします。』
袋に羽を入れて、神宮を後にする。その後は予定していた場所を巡ったり、エアが気になった土地に向かったり、名産に舌鼓を打つなど各地を動き回っていた。夕飯も外で取ったので、帰宅した頃にはテレビが賑わう夜だった。
「いやー、疲れたぁ。こんなに長く運転したの初めてかも。」
『お疲れ様です。今日はお風呂に入って早めに就寝するのが良いかと。』
「そだね…。休みはまだあるから今日はサッサと休むよ。」
そう言って風呂に入ってからの様子は酷く窶れたように見えた。疲労もあるし、気が抜けた事はもちろんあるが、なにか別の要因があるのは察するところ。しかしバイタル情報は特別異常は無く、本当に疲れているだけかもしれない。でも悪い場合は風邪などが潜伏しているのかもしれない。そんな彼は身体の火照りが取れた頃、吸い込まれるように眠りに落ちる。健やかな寝顔に杞憂だったのだと安堵したのも束の間。一時間ほと経った頃に寝息が荒くなり、体温も風邪を拗らせた様に高くなる。当然表情も苦しげで、口からは苦悶が溢れる。
『麟佳!起きて下さい麟佳!』
いつもなら目覚める声量で声をかけても眠りから戻らない。揺り動かす身体もないので手が出ない。通信で誰かを呼ぼうにも玄関の鍵を開けられない。すぐに思いつく事は解決に全く繋がらず困り果てる。もう何も無いのではないかと落胆した時、エアだけが使える最後の手段に気付くことが出来た。
『共鳴現象…。』
エアと麟佳を結ぶ特別な縁。ごく一部のエレクトリアと人が辿り着ける境地と言ってもいい。そしてそれを間近で体現する凛音と華麟からどのようなことが出来るかを聞いたことがある。とにかく試せることは全てやらなければならない。
『麟佳の意識…。深く深く沈んだその先へ…。』
目指す場所は麟佳の精神世界、もしくは夢の中。縁という線を伝い、心を同調させる。意識が遠くにあるなら無理矢理にでも引き戻せば目覚める可能性はある。まるで迷宮を彷徨う様な手探りの時間。正解も不正解も分からない時間はどんどん過ぎていく。しかし心を繋ぐ絆は確かに進んでいることを告げていた。そして微睡みのような曖昧な壁を通り抜けた先、目を開けると夕焼けに赤く照らされた街が広がる。夢だからか建物に統一感は無く、ところどころ歪んでいたり、欠けている物もある。夢とは曖昧な物という知識の通りだと聞くが、確かにそうらしい。現にエアは空間を漂う風船、いや形がない空気のようにフワフワと浮かんでいる。この何処かに彼がいる。縁は確かに感じるが大まかな方向がぼんやり分かるだけなので、自分の目で見つけなければならない。幸い街の上に浮かんでいるので広く見渡せる。ここは現実ではなく夢。その主ある麟佳の周囲にはなにか動きがあるはず。
『いた…!』
悪夢の中で、彼は不定の影から逃げていた。本来の悪夢ならその中で何があっても苦しみが続くだけだが、今回はそうもいかない。例えそうでも見過ごせるほど彼への想いは軽くない。本来のエアにはまだ身体がないがここは夢の中。それも繋がりを持つ麟佳の夢だ。必死に思い浮かべれば、きっと出来るはずだ。彼の元に駆け付ける脚を。彼の手を掴む腕を。それらを支える強い身体を。自分が求めている相応しい姿を!思考はやがて点となり、線となり、面となり。平面から立体が生まれ、形を持ったエレクトリアとして誕生する。
「麟佳…!」
自分がどの様な姿かは、今気にしている場合ではない。手と脚があるならそれでいい。質量を持った身体は落下を始める。だがエアは更に次を求める。地面についてから彼の元に向かうのでは遅い。飛ばなければ…一直線に空を自分の力で進む翼を。エアの背中を漂う粒子が形作ったのは黒い大翼。大空を舞い、彼方の地へと飛翔する漆黒の鴉。力を込めて羽撃けば、その身は流星と見紛う速度に到達し、目的地がみるみる近付いていく。着地地点は彼と影の間、二者を遮るように…。
「……あれ?」
街の建物が近付いてきてあることに気付き予定を変更する。遮るのではなく、彼を攫って行けば良い。対象まで3…2…1…!エアが通り過ぎると同時に暴風が影を蹴散らしていく。救出した彼は恐怖のせいか震え、身体を丸めている。あんな怪物に追い回され、夢の中のぼんやりした感覚とはいえジェットコースターのような勢いで空に連れ去ったのだから仕方ないところはある。
「麟佳、もう大丈夫です。眼を開けて下さい。」
声をかけた途端震えは止まった。恐る恐る顔を上げた彼は驚愕の後、首を傾げた?
