ダンテ著:囚人が違う世界の鏡   作:何処にでもある

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 最初で最後の8時のサーカスくらいのギャグ回なので少し長めに失礼。
 結構前にちょっとだけランキングに載っていたので感謝の意を示します。ありがとう。プロムン全作品読んでるの前提な上に興味を引かない様にしたタイトルと説明でよくもまぁ…。一見にはオムニバス形式と勘違いさせての小細工でこれが本当のクリフォト抑制ってね!ってしてたら…ランキングのってアブノーマリティも収容違反しちゃって…もうとっくに前回脱走してるからあれですけど。
 ペース配分間違えて残り3〜4話も長くなりそうなんで二週間かける事が増えます。今回だけで3万文字超えたしね。
 関係ないですけど大鳥の魅了ってマークされてる40秒間無敵なんですよね。
慰めて欲くて泣いてる子です




囚人の違う鏡 フィリップの人格IX 人格〖確率変動者〗

 

 鍔迫り合いでヴェルギリウスの剣から放たれた火花がエノクの手元を燃やし、その熱さで僅かに力を緩めた所で剣を弾き胴を縦に斬るけれど、余程いい装備何だろうね。

 傷は浅くドンファンの横やりで追撃もできなかったみたい。

 

「そんなに急いでどうしたんだ?」

 

 ドンファンがエノクに変わって打ち合う。

 一級と特色の差で力も速さもヴェルギリウスの方が上だけど、深く斬り込もうとすると不自然な軌道と動きを描いて剣を逸らしていく。

 だけどその動きには見覚えがある。剣契の人格の囚人。よく見れば不自然な一瞬に顔を覆う程の笠の幻影が浮かんでいる。なら、あれは重心と慣性を活用する円軌道を利用した剣術の動きだ。

 

「は、一級剣契ってことかよ。ただ斬るのみだ」

 

「………」

 

 その動きに慣れたのか、それとも一度やった事のある物だったのか、ヴェルギリウスは姿勢を変えて突きで攻めていく。円の軌道で剣や衝撃は受け流せてもその間を突けばあっという間だ。

 心臓、大腿、首元から血を吹き出し、傷口は焼けて自然と治る事を妨害して永遠と血を流して倒れる。

 

「本に本を重ねると基になった本に重ねた本の力が宿るんだ。僕達はそれをコアページと呼んでる」

 

 エノクが前に出て大振りに振るうけど、その間に6度同じ場所に切り込みを入れられてるね。エノクはお構い無しに振り下ろしても、その間に剣を滑り込ませて逸らされてしまう。

 どうやら彼は戦う事が不慣れみたいだ。

 ヴェルギリウスもそれを察したのか初見殺しを警戒して抑えていた力を解放して横に一筋描く。

 

「指令通りだな。簡単に防げたぞ?」

 

 薄く見えるのは目元を覆う黒い眼帯と白と黒を合わせた人差し指の服。ウォルターが剣を斜めに突き出しながら間に入り、弾いて線を歪ませた。

 剣の質を比べれば間違いなく剣と一緒に斬れる筈のそれは、悠々とした3色のランプを輝かせながら反抗を行う。

 

「観測、力強い音…!」

 

 信号の様な色と腿から聴こえる旋律が嫌に眼と耳に残り、クラクラとする。その間にもヴェルギリウスは双眸から漏れる赤い線を残しながら不自然程力強い剣を潜り抜けて心臓を突き刺して持ち上げ、床に叩きつけた。瓦礫から骨が露出し、潰れた肉塊が残った。

 幾ら力強くても元々の速さは実力相応だったのだろう。速さに物を言わせた暴力で散ってしまった。

 

「そして本にした人の別の可能性を作り出すこともできてね。回想、加筆、創作。生憎、こっちには僕達もいい名前を付けてあげられなかったけど、確かに存在するんだ」

 

 エノクに攻撃の嵐が襲うけど、攻撃する事を諦めたのか守りに徹しているね。剣を盾代わりにしているけど、遂には深く斬り込まれてしまった。血の匂いが濃くなる。

 エノクはよろけながらも剣を杖にして立ち、懐から何冊か本を取り出した。

 

「憎しみの女王が書き上げた作品。絶望の騎士が描きあげた作品。他にもある」

 

 そう言って取り出した本を全て空に放り投げた。

 

「どうか彼女達の望みを見て行って欲しい……それが次善になる」

 

 警戒を続けるヴェルギリウスと、カロンと一緒に隠れていた私は、光に包まれて舞台に上がる事になった。

 

 

 僅かな間。ほんの少しだけ、何かを見た。

 脳に機械を繋がれたエノク。

 エノクを中心に白い人型の機械が横たわった状態で囲う様に何百と配置されている。

 何百の人が落ち、機械が稼働してエノクが苦しみ、背中にある黒い翼にある黄金の眼が光って空から降る人を照らしていく。

 落ちる人はその光に魅了され、その間に白い人型に入った。

 閉じる。悲鳴。助けを呼ぶ声。きっかり40秒後、黄金の眼は赤くなり、同時に全ての白い人型で血飛沫が舞う。

 それを何度も何度も繰り返す。いつか辺りは回収しきれなかったエネルギーが物質化した煙に覆われ、それを浴びたエノクが多幸感で笑い、機械によって涙を流し、それを永遠と繰り返した。

 きっとこれは、いつかの彼の変わらない日常の光景なんだろうね。

 

 

 景色が変わり、都市のどこかだろうか。遠くには高層の建物が並び、パラパラと窓から光が見える。その光景は人が居ない事以外平和その物であり、細やかに路地を観察しても、争い合った血の痕跡は無かった。

 相手を見る。宇宙を宿した様な眼になり、ハートの落書きをした鎧を着たドンファンの群れと、腐った死体の匂いを放ちながら[規制済み]と書かれたホログラムで囲まれたウォルターらしき群れと、これぞ魔法少女といった服とステッキを持ったエノク…エノク?が立っていた。

 

「…何だそれは」

 

「言ったでしょう?笑い話だって!勧善懲悪の正義の魔法少女よ!今は第三の敵を前に善と悪が共闘する所!」

 

「「「「宇宙の友達、一級隕石ってところか。は!やってやろうじゃないか」」」」

 

「「「「「ヤクソギ…オショク…ソギソギ」」」」…ソギ」

 

「……お前は…これが仲間でいいのか?」

 

「……私だってもうちょっと可愛い物を…でもでも!そんな事で魔法少女は挫けない!みんなの思いを背負って戦うのよ!」

 

「………成程、劇か」

 

 多分幻想体の姿なのだろう。蒼い髪に真っ白な肌をした少女をポップに描いた絵が、そのまま現実に出て来た姿をしたエノク…では無いから…魔法少女はステッキを構えて星型の光弾を放ち、ヴェルギリウスがそれを避けた事で戦いが始まった。

 

「ねぇダンテ」

 

[どうしたんだカロン]

 

「カロンは小さいふわふわが欲しい。取ってきて」

 

[ポップコーンは今は持ってないかな…]

 

 手と首を横に振って持ってない事を伝えた。

 ドンファンとウォルターの群れが前に出て後ろで魔法少女が後ろで攻撃支援を行い、それを一振りで周囲を吹き飛ばしながら魔法少女の一点狙いで突き進むヴェルギリウスを観戦しながらそう言った。

 ドンファンの群れがハートの落書きを大きくさせながらヴェルギリウスに突撃し、ウォルターの群れは[規制済み]の映像を変形させて四足、三足、二足、飛んでる物に変化し、黒い腐った死体の落とし子を作りながらヴェルギリウスを囲っていく。

 

「ならシャカシャカして応援する」

 

[ヴェルギリウスは応援してもあんまり意味ないと思うけど…]

 

「頑張れ魔法少女ー」

 

[そっちかー…]

 

 シャカシャカシャカ。

 …心なしか光弾が大きくなった気がしたのでマスカラを抑え、やめてもらった。幻想体相手にアクションをする様な、自ら危険を犯す必要は無いだろうね?

