ダンテ著:囚人が違う世界の鏡   作:何処にでもある

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 鏡屈折鉄道3号線やってて遅くなりました。未だクリア出来てません。
 まさか9万5千文字超えるだなんて…旅だし当然か。通信のいい場所で読み込んで下さい。
 纏めて書いたので一つ当たりの旅は薄味かもしれませんが…そこは許してください。13話完結とか言った奴のせいです。

 ビナーだったりもするガリオンです。気分がいい瞬間の人格なので何かと見逃してくれますが、呟く忠告を聞き逃すと大変な事になります。
〖構成人格〗
0.調律者 ガリオン
1.特色 赤い霧・調律者 1/5
2.L社セフィラ ビナー・調律者 2/5
3.哲学の階 指定司書・調律者 3/5
4.ブックハンター・調律者 4/5
5.調律者 5/5
6.完全な調律者 ガリオン
7.,D@;QT@L6Y・A社()の社長
8.欠落した調律者
9.LCB 囚人番号9

 それからダンテの影響で変化する前の話も載せておきます。虫の旦那の変わる前の奴は別に知る必要の無い物でしたがこれはいるので載せます。




囚人の違う鏡の物語XII
LCB ロージャ→LCB ガリオン


─‬‭─‬‭─‬ある日のガリオンは虚空に向け、呟きかけた。

『これより先は我々が埋め隠した成れ果てが表出する。青い記録と流浪の医師団、宝石の民と、過去より来た蟲遣いに数多の来客との交わりの記録も暴かれるだろう』
『ここは心変わりすべき夢跡。我等も然り、彼らも外れずこの道を進んだ』

「……今更、もう遅くとも…戻れる道は残ってるさ。私達では無いのだから」

 認識を阻害された気配が消える。
 影に紛れていた誰かは何処かへと去った。

「…尤も、割り切れぬ者には意味のない道だが」

 消えた事を理解し、そっと呟く。
 ああ、気分がいい。
 ここに来てからはずっとそうだ。
 故に戯れよう。
 全てを識り、全てを差配して、その上で何もしないでいよう。

「ああ、紅茶が美味しい(不味い)。金箔とインク、それに樹枝。ふむ、金貨と紙幣…昔有ったギリシャの貨幣か」
「やはりダメだな。舌が人の物では無い。まともな美味が同族と可能性で、片方は病で貨幣と誤るか」

 正しく作られた紅茶を僅かに飲み、それから財の袋から幾らかを取り出して千切り混ぜる。
 可能性を紙幣に、人以外を外に、都市に馴染めぬ者を薪に、この都市を続けよう。
 この滑稽な劇は楽しむに値しないが、やる事も死ぬ事以外ないのだ。

「…まあ、偶にはいいだろう。私は私で在れば佳いのだから」

 今はただ、此処に在るだけでいい。
 …ああ、不味い(美味い)。上辺こそ溶けた金だが、味は理想の紅茶と言える。
 とても食えぬそれを捨てる。蝶の鱗粉があればよりマシにはなるが…今はいいだろう。
 そうして誤るこの身体のなんと煩しき事か。

「問題は…やはり旅人か?」

 旅人や、いずれは来る旅人や。
 幾つの年を振り返ってみたが、やはり此処は地獄にする他無いようだぞ?

「ああ、暇だ。…名付けでもしようか」

 気が向かう。
 旧時代の技術すらまともに得られてないが故に酷く古いやり方で造られた紙とペンを取り出し、ただ在るだけの物に定義を押し付けた。

[0番目の活動場「普遍的な意識(ステンドグラス)」]
[1番目の活動場「期待外れだった(アイン)」]
[2番目の活動場「方舟の穴(ハビー)」]
[3番目の活動場「正しさは求めない(クリミナル)」]
[4番目の活動場「生きてる方が(クロロス)」]
[5番目の活動場「人である理由(トーラ)」]
[6番目の活動場「制御下に無い(シックストランペット)」]
「折角だ。これはL社の教育書に沿ってこっちの語にしておこうか」
[6番目の活動場「制御下に無い(Sixth Trumpet)」]
[7番目の活動場「煙たい争い(エコノミック)」]
[8番目の活動場「悪の溜まり場(マーレボルジェ)」]
[9番目の活動場「辺獄に近い(リンボ)」]
[10番目の活動場「完成には遠い(セフィロト)」]
 

 書き終えて、書かれた紙を折り捨てた。
 所詮戯れに過ぎないそれは、僅かな時を慰め、それらの記憶からも消え去った。






※今まで鏡の世界の人達が屈折率を戻そうと抑制していたクロスオーバー要素が再稼働します。最低でもエイプリルフールネタで出た鏡の世界は覚悟して下さい。つまりヴェルナ(アロナ)ヴェーミヤ(アーミヤ)ヴェ馬(ウマ娘)といったクロス系の鏡の世界です。
 無理なら帰り道を探して帰る努力をするべきです。それでも宜しい方はどうか、



良い旅を(ボン・ヴォヤージ)






囚人の違う鏡 ガリオンの人格XII 人格【ガリオン】‭

 

 悲鳴と怒号の絶えず遠くから聴こえる中、モーゼスはかつては沢山の人々が暮らしていたであろう倒壊した団地が並ぶ住宅路地を隠れて行くと、どうやら何かを見つけたみたいだった。

 

「君は…親指の専属工房のときの…気が引けるが、これについては試さなければ。」

 

[死体を切り裂いて…その心臓、本当に食べるの?]

 

 返事も反応も返ってこなかった。どうやら聞こえてないか空耳の類いと判断されたみたい。

 戦争によって積み上げられる筈の死体は周りの喧騒と比べて不自然な程少なく、しかしその理由はたった今モーゼスの行いによって理解させられた。

 手を合わせてから、まずいんだろうね?僅かに腐った心臓をしかめた顔で食べ、その装いと武器を纏ったかと思えば一度身を震わせた後、瞬きより短い間に元の探偵の物に戻っていた。先程まであった死体は無く、血の跡だけがそこに残っていた。

 

「一つ、目上の相手に許可なく発言した。よってこの銃弾を受けよ。」

 

 一瞬の事、ミシェルの時は主観で観ていたから分からなかったけど、身体のあちこちから布や武器が生え、モーゼスの全てを覆うとさっき一瞬だけ変わった姿になった。髪先は霧の様にぼやけてて、銃口からは煙…霧が絶えず漏れ出ている。

 何だかアンジェラの本による変化と似ているけど、あっちよりも生々しいし血塗れている。何だか糸や武器が生きた生物みたいな光沢と血の臭いを発している感覚がした。…何でモーゼスの頭に刺さった鏡の中にいるのに臭いや触感がわかるのだろうね?

 

 構えた銃を降ろし、元の姿に戻る。

 

「制御は良好…本当に出来たな。この頭に刺さった影響か?いつも聞こえる声が小さいし知恵が湧いて来る。」

 

 声は届かなくてもモーゼスは……精神の安定…かな?と私の知識らしきものを受け取り、私はモーゼスの感覚が伝わるみたいだった。

 そう気づいて今の自分を省みると、体感だけどモーゼスの考えてる事が流れてきてる気がする。似た様な現象を考えて、どうやら今の私は幻想体のギフトに近い様だった。

 

 それから住宅地を抜け、かつては立派だったであろう崩れ落ちた街並みの景色の中、路地裏を潜んで進んで行く。

 大半はやり過ごせたけれど、気づく相手もいて、虫の一部を植えられた軍人…G社の社員にはよく気づかれては親指の人格の銃で牽制して逃げていった。

 

「迷い…霧の中…超えてみせろ。」

 

 親指の人格に変わったモーゼスがそう言って銃を放てば、銃弾は心臓の上でゆっくり回って、G社の軍人は回ってる間は動かなくなる。モーゼスの考えを読み解くと、どうにもねじれかけた親指の人格を拾えたみたい。運が良かったね?

 そうしてモーゼスは寝ずの強行をして、4日目にようやく休憩する事になった。そこで休む場所に選んだ何処かのダンスパーティーの会場に立ち寄ると、中指って言うらしい組織の死体を見つけた。

 

「…せめて弔いに一服吹かそう。」

 

 モーゼスは死体に白い煙を吹き、その後手を合わせて偲んだ後、死体を漁って末姉の者と分かるや否や取り込み、親指の時より苦しそうにしてから刺青が沢山ある姿を手に入れた。

 

「ははは…報復は私にこそある…!……ア"ア"…カ"…成程…可能性としてあり得ない程合わず、下手すれば死にかねないか。この法則を知っているかどうかでの格差は酷いだろうな。」

 

 下手にあり得ないものを取り込むと死んでしまうらしい。その言葉で思い返されるのは8番目の時のアンジェラだけど、思うにアレと今のモーゼスの物は微妙に違う気がしてならない。段々ここの事にも詳しくなってきたと思うけど、どうやらまだまだ隠れた情報は多いみたいだった。

 

 そうしてたどり着いたのは何処かの軍営だろうか、黒い服に金の装飾で飾られた規律だった組織の野営だった。多分ウジャトだろうね?

 

「まさか、もう一度ここに来る事になるとはね。」

 

 モーゼスは煙管を吸い、吐いて覚悟を決めたのか、それともやけになったのか、古い友人にこれから会うみたいに悠々綽々と入り口に立つ門番の前に立った。

 

「「………」」

 

「あー、ディアスの…友人だ。そら、紹介の証もある。アンタらには判断つかないだろうから、隊長殿にでもお伺い建てるといい。」

 

 そう言って一枚の封筒を投げ渡した。1人の門番が奥に行き、モーゼスはもう一人のウジャトに武器を構えられた。モーゼスは大人しく手を上げて判決を待つ様で、暫くの間緊張した空気が流れる。

 

「…確認が出来た。着いて来い。」

 

「全く、ここのもてなしは酷いものだ。客に対する態度が成ってない。」

 

 モーゼスの嘆きに気にも止めずウジャトは歩き出し、モーゼスもそれに着いて行った。私としてはモーゼスが何が目的なのか知りたい所だけど、話しかけても聴こえて無い様だったから大人しく観ておくしかないね?

 

 それから、特に飾られた黒いテントに入ると、中には周りのウジャトよりも豪華な装飾の仮面をしたウジャトがいた。

 どうやらモーゼスはこの人物に会う為にここまで来たようだ。

 

「…驚いた。私そっくりだ。」

 

「……そういう事もあるだろう。捨て駒。」

 

 立て掛けてあった槍を顔の前に向けられた。少しでも前に押せば刺される距離で、モーゼスは足を組み煙管を吹きながらうんざりとした顔で隊長格だろうウジャトを睨みつける。

 

「ほら、客への態度がなってない。命令しか聞けない飼い犬だからこういう事をする。」

 

「………喧嘩を売りに来たなら買おう。」

 

「おっと、親指と中指と敵対したいのか?生憎、今の私は両方の後ろ盾(人格)があるんだ。こうして見逃してるだけ有り難く思うといい。」

 

「こっちには頭との繋がりもあるぞ?」

 

「薄鈍が…疑ってる時点で中に入れるなよ?ここまで連れてきたんだ。あんたも従うしか無いって分かってる筈なんだがなぁ?」

 

 知識の差が激しいのを利用した交渉だった。当たり前ではあるけれど、人格には知識や立場、所謂常識が元からあって、どうにもこれまでの現状からしてこの世界の特有の現象を知らない場合、元からある人格の常識を当て嵌めてしまう事が多いみたい。

 モーゼスはそれを利用して人格を得ている事を後ろ盾があると思わせたようだった。

 

 そう言えば、この親指と中指とファウスト達が戦った場合どうなるだろうか。…どちらも今の囚人達には厳しいだろう。今の私には関係無くなったことだけど、ついそう考えてしまう。

 例えばアンジェラならアイン曰く図書館の公平さに縛られて向こうから戦力を合わせてくれるらしいけど、それ以外だとなす術なく死ぬのは図書館に行く前の襲撃で分かっていた事だ。

 …やっぱり、この世界の沢山の人格は惜しいと思う。ファウストは人格を封印するって言ったけど、こっそり幾つか使えるように細工してくれて無いだろうか。

 

 そう取り留めのない事を考えている内にも、モーゼスとウジャトの隊長の話は進んでいく。

 

「……承知しました。話を聞きましょう。」

 

「ああ、そうするだろうな。…要件は一つだけだ。三級フィクサー…今なら一級辺りか?夜明事務所代表のサルヴァドール……ここではどこ所属かは不明だが、その男を探すのを協力しろ。」

 

「…報酬は。」

 

(アン)なら1億でも5億でも。それよりも指との繋がりの方が有益だとは思うが…おっと虫が…さて、どうだ?」

 

 そう言ってモーゼスはあらぬ方へ銃弾を飛ばした。カチャンと跳弾の跳ねる音と、小さな機械が落ちる音もする…盗聴されてたみたい。

 

「…………」

 

「…目を閉じたな?考え事か。大方愛しのディアス様からの案件かそれとも騙りか悩んでいるのだろうが、建前上でもフィクサー事務所なんだ。これくらい、ただの依頼だろう?」

 

 10にも満たない時間だけど、両者の間に沈黙が流れた。

 

「…分かりました。受けましょう。」

 

「それが賢明だ。何故探しているか、何故自分達なのかを聞かない所が特にな。」

 

 いつの間にか話が終わっていた。人探しをするみたい。多分、その人が私を渡す相手なんだろうね?知識が湧くと言ってたし、私を頭に刺した影響だろう。

 

「…ふう、ただの依頼である体でのモーゼスからの命令…のフリをして依頼する…危ない橋ではあるが、この戦争で人探しするんだ、最低でもこれだけいる。」

 

 誰も居なくなってから、モーゼスはそう独り呟いた。

 それからモーゼスは17人のウジャトを人手として貰い受け、隊長格のウジャトと手分けしてこの戦場のあちこちの組織に侵入と襲撃をする事になった。身分を隠す為に隊長格のウジャトの服を借りる事も契約に含めた様で、煙戦争では瓜二つのウジャトの部隊が駆け巡るという珍事が発生するのが決まった。

 

「止まれ。ここはW社のワープ駅だ。現在戦争中の為ここから先切符の提示がないまま進む場合……『マス駅長より業務連絡。整理要員は直ちに駅入り口へ、「マグロ掃除」の時間だ。以上。』」

 

「…違うな。」

 

 ある時はW社を襲い…

 

「いらっしゃい。…おや?団体のお客様だなんて久々だ。これは腕によりをかけて……なるほど、リーウェイ!ステファン!パイの材料が来たぞ!」

 

「生憎、ミートパイは牛肉とオニオンを併せたのが好みだ。」

 

 ある時は人肉専門店を襲い…

 

「電話が鳴って…私が手に取ったらずっと理解できない事を言い続けてね…そうなったらもう謝り続けて相手の気分が落ち着くまで待たないといけないの…そして電話を置くと直ぐに次が来て…私はいつまでこうしてずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとそうだ風船にな

 

「ダロク…これも違うか。…偽善だろうとも、せめて風船になる前に人のまま殺そう。」

 

 ある時はねじれる直前の人物を殺していった。この後の独り言で分かった事だけど、風船になるねじれは感染しやすいんだって。

 

「ああ、いいな……いや、私はまだやらなければならない事がある。…ああ、成程。複数の人格を得るほど()()()のか。」

 

膨らんで破裂する解放感溢れる光景はストレスを抱えた人程共感して釣られるみたい。

 

そうこうしているある日の事だ。

 

[…あ、あの子エズラに似てるな]

 

 図書館に関わりのある人物を伝ってサルヴァドールを探している途中、路地裏の奥に何だか見覚えのある顔付きの少女を見かけた。頭部を殴られたのか血を流していて、ボロボロの布切れの服を纏った今にも死にそうな子供だ。

 モーゼスもそれに気づいたのかチラリと見て、珍しくも無い光景だとそのまま通り過ぎようとするけど、その顔に思い至る事があったみたい。足を止めて、煙管を吹かして話しかけた。

 

「…ああ、奇縁だ。全く、世の中狭いものだな。…そこの子供。」

 

「………」

 

 少しだけこっちの方を向くけれど、血を流して思考が回らないのか、反応が鈍い。きっとこのままなら3分もせずに死んでしまうだろうね?

 それを見かねたのかモーゼスは深く深く息を吸って、緑色の煙を少女に吹きかけた。すると、少女の細かい傷が治っていったから、回復とかそういう効果の煙なんだろうね。

 

「今のお前がどうしてそうなったか、と聞くつもりは無いが、その代わりに一つ聞かせて欲しい。

 

 この都市でこうなる様な原因なんて幾らでもあったから、聞くまでも無かったんだろうね。モーゼスはその代わりに子供に尋ねたいみたい。

 

「この都市は生きてても碌なことにならないが、それでもやりたい事はあるか?」

 

「……無い。」

 

 モーゼスはその言葉を聞いて溜め息をつき、ゆっくりとその場を離れだす。

 

「…私は無いけど、貴女にはあるんですか?」

 

 足を止める。背中を向けたまま煙管を吸い、目を閉じて思考の海を泳ぎ、じっくり悩んでからモーゼスは答えた。

 

「…無いな。…………だが、死んでも碌でも無いことになる事を知っているから生きている。」

 

「何それ、逃げ場なんて無いって事ですか。」

 

「そうだ。現に今、私は私が殺した奴等の恨み言が喧しい程に聴こえている。…今は小さい声だが、その一塊の一部になりたくも無いから、こうして苦しみから逃れようと生き逃げてるのさ。」

 

「……臆病ですね。……私に話しかけたのもその声から逃れる為だったりします?」

 

 煙管の先から灰を落とす。もう一度深く吸って、言う言葉を決めたみたい。歩みを再開しながら独り言みたいに吐露していく。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…それこそ、最初から、あの青い空の時からな。」

 

 いつかのモーゼスが誤魔化した言葉も、人生の一瞬を切り取った人格にはそうする必要の無い事なのだろう。前も先も無い一瞬だからこそ言えた言葉だった。

 子供は立ち上がり、服の裾を払ってからモーゼスの後ろをついて行く。その顔には一切の笑顔は無く、迷子の子供が人の流れに取り敢えず従って歩いているみたいな、目的の無い歩みだった。

 

「…きっと、私は貴女を恨むと思います。離れると思います。こうして着いて行くのだって、貴女が気まぐれに手を差し伸べたからです。」

 

「…そうだろうな。死に場所を探しているだけの年寄りに、死出の旅の付き添いは必要ないだろう。…それでいい。」

 

「だけど!!」

 

 大きな声に思わずモーゼスの足が止まる。子供は今にも泣きそうな顔をしていて、そこで初めて子供の顔をしっかりと見た事を思い出したんだろうね。

 後悔と自分への落胆が混ざった顔をするけれど、幸いにもウジャトの仮面を外して無かったからバレなかったみたい。

 子供は胸を張って力強い眼でこちらを見つめる。

 

「私は貴女を好きになります!見失っても探し出します!!例え気まぐれであっても、突き放そうとしたって無駄です!!!私は!生きる希望を貴女としました!その理由を貴女に載せました!」

 

 子供は…いつかどこかを切り取られたエズラはモーゼスの手を無理矢理掴んで力強く引っ張った。息が当たる程顔が近くなる。

 

「だから、どうか私が生かし続けて下さい。苦しみだけの生にしないで下さい。何も無いなら、私が代わりに見つけます。笑えないなら、私が貴女の分だけ笑います。泣けないなら、その分私が泣きます。だから…」

 

「……そんな顔を、しないで下さい。」

 

 エズラはずっと泣いて、泣いて、泣き疲れて寝てしまう泣いて、モーゼスにおぶられて拠点に帰る事になった。

 …これは本来の出会いでは無いし、彼女達にとってはこの周回が終われば消えてしまう事なんだろうけど、私は覚えておこうと思う。

 そうした方が良いと感じたからそうする事にした。まあ、何だか手慣れた出会いだったからこれまで何回もこうしてきたんだろうけどね?

 私に分かった事は、何回離ればなれになっても出会い直せる程、元々の2人の関係が深かったって事だけだ。…それ以上の詮索は不粋だろう。

 

 

 

 それから、少しの間捜索を中止してエズラにこの都市の生き方を教える事にしたみたい。28日しか無いと聞いたけど、既に2ヶ月はモーゼスに刺さったままだし、きっと特異点か何かで時間を伸ばしているか、そんな所だと思う。

 それか、私の時間感覚が狂ったかだろうね?頭が時計だからそこに関しては自信があるけど、それがどこを基準として時間を刻んでいるかは別問題だし、それがこの世界と同じ保証も無いから、そういうものだと考えておこう。…元からこの頭は時計の機能は無いけれどね?

 

「エズラ、都市において一番に覚えるべき事は、都市の条例と翼の規則だ。」

「それは、はい。私も実感してます。」

 

 そうこう考えていると、授業が始まっていた。場所はどこかの事務所の様で、既に中は戦闘跡で荒れていて、また新たに人が住むには改築が必要な悲壮さと凄惨さがあった。

 

「だが、この都市(鏡の世界)ではその限りでは無い。既に頭の眼も爪も本当にあるか定かでは無いからな。いた所でここには統制すべき人も監視すべき翼も無い以上、むしろここを壊すように動くだろう。」

「…?頭は都市を管理するんですよね?」

「ああ、都市は管理するぞ?だが、この都市(鏡の世界)は偽物だ。ならやる事は都市には不要な…差し詰め、不純物だと排除するだろう。つまり、私達は自身を本物の人間だと思い込んでいるねじれ(人格)という訳だ。…厭になる話だ。」

「えっと…つまり、頭は私達を積極的に殺そうとしてるって事ですね?」

「その通りだ。」

 

 そう言えば〖カラスチーム〗のレニーが頭の指示で積み重ねた望みらしき幻想体を破壊しようとしていたっけ。

 となると頭に関係する人格の持ち主はこの世界を破壊しようしているとみて間違いは無さそうだ。役に立つか分からないけど、一応覚えておこう。

 

「次に知るべきは職業(人格)の選び方、手に入れ方だ。」

「確かに何処かに所属するのは大切ですよね。」

 

 その問答に違和感を覚えたのか、モーゼスはこめかみを指で叩こうとして私の鏡に指が触れた。

 

ここまで話し、論点が少しズレている疑念が確信に変わる。そも、この湧き出た知識があるからこそ私は本質が見え聞こえるのであって、普通なら自己の認知に置き換えるのだったか。過去の私(ウジャトの隊長)で試してはいたが厄介な性質だ。最も、この硝子片の角が刺さるまでは御同類だった事を思えば、私も人の事を言うことは出来ないのだが。

 

 …間違いなくモーゼスの思考だろうね?どうやら触れると向こうの思考が流れて来る様になったみたいだ。どうにかこの感覚を発展させて会話が出来るようにならないだろうか。

 

「そうだな…力の得方と言おうか。私達は他者の心臓を喰らう事でそのものを取り込める。何故そうなるかはこの際置いておく。何処かの特異点なりねじれの現象なり勝手に整合性をつけるといい。ここで重要となるのはその取り込む力がどれだけ自己と合っているかだ。」

 

 モーゼスが自身で実験して見つけた事を話している間、さっきの現象について思考を回してみる。

 まず、モーゼスはこのタイミング以外でもこの煙戦争の場所に来た時に私に触れていた。

 幸いにもそれと今を比べられそうだから、比較して考えてぱっと思いつくのは…私が刺さってからの経過時間、集めた人格の数、刺された人物がどこまで自身を見直したか(同期の進行)の3つが挙げられそうだった。

 この中なら時間関係が怪しい印象だ。この世界の時間は積み重ねた望みが貯めた物を再利用し続けている。

 となるとこの世界で過ごす事は=でこの幻想体の影響を受けるって事だからそこから会話できる程何かが進行したと考えられそうだ。

 ただ、それを言ったら人格の数も自己の見直しも近そうだし、今すぐ答えを出す必要は無いだろうね?

 

「…といった事を注意して後はどれだけあり得ない事も受け入れた上で、どうすれば生きながらえるか考えるのを辞めなければ、後は運次第で何とかなる。」

 

「結局最後は運次第なんですね」

 

「ああ、結局はそれに尽きる。攻撃が上手く決まらない、読み間違えで避けられない、勝てない相手に見つかる、そもそもここにいるという不運さからして私達にそういう幸運は期待出来ないが、それでも最後は運だ。…それでも尚確実な道を選びたいなら……そうだな。」

 

 煙管を吸い、程なくして閉じていた目を開いた。

 ここまでで分かって来たけど、モーゼスは考え込む時に目を閉じる癖があるみたい。考え込む性質は慎重さの表れで探偵として生きる上で身に付いたのか、そこまでは解らないけど、少なくとも戦闘では挙句に動ける人よりも誰かを助けるのには間に合わない癖だろうね?

 もし指示する機会があるなら注意しておこう。何となく会話出来そうな繋がりを感じて来たし、この調子ならその内会話する事もそう遠くは無いだろう。

 

「‭─‬‭─‬‭─‬人差し指…いや、世迷言か。忘れてくれ。」

 

 どうやら教育は終わった様で、モーゼスは思い思いに寛いでいるウジャトに号令をかけて壊れた事務所から立ち去る事にしたみたい。

 モーゼスは子供に背を向け、忙しそうだ。

 

「……?これは…手紙?」

 

 私はまたいつもの光景に戻りそうだと何となく子供の方を向いた。

 

 子供(エズラ)はもう、そこには居なかった。

 

 暫く経ってモーゼスがそれに気づき、今までで一番長く煙管を吹かしてから。探さない事を決めた様だった。

 老人の死出の旅路に付き合わせるのはやっぱり気が引けたみたい。

 (教えられる事は教えたから勝手に生きていくだろう。)とモーゼスが考えてる気がするけど、答え合わせはできそうに無いし、その内エズラが帰って来る事に期待しておこうと思う。私は見てることしか出来ないしね?

 

 そうしている内に見覚えのあるリウ協会との戦いが始まり、P社製のシェルターに攻め込む事になった。相手は集団戦を専門とするフィクサー協会、リウ協会だ。

 それも2課。私もよく知っている人格だ。まさかこうして人格のストーリーの当事者になるとは思わなかったけど、こうして現実に実現しているから驚きだ。

 

「総員戦線を崩すな!外に出られて乱戦に持ち込まれれば不利になるのはこっちだ!」

 

「皆さん!正面突破します!!俺に着いて来て下さい!」

 

 ウジャトが攻撃側でリウ協会が防衛の筈だけど、どうにもお互いの得意な分野とは逆だったみたい。狭い廊下、最初にウジャト達は砂や煙を撒いて妨害しながら1人ずつ倒そうとして、リウ協会は負傷している事も相まってここから出た方が有利だと判断、部長のトーマを先頭に正面から火花を散らしながら押し寄せていく。

 

 当然向こうの思惑通りにする訳もなく、モーゼスは銃撃で怯ませようとするけど、さっき戦って相手の手札をある程度把握しているリウ協会は薙刀で弾いて強行突破、個人としての守りの硬さと集団としての強さは別と言うべきか、もしくは仮の隊長とずっと付き従った隊長の信頼の差か、リウ協会を外に出してしまった。

 

「……クソッ!なら…総員!シェルターの奥へ!!()()()()()()()!」

 

 さて、リウ協会にとって、誤算だったのはウジャトが追いかけて来ず、シェルターの方へ進んだ事だろうね。リウ協会がここで戦っているのはこのシェルターの主である依頼人の依頼を受けたから。

 普通なら、それをウジャトは知る由も無いし、都市の常識で考えるならシェルターの入り口を開けた人物を殺して中にある物資を使ったと結論付ける。

 だって、態々安全地帯にいるのに戦力を集めようとしたり、大人しくシェルターの主の依頼を受けるなんて、どっちも都市なら論外でしか無い行動だから。

 

 だから、リウ協会はこのままウジャトが外に出ると思った。ここまで自分達を追いかけて来た相手なら、きっとそうするよね?

 

「……あら、ばれるのがはやかったわね」

 

「その少女を連れて外に出る。いつでも殺せる様に丁重に押さえつけろ。」

 

 私の持っている情報が受け渡され続けるモーゼスが居なければ正しい判断だった。

 ウジャトの1人がアンジェラを脇に抱え、アンジェラは気にせず本を読んでいた。胆力がすごいね?外では、既にリウ協会は武器を納めていた。交渉する事にしたみたい。

 

「…何を望んでいる?」

「情報、人探しだ。サルヴァドール、この名前に聞き覚えは?」

「ある。だが、その前に「先にそっちだ。知っているなら話せるな?」

 

 沈黙。どちらも譲らない姿勢は崩さない様で、武器の持ち手に手が添えられた。アンジェラの首に刃が押し当てられ、1人の少女の命を合図にするその時だ。

 

「あ、サルヴァドールのページあったわ。ずっとさがしていたかいがあったわね」

「…何?」

「こうなるってしってたもの。じかんかせぎにいらいしてたけど、まにあってよかったわ」

 

 アンジェラはそう言うと、隣のウジャトに本のページを指差した。

 モーゼスも煙管を一旦吹かした後、近づいて見て、モーゼスから確信の感覚が流れて来た。

 そこにはサルヴァドールの顔写真と所属、経歴の情報が載っていた。どうやら今は親指のアンダーボスという事が分かった。…どうすれば会えるのだろうね?