「エ…ア?」
「はい、エアです。こうして身体もあります。」
「え?なんで…いや、その……大きすぎない?」
これが先程エアが感じた違和感の正体。麟佳は今、巨大なエアの掌に乗せられているのだ。ビルと比較しても遜色ない巨体は50mほどあるのではないだろうか?
「この体は私が貴方を助けたいという想いを形にしたつもりです。とはいえ、私本人は確認できていないのですが。少し待っていて下さい…。」
ものの数秒でエアの全身を納められる大鏡が生成される。もはや夢の主が誰なのか分かったものではない。映し出された姿はエアが知る範囲で美女と認識されるものだった。白い髪は内側が紅く煌めき、長さは太腿辺までふわりと広がっている。身体を形成する際に服は意識していなかったが、白ベースに赤いラインの入ったボディスーツを着用していた。体付きを見て思ったのはヨトゥンやスルトに近い姿。要するにサイズ感とは別に大柄な身体ということ。彼女達もまた凛音を守護する美しく強い姿なので、それに影響されたのかもしれない。
「ではこのまま穏やかに過ごしたいところですが、外敵はまだ諦めていないようです。」
エアが見下ろす先では先程の影が集まり、巨大化し、その形は人のそれになっていく。
『クソぉ…。なんで他のやつが入ってくるんだ?』
「私と麟佳の絆が導いた結果です。」
『そんな馬鹿な!?何百年こうして取り憑いたがこんな奴いままで…。』
「この空間から出ていってくれますか?今なら何もしません。」
『はん!乱入したくらいでいい気になるなよ!俺がその気になれば…!』
「話し合いで解決しないとなれば……殴り合いですね。」
『ゑ?』
「あの…エア?解決法が一気に物騒になったんだけど…?」
「あちらは悪霊(仮)で、ここはあなたの夢、精神世界です。関連する法律はありません。」
「エアちゃんあのね?それは確かにそうなんだけど、ね?」
「それに私個人が少々苛立っているので、それを解消しなければなりません。ふむ…。掛け声と共に殴れば威力が上がると聞いたので、実践しましょう。」
「エアさぁん!?」
拳を硬めた右腕からは聞こえるはずのないギチギチという鈍い音が響く。そして弓を引くかのように右腕を後ろに下げる。僅かな静止の後、拳が発射される。
「オラァ!!」
『グボォァ!?』
踏み込んだ脚は地面を踏み割り、拳は顔面を捉えて衝撃を余すこと無く伝える。悪霊の体はあっさり地面から剥がれ、建物を粉砕しながら遥か彼方まで吹き飛んでいった。
「ふぅん…。少し気分が良いです。鬱憤を晴らすとはこういうことなのですね。」
「ソレハナニヨリデス…。あの、その……もう大丈夫かな?」
「いえ、まだ……。───。訂正します、もう大丈夫です。だから今は落ち着くために目覚めましょう。」
エアに頭を撫でられたのを皮切りに思考がぼんやりとしていき身体の感覚も消えていく。
「エア。また…会えるよね?」
『はい、必ず。私は私の姿を知りました。だからもう少し待っていただけますか?』
「分かった。じゃあ、またね。」
一方、吹き飛ばされた悪霊は消えていく空間の中で動けずにいた。まさか精神世界で殴り飛ばされるとは夢にも思っていなかった。
『くっそぉ…。こんな化け物がいるとは…。だが……ん?なんだ?羽根?』
満身創痍の悪霊の周囲を舞っていたのは黒い羽根。キョロキョロと見渡していると、突如胴体に鈍い痛みが走る。身体を貫いたのは錫杖。降ってきたであろう上を見れば夥しい数の鴉がこちらを窺うように飛んでいる。ここまで条件が揃えば何が起こるかは察しがつく。この悪霊が数百年生き延びたのは強いからではない。強い存在から賢く逃げてきたからだ。しかしとうとう年貢の納めどきが来たらしい。