 

「愛と憎しみの名の下に!期待に応えてご覧あれ!」

 

 遅かったみたい。

 ヴェルギリウスから恨めしそうな眼で見られたけど今回私はあんまり悪く無いような?…やっぱり少しは悪いかも。

 目元でピースしてウィンク。くるりと回って宙に浮き、魔法少女からビームが放たれた。…あれ、こっちに来てる様な…。

 ヴェルギリウスがいつの間にか纏っていた血のマントを広げながら私達の前に出てビームを受け止める。見ると群れの死体から血がこちらに向かって流れていた。ヴェルギリウスは流れた血の分だけ操れそうだね。

 

「「「は、隙だらけだな」」」

 

 私達を守る為に大きな血の壁を構えて動けないヴェルギリウスに、ビームを避ける為に跳躍したドンファンの群れが上から槍をヴェルギリウスに捩じ込もうとする。

 ヴェルギリウスは血の壁を私達を守れるギリギリまで角度をつけて一気に細め、近づいたドンファンの群れをビームに巻き込んだ。どうやら敢えて大きく壁を展開して仕掛けた罠だったみたい。

 ビームが止んで血の壁が仕舞われる。その直後、ヴェルギリウスは私達を抱えて大きく上に飛んだ。

 

[ヴェ。急に何だ⁉︎]

 

「カチカチぽっぽ煩い。ダンテ、時計止めて」

 

「自爆だ」

 

 ヴェルギリウスの独り言を最後に、下から大きな爆発音と滅茶苦茶な色彩が広がった光景を見る事になった。

 

 ようやく理解が及ぶ。ドンファンの群れの鎧に描かれた大きくなるハートは爆弾の爆破範囲の増加を示していて、ウォルターの群れはその勢いを更に強くする増える火薬だ。

 殺せば爆発する時の勢いが無くなるが、爆発のタイミングは魔法少女が握っているから殺し切る前に爆発させられる。

 先に魔法少女を倒そうとすればビームで身動きが出来ない内に増えすぎた二つの群れに殺される。自ら近づいて武器を振るう相手が生きた爆弾だとは直ぐには気付けないし、気づいた時には詰みとなっている。

 

「これが正義の魔法少女の戦いか?」

 

「失礼な!メル友のレティシアちゃんから教えて貰ったプレゼント魔法と、宇宙の欠片から授かったコギト由来物質の瞬間RED属性変換の爆発魔法の再現よ!なのでこれは友情パワー!とっても正義なの!」

 

 手を横に広げてセーフ!セーフ!と言っている魔法少女の足元を見ると、靴の内側に分かりづらく魔法陣が着々と作られていってるね。視線を誘導して次の攻撃の準備をしているみたい。

 

「下の騒音が終わらないな」

 

「すぐに消えたら意味が無いじゃない!爆発の痛みで感情を引き出してそれをエンケファリンにして、その一部を増殖に回してるのよ!凄いでしょ?沢山お勉強したお陰なんだから!」

 

 くの字に畳まれて運ばれてる私がこっそり自分の靴をトントンと叩くと、ヴェルギリウスもそれに気づいたのか暫し思考を巡らせた後、近くの一際大きい本棚に着地した後爆発に紛れている血で大きな羽を創り上げる。

 そこに置いた私達には瓦礫と血の繭でシェルターを作ってから飛び立ち、あちこちにある本棚を途中の止まり木にして空を滑空し、魔法少女の周りを旋回する。

 未だに下は彩り豊かな爆発が発生し続けていて、落ちたら一巻の終わりだろうね。時々オショク…ソギソギと聞こえるから、魔法少女の言う通り未だにウォルターは増えている様だ。

 

「驚いた。幻想体でも勉学には励むんだな。そのまま何処かの巣にでも就職したらどうだ?きっと主力で多忙になるぞ」

 

「ダメよ!私は魔法少女、この世に悪が蔓延る限り正義の裁きを降し続けるの!」

 

「分からないな。お前ら怪物は不変何だろ?何故人らしく不意打ちや準備をして戦っている」

 

「管理人の実験だって先輩は言ってたわ。協力的なアブノーマリティを職員にして死亡率を下げる試みだって」

 

「失敗しただろうな」

 

「そうね。結局終盤の方では薄暗い管理室の中でずっと座ってたのを覚えてる。でも、その時の私は色々な事をやらされて、私の知らない私が生まれて、ここで統合して、今はその経験が私に戦い方を教えてくれてるのよ」

 

 魔法少女はぼんやりとした目線で遠くを見つめて数度ステッキを振り、星型の光弾を周囲に散らして下の絶えない爆発の中に沈めていく。視線を動かさないのはしなくても全体を見れてると言う事。

 何が起きるか分からないけど、多分罠だろうね。意識が外れたら襲いかかってくるかもね。

 

「気づいたみたいだから使った分だけ言うけど、空中戦に持ち込んで有利な場を作って、視線誘導、罠の見せ札による思考リソースの削減、使える魔法の多様化、見せてないやり方は教えてあげない。ついでに言うと魔法は愛着と洞察をして集めた情報を適当な研究員に渡したら開発してくれたわ。いいでしょう?」

 

 ついでと言って余計な情報に気を向けさせようとしてるね。どうやら舌戦の心得も持ってるみたい。使った分と使ってない物を分けたのは無意識に一度使ったやり方は使わないと思わせようとしてるのかもね。

 

「…こうか」

 

 飛び慣れる為の時間稼ぎが終わったのか、ヴェルギリウスは熱した剣を振って上昇し始めた。どうやらこの短期間で飛び方のコツを掴んだみたい。下から来る爆風を掴み、剣で方向を整えながら急加速して魔法少女に飛びかかった。

 

「残念、聞いてたでしょう?空を飛ぶのは慣れてるの。貴方は地上なら私より強いけど、空なら燃え尽きた火の鳥よりも弱いわ」

 

 下から襲うヴェルギリウスを魔法少女はその上側を廻る様に飛び、星の光弾を放っていく。近づいても離れて撃つのを徹底し、時には緩急や一定速度ですれ違ったり、三次元での戦闘には本当に手慣れている様だね?こっちにピースやウィンクをしてる程度には余裕があるみたい。もしくは余計な事をしていないかの確認かもだけど。

 