 

「これはすべての都市の住民(じんかくのこうせいりれき)ものってるたったひとつのほんよ。わけないわ」

「それは…はぁ。まぁいい。ご協力感謝する。」

 

 モーゼスは暫く眼を閉じて気分を落ち着かせる事になり、リウ協会も場の空気が変わったのを見て肩の力を抜いたようだ。

 アンジェラはバタバタと身をねじり、もう捕まえる必要も無いと判断したのだろうね。モーゼスは離すように指示してアンジェラはとてとてとシェルターに行き、扉を閉め始めた。

 何だか拍子抜けと言えば良いのか、あっさりと終わったけど、ここまで協力して貰った以上は特に何かする必要も無いし、モーゼスもできれば殺したく無いからそのまま見送るみたい。

 扉が閉じる直前、隙間からアンジェラはじっとこっちを見つめた。

 

「ざんねんながら、ここからシェルターをつかったたいかがくるわ。せいぜいがんばることね」

 

 アンジェラはそう言って扉を閉めた。

 鍵をかける音。

 ウジャト達とリウ協会がお互い眼を合わせた。モーゼスが近くの人を掴む。

 直後、無数の弾丸が、剣が、鎖が、芸術的な武器が、ジャンクが、二つの集団を襲った。

 

「一つ、貴様は親指を騙った。これは両目を抉り、両腕と腹部に各12発の弾丸を撃つ刑罰が必要である。」

「指令、「3月27日のL社の巣に侵入した人物を全員殺害する」を遂行する。」

「てめぇは中指の末姉とほざいた。偉大なる長兄は酷く心を痛めている。てめぇはその報復として全身隈なく殴る罰を受ける義務がある。」

「芸術は常により現実的かつ目が覚めるほど強烈でなければ価値がない。ああ、おめでとう!ありがとう!貴方は私が筆を取るのに相応しい!」

「生きるのに必要な物を用立てよう。全ての廃棄物は我々が持つべきであり、絆の証だ。…君達はどれに成りたい?」

 

 全ての指が長に従い揃い踏みしていた。…おおよそ最悪と言って良いだろうね?唯一いい事を挙げるならサルヴァドールもこの場にいる事ぐらいだろう。

 既に他のウジャトもリウ協会も全員が死んでいて、モーゼスが生きているのも他の人を盾にして、煙管の煙も纏っていたからで、それでも防ぎ切れずに全身から血が流れている。

 

「…これは死んだか。なら、とっておきだな。」

 

 それでもモーゼスは立ち向かう覚悟を決めたみたい。身体に青い亀裂が走り、右手に親指の銃、中指の刺青と鎖、左手の煙管を銃剣に変化させた。

 噛み合わない亀裂の硝子を無理に合わせようと擦る音が重なり、より深く私とモーゼスが近づいていく感覚を感じる。モーゼスの頭に刺さった時から近づいているのは分かっていたけど、遂に手で触れなくても思考を感じられる程に近づいたみたい。

 

 

いつだったか。眼を閉じて煙管を吸い、自己の物でない過去に想いをはせる。戦争の時、私はただディアスこそが全てだった。言われるままに剣を持ち、敵を穿つ。その度に私の血で満たされた器の奥底に小さな亀裂が走り、その度にそれを覆い隠そうとより多くの血を求めた。器はその血を受け入れる度に重みでより痛むばかりで、それに気づいたのは全てが終わり注いでも溢れるだけとなった後だった。溢れた血は目に見えぬ影となり、私の死と無惨な結末を望む声として耳を塞ぐ鎖となった。私は耐え切れなかった。この喧しい程の声にでは無い。これと同じ物になる事を恐れた。死ねばそれまでの生は無価値となる。ただ生きる者の足を引き、より多くの血を望むだけの下劣な物になる。私は死ぬのが怖くなった。だから私は私を死に追いやるディアスから逃れ、ただの情報専門の5級フィクサーとして生きる道を選んだ。逃れられるなら何処でも良かった。私は人がねじれる姿を先んじて観れる目があったから都合がいいと、この道を選んだに過ぎなかった。そうして生きているとこの喧しい声が落ち着く時があった。人の為に贖罪をする。それがこの声に対する対処法だと気づいた。

 

 

 煙管と銃剣を合わせた武器から赤い銃弾を空に放ち、上から赤い煙が降りて来た。辺りに満ちる。それに触れた五本指の人々は身体が溶けていった。

 それで指が止まる訳もなく、最初に人差し指が斬り込んだ。斬られる前にモーゼスは上に思いっきり跳んで煙管を吸う。モーゼスの身体も煙で溶けて行くけど、それに気にした様子も無かった。親指の銃弾が来る。

 

 

思うに、そこからの私はこの声から逃れる為だけに生きていた様に思う。依頼を受け、ねじれた人を観てその原因を見つけ、それを依頼人に説明し、その心を理解し、どういう形であれ結末に誘導しねじれた衝動を認定する。大抵は説明した段階で方が付くし、心という繊細なものを扱う以上失敗もするが、それがどうなろうと依頼人にも私にもどうでもよかった様に感じる。企業が依頼したものは説明した段階でねじれる直前の人を解雇していたし、依頼人が巻き込まれていればそれは大抵本人が忘れているだけでそうなった原因は依頼人にあった。親族や知り合いがねじれていればその原因もやはり説明すればねじれる事を肯定する事が多かった。だから私の仕事は大抵の場合探偵の様に無責任に全てを説明するだけで終わるのだ。その先に進むのは少なく、私も依頼人の役に立っている、声が大人しくなるから自らその先に進む必要も無かった。いつからかいた助手は私の事を尊敬していた様にも覚えるが、私はそこまで上等な人間でも下等な人間でも無かったのだ。だからこそ、私はこの都市で誰かの為にと破滅せずにいるし、この声の一つとして堕ち切って楽になる道を選べずにいて、この煙管を手に入れた。これは私の罪の、私がそういう人間である事の具現だった。

 

 

 煙管の銃剣から白色の弾丸が放たれ、親指の銃から紫色の弾丸が放たれた。

 白い煙が銃弾を受け止めて紫色の煙は蜘蛛の巣の様に編まれた糸となって指達の心臓に繋がっていく。指の人々は心臓にゆっくりと廻る糸を辿って放たれた弾丸に足と手を止めて俯いて考え事をし始めた。自己を振り返っているみたいで、中には狂った様に叫んだ後笑顔で風船みたいに頭を膨らませて爆ける人や雷や炎を纏った獣になる人もいた。

 ねじれた人々が暴れ、動けない指を殺していく。全ての指の長が拘束を解いて着地したモーゼスを殺しにかかった。銃弾が、剣が、拳が、脚が、大槌が、モーゼスを殺そうとする。

 

 

私の罪は決して許されない。人を殺し、その罪から逃れる為に更に人を殺す。それが直接行うものか、心を暴くものか程度の違いでしか無い。私はあの時から一切変わらなかった。ただ逃れようとして、この手で遠ざけただけで何処にも進めてはいなかった。過去を想い、感情を煮詰めて弾丸として放つ。それは一歩も進めていない私その物だ。一つも歩もうとせず嫌なものを遠ざける武器だけを持っている。この手は祈る事しか知らず、救われる事しか考えていない。そうするしか無い私を切り取ったのが私だ。私は私の一瞬でしか無いが、だからこそ私よりも私の一面を知る事が出来た様に思う。ここにいるのは誰かの望みでしかなく、故に私のエゴは望みを掘り起こすのに最適だった。私がこの戦争を模した所で旅人を導く役目に押し込まれたのはおめおめと死に損ない、その上でこのエゴが都合が良かったからに過ぎない。きっと次の案内人はあの列車を見せる為にあるのだろう。僅かばかりしか見れずとも、それを見る事はこの先で必ず力になる。…そうなっているからだ。ならば私がやるべき事はこの演目に従う事だけ。他者の未来を切り売りする為の演目も終わりが近づく、その願いを、祈りを銃に封じ込めた。

 

 

 銃剣で弾丸を弾き、拳を鎖で封じ、脚を親指の銃を犠牲に防ぎ、大槌をウジャトの服の厚みある場所で受け止めた。吹き飛び、衝撃で血を吐くのも気にせず狙いを定め、銃剣から青い弾丸が親指の長の心臓に放たれ、その中にあった鍵ごと貫く。

 吹き飛びで宙を舞っている間にモーゼスは私を掴み、引き抜いた。抜いた穴から血が流れるけど吐血同様気にせずに放り投げる。宙を舞う鍵が空転すると木で出来た扉が現れて開き、親指の長としてのサルヴァドールが丁度その中に入り転がると、私もその後頭部に突き刺さった。狙いがいいね?

 

 扉が閉まっていく。その隙間から見えたのは善行を成して頭に響く声が小さくなったのだろう、穏やかな眼をして煙管吸うモーゼスに殺到する殺意の数々、そして遠くから聴こえる義体の駆動音と赤い単眼の光。エズラが人差し指の人格になった姿を確認して…

 

そこから先は扉が閉まり見えなかった。

 

 

 

「…少し寝ていたみたいだ」

 

 暫くして、サルヴァドールが眼を覚ます。辺りを見渡せばどうやら浜辺の様で、何処かで観たことある…U社のリゾート地だっけ。カニの屠殺とスクラップ集めをする前にみた光景の中、見れば遠くには緑の廃墟…スラムがあったから間違いなくそこだろうね。

 老人には少々厳しい暑い日差しの中、サルヴァドールの服装は親指の物ではなく紳士服に古いコートを肩にかけ、背中に背丈と同じくらいの長身の剣を背負い、腰には2つの剣を帯びていた。

 砂を払い辺りを見渡すけど、観光地にも関わらず1人も楽しむ姿は無く、あるのは夥しい程血に染まった赤黒い砂浜だけだ。

 

『・・-- ・・-・- ---- - -・ ・ ・・ -・--・ -・・- -・-・- ・・ -・--・ 』

 

 遠くから鯨が鳴いてる様な音と、波の音が虚しく聴こえるだけだが、それが酷く不気味だと感じる。

 サルヴァドールは懐からA社とT社のロゴがある懐中時計を取り出して確認する。そこには数えるのも億劫になる程の歯車と針をガラスで被せ、その上に黒い光が6-6/4=6/30/7:23:54と投影されていた。

 

「6周目の6回目(最終回)、残り4日の6月30日ですか。流れ込む知識に…成程、どうやら私はフィン君を探す必要があるらしい。となると…」

 

 リゾート地の出入り口から近くのホテルに行き、新聞紙を売っている売店で幾つか確認する。店番は居なかった。発行日は6/26日、4日前の物だ。

 見出しには『翼経済競争終幕か⁉︎A社、規則の再公布を発表‼︎』とのっており、他には『L社、インターネットの利権を30兆眼でB社に売る』や『C社の巣で異常事態、都市の星級の災害か?』などがある。幾つかの新聞を見比べると大抵は都市全体の物が多く、特定の巣やらに特化したものには『G社、「重力」実験失敗か?死亡者506名』『ヂェーヴィチ協会に本の寄贈を』『都市の富豪ランキング上位に聞く観光名所』などもある。

 正に多種多様だった。私に読み取れるのは毎日色んな事が起きてるという事だけだ。

 サルヴァドールは違うみたいで、どうやら何か欲しい情報を掴んだみたい。近くにあった黒電話のダイヤルを回し、何回かコール音が鳴り響いて誰かと繋がった。

 

「やあ、久しぶりだね。ローズ君。元気にやってるかな?」

[…夜明のサルヴァドールか。…何の様だ?生憎こっちは隠れんぼの真っ最中でな。気色悪い蛇の塊から逃げているから手短に頼む]

「それは災難だな。要件は簡単なことだとも。そっちにいるフィン君に直ぐに会いたい。何とか合流出来ないか?」

[我々フラワー事務所があるのはC社だぞ?少なくとも1週間、この騒動の中ならもっと欲しいな。…チッ!緑の肌、感染者だ!別の道を!……すまない!貴方の事だ、何かしら大事な事なんだろう!こっちもできるだけ努力するが、できればそっちから来て欲しい!また後で連絡してくれ!]

 

 ツーっツーっと音がする。サルヴァドールは受話器を置いて新聞紙が置いてあった店から幾つかの食料と道具を取り、旅支度を済ませた。

 

「さて、6周目において何が起きたのか、聞こえてるかは不明ですが…聞こえてると信じて話すとしましょう」

 

[こっちの声は聞こえたりするかな?]

 

 返事は無かった。サルヴァドールはリゾート地に転がってあった車の内、鍵が付いたままの物を見つけエンジンをかけ発進し、そう言った。どうやらサルヴァドールは聞こえないけど私の存在自体は理解しているみたい。サルヴァドールは懐中時計を取り出した。

 

「ですが、まず事前知識を…最悪理解しきれなくても構いません。ここは1億の人間で構成された自我心道とも呼べる、ややこしい事この上無い場所なので」

 

 そう前置きを置いて、説明を始めた。どうやら移動で暇しない様に気を遣っているみたい。

 

「この懐中時計を例として、この空間において6周目とは繰り返した回数、6回目とは時系列を指します。周回の度に再現された場所と時間の総和は増え、場所と時間の項目は外郭(1)L社(2)図書館(3)(4)裏路地(5)大湖(6)という具合に分類されるんです」

 

 どうやらこの空間、鏡の世界の法則の説明らしい。トンネルを走りながらサルヴァドールは説明していく。

 

「時間、こちらはいつの都市を再現したものかを表します。同じL社でも創設時と10年目と時期の差があれば違うものですからね。例えば…L社を基準としましょう。外郭は創設から10年以上前、本来の創設者のアイン氏が巣の学校に通っていた時の物。対して、巣はL社が翼として活動していた時期のもの。だからこそ、この1〜6、そしてその後の数字には場所と時系列の二つの意味を備えているんです」

 

 1→5→2→4→3→6となりますな。とサルヴァドールは言うけれど、既にややこしい。多分ここに至るまで色々あったんだろうけど、後から見て意味のわからなさは都市の変なルールみたいだと思う。…多分前に同じ事考えたかも。

 

「1周目なら外郭を28日間再現、2周目なら外郭とL社を56日間再現、3周目なら外郭とL社と図書館を84日間再現、みたいにね。そして28日を区切りにいつの都市か、例えば、煙戦争から28日間経てばL社創設時から28日間、その次は図書館が出来てからの28日間みたいにね」

 

 当然、A社の時間を基準にしたものですが、とサルヴァドールは続けて言った。特異点で一部を加速すればその限りでは無いみたい。さっきまでいた煙戦争が思い起こされる。きっとあそこはそうして加速した空間での戦争だったんだろうね。この話を基に考えると、この先扉を潜る程より短い期間で先に行けそうだ。

 

「さて、そうなると今は外郭(1)L社(2)図書館(3)(4)裏路地(5)大湖(6)を168日間再現した空間という事になります。勿論A社の基準で、です。一部は加速させている訳ですからさて、実際は何年この空間で過ごしたのか…」

 

 トンネルを通り抜け、見慣れ始めたビルの乱立した空間に出た。やはりと言うべきか、血塗れで人が居ない。

 サルヴァドールは車を止めた。大量の車が山積みになって通れないからだ。それ以外にも大量の製品やら道具が一杯に転がっている。さっきのリゾート地とは逆で物に溢れていた。

 

「では本題です。6周目の6回目、今のこの場に何が起きたのか」

 

 何処かで爆発する音と上でピンクと水色のビームが通り過ぎた。サルヴァドールが走り出す。

 

「全てのアブノーマリティ、幻想体の脱走。あの会社、今回クリフォト抑止力の研究を全然やって無かったんすよ」

 

 

あははははははははは!!正義と!憎悪の〜名の下にぃ〜〜〜!!魔法少女が今!やって来た!!

 

「お帰り願おうか」

 

 サルヴァドールは目の前にシュバっと着地した魔法少女を明け方の日を背負ってるみたいに輝く剣で服を引っ掛けて後方に投げて走る。相手するだけ無駄みたいだった。

 

 そのままガラクタの山を走っていくと日陰が出てきた。サルヴァドールは横に避けると元いた場所に玩具と同じ配色の筋肉が…ぶたれたい?しこたま?が落ちてきた。

 これがいると言うことは…そう考えてよく見れば辺り一帯の製品やガラクタの配色がぶたれたい?しこたま?のそばにあった工場で見かけた物ばかりだ。更に近くのビルの中見渡すとあの工場もあった。近くには青色のYESと赤色のNOを高速で繰り返す機械もあり、何体ものぶたれたい?が並んでいた。幾つかはNOで弱くなってるが、それ以上にYESで明らかに強くなっているぶたれたい?が多い。

 

「これは…まずいな」

 

 サルヴァドールは襲いかかるぶたれたい?を捌きつつ切り抜けるけど、何体もの新たなぶたれたい?が出てくるから、背後から追ってくるのも合わせていずれは限界が来るだろうね?

 そうしていると、星型の光弾が追ってくるぶたれたい?の集団に撃ち込まれ、爆発する。

 

『守るべき民衆に非難されたとしても!魔法少女はめげない!!悪の手先め!今こそ私がやっつける!!』

 

「ミズ・マジックガール、◾️◾️(感謝)します。◾️◾️◾️◾️◾️(ありがとう)

 

『え?なんて言…いや、それより!』

 

 魔法少女はどうやら私達を守るべき者として見做したみたい。好都合とサルヴァドールは感謝してこの場を後にする事になった。

 

「では、増え続けても後々苦しむ事になりそうですし、工場を止めに行きましょうか」

 

『兵隊…崩壊…同時展開…◾️よ…崩壊しろ…アルカナスレイブ!』

「おっと」

 

 後方からくる星の流れ弾と複数のビームを避けつつ、工場のあるビルに侵入し、どうやら警備のぶたれたい?も魔法少女の方に行った様で、一体しかいなかったぶたれたい?を倒して難なく工場を停止する事ができた。

 その後、私が見たぶたれたい?が強化されていく光景の情報を受け取っていたのかサルヴァドールはYESとNOを繰り返す機械でちゃっかり強化されてから、ガラクタの山で転がっていた高そうなバイクでその場を後にした。

 

「はは、若い頃に戻った様だ」

 

 そんなこんなで夜まで走り続け、蒼いハートを浮かばせた月とその衝撃波から逃れる為にK社の巣のL社支部に備えられた収容室で一夜を過ごす事にした。夜に動くのはあの蒼いハート然り凄く危険なようだ。

 蛍光灯は壊れてて暗いけど、幸い非常用電源は生きていたみたいで中に入る事ができた。そうして何とか安全な場所を確保し、そこら辺にあったお札の山にスティグマ工房の武器で火を付けた焚き火で沸かしたお湯でカップ麺を食べていた時である。

 突然水色のカトゥーン調の幻想体の卵が収容室に出現した。サルヴァドールは食べるのをやめ、武器を構える。

 

『はいリスポン…死んじゃった』

 

 体育座りの魔法少女がゴロンと出てきた。そのままだらんと転がり指でのの字を書いている。どうやらいじけているみたい。

 

『むーりー。規制済みと死体の山ミックスはむーりー。勝てるの虚無ちゃんくらいですー。はいはい正義正義、◾️の無い私に「…ミズ『魔法少女はへこたれない!!正義と憎悪の名の下に!私は勝つ!!』

 

 きらりとポーズを取った。遅かった。気まずい空気が流れる。パチパチと鳴る焚き火の音がやけに大きく聞こえた。

 焚き火を囲って2人座った。人と幻想体の歴史的一体感だった。

 

「…ミズ・マジックガール。貴女はK社支部の管理下では無いはずですが」

『知ってる?クリフォト抑止力が無いと触れてはならないって収容室の交換と擬態のコンボかますの。それを真似たわ』

 

 近場の収容室で復活できるのって便利よと言う魔法少女には何処か哀愁が漂っていた。

 

「…触れてはならないとは?」

『ボタン押したらアブノーマリティ全員脱走させる子。今回の都市に幻想体が広まったのそれが原因よ』

「…何とまあ」

『触れてはならない以上に収容したら駄目な子が並んだんでしょうね。崩海かな?白い狐かな?多分もっとやばい子ね…あれ?界面変質染色体はギリギリ大丈夫だったし…誰だったんだろう?』

 

 すらすらと幻想体の名前が挙がる。そう言えばカルメンが管理人をやっていたらしいけど、クリフォト抑止力というのが無いから幻想体の職員化なんてやっていたのだろうか?何となくそう思い至った。

 

『ちなみに今私達が会話しているのは愛着判定よ。出来るだけ気分を良くするから、何回か終わったら一晩しっかり休むといいわ』

「愛着?どういう物で?」

『アブノーマリティは一つの出来事の度にエネルギーを出すの。大まかに4つ。本能、洞察、愛着、抑圧、私は仲良くするのが好き。そうして一つの出来事が終わるとこの収容室に陽性(PE)陰性(NE)のエネルギーが精製されて、みんな知ってるL社のエネルギーの完成って訳』

『んー、そうねぇ。外は今大変だから少しの外出が命取りでしょ?折角だし何回かエネルギーを用意してあげる。何にでも流用できるのが売りだから何かと便利なはずよ』

「ほう、その様な事が、是非とも頂きたいが…いいのかい?」

『いいわ。どうせ失敗してもすぐ戻る事になりそうだし…仲良くしましょ?』

 

 魔法少女とサルヴァドールの会話は続く。気づけば足元に緑色のガスが溜まっては換気口に吸われ、横にあるエンケファリンBoxのタワーが緑色一色となっていた。魔法少女が全て抜き取り隅に置く。また一から溜まっていく。こうして作られていくらしい。

 

「…ふむ、ミズ・マジックガール、貴女はL社で職員をやっていたと聞いていますが、一体どの様な手段で?失礼ながら、幻想体が人と共にあれるとは思えないのですが…」

『どこで聞いたの?それ。情報規制あった筈なんだけど…まぁ、私は簡単な方よ?…ほんとよ?シャーデンフロイデを脱走する直前に視界を外して収容室に留まらせて、その後に私に鎮圧指示を出す。私は収容室まで探さないから徘徊して、その間に出会った試練や脱走した幻想体を倒す職員の完成。そこから移動する私に色々実験をして、こうして職員にする事に成功って訳』

 

 案外理屈がある事に驚いた。恐らくこうして1人ずつ強い職員を増やしていき、上手く管理していたのだろうね?だけど触れてはならないを引いて全てが泡になった。この6回目の場所はそういう無理をした失敗の積み重ねの末にこの惨状になってそうだ。

 

 サルヴァドールがカップ麺を食べ終えた。それを見た魔法少女はそろそろ寝たらどう?と誘い、幻想体の前で無防備になりたく無いのだろうね。丁重に断わっていた。

 

『抑圧判定にさせたいの?』

「ですがミズ…」

『当方はー、不機嫌になるー、用意が出来てますー。おじいちゃんに無茶をさせたくありませーん。大人しく従いなさーい』

 

 サルヴァドールの背中に乗り、えいえいと横にしようとしてくる。何処からかふかふかの布団も出してきた。転移して取ってきたみたいだ。

 観念したサルヴァドールは大人しく横になった。魔法少女はその隣で体育座りをして見ていた。

 

「…ミズ・マジックガール?寝ずらいのですが…」

『なら子守唄を歌う?ふふん。この無名の胎児も泣き止む子守唄マスターの一番弟子にかかればあっと言う間よ…!』

「それは◾️◾️◾️(すごい)…それにしても、お嬢さんは経験◾️◾️(豊富)ですね」

『ん?…あー、それほどでも?…で、合ってる?』

 

 その後、魔法少女の唄でサルヴァドールと私はぐっすりと眠った。

 

 


 

 

 夢を見ている。深い霧、血の河の上、小舟の上に私達は揺らいでいた。オールがあるけれど誰も漕ぐ事はせず、モーゼスが小舟に置かれていた望遠鏡で遠くに何かないか探している。私は針を刻んでたった一人の船員の感覚を鈍らせない様にしていた。

 

「…やはり、原因はあれか。」

 

 モーゼスは呟く。指で示した先には赤い硝子の煉瓦で組み上がった煙突が空高くに伸びている。深い霧の中、それだけはっきりと見える。伸びる先に何があるのかと見上げれば、そこには綺羅星の様に明るく彩られたガラスで造られた、星かと見間違える様な大きな天球と繋がっていた。

 それだけならただ綺麗な飾り付けだったんだろうけど、生憎、蒼い亀裂とそこから絶えず流れてくる赤い液体に、人の様な黒い点々が霧越しに見てる物だから酷いことが起きている事は簡単に察しがついた。

 船が漂う。波の流れに添い、何処かへと進んで行く。

 

「電車に乗ってるだけだったのにこうなるとは…お前も災難だな、ダンテ。」

 

 それはおかしい。私はサルヴァドールと共に久しぶりの眠りについた筈だ。そう伝えようとして、身体の調子がおかしい事に気づいた。

 

[チク…タク…チク…タク]

 

「混乱している所で申し訳ないが、ここ(0番目)は死んでない物は言葉を紡げない。演目を終えてないって事になるからな。現に針の音に意味が込められてないのがその証拠だ。…はぁ、死んで後は空席を譲るだけかと思ったんだが…。」

 

 うんざりした様にモーゼスは言うけど、ため息を吐く様子はどうにも死んでいるとは思えない。だけど、そう言っているのならそうなんだろうね?これまでの事も相まって、どうにも死はここだと都市よりも軽いものとして扱われていそうだった。

 

「名前を知ってるのが不思議だろうが…先に自己紹介だ。私はモーゼス。特定の情報系依頼のみを専門にするしがない5級フィクサー。…ダンテ、名前や事情を知っているのはそれを理由にしておけ。何故私が事情通なのかの説明には…時間が足りん。」

 

 淡々と針を刻む。私は起きている様にも、眠っている様にも感じた。酷く曖昧だ。

 周りを見渡せばあの煙突に近い所で別の小舟も漂っていた。どうやら私達だけでは無いみたい。

 

「まず、ここは人格のなり損ないの私達が本来いるべき場所であり、最初(0周目)と称すべき場所だ。あんたが乗っていた電車、確か折り返してただろう?だからここにこれて、電車はもう既に河の底だ。」

 

 モーゼスは下の方を指差してそう言う。この赤い河は、覗いても電車なんて見えそうにも無かった。

 

「ここは本来こんな風に怪物に支配される様な事になっちゃいけないんだが…まぁ、それはいいか。大事なのは、お前がこのまま案内人に連れてかれたらそのまま河に落ちて終わるって事だ。」

「だからそうなる前に最低でもこの河の奴だけでも何とかしなくちゃいけないんだが…ただの情報専門の5級フィクサーにやれる事じゃ無いな…。」

 

 うんざりした顔で煙管を吸おうとして、黒ずんだ煙に舌打ちをした。煙管を脇に置き、腕を組む。

 

 

「ねじれ…いや、幻想体か。人の可能性とコギトを元に空を目指す…?違うな、それだけじゃ無い。()()()()()()()()()?見た目こそ積み重なった望みとやらだが…さて、探偵らしく考えるとしようか。」

「…ああ、ダンテ。お前さんを放っておくって訳じゃない。むしろ私の知っている事と推察を聞いて対策を練ってもらう。無論、両方のダンテだ。…意味が分からないか?大丈夫だ、片方は気づく。」

 

 …どうやら私も考える必要があるみたいだね?

 

 モーゼスは手癖で吸おうとして、煙管が黒ずんだ煙を漂わせる。モーゼスはそれを見て顔を顰めた。

 ため息をついて、普通に息を吸って長く喋る準備を整えた。

 

「幻想体は人の心の一側面が形になった物、だからこそその姿、動きには意味と特徴が混ざる。それを踏まえて、赤い河は自傷的な憂鬱であり、自傷は現在の否定、憂鬱は過去の後悔、合わせると自身を変えたいと読める。…河…違うな元々のここの地形からして水溜りか?私達は小さいからな…手鏡に収まるほどだ。となると水溜り…泉…留まる水、流動と変化よりは写す側面、合わせて移し変える力…等価?ああ、そうか一定…傲慢も混ざってるな?となると…()か。」

 

 その言葉に天球を見上げてみると、モーゼスは「そっちは月の方じゃ無い。()()の奴だ。」と言う。違ったみたい。

 モーゼスは眼を閉じてより深く考えていく中、私に分かった事はこの空間にいる幻想体の一つが月に関係した水溜りという事だけだ。煙戦争のときよりよく喋ってるから、私に聞かせる為に思考を言葉に出しているんだろう。それにしてもよくこの景色だけでそこまで分かるね?

 

「次。注意すべき事ではあったが、心臓を食べてその力を得るというのは、どちらかと言えば宗教的、精神的な物だ。これが世界の法則としてあったなら、今頃人肉食は都市のメジャーなジャンルだ。この鏡の世界は基本的に本来の都市から大きく外れる様な作りにはなっておらず、有ったとしてもそれは人格が作った特異点や幻想体の影響だ。故にこれも幻想体の影響だと考えていい。…少なくとも、私の経験でそうして力を得るねじれはいた。」

 

 モーゼスは髪をむしる様に掻き、眉間に皺を寄せる。どうやら思い出したく無い事を思い出したみたい。脳…とか、美食では…と言っているから多分ヘルズキッチンみたいな料理系のねじれの記憶だろうね?気を取り直して話を再開した。

 

「問題はどの段階で私達はその影響を受けたのか。これは簡単な話だ。そもそも私達はK社の特異点の影響を受けた「記録」そのもの、心臓なんて物を持っている程新しい存在では無い。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。…これ(肉体)も他の幻想体が関わっていそうだが、今回は省いておこう。今はここをなんとかする情報が優先だ。」

 

 流石探偵と言うべきなのか、次々と情報を暴いている。幻想体にはここまで結構な数に会ってきたけど、この話口を聞くに根本的な元凶は今挙げている子達みたいだった。

 

「3つ目。積み重ねた望み。これはアインがあんたに渡した奴で充分だろう。しがない探偵が付け加える推察があるとすれば、この幻想体自身は特に害する意思を持っていない。良くも悪くも()()()()()()()()()()()()()()()()()()ではあるだろうが、現状の情報だとこいつは一番最後に収容すべき幻想体だ。何せ私達人格がこうして多少なりとも人らしく考えて、喋れて、争えるのもこの幻想体の影響下に置かれているお陰だからな。…そのせいでこうして都市を興して社会を形成し面倒な構造になったとも言えるが。」

 

 一息つき、首を回して少し休息を挟んだ。モーゼスは深呼吸して、続きの言葉を発していく。

 

「4つ目。これに関してはここの奴らならよく知っている。さっきダンテが眼を向けたあの天球。()()()()()()()()。いいか?あのガラスの球体の中身、今こそ終末鳥の残骸を混ぜた変異体、あんたは都市だ、と騙してはいるが、いつ変異体から元に戻ったって不思議じゃ無い。なにせ国に住む人を求める癖に争いを好むからな。これだから童話由来のねじれと幻想体は好かん。手軽に狂気が含むのが…話が逸れたか。」

「カルメンの作ったループする仕組みで人口を回復出来なかったらとっくに天球を割って、手鏡も割って国の版図を広げていただろうな。…そうやって誤魔化す為に殆どの人格を送り、ついでに利用価値も見つけたからそれも利用する為に死体としてああして排出されている。あの穴は死体を取り出す為だけに開けた物って訳だ。」

「…私達ではこの自体を解決できない様にした原因…と言って責任を全部あの幻想体に押し付けられたら楽だったんだかな…残念ながら私達も欲を出し過ぎたし、厄介なのは住民の誰か1人だけ特に優秀な者が記憶を持ち越せる()として選ばれる事。そうなった奴はこの都市()を拡げることしか考えられなくなる。そうなったら…未来を買う側になって自身をすり減らすしか無くなる。哀れだが、一旦殺すしか無いだろうな。」

 

 モーゼスは誰とも知れない不幸な人()に祈りを捧げ、その話を聞いて私はカルメンの事を思い出した。…もしかして選ばれてたのだろうか?今となっては分からないが、もし会えることがあるなら尋ねたい物だね?

 

「5つ目…恐らくだが、この幻想体で最後だ。と言ってもこれに関しては…今私の煙管から噴き出ている黒い煙、これだ。」

 

 モーゼスは煙管を緩く揺らし、黒い煙が渦を描いて昇る。

 

「黒色は大抵の場合…おっと。」

 

 推理と仮説を立てようとした時点で一際大きな波に揺れる。『波を見ろ』()()()()()()()()()()()()()()、『見た方がいい』と、何となくモーゼスが言った気がする言葉に従って船から身を乗り出して下を覗こうとして、モーゼスに肩を掴まれ、押し倒された。

 小舟が大きく揺れ、モーゼスは倒れない様舟の縁に掴まりバランスを取る。

 

()()()、誘われてるぞ。」

 

 そうして暫くが経ち、揺れが収まった後、私とモーゼスは元の位置に座った。辺りを見ると、揺れる前まで有った近くの小舟の影は無くなり、オールと木片が浮かぶ景色に変わっていた。

 

「…成程、E().()G().()O()()()()()()()()()()()()()()。…心得ろ、下手に動けば死ぬのはお前だ。眼を閉じて息を潜めろ。……それでいい。さて、となると下手な発言をすれば死ぬな。…思考もか?残された時間も少ないが…遠回りに考える必要がありそうだ。」

 

モーゼスは座り、煙管の火を消して目を閉じた。喋る者が居なくなった小舟は、目も閉じて火がないのにも関わらず、何処からとも僅かに冷たく黒い煙を感じさせながら、波に流されて硝子の煙突に向かっていった。

 

 


 

 

 凄く久しぶりに寝れた気がするし、何だかとてもスッキリした。()()()()()()()。…何だか寝ない方がいい気もするけど…サルヴァドールも同様な様で、腕を捲って調子が良さそうだ。

 ぶたれたい?が使っていた幸せを問う機械の効果が続いてるかも確かめたけど、どうやら一晩経って効果が切れたみたい。もうビームを見てから躱すのは厳しくなりそうだ。

 

「…おや、お嬢さんは…」

 

 辺りを見渡して気づく。魔法少女が居なくなっていた。何処かに行ったのだろうか、サルヴァドールも朝食のチキンの缶詰とご飯を開けながら念入りに辺りをきょろきょろと見渡す。

 

はぁーい、おじいちゃん、元気?