『嫌だ…!嫌だイヤだ、来るなぁ!あぁああぁあぁ─、あああ!?』
嘴が肉体を引き千切っていく。麟佳からも、現実世界からも引き剥がされた悪霊は苦痛に満ちたままその姿を消した。
日付を跨いだ頃、麟佳は目覚めた。夜中にぼんやりと目が覚めることは時々あるが、今回はパッチリと覚醒している。このまま眠りにつくのは少し難しい。加えて異様に喉が乾き、肉体が水を求める。理由はすぐわかった。まるで風邪を引いていたかのように身体が暑く、パジャマは湿り気を帯びていた。
『麟佳。おはようございます。』
「おはようエア。って言うには早すぎない?」
パッチリ開いた眼とは異なり、頭の奥の方はぼんやりと霧がかかっている。なにか夢を見ていた覚えはあるが詳細は明らかにならない。しかし夢の中の自分が託してくれたであろう言葉は残っていた。
「たぶんだけど…助けてくれてありがとう、エア。」
『いえ、酷くうなされていたので。取り敢えずシャワーを浴びては如何でしょう?また寝るにもこのままでは不快かと。』
「確かに…。そうだ、その前に……。」
『これって聞こえてるかな?』
『それは!?』
『なんか繋がってる感じがして、もしかしたらって思って。これで秘密のお話が出来るね。』
『うっかり口を滑らせないで下さいね?』
『大丈夫。ちゃんと練習するから。』「あともう一つ…。コレ、なんでここにあるの?」
麟佳の手元にあったのは昨日拾った鴉の羽。身体を起こした事を考えると頭か布団の上に置かれていたらしい。だが記憶が確かならペン立てに挿していたはず。
『それが私にも見当がつきません。夢の中に入った後、一人でに動いたとしか…。』
俗に言うポルターガイスト現象。今写真でも撮ればなにか映るかもしれないなんて思いつつ、羽を元の場所に戻す。そして正座して合掌。日本で育った人なら大体この行動に辿り着くだろう。
「鴉天狗様。護っていただき、ありがとうございます…。」
瞳を閉じて、数十秒──。感謝を伝えられたと思ったところで目を開く。窓の外から鳥が羽ばたく音が聞こえた気がする。
「羽ペン用の台座を買わなくちゃ。」
『そちらは私に任せて下さい。麟佳はまず身体を洗うべきです。』
「そだね。追い焚きしてゆっくりしてくる。」
そうして半刻程後、今度の麟佳の表情は憑き物が落ちた様に穏やか。事実として悪霊を退治したのだから間違いない。服も新しい物に着替えて、布団に入る──と思いきや手はゲームコントローラーを握っている。
「流石にお目めパッチリだから、もう少し遊んでもいいよね?」
『構いません。休みはまだありますから多少睡眠を乱しても戻す余裕はあります。魘されて気分を害した分も楽しみましょう。』
早朝、日差しが街を照らしていく頃にメールが届いた。それを読み終えた蛇はベッドで眠る主を揺り動かす。
「なによメビウス──、こんな早く…。」
「悪いとは思っているけど、大きな仕事の連絡よ。私達がずっと待っていた依頼人からのね。」
【特殊ボディの作成・仕様について】
差出人 エア
火を点けろ。燃え上がった妄想の全てに……。
ちゃうねん…。AC6やってたらなんか浮かんでしもうてん…。
ということで我らがヒロイン、エアちゃんモチーフの物語なのです。今回は前編なので本編同様に身体が無い状態ですが、後半は身体を手にしたエアとの生活です。