 このまま何もせずに見守るのもそろそろ不味そうなので手伝える手立てを考える事にした。

 この戦いにおいて1番解決しないといけないギミックは下の爆発か足場の確保。魔法少女は地上ならヴェルギリウスの方が強いと言った以上、その方向で考えてみる事にした。

 これが単に口が滑ったのか、ブラフかは私達に積極的に攻撃して来ない事からわざとな気がするし、試されてると判断した。

 

 まず、爆発は無理だ。手に負えない様にするのを意識したのか、無茶苦茶な色彩は見てて心が乱されるし、時々さっき散らした星が位置取りを変えてるのが見えたから、こっちを何とかしようとしたらわざと爆発の隙間を作ってから星で囲んで圧殺されそうだ。

 だから、足場を確保するしか無いだろうね?本棚は無理だ。さっきから避けられた光弾が足場の方に動きを変えて破壊している。ヴェルギリウスを追う光弾が無いから予め弾道を決めて撃っているか、隠しているかだね。

 息や姿勢を整える手段が減っているからか、ヴェルギリウスにうっすら汗が見えるし、翼の動きもぎごちなくなってきている。血が乾くと動きづらくなるみたい。

 新しく足場を作る。その為の手段も限られる。囚人は居ない、この場において話せる相手がいないから情報の共有も難しい。

 近くにあるのは私と、カロンと、血と瓦礫のシェルターと、辺りに浮遊する紙の形をした光。…このシェルターから出るのは戦場に飛び出ると言う事だ。賭けになるけど、やるしか無いだろう。

 

「そろそろキツくなってきた?流石に特色でもこの状況なら封殺できるのね」

 

「ああ、お蔭様でな。…何故こんなに警戒している?死なない怪物がまるで死ぬのが怖いみたいだな?」

 

 当然の疑問。今まで私達の報告書を読み、幻想体に理解を深めていたヴェルギリウスが呈した疑問は、予想外の質問だったのかキョトンとした顔をした魔法少女が返答した。

 

「え?そんなの当たり前でしょ?誰だって死にたく無いし、悪に負けて死ぬ魔法少女はあってはならないしね!」

 

「…違うな」

 

 固まりきった血の羽が抜け落ちる。ヴェルギリウスが飛ぶのに活用した爆風は熱を伴った風、翼の中を流動させて固まらない様にしていても、熱は表層の水分をとばして乾かしていく。

 何処までも計算づくで、見えない合理の剣が、首筋に感じる悪い流れが大きくなるのを実感しつつもヴェルギリウスは良い流れに従い問答を続ける。この幻想体は、何もかも勝率を上げる為に動くが、会話には必ず応じている。

 どれだけ経験を重ねても、素の本質は変わらない。「誰かに求められたい」「正義の魔法少女に執着する」これは人間の承認欲求か強迫観念が模った物だ。

 会話は最も手軽で身近な承認であり、一人では成り立たないが故に分かりやすく求められていると分かる。正義には悪が必要であり、悪とするにも会話という物は必要な物だ。暴れている現場を見たわけでは無いなら尚更。

 だからこれは会話には必ず応じる。

 

「お前が感じているそれはお前に由来したものでは無い」

「変異体という物がある。幻想体の特定の要素を抽出し新しい幻想体を作り出す技術だ」

「しかし全てをそのまま使うと同じ幻想体になる。故に、作り出す時は他の幻想体の要素を入れたり、組み替えたり、逆に削ったりして変質させる」

 

「…それがどうしたっていうの」

 

 ステッキを一振りし、複数の星の光弾を一斉に発射する。八方から襲うそれにグラディウスで斬りつけて相殺するが、切り漏らした物が体に衝突する。衝撃で内臓が歪み、細やかな血管が千切れるが、構わない。

 

「さっきお前は言ったな。幾つもの自身が統合されたと。なら、お前はお前が主体の変異体を取り込んだと言う事だ」

「それだけじゃ無い。お前が働いていた会社が死亡率というおまけの努力目標に真面目に取り組む様な所ならE.G.Oのより深い活用法くらいは考えるだろう。そこから使った人間の要素が僅かでも逆流するなんて事も…あるかもな?」

「だからお前の今感じている人間性は薄っぺらい借り物でしか無い。…他人の真似事は楽しいか?」

 

 無論でまかせだ。変異体はいつだったかファウストから概要を聞いただけ、E.G.OはここのL社ならもっと上手く扱えてそうという偏見、逆流や変異体との統合なんて知ったかぶりの嘘でしか無い。

 だが、こうした意味はあったらしい。

 

「…もういい……ここに正義は必要無かった」

 

 魔法少女の肉体が変質する。細長く、鋭い眼を持ち、魔法陣のティアラを被り、宙を泳ぐ青紫の大蛇が全てを壊す悪としてかん高い咆哮を静かな都市に響かせた。

 そうするにはもう遅かったが。

 

 血を踏み込み、三迅。蛇を3つに切り刻んだ。

 

 

「蜘蛛の糸、カロンの巣ができた」

 

[ヴェルギリウスが煽らなければ妨害されて無理だったろうね]

 

 ヴェルギリウスが血の繭を解いて作り直した糸を、赤眼のE.G.Oを纏ったカロンが宙に漂わせる。本来乗ることなんて到底出来ないだろうけど、ヴェルギリウスの血を操る力なら乗るだけなら無茶は効く。

 やった事は単純だ。周囲に漂っている光を資源にカロンに良秀のE.G.Oを使わせ、繭に人が乗れるだけの対荷重性を持たせて漂わせた。後は望めるならヴェルギリウスだけが気づいて乗ればいい。

 実際やれるかは賭けだった。まずカロンがE.G.Oを使えるか、これが無理なら全部無理だったが、どうやらこの図書館では資格さえあれば誰でもE.G.Oを使えるらしい。この図書館にいる間は重宝する情報だろう。

 カロンが子蜘蛛が渡る糸を作れる程度には資格を持っていたのが幸いした。

 後は簡単だ。E.G.Oはふんわりと使い方が判るから瓦礫の一部になっている本を一つ拝借して絵と文字を書き、身振り手振りで伝えて何とかここから糸を伸ばして足場とした。

 血を操れるなら常に血を足の下に置く様にすれば、後はカロンが持ち上げて何とかなる。それ以上の細かいやり方は私も知らないが何とかなったみたい。

 

「カロン糸作って血でびしゃびしゃした。赤い糸、きゃ、うんめいかも」

 

[血を糸代わりにしたんじゃなくて、糸に血を纏わせたが正しかったみたいだね?カロンすごい]

 

 どうやらカロンが機転を効かせてたみたい。実際偉かったのでパチパチと拍手する事にした。どこか得意げだ。

 

 蛇が人に戻り、ゆっくりと落ちていく。

 

「…あーあ。失敗しちゃった。否定、ほんとに弱いなぁ」

 

「…もう手立ては無いな?」

 

「あるわよ」

 

 逆さになってパチンと指を鳴らすと、足から魔法陣が展開され、下から中にウォルターっぽいのを詰め込んだドンファンの頭のみの群れがここに向かって襲いかかってきた。

 

「本当はこの攻撃に乗ってもらって攻略できるか確かめたかったけど、そっちの方が上手だったみたい」

 

「「「「は!一級隕石の実力を見せてやる!!」」」」

 

 ヴェルギリウスが上に向かって飛んだ。対処し切れないと判断したみたい。ゆっくり来るドンファン隕石を背景に首と腰が断ち切れたままの魔法少女が此方に向けて話しかけてきた。

 

「大丈夫。着く前に私が死ぬわ。所詮プレゼントの箱と中身だから、燃えない為に速度はセーブしてるの」

 

 ま、あんまり強く踏み込んで乗ったら破けて友達になっちゃうけど。

 胴体が頭に手を伸ばして首にくっつけながら、そう付け加えて魔法少女はこちらに質問を促した。折角だし何か質問するとしよう。

 

[何でこんな事を?これは後何回ある?]