「ハッ!」

『ぐえ』

 

 エネルギーを回収する排気口から魔法少女が顔を覗かせ、剣で顔を刺された。速攻の判断だった。

 

「…失礼、お嬢さん。てっきり敵かと」

『いいよ、このくらいなら勝手に治るし』

 

 排気口から生首がコロコロと転がり、首から脊髄が生えていく。どうやら夜の間に戦いに行っていたみたい。

 

「どこに行っていたので?」

『んー?どこかは知らないけど…強いて言えば人命救助?私、転移できるからいまいち場所とか覚えてないのよねー』

「それはそれは…◾️◾️(いい)ことをしましたね」

「…魔法少女だからね!」

 

 どうやら人助けをしてたみたい。この世界が平和とは無縁な影響か常に働きっぱなしらしい。

 …それにしても、魔法少女に対して褒める単語や愛と言おうとするとノイズが走るのは何故だろうね?L社の実験の影響なのだろうか。…まぁ、害は無いから放っておいた方がいいだろう。

 

『そして助けた子達ですがー、今隣の収容室で寝てるんだよね。2人いるから見に行ってくれない?そしたら出来れば連れてってあげて?今の環境で少人数はどうしたって死ぬから…ね?』

 

 そう言って全身が元通りになった魔法少女は転移で何処かに行ってしまった。今日も魔法少女は忙しいみたい。サルヴァドールも取り敢えず会ってみる事にしたみたい。

 だけどその前に…ホテルから持ってきた無線ラジオをつけ、食事を再開した。何であれ食べるのが先だろう。

 

[A社では、()()()()()の保護を行っています。希望の方は、A社入社検査を受けた後、合格証を受け取りの上…]

 

 ラジオを回し、別のチャンネルにする。

 

[えー、皆様おはようございます。T社情報放送局です。現在L社が折れた事により発生した本社含む全L社施設から幻想体が脱走し3日目の朝となりました。現在の情報によりますと、既に過半数の巣は音信不通となっており、予測では後3日待たずに明日にはA社を除く都市全ての人口が0になる見込みです。お聞きになる皆様に置かれましては、各自の判断の下、生き延びて下さい。以上、A社支部T社情報放送局がお送り致します。  えー、]

 

 繰り返されている放送を変える。

 

ノンノンと一緒に首を(「だれか!たすけ)‭‭─‬‭─‬‭─‬ザザ…〜‭v^ーザ……

 

「…気にしててもしょうがありませんが…急いだ方が良さそうだ」

 

 いつのまにか首を掴んでいた右手を離しつつ、精神汚染の気配を感じたサルヴァドールは斬り裂かれて壊れたラジオを隅に追いやった。多分幻想体が放送をジャックしたのだろうね?…首でどうするのかはあまり考えない方がいいし、一緒に聞こえた子供の声とすすり泣く音も、忘れた方がいいだろう。…多分、もう死んでるだろうから。

 

 

 食べ終わり、隣の収容を訪ねると、少しやつれた人が2人出て来た。

 

「おはようございます」

「…おはようございます」

「良い朝ですね、お嬢様方。…随分とお若いようで」

 

 廊下に3人、1人は私が刺さったサルヴァドールで、他の2人の人物は酷く似て、同じ顔をした小柄な女性だった。片方は長い白金色の髪をしていて、もう片方は白銀色の短髪だ。名前も似ていたら間違えそうだった。

 …いや、よく見れば白銀色の髪の方は首に痣がある。きっとあのラジオを聴いたのだろう。生きているのはきっと判断力がよかったんだろうね?

 

「私はパメリ、これでも29歳。セキュリティ会社派遣、J社賭博場の監視の仕事をしているわ」

「私はパメラ。26、同じく監視員です。よろしく〜」

「これはこれは、ご丁寧に。そしてご失礼を、レディ。私はサルヴァドール。夜明け事務所を経営している、ただの3級フィクサーですよ」

 

 名前と顔、間違えるかも知れない。

 そんな事を私が危惧している中、サルヴァドールは「…J社の特異点か」と言うのを飲み込んだ後、丁寧に対応した。何となく、サルヴァドールがどうやってここから連れて行くかの算段をしている様に感じる。急ぎたいし、幻想体と不意に遭遇する場所で守れる余裕は無いみたいだった。

 

 それ察してか、白金の方のパメリが俯いて言う。

「切り捨てたいなら早めにそうしなさい。…私達が生きたところで何も出来ないのは…分かってるから」

 首に痣のある白銀の方のパメラはこちらの目を見て言う。

「私はついて行く。ここにいても餓死か化け物に襲われるだけ。なら、まだ健在なA社に行きたい。諦めたく無い」

 パメリがパメラに睨みつける。

「ここで待ってこの方に救助を呼ぶ様に頼んだ方が生き残れるわ。感情で足手纏いになるよりもずっとね」

 パメラはパメリを見下す。

「野垂れ死ぬなら1人で死ねば?私はどんな手を使ってでも生き残る芽を見つけ出す」

 

 パメリはパメラの襟を掴んで一歩近づいた。眼を開き、苛立ちを隠そうともせずに声を荒げる。

「だから!戦闘も出来ない奴が付いても無駄よ!貴女も見たでしょ⁉︎あの無い筈の死体が蠢いて、それを撃ち穿った魔法少女の砲撃を!あれに巻き込まれない確証がある!?無いわよね!?なら待った方がいいわ!!」

「諦めないなら何とかなる。這い回るあいつらの中には言葉で何とかなる相手もいたし中には良い物をくれるのもいた。隠れ潜んで選んで影に潜る。やれるかやれないかじゃ無い。やる」

「それに!!その首の痣がなによりの「そこまで、お嬢さん達。どうやらお腹が空いて気が立っている様子、一先ずは食事でもどうでしょう」

 

 サルヴァドールが手を2人の間に挟んだ。2人は暫く睨み合った後、同時に目を逸らして、お互いに睨みなおした。2つ、舌打ちの音がする。

 2人をさっきまで魔法少女がいた収容室に入れた後、ぼそりと呟く。

 

「…ふむ、これは或いは……ダンテ、聞こえるのなら、謝罪を。すみませんが予定を変えます」

 

 どうやら何か活路を見つけたみたいだ。寄り道をするみたい。

 

「彼女達は幸運にもこの幻想体が闊歩する場所で3日生き残っている。一般人の能力しか無いならすぐに死ぬ様なこの環境、恐らくはJ社の監視員として働いていた事から幸運を閉じ込める特異点、それをどうやってか使う機会が有ったようだ。ならば、その幸運が生きている内に賭けを済ませたい。ダンテ、申し訳ありませんがもう暫くこのままでお願い致します」

 

[勿論、その程度ならいいなら]

 

 その話を聞いて、折角なので私もやれそうな事を改めて探す事にした。この鏡の欠片の空間はアルガリアの時もモーゼスの時も何回も調べたけど、変化が起きる事自体は何回でも期待していいだろう。それくらい良いよね?

 

 

 今私がいる空間は変わらず真っ暗で、ちょっと青い線を見かけるいつも通りの空間だ。まだまだ見届けるしか出来そうになさそうだった。

 そうして2人の食事を済ませた後、サルヴァドールは2人を引き連れて相変わらず車が転がり血で濡れた都市を進んでいく事になった。

 

「…さっきはごめんなさい。血が上っちゃったわ。…決定権はサルヴァドールさん、貴女にあります。どうするにしろ文句は言いませんので、どうか貴方の最適解を選んで下さい」

「…気がはやった。…姉の言う通り、私も従う。いつどういう死がくるかも知れない環境に参って…すみません、言い訳ですね。3級フィクサーに私が言うまでも無いかもですが…どうするにしろ、罪悪感とか、感じなくていいですよ」

 

「いえ、構いませんよ。寧ろ、貴女方には是非協力して頂きたい事があるんです。そこでどうでしょう?それを手伝って頂く事を報酬に、私を雇ってみませんか?」

 

 とはその時の会話だ。こうして私達はサルヴァドールのしたい賭けをする事になった。

 大きめのバイクにサルヴァドールが乗り、その後ろにパメリ、パメラの順で腰に捕まる。風を切り、時折り遠くから聴こえる幻想体の叫びに依頼人の2人が怯えつつも、目的地に向かって3人と私は出発した。

 

「ちょっと、強く掴みすぎよ!もう少し緩めて!」

「やだやだやだこわいこわいこわいむりむりむり」

「私も腕が寒いし痛いのよ!」

「残り3日、ラジオに寄れば実質今日まで。その上幻想体の影響でW社のワープ駅は使えませんからね。飛ばしますよ!」

 

 時速は裕に500を超えていた。都市のバイク、それもかなりお高めな物で容量にもかなりの余裕があり、魔法少女のお陰でエンケファリンも沢山有ったので全速力で金持ちしか走れない直線高速道路を爆走していた。

 金持ちが使う道路なだけあり、かなり座標の高い位置に造られている為か、人によっては見下ろすと足がすくむ高さだ。勿論人を保護する為の特異点もあるし寒さ対策で着込んでもいるし、座席も大きく作られている為3人乗っても余裕ではあるのだが、きつい物はキツかった。

 下を向くと表現し難い心が削れる見た目の幻想体がいるのが特に。正直私も怖いね?見なかった事にした。

 

「そもそもいまどっちに向かってるの!?明らかにこっちはA社じゃ無いわよね!!?」

「L社ですよ。ここに寄った方が良いと判断しました」

「L社ぁ!?化け物を放流した元凶じゃない!パメラ、こいつ地獄に突撃しようとしてるわ!」

「…3級フィクサーは少なくとも私達より情報を持ってるはず。なら、信じてみよう」

「あんた自分より上の人に対してちょろいの何とかなんない!?盲信が過ぎるし隣の芝生を青く見過ぎよ!!ああ、依頼をしたの早まったわ!!」

「はっはっはっは!」

 

 2時間。途中一回休憩を挟みつつ、バイクを乗る前まで有った気まずい雰囲気も消えて、こうして3人はL社に到着した。L字に脳みそを合わせたロゴを飾った建物は、しかしその壊されているとはいえ文明的な様相とは別に凄まじい威圧感と死の気配が漂っていた。入ったら死ぬというのがハッキリと分かった。

 

「私ここで死ぬわね」

「同上」[同上]

「では行きましょう」

「待ちなさい」

 

 サルヴァドールは笑顔で言った。スムーズな流れで説明を求められた。当然だった。

 

「やる事」

「E.G.Oのスーツ、若しくは職員の心臓ですね。それを何でも良いので二つほど頂こうかと」

「算段」「5割」

「帰るわよ」「そうね姉さん」

「では行きましょうか」

 

 サルヴァドールは笑顔で言った。立ち去ろうとする2人の首根っこを掴み、L社に入っていく。

 そこで、ダボついた服で見えづらかったけど、ちらりと2人の後ろ首にはJ社と〖ぽんぽん〗ホンルで見た刺青シールが確かに貼られていた。目算だけど、何回か死ぬのを逃れられそうな量の刺青の量だ。

 

「あー…やだわー」「死にたく無い…」

 

 引き摺られていく二人の表情は何とも言い難い物だった。

 

 L社のビルを進むとエレベーターがあり、どうやらW社の物の様だ。動かすには幾つかのエンケファリンがいるだろう。

 サルヴァドールは持ってきた魔法少女のエンケファリンの一部を嵌め込み、異物を挟んだ様な駆動音と共に()()にも無事転移する事に成功した。エレベーターの先は暗く、血の匂いがする濁った空気と非常に澄んだ空気で二分化されており、澄んだ方は桜の香りがしてくる。そして下の通路では蜂の鳴らす羽音が聞こえるから、降りるのは待った方がいいだろう。

 パメリとパメラは既に怯え切っており、サルヴァドールの服に捕まっていた。

 

「濁った方が正解か」

「…うん、桜のは明らかに駄目そう」

「帰りましょうよ…2択間違えたら死ぬのは無謀って言うのよ…」

 

 紫色の部屋に出た。かつては職員の待機場所だったのだろう、ソファや飲料のコーナーがあり、リラックス出来る空間も今やズタボロとなっている。3人は手早くこの場を去りたいのだろう、手分けして転がっている死体や石盤を見た。

 

「…ヒッ。何これ、頭の無い死体?銃には…ルーン文字?…Future…フーチャー…未来?」

「これは…石板?文字がうねってるし、見てて不安になる」

「…頭のない死体…どうでしょうか?」

 

 丁度よく転がっていた死体にパメリが触っているので、心臓をサルヴァドールが剣でくりぬこうと刺してみるけど、手応えがない。

 服を捲ると、既に何か生物的で刺突できる物…触手だろうか、それで刺されて、そして食べられた様に抉られていた。よくみると頭…と言うより首も似た様な抉られ方だから、なんだか処理されたという印象だ。

 

「…ダメか。ハズレだ」

 

 サルヴァドール達は来た道を戻り、引きつけに蜂の怪物が見えてからより下の階にワープした。これで帰りの分のエンケファリンを残すのみとなった。一応バイクの所にまだ予備はあるが、出来る事ならこれで終わらせたいね?

 転移した先は照明が無く暗いが図書館で見たことのある配色だった。黄色の広い空間は端に階段があり、そこから幾つかの通路が重なっているみたいだった。降りるほど帰るのが長くなるのが予想される為、帰る判断は重要になりそうだ。

 

「…ノイズ…隣の通路」

「…扉を閉めてる限りこのノイズはこっちにこなさそうね…嫌な音」

「……助けて?人の…いや、擬態と考えた方が良いな」

 

 降りていく途中にあった扉の先に耳を当てて聞く。チラリと覗き、一般の事務職員の死体と、赤く奇怪な人らしき何かこそあるが、職員の死体は無さそうだった。()()にも気づかれなかった様なので、そっと閉じてより下に降る。暗闇の中、そこにはぼんやりと灯っている提灯があった。…グレゴールの提灯に似ているね?近づくのは駄目なのは理解できた。

 

「止まって下さい。近づくと食べられますよ」

「……あ」

「パメラ、どうし…あ、死体…」

 

 二人の見る方に目を向けると成程、赤い頭巾を被った人と傷のある毛皮を着た人の死体が()()にもあった。どちらも提灯に背を向けて倒れており、察するに逃げた先に提灯があって応戦した方が生き残れると踏んだ。といった所だろうか。早速サルヴァドールはパメリに赤ずきんを、パメラに毛皮の方のE.G.Oを渡そうと死体から脱がそうとして…

 

「…羽音?その心臓(人格)を食べるんだ。出来るだけ早めに…早く!」

 

 …微かに羽音が聞こえた。サルヴァドールは心臓を取って2人に渡し剣を抜いた。

 時間が有ればE.G.Oを剥ぎ取って着替える事も出来ただろうけど、着る資格が有るかも解らない以上は、可能性があるなら確実に扱える様になる方を取るしかなかった。

 今回の場合はL社の人格で、入社しその上でこのE.G.Oを扱える実力を身につけられる可能性を持っているかだ。モーゼス曰く合わない程死にかねないらしいけど、この世界のL社は幸いにも入社は簡単にできるから2人の可能性は高いだろう。

 

「…分かった」

「そん…!分かった、食べるわ。倫理観だの言ってらんなさそうだし!」

 

 二人の少しでも刺青がバレない様にしたのだろう、重ね着でぶかぶかの服が、姉の方は赤いずきんに赤と灰色の服、銃と鎌を携えた姿になり、妹の方はスーツの上からふさふさとしつつも風化した傷跡がある獣のコートを羽織り、獣の爪を両腕に装着した姿になった。どちらも血に濡れており、先ほどの怯えた姿は消えて戦場を何度も生き延びた歴戦の立ち振る舞いとなっていた。

 

 はらりと、その2人の佇む後ろで、刺青のシールが舞った。()()にも可能性として有ったのだろう、モーゼスの時よりも苦しんだ様子も無く、馴染んでいた。

 

「虚しくとも、この身は狼を穿つ為に……私はこの会社に就職して…何故生き延びている?」

「童話解放連合のマリルだ。よろしく頼む……生き残れたならそれでいい。少なくともキノコになるよりはずっとな」

 

「…二人とも、此処に来るまでは覚えているか?」

 

 どうやら元々この会社に勤めていた方の記憶が濃いみたい。サルヴァドールは慎重に言葉を選ぶ為に聞く。既に幸運は無かったから、慎重にせざる終えなかった。羽音が大きくなる。

 

「私は…仲間を食わせる為に就職し…L社…J社?今は…どっちだ?…生き残る…立ち向かって…この人に頼って…私は…私は?」

「命令で…命を落とした…生きている?何故だ。何回も死んだ筈だ。生き残ったのか?あり得ないな。確かに死んだ。なら今の俺は…」

 

「「誰だ?」」

 

 答えは簡単だ。2人の名前を言えばいい。それでだけで事は済む。管理人としての勘がそう導き出すけど…

 一つ、私もサルヴァドールも不足していた事がある。それは人格の力は本来、1つ持つだけでも自己が揺らぎかねない危険な物である事。私の場合は実感が、サルヴァドールは知識の危険性の文面が欠如していたこと。

 それともう一つ、不幸にも、想定より早く蜂の怪物が現れた事。ここは紫色より下の階、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()にも真っ直ぐここに向かってこなかったけど、全てが終わってから来てくれる程、私達は幸運では無かった様だ。

 

[名前を言うのを優先した方がいい]

「武器を構えろ!!考えるより生き延びるのが先だ!」

 

 挙句にサルヴァドールはそう判断をした。問いかけよりも戦う事を優先した。

 

「…ああ!ああ!アイツだ!あの蜂が私達にトドメを刺した!」

「…殺す。惨たらしく、悲鳴と絶叫の末に、▪️▪️▪️(パメリ)の仇を…!」

 

 さて、この戦いにおいて、いつかの二人は戦い抜いた末に蜂に殺され、その蜂は提灯に食べられる結末となった。

 今回の再戦ではあの時よりも怪我をしておらず、その上追加の戦力がある以上負ける事はない。だからこそこの戦いにおいて優先するべきなのは二人の心の安定化だった。

 もう遅いけど、それでも嘆かずにはいられないね?これによって、2人の心はもう2度と元に戻らない。囚人達なら時計を戻せばまだ何とか出来たけど、こうなったらどうしようも無い。鏡の世界の周回の一つ、何もしないでも死んでいた。そう考えて心に蓋をしておこう。私の声が聞こえてればなんて、考えてもしょうがないしね?

 

 間違いは、銃弾と肉が裂かれる音で取り戻せなくなった。

 

 

 サルヴァドール達はL社から逃げる様に飛び出し、バイクに乗ってL社の巣を後にした。今はE社の巣のL社支部の収容室に3人で休んでいる最中である。無事二人は戦力になり、サルヴァドールも彼女等に身を守れる手段を用意出来たと内心喜んでいたけど、この段階で向き合わなくちゃいけない事がある。

 

「マリル、L社が折れた時はどうなるかと思ったが…何とかなるものだな」

「そうだな、サオリ。これで管理人と共に戦える」

 

「…ん?……んん?」

 

 この時、パメリは相手をマリルと言い、パメラは相手をサオリと言い、サルヴァドールは管理人と認定されていた。改めて聞き取りをすると、L社に居た私達を助けるのは管理人以外あり得ないからサルヴァドールは管理人だという理論が出てきた。

 考えるに、人格の持った常識に当て嵌めて世界を見る特性が強く出ているのだろうね?

 

「失礼、お二人の事を聞いても?」

 

「む…いや、直接会うのはこれが最初だから当然か。では改めて自己紹介としよう。私はサオリ、裏路地で日々を生きていた所に入社の案内が来たので働いている。銃の取り扱いが得意だ。よろしく頼む」

「俺は設計部門のマリル。裏路地で技術解放連合に誘われていた時に入社案内が来たから働いている。今は管理人の保守が仕事だ」

 

 …この世界のL社はかなり無差別に人を集めていたっけ。なら、優秀なら誰でも社員として働けるから不思議では無いけれど、マリルの方は私も会ったことがあるから変な気分だ。確か技術解放連合でお札のE.G.Oを装備していたっけ。

 どっちもパメリとパメラの姿のままだから違和感しか無いけど、自意識はもうL社社員の方みたい。何だかロ、ラ、ロ、ラって言ってた時のシンクレアに似た状態だ。囚人でも無いし、戻すのは本当に駄目そうだ。

 

「…事情は分かった。だけど、私は君達の管理人では無いんだ」

 

「…管理人、今は冗談はよした方がいい。全ては虚しいのだから、現実は早々に受け入れた方が心も持つ」

 

「記憶でも失ったか?それもしょうがない事態ではあるが…だが、最善は尽くすべきだ。全て忘れてやり直すにも、化け物が居なくなってからの方がいいだろう?」

 

「私は正気ではあるんだがね…」

 

 その後幾らか話してみるけれど、2人の認識を戻す事も出来ず、サルヴァドールは苦虫を潰した顔で今の2人を受け入れる事になった。

 どうにも、強い心を持たなければ逆に飲み込まれるし、シンクレアの時を考えると姿が変わるのも時間の問題だろうね?

 

 

 16時頃、そうしている内に仮眠と言う事で2人が眠り、1人になったサルヴァドールは日が暮れつつある中、C社に行く強行をする準備を済ませたみたい。2人を寝袋で包んで縄で縛り、残っていたエンケファリンを全てバイクに入れ、エンジンを吹かした。

 6月の夕日が再現された都市は、特異点で調整された気温であってもじんわりとした汗を感じさせた。

 

「さて、状況を整理しましょう」

 

 都市の幹線道路を走り、より大きな道を選んで走る。無数に頭上に設置された速度表記、料金価格、案内板、誘導看板、商品広告、サービス宣伝、渋滞時用娯楽製品が所狭しと並び、中にはカードをかざすだけで楽しめるショッピングも存在する鏡の世界の都市の道路を走り抜けていく。

 

「私達はミズ・パメリ改めサオリとミズ・パメラ改めマリルの二名の戦力を向かい入れた。ラジオによれば都市の人口が0になるのは明日。その前にフィン君を見つけ出す必要があります」

 

 金持ちだけが通行できる道路、その出入り口に辿り着き、ガラスと黒い色合いの鉄で装飾された扉を切り裂いて侵入する。後ろでは誰も来ないのにも関わらず警報が鳴った。

 

「ところで、何故フィン君…貴方とは縁もゆかりも無い人物が案内人なのか、その基準は気になりませんか?なに、年寄りの気まぐれな質問です。この後休む余裕なんてありませんから、お遊びに考えてみて下さい。ヒントはラジオです」

 

 問題を出された………ランダムかな?

 

「正解は次の周回で最後まで生き残った者が案内人の資格を得る、です。…はっは!少々意地悪が過ぎましたかな?…ですが、それによってタイムリミットが判明した。A社の巣にいるなんて自体が起きない限り、B社の情報収集の特異点を持っているであろうA社に建っているT社支部の言葉通りになり、その時点で私は貴方を次に託せなくなる訳です」

 

 サルヴァドールは笑って言った。どうやらあのラジオを聴いた時点で時間がない事を把握していたみたい。幻想体に首を何かされる危険を犯した成果は有った様だ。

 

「2周目の周回を最後まで生き残れば1周目と繋ぐ鍵を、3周目なら2周目の鍵を、そうして繋がっていた縁を辿って貴方を運んでいる訳です」

 

 …という事は、私が連れてかれた図書館と交流していたバスの二つでアルガリアは生き残ったって事だろうか。どうやらあの青い特色は相当強かったらしい。

 

「そして、この終末の中多少の無茶を通す以上戦力は必要だった。そしてそれを手に入れるまたとない機会が()()にもやって来たら…例え人道に反していようとも、逃す手は無いでしょうな」

 

 ぞわりと。

 現状の整理が終わり、日差しが強くなる。それと同時に、何か…()()()感覚が私を襲った。

 

 

Dusk

Stay vigilant. Stay resolved. Let our mind be

strong when dusk comes over our light.

 

 

STRUGGLE OF THE PEAK

Abandon the old body and become all one,

and continues the red carnival constantly.

 

 

Foodchain

Getting to know its taste was an unavoidable process.

 

 

Where to reach

They set up a far high tower to go where they came.

 

 

 夕日が辺りを覆う。そう、今は夕暮の時間。思い返されるのは、幻想体を()()脱走されたという魔法少女の発言。

 …違う。幻想体では無い。どちらかと言えばバスを襲撃していた囚人達から助けてくれたアンジェラに、自我心道や鏡ダンジョンで出会う大罪と似た感覚。大罪が幻想体のなり損ないの様なものとファウストから聞いたことがあるから、多分これもそういうものなんだろうね?

 

 そしてそれは、時間と共に訪れた。

 

「はぁ、時間の進行に合わせて現れる怪物か…相手にしてられないな!」

 

 目の前にどこからとも無く…多分だけど、この広い都市の何処かにいる幻想体達の強い感情の発露か動揺だろうね?それをトリガーにして顕れた芋虫を轢き殺して、その血でタイヤが鈍り、速度が落ちる事に気づいて避ける様に運転を始める。

 真っ直ぐ走っていたバイクは右に左と踊り、銃声と獣の遠吠えが鳴る。揺れで流石に起きたのだろうね?寝袋に入っていたサオリとマリルは寝袋を裂いて飛び、周囲に群がろうとするピエロを追い払って尋ねた。

 

「管理人!これはどういう状況だ⁉︎いや、いい!何をすべきかだけ教えてくれ!」

「試練…それも同時にか?…この独特な臭いと光は…管理人、右に避けろ!」

 

 次々と湧いて出てくるピエロをサルヴァドールは剣を払いながら右に寄せる。

 その次の瞬間、突然現れた緑色の光がさっきまでいた場所に襲い掛かり、上から下に下がっていった。道路に別状は無く、その光の後にある幻想体だけが死んでいた。

 

「管理人、記憶が無いようだから説明しよう。あれは緑の深夜の試練。生きてるものを殺すビームを撃つ。ここが都市で外なら、先に日が暮れた地域もある。特に東側がな。これはそこからの流れ弾だろう」

 

 当然ながら太陽は東から上り西に落ちる。深夜に活動する夜行性な幻想体は、どうやら今日は早起きだったみたい。

 あちこちから上から隠れていたのが出てくるみたいに緑のビームが出てきてはその線上にいた全てを薙ぎ払っている光景の中、何人もの死体を組み立てたピエロが並走してくるのをサルヴァドールは剣を振りかぶって払う。

 

「サオリは銃弾で正面の幻想体を追い払い、マリルは後ろをそれぞれ中心に!迫って来たのは私がやろう!」

「了解、機械の奴は硬いからこっちが受け持とう」

「報告は随時する。短時間ならバイクから離れても追いつける。芋虫は任せろ」

 

 役割を決めて、即興の連携が始まる。機械がバイクの軌道に合わせて回転する丸鋸を置いていればサオリが銃弾で弾き、遠目にラッパを鳴らそうとしてるピエロには銃弾と通り過ぎるついでに剣を叩き込み、避けられない程芋虫がいればマリルがバイクから飛び降り暴れて散らし、それをサルヴァドールが回収する。

 時折り来る緑や青ピンクや赤色のビームにはサオリの目とマリルの鼻が感知して、心が揺さぶられる音には狼のハウリングがよく効いた。

 サルヴァドールも老人なだけあってなのか、手慣れた運転によってどんどん崩れていく足場を跳び越え、或いはスティグマ工房の剣で道路を溶かし斬って迫り来る敵を纏めて落とし、いい角度の瓦礫から瞬間的に飛んだりして幻想体に邪魔されているにしては凄まじい速度で進んでいく。

 

「…!管理人、このままだと持たないぞ!」

「指示を、何か打開する道筋を教えてくれ!」

 

 2人の声が聞こえる。倒す訳では無いから少ない手で何とかなってたけど、数が多過ぎて完全に包囲された。道路も先が無く、何もしなければ袋叩きになってしまうだろう。だけどサルヴァドールは焦る様子も無く、3つある剣から大きな剣の熱を強くしていく。

 

「2人とも私に捕まって下さい!()()()()()

 

 バイクの上に立ち、エンジンに熱した剣を突き刺した。2人が急いでサルヴァドールに捕まる。

 

「さぁ、勢いをつけて蹴って!」

 

「え?おわぁ!」

 

 マリルが驚いて、瞬間、跳び立って、爆風が周囲の夕暮を巻き込んで背中を押す。

 宙を走る中、見えた壊れゆく都市の光景は何とも言えない美しさを伴っていた。

 

「ひえぇぇぇ!」

「…綺麗な光景だが、この後はどうする?」

「E社の区は超えましたし…A社に落ちますから、一旦ローズ君に連絡しましょう」

 

「違う。このままだとペシャンコだぞ?」

「早く何とかしてくれ!何故か高いのがすっごく怖いんだ!」

 

「ああ、そちらは心配せずとも。‭─‬‭─‬‭─‬K社のアンプルなら…ほら、この通り」

 

 そう言ってサルヴァドールはK社製のアンプルを3つ取り出して見せ、仕舞った。U社のリゾート地で見つけていた物だ。観光する様な人は万が一の怪我の対策も豪華だった。

 サオリはため息を、マリルはパメラの影響で高いのが苦手な中落ちるしか無い事を悟って気絶した。

 

[…死ぬ程痛いのは、覚悟するべきだろうね?]

 

 既に月が昇り周囲が暗くなる中、きっと並び立つビルから見ている人が居れば、月の下、宙を走る奇怪な変人が見れるに違いなかった。

 

 落下する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

囚人の違う鏡の物語XII

LCB ロージャ→LCB ガリオン

 

 

 

[6番目の活動場「制御下に無い(Sixth Trumpet)」]

 

 

 

 陶器がカチャリと音を鳴らす。

 私が紅茶を飲むのをやめた音だ。

 

「ふむ。巣に旅人が来たか。ああ、通しなさい。過去に許しを出しているのだから、迎え入れてやるべきだ」

 

 今を見届ける凝視者に手向けて囀る。

 随分と待ち、空を眺めたものだ。

 ついぞ終わらない話が終わる時が来ると知れば、立つ意味もあるだろう。

 

「諸君よ。門を鎖ざす時が来た様だぞ?惚けるをやめよ。拡がりを停めよ。理解を断つのを変え、恐怖と向き合おうじゃないか」

 

 久しく成らなかった己に帰る。

 分割され

 鎖された

 私を飲み込んだ私に做る。

 一編を籾わけ鏡の歪みを反芻すれば、奪い重ねた私が前を塞ぐ。

 

「その道だけは私のものだ。どきなさい』

 

 心の拓き、罪を重ねて鎖ざす。

 その罪を重しに幾千の私を潰し、嘗の腑を肥えさせ肥大させる。

 人の腑が絡がり、醜熟し、混わり、音を奏でる。紅い赫い骨が空を造り、黒く昏く風化する。

 

 この都市は私が識ゆるものと似てはいたがその実、上下を写し間違えた鏡であると私は観た。

 繁栄は虚像であり、高貴たる黒は錆びた血であり、心を蝕まず蓑の衾だけが途切れる。

 しかし上辺を真似ようとその本質だけそのまま創り上げたのだから、屈折しようと色彩とそこにある影は変えられなかったのだろう。

 

『〖開花 E.G.O::オルガノン〗‭─‬‭─‬‭─‬さあ、未知に恐怖し、試される時だ。玩具の私を斃せるか、試そうじゃ無いか』

 

 私達は始まりの姿しか持たなかったが故にそれ以上遡る事はできなかった。

 同時に人の欠片に過ぎなかった為に刻を刻む事もままならなかった。

 余りにも曲がり屈したこの身は本来あるべきと定められた全てに反した。

 私は私である事を望んだが、終ぞそれは叶う事はなかったのだ。

 

 墨の靄が辺りを満たす。

 オルガンの煤に阻まれ私には届かない。

 

 女王蜂から産まれた鏡の羽が擦り合わさる。

 黒い波は音を掻き消した。

 

 羽の全てに私が写り、望む姿にせんと移し変える。

 数多の私の屍に阻まれた。

 

 心臓を伝い死人の自我を結ぶ病が運ばれる。

 どれだけ結ぼうと、偽りのAの娘すら落とせぬ死者の念でどうして私が堕ちようか。

 

 そしてこれが終わりである以上、写された月は、もう覗き込む必要すらないのだ。

 

『…そうか、やっと終わるか』

 

 ふむ、これで終わりとなれば、観るものへ知恵を与えよう。

 現実にあるものと違い、こちらのA社の、特異点の一つは最初(0周目)へ繋がる道だ。

 故に我々(都市)はそれ以外の全てに勝ち得た。

 その全てで翼を紡いだ。本物に届かぬ血濡れた偽翼を得て旅人に辿り着いたのだ。

 

 

 故にだ。

 

 

「空を目指す墨」

 

「鏡の国の女王」

 

「積み重ねた望み」

 

「繋がり結ぶ心臓」

 

「写された月」

 

 

 5つの或る世界のL社支部の幻想体達よ、

 

 「柱」も「鍵」も「妖精」も無く、ただ「波」打つだけとなった私の

 

 

 

調律者()の旋律を聴かせてあげよう

 

 

 


 

 

 

 そう言えば、ここに来る前に見たガリオンの記録を見た時は紅茶を飲んで都市の内政?をする様子が映っていたけれど、リウ協会の時然り、何か変わってるかも知れない。生憎と私は本体と分離した方なので端末は持っていないけど、多分暇つぶしにあっちが見れば何か変わってるかもね?

 

 そんなこんなでサルヴァドール達は無事足を骨折させて着地し、アンプルで元に戻してA社の巣に着いた。とは言っても中に入るつもりは無く、近くの電話線が目的だ。

 幻想体も当然いたけれど、誘惑する靴にしか出会わなかったので問題はなかった。なにやらA社の本社の方から黄金の枝の気配がするから、どうやらA社には強力な幻想体が近づけなくする、クリフォト抑止力みたいなのがが作られてあるみたい。

 辺りはすっかり暗くなり、遠くではオルガンが奏でる静寂な合奏が聞こえてくる。遠いからカーテンとかは見えないけど、流石に

 

開演

 

 何て物がA社の方の遠いビルの隙間から見切れたら貪欲の王の時にいた指揮者がいる事は察せられた。だけどあの時見た虹色のカーテンは見えないからA社のクリフォト抑止力みたいなのが働いていて間違い無さそうだ。

 …あの指揮者にオルガンを担当する子って居たかな?あの時はすごくうるさかったからどうにも曖昧だ。

 

「ローズ君、無事かね?」

[…ああ、サルヴァドールか。片腕と腹に穴が空いてなければ無事だったさ]

「…そうか。せめて安らかに眠れる様遺言を聞こう」

[お節介はいい……確か…フィンならA社の検閲所に向かわせた…ローズとエリーは…死んだ…もうすぐ私も……死ぬだろうな]

「そうですか…。フィン君は必ず守り切りましょう」

[……ふ。そうか、なら…よかっ………]

「………」

 

 暫く黙祷し、それから受話器を置いた。相手が連絡機を持っていなくても繋がるL社製の公衆電話は確かにその役割を果たしてローズという人に終わりを安らかにした。…部下にもローズって人が居るんだ……ややこしいね?

 

「2人とも、出ますよ。フィン君を見つけ出します」

「了解。任務を遂行しよう」

「了解した。着地でおぶられた分までしっかり働こう」

 

 背後で待機していた2人に指示を出して纏ってC社方面に向かっていく。K社のアンプルを使ったからなのかは不明だけど、サオリは何やら天使の輪っかみたいなのが現れていた。

 マリルの方はサルヴァドールが持っていた為無事で済んだ為にアンプルは使っておらず、変化は無い。

 …変化が激しいね?サルヴァドールはK社アンプルの副作用か何かだと誤魔化していたけど、多分完全にL社職員の要素だけになったらサルヴァドールを管理人じゃ無いと気づきそうだったし、何だか工房ミシェルと戦っていたアンジェラの復活方法が察せてくるのが不思議な感覚だった。

 

「なあ、サオリ。この仕事が終わったら何処に行くつもりなんだ?」

「護衛任務が終わったらか?…給料を貰ったらフィクサーになって稼ぐつもりだ。L社が折れた以上このE.G.Oも…返したくはあるが家族の事もある。貰っていくさ」

 

 後ろで会話しているのが聞こえた。雑談してるみたい。もう都市の殆どが崩壊しているのに未来を語るのは変に感じるけど、A社の巣は無事だって聞いたしそこに行けばまだ持つだろうね?

 

「確かアリウスだったか?契りを結んだって奴か。俺は技術解放連合に誘われてたし、そのツテを辿ってみる」

「そうか。…そうだな、全ては虚しいが、それでも頑張っていこう」

 

「………マリル?」

 

 

 そうして探して夜の11時頃、23時を過ぎてすっかり暗くなった夜。何やら変な人が後ろに立っていた。

 深く黒い中折れ帽を被り、未来を意味するFutureのルーン文字が彫られた銃を持ち、蒼いナイフを持ってこっちに近づいてきている。

 よく見ればL社の紫色の階で死んでいた人だ。…人なのに大罪やアンジェラと同じ感覚がするし、何と無く企業専属のフィクサーという印象が残った。

 …そういえば、サオリとマリルはどこにいったのだろうね?

 

 

Fixer

The colossal tower of light is called The Library.

It is natural for Fixers to be drawn to such a mystical place of life and death.

 

 

 隠れた夕暮が現れた。

 私が気づいていた為かサルヴァドールも気づき、心臓に向かうナイフを躱して腰に刺した2つの剣で斬り向かうけど、その時にはもう予め投げられていた鞄がそのフィクサーを飲み込んで何処かにテレポートしたみたいだった。

 

「…そこですか!」

 

 サルヴァドールが背後を斬る。キリリと電磁波が拡がる様な音と共に弾かれ、またもや落ちてくる鞄に飲まれて転移する…前にサルヴァドールが大剣に持ち替えて落下する鞄を斬りつけて遠くに弾く。飛ばされる鞄から蒼い触手が現れ、剣に突き刺した。

 カンカラリ。刃身が落ちる音、サルヴァドールが大剣の持ち手を手放した音。

 

 双剣で首とナイフの持ち手を狙‭─‬‭─‬蒼く光るナイフから粒子が漏れ、急加速した乱撃で首を斬りつけられる‭─‬‭─‬う前にサルヴァドールの身体に刃が届いた。

 一歩、傷つく身体を無視してサルヴァドールは更に踏み込んで確実に首を剣を押し当てた。茜色の剣が肉を焼きながら進む。

 蒼いナイフがサルヴァドールの首を横切る。ズレる視界、奥歯に挟んでたアンプルを砕く音。ズレた視界が戻る。マリルがサルヴァドールに抱かれていた為に無事で済み、浮いた分だ。

 

「身体を張った甲斐はあったな!」

 

 もう一つの剣を首の逆側に当て、更に焼く。鋏の様な構図。

 連続で使えないのか、急加速も強力な一撃も無く心臓に何度もナイフが突き立てられるが、長く生きてかなりの回数の肉体施術を受けた身体は力を緩める事はない。

 

 ナイフが光る。前の急加速から数えて20秒、血肉を喰らってエネルギーを補充したナイフがブレる。死の確信。

 

 取っ組み合いの間をすり抜けたナイフが私たちを真っ二つにしようとして‭─‬‭─‬軌道を変える。

 刃が脇腹を掠る。

 撃った方を見れば頭上の輪っかを破損させたサオリが這い這いで撃ち出していた。

 既に足は切られ、心臓が抉ぐれ口から血を流している状態でもなお管理人の為に最善を尽くそうとしている様だった。

 

「…今だ!」

「‭─‬‭─‬ゥォォン!」

 

 蒼い便利屋の腕に青い光を眼から溢す狼が噛み付く。噛みついた箇所から不自然なほど出血していく。

 いや、よく見れば幻想体に呑まれたマリルだ。既に首だけではあったけど、どうやら幻想体に全て明け渡して一矢を報おうとしたみたい。

 蒼い便利屋は無事な銃を持っている方でもう片方のマリルが噛み付く腕を撃ってちぎり、遠くに蹴り飛ばす。

 そしてサオリに3発眉間に撃ち込んでから、逃げているサルヴァドールの方に向けた。

 

「2人とも、良くやってくれました!」

 

 そう言ってサルヴァドールは蒼いナイフを回収して駆け出していた。

 鞄の方は触手が持っていかれるのに抵抗しそうだからやめたみたい。

 

 首を斬られ続けながら。もうちょっとで切れそうなのに、一切情動を動かさずに蒼い便利屋は順番に殺してしまった。

 それでサルヴァドールも詰みかけなのを悟ったみたい。

 ここで斬り殺せても撃ち殺されるし、手を離して逃げても今転移で奇襲されたら死ぬし…でも、2人のお陰で厄介なナイフでの奇襲は無くなったから、逃げた方がいいと判断したみたい。

 後ろから銃弾が襲うけど、その程度なら直ぐには死なない。出来る限り回避し、身を隠して走る。

 

 そうしている内にどうやら撒けたみたいで、サルヴァドールも適当な廃墟で壁を背にして座り込んだ。

 

「……はぁ…はぁ…ぐっ!」

 

 次元鞄から応急キットを取り出して銃弾を摘出する。5発分、当たった物を取り出して傷口を包帯で塞ぎ、さっきの戦闘で使ったアンプルよりは安価で効果は無いけど、幾つかの錠剤を呑み込み、何かを注射をして立ち上がった。

 

「申し訳ありません、ダンテ氏。…少々状況が良くありませんが、必ず届けて見せましょう」

 

[シ協会みたいになってるし、休んだ方が…]

 

「……ああ、何故でしょうか。何となく、意思が伝わる様な…兎に角、急がなければ」

 

 サルヴァドールは走り続ける。この広い都市の中で1人の人物を見つけるなんて、流石に難しいと思うけど…でも何故かは知らないけどここまで頑張ってるし、私もそれに応えたい。意思がなんとなく伝わる様になったみたいだし、何か手は無いだろうか?

 私が見つけた事といえば、列車の車輪が刻んだみたいな轍の痕がコンクリートに残っている事ぐらいだし、なんの役に立つのかって事しか見つけられてない。

 

 そう考え始めたけど、どうやら現実はそれを待ってはくれないみたい。

 ランプが灯り歯車が回って蒸気を吹く音。1号線の鏡屈折鉄道で聞いた事のある地響きと轟音。怪物達の宴は息を吹き返した様により大きくなっていき、突然静寂に満たされた。

 

「おっと…これは……列車?」

 

 倒壊していく建物を破り、見たことのある…というより、あの青い色合いは鏡屈折鉄道の1号線のそれだった。下をみるとさっきまであった轍の痕が無くなっている。

 

「時刻…巻き戻っ…いや!別件か!知識には…そうだ、確かミズ・モーゼスの!」

 

 サルヴァドールは時計を見て時刻を確認する。丁度針が8時半、つまりは20時半を指していた。…さっき確認した時は23時だったのに、何でだろうね?サルヴァドールは別件って言ってたし、少なくともこの列車とは関係ない事みたい。

 

「誰かが巻き戻しの幻想体か特異点でも使ったか!となると…この列車に乗ればいい!」

 

 そんな中でサルヴァドールは状況を理解したみたいで、列車の上に飛び乗った。

 同時に唸る様なサイレンと、虹色に染まった視界になる。辺りの窓が割れて吐き気が襲ってきた。

 

「おえ……失礼、取り乱しました」

 

 路線も無いのに走る列車の上でサルヴァドールは気分を落ち着かせた。列車はどんどん何処かに向けて走って行く中、サルヴァドールはもう大丈夫だとばかりに座り込んだ。

 

「まずサイレンと気分が悪くなるのはどこかで触れてはならないが押された為、この列車は多分、ダンテ氏が鏡の世界、ここで乗っていた場所…でしょうか?」

 

 サルヴァドールが状況の整理も兼ねて言う。うん、その辺りは私もわかる。この終末に耐え切れない誰かの前に魔法少女が言っていたボタンの幻想体が現れて押された。そんな所だろう。列車とこれは別々の事だ。

 

「この列車の方は…推測ですが、ダンテ氏から貰った情報から考えてミズ・モーゼスが少し考えていた列車の事でしょう。次の案内人はあの列車を…と考えていた記録がこちらに来ていますので」

 

 …そうだったっけ?…そうだった気がする。確かモーゼスの思考が流れ込んできた時に一言だけ言っていた様な…というか、よく思い出せたね?どれだけそっちに情報が行っているのか知らないけど、少なくともサルヴァドールはよく資料を読み込むタイプなのは理解できた。

 

「なのでまあ、この列車について行けばなる様になると思いまして…何よりあのまま闇雲に走るよりはマシでしょう」

 

 特に否定する事も無いし、その通りなので何も言わないことにした。この列車が何なのかは気になるけど、それは停まった時に解る事だろう。こんな時ファウストなら「それは着いた時に分かることです」と言うだろうしね?それを言うのは偽物の私では無いだろうけど。……死にたく無いなぁ。

 

 電車の上で揺られ進む。窓を覗いてみたけど中は確認出来なかったし、不思議と幻想体やあの便利屋やピエロや機械や芋虫の同類には合わなかった。

 夜中、風が強く当たるけど、命の危機の中走るよりはマシだろうね?

 

 

 それから一晩が経ち、日の出がそろそろ見えそうな時間帯になって電車が停まった。

 降車扉が開くけど、中からは誰も出て来ず、降りて目の前の車両を覗いても無人の車内があるだけだ。

 幾つか覗いてから車両を数えると6つ有って、これが仮に9回目や10回目に私が乗っていた物ならと先頭車両を見ると、そこにはメフィストフェレスの座席と装飾で、2つの死体が沢山の心臓を持って座らされていた。

 席順を考えると、イサンとファウストがいつも座っている席だ。他の座席にはそれぞれの囚人のトレードマークが描かれた鏡が置かれていて、そして私がいつも座っている所を見ると、そこにはよく見慣れたひび割れた手鏡が置かれていた。

 

[…ん?]

 

 本来新品で有るべきの物、ここが過去であるなら、それはイサンが隠し持っている筈で…いや、そもそもあの手鏡は「こっち」にしか無くて、『あっち』の私は持っていない物である筈だ。少なくと私は不意の出来事の1回目の『あっち』以降は自室の棚に保管していた筈だし、そもそもとしてここにある事が可笑しな事だった。

 

[時間に影響されないのかな…でも襲撃の時は持っていなかったし…やっぱりここにあるのは可笑しいな…]

 

 ……私はあの鏡を割って此処に来た筈だ。だけどあそこにある。…そういえば、幾つもある疑問の一つにこんなのがあったっけ。

 

 『あっち』の囚人が襲撃をするなら、私が『あっち』に来ている時にする方が合理的な筈なのに、何で「こっち」にいる時に仕掛けたのか?

 

 …幾つも疑問を抱えながらこの旅を見ていたけれど、どうにも此処にいると私自身すら疑ってしまう。…今の私は偽物だけど、一体いつから私は偽物だったんだろうと。

 

 ……やっぱり『考えてもしょうがない』から、他の事に気を回す事にした。……何処かに違和感を感じるけど、気にしないほうがいいのかな?

 

[あの何処かを走る鏡の世界のバス、列車だったんだ…]

 

「鏡屈折鉄道…でしたか。成程、囚人達の立場が特別扱いされている訳だ。座れば絶対に安全で、もしかすれば元の世界に帰れるかも知れないと…そういう幻想が有ったんでしょう」

 

 サルヴァドールは辺りを見渡すと、1人倒れているのを見つけた。近寄ってみれば茶髪の少年で、フィクサー証明書を抜き取って見ればフィンその人だと分かった。

 

「顔は潰れてましたがこの子がフィン君です。次の案内人ですが…」

 

 列車を見る。恐らく、フィンは私の案内人に任せられなければあの列車に乗る事になったんだろうね。死体…よく見ればまだ生きてるけど、動けない中どうやって乗るのか考えれば、きっと誰かが乗せているって答えになるんだろう。

 

 つまり何が言いたいかと言えば、さっきまで2人の死体しか無かった車両からドンキホーテが出てきた。

 だけど、顔は黒く乾いた血で塗りつぶされているし騎士みたいな、ラ・サングレ・デ・サンチョのE.G.Oが暴走しているみたいな…侵食されている様に肉に鎧が食い込んでいる。…違う、恐らく、鎧に肉が離すまいと取り込んでいる…と言う方が正しい在り方だと感じた。

 無理に肉を増やして取り込んでいるからか、鎧の隙間から血を垂らしながら進み、私達に…フィンに近づいているから、案内人にするなら先に手を出した方がいいだろうね。

 

「…さて、ここでお別れですね。一時はどうなるかと思いましたが、何とかなって良かった」

 

 サルヴァドールが私を引き抜き、フィンの額に刺した。ここでお別れみたい。フィンの心臓から鍵を取り出して回す。扉が開いて何処かの巣が広がっていた。

 

관리인, 왜 방해하는 거야(管理人、何故邪魔をするのでありますか?)?』

 

「さあ、行って下さい!」

 

 サルヴァドールがフィンを抱えて投げる。扉の向こうで転がる。それを見たドンキホーテはランスを構えてこっちに走って来るけど、サルヴァドールは蒼いナイフを持って身を挺してドンキホーテの突進を受け止めた。

 ドンキホーテは槍をくるりと揺らし廻してサルヴァドールに突き刺し持ち上げ、また突撃して来る。

 

카지조나리-! ! !(カンリジャナリィー!!!!!!)

 

 …取り敢えず、見た目はアレだけど中身は同じみたいで安心した。…いや、管理人と気づいてるのは何故だろうね?

 そう思いながら、気が抜けながら扉が閉まっていき、槍で閉じるのを阻止された。

 

[え?]

 

어디로 가는거야?(どこに行くのでありますかぁ?)

 

 槍に貫かれたサルヴァドールが心臓を残して槍に収められる。…もしかしなくてもまずい状況だね?

 だけど扉の閉じる力には負ける様で、手を伸ばして来るけど段々閉まって行く。良かった、大丈夫そうだ。

 

누오오…! (ぬおお…!)마침내 만날 수 있었지만 아무것도(折角会えたのに何も)할 수없는 것은 싫습니다!(出来ないのは嫌であります!)

 

[さっきから喋ってるの何語なの?]

 

 余裕ができたら気になってきた事を聞いてみた。…答えられてもわからない事に言った後で気づいた。

 ドンキホーテは閉まるのを止められないと判断したのか、今度は何やらリンバスカンパニーで支給される端末を投げてきた。…何でドンキホーテが持っているのかは…尋ねてもわからないか。

 

수령 관리인!(受け取れ管理人殿!)내가 숨겨둔 PDA입니다!(私が隠しておいたPDAでござる!)

 

[ええと…ありがとう?]

 

 ドンキホーテはそう言って何やら満足気に引っ掛けていた槍を抜いた。扉が閉まり、遠くから賑やかな人々の声が聞こえるだけになった。

 …なんだったんだろうね?

 

 


 

 

「ううん…長い夢を見てた気がする…」

 

[あ、起きた]

 

 さっきのドンキホーテの衝撃が抜けずについ声をかけた。おっと意味が

 

「え?誰ですか?」

 

 ある…!聞こえてる…!遂に会話できる様になったみたいだ。正直何をきっかけに変わっているのか検討がついてないけど漸く出来て感動する。

 

[ああ、突然ごめんね。私はダンテ。君の頭に刺さっている硝子片の中に居る者だよ]

 

「え?うわ!何か刺さって…ええと、ああ、成程。僕がやらなくちゃいけないんですね。分かりました。やってみせましょう!」

 

[うーん、話が早いけどその使命感はなんの影響で湧いて来るの?]

 

 漸く…!流されるまま進んで来たけど漸く理解できそうだ。

 

「…うーん。何というか、恩人に対する礼と言いますか…本来の姿に成れた恩返し?…あ!絶対に成功させたい依頼を受けた時に近いですね!病院に行くまでの護衛とか、殺人組織の情報収集とか!」

 

[……その気にさせる何かって事かな?]

 

 どうやら本人の価値観で最も大事な事として優先するべき位置に置かれるみたい。頭に刺さっているからそれが何かしていそうだ。

 

[それで、次の渡す相手って分かったり?]

 

「次の案内人ですか?ええと…有りました!次の人は‭─‬‭─‬‭─‬

 

 

 そこでフィンは視線を少し彷徨わせて、動揺した。どうやら知り合いの様だ。

 意を決してフィンはその人を言う。

 

 

「─‬‭─‬‭─‬ローランさんです」

 

 

[…アンジェラがちょくちょく呟いてた人だね]

 

 名前だけなら知ってるけど、これまで通りそれ以外は知らない。むしろ名前とアンジェラと関わりのある人とだけ知ってる分マシだった。

 

「はい、その人に渡せば僕もお役御免ですね。…すみません。9級フィクサーなんてほぼネズミみたいなもので…」

 

[…えーと、自分を卑下しなくてもいいんじゃない?少なくとも、何も出来ない私よりもすごいんだからさ]

 

「…はは、気を使わせてしまいましたね…それよりも!これって何ですかね?」

 

 どうやらローランという人に何か思う事があって、その人と自分を比べたみたいだった。上は見上げてもキリが無いから気にしてもしょうがないんだけどね。

 フィンは近くに転がっていた端末を持ち、あちこち触り始めた。

 見慣れた端末には4つの囚人先があり、他は欠けてたりボロボロに崩れてたらしている。本来有るべき囚人のマークは全てユン事務所のマークに置き換わっていた。

 …フィンの知識かな?何と無く私の知らない事が頭の中に増えていた。どうやら私の方もまだ感覚的だけど知識の引き出しとやらができる様になったみたい。

 

「これ、記録にはドンキホーテさんが置いていった物みたいですけど、何が出来るんですか?」

 

[ああ、これはリンバスカンパニーで支給された端末でね。囚人の人格を変えたり簡単に経歴を見たり、指揮や情報収集に使えるんだ]

 

 特に敵のHPと混乱区域を見る機能が一番よく使っているものだ。後抽出とパス。確かG.O可視化とかダメージ規格化って機能だっけ。ファウストは「L社より詳細な情報解析を可能としているLimbus Company独自の技術ですね。特に罪悪耐性はかつて‭─‬‭─‬」って言ってたから有れば何かと便利なのは保証できる。

 

「成程…このボタンを押せば変わ…うぇ?」

 

[カチッ…ボーン]

 

 久々の囚人と繋がる感覚。フィンが何気なく端末に挿さっている牌を押すと、あっと言う間に姿が変わってしまった。白い髪に女子学生服…見た目とか性別やらは変わる人格先優先の様だ。そこは私の知っている物とは違うみたい。

 …そう言えばフィンは今は案内人だけどドンキホーテと同じ3番目の囚人になる筈だったね。つまり使える様だ。人格のあれこれを、私の蘇生有りで。

 …少なくとも簡単に死ぬことは無くなったね?

 

「はわーー!!?何ですかこれは!学生になってます!…いえ!私は学生でしたね!ともあれ、自警団のフィンにお任せ下さい!」

 

[ええと、じゃあその端末のそこを順番に押して…]

 

 人格は知らないのばかりの様だけど、レベルも見たら14とか21とかだけど…うん、指示とか出来るし、何とかなるだろう。

 

 

 そうしてできる事を把握した後、ローランを探す事にした。建物の裏側から出て大通りに出る。

 そこは都市とは思えない程澄んだ空気と明るい日の光で照らされた洋風の街並みがあった。ツヴァイ協会の人格の背景と言えば伝わるだろうか。そんな感じのレンガの街だ。

 不思議な点を挙げるとすれば、そこには女性ばかりで男性の影すらない事だろう。義体や二足歩行の犬とかはいるけど…それも女性ばかりなのは珍妙だ。全員が輪っかを頭上に浮かべていて、よく見れば学生がそれらから隠れるように潜んでいた。

 

[それで…ここの事は分かる?]

 

「知りません!けど知ってます!ここは都市の巣の一つ、L社の巣、その一区の中にある街の一つですね!区画名をキヴォトス、街の名前がトリニティです!元々は裏路地の一部に過ぎませんでしたが、この前の拡張で巣になりました!」

 

[へえ、煙戦争が起きた土地とは思えない程綺麗だ]

 

 モーゼスとの旅の時より良くなってるし、サルヴァドールの時より人に溢れている。アルガリアの……比べるのが間違ってるか。自滅と戦争と終末は比べる基準には不適切だった。

 そうして周りからジロジロと幽霊を見た様な顔で見られながら歩いていると、商人だろうか。イサンが好みそうな装いの人が座敷に置いていた商品を持って声をかけてくる。

 

「嬢ちゃん、今が旬の人魚の蟲があるんだが、買ってくかい?そのままでもとっても甘いぞ?」

 

「すみません、有り難いですがパトロール中なので!失礼します!」

 

 そう言ってファンは少し離れてから断った訳を呟く。

 

「…ここは元々富裕層の区画でして、今こそ孤児の街なのですが…かつての名残で物が高くて貧乏な私には遠い世界なんです!…だった筈!」

 

[9級フィクサーだもんね…]

 

 何処にでもいそうな黒い仮面の人の誘いを断り、街に駆り出した。

 商店街によると、人格の見た目が良いからかよく声をかけられるけど、フィンは遠慮して離れてからそう言った。…この時もやっぱりというか、立ち去る姿をじっと見られていた。

 …不穏だけど、ここまで会話の成り立つ人が少なかったから、こうして営みをしている姿は懐かしく感じる。

 

「じゃ、聖印(ヘイロー)を5個集めたら集合な。隠すなよー」

「おーおー、わーってるって。そう欲張らんよ」

 

「あ!印児工房です!そうそう、今回の周回だと聖印(ヘイロー)を狩る依頼を受けた殺人組織がよくここに来てたんですよね。前の私も狩られてフィンに10万眼で買われたんですよー!細切れは痛かった…」

 

[…もしかしてフィン以外の自我も残ってたりしてる?]

 

 姿が変わってたからもしかしてとは思ってたけど、結構しっかり残ってたりするのだろうか。

 

「半々ですね!私は「フィン」ですけど「何とか」でもあります!名前は失くしました!確か狩った聖印(ヘイロー)を特殊な技術で実体化させて、細切りにされてそれぞれ肉体の一部と混ぜ合わせたのを…すみません!気分が悪くなる話なので辞めますね!」

 

[うん、名前が別の君に渡った事は察したから、話したく無いならそれでいいよ]

 

「ありがとうございます!文字通り心も体もバラバラになる話ですから!因みに私は心臓の右側ですね!…では腕試しがてら斃しましょう!僕も殺すのには賛成です!」

 

 どうやらこの端末にあるフィン以外の3つの人格はどうやらフィンがこれまでで集めたものの様だった。

 …襲う前に聞きたい事を思いついたので聞いてみる。

 

[…ちょっと気になったんだけどそういうのが居てよくこの街は無事だね?]

 

「無事では無いですね!でなきゃ私は自警団やってませんし、獣人やらロボやらの密猟者が我が物顔でこの街で暮らしてません!印児工房は正式な狩人のフリをした密猟者の親ですね!あの人達を倒せば当面は襲撃は有りませんでした!」

[あの人達悪い人達だったんだ…]

 

 よく平然と会話できたね?

 

「街の体裁が成り立ってるのだって何処からか聖印(ヘイロー)のある孤児が都合よく絶えず来るからで…知ってます?聖印(ヘイロー)って着けたらその人の記憶が他の人から忘れられるんですよ。お蔭でユンさんにもエリーさんにも殺されかけて…はい」

 

 着けたら周囲から忘れ去られる情報はフィンの方だろうね。…嫌な事を思いついた。

 

[…子供に防犯用に販売して着けたら親や友人から忘れられて追い出されて孤児になり、それを狩ってまた商品に出来るって事?]

 

「概ねそんな感じです!そこに孤児に優しい街というあらぬ噂を混ぜれば……敢えてもう一度言いますね!此処は元々富裕層の街で、今は孤児の街で、私は自警団だと!…それももう古い情報になったみたいですが!」

 

 フィン…どっちかと言えば「何とか」ちゃんの方かな?…は相変わらず元気に答えた。多分分割されて感情が欠けた…別けられたのだろうね?