 

「…私がなんでエノクに協力してるかと…回数?かしら。試練の事ならペース配分は頑張って考えること。言えるとしたら…次は絶望の騎士と陰陽が肖像を使って造る合作って事くらい?」

 

「何で協力してるかは…エノクと彼女があんまりにも不憫だったからよ。それに…」

 

 魔法少女は頬を掻きながら照れ臭そうにした。

 

「泣いてる子供は放っておけないじゃない」

 

 辺りを光が包み込んだ。

 

 

 また僅かに垣間見る。今度はあの魔法少女が居た。

 スーツを着ていて、何か紙の束を持って走っている。その表情は喜意に包まれており、いい事があったんだろうね。

 時刻が進む。仕事の同僚だろうか、魔法少女と比べて背丈の大きい男と何やら揉めてるみたい。最後には蛇になって男も周囲で見ていた人もみんな死んじゃった。

 時刻が進む。暗い暗い密室で、L社のPDAで誰かと会話をしている。とても悲しそうに話すと、次々と慰めの言葉が流されていく。初めは辛そうに、段々と楽そうに、そして最後は何でも無い顔に、…物が落ちた音。放り投げ出された後に残ったのは、何も無かったみたい。

 時刻が進む。ブザー音が鳴り響くと、一人の白衣を着た女性が入ってきて、大きな目玉がついた赤い刃物で脳を切り出された。

 時刻が進む。無数の光景が広がっている。沢山の初めましてと、沢山の死と、どれもあの魔法少女と全く同じ姿で、だけどとっても弱くて、たくさん戦って結局最後は暗い暗い部屋の中。

 これは、幾つもの彼女達の変えられなかった日常の光景なんだろうね。

 

 

 光が落ち着いていく。森…いや、廃城だろうね。夜の空には星がぽつぽつとあって、三日月が静かに照らしている。

 ヴェルギリウスを前にカロンと一緒に後ろに下がりつつ見ると、そこには長い青い髪を靡かせる顔半分が真っ黒なドレスを着た騎士がキャンバスに何か描いており、その後ろには陰陽の間に少しスペースがある太極図が浮かんでいた。

 

「今度は何だ?お前が描いた絵が飛び出してくるのか?」

 

「…勘が宜しいのですね。これはかつての私が守りきれなかった者達の絵です」

 

 騎士は此方を振り向かずに絵を描き続ける。ヴェルギリウスは絵を破壊しようとするけれど、黒い剣が現れてゆく手を阻んできた。

 

「…誰かを、大切な誰かを守りたかったのです。その為の力はありました。私は無垢に、無条件に必ず守り切れると信じておりました」

 

 筆にインクをつけ、描き続ける。持ち手のいない剣は本来なら不可能な軌道でヴェルギリウスに攻撃していくが、最小限の動きで深く切れない立ち位置を維持した事で肌を薄く切るのみで、あっという間に叩き壊された。

 新しい剣が今度は4つ現れる。

 

「ですがそれは過ちでした。剣を一つ振ればその間に二人、四つ振ればその間に三人。この手は殺す為の物で、誰かを護れる力は無かったのです」

 

 あり得ないほど低い位置を滑空した剣、上から刺してくる剣、背後を狙う剣、真正面から襲う剣。宙を舞う四つの剣は同じ人物が操っているかの様に、或いは長年一緒に戦ってきた戦士達の様に息のあった舞いを踊る。

 ヴェルギリウスは先程の戦いで程度を知ったのか、地を這う剣を踏み潰し、上と背後から来る剣を叩き潰し、真正面の剣を殴り掴んで折った。

 新しい剣が16つ現れた。

 

「絶望しました。私には誰も守れないと、悪戯に死者を増やす事しか出来ないと。ですがある日気づいたのです」

 

 剣の群れが雨となりヴェルギリウスを襲うも、地面をひっくり返した壁に突き刺さり、抜ける前に一つを残して壊し切った。

 新しい剣は現れない。ヴェルギリウスは残した剣と熱した剣を持ち、騎士に襲いかかる。

 

 筆が置かれ、騎士が此方に振り向く。背後にはL社の制服を着た無数の人々の、真っ黒かと錯覚する程に描かれた集合絵があった。

 

「死んで終わりなのがいけないと。ならば逆転させればいい。既に死んだ者は生き返り、大事では無い誰かを犠牲に大事な誰かをまた護れると」

 

 陰陽が近づき始める。それと同時に感じる悪感に、止める術を考えるけれど生憎間に合いそうに無いみたいだね?

 後ろに浮かんでいた太極図が正しく噛み合った。

 

 全てが流転し逆転し始める。

 

 

 回転角1°

 

生と死の逆転。重力の反転。喪失と所持の流転。

 

 

 時計を逆回転させる。

 

 

「…何故生きて…いえ、死んでいるのですか?」

 

 天地が逆転し、空に落ちていく中、私は時計の頭をした殿方に疑問を呈した。

 周囲には無数の、先程絵に描いた人達が落ちていっているのが見える。

 

 回転角2°

 

停止行為と移動行為の結果の逆転。傷と癒の反転。赤と青の流転。

 

 陰陽が出逢った事で発生する全ての逆転。しかしその本当の脅威は全て逆転する事では無い。

 右の部屋と左の部屋があり、その中身が全て入れ替わった所で中にあった物には一切の影響は無い。

 故に陰陽の真の脅威は陰中陽と陽中陰。全てが逆転になるのでは無く僅かにそのままに残す事で生まれる歪み、それこそが脅威。

 

 陰陽の移動(逆転)

 陰陽其々の変化(反転)

 回転し変化する境目(流転)

 

 刻々と時が進む度に変化し続け、全てを混沌に、陰陽2体の安定と均衡の為にそれ以外の全てを掻き混ぜる幻想体。だからこそその中では全ての生者と死者が会合できる。それを利用した大事な人達の蘇生。

 

 回転角3°

 

始終と途中の逆転。自己指定と他者指定の反転。戦争と病の意識配分の流転。

 

 倒されれば全てが元に戻るから意味が無いと言った人もいるが、そうでは無い。

 ある程度の変化した物はそのままなのだ。例え倒しても全ては戻りきらない。

 陰中陽と陽中陰、どれだけ分けようとも残る何かがある。時間がいずれ全てを戻すが、それが遂げられるのは何百もの年月が必要となる。

 この図書館の中ならばそれこそ数十分で戻ってしまうが、その為の肖像だ。代わりに消えるものが有れば私の目的は成し遂げられる。

 

 回転角4°

 

時間猶予とその結果の逆転。正解と誤答の反転。武器と防具の流転。

 

[カチ…カチ…コチ…カチ]

 

「…成程。では先ずは貴方から倒さなければならないのですね」

 

 針の音。時間に区切り刻むその音に乗せられた意思を読み取り、その力を脅威だとした。

 どうやらこの方が生きている限り、どれだけ陰と陽が出逢えても無碍になるそうだ。

 今の彼は道半ばが逆転し始終に、喪失が反転し記憶を思い出し、時計の囚人のみの制限は自由になった。

 

 盾を持ち、止まって接する。動くと動かないが流転し不動は高速となった足、壊すと癒すが逆転した癒す力。浮かぶ涙の剣は地に落とす怒りの盾となっている。時計が廻りきる前に辿り着けばまだ間に合う。そして、当たって…離れた。 

 

 回転角5°

 

接触距離と接触の逆転。境界と陰陽の反転。下と前の流転。

 

「……!接触と距離の測りが流転した⁉︎」

 

 指先一つ分の隙間を残して盾が空を真空にする。防疫の会話距離の危険性における危険と安全の流転、会話中であったのが災いした。彼は挙句に病に気を遣って接触しようとしたのだ。だからこそ反転し確実な距離まで前にすすんで回避した。

 

 ダメだ…()()()()()()()()()()

 

 猶予は反転し、私はあまりにも守り切れてしまった。

 

 回転角6°

 

中身と外皮の認識の逆転。混乱と正常の反転。即時と遅延の流転。

 

[コチ…カチ…カチカチカチカチカチ…ボーーーン]

 

 定刻を知らせる音、不完全ながらも全てが逆戻りになった。

 

 

 時計が秒数を刻む。

 

 

 正常になっていく。私が何とか出来なかったら危なかったみたい。周囲を見ればヴェルギリウスとカロンも無事で、あの太極図はより遠くに離れあって、この戦闘の間出会う事は無いだろうね。

 しかしもう戻せないけど、さっきの全てが逆転した時、どうにも私の記憶が全て戻っていた感覚がある。惜しくはあったけど、その時の私が時計を戻したならこのまま進むのが正しいんだろう。

 私に眠る力は相変わらずよく分からないけど、何とかなったのならそれでいいと思う。

 

「…感謝します、管理人。お陰で助かった様で」

 

「びっくり。カロンとてもすやすやしてた」

 

「…こうなってはやるしかありませんね」

 

 騎士はセンク協会のドンキホーテの様に剣を前に構え、姿勢を正した。その背後には一人のL社職員らしき人物が立っており、騎士のE.G.Oらしき武器と防具を身に纏っていた。

 

「今度は誰だ?」

 

「…不完全に生き返ったのか…ああー、気にしなくていい。幽霊みたいなもんで、不甲斐なく死んだ誰かだよ。ま、あんたらには倒すべき相手って事以外どうでもいいだろ?呼び名が欲しかったら…ジョシュアって呼んどけ」

 

「……?誰と話しているのですか」

 

 さっきの反転で逆転し損ねたみたい。やっぱり◾️◾️◾️が無ければこんなものだろう。さっき宙に浮かんでいた剣を持っていたのも彼等何だろうね。今なら彼等を殺せば武器の召喚は何とかなりそうだ。

 

「何でも無いさ。…やろうか」

 

 ヴェルギリウスの正面からの振り下ろし、対する騎士はそれを剣で受け止め滑らし、くるりと下に流す。下からの返しで追撃もより踏み込み片足を軸に反転。背後に立ちジョシュアと騎士の挟み撃ちの形。

 回転して纏めて斬る算段、速度の乗ってない始点をジョシュアがその身を持って受け止め騎士と同時に斬り込む。上と下、前と後ろでの攻撃。

 剣を手放して横に滑り仕切り直し。騎士が剣を呼び、ジョシュアが6人になる。宙にジョシュアが浮かび人間砲弾と言わんばかりの特攻。

 先頭の顔を殴り続けて蹴りで3人落とし、奪った2つの剣で首を2つ落とす。殺したジョシュアの持っていた剣が崩れていくのが見えた。どうやら剣とジョシュアは連動してるみたい。

 

 息を深く吸い、吐いてヴェルギリウスが脚にあるエンジンの様な強化施術を稼働させ、駆ける。

 風よりも速い一瞬の赤い残光。騎士の背後に居たジョシュアの心臓がくり抜かれた。

 

「…結局はこうなるんだな…ま、逆行した時の凶祭よりはマシだな」

 

「…そんな、どうして、また護れないと⁉︎」

 

 目を閉じたジョシュアの身体が、さっきまでよく見ていた黒く染まった一つの折れた剣になる。

 どうやらやっと見える様になったみたい。内臓と外皮の認識が反転してて、中身を晒してやっと皮が見えたみたい。つまり、傷ついて手遅れになってやっと気づける。別にそうするつもりは無かったけど、申し訳ないね?

 

 動揺し、剣を落とす騎士が一人。そこからはあっという間だった。

 

 無数の自身が召喚した剣に刺された騎士に近づき、語りかける。

 

[どうしてそこまで護りたいの?]

 

「…さて、何ででしょうか。何分随分と昔からそうして来ましたので、もう始まりは覚えておりません」

「…彼等が眩しかったのです。もしかしたら、手伝いたかったのかも知れません。少しでも長くその姿が続く様に、私には出来ないことを出来る彼等の為に」

 

「どの道お前は絶望するのだろうな」

 

「そうかも知れません。この手に有ったのは、剣と涙だけでしたから」

 

 騎士が黒い涙を流し、そして眼を閉じた。

 思うに、この幻想体は本来よりも弱くなっているのだろうね。守れなかった数だけその矜持も信条も陰るのだから、守ろうと思う分と同じだけ弱くなるのだろう。その代わりに流した涙は剣を研ぎ澄ますから、一人で立ち向かってこられると私達もより苦戦させられただろう。

 自分で手一杯なのは私達や囚人と、幻想体でも同じな様だった。

 

 光が空から降ってきた。

 

 

 隙間の記憶。倒せば毎回見る事になるらしい。

 騎士の部屋に誰かが入って来る。その姿は何重にも重なっていて、特定の誰かと言える様な様子では無い。

 誰かと会話を重ね、いずれ加護の力を施していくけれど、その度に騎士の鎧は剥がれて黒く、その殻を脆弱に染めていく。

 誰かが死ぬ。彼が死ぬ。彼女が死ぬ。子供が死ぬ。老人が死ぬ。明日に希望を持つ者は白い蝶に偲ばれ、過去を忘れない者は生者を引き摺り込む死体の山に加わった。

 護る者は消え、加護も共に消え、流した涙の分だけ剣となって騎士の行軍に参列する。

 ある日黒に金色の線で飾られた場所で騎士は知るだろうね。ここは賢者の箱庭では無く、愚者の蠱毒であったと。

 これは、彼女の変えたく無かった日常なのだろうね。蠱毒でも覗かなければ生きていると信じられたかも知れないのだから。

 

 

 視界の白を溶かして見渡す。いい加減終わって欲しい物だがそうは行かないみたい。煌々と輝く絢爛の宮殿。最初のエノクと戦った所と似てはいるけど、あっちよりも贅を極めた場所だ。