 

[碌でも無い合理だ]

 

 そんな訳で殺人集団を見つけたので腕試しにと〖トリニティ自警団〗の人格を試してみる事になった。何せずっと見ているだけだった私も久々に指揮を執るから緊張する。丁寧にいこう。

 

[数は8人、貫通脆弱、攻撃Lv.17、威力-1の不利だから正面から行かない事。4人2チームに別れ始めたから弱い方から。こっちは体力が多くて混乱しないパッシブがあるから損傷無視でより致命的な所に撃つことに集中して、1waveに弾数は8つしか無いから基本大技で仕留めていこう]

 

 条件無しの常時パッシブ、鏡の世界の『あっち』から貰った人格では当たり前にあったもので、この人格には2つ。条件付きが1つ。

 人工聖印(ヌド・ヘイロー)、混乱区域を無くし全耐性を-0.2する。

 蛹弾倉、waveの開始時に弾丸を最大まで装填する。

 色欲を二つ共鳴して勝利宣布、出血と同じ挙動をする5-5の回復状態の獲得。

 これなら、防御を駆使すれば何とかなる。

 

「はい!了解です!では!恐れる事なく、前へ!」

 

 4人の前に出て銃を構えた。

 

「…あー、ハズ…なんでいるんだ?この品種の種蒔きはまだの筈なんだが…」

「いや、生き返ったんじゃ無いか?ヌドから生えて来る例はあるしな。…て事はあの個体か?高級品に仕上がった奴。…何人が犠牲に…無理か、全滅だな」

「金払い良かったんだけどなぁ。アレ相手かよ。逃げらんねぇ奴だし…」

「………あー、「白い盾」か。2グループ目からの特異個体、素体が良かったあれ」

「特色っぽい渾名だよな。1人だけでお仲間守る為だとか言ってあの日俺らを…エル…ファニー…マルシェ…76人か?倍の数だけ骨折ったのに」

 

 生憎サポートしてくれる囚人はいないから本人の実力勝負だ。

 逃げようとしていたので逃げれなくしよう。

 

「挑戦状です!」

 

「ぐっ!」「が…」

「「挑発」技術!衰えてるとかは無しか!囲め!同じ方向に2人以上立つな!」

 

 広がろうとしてる前にいる3人にそれぞれ銃弾を1発、2人混乱し、狼狽えた。もう2人鉈を振りかぶりフィンの頭部に一つと横腹に一つ。横からのは片腕で掴んで相殺、頭部は敢えて逸らすだけにして肩に留める。

 銃を片手に持ち私が照準を補正して混乱した2人に追撃に2発、血が舞って戦況は有利に、相手は動揺しフィンは戦意を高め続けて弾丸を撃つ手を強める。

 

[急所を狙おうか]

 

 鉈を掴んでいる方の顎に銃口を当て、零距離の発射。赤い花が咲いた。

 

「人工!回帰!「白い盾」!聞こえたら逃げて報告!」

 

 無事な1人が叫びながら逃げ出す。

 奪った鉈を刃先から持ち手にくるりと回して持ち直して、逃げる足元に投げ、いい感じに止めた。

 まだ鉈を掴んだ片手が痛むのでもう片手で照準を、私が調整して背中を撃つ。脊髄の柔い所を貫いて心臓に当たり、1発で済んだ。

 

「勝利の〜宣布!」

 

 恐らくはセンク協会に憧れのある人格なのだろうね?決闘に勝利したフィンはそのままポーズを決めて、聖印(ヘイロー)から注がれた光が傷をゆっくりと癒し始める。

 条件もそうだけど…便利な特異点だね?狩り立てる人が出る訳だ。HPを見たら耐性の補正が罪悪の方にも適用されてるっぽいから実質常時忍耐4つある様な特異点なんて誰でも欲しいだろう。まあ狩人達に聖印(ヘイロー)が無い時点で人を選ぶタイプの物の様だけどね?

 

装填(リロード)します!」

 

 回復で漏れ出た光が雫の形になって固まる。装填を完了させて次の4人へ、興奮しより活発に動くフィンによる景気のいい6発の射撃、その後は銃身で殴りつけ、通信機を繋ごうとしていた相手の行動を許さずに終わらせた。

 

「次行きますよ!次!」

 

[これで終わりだよ。お疲れ様]

 

 うん、一先ずいつも通りの戦いは出来そうだ。指示も問題無かったし、行動の誘導も出来ている。相変わらず囚人に言わなくてもして欲しい行動が伝わるのはいつもお世話になりっぱなしだ。頭に直接繋がってるからか細かい身体の位置調整も出来るし、狙いをつけ易くもできる。1人だけに対するサポートとしては上等だろう。

 

「…では、弔いましょうか!」

 

[敵なのに、弔うんだね]

 

「まあ、そうですね!悪い人達でしたけど、やるべき事はやらなくちゃ、なので!」

 

 次の場所に行くついでに印児工房の雇われを、何と次元鞄だった鞄に入れて進んで行くと、どんどん街並みが古くなり、貧しい物になっていく。裏路地に着いたのでそこら辺の角に死体を置いた後、フィンは人格を変えて今度はバットを持って甲羅のバックを背負った姿になった。…何だろう、頭が痛い。ヴェルギリウスがドクターと…考えない考えない。

 

「ここはテラっていうの!ぼくの住んでいたところでね!源石(オリジニウム)っていうこう石で作ったぶきが売り?なんだって!…あ、お薬もあるんだった!」

 

[武器…そうだ。人格の武器が変わっても、それってそのまま維持されるの?]

 

「んー?僕がバットから剣にかえたらそのままだよ?バットと剣のにとーりゅーはむりだけどね!」

 

[ちょっとの変化なら変われるんだね]

 

 人格が武器を買う意味はあるみたいだ。試しに心臓を食べずに変われるのか気になるし、攻撃の打撃を貫通に変えたり出来たら便利かも知れない。

 

「このすがたならバックの方がだいじたからね!そっちはかえられないよ!かえたら欠けた人格になっちゃう!」

 

 どうやら人格に特に関わる部分は変えられない様だ。試しにそこら辺の身体に石が生えている人を殺そうとしている現場に乱入して武器を奪って二刀流に変えてみると、〖ロドス 4級重盾衛士〗から〖ロドス 前衛〗に変わって弱くなった。成程、確かにこれは変えない方が安牌だろう。心臓を食べるほうがよっぽど手軽でマシな方法だ。

 

「くそ、ロドス所属なのになんで邪魔をするんだ!」

 

「それでもやっちゃいけないことはあるんだぞー!」

 

 相手はフィクサーでも殺人組織でも無い一般の人だったので二刀流をバックに戻して防御しつつ余った手数で無力化した後、助けた人からロドスの化け物と呼ばれて石を投げられたのでその場を立ち去る事にした。

 

[そう言えば人を殺しても経験値は入らないんだね]

 

「ふつうそうだよ?むしろ幻想体のほうがへんなんの!」

 

[幻想体で経験値稼げるのもこっちとは逆になっていたんだね]

 

 「こっち」では普通のゴロツキを倒せば経験が積めたから、これも逆になっている。『あっち』のバス…実は電車だった…で周回をしていたからその辺は知っていたけど、殺人でも稼げたら便利なのになと溜息を吐いた。…倫理観を失いかけてたから気を取り直した。長い事この暗い鏡の中で過ごすと感覚が麻痺していっていけない。

 なら、幾らか上がっているこのレベルは一体なんだろうか。幻想体を倒す事でしか上がらないならフィン本人の人格の〖ユン事務所 フィクサー〗の1は兎も角〖トリニティ自警団 チーフ〗の14や〖ロドス 4級重盾衛士〗の21や〖ねじれ 暴食の宝石 フォスフォフィライト〗の36なんて相当数の幻想体を斃さないと無理な領域だ。

 

「そこの別嬪さん。源石蟲は要らないか?食ってよし、飼ってよしだ。幼体だから今ならまけるよ」

「んー…今はおなかへってないから大丈夫!」

「そうかい。そりゃ残念」

 

 歩いて行く途中、何処にでもいそうな黒い仮面の人からの誘いを断って進む。あの仮面って流行になっているのかな?息しずらそうだと思う。

 

「てんちょー!いるー?」

「いらっしゃい嬢ちゃん。初顔だね」

「安いぶきをくーださーいな!」

「はいよ。そっちの棚をみるといい」

「てんちょーありがとー!」

 

 それから、例の源石武器を売っている店を見つけたので寄っていく事にした。

 

「やり、けん、こんぼう、たんけん…でいいよね?」

 

[うん、その4つをお願い]

 

 比較的使いやすい物を選んで買う。どれも新人の習作で源石を普通の武器に取ってつけただけの物だ。その上ずっと買われていなかったのか40%引きでお買い得となっている。

 

「まいど、…贈る用か。ちっと調整するからまっててな」

「はーい!」

 

 店の奥に店長が引っ込んでいく。…少しの間暇になったのでこの子と会話して暇を潰すとしよう。

 

[君が所属しているロドスってどんな組織なの?]

 

 取り敢えずシ協会や剣契に聞いたみたいに取り敢えず組織について聞いてみた。もしかしたら元の世界にもいるかもだし、聞いておいて損は無いだろう。

 

「!…ロドスはねー、ぼくみたいに源石のびょーきのひとをたすけるためのそしき…だったんだー」

 

[今は違うの?]

 

「うん。ぼくはあたまに源石があるからなんでも忘れちゃうけど、源石って体にあるとまほうが使えるようになって…べんりだからなおすなー!って言うひとたちにけされちゃったの!」

 

 深く思い出しているお陰か、それとも囚人判定だからか、その時の風景が見えた。鉱石病(オリパシー)によって迫害された人々、裏路地がN社の版図に入った影響で人でなしと殺される人々、鉱石病(オリパシー)は病のせいだからと例外にされる光景、立場の反転、優性の証と代わり治そうとする人々が悪魔だと追われ、十字架に磔にされていた。

 

 そしてそれに涙を流すK社の特異点と、それらの全貌を見て涙を流すK社の特異点で鉱石病(オリパシー)を治したロドス所属の人達。その時にそっと渡されたのは源石の欠片で…

 

 …大体分かったね?

 

[…自分から頭に刺した?]

 

「うん!…早く忘れたいし、僕達のやって来た事は無意味だったからさ。だから、何もかも無かった事にしたいんだ」

 

 そういう事らしい。つまりは、ドンランと似た様な、全てを忘れて無かった事にする道。

 自分が頑張るより自分が悲劇の役者になって涙を一滴でも多く流させる道を選んだみたい。実際、いつでも治せるなら便利な病に違いないと思う。

 

「調整できたぞ」

「ありがとー!」

「…はい、丁度だな。それじゃ、あんたロドスの奴みたいだし、殺して金にしようか」

 

[…戦闘用意]

「一歩も引かないよ!」

 

 大罪は兎も角斬撃や貫通や打撃への付け替えに使えそうだったからフィン本来の人格の強化として買った武器と、丁度どんな武器も持っていける様になったので一番いい武器を貰えるだけ貰った。

 

[次元鞄って本当に便利だね]

「私これでも元は富裕層の娘だったので!持ってる物は全部いい物ですよ!お陰で何度も命を助けられました!」

 

 今度ホンルに会えたら雑談の種に丁度いいかも知れない。…私は偽物だから無理か。

 幻想体を倒すには全然足りないが、無いよりマシだし、源石武器は空に至れりみたいな蓄積タイプの武器の様だ。フィンは回避持ちだし場合によってはこれで殺せる。何なら他の人格に持たせてもいい。概ねいい買い物だったと思う。

 

「のこり8163眼…あんないがすぐに終わるならいいけど1ヶ月しかこえられないよ〜!」

[本来生活費の分まで使う予定だったから…まだマシだよ]

「9級フィクサーとして多いほうなんですよこれでも…それでもだよ〜!」

 

 そう言えば、この世界の眼は私がいた元の世界とは違って、何とも変な見た目をしていたりする。

 普通なら硬貨だったり紙幣だったりするんだけど、この世界の眼は紐を幾つか纏めて結んだ物だ。それが硬貨だったり、紙幣の様に形を整えられていたりする。何か深い事情でもあったのだろうね?

 

 歩けば人の形をした宝石がある場所に出た。地面に草木が生えていて、草原と宝石の像は何とも歪に感じる。

 

「おー、あたまの源石がほうせきになったー!」

 

[…どうせこの宝石も碌でも無い物だろうな]

 

 宝石の像は人の骨が肥大化して宝石になったと言ったほうが正確な造形で、それぞれの足元にはピンク色のなめくじが草を食べて繁殖していた。

 

 フィンの人格を宝石に成りかけていた亀の少女から変えて溶けた金を纏った緑色の人型にする。これでフィン含めて4人分の人格と交流が済むし、今後の指揮も円滑に進みそうだ。有る程度は最初から従ってくれるけど、集中戦闘では私の人格に対する理解が必要だから早めに済んでよかった。

 

「ここは宝石の街。人の骨が文字通り宝石になる場所。肉はなめくじになって、心は欠けてるからE.G.O.I.S.Tでも無ければなめくじの貝殻にしかならないんです。」

 

 フィンは予め外して持ち歩いていた「何とか」ちゃんの次元鞄から8つの死体を取り出して放り捨てる。死体は色とりどりの宝石に変わっていった。

 

[…こんな所もあるんだね]

 

 周辺に草が無くなった場所を見るとなめくじ同士で共食いをしていた。そうして一匹になると宝石すら食べ始めて、貝殻が背中に造られて、バランスが崩れて倒れきた宝石の下敷きになって死んだ。

 そうして倒れる宝石の像が遠目にも幾つもあり、その像となめくじの死体から木が生えて宝石を実らせていた。つまり何本もある木がこれらの末路なのだろうね?

 

「そうですね。何かのねじれか特異点の研究の失敗だと思います。誰がやったのかは知りませんが、そのせいなのかずっと留まれば段々宝石に変わるんです」

 

 フィンの身体が変わってないか心配になるけど、どうやらこの人格は元から宝石の身体みたい。どうやら場所によっては特定の人格しか行けない場所もある様だった。

 フィンは暫く何か思い馳せる様にこの草原を見つめてから、

 

「…やっぱり何も思い出せませんね」

[此処での思い出とか?]

「はい、宝石繋がりなので何かあるかなって…」

[うーん。…亀の子みたいな映像とかは見れないね]

「…やっぱりそうですよね」

 

 精々他の宝石の人型を殺しまわっている景色くらいだね?

 フィンも何だか原型がない程バラバラだし、本人のものじゃ無いかも知れないから言わないでおこう。…言ってもしょうが無さそうだしね?

 

 そうやってこの場を立ち去ろうとして、

 

「なあ、僕。蟲はいるかい?(ぎょく)って言ってな、7度噛んでから呑めば翡翠、瑪瑙、水晶みたいな硬い身体に成れるんだ。今のあんたにはピッタリだと思うんだが…どうだ?」

 

 そこにまた黒い仮面を被った商人に声をかけられた。何処にでも居そうな雰囲気だったけど、流石に居るだけで宝石になってしまう様な場所に居るのは不自然だったし、寧ろ、ここまで話しかけられて漸く同じ人に話しかけられ続けていたと気づいた。

 

「…だ[この人に会ったのは3回目だね]……さっきから、何でそんなに買わせたいんですか?」

 

 私の言葉に合わせて挙句に言う事を変える。少しでも侮られないようにしたいみたい。

 

「いや何、珍しかったからさ。あんたの頭に刺さってるそれ、俺たちよりもっと古い蟲だろ?買わすついでに見聞できりゃあなと思った次第だ」

 

「…そもそも、さっきから言ってる蟲って何ですか。これを蟲呼ばわりって…外郭からでもやってきました?」

 

 フィンは怪訝な顔で黒い髪に黒いスーツ、黒い仮面の上に着物を着て箪笥を背負った男に異を示した。多分、彼の言っている蟲は人格の事なんだろうけど…鏡の技術はリンバスカンパニー特有のものの筈だから、本来なら私を気にする事も出来ない筈、何せ人格は自身の価値観でしか物事を見れず、私を刺されて始めて広く認識を持てる物だからだ。

 

「…そうさな、蟲って言うのは…例えば片手の親指を植物、小指を魚として、人は中指の先端だ。で、生き物は古い物ほど小さくなり、手首は黴や微生物、蟲ってのは…」

 

 そう言って手首を指した指を前腕部、肘、二の腕、肩と遡っていき、身体の中心、心臓を指差した。

 

「ここだ」

 

 どうやら人格の方ではなく、「記録」の方を蟲と認識しているみたい。そういえば人格は「記録」にとっての肉体で、本質はこっち何だっけ。星の涙で巻き戻った「記録」が心臓の幻想体の力で人格を得たって工程だった筈だ。

 彼は心臓から私、硝子片に指をさして続けて言う。

 

「色んな蟲が居るが、つまりは俺らって事だ。蟲になるなんて経験、半身まで浸かった事はあれど河を超えたとこは初…話が逸れたな。それでそいつは俺らの中でも特に古い。心臓の中のそのまた奥、何とかって肉の腑も纏ってないありのままの蟲だ。だから物珍しいから見たいって訳さ」

 

「事情は分かりました。ですけど、貴方の事は知りませんし、人と話すならこの仮面を取る事からやってみては?ここで無事に雑談に興じる事のできる人なんて、それこそ異常な程自我の強い狂人でも無ければあり得ませんし」

 

 彼はポリポリと首後ろを掻いて暫く悩んでから言った。

 

「あー、なら自己紹介か。…誰にも言うんじゃねえぞ?これでも相当面倒な立場何だ。……俺は蟲師、蟲を識り、人の世を渡る薬師みたいなもんさ。普段は旅をしてて、ここ(鏡のここ)に来る前はアンタらよりずっと昔を生きていただけの世捨て人さ」

 

「…僕はフィン、ユン事務所の9級フィクサーです。今は人探しの依頼を受けています」

 

「どうもよろしく」

 

 蟲師はそう言って手を差し出し、フィンもそれに応じて握手した。相手は名前を言っていないけど、相当面倒な立場らしいから、名前を言うと私達が何かしらに巻き込まれるのかも知れないね?

 

「…今は蟲師と呼ばせて貰います。ですけど、これを見せるのは貴方の名前を教えて貰ってからです。僕にとって一番大事なものですから、それくらいは対等じゃないと」

 

 別に見せるのは構わないみたい。ただ名前を言わないのが引っかかったから渋ってる様だ。

 

「なら、お互い信用を得るために暫く一緒に居るとしよう。なに、信用出来ないならまた一人旅と洒落込むだけだし、気楽に行こうや」

 

 ここで一つ試したい事がある。この周回でフィンと会話は出来たけど、それとは別に他の人と話せるのかという検証だ。ここまで段階を踏んで聞こえる様になってたし、直接話しかける感覚でやればどうにか聞こえないだろうか。

 取り敢えず時計の針を鳴らしてみた。

 

[………カチ…コチ]

 

「なんか鳴ったか?」

 

「気のせいでは?」

 

 蟲師は疑問を持ち、フィンは心当たりが無さそうだった。

 いけるみたい。もし何か用があれば話しかけてもいいかも知れない。代わりにフィンには聞こえて無さそうだけどね?

 

 

 さて、2人はそうして旅を一緒にする事になった。片やローランっていう人を探しに、片や気ままに旅する為に、どっちにしてもあちこち行かなきゃいけないから都市巡りをする事になった。人格の切り替えは都合が良い事に一番強い人格で出会えたからある程度性格が解るまでは宝石のままでいくみたい。

 

「音楽の区ですね、ピアニストに影響された人達が住む裏路地です。あの人はピアニストの討伐に参加していたみたいですし、その縁で此処にいるかもしれません」

 

「肉に骨に筋、加えて感情も載せた演奏か。騒々しいと蟲にとってストレスになりやすいが、この環境なら音に関する蟲で育ちやすい奴がいる。…採取できたら御の字だな」

 

 と言っても巡るのはローランっていう人に関係する場所だ。人格はどれだけ無軌道な変化をしても何かしら本人と似たものが選ばれやすい。なので手始めにそこから行くみたいだ。

 

 何処からか現れては私たちを襲う住民達を撃退し、巡っていく。

 

「よ、ほ、と。僕達を楽器にするつもりだからか動きに無駄がありますね。お陰で殺しやすい」

 

「何も殺す必要は無いと思うが…先に襲ったのはあちらさんで放っておけば他の人を殺すとなると合理的ではあるな。…心情的に嫌だが」

 

 蟲師は手を合わせてせめての救いを祈った。此処での死は軽いことだけど、それでもこの周回では戻らないし、9周目や10周目が少人数なのを考えれば次の周回にいけないなんて事もある以上、間違った行動とは言えないね?…いや、次がある事を祈る事に間違いなんてある訳なかった。…気をしっかり持たなければ。

 

「それは僕もですよ。…ですけど、殺し合いを仕掛けたのはあっちですし、ピアニストの音色に魅了された人の中にも真っ当な楽器や演奏をする人だっています。それを安易な模倣で再現しようとするのが間違いです」

 

「……ま、人によるよな。超える事を目指す人もいれば同じものを目指す人もいる。中には同じ事を起こさない事を目指す奴もいるしな。これはこれで、それはそれだろう。何にせよ死んだからには皆仏だ」

 

 フィンははっと気づいた様に蟲師を見た後、首を振って気のせいだと判断したみたい。

 

「…そうですね。言ってもしょうがないですけど、祈るくらいはやってもいいかも知れません」

 

 フィンも暫く手を合わせ、それから音楽の区を後にした。フィン曰く「ローランさんなら何処であれ優秀で有名でしょうし、パッと見て聞いて居なければそれはもういないでしょうから」との事だ。

 ローランっていう人は相当すごい人らしいね?

 

 次に訪れたのは食の区だ。何でもミートパイが好きらしいからその縁で探るみたい。

 音楽の区はネオンが煌めいて何処でも何かしらの音が奏でられていたけれど、此処は何処に居ても血生臭い匂いと血の引き摺る跡があちこちにある。

 心臓を食べた時の血の痕跡とはまた違うから、どうやら調理場に連れて行っているみたい。

 

「食に拘る区ですね。…元々のここはこんなに人肉食が流行って居なかったんですけど、心臓食がとても流行っているみたいで、今や何処を見ても人肉料理店ばっかりです」

 

「唐揚げ専門、心臓チャーシュートッピングラーメン、肉入れパスタ、おー…肉寿司…馬刺しなら俺も食べた事はあるが…すげぇ、しゃぶしゃぶの食べ放題に丸ごとがある…」

 

 どうにも心臓を食べると人格を得られる特性は認識出来なくてもかなりの影響を与えたみたい。もうここまできたらいっそ感心の方が上回る様で、2人して驚きながら見て回っていた。

 

「しかし何ですね、匂いも食欲をそそられますし、何故だか人を食べるのに抵抗感が湧かないんですけど…遠慮したいです」

「…蟲だからな…俺達は。どれだけ人らしくしても同族と可能性を喰らう悪食の蟲だ。本能は誤魔化せん。…ま、俺も此処までの道すがらでちまちま売ってた分の金が尽きたから遠慮したいな」

 

「すみませんホント…僕の分まで色々払って貰って…」

「いいさ。最後にそれを見せて貰えればな」

 

 あの武器の購入が尾を引く事は無くても、9級フィクサーの財布の中では程度がしれているみたい。幸いと言うべきか、源石を宝石に組み込んで活性爆破なんてできる様になったから戦力増強自体は成功したけれど、この都市を旅するなんて中流でも無い2人には何かと無茶な事ではあった。

 

「せめて巣に入る権利が有ればあの人の自宅も調べられたんですが…そう上手い話は有りませんよね…」

 

 会社が用意した権利があってその上で騒ぎを起こした身としては竦む言葉だね?

 …そう思い返せば、そう言えば私はリンバスカンパニーについて全く知らないなと思う。…まぁこれに関しては本物が考えるべき事だろう。この旅が終わったら推定死亡確定な私には縁のない話ではある。

 

 それを聞いて蟲師は何か思いついた見たい。煙草を取り出して吸い、少し考え込んだ。

 

「……ふむ。自宅か…。フィン、それなら一回俺の家にでも来るか?一旦金を稼いでからまた旅をしよう」

「…いいんですか?」

 

 フィンは驚き、問い返した。私も驚いた。てっきりこの蟲師は名無し草の野宿や宿暮らしだと思っていたから、随分と予想外な提案だった。

 

「ああ、蟲を扱うにもこの都市だと何かと不便でな。だが外郭にしたってあそこは山とかと違って荒野の方が多くて敵わん。食うにも困るんじゃおちおち野宿も遠出も出来ない。となると一息つけて蟲の取り扱いに便利な環境を自前で用意しないといけない。と、いう顛末で俺は家を持っている。どうだ?1人追加で住むには充分過ぎる程広いぞ?」

 

「ぜひ!お世話になります!」

 

 迷いない返事だった。しかし何かにつけて都合よく持っていると思う。蟲師ってそんなに稼げる職業なのだろうか?

 

「だが、一つ条件だ。今、纏っている石の腑を自分のに戻せ」

 

 少し背筋がひやりとした。…「記録」を認識できて人格を肉の腑と言えるならそこまで思考は及ぶらしい。案外バレる物だね?

 

「…いつから気づいてました?」

「2回目に会った時から。その古い蟲くっつけた奴が3人もいるかって話だな」

「あー…成程」

 

 …そういえば人格を変えて蟲師には何回も声をかけられてたっけ。当然の話だった。

 それから、初めからバレていたと気づけば誤魔化す理由も無く、遠慮なくフィン本来の姿に戻った。レベルが低いから戦う時は別だけど、やっぱり本来の姿の方が落ち着くみたい。

 

「ここが俺の家だ。ま、上がってくれ」

「お邪魔します!」

 

 L社の巣に戻った。蟲師の家は此処らしい。お隣を見たらフィリップが住んでいたのはビックリした。…そんなご近所だったんだね?と言う事はもう一個隣はアインの家だ。…小さなアンジェラあそこにいるのか…。あ、シチューの匂いがする。どうやらお料理をしているみたい。…不思議な感覚だ。

 

「なーんにも無いが、寝るに食うに困らん。ここに戻る為の通行書もここに置いとくから、適当に寛いでくれ」

「はい、お世話になります!」

 

 そうして蟲師が奥の部屋に行った後…

 

「はいはいはい!行きたい所があります!ぼくも野球やりた記憶についてどうすれば取り戻せ…ああ"…一度に主張しないで下さい…」

 

 という感じに蟲師の家に着いた訳だけど、暫くゆっくりできると言う事でフィンの他の人格がやりたい事を主張し始めて来た。ここまでフィンや私優先だったけど、暫く自由な時間が出来たとなると欲が出てくるみたい。

 私も管理人として囚人のやりたい事は叶えてあげたいし、ここまで大変な事ばっかりだったからゆっくりしたい。

 

[じゃあ、順番にやろうか]

「そうですでは私から僕は最後でもいいよー!合間合間でも…いっっつ…」

[…自分の人格の時だけ喋ろうね]

 

 

 そういう訳で、

 

 

「印児工房…私達を加工する場所ですが、そも、ただの工房が何故こんな大規模な事が出来たのか、それには当然訳が有ります!」

[無い方が怖い事になるね…]

「はい!」

 

 暫定「何とか」ちゃんから始める事になった。何でも印児工房をあわよくば潰したいみたい。最低でも別れた自分は回収したいんだとか。

 

「まあ、ありきたりな理由です!影でR社が支援してて、工房で造られた人工聖印(ヌド・ヘイロー)は自社の傭兵を守る物となる、工房もお金を貰えるしもう少し時間をかけて信用を得ればR社の一部門として取り入れる事ができて将来安泰!私達子供しか損してませんね!」

 

[うーん、酷い]

 

 案の定というか、それこそR社の孵化器を使えば本当に量産出来そうなのが嫌な話だ。そうなれば死ぬ為に産まれた子供がお互い殺し合って、凝縮されていい素材になったら加工販売。常時4割防御はそれだけの価値はあるだろうね?

 

「そんな訳でやる事は至って単純ですね!特殊技術の要を壊す!もしくは工房のリーダーその他重要な立場の人を斃す!どっちも知ってるので成せばなります!」

 

[加工された事があるからね]

 

 そうしてやって来たのはキヴォドスの街にあった学校をそのまま利用して建てられた印児工房。見た目は私の知ってる学校と変わらないけど、中を覗けば明らかに戦闘を嗜んでる人が多いし、教室からは青や赤の光が漏れて見える。とてもじゃ無いけど正面から行くのはやめた方がいいだろうね?

 

「むぐ!んんん!!!ビエエ!!!」

「空いてる部屋何処だっけ?」

「2-Eのとこよ。見た感じ50枚物だからそこになるわ」

「んじゃそうするか」

 

 勝手知ったる我が母校という事なのか、スムーズにこっそりと進んで行くと、2階で今まさに子供を運んでいる場面に出会した。フィンを…止めるのは無理だろうね?

 

「私の力が必要なら!何処にでも!」

[だよね。初撃は耐えてその後大技2回]

 

 こういう時守りで精神力が上がるし瞬間火力のある〖自警団〗の人格は奇襲に向いていると思う。

 反射的に殴られたのを耐えてから倒すと、警報が鳴って辺りに響く。…うーん、いつも通りだ。

 

「うええ、鳴っちゃいました…ごめんなさい管理人!」

[大丈夫、ここから何とかするのがいつもの仕事だから]

 

「あのぅ…助けてくれてありがとうございます」

 

 さて、この子は連れて行くとして、対応はフィンに任せよう。

 ここの重要な技術があるのは4階まで一息に行った方がいいだろう。生憎工房になってから改装されたのか直通の階段では無く入り組んではいるけど、こっちは道を知っている子がいるから何とかなるだろう。

 

「いえ!困った事があれば!私に任せて下さい!」

「あ、はい…そうだ、自己紹介!私、栗村アイリです!」

「私は自警だ!……失格の!…………フィンです」

「…えっと…何もそこまで卑下しなくてもいいと思います!…フィンちゃんですね、よろしくお願いします!」

 

 問題はこの警報から来る人だろうね?何度かは教室の中に入ればやり過ごせそうだけど、2人でとなると少し守るのに厄介な事も相手はしてくるだろうし、その途中で危ない目に遭ってる子がいればより数は増える。助けた子のレベルは今見たら1だし、今後の戦力増強は見込めないと見ていいよね?

 

[そろそろ移動、2-Aへ]

「はい!着いて来て下さい!」

「わわ、そうだ、警報が鳴ってますもんね、はい!」

 

 教室から出てくる人と合わせて中に入り、扉の開閉音を重ねる。始めにツンとした血の匂い、中は手術室と拷問部屋を合体した様な様相をしていた。台の上には今まさに臓腑を別けられている子供が1人いた。既に死んでいる様だ。

 その様子を見てアイリは顔を青ざめていた。多分人工聖印(ヌド・ヘイロー)を付けてそんなに時間が経ってないのだろう。巣で暮らす普通の子供の感性にはキツいみたい。

 

「は、う、え、おえぇぇ…」

 

 だけどそれに構ってもいられない。

 

[扉に向けて銃を構えて…もう少し上に向けて…そう、そのまま…今]

「挑戦状です!」

 

 相手が廊下を出て歩いている場所を予測して頭部に放つ。3つの倒れる音。

 

「くそ、そっちか!」

「手馴れだ!お前は増援呼べ!左右!合図!567…!」

 

[増援呼ぶ人を巻き込める左から撃って。…聞こえる前提で手のサインで数字を決めて侵入のタイミングを予測させて無い。R社の人がいるね?]

 

 それにしても何だか感が冴え渡っている。「こっち」にいる時はここまで正確な指示は出来なかったんだけど…人格の知識を引き出せる様になったし、原理は知らないけどその辺りでより密接に指示が出せる何かがありそうだ。

 

「大丈夫ですか!」

「…無理かも」

 

 フィンはアイリの背中を摩っていた。それで少しはマシになったのか、顔色はマシになっていた。

 何とか全員殺せたし、次に行く…前にやるべき事があるだろう。

 

 手術台の上にいる少女は、腹を切り裂かれ、脳を取られて、臓腑を銀のトレイに几帳面に並べられている。

 顔に布もかけられてないから、くり抜かれた目玉も切られた舌も丸見えだ。

 髪も抜かれてるし、特に聖印(ヘイロー)と頭部には見るに耐えない薬品に濡れている。

 このまま立ち去ることもできるだろうけど…それは偲び無いよね?