 対峙した相手を見る。…この場合は聴く、が正しいのだろうか。

 褐色と白い髪の少女と、煩わしいほどに鳴り響くモスキート音とオーケストラの音、人の肉と骨を混ぜ合わせて鳴り響く音、ピアノの演奏は聴いたことのある曲だが他の音と競合していて聴いてられない。

 立っているのは1人だけなのに、5体の幻想体と対峙しているかの様な感覚。実際、今聞こえている音其々が幻想体ではあるのだろう。カロンは耳を塞いで蹲り、ヴェルギリウスは耳から血を流して剣を杖にひざまついていた。

 私が無事なのは、単に耳が無いのと、先程の陰陽の反転の名残で混乱と正常が反転しているだけで、いずれは戻ってしまうだろう。それまでに何とかしなければならない。

 

[目覚めの知らせとしては雑多だね]

 

「貪欲に求めたらこうなったんだ。…どれも素晴らしいだろう?」

 

[混ざったらどんなに美味しい物でも不味くなるよ]

 

 E.G.Oを…暴走なら…その後の後遺症…後30秒程度…囚人を呼ぶ方法…次元渡りなら…どうやって知らせる…安全な場所…逃亡…煙戦争の音…無音のオーケストラ…この機械は歌っている…老人に聴かせる音色…貪欲に求める王…手数…残り25秒…亀裂…これ以上は間に合わないので決行する事にした。

 色々考えても、私にできる事は時計を回す、それだけだしね。

 

「だろうな。だが求めてしまうんだ。焦がれて!苦しくて!幾ら聞いても食べても集めても足りない!だからお前も寄越せ。その時計は集めるに相応しい!」

 

 全力で後ろに下がり、時計を回す。目指すのは「こっち」と『あっち』を繋げる事。「こっち」のバスに居るだろう『あっち』の囚人の侵入。

 襲いかかる王をヴェルギリウスが受け止める。今にも崩れ落ちそうなのにも関わらず、その手足は力強く王に掴みかかり、歌っている機械に放り込もうとしている。しかし王も負けじと輝く床に亀裂が入る程に力を込め、押し返す。その闘争は、背景にもならない音の波で中断された。

 全てが音となり、戦う事すらままならない様だ。

 

 その間、私がやる事は時計を回す事だけで、星辰を合わせる事だけだ。

 幻を見る。幾多もの人間が苦しむ彫刻の彫られた扉、その頭上にある輝く二つ星、望遠鏡のピントを合わせる様にしてその二つの星を重ね合わせていく。

 音の波が一瞬引き、奇妙な静寂が訪れる。それはフィナーレの前であり、2番目の歌詞にいく前であり、戦争の小休止であり、ゼンマイの巻き戻しであった。

 この束の間になにも出来なければ私達は死ぬだろうね?

 

 うたた寝しながら聞いたファウストの言った事を思い出す。

 ファウスト曰く、私に付け加えられたこの機能は、「こっち」と『あっち』を繋げる機能は本来、あくまでも鏡の世界を模擬的に投影した、元々存在していた渡る力を、謂わば一瞬の切り取りを集めてまるで一つの世界の様に仕立て上げた寄せ集めらしい。

 幾つもの違うパズルのピースをハマる形に整えて滅茶苦茶な一枚絵を完成させてる様な物だとか。

 本来ならそんな事をすれば矛盾だらけで人格が成立することも無く、ただの失敗作として何処かの光景を写すのみに留まるそうだ。

 

 それなのに何故こんな鏡の世界からの反乱の様な事が起きているかと云えば、どうしようもないほど必然に、それらが一切の矛盾を抱えずに成立したから。

 私が落として一度粉々になったそれを私の時間を巻き戻す力が矛盾のない様に0から確定した未来に引き寄せられる様に時間が進み進み進み、正しく一つの世界として成立した。

 過去が矛盾するなら、決まった未来に向けて辻褄を合わせながらやり直せばいいとは盲点でしたとユーリはファウストは言っていた。

 

 その上で、この世界の私は巻き戻した時間を私に身体を渡す事で共に星辰をこの世界の為に目指す事にしたんだ。どの世界でも私が目指す先は同じ別つ事になろうともだったから、最後までこれは必然なんだろうね?みだれてる。

 

 時計の針を止める。星辰が合った。亀裂が裏返り、「あっち」と『こっち』の私の罪が共鳴する。

 1人だけでは足りないのなら、1人だけでは間に合わないのなら、2人でやれば何とかなる。幻覚何だろうか。見えてないが2人いるね?

 

[そそういう事なんだろうねね?]

 

 酷く混迷とした意識。重なり合った思考。何処までも同じで自分自身だからこそ気付けなかった。

 『あっち』の私はここにいた。無数の音が響き、ズレた波長が共通した波に呑まれたからこそ今になって気づいた。そしてファウストが何故囚人を未だに此方に来させなかったのかも。

 「こっち」ではなく『あっち』の囚人を、私自身が引きづり出させるから不要と判断したんだ。無駄を嫌う彼女らしいやり方だ。

 

 囚人が流れ込む。そうだ、矛盾だ。この囚人達は、『あっち』の囚人は「私」と触れた瞬間から誕生し、そこを確定の未来として、過去を歩み直した世界だ。そしてそれは今も行われている。私が過去を閲覧し、確定する程にそれを指標として時間が今に向かって歩んでいく。

 

 今まで会ってきた人々のロジックを理解する。アンジェラっぽい人が此処にいるだけでいいと言ったのは、私が暇な時間に人格を閲覧する事でこの世界を成立させるのが前提で、その先の目的があった。それが『あっち』の囚人の襲撃に繋がる。

 しかしその為には、今まで見た数々の地獄が本当になるという事、そして私は随分と沢山の地獄をアンジェラに背負わせてしまった。

 今確定してる事だけで、アインという男性の元作られたアンジェラが機械になる、戦争に巻き込まれる、無数の繰り返しを行う、何かしらのシナリオの調整に追われる、それらを少ない協力者の下行う、会社管理や巣の管理で沢山の人が死ぬ前提で富を作り出すシステムを作る、図書館を作るに至る、分かっているだけでもこれだけある。それ等に至るまでどうなるかは考えたくも無い。

 

 思考が纏まらない。混乱している。あらぬ事が紛れている。既に陰陽の影響は抜け落ちた、なら今の私は幻想体の影響で知った事と、乱れた思考で目の前が見えていない状態だ。それで考えてもしょうがないだろう。

 

 

 息を吸う。吐く。時計の秒数を整える。少しずつ頭を空っぽにしていく。思考の靄に囚われてはいけない。

 整理しよう。私は今、『あっち』の囚人を呼び出した。その後、混乱して蹲っていた。

 目前の情報を取り入れる。そこには『あっち』の囚人が数々の幻想体と戦闘をしている光景。ヴェルギリウスが幸福の欠片を手に入れる様に『あっち』の囚人が手助けしている光景。

 カロンはまだ近くで蹲っている。先ずはカロンを正気に戻す事から始めよう。

 

 蹲るカロンを揺すり、何回か頬を叩いて正気にする。

 

「塩飴…はっ、…メフィは?」

 

 きょろきょろと見渡すカロンに戦闘している様子を見せた。

 

「…そうだった。それで、今はいい感じ?」

 