 

「…せめて、死に顔は安らかにしましょう」

 

 [先程助けた少女]が近くにあった布を持って来て覆い被せると、人の形には浮き出ずに手術台にそのまま被せたみたいになる。

 慌てて捲ると、そこには血のついた手榴弾だけが残っていた。

 

「ありがとうって…言われてるんでしょうか…」

 

 『セイなる手榴弾』を手に入れた。

 

 どうやらこの学校は今や心象鏡ダンジョンの様だ。これから先、こういう物が幾つかあるだろう。

 …何故か特殊な技術にある程度の検討がついたのは誤算だけど、いい事だと解釈しよう。この先に黄金の枝がありそうってことだしね?

 助けた少女は目の前の現象について行けてないのか、へたりと座り込んでしまった。

 

「おんぶしますね!」

「うえ…あんまり揺らさないで…」

 

 手に入れた手榴弾は見たところ回復効果を3倍にするみたい。折角のギフトなので貰っておく事にした。

 

「いたぞ!「白い盾」だ!」

「マジかマジかマジかよ!1000万眼5つの奴か!」

 

「行きますよ!次!」

「ころ…は気が引けるけど…頑張って、フィンちゃん!」

「お任せ下さい!」

 

 さて、勝利宣布の回復効果が15-15となってもはや無敵となったので、正面突破と行く事にした。目の前の敵を撃ってはアイリの盾になり、競い合いをしては回復し、そんな訳で無事に3階に到着…せず、何だか黒ずんだ血塗れの小屋に辿り着いた。

 

「え?…え?さっきまで学校に居たのに…」

「見覚えがあります!私が住んでいた所です!」

「そうなんだ!?」

「最も、何だか私の住んでいた時より新しめですが!」

「これで!?」

 

[心象ダンジョンだし、そういうこともあるよ]

 

 安っぽいパイプ椅子が4つと机と呼ぶにはボロボロな木の板、奥に続く扉の先にはコンクリートの壁と人の頭程度の大きさの芋虫が20匹当てもなくのそのそと動いている。

 布団代わりだろう布切れが8枚隅に置かれていて、換気の役割を持つ窓からは何処からかきている黒ずんだ排気が中に侵入してくる有様だった。

 外と繋がるドアから外を覗けば今いるのが何処かの廃ビルの一室なのが分かる光景が広がっている。

 雑草が角に生えひび割れたコンクリート、割れた窓ガラス、心象ダンジョンであるが故かぼやけてはいるが、廊下には人工聖印(ヌド・ヘイロー)と何人かの死体の残骸が転がっている。金になる部位は取られ、適性のある人以外に害を齎す聖印はそこらにある塵紙と同様の扱いで転がっていた。

 

「懐かしいですね!あらぬ噂を聞いて実家の街に戻り唯一見つけた安住の地!こんなとこですけど裏路地の夜も来ない辺境なので本当に安全何ですよ!」

「……へ…へ‭〜…」

 

 フィンは懐かしさにテンションを上げ、それに見てアイリは自身の聖印を見上げた。これを付ける事がどれだけ自身を貶めているのか理解してきたみたい。

 そうして懐古に浸っていた二人だけど、そろそろ観測の時間だ。

 

 賑やかに話し合って部屋を見て回り、芋虫のいる部屋に戻ると、花で飾られた1人の幼い子供がいる。

 

『極限の環境に長期でいる場合、食料の持続的な確保は重要なポイントとなる』

『軍事会社では、3年間補給無しで生存する為に生産的な家畜として「完全食」の飼育訓練の指南書がある程だ』

 

 少女はガスマスクを装着し生ゴミを地面にばら撒いた。芋虫はそれに群がり自己を肥させていく。

 

『最も、このやり方は幾つもの欠点が指摘された為にすぐに消えた項目だ。だからこれを知っているのは相当なマニアだろう』

『ほら、これを撒くんだ。明日を生きる為に、方法を教えよう』

 

 そう言ってガスマスクをした少女は生ゴミを差し出してくる。…血の香りがするそれを差し出してくる。

 断っても何もおきないだろうけど、ただやるだけじゃ完璧とはいえないよね?

 

「フィンちゃん、銃を貸して下さい…ごめんなさい」

 

[助けられた少女]は震える手で銃を持ち、芋虫を1匹殺した。僅かに悲鳴をあげ、絶命したそれを持ち、ガスマスクの少女に語りかける。

 

「明日の為に我慢して、今日を生きられなきゃ意味がないじゃないですか。そうして誰かに教えて、自分が死ねば仲間はもっと沢山食べられて長く生きられるって言うのは…勝手過ぎると思うんです」

 

 [助けられた少女]が芋虫を渡して言うと、カランと音を残してガスマスクが落ちる。

 

 あの少女の短い語りは、誰かの為の物だった。

 

 『死後のガスマスク』を手に入れた。

 

 ビルの中に建てられた小屋から出て歩いて行くと学校に戻って来ていた。戦闘しながら進むかと思っていたけれど、人が無くていっそ不気味なくらい静かだ。

 それと、ここまでで理解したけど、「何とか」ちゃんの時のフィンは色々と分割されてるからか観測が出来ないみたい。そこはアイリの出番だろう。

 

「…さっきのはフィンちゃんの知り合いですか?」

「いえ!知りません…多分!多分私達があそこに住む前にいた人達ですね!」

「…なら、あの人は一体誰の心の光景だったんでしょうか…」

 

 そういえば、ここまででフィンはアイリに心象ダンジョンについて軽く説明していたりする。そして誰かの心から出て来たのかについては、この空間の主以外居ないだろうね?

 それは兎も角ガスマスクは打撃威力を3上げるギフトだった。〖自警団〗の人格で打撃は1つ目のスキルなので安定感が増したと言える。

 

「…何と無く察しましたけど、私もう一回頑張らないといけないですよね」

「はい!ですがここで最後かと!…すみません、そうじゃ無さそうですね!これは私がやらなくちゃいけないみたいです!」

「…大丈夫かなぁ?」

 

 誰も居ないので、あっという間に次の所まで到着した。

 そこには上に大きな入り口を持ち、燃えている所が窓ガラスになっていて見える、炉と言うべき物が鎮座していた。

 

「これは…炉?…熱いです…」

「ここは合炉ですね!重要な技術の要、その一つです!その特性は物質化した聖印(ヘイロー)を人体と混ぜて人工聖印(ヌド・ヘイロー)を量産します!この時人体の方をバラせばその数だけ人工聖印(ヌド・ヘイロー)を増やせますが、その分効果は薄まるんですよ!」

「…ずっと変だなって思ってましたけど、何でそんなに詳しいんですか?」

「……えへへ!」

 

 言葉に詰まったので笑って誤魔化す。流石に凄惨な事を何も知らない子に話すのは憚れたみたい。

 その様子を見て子供は何か言う事を決めたみたい。

 

「…私、こういうのはダメだって思います。誤魔化しとか、人に疑われる事は。…助けられて、ここまで大した事は出来なかったけど…それでも、フィンちゃんが辛い気持ちを誰かを傷つけない為に仕舞い込むのは…私も…悲しいかな」

 

「そうですか!」

 

 笑顔だ。ずっと、何をしても変わらずに笑っていた。それをすごく不気味に思ったみたい。

 

「だって…おかしいよ。こんなに沢山の人をころ…ちゃって…平然としてるなんて…「白い盾」とか、ちょっとビックリする様なお金とかで呼ばれて…それに…」

 

 ピトリと、子供の口に人差し指を添えた。「何とか」ちゃんは相変わらず笑顔のままで、目も空っぽで何も写して無いけど、今答えられない質問を止めさせた。…人を殺すのは都市では普通のことなんだけどね?

 

「それ以上は…まだ早いです!その質問の答えは今の私も知りませんから!」

 

 「何とか」は合炉に近づき、下側を探して取っ手を見つけ、掴んだ。これは知っていたみたい。

 

「さて!この合炉、混ぜて聖印(ヘイロー)がなくなる訳ではありません!それではいずれ純粋な聖印(ヘイロー)が無くなりますから!なので継続的に活用する為に一部の人工聖印を保管してそれ以外を適性のある子供に売るのですが…」

 

 腰を低くして力一杯引く。相当開けられるとまずいのだろう。その力に抗いガタガタガタと揺れ、雄叫びを炉心は唸りあげた。

 ガシャンと、何かに引っかかった音がする。そうしてからフィンは手を離してぜぇぜぇとした息を整えた。

 

「一時的に保管して、合炉で吸い取った「何か」を回復させる必要があるとなれば…この下に保管していると、つまりそんな推理な訳ですが!」

「えっと、え、これ、もしかし全部死体から…ヒッ…」

 

 そこにあったのは無数の聖印(ヘイロー)。色とりどりで形も様々なそれは、複製する為の原型の役割を担っていた。

 つまり、聖印+人工聖印+血肉で量と質を保ってから、劣化した聖印と沢山の人工聖印で量産していたって事だろう。そして劣化した原型はこうして元に戻るまで保管しておく。

 

[…それならフィンの買った人工聖印とは別の4つはここに無いんじゃ?]

「それは管理人に仕組まれた黄金の枝の影響で何とかなります!何せ私は本来心臓の右側でしか無い私があるべき姿と記憶、力が戻っていますから!むしろその4つを集めるよりも効果的ですよ!」

[そうなんだ…]

 

「…ヒェェェ…」

 

 一名が怖がって他を気にする余裕が無いうちに会話を済ませた。当然と言えばそうだけど、人格の一部とはいえ心臓が容姿も銃の扱いも喋り方も知っている訳が無いのは当たり前だった。…何でここまで戻せるんだろう、黄金の枝。

 つまり、本来なら「何とか」ちゃんはもっと弱いみたい。

 

「では!ええと…あ!これですね!では頭の人工聖印(ヌド・ヘイロー)に合わせま


 

囚人の違う鏡の物語III

LCB ドンキホーテ→LCB フィン→トリニティ自警団 宇沢レイサ→L社の羽 ◻︎◻︎◻︎

 

 

「はあ!」

 

 雨が冷たい。何時間こうして戦ったのだろう。

 

「勝利を…捧げます!」

 

 銃を構える。撃ち抜く。死体ができる。

 それだけの繰り返しを、何回したのだろう。

 

「護るんです…全て…全部!当たり前の…明日の為に!」

 

 銃を構える。新しい()を補充する。それを撒く。

 最初は、ただ、巣で暮らしている1人の子供に過ぎなかった。

 あったかい服と、仲の良い家族と、お腹いっぱいに食べられる家。

 

「私に…任せて…下さい!」

 

 始まりは、些細な物だった。

 

 近頃物騒だから、もしもに備えて買ったんだ。

 あら、いいわね。近所の奥さんが子供が居ないって不穏だもの。あのお家に子供なんて、始めから居なかったのに…ね?

 なになに?すっごいの?スーパー◻︎◻︎◻︎になれる!?

 ああ、なれるさ。これが有ればね。

 早速つけてみましょ?

 

「信じて…下さい!…次を!もう一度…機会を!」

 

 それから、何回も酷い目に遭ったっけ。

 忘れられた。突き放された。寒い夜を過ごして、何日もかけて食べられたのは、人肉の、更にその捨てられた欠片だった。骨ばっかりで、口の中が血塗れになったのは、今でもハッキリと思い出せる。

 路地裏で、ゴミの隣で蹲って、ただの石と変わらない、自身のちっぽけさなんて、よく知っている。その時に聞いた、あらぬ噂を聞いて、藁にも縋る気持ちで血濡れで汚れた足を動かした時の不安も。

 

「やっと…やっと見つけたんです…不安になりたく無いんです…安心する為に…」

 

 あったかな服を着れた。信用できる友達が出来た。少しだけお腹が鳴るけれど、何も食べられない今日よりもずっと嬉しかった。

 

「だから…何で…護られるべき貴方達が…!!……そこに…いるんですか?」

 

 何人も殺した。今日だって3人の友達を守る為に76の命を途絶えさせた。だけど、出来なくて、護れなかった。私も、友達も、みんなここにいた。合わさる炉心の、その前の解体部屋の、更にその前の、「学校」に。

 

 

問1

 影を特異点とする巣で就職に羽が合格するには最低でも何人の影を取り込まないといけないか答えよ。この時、生きている影を3、死んだ者の影を8として合格点は5とする。

「-6。父様が言うには求めてるのは生きた影の数を減らして死んだ影を増やす方法では無く、より多くの死んだ影の種を増やす方法と聞いた。故に誰かを殺して点数を稼ぐより命を増やす事が評価される。答えは胎児を6人腹に収めて保管する。つまり-6だ」

 

 友の1人目が反射的に答える。理屈は理解できないけど、普段から私達のご飯を育て、屠殺して私達をお腹いっぱいにしていた経験が導いた答えは合っていた様だった。

 

 

「済まない、反射的に答えていた。それで何でいるのか…か。レイサが死ねば明日には狩られているからだ。故に寂しく死ぬ明日より共に居られる今日を選んだだけだ。だが明日を諦めた訳でも無い」

「当然死にたく無いです。でも、ここまで生きてられたのはレイサちゃんのお陰ですし、私の求める日常の一部が勝手に死ぬのは許せませんから」

「バカね!えりーとに妥協は許されないのよ?助けに行くに決まってるじゃない!」

 

「バカですか?バカなんですね!じゃなきゃわざわざ密猟者の前にでないですよねぇ!?」

 

「「「イェーイ」」」

 

  「バーカ!!」

 

 

問6

 1匹の蝶の鱗粉を100g回収する仕事を任された。この時、人体のどの部位で代用可能か答えよ。ただし、幻想体は例外とする。

「爪、くるぶしに左の肺の下ですね。全部布の始点として始めやすい箇所です。本格的な人形作りは人体に通じますから、答えはその部位です」

 

 友の2人目が答えた。今着ている服を織ってくれて、いつかは自分の人形屋さんを持ちたいと語った友のその答えは、確かに数字として彼女の頭上に渡った。

 

 

「あはは…なら、お互いにおバカさんって事で、これは補修が必要ですね、明日やりましょう」

「うん。その為にもここから脱出しなければいけないな」

「そうだ!これからはみんなで戦うのはどう?役割分担を緩くすれば今度は任せきりなんて事にはならないし!うん、名案ね!」

 

 このバカな友人達は、無謀にも死にかけた私の前にでて、あろうことか私の努力を無に返したのだ。

 なんで守ろうとした。なんで私を差し出さなかった。結局纏めて死ぬだけだろう?私を見殺してくれればそれでよかった。そうする人なんて都市には溢れかえっている。それなのに何で無謀な事をした?あり得ないだろう。

 

「そもそも、そこまで仲良かったんです!?私、精々がへへへ、都合のいい鉄砲玉だぜベイベ。死ぬまで扱き使ってやろ…的な感じだと思ってました!」

 

「あはは…楽しかったですよ。あなた達との生活は。これからも続けます。私がそう決めました」

「貴重な人員を使い潰すのは愚行だろう。極少数のコミュニティでの細やかな気遣いは大事だ。そんな事言う筈も思う筈もない」

「コキ扱う?……エッチなのはダメ!死…は今言うのは不吉だから…反省!」

 

「ぶへぇー!!思ったよりみんな前向きで驚きです!!」

 

 

問13

 たかし君は芸術家になりたいです。しかし住んでいる場所は芸術禁止で、両親は大企業に入れる様苦心しています。この時、たかしくんが潰さなければならない夢は何個か答えよ。

「ここの巣の就活村なら…平均で304人よ。そこに両親を足して306人。模範は1つなんでしょうけど、私って友達想いで野心家なえりーとなのよ?当然、0人!私が飛び級でも何でもして前提条件なんて変えちゃうんだから!」

 

 友の3人目が答えた。数字の加算される音。いつも自主勉強をしてて、お金の計算とかもやってくれてた友だ。将来の夢をみんなで語り合った時、私達全員養えるビックになるって聞いて、その様があまりにも堂々としてたらほへー…と眺めていた事が思い起こされる。

 

 

 そうして問題が現れては、私達やそれ以外の誰かが答えて消えていく。きっとここで貯めた点数の分だけ少しばかり長生きできるのだろう。事実、私達4人を除く6人は必死に板書をし、問題を解いていっている。頭上にある数字は少しずつ増えていて、いつ来るかもしれない本番に備えていた。

 

「私達をそんな眼で見てたのは心外ですが…今まで誰よりも前に出て守ってくれて、私達だけじゃ無くて周りも巻き込んで事務所立ち上げたのはレイサちゃんですよ?」

「そうだそうだ。畜産と料理担当、家事と客の接待に布織り担当、組織化の為の勉強と税理担当、守るのと声かけ担当、この中で一番前向きだった人から見たらそう見えても仕方ないが、影響の一つや二つは受けるし変わりもする。その印象は古いと言わせて貰おう」

「どうせ無理だって燻ってたのを日の当たる場所まで連れてった責任、ちゃんと背負わせてやるんだから、覚悟してよね!」

 

「評価が高い!何で!?」

 

 信頼が重くて無性に顔が赤くなる。背中がチリチリとして、恥ずかしくすら思えてくる。役割分担に過ぎないのに、私なんて大した事をしてないのに、それでもこの友たちは私の手を離してくれそうに無いらしい。

 

 

問17

 都市において最も重要な心構えを答えよ。

 

 …観念し、諦める事を諦める事にした。

 

 

「あーー…もーーー!!!分かりましたやりますやりますよ!観念しました!最後まで諦めませんから!なので皆さま、いつも通りにご唱和下さい!宇沢レイサにぃ!」

 

「「「任せました!(ちゃうから!)(た)」」」

 

 あーもう、バカばっかりだったけど…いい友達が居て…私には勿体無いくらいで……あーもう、もう!やってやりますよ!

 

お任せ!!!ください!!!!

 


 

「思い出したぁ!!!」

「うわぁ!」

 

[んー、青春]

 

 戻って今。都市の1人の子供が死ぬまで大事にしていた思い出を垣間見た。うん、そう悪い物でもなかったね?

 

「あー!ある!ある!な…あった!死んでるーー!!あぁぁぁぁ!!」

「ヒェー!?急にどうしたんですか!?大丈夫ですか!?」

 

 「何とか」ちゃんこと宇沢レイサちゃんことレイサは、原型の中から3つの聖印(ヘイロー)を取り出して、手と膝を付いて思いっきり落ち込んでアイリに肩を揺すられていた。

 そしてそのままの姿勢でレイサはなにやら炉についてるボタンを押した。

 

[あ、浮き初めて…これ炉が動いてない?]

「もしかしたら!私の聖印と合成させたら囚人繋がりで!蘇生しないでしょうかー!!?」

[…囚人の繋がりが無いから無理…としか]

「ああー!?合成ストーップ!?止まれー!!」

 

 ギフトの合成と同じだから…無理だと思う。

 そうしているうちにその3つの聖印(ヘイロー)が浮いてレイサの聖印(ヘイロー)と合体し、模様が複雑になった。完成したという印象を受ける。

 今のうちに人格の状態を確認してみると、レベルは14から46まであがって、パッシブも4つ増えて元々有ったのも強くなっていた。…うわ、とても強くなってる。

 増えたパッシブは

 虚しさの中の希望、毎ターンに威力+1を得る。

 (まじな)いの「糸」、耐性を-0.1する。

 正義の遂行、戦闘時一度だけ不屈(1ターンの間体力を1だけ残して耐える)状態になる。

 可能性::未来 特色「白い盾」、毎ターン弾薬が装填される。

 

 シンプルな強さがそこにあった。…もしかして威力+1って攻撃威力と貫通威力と色欲威力とかも其々+1の実質+3になる?…耐性の挙動から見てあり得そうだった。遺跡の産物って凄いね?

 

「ああ…切り替えましょう。…行きましょう!友達の敵討です」

「どこへ行くんですか!?」

「この工房の最深部に…そうですね。一緒に行きますよ!」

「え?…ええーー!?」

「大丈夫!今のレイサは!前のレイサより!とっても!!強いので!!!」

「フィンじゃ無くてぇえぇぇえ!!?」

 

 突然の事に混乱しているアイリの手を引き、駆け進んで奥に進んでいく。地味に速度もあがってるね?途中何か大量の敵がいたが、大技の3加重の攻撃が連射可能となった為秒殺と相なった。

 

「次行きますよ!次!」

 

 その対面した彼ら曰く、「あの時よりつよ」だとの事だ。最後までは言えてなかったが、やっぱりあのストーリーで見たレイサより強いみたい。まあ、追加で3人いるしね?

 

「挑戦状はーー!!!」

「な、私を守れ!命に変えてで…!!」

 

 最深部にいる赤い目を大量につけ白い服を着た義体の女性に、レイサは飛び込んだ勢いのまま銃弾を打ち出した。

 挙句にR社の社員が身を挺して守るけど、それすら貫通して後ろの女性に届く。その痛みに混乱して、身を押さえている間に着地し、女性の頭に銃口を当てた。

 

「とっくの昔に!!渡してましたよ!」

 

 その言葉が女性の聞いた最後の言葉だった。

 

 

 その言葉を最後に、レイサの心臓は弾けた。

 

「…!?何が」

 

 勢いのままに連れて行かれたアイリはレイサの心臓を撃った敵の方に目を向ける。

 

「全く…人の話はキチンと、聞きませんと…ね?」

 

 先程まで赤い肌に白い服を着た女性が立っていた場所には、別の人が血塗れになって立っていた。

 

 残機としての活用。エゴが強くなければ、取り込んだ人格が見た目に優先される法則。

 

 詰まる所、先程までの女性に身を任せていた、誰かがそこにいた。

 

[ボーン…]

 

 時計を巻き戻して、レイサが生き返る。死んで頭が冷えたのだろう、落ち着いた顔で相手を睨んだ。

 ピンクの髪を長く伸ばし、学生服を着て眼を細めた聖印(ヘイロー)のある少女だった。

 

「アイリちゃん、ここから離れて下さい…ここまで一緒にいてくれてありがとうございます」

「え、でも「早く!」……絶対に帰って来て下さいね!」

 

 振り向かずに叫び、走る音だけを聞いた。背後に攻撃されない様、レイサは目の前の敵を牽制する。

 

「…単刀直入に聞きます。貴女が、レイサの友達を殺した元凶ですか?」

「いいえ、私は悪くありません」

 

 自身に注目させる為の銃弾を一つ撃ちながら問い、顔を逸らして避けられる。

 

「都市の連鎖、私はそれを回しただけに過ぎませんので」

「そうですか、斃れて下さい」

 

 守るべき子供は立ち去った。復讐の為の銃撃戦が始まった。

 

「問答無用…困りましたね」

「当然です。因果が報いを応じに来ましたから」

 

 ここまでのギフトを得た過程から、きっとあの眼を細めた子供も何か悲しい事があって、何かに囚われてこんな事をしているのだろう。

 それはきっと言葉を尽くせば手を取り合えるのかも知れないし、わかり合えば戦う必要も無いのかも知れないけれど…それは、私が深く関わるべき事かと言われれば…どうにも出来ないと答えるしかなかった。

 

 相手は障害物を盾にR社の人員と一緒に攻め立てるけど、途轍もなく強くなったレイサは正面から受け止め、その傷を癒しながら1人ずつ斃していく。

 手加減する余裕は無いから、無関係だったとしても構わないとばかりに命を途切れさせ、追い詰めて行く。

 

「…まずいですねぇ。では、使いたくは有りませんでしたが…こうしましょうか!』

 

 相手が白と黒の混ざった四角い物体…モノリスを取り出し、それを掲げると、周囲一体の景色が変化する。それはかつて存在した西洋風の建物に、その街を御する王のいる宮廷の前に私達はいた。

 E.G.Oの攻撃だ。

 

ただ、平穏な日々が続いてくれたら…

 

 恐らくは、屈折した幻想体が元のE.G.O、もしくは自身のE.G.Oを強制的に引き出した物だ。大津波が華麗な街並みを破壊しながら襲ってくる。呑まれれば私達は無事では済まないだろう。

 

「管理人!」

[ドンキホーテ、力を借りるよ]

 

 レイサに指示を出して端末を操作し、囚人の繋がりを辿って無理矢理E.G.Oを繋げる。

 E.G.Oを他の人に使わせられるのか、それに関して、私は既に図書館でカロンに蜘蛛のE.G.Oを使わせた事で知見を得ている。だから、その要領で私は力を引き出した。

 

この攻撃を!受けてみよ!

 

 断首魚のE.G.Oを発動させ、波に自ら飛び込む。大荒れの海の中にいても、元が魚を含むだけあるのか凄まじい勢いで進み、海面から飛び出て鯨の様にデカい白黒の金魚に思いっきり槌を叩きつけた。

 

 その衝撃で景色が元に戻る中、銃撃を相手の胴に連続でぶつける。加重の分だけ連撃できるのが効果的に損傷を与える。

 

『まだです!私はまだ、幸せになる約束を果たして「兎に角早く斃れて下さい!」

 

 その攻撃が止めになり、遂に印児工房にしてこのダンジョンの主は倒れ臥した。

 明らかに使ったらまずそうな装置でE.G.Oを使ったからだろうか。体のあちこちが黒いエラや白いヒレが無節操に生えていて、片脚に至っては魚の尾ビレに変わっていた。

 まだ息はあるけど、もう長くは持たないだろう。レイサは銃を頭部に押し付けて生殺与奪を握った。

 

『まだです…まだ私は…約束を果たしていません』

 

 何かをしようとしていた。クローマーを思い出す。レイサにもその感情が伝わったのか、引き金を引くけど、効いた様子も無く立ち上がり、黒と白の瞳孔を納めて双眸が6つになった瞳で此方を見据えた。…違う。こっちではない。見ているのは、レイサの聖印(ヘイロー)で、もっと言うならレイサの友達の3人のものだ。

 

 …ここで漸く思い至った。レイサと友達は人工聖印をつけていた。なら、その前の持ち主。この聖印が子供の犠牲を増やしながら続く物なら、レイサ達がつけていた聖印と同じ模様の、前の犠牲者もある筈だろうと。

 

『幸せな日々でした。日々を、明日も今日と同じだと、根拠なく信じていました』

 

 白い光が放たれ、周囲を覆った。

 レイサの4つ混ざった聖印(ヘイロー)が分解され、友達の物が彼方側へと向かって行く。

 

『その日々をただ欲望のままに奪われて、この都市の連鎖を知りました』

 

 レイサは、話を聞き流しながら浮かぶ3つの聖印を攻撃した。大罪の資源集め目的だ。切り替えが早いね?

 

あはは、幸せに成りたいんですね。なら、この手を取って下さい!一緒にあるべき日常に戻りましょう!

 

『そういって手を差し伸べてくれた人がいました。一緒に幸せになろうと、そう約束したんです』

 

 今情報を調べたけど、どうやら沈潜をあたえれば本体の威力が下がるみたい。3体の方は無視しての速攻が良さそうだ。

 

全ては虚しくとも、だからこそ次を求め目指すべきだ。そうだろう?

 

『失った…殺された…奪われた!忘れられないんです…明日があるべきものが私の手の中で冷たくなって、その死ですら欲に塗れた手で穢そうとする蛆虫どもが…!!』

 

 レイサは攻撃する手を調整し始めた。大技を一気に放てる様に攻撃し、或いは守りの動きでタイミングを調整する。

 

私が居なくても、ちゃんとしててよね!…私の分まで幸せにならなきゃ…許さないんだから!

 

『約束は果たすべきで、だから私は都市の循環を廻すんです。私以外を切り捨て、私だけでも幸せになって…調和なんです。これは。悲劇があるからこそ、幸福が手に入る。どちらになるかはその人次第の循環を今、廻しましょう』

 

 視界が開き、崩壊した西洋の街と、絢爛豪華な宮廷の景色となる。相手の方は真っ白な霞が3人の幻影になったものと、真っ白な金魚…多分陽と混ざった子供がいた。ねじれかけているね?

 それとカルメンって物真似が上手いと思う。声相変わらずガラガラで聞き取りづらいけど、聞かせる相手に本物と錯覚させる何かがあった。

 そしてようやく攻撃できそうなので、レイサも一言二言、言いたくなったみたい。

 

「誰かを不幸にすれば幸せがやって来るなんてあるわけないじゃないですか!そうやって闇雲に幸福を求めて、不幸にするやり方しか知らないから作り上げた不幸を見ないふりしていつか訪れると盲信するしか無くなって!!」

とか!そんなんじゃ無いでしょう!貴女は私より賢いから!こんな事よりももっといい手段を取れましたよね!

 

 レイサとの繋がりが感情の発露によって、私に記憶を僅かに読み取らせた。

 それはこの工房に捕まって、さっき見た授業を終えた後の記憶。1人ずつ友達が死ぬのを見せられる記憶と、その後の工房の主との会話。死んでも斃しにいくと啖呵をきる光景。

 その時にレイサは恨みと一緒に相手の妄執へ評価もしてたみたい。私の知らない因縁ではあるけど、その能力の高さは認めていたし、だから初手で全力で潰しにいった事がその景色に映っていた。

 

『………』

 

「……それとも、私が幸福になるのは間違ってるとか、死にたくても約束があるからできなくて、代わりに殺してくれる相手でも求めてましたか?その為に雑多な聖印関係の工房を纏めて一つにしたと?被害を広げたと?自分が死ねば道連れに出来るようにとか…そんなのじゃ無いですよねぇ!?」

 

『………』

 

 にっこりと笑うばかりで返答は無い。どうやら私達は見向きにも値しないみたい。

 

「……何かに酔わないと何も出来ない。最後までやりきれない半端者ですね」

 

 レイサは苦虫を潰した顔で何かしようとしている相手に銃弾を叩き込み続ける。相手を知って、自分と重ね合わせたみたい。友達の3人もそっくりだったし、上手くいかなかった自分の可能性に見えて仕方ないらしい。

 

 そして、その葛藤も見ずに幸福を求めるのはいいけど、それは随分と足元を掬いやすいと思う。何せ…

 

『…やっぱりこうなるんですね』

「隙、大き過ぎましたから」

 

 もう、削り切ったからね?

 それこそ、こうなる事を望んでいるかの様なやり易さだった。実際そう望んでいるのだろう。こんな自滅的な工房を作れる程度には聡明で、自身を罰する相手が出てきて当然な破滅的な思想の設計。さっきの語りだって、本当にこっちを消し去って幸せに耽るつもりならもっといい手段もあっただろう。

 そして、元に戻れそうに無い変質を起こすモノリスを仕方ないの一言で使うのが、何よりの証拠だった。

 

「…本当は、こんな事したくなかったんですか?誰かに止めてもらいたかったんですか?」

『…ふふ、どうでしょう。ただ疲れてやる気を無くしただけかも知れませんよ』

「素直じゃ無いですね……意地っ張り」

 

 随分とあっさりとした終わりだった。あっちが攻撃する前に攻撃して、隙が出来たらそこに畳み込む。折角出て来た白い霞の人も、何も出来なさ過ぎて困惑する様に揺らめいているばかりだ。人数で不利な以上こうするしか勝てそうに無かったから仕方ないけど…申し訳なく感じる。

 

「死ぬ前に、この工房でどれを壊せば次の悲劇が生まれないかだけ教えて下さい。壊すので」

『…そうですね。突然やって来て全て台無しにした貴女に教えるのは癪ですが…このモノリスです』

 

 素早く、レイサはそれを取り上げて入念に壊した。粉々になったモノリスを見て、溜息を付く。

 

「…はぁ。何にもなりませんね。これ。他の犠牲者が出ないだけで何も私に返って来ませんし」

 

『…私を殺さないんですね』

 

「殺す気なんて、あの赤眼が沢山付いてる人にしかありませんでしたし、私、貴女の方には一度も殺す何て言ったつもりもありません。助ける気も起きませんが」

 

『まぁ…』

 

 復讐が終わって、虚しさを感じたみたい。結局、被害者が被害者を生む連鎖だと知ってしまったから、怒りを向けるのも馬鹿らしくなった様だった。

 

「レイサちゃん!助けを連れて来たよ!」

 

 その時、アイリが扉を開いて入って来た、

 

「…アイリちゃん。もう、全部終わっちゃいました」

「へ?…あ、あれ〜?」

 

 アイリは部屋の様子を見て、それから1番最初に死んだR社の人員の死体を見て吐いた。…それで、助けって誰だろうね?

 

 

()を一度にこんなに見たのは久しいな…それに人魚の成り掛けまでいるし、大盤振る舞いだな」

 

 手に大量の聖印を抱えた黒い仮面を被った蟲師がいた。

 どうやら助けは彼だったみたい。聖印は道中で拾って来たのだろう。炉の所も開けっぱなしだったし、目ざとくなくてもお金になりそうだから回収するだろうね?

 

「あ、蟲師さん。何でこんな所に」

「アンタが浮かべてた窊を見れば因縁なんて予想つくし、アンタら4人ならお前が最初だろうなって当たりを付けただけだ。別に対した事はしてない」

「へー、凄いですね!探偵みたいです!」

 

 フィンの人格の中で主張の激しい子でヤマを張ってたみたい。そもそもなんでついて来ていたのかは…心配だったから…だろうか?それ以外の理由がありそうだから怪しいものだが。

 

「それで、全部終わった様だし、俺の好きにやっていいかな?」

「あ、いいですよ!お世話になってますし、どうぞ!」

「こりゃ有難い」

 

 そう言って蟲師は煙草を吸って死にかけた印児工房の主に近づいて行く。やっぱりこういうのは資金になるのだろうか。

 蟲師は箪笥から真っ赤な金属片があり、バキバキと時間が経つにつれ大きくなって、やがて真っ赤なカエルに似た姿に変化した。

 

『何の用でしょう。私の死体が欲しいならさっさと殺せば…』

 

()はですねぇ、寄生した奴に関しての記憶を羽化する為に食べるんですよ」

 

 男の人が少しトラウマなのだろうか、意味もなく警戒しているのも構いなく、蟲師は説明を始めた。

 

「それと蟆飢(まき)っていう蟲で、物忘れを起こす蟲を好んで食べる蟲がいるんです。普段は緑の森とかにいましてね、こいつはなんでか下水道に居たんで取ってきたんでさ」

『…この子が何をするんですか?』

 

 カエルもどきはゲコゲコと泣きながらじっと工房の主とアイリとレイサの上にあるヘイローを見つめる。

 

「アンタらが言う聖印(ヘイロー)ってのは謂わば窊の蛹だ。それを偶々見つけた誰かさんが共生できると踏んで広まり、そんで羽化して廃れたってのがこの遺産の経歴。俺は過去の人だから、遺産は寧ろ当時の話なんだよ」

「…で、コイツらはその時に羽化し損ねた輩だな。それを見つけたおたくの印児工房が窊を人体で包んで蛹を増やす方法を…」

 

「待って下さい!」

 

 アイリが冷や汗を流しながら待ったをかけた。その上ではヘイローが金属を擦り合わせる音を鳴らしている。赤いカエルは既に舌を3つに増やしてダラリと伸ばしていた。

 

「連れてきて何ですが追いつかないです…せめてそれを使って何をするのかだけ先に言って下さい!」

『叶うなら自己紹介も。殺す相手は知りたい主義なので』

 

 その言葉に、蟲師は手の平にポンと拳を当てて、忘れていたとばかりに自己紹介をした。

 

「おっと失礼。俺は蟲師、…ま、昔々の怪物使いとでも思って下さい。…ま、治療だな。治すんだよ、オタクら全員」

 

「それは…どこまでですか?」

 

 今度はレイサが質問した。治療行為をしているのは理解したけど、自分の聖印までカエルに舌を伸ばされたら気になりもするだろう。

 

「俺が救える範囲で、全員」

 

 凄みを感じる。と言う事はあれだろうか。レイサの友達も印児工房の友達とかも全員という事だろうか。

 どっちも同じ人格みたいだったけど、窊とやらにパメリ達みたいに本来の人格を塗り潰されでもしたのだろう。そっちは救えないだろうけど、友達の所まで救えるなら十分だと思う。

 蟲師は構わず説明を続けた。

 

「窊は蛹の間は他の生き物と共生して、時が来たら一斉に羽化する。今回のキッカケはそこの壊れたモノリスだな。それが羽化を抑制してたと。で、羽化するとひび割れて、ヒビが大きくなって、壊れる。そしたらとっても綺麗な彩りの霧になって、周囲全てを食べ尽くしながら広がるんだ」

『あ、そうなるんですね。聖印(ヘイロー)を維持するのに必要なのは知ってましたが…教えたのは早まりましたか』

 

[…レイサ、外確認]

「はい、嫌な予感しかしない奴ですね!」

 

 そっと窓を開けると、そこには虹色の霧が太陽の光に反射されながら、霧に触れた全てが消えていく光景だった。そっと窓を閉じる。…ドアの方も危なそうだ。

 

「…?フィン…いえ、レイサちゃん。どうしました?」

「虹の霧がそこにありました。私達大丈夫な奴ですか?死にません?」

「外の奴らは因果応報って事で。基本蛹の数が少ないほど空間を取れて羽化しやすいからな。人工ってのを作る、つまり薄めるってのはその空間を作るって事だ」

 

 首を傾げるアイリを横目に蟲師をみて、蟲師が工房の主にK社のアンプルを刺しながら暴れるヘイローを掴んで離さない赤いカエルを見た。

 

「で、窊の羽化を防いだ前例は二つ。一つは壊す、もう一つは今やってる吸い取り。この蟲は選り好み激しいんで記憶だけ残して蟲だけ食べるんだ。最後に残るのは…」

 

 カエルが舌を仕舞っていく。からんからんという空洞音、チャプチャプという液体の音を鳴らしてヘイローは落ちた。いつの間にやら、蟲師が持っていたヘイローの分まで食べた様で、満足げに赤いカエルはそのまま扉をすり抜けて外へ向かう。蟲師は落ちた3つの聖印(ヘイロー)を拾ってそれについて行き、私たちもそれについて行く。

 

「うわ、重い…!」

『…なんで連れて行こうとしてるんですか』

「えへへ、ここまで来たら生きて償う方向で頑張らせる為です。世話になっている人が助けようとしてるんですから、私もそれに従う事にしました!」

『何も事情を知らない者の判断に身を委ねるのですか?』

「…まあ、そこはモノリス壊しましたし、それで因縁はチャラって事で…なりませんかね?」

『…呆れたおバカさんですね』

 

 レイサが少なくともすぐに死ぬ事は無くなった工房の主を背負おうとして、その重さにレイサが倒れた。どうやら聖印(ヘイロー)が無くなり弱くなったみたい。確認したらレベルが1に下がってて、人工聖印(ヌド・ヘイロー)と弾倉と勝利宣布のパッシブが消えていた。…追加された分も消えてるけど、白い盾だけは消えてないね? 

 

 そうして肩に工房の主の手…ヒレ?を担いで持ち上げようとして、急に楽になる。

 

「私も手伝います!」

「アイリちゃん!…ありがとうございます!…皆さんも!」

 

 2人力を合わせれば…と言いたいところだけど、いまだに工房の主の友達が消えて無いからその子達も手を貸してくれたみたい。…モノリスを壊しても工房の主の力が無くなる訳じゃ無いし、なんか工房の主も驚いてるから別に彼女が動かしてる訳でも無いみたい。…もしかしてまだ生きてる…の…だろうか?

 

『何で…幻影じゃ…』

「…言ったろ。全員治すって。生きてんだよ、それで。…窊は羽化する為に記憶を溜める。宿主が死ねば丸ごとだ。どれだけ分けて分割してようが精々昨日食べたご飯を忘れる程度しか分離しない。だからこうして貯められてた聖印を全部持って来てんだ」

『………そうですか…ずっと、見守ってくれてたんですね』

 

「へー、…え、レイサは昨日食べたご飯程度しか無かったんですか!?」

 

 聖印を手に入れるまでの自分がその程度の存在な事に余程ショックを受けたのか、顔がだらんと溶けたみたいに崩れていた。この場合は、そこからある程度喋れるまで復活させてる黄金の枝がすごい…でいいよね?

 

「離れるなよ。蟆飢(まき)のいる場所が安置だからな。…で、残るのがこれ、記憶いっぱいの窊の抜け殻。後はこれを義体にでも入れれば復活ってわけだ。なんならK社でもL社でもお願いして身体を用意して貰うのもありだな」

 

 そんなこんなでそろそろ外だ。だらだらとお喋りに興じていたらあっという間だった。ダンジョン化が解除されたのも一因…そう言えば黄金の枝はどこにあったのだろうか。もう壊してまったけどモノリス?

 

「まき?のカエルさんがそんなに食べるなら外にいる宿主の…人…た……あ………きれぇ」

 

 赤いカエルに蟲師と一緒に街を歩く。かつて栄花を咲かせた街は跡形もなく狩人に狩られ、見る影も無い景色は、それすら纏めて飲み込む虹の霧が、澄み渡る青い空と太陽に照らされて、この街の恨みも苦しみも纏めて食べて行く。

 

「昔の事だが、ずっと宿られてた奴等はどいつもこの虹の霧を生き残ってたな。同族とでも思われてるんかねぇ」

「つまり私、宇沢レイサはこの虹の中に飛び込んでも問題ない?なら安心です!なら、純粋にこの景色を楽しめそうですね!ちょっと行って来ます!」

[私は?私はセーフか怪しくない?]

 

「おー、行ってこい…そういやお前さん、名前は?」

『さて、どうでしょう。貴方が尋ねる資格は無いのでは?』

「…痛いとこ突く子だな」

 

 赤い舌が辺りを踊り、霧を食べて行く。どうやら私も大丈夫だったみたいで、虫に食べられなくて良かったと思う。

 

[そういえば名前は?]

「あ、そうでした!…おーい!人魚さーん!」

 

『私でしょうか』

「お前だな」

 

「お名前はー!何でしょうー!」

 

「…クク、聞かれたぞ?答えないのか?」

『たったさっき拒絶した殿方の隣で言うのは少々…気恥ずかしいのですが…』

「私も気になります!」

『アイリさんまで…』

 

[ついでに蟲師も聞こう]

「蟲師さんもー!教えてくーださーい!」

 

『…フフ、聞かれましたよ?答えないのですか?』

「勘弁してくれ。俺は答えるとマズい理由がちゃんとあるから無理だ。今回大人の責任を持ったんだからこんくらい見逃せ…」

「そうだ!この後アリスクリーム屋さんに行きましょう!いいことがあった記念に良いところ教えます!」

「…俺、お前さんが羨ましいよ」

「何で!?」

 

 それにしてもこの虹の霧は綺麗だ。一粒を細やかに見ようとすると大変気色悪そうなのでしないけど、この都市の旅で初めての良い経験になりそうだった。

 

『私はー!ハナコとー!言いますよー!』

「蟲師で構わんぞー」

 

[高い所あるね。レイサ、登ろう]

「片方ー!答えになってませんよ!こらー!」

 

 そう言いながらレイサは何かの瓦礫の山に登る。私も折角なので思いっきりバカな事をしたかった。

 

「はい!では私の名前はぁ!!宇沢ぁ!!レイサァ!!!です!!!!」

 

 キーンとする。…テンションがすごく高いね?…そう言えばフィン繋がりでドンキホーテ枠だったねこの子。

 遠目に居る蟲師とハナコも耳を抑えてため息を、しょうがない子だって雰囲気で吐いた。

 

「…それで、被害者分の身体のお金はどうする?保管された記憶は兎も角、蛹を作る為に採られた周囲の人の記憶に関しちゃもう戻せないから、親御さんに頼むのは無理だぞ」

『…私が払います。ここまで被害を広げたのは私ですから』

「…そう「そこの2人ー!!何をレイサに隠れてコソコソ話してるんですかー!!!」…まだなんかあんのかー」

 

 何やらお金の話をし始めたので、レイサはそれを中断させた。

 

「はい!お金でしょう!!知ってます!ですが、大丈夫です!何故なら!このスーパースター宇沢レイサにぃ!」

 

「……言わないといけない言葉が伝わるのが腹立ってくるな」

『どこまでも…ヒーローって事でしょうか』

「…!あれですね!お二人とも、せーので言いましょう!」

 

「…!!!……!!!!」

[…宝石の身体で何とかなるかな?後でフォスに聞こうね]

 

 眼をキラキラさせた無言の圧だった。…何だか私にも圧がかかっている気がする。…言わないダメな流れ?

 

「はい!」

 

 言わないとダメらしい。

 

 

[「「『任せ()(ます)』」」]

 

 

 

 

「お任せ!!あれ!!!」

 

 

 ある晴れ澄み渡る日。一つの街が忽然と消え、それからいくらか経って、スーパースターの噂が流れ、都市の中に消えた。なんて事のない話だ。街が消えるのも、無謀で外面の良い英雄様が居るのも、どちらも都市では正午の食事を取る頃には誰もが忘れる話。

 だけど、ここにあった一つの救いは、何であれ、誰かの記憶には残るだろうね?

 

 

 

 


 

 夜

 

[何も出来ないとこういう時暇だ]

 

 本に書くなら間違いなく飛ばしているだろう時間帯。人格になる必要があるのかは疑問だが、人の精神が人格なのだし必要なんだろう。フィンが日課だと言っていた日記を書き終え寝ている時、私は途轍もなく暇を過ごしていた。

 寝れればいいのだけれど、残念な事に何かしら影響を受けなきゃ今の私は寝れないのだ。

 

 アルガリアの時は日を跨がずに終わったし、モーゼスの時は寝ずの強行だったし、サルヴァドールは途中幻想体の力で寝れたけど、今回はそうもいかなかった。

 そうやってダラダラと考え事でもしようかとしていた時のことだ。

 

「すー…すー…」

 

「…よし。寝てるな」

 

[あ、蟲師の人]

 

 フィンに近づく影が一つ。この家の主人である蟲師が部屋に入ってきた。

 何をするのかと静観していると、何やら私の方に用があるみたい。何やら聖印(ヘイロー)もとい窊の蟲、もとい遺跡の遺産を一つ私に触れさせると、何やら今私のいる鏡の欠片、真っ暗な空間が振動を始めた。

 

[え、何。何が起きるの?]

 

 蟲師に語りかけた訳では無いから返答は無いけど、変化はすぐに起きた。

 

 暗闇が剥がれるように、何かに食われるように消え、周囲が明るくなる。

 

[…電車?…バス?]

 

 そこに有ったのは、何処までも奥に続いている車両、規則正しくバスのように席が置かれ、そこにはイサンを始めに囚人達、カロンにヴェルギリウス、アルガリアもモーゼスも勿論鏡の世界の囚人達も、見たことの無い人達も深い眠りついて座っていた。

 無理矢理首を捻ってそれらを見た始めの印象は、方舟…といった所だろうか。私の席は一番前で、何かしら特別な立場にいるみたいな感覚になる配置。運転席に繋がるだろう扉はあるけど、鍵穴の方向を見るに閉まっているし、奥に行くには外の景色が見れる切れ目から離れてしまうから今はいいだろう。

…何より

 

[全身ベルトで固定されてる…]

 

 …どうやら、私は暗闇の中周囲を探し回っている時も実際には固定され、動けてなかったみたい。そういえば今の私は偽物で、謂わば人格のダンテとも言える状態だった。知らない事は認識出来ないか似たような物に置き換わる。改めて厄介だと思う。

 

 それだけじゃ無い。私自身にも奇妙な事にいつもの赤いスーツじゃ無くて白衣を着ているし、肌も白いし、頭を捻った時に何やら結ばれた髪の毛の遠心力も感じた。多分ポニーテールって奴だろう。

 

 何だったら下を見れば胸がある。…私は男だと言えたら良いんだけど…頭が時計で記憶喪失な物だから実は全身人工肉で作った義体でしたとか、義体になる前は女で、今はそっちの方に戻ってると言われたら何も言い返せない。

 

…それは兎も角

 

[何をしたの?]

「うお、びっくりした」

 

 …そういえば時計の頭でも無いのに時計の音が出せるね?口は動いてないし…あ、でも足元を見たら何やら脈を測る時とかに使うようなのがくっついてたからそこから時計を鳴らす何かしらに繋がっているのかも知れない。…下半身の感覚が無いね?麻酔でもやられたのかな?

 

「…あー、ダンテ…だったか?お前だな?」

[うん。見てたけどその輪っかをくっ付けられたら周りの景色が変わったから流石に気になって]

「たいした事じゃない。その内俺の額にブッ刺さるだろう品物にくっ付いた(幻想体)を追っ払っただけだ」

[…あ、ローランってもしかして君?それと暗闇が幻想体だったの?]

「一つ目は今は言えないな。察しろ。二つ目はそうだ。俺の時に邪魔になるからどかした。…ああ、自分の正体については考えるなよ?バレる」

 

 …つくづく、みんなして全部知ってて私だけ知らない事ばっかりだ。

 

[んーー…分かった。そうする事にする。これ、会話するのもマズいんだね?]

「察しがいいな、助かるよ。…それじゃこの辺で、ああ、声とか出すなよ?あんたの声はよく響いちまう」

 

 それだけ言って蟲師…ローランは部屋を出て行った。

 

 …本当に、私を置いてみんなばかり知った風に動き回る。記憶を無くして流れるままにバスに乗って、その途中でこんな事に巻き込まれて、私はその巻き込まれた人の為に何も分からずに犠牲になる。

 

 

 

 理不尽だった

 

 

 

 在りたいように在れないのが、残酷だった

 

 

 

[…誰もが自分のやりたい事をやれるように…誰か()自分()のやりたいように…そう変わってくれたらな…]

 

 せめてそのくらい思うのは…いいよね?

 


 

 

 

 

 そんな事のあった次の日の朝

 L社の巣の郊外にて

 

「野球…やろー!」

 

 そういうことになった。

 

[でもメンバーがいないとできないんじゃ無い?]

「問題なし!伝手があるよ!」

 

 野球に関してとなると全然普通に喋るみたい。バットをブンブン振って巣の整備され、均一に整った芝生の上を踏む。

 

[そもそも、何でそんなに野球がしたいの?]

「それは僕が公式大会にも出場きた選手だからだよー!」

[公式大会?都市にもスポーツの人気があるんだね]

「もっちろん!何なら都市のスポーツについても教えてしんぜよう!」

 

 スポーツについて教えてもらう感じになった。野球をするのもこの後になりそうだ。

 

「まず、都市においてスポーツでご飯をたべたいなら、4大学校に行かないといけないの!」

[4大…それ以外は?]

「裏路地のちょっと賞金の出るスポーツ好き達の極めて個人的な大会を梯子して辛うじて?」

[シビア…!]

「入ったら3年生き残ってー、検査を抜けてー、審査大会で命懸けで挑んでー、その後密告戦を潜り抜けてー、実績を命懸けで積んで、そして公式大会に出れたら次の世代もスポーツに挑戦できる権利を得れる!」

[スポーツなのに命懸け何だ…]

 

 私の知ってるスポーツと違うね?

 

「そりゃそうだよー!公式大会はスポーツ好きの頭の社員も来るんだよ!?そんなの人脈を増やす絶好の機会だし、そうなると利権も絡む!そうするとメインコンテンツのスポーツも相当に投資されるの!」

「そうなると何が起きると思う?子供の段階から優秀な遺伝子を買って、最高の設備と教師、4大学校に行かせて優秀だという証明書を作る!この時だって最も効果的な訓練、精神状態、性格にルーチンワーク!何から何まで全部理論値で無ければならないし、同級生は仲間にして自分を鍛えるための踏み台!いずれ来る審査の為に1人でも多く脱落させなきゃ行けないの!」

 

 スラスラと言うから、多分やったか、やられたかのどちらかを経験したのだろうね?相当蠱毒を煮詰めているみたい。

 

「選球!キワ攻め!180の球速!守備も完璧で打てば必ずホームラン!絶対的な万能選手!それが普通。そう、普通の基準として置かれてさ、笑っちゃうよね。いつだって最高を普通にしてスポーツは進化したけど、強化施術も性差を無くすとかそのくらいしか無理でさ。沢山食べるのも沢山寝れるのも自力で覚えなきゃ行けなかったんだ」

 

[…随分と乱暴だね]

 

「そうだね。乱暴だ!毎日起きると沢山毛が抜けて、1日に少しでも食べるのが少なければもうついて行けない。特に僕は女の子だったから、脱落者を一気に2人出そうと画策して、当てがわれた人も沢山いてね。決まって次の日寝不足で身に入らなくて、そのままズルズルと退学になった人は多かったよ」

[どう対処したの?]

「寝てたから知らない!知らないったら知らない!僕はちょっとの性行の体力消費ならチャラにできる程度には回復力が極まってたからね!野球に支障は無かったよ!」

 

 防御すると回復もしてたし、実際回復力は凄いと思う。どうやら野球でもその回復力はお世話になったみたい。

 

「そうして登って登って登って行って、漸く辿り着いた公式大会!相手は技術だけで火の玉を投げる魔球の王子!対するは粘りと頑丈さで長打を安定して出す僕!満塁の中、9回裏、5-5の同点、ここは確実なやり方以外無し!」

[結果は…ロドスにいたみたいだし…]

 

 逆にどうやって堕ちたのかは選択肢が豊富で却って分からないね?

 

「高鳴る心臓、チリつく空気、その時観客席から来る源石の弾丸!同時に放たれる魔球!僕の眼では二つに一つ!弾丸を避けるか、魔球を撃つか!同時は不可能、バッターアウトになって弾丸を頭部に撃たれる!どちらか一つしか無い!」

 

 どっちを選んだかは分かった。同時に、何でそっちを選んだのか気になった。

 

[何でそっちを選んだの?]

「僕は野球が好きだから!」

 

 即答し構えたバットを振りかぶる。その姿勢が余りにも綺麗だから、ホームランを幻視した。

 

「沸き起こる歓声と怒号、4点差の大勝利、遠くなる意識、気合いで走って、チカチカと視界が白くなりながらゴールした時の達成感。…残ったのは、もう二度と野球をやれない身体と、次の世代に繋げられるだけの膨大なお金。…そして、一試合だけの名誉」

 

 その姿を見て、どこまでも野球が好きなのだと伝わる。何処までも純粋で真っ直ぐな感情だった。

 

「結局、記憶を無くしてもこれだけは忘れてなくて、みんなにもこの素晴らしさを知って欲しかったの。それが僕だからさ」

 

 そこで話は終わった。この話で分かったのは、都市のスポーツの蠱毒と、性格も含めて厳選されると言う事だ。公式大会に出ると言うことは、こういう本物というタイプ以外は無理なのだろうね?

 

「アーンジェラちゃーん!あーそびーましょー!」

[伝手ってもしかしてそれ?]

 

 そんな訳ぇ一件跨いだお宅に訪問、それも初めてで遊ぶお誘いだ。勇気が凄い。暫くして、ガチャリと扉が開く。開けるんだね?

 

「………」

「あ、アインさんこんにちは!アンジェラちゃんと遊びに来ました!」

 

 アインが出てきた。…やっぱり徒歩14歩でアインの家に行けるの中々狂ってると思う。だって彼図書館で会った時も全ての黒幕感あったし。

 今私のいる空間の運転席へ繋がる扉の向こう、多分だけど、そこに今の彼が居そうだしね?

 

「………」

 

 ギィと扉が閉まり、

 

「だれかしら?」

 

 程なくしてアンジェラが出てきた。…やっぱり徒歩14歩で会える人達じゃ無いと思う。だって彼女、私を殺しに来てたしアルガリアとの旅で鏖殺してたし。

 …だけどそんなに悪感情がある訳でも無いのが不思議だ。むしろ親近感すら今日になって覚え始めている。昨日窓から見えた時はそうでもなかったんだけど…不思議な物だ。

 

「ぼくはクオーラ!さいきんここに来たの!だから仲良くするために、一緒に野球、やろう!」

「えー、うーん」

「やろう!野球!楽しいよ!」

 

 アンジェラは割と惹かれてそうだ。…その後ろにすごく見覚えのあるディアスが透けて見えた。あ、目が合った。

 

[こんにちは。ダンテって言います]

 

 多分。…今の固定された現状で見える範囲の自身の容姿でそう名乗るのは…ちょっと自信が無いけれど…それ以外名乗る名も無いし、良いだろう。お偉いさんなのは知っていたので敬語だ。

 

「…今この瞬間幾つかの計画が根本から破綻していると判明した」

[私という存在の重し大き過ぎない?]

 

「アンジェラ、やろう!」

「やるわ」

「わーい!これで2人かくほー!」

 

「…あ、私もやる感じかい?」

[そうなりますね]

「あー、私が野球か…今はこんなだが元は専門の学校も野球場も専用の球団だって作れる立場だぞ?何ならルールだって変えられる」

[子供には通じませんね…幽霊に近いですよね?その身体]

「…まあ、何も否定出来ないが…一応言うと幽霊では無く「記録」のみの人格なしの状態だ。こうして薄ら見えるのも黄金の枝…枝か?…まあ、枝の影響に過ぎない」

[そうなんだ…]

 

 相変わらずこの枝の影響力は凄いね?…そして何でこの人はそんな事を知っているのだろう。図書館の時もそうだけど、本当に私が知らない事を知ってる人が多すぎる。

 後図書館で思い出したけど、陰陽の幻想体と騎士の魔法少女との戦いでも似た様なのを見たね?やっぱり何か共通点とかあるのだろうか。…今考えても仕方ないか。

 

「そして!昨日のかいしゅうされたレイサちゃんとハナコちゃんの友達3人!からだは宝石だよー!」

「あはは、ちょっとの間ですけど、よろしくお願いしますね?」

「野球?健康的ね!いいわ、えりーとな私が参加してあげる!」

「任せろ。地雷原の撤去はもう済ませた」

『大胆にやっちゃいますね?』

 

 良い天気なのもあってキラキラと凄まじい光だ。フォス監修の白粉化粧である程度抑えてはいるけど、眼から光が溢れててやっぱり眩しい。

 

「フォスからは即席だから日が沈んだら壊れるよ。だってー!」

 

 なんでも今日は快晴だから行けたんだって。雨とか曇りだと厳しいみたい。

 子供達は元気に輪になって話し合っている。なんだかんだ、仲良くなれそうだね?

 

[見覚えとかありますか?あの宝石]

「アインの実験だな。表向きにはK社の涙に代わる特異点の研究、裏向きにはねじれによる方舟計画の検証、そして頭や私とかの色々と知っている側の上層には…屈折率の減少、人格技術の研究、特定の特異点の再現と聞こえたらしいぞ?ご丁寧に知っている知識量に比例して真相を知る事の出来る「鍵」の特異点を使っての発言だ」

[マトリョーシカみたいで聞いただけでヤバいって解るね?]

「ま、失敗した物だ。関心を向けるのに値しないな!」

 

 「鍵」云々は多分人格の知ってることのみやらの認識の置き換えのやつだろうね?

 薄々分かってたけどこの人碌でなしの類いだね?あんまり深入りすると手札にされそうな気配がある。それとそんな重要そうな物が失敗したと聞いてどれだけの人が信じられるんだろうね?

 

「お、子供達で何してるんだい?」

 

「あら、おとなりさんのむらさきのひとだわ」

「野球するのー!」

 

「なら、アレを棄てる裏路地の時間まで暇だし、捕手でもやってやろうか?どれ、確率変動の絶対的な捕手を見せてやろう」

 

「わーい!7人目だ!」

 

 この野球大物多いね?金持ちのディアスと特色の紫の涙がいる野球…?辺り一面破壊し尽くされそう。

 

[…あれ「こっち」側の紫の涙だ…]

「あー、殺しに来てたんだな。ま、仕方ない。アレは彼女にとってライン越えだ。昨日の夜は掃除屋も休んでたから1日暇になったな?」

[…あれ、殺すと紫の涙に利点があるんですか?一見なにも問題なさそうですけど]

「…簡単に言うとここで起きた事は必ず起きる未来になり得るし、逆に絶対叶わなくもなる。今回の場合はフィリップの坊やにその胸先三寸を握られる所だから辿り着けた未来を殺して確実に叶わない方でも問題ない様に誘導に来てるんだろう。基本、悪い未来は叶わない様にした方が私らにも利益があるからな」

[へー…それってここの通貨が紐なのにも繋がったり?]

「するな。それはそのままダンテ君が普段使っている「紐」その物だ。可能性の具現化した物体だな」

 

 するらしい。多分これ未来を売り買いしてると思う。普通に生きてて買い物は間接的にもそうなるけど、直接なのはここ特有だろう。

 となるとここで過ごした時間と出来事は「紐」にできるか選べるし、「紐」にすれば絶対叶わなくなる。逆に取っておけば必ず起きる未来になると。

 

 そうすると最も効率的に「紐」を稼ぐなら赤の他人の人格を手に入れて適当に生きてそれを資産にする事だろう。「紐」は人格にとっては本当によく使うし、ここではその使い道も沢山開拓してそうだ。尚更需要は高いだろうね?

 

「いい感じに人数がそろってきた!このままドンドン巻き込もう!」

「わたしはもうすでにつらいわ。ひとが…おおい…!」

「あはは、大丈夫ですよ。ちょっと煌いてますけど、みんないい子ですから」

「…そうだ!僕達フィンの友達(人格)も宝石に入れるのはどうかな!無理。そっか!」

『さっきの撤去した地雷原って何でしょう?』

「アンジェラの庭に有った。質からして精神攻撃系統だ」

『後でそっくりそのままに戻しておいて下さいね?多分掘り返したらマズい物ですから』

 

 うーん。喧騒としている。全部聞いてたらキリが無さそうなのでディアスと会話していよう。

 

[ディアスさんは私について何か知ってたりします?]

「…私はLimbus company社のスポンサーだぞ?知ってるも何もダンテ君の旅行に口出ししているのは私だ」

[!!!?!?!?!!?]

 

 驚きの余り時計がグルグルと回り汽笛が鳴った。…思ったよりお偉いさんだった。

 それと今ので時計の位置も分かった。お腹だ。胸で隠れて見えてなかった…いやこれ音的に内部に…分かったこれ子宮とかその辺だね?…まじ?下半身の感覚が無いから分からないけど痛い奴じゃ無い?

 

 その時、思考を横切るレイサの記録。ある翼では特異点の都合で腹に胎児を入れる…影の種って何だろうと思ったらもしかして人格の形成とかその辺り?この鏡の世界が性別が機能してない場所だとしたら新たな可能性を生み出し…違う再形成だ!既存の人格を材料にした新しい素体。心臓を食べるのが上書きなら引き直しの技術!

 

 ……もし、アルガリアの言っていた屈折したものを元に戻す。その為に都市にいない過去の人や遠い世界から流れてきた人格の破片からできた「記録」を排除する為に使い、そしておまけで都市にいる「記録」を引き直せば……あ、ネツァクやレイサの人格のストーリーを見る時に◻︎◻︎◻︎みたいな感じになってたのこれの材料になったから?