 改めて見る。既に歌っている機械と煙戦争の周波数を出すラジカセは倒されており、ピアノと近くにいる老人も壊された。乱戦なのであちこちが忙しいが、今までと違って鎖で攻撃指示をさくさくと出せるので把握するのは容易だ。オーケストラは周期的に現れる音符の人間を殺し、貪欲の王は幸せの欠片を集めて殴ればなんとかなるだろう。

 『あっち』の囚人を二手に分けて指示を出す。人格の同期は無いが、ここまで集めたE.G.Oや光の情報と高めた精神力があれば問題ない。

 

 指示をして戦闘を終えるまで、『あっち』の私から得た情報を整理する。

 複数の幻想体に晒されて、その中で「こっち」と『あっち』を繋げる事で発覚し、今まで気付かなかった事。今の私は『あっち』の私の身体と一体化していたと言う事だ。今まで『あっち』に行っている間気付かなかったけど、どうやら精神だけの交換で、今までこっちに来てたみたい。

 だから『あっち』の私の身体の記憶を観れば新しい情報を得る事が出来る。

 

 まず、事の発端は私がイサンから貰った試作品の鏡を落とした事、その時私は無意識に囚人の様に壊したのを戻せないかと針を回した事が原因。

 その結果、試作品の内部にあった「囚人が違う人物であった鏡の世界」「鏡の技術が幻想体だった鏡の世界」「カルメンとアインに接点が無かった鏡の世界」の観測情報が仮に未来で確定する物だとして、改めて時間を歩み直した。

 そして、組み直された結果「囚人が違う人物で鏡が幻想体でありカルメンとアインが赤の他人の鏡の世界」が誕生し、3つの鏡の世界の質量と私が与えた時間により実質本物の世界として成立。

 本来なら一瞬の切り取りである鏡の技術が幻想体になった事でコギトを抽出する井戸として起動、その成立にエノクがねじれ、その過去の辻褄を合わせる為に終末鳥が降臨、それによりカーリーが死亡。

 一度に2人の仲間を失った失ったカルメンが鬱になり、恍惚境を拾い目に突き刺す。その結果倫理観が急速に消えてアインの代わりにどんな手でも使う様になったカルメンが動いていく。

 エノクが出会った時点で煙突が生えていたという証言は恐らくはねじれ探偵の眼と同じであるか、ねじれとしてその手の適正が上げられて、そうなった鏡を垣間見ていた可能性が高いだろうね。

 そしてカラスチームによるカルメンが気づけない形での鏡の収容違反により、アインがこの世界の不安定さに気づき、アンジェラが作られる。どういう経緯で出逢ったかはまだ不明だけど、ともあれそうなったみたい。

 

 そこまで考えて一旦思考を止める。一度に全て纏めるには情報量が多いから、ここまでにしておいた。オーケストラを倒して王に止めを差す所だしね。

 『あっち』の囚人は、アンジェラっぽいのが言う通り過去を求めてるのも、その為なら何でもするのも確かだけど、他に加えるべき情報がある。

 それは、彼らが鏡の幻想体の種を植えられ開花した者である事と、そうなった人物は人格を纏い力を得る代わりに、鏡の技術や幻想体に類する者の命令にとても弱いという事だろう。

 私はこの鏡の世界と元の世界を行き来できる、技術と幻想体の両方に類するから、鏡そのものである幻想体の次に優先されるから、予め命令を仕込まれてないならこうして指示する事が出来ると言う事だね。

 …所々推測が混ざってるから全て正しいとは言えないが、概ねこうだろうね。

 

「ははは…そうか、欲に目が眩み久しく忘れていたな…そこの時計君」

 

[…何か言いたい事が?]

 

 貪欲な王の身体が塗装の様に剥がれ落ち砕けていく中、私にどうも言いたい事があるみたい。

 手招きされたので近づいて耳を傾ける。ここの狂った騒音でどうにも音が遠く聞こえるから、こうしないと聞き取れないからだ。

 肩を乱暴に掴み顔を近づけさせられた。…不味いね?このままだと相打ちになるかも知れない。

 

「こちらのL社では過去に翼に成り上がる為に名だたる資産家を一度に集め、特定の抽出したアブノーマリティ、貪欲の王の要素を含んだエンケファリンを料理に混ぜて気付かせない内に中毒を起こして大量の後ろ盾を手に入れた過去がある」

「その中で1人そのアブノーマリティに適応したイカした奴がいてね、そいつは情報を集めてバレない様に色んな所に仕込みをしたのさ」

「その名もディアス、今話してる相手は貪欲の王じゃ無いぜ?私だよ。こうして身体を借りて話せる時間も少ない。手短に伝えよう」

「今から見せるのは私がやった事の一部で、男のその後を考えるんだ。そしてもう一つ、逆の視点で見る事は大事だぜ?…君ならやれるさ、賢明な選択を祈る」

 

 王が倒れ、国が崩れ去る。

 宮殿が光となって燃え盛った。

 

 

 小さな記憶の欠片を見る。今回は倒すのに集中して情報をあまり集められなかったのが心残りだ。

 ある巣の一軒家に黒髪の男と空色の少女がいた。

 男は毎日部屋に篭ったり、何処かに出掛けてばかりで少女に全く構いません。

 少女は男に構ってもらおうとあれこれ試してみますが、どれも上手くできません。 

 王は怒りました。こんな不幸はあってはならない。私の幸福を分けてやろうと。

 少女はそれから毎日、夢で王と謁見し、王の幸せを少しずつ分けて貰いました。

 少女は段々と感情豊かになっていきます。王はそれを見て満足し、財をもらう事にしました。

 男は困りました。機械は人間らしさを持ってはいけないからです。少女は機械でした。

 王が財を求めた時、少女が差し出せるのは自身の身体のみでした。王は困りました。

 そこで王は目に煙突のある道化に尋ねる事にしました。どうすればいい?どうすればいい?

 道化は口を三日月の様にして笑い、言いました。その男を財として貰えばいいのです。

 王は感心し、早速男を財として貰い豪華な屋敷で愛でる事にしました。

 ある日、道化は屋敷にこっそり忍び込み、男を攫い、殺してしまいます。

 そしてその臓腑を全て少女に詰め込んで、元の屋敷に戻してします。

 王は次の日の朝に悲鳴をあげます。男が女になり、それが少女に似ていたからです。

 王は怒り、道化に問いただします。何故私の財に手をつけたと。

 道化は懐から無数の財を出して王に差し出し、こう言います。そんな事より此方を差し上げます。

 王は満足し、道化は笑って幸せに暮らしましたとさ。

 めでたしめでたし

 これは、彼女の幸福な日常なのだろうね。満足できない王が満足するのは、それこそ空虚な夢でしか無いしね。

 

 

 光が樹立し、深い森に覆われる。カロンとヴェルギリウスと『あっち』の囚人9人が近くに立っており、向かいには斧を持つ眼を包帯で隠した赤いヒールを履いた緑の癖っ毛の少女、後ろにはローブを深く被った老人がいた。

 

「…ここまで来たのか」

「けけけ…所詮は虚構では満足出来ない旅人共よ、本物を得たいために寝た子を起こすか」

 

 少女はうんざりしたそうに、老人は可笑しさに笑っているみたい。

 