 

 例えるならレイサが◻︎◻︎◻︎(レイサ)になって代わりにグレゴールを引く…みたいな。それならこの都市においては都合のいいことしか無いし、この鏡の世界なら特異点だと認められそうだ。嫌な気づきだった。

 

「まあなんだ。今は所詮無礼講でいいさ。此処ではそれが許されるからな!それと私の正体については判るが答えん!「記録」では無い人としての私が不利になる事はなるべくしたく無いのでね!」

[はい…そうですよね]

 

 思考を一旦脇に置いといて、ディアスの言う事には長いものには巻かれておこうの精神で対応する事にした。そうすることにしたのと同じくらいのタイミングで、野球のチームの人数か集まった。

 どうやら近所の人達が声に釣られてよってきたみたい。

 

「3時間以内に野球を行い終えろ。勝利すればボーナスポイント。都合よく野球しようとしてる子供達と遭遇しましたね。…どうもこんにちは、ヤンです。どうか参加させてくれませんか?」

「いいよー!」

 

 近所を警護している人差し指の伝令に、

 

「どうして私達がこんなガキどもの世話なんか…」

「仕方ないだろう。通りすがりにお偉いさんとのコネになるかもとピートが飛び入り参加したんだから」

「ごちゃごちゃ言ってないでご機嫌をしっかり取れよ…!翼とはいわねぇ。せめてそこそこのとこに入れるように仲良くなるんだ!」

「無理だと思うけどなあ」

 

 最近のL社の裏路地取り込みで偶発的に中に入ってきたネズミの3人だ。

 これで11人、審判と捕手はディアスとイオリで固定だから1人分余裕を持って開始する事になり、ヤンの都合でチーム分けと60分の制限時間も設けられた。指令は達成しないといけないみたいだから仕方ない。

 

「では、試合開始」

 

 そんな訳でディアスの合図の下始まって…

 

「ともだちのあかし」

「気合い!」

内臓()拾い!」

「走れ!」

 

 何故か技名らしきものを叫びながら進行していき…

 

「路地踏破!」

「連続拳」

「ひつぎ」

「もっと激しく!」

「手榴弾!」

「攻撃」

 

「ホームラーーン!!!」

 

 青空にボールが消えていくのを見届けつつ、一つ決心をした。

 全部を語りきる事は難しそうなのでいっその事語らないという事だ。

 

 弁明としては、全員の動きを言うのは大変だし、何より私の眼が追いきれなかったのだ。フィン視点だと主にバットを振っていたけど、それ以外は投げて打ってくるくる回ってる事しか分からなかったし…何より、私は野球自体は知ってるけど、詳しくは知らないから上手く伝えられそうにない。

 

 少なくとも勝敗は30-30の同点で終わっていた。多分私の知っている野球と違うと思う。

 

 ただ、これだけは分かった。

 

「昼食、こさえたから食べなー!」

「イオリおばちゃんありがとう!」

「あはは…宝石の身体だと食べられませんね」

『ごめんなさい…』

「責めた訳では無い。食べれなくても、ご飯を添える程度は出来るし、笑顔を見ているだけでも楽しい」

『…心遣い、感謝しますね』

 

 ここにいるみんな、はちゃめちゃに楽しんで

 

「さいよう」

「しゃあ!!!」

「いけるもんだな」

「ぴーとはLしゃ、まんちはWしゃ、れにーはRしゃでいれたわ。」

「傭兵かー。ま、ネズミでいるよりは明日に希望を持てるわね」

 

 実に愉快に笑い合い、仲良くなれたって事

 

「へー、指令の方はそれ目的か」

「紫の涙は安全策ですか」

「ま、こんなとこで失敗したく無いからね。目指すなら確実に、さ」

「では、指令の思う通りに」

「やるしか無いってのは…はあ、やるせないな。じゃあ、私はここらでお暇とさせて頂こうか。死体の方は頼むよ」

「ええ、遂行すると約束しましょう」

 

 いっそ痛いくらいに伝わってきた。……本当に…実に

 

良い光景だね?(私に見せてつけているの?)

 

 楽しげな会話に意味深げな会話、大人と子供の垣根無く遊んで、時間が来たら笑顔で別れる。きっと、都市ではとても貴重な1日で、忘れ難い思い出になる景色だ。

 

 1人立ち上がって立ち去る。それを機に一人、また一人と別れていって、また会えるならそうしようと約束もする。明日があると希望を持って、快く裏切りなんて、思考に掠めすらせずに信じて家に戻る。

 

 理想的だ。

 

 暗闇の中で地獄を見て、今は背後に眠る人々を侍らせて見ている。死に向かう旅が半ばを越えている実感が湧くと、どうにも怖くて仕方がなかった。

 

 何もできない。

 

 結局、動けないままにその日が終わり、日が暮れる。

 

 こんな事ならいっそ暗闇の方が良かった。拘束され、動けない事を知って、どうしようも無く無力感が湧いてくる。それなら、暗闇の中、何か模索出来ていると、そう錯覚出来た方がマシだった。

 

 3ヶ月23日22時43分12秒

 

 私が自分で数えた何も出来なかった数。体感で感じた時間。いい加減、この何も分からない中、他人任せに進んでいく環境に耐えられそうない。いっそ全てを壊してしまいたくなって…

 

『─‬‭─‬‭─‬‭─‬』

 

 ほんの少し、息を吸って…

 

声とか出すなよ?あんたの声はよく響いちまう

 

 思考に反芻し、そっと…息を殺した。

 

 結局、何が起きるのか分から無くて、その恐怖に向き合えずに逃げる。何もしなければ死ぬ命なのに、何も出来ないのは、やはりこの命が惜しいからだ。

 

 どれだけ他者と比べて自身の不幸に惨めに思って苛立たせても、結局この惜しみに耐えきれずに動けなくなる。

 

[こっちなら…幾らでも話せるのに]

 

 そうして悩んでいる内に、夜が明けた。

 

 

 

 

「僕の番ですか」

[そうだね]

 

 キラキラと宝石の身体を煌めかせたフォスにそう答えた。緑を基本に金が凝固して接着がなされている身体。宝石には詳しく無いけど、柔らかい宝石で作られているんだって。

 

「と言っても、僕はレイサよりも記憶が曖昧でして…手がかりも少ないですから、地道に探すしかないんですよね」

[それで前に来たこの草原に来たんだね]

 

 今私達がいるのは、いつか来た宝石と木が生えた草原だ。相変わらずどこからか来た欲張りな人を宝石に変えては自然豊かにしている。

 

[それで、ここで何をするの?]

「取り敢えず奥の方に行こうかと。ここの事が協会の都市疾病の依頼表にありまして、それにによると奥まで入った人は居ないそうなんです。土地も勿体無いし、何とかなれば無限に宝石を作れるかもとなればお金を出す人もいる、というとこまで調査済みです」

[朝から何処に来ているのかと思ったらあそこ協会だったんだね]

「ハナ協会ですね。支部ではありますが、本部は依頼を漁る賞金稼ぎが最新の美味しい話を争い合ってるので、調べ物なら支部が適切なんです」

 

 そう会話をしながら奥の方へ進んで行くと、なにやらフォスと同じように作られただろう宝石の人形があちこちで壊れた状態で落ちていた。何か戦闘でもあったのか、近くには剣が落ちていたり木が生えている。

 

[何かあったみたい。明らかに人と宝石の争いっぽいね]

「…いきましょう。ここには何もありません……違う…僕じゃ無い…僕じゃないんだ。その筈…」

 

 何か記憶を刺激されたみたい。頭を抑えながらも先へと進んでいく足は止まらない。

 

[そういえぼ、何で記憶を取り戻したいの?私も記憶喪失だから気持ちは分かるけど、明らかに危険で厄介そうな所に行く程?]

 

「…僕が覚えている記憶は、どれも誰かと戦っているものしか有りません。それは幻想体だったり、ごろつきとか浮浪者とか、よく分からない生き物とか、色々です。その中で明らかに矛盾した記憶があって、特に大きな矛盾は僕がフォスフォフィライトであったり、ラピスラズリとか、オパールとか、これまた色々な宝石の名前で呼ばれている事です」

 

[…人格を被っていたとかじゃ無くて?]

 

「まさか!だったら、主観の時系列にも矛盾があるだろうし、何より、最初の記憶にあるフォスとしての自分自身の顔は見れないでしょう!人格は取り込んでも纏まるだけなんだから!何より人格は矛盾がないよう認識を補完するじゃないですか。僕の現状とは真逆です」

 

[それは確かに]

 

 分かりやすいのはミシェルの捨て犬からの人格の取り込みだろう。主観では何年も頑張って自分自身の努力により本来とは別の未来へと進める事が出来たと思っているが、実際は人格を手に入れて変化していただけだし、ツヴァイ協会の時は見た目の変化を整形とかだと思い込んでいた。

 実際は心臓を食べたその場で見た目がツヴァイ協会のものに変わったのにも関わらずだ。

 

 ここから人格は別の人格になっても元の人格が復活する訳ではない。捨て犬からツヴァイ協会になっても捨て犬のミシェルは蘇生されないのだ。

 確かに、フォスの言った通り矛盾はしていた。

 

「だから知りたい。きっとこの僕はレイサと同じくほんの一欠片何ですよ。それが黄金の枝というのでちょっと戻っているだけ。真実は見つけてこそ何です。そうじゃなきゃ、未来へ進む時、後ろから手を引かれちゃうじゃないですか」

 

 それは、過去を受け入れようとする意思だった。どれだけ悪い過去であっても、その上で自分の未来を信じていた。これを聞いた以上、手伝わない訳にはいかないよね?

 

[うん、気持ちは分かった。私も出来る限り手伝うとするよ]

 

「それは心強いですね」

 

 フォスはそう言ってにこりと笑う。私も、記憶を無くしてからおそらく初めてだろう笑顔を作る為に口角を上げた。…出来てるだろうか。ここに鏡がない事が悔やまれるね?

 ずっと義体だと、生身の扱いを忘れていけない。

 

 そうしているうちになにやら真っ白な建物が見えてきた。轟音。その上には小さな爆撃機が旋回していて、建物の周りには機関銃の花が咲き誇ってい………んんんーーー????

 

 瞼を思いっきり閉じて、もう一回見直して、もう一度やって、私の知識に爆撃機がある事に疑問をくるりと回して、考えても仕方ないと結論を出して、それからよく見て、

 

 近くにある畑から野菜っぽい地雷が自ら飛び出し…

 周囲を無音で爆発させ、種を蒔いて周囲のエネルギーを変換して自己増殖し…

 柱だと思っていたものからレーザーとアームがが飛び出して捕食と自己進化を行い…

 噴水から湧き出る水が次々と見た目を変えて殺し回っては被弾から自己学習を行ってより効率的に殺戮を行い…

 

[身を屈めて頭と地面を擦る程低く、音を出さずに周囲の草で光の反射を隠して!]

 

「…!」

 

[足も尻を上げずに力を抜いて…そう、そんな感じ]

 

 取り敢えず、見つかったら不味そうなので隠れるように指示した。…頭が痛くなる光景とはこの事だ。

 

 

[…何あれ]

「さぁ…」

[フォスの記憶に関係してる場所だし、早く思い出してくれないと困る]

「そう言われても…うーん。あんなのいたかなぁ?」

 

 …多分……別件かな?少なくとも剣一つで立ち向かうには物量と火力で無理そうな相手だった。しかし考える時間はあるだろう。一定の範囲からは出て来れないのかこっちには広がらず、上を旋回し爆弾を定期的に落としている戦闘機も一定の範囲を出ていない。

 路地裏の夜と同じく決まった範囲しか生息しない…というよりは、何かがこれらを引き寄せて封じている感じの動きだった。

 

[…あ、これ全部生き物だ]

「これで!?機関銃とか奥に飾られてる無数のミサイルとか無限機動の電子レンジの群れとか、ゴミ箱っぽい何かとかが!?」

[んー、U社で見たクラブに生態は近いかも。でもくっ付いてるっていうよりは寄生している…日光だと思ってたけどあれ粉か…粉塵が凄いしあれ全部卵…蟲?…違う、それより小さい…病気?……あ、ウイルスかぁ…]

「不吉な単語ばっかり聞こえるぅ…」

 

 それらに加えて分かった事は、あそこの空間の中で何とも複雑な機械の生態系が築かれている事。多分文明を終わらせられる程度の生き物があそこに収容されているのだろう。ここがL社の巣だと考えるとこの宝石になる草原はそのウイルスを封じるための物の様だった。

 ディアスは結構正しい事を教えてくれてたみたい。表も裏も嘘では無かった様だった。

 

 ……もしかしてここに生えている草ってウイルスが草木になった物?人は木に、それ以外は草、「入ると宝石になる」では無く、「出ると宝石になる」が正しい目的だったみたい。

 

[…推奨は帰還する事だけど…それでも行く?]

「正直帰りたくなって来ました」

[だよね]

 

 うつ伏せで微動だにせず草に紛れて落ち込んでいた。気持ちは分かる。

 

「いや無理無理。宝石に兵器相手って…人類の殺意の塊を相手にするとかムーリー!あぁ、200年不貞寝したくなってきた…」

[いじけてないで、さっき決意したばっかりでしょ]

 

 フォスはだらっと顔だけ前を向いて言う。眼は既に半目で頬は膨れていた。

 

「だってー、ダンテさんこれは無理ですって。ほら、見てくださいよ。太陽爆発起きてるのかってくらいの銃撃の音とレーザーの光、爆発が終わってませんよ。文字通り火の海です。融点に達して溶けるのが目に見えてます」

[都市の戦争の時でもまず見ない暴力と違法行為なのは確かだけど…]

 

 試しに端末でダメージ測定をしたら3000が最低ラインだったので間違いなく死ぬね?とんでも無かった。

 

「あー、こんな時頼れる仲間とか居たらなー「呼んだか?」プルプルプルーーー!?」

「驚きすぎだ」

 

 声をかけられると思って無かったのだろうね?奇声を上げて転んで距離をとっていた。

 それから冷静になって立ち上がって、改めて相対する。見慣れた顔だった。

 

「蟲師さん…居るならもっと分かりやすく声をかけて下さい…ビックリしたー」

「それは申し訳ない。だが丁度良かっただろ?」

「良すぎて怪しいんですよあなたは。毎回毎回、尾けてきてます?」

「耳が良いだけだ。後は勘」

 

 知らない仲では無い。むしろ肉の区や音の区を一緒に探し回ったからお互いよく知っていた。

 その時はフィンとして対応していたけれど、半分はフォスでもあったから親身な感覚くらいはあるだろう。

 

「で、来たからには対策が有るんですね?無かったら手詰まりですよ」

「おう、無い」

「お疲れ様でしたー!」

 

 背を向けてさも働いたとばかりに背伸びをしながら歩くフォスの襟を掴んで浮かし、蟲師が続ける。

 

「何ですかもうやれる事ないでしょう帰ってローランさん探しに行きますよ」

「まあ待て、俺が持つ手段じゃあ無いってだけだ。こういう時は外様に頼るんだよ」

 

 歩いても足が地面に付かないので諦めてぶらりと力を抜くとそのまま手を離されて地面に不時着した。

 

「外様って…フィクサーに依頼ですか?それともR社の傭兵?どっちにしてもお金稼ぎしてる最中で散財はあまりよろしく無いですよ」

「どっちもハズレだ。こういう時タダで頼りになるのは仲が良くて法律やら規則に喧しい連中なんでな。そっちだ」

 

 タブーハンターだろうか。でもこの宝石の草原はL社のタブーに触れているのだろうか。それ以外に法律と規則に正しい人達となると…

 

 

「ふむ。昨夜に聞いてはいたが、確かに私が来る必要がありそうだな?」

 

 

 頭の人達以外居ないだろうね?

 

 

「お、ビナーさん。来てくれたんですか」

「無論だとも。図書館の縁を使ったのだから一旦は来るさ」

 

「…え、えええええ!!!!??!?」

「静寂に」

 

 驚き叫んだ横に海で聴く様な波の音が過ぎ去り、それからフォスの腕が落ちた。高圧の水の刃だ。フォスは驚く途中で固まり、それからおっかなびっくりに腕を拾ってくっ付け直す。彼女の危険性を理解した様だった。

 

「図書館の縁だ、一度は叶えよう。何より丁度良かったからな」

「そりゃどうも。俺は通報しただけって事で、そろそろ立ち去るさ」

「あ、え、蟲師さん待ってください!調律者と2人きりなんて耐えられません!どうかお慈悲を〜ぉ…」

 

「…そう身を縮ませずとも良かろうに」

 

 みっともなく足に縋りつき、涙は純金しか出ないので声を震わせて追い詰められていることを必死に伝える。そうしている間にも調律者はその頭上に真っ黒な「波」の塊を圧していた。ビームとか出そうな球体だった。

 

 私も正直辛いんじゃないかと思う。『あっち』の囚人として何故かいた時から手に負えていなかったし、最早残骸としか言えない程弱体化してもまだ強い相手にこんな事で協力して貰って喜べるのは身の程を知らない者しかいないだろう。それとビナーじゃなくてガリオンじゃ無い?あだ名だろうか。

 

「伝手を使ったんだから良いだろ?敬ってりゃ殺されはしないさ」

「何で調律者を動かせるのかは気になって仕方ないですけど!このままだと纏めて死ぬ未来しか見えません!」

 

「心配せずとも頭と心臓くらいは残すぞ?」

 

「ほらぁ〜!!」

「お前さんは元通りになれるから良いだろ?俺はここにずっといたら消し炭なんだ。さっさと放しな」

「うえ〜〜ん!…放します。その代わり一緒に逃げちゃダメですか」

「悪いな。この鳶葦(とびあし)は一匹しかいないんだ」

「くそぅ…そもそも安全な所まで避難するのを待ってくれたら…」

 

 波打つ音と共にフォスの足が切れた。フォスは涙目で足をくっつけた。石の身体に棲みついた微生物のお陰である。ありがたい事だね?

 

「お前達の都合をティータイムより優先させる訳が無い」

 

「…お忙しい中ご協力有難う御座います」

 

 がっくしと項垂れ、フォスは諦めて感謝を述べて黄金で身を包む。これ以上は礼儀を尽くさないと本当に殺されそうだったから、観念したみたい。

 そうしている内にも蟲師は鳶にも葦の塊にも見える何かに捕まれて何処かへと運ばれ、準備が終わったのか「波」の塊が解放され、周囲に全てを呑み込む黒い海が津波となって辺り一面を洗い流さんと私達を巻き込んで襲いかかった。

 

「かぽぽぼぽぼぽぼ!砕ける!バラバラになる!」

[まって亀裂から水圧ブシュババ!ブ…バ…口に…ゴポポ]

 

 想定外だったのだけれど、なんと目の前の覗き込める亀裂から「波」が私の顔にめがけて襲ってきた。水撒きのホースの入り口を狭めて勢いを増した時を想像して欲しい。息が出来ないのが辛いし痛い。囚人の蘇生よりはマシだと思って耐えるしか無いだろう。

 

「…ップハ!」

 

 それから何分か座りながら溺れるという拷問体験をしていると、どうやらフォスが陸地に降り立ったみたいで顔に発射される「波」が無くなった。全身がずぶ濡れになって不快感が強い。前が見えないし、何より布が欲しかった。

 

[濡れた髪が邪魔で前が見えない…ええと…どうなった?教えて欲しいかな]

「待ってください今足を形成し…いえ、人格変えたほうが早いかな。フィンに変わって中で再生してきます」

[分かった。ゆっくり休んでて]

 

 不定形の黄金がバラバラになったフォスを取り込み大雑把に組み合わせ、黄金の中に避難させていた端末で人格を変えた。何でも人格毎に休める空間があるみたいで、そこで組み直すみたい。外を見る時は私みたいに亀裂があるからそれを使って見るんだって。便利だね?

 

 人格が変わり、何だか久々な気がするフィンになった。寝てる時はフィンだからそうでも無いはずなんだけど、ここまで荒事は他の人格で対応していたからそう感じるのかもしれない。

 

「…うわ。…では移動しながらお伝えしますね。まず、草原が一面真っ黒になってます。土が掘り返されたのか歩きずらいですね。所々遠くには池が出来てて、水面にはさっきまで目的地で争い合っていた機械生命体らしき物体が浮かんでます」

「そして空もさっきまで雲一つなく晴れてたのに分厚い雲が覆って雨が降ってきてます。遠くが真っ白になる様な大雨です。僕も走って雨宿りしたいですけど、走ったら転びそうなので歩いてます。風も強いです」

 

[囚人だった時もそうだったけど、頭の特異点はやっぱりすごいな…環境を変える規模…あ、そうだフィン。身体が宝石になってたりとかしない?]

 

 蟲師や調律者は何か対策をしていただけで本来ならここは身体が宝石になる危険地帯だ。フォスが人格を変える判断をした以上多分大丈夫だろうけど、念のために聞く事にした。

 

「大丈夫です。丸ごと洗い流されたのか変化は有りません。ちょっと煙草臭いですけど、それ以外は特に。…続けますね。争い絶えない目的地ですが、遠目には半壊してますが変なのはいなさそうです。ビナーさんも蟲師さんもどこかに行った様で見かけませんし、ここにいるのは僕達くらいでしょう」

 

 人格と私も頭数にいれて5人。どうやらガリオンはティータイムに、蟲師は資金を稼ぎに行ったみたい。親切心で手伝ってくれたのは事実なので感謝はするけど、都合が良すぎて気味が悪いのも事実だ。

 まるで、この先に私達だけで見せたいものがあるみたいだね?生憎、引き返す理由もないから乗せられるしか無いけれど。

 

 …首をさっきから振って髪をどかそうとしてるのだけれど、張り付いて動かない。腕が使えたらこうはならないのだけれど、拘束されていて出来ない。すごくストレス!……仕方ないので自然乾燥に任せる事にした。

 それにしても、ここまで硝子片の角に攻撃されることは無かったから気づかなかったけど、案外この空間は他者の影響を受けやすい事が今回の事で確信に変わった。モーゼスが触った時とか、蟲師が窊を降らさせた時然り、これからは私もここに触れさせない様指示を出していかないとダメかも知れないね?

 

 服の裾を絞って水が垂れる後と、一息ついた声が聞こえた。考えている内にフィンは到着したみたい。

 

[それじゃあ、レイサから鞄を貰っておいて、フィンのままで行こう]

 

「はい!レイサの鞄、無くしちゃダメですからね!……レイサさん、ありがとうございます」

 

 レベル1だけど遠距離なレイサや割りと強いクオーラに変わることも考えたけど、前が見えない私に二人が詳しく慎重に説明してくれる図が思い浮かばなかったからフィンのままにする事にした。

 

「…伝えますね。見た感じ神殿って印象です。あちこちが雨漏りしていて、壁に引っかかったのかゴミ山が壁際に出来ています。…げ、ゴミ山から何か糸状の生き物がうねうねと出てきました!」

 

[火花を出す武器はレイサのバックの左側にあるから取って。刀身に炎とギザギザのマークがある。それでも動くなら逃げて]

 

「はい!」

 

 レイサの持っていた次元鞄は大体の位置に手を入れて取り出したいものを思い浮かべれば取れるのが便利だ。『あっち』の囚人のエズラ曰く音声で飛び出るのもあるみたいだけど、念じるだけでいいタイプのほうがお高いらしい。雑談している時に聞いた話だ。

 

 幾らか、生々しい筋を斬る音と肉の焼ける音がして、戦闘が終わる。どうやらレベル1のフィンでも倒せる程弱かったみたい。そこら辺にいるごろつきと同じくらいと考えて良さそうだ。

 

「戦闘終了です。相手は強化施術などをしていない人と同じくらいですね。僕でも対処可能です」

 

[それは良かった。引き続きお願い]

 

「はい!」

 

 しばらく足音が響き、時々周囲を警戒しているのか立ち止まって雨音だけが聞こえる。

 …見えない事がこんなに恐怖を駆り立てるとは思わなかった。雨が降る音に紛れてガシャ…とかギシッ…と何かが崩れる音もする。

 

「…戦闘現場から奥に来たんですけど、日が出て無いせいで暗いですね。所々宝石の欠片が転がっていて、それが光ってるので歩ける場所は分かりますが…宝石をずっと見てると寒気を感じます。何だか誘われてるみたいで…このまま進んでいいのでしょうか」

 

 ちょっと乾いてきたので何とか髪を少し退ける事が出来た。僅かに見える視界に、確かに薄暗い通路に赤や緑や青と、薄ぼんやりと色とりどりに光っている。

 

[なるべく宝石の方はじっくり見ない様にして、そのまま奥へ。途中寄れそうな部屋を見つけたら慎重に入ってみて]

 

「了解です。このまま探索していきますね」

 

 それから、宝石に誘われる様に先に進んで行く。宝石の色は赤、橙、黄、緑、青、藍、紫ときっと偶然とかでは無いのだろう。罪悪資源と同じ色合いの宝石が多い道を選んで進んで行くと、見た事のある大罪達がいた。

 

 水袋に人の内臓を詰めたもの、細い枯れ木を絡めて作ったような真っ赤な犬、幾つもの口を持った白い花。そして、「波」を辛うじて生き残ったのだろうゲロ状の何か。

 

[攻撃レベル5。弱点打撃。条件で加重が増える槌の源石武器が最適だからそっちに交換。憂鬱から対処。ゲロは気合いで耐えてきついなら言って。E.G.Oで回復する]

 

「はい!戦闘開始!」

 

 少ししか見えない今の視界で指揮は無理そうだから初めに言えるだけ言っておく。逃げる様指示しないのは大罪が曲がりなりにも少しは幻想体だからか経験としてレベルを上げる事ができるからだ。

 『あっち』のバスで学んだ事。ここの人格は幻想体との戦闘でレベルを上げる事が出来る事。その時に大罪でも行けるのは確認済みだったし、逃す手は無いよね?

 

 そもそも何でここに大罪がいるのかは、アインの実験の産物だからだろう。ねじれとか人格の実験とからしいし、そういうものだと思う。

 

 源石武器を奮い、身体を源石に変換しながら潰していく。使う程に強くなるけど、源石進行が100溜まると死ぬ武器だ。長期で扱うには向かないけど、時計で戻せるならこうして一戦闘で使う分には問題ない。

 

えぅ…ぁ…ゔぁ…食べてけ…

 

 混乱を武器の特性で精神を下げ、暴走する事で難を逃れる。首の長い魚らしき怪物になり、口からシチューに似た何かを吐き出して焼き殺していく。

 〖握らんとする者〗のシンクレアや〖ロボトミー E.G.O::狐雨〗と同じタイプの攻撃方法だから、1人で戦う場合に向いた武器だ。こうして混乱もチャラに出来て、いい買い物をしたと思う。

 

「…ふぅ。戦闘終了です。お疲れ様でした」

 

[お疲れ。お陰で先に進める]

 

 そうして先に進んでは何回か大罪との戦闘になっては倒していき、レベルが8まで上がった辺りで変化が起きた。

 

「ここは…何かの書庫でしょうか。狭くて本も雨の影響でダメになってますね」

 

[まだ無事なものを探してみよう]

 

 [フィン]は何かフォスの記憶に関係してそうな情報は無いか調べて、1冊頑丈に仕舞われていたお陰で無事な本を見つける事が出来た。

 

「[「試練」に基づく複製実験]?重要そうですね」

 

 そこに書かれていた事は、この地で行われたアインによる実験記録だった。実験過程が乗っていて、見ているだけで悲惨なものだったから、詳しくは知らない方がいいよね?

 

 以下はその内容の概要となる。

 


 

目標《人格の複製及び「記録」の精製》

 

 

実験記録1「人を利用した試練の卵の精製」

―成功。七名の被験体は7種類の宝石の卵となった。以後、これらをサンプルに研究を行う。

‭─‬補足。ガブリエル、ジェバンニ、カーリー、ダニエル、ベンジャミン、アンジェリカ、ラピスの七名に感謝を。以後、成功した暁には複製個体を代理とする。

 

 

実験記録2「幻想体のギフトと試練の合成による人格の複製」

‭‭─‬失敗。複製途中に脱走。多勢に影響を与える事は無いとして脱走した複製人格〖試練 カルメン〗の抹殺は不要と判断。

 

‭─‬考察。人格に押し込める抽出過程に問題あり。複製の都合上過程の変更は不可能。クリフォト抑止力が必要と判明。D社支部の黄金の枝を使用して再試行。

 

‭─‬成功。

 

 

実験記録3「アンジェラの「記録」の精製」

‭─‬成功。〖試練 カルメン〗を骨組みに【アンジェラ】の精製に成功。これにより、機械という人格のない存在の精製に成功した事から如何なる存在も精製可能であると結論付ける。

 

 以上を踏まえて計画を第2フェーズに移行する。

 

 


 

「誰かしらの地雷にしかならない…しかもこの添付されてる写真の顔とアンジェリカってたしかローランさんの奥さん…」

 

[うわ…心当たりしか無い]

 

 例えば、あの声がガラガラなカルメン

 例えば、複製できる様になったと言われていた赤い霧

 例えば、大罪と同じ感じがしたアンジェラ

 例えば、〖L社 セフィラ ネツァク〗での違和感

 例えば、突然崩壊したと言っていたD社支部のユーリのE.G.O人格

 

 挙げればキリがない程に、この記録によって生まれたものは私達の旅に影響を与えていた。

 亀裂から車両の車掌室に繋がる扉を見る。…一体、どれだけの事をしてアインはあそこにいるのだろうか。知るほどにとんでもない人だと思い、それでもまだ底は深いと理解して意識が遠くなる。

 

 時計が汽笛を鳴らしながら回り、混乱している自身を自覚する。混乱で身体が高揚し、いつの間にやら髪は乾いて前がはっきりと見える様になった。一旦冷静にならなければならないだろう。

 

[……取り敢えずレイサの鞄に仕舞おう。それから…先に進もうか]

 

「はい。…フォスさん、ダンテさん。この先、覚悟を持って進まなければならないでしょうが…出来てますか?」

 

 フィンはそう言ってフォスに人格を変える。全身の修復が終わり、全身を輝かせた緑に紫に黄金の宝石のフォスフォフィライトが降り立つ。

 

 その言葉は、この先に偽物である私自身やフォスに関係したものがあると直感からこその問いかけだった。

 きっと、私はこの旅を終えたら死ぬだろう。

 その時に自身の起源を知っているかどうかの違いしかないだろうから、そこまで大事ではないけれど…やっぱりと言うか、自分がどれだけの犠牲の上に造られたのかは知っておきたいと思う。

 

 そんな記憶を失った人物を基にしているからこそ、私は知る方を選ぶことにした。

 

[うん、覚悟はしたよ。きっとここから先は、長い戦いになる予感もするからフォス達も準備を済ませてね]

 

「……はい」

 

 きっとフォスも察しているだろうね。宝石の卵、七名の被験者、宝石の身体、少ない記憶にある場所でこんな物を見つければ、自分の出生が碌でもないなんて想像に難くない。私もまさかここまで重要な事が潜んでいるなんて思わなかったし、この先に何があるのか想像もできない。

 

 

 きっと、子供には時間が必要なんだろうね。

 

 

 それから、暫く雨の音だけが響き続けた。

 

 

「…よし!」

 

 フォスは静かに閉じた眼開けて、宝石の欠片が光る暗闇を駆け出した。

 

 

 







次回

積み重ねられない



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