「安心したまえ。この次で終わりだ。最も、この世界の均衡は崩させないがっ…ね!」

 

 少女が斧を振り回し、緑の液体を撒く。触れた草木が溶けてるのを見るに融解液だろう。囚人を1人前に出して観察する。

 

「っぁあ!!異界の化身共が!今こそ我が友よ、共に守ろうじゃないか!」

 

「くく…皮肉にも本来相成らぬ同士が結託出来るとは…愛と憎しみの奴が言った正義と悪の共闘とは言い当て妙よなぁ?」

 

 老人が1人呟いて杖を振りかざす。遅く、力の無さそうなそれをヴェルギリウスが受け止め、それが均衡している事から何か条件を踏んで倒す相手であると当たりをつけた。

 囚人を7人少女に当て、残り2人をヴェルギリウスの援護に回す。

 

「まだまだぁ!正義は倒れないんだ!」

 

「友の一撃以外はなぁ?」

 

「我が友ぉ!それは言っちゃダメな奴だぁ!!」

 

 どうやらこの老人の流れ弾を誘発すればいいらしい。最後の一撃は任せるとしよう。

 

「どうするんだ我が友ぉ!悪人共の動きが変わったぞ我が友ぉ!このままだとまた同士討ちだぞ我が友ぉ!!」

 

「安心せい、この時の為に助太刀を呼んでおる。さぁ来い兄弟達よ!」

 

「…これまでで1番演劇らしいな」

 

 そうヴェルギリウスが呟くのが聞こえつつ、奥の草木からヒョコヒョコと同じ顔の男の子が6人現れ、横一列に並び、一斉に手をくいくいっとして

 

「「「「「「かかってこい間抜け共、ぶっ飛ばしてやる!!!」」」」」」

 

「………ぶっ…ふっとばしてやる〜」

 

 よくみたら兄弟達の後ろに傘を持った少女が手で顔を隠してしゃがんで居た。顔を赤らめるならやらないほうがいいね?

 

「エリヤ!その様は何だ!もっと声出そうぜ!」

「そうだぞエリヤ!折角病が治った上での初舞台何だ!気合い入れよう!」

「そうだぁエリヤ、俺たちを看病していた時はもっと輝いてたんだぁ、やれるはずだぞぉ!」

「まぁ皆さん落ち着いて下さいよ。エリヤはとっても頑張ったんです。少しは多めに見ても良いじゃないですか」

 

「…これまでで一番理解が追いつく光景だな」

 

「カロンはつまんない。さっさと終わらせて」

 

 兄弟達が演劇をしている間、緑の少女は老人と一緒にドンランが持っていたチキンを強奪して近くの倒れた丸太に座り楽しむ事にしたみたい。…これは見届ける方が良いのか中断させるべきか…悩む所だ。

 

「だけど兄弟、見てご覧よ。あの赤い時計頭の表情!攻撃した方が有利になるか考えてる顔だぜ!」

「いや、分からん…」

 

「僕も分かんないな…」

「くく…友よ、こういうのは仕草で察する物じゃ。ほれ、頭の炎の揺れがくるくると回っておるじゃろう?ああいう輩は大抵回ってたら悩んでおる証拠じゃ」

 

「時計だからいつも回ってると思いますけど…」

 

 エリヤと呼ばれた少女の一言に緑の少女と老人が笑う。…何故私が幻想体に観察されてるんだ?

 

「ともかく、エリヤ!君は兄弟の中で一番強い!だから勇気をだして白鳥になってみせるんだ!」

「そうだそうだ!黒鳥のまま燻らなくて良いんだ!俺たち兄弟応援してるぜ!」

「「「「「「エ!リ!ヤ!エ!リ!ヤ!」」」」」」

 

 取り敢えず囚人とヴェルギリウスは光を集めて準備も終えたし、いつ襲ってきても良い様にしておいた。

 

「う…あうー……うぉぉぉぉおお!!!」

「そうだ頑張れエリヤ!ちょっと尻尾が黒くないか⁉︎」

「飛び立つんだエリヤ!なんだか羽が黒くないか⁉︎」

「幻想体の運命に打ち勝つんだ!傘が…ボロボロだ!」

「いいぞまだ盛り返せるぞぉ!…ダメだぁどんどん黒くなってるぅ!」

「いっそペンキで塗ってみません?」

「だめだと思うなぁぼかあ」

 

 黒鳥に変身する。大きく、ボロボロの傘を持った姿だ。兄弟達は円陣を組み何やら話し合った後、黒鳥の背中に乗って声援を送り始めた。

 

「いくぞ!エリヤが寝て、見ている悪夢の上、つまり枕元に兄弟総立ちの陣!」

「幾ら悪夢でも俺たちがいれば怖くなんて無いぜ!」

「今だ!イラクサの服を一つに!」

「エリヤが怖がってた時にいつもやってたせいかエリヤの夢の俺達もずっと立ってた程の頼もしさ、これは負けない」

「どっちも悪夢なんだよなぁ」

 

[…広域E.G.Oで]

 

 兄弟から殴ればあっという間だった。どうやら途中で殴っても問題なかったみたい。

 緑の少女と老人を見る。何やらボロボロな甲冑を運び出していた。当然全員で奇襲する。緑の少女は奇襲に気にもせず斧を振り回した。

 

「うおおぉぉ!!!黒鳥の悪夢の仇ぃ!!」

 

 攻撃しても甲冑がよりボロボロになるばかりで緑の少女には傷がつかない。どうやらそういう幻想体みたい。

 攻撃は痛くは無いけど…長い戦いになりそうだね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

囚人の違う鏡の物語IX

LCB イシュメール→LCB フィリップ

 

 

 

[イオリの家]

 

 

ジリリリ…ピ

 

 朝を知らせる目覚ましを止め瞼を擦りながら起きる。

 いつも通りいい天気だ。階段を降り、朝の準備を整えてリビングに出る。

 

「おや、起きたのかい。ご飯はそこにあるから食べたらさっさと仕事に行くんだね」

 

 彼女はイオリ。僕の妻である。妻は昔特色のフィクサーでそれはもう凄い人だったんだけど、色々あって今は僕と一緒に暮らしている。

 と言うのも僕は昔から、今に至るまでの確率を操作でき、それによればこれが1番妻の息子さんが生き残る道だったからだ。昔から妻にはお世話になって来たし、そのお礼と思えばこの程度なら軽い物である。

 だけど、別に妻の事が好きでは無い訳ではない。未来を見て幸せそうだったから選んだのだ。

 

「今日も美味しいね。いつもとは風味が違うけれど、変えたりした?」

 

「お、気づいてくれたかい。いつもと違っていい所の野菜を使ったのさ。いいもんだろう?」

 

 この力が何で僕にあるのかは分からないけど、こうして幸福を掴めたから良かったと思う。チラリと覗く可能性には僕が天使の彫刻になったり、図書館って所で本になったりしているから、今の僕は間違いなく幸福だ。

罪を犯さないからそれで悩む事も無いし、この力で日々を日々平穏に、偶に旅行にでも行ければ満足出来る。きっとこれは最高の未来だろうね。

 

「それじゃあ、行って来ます」

 

「行ってらっしゃい。寄り道せず帰るんだね。今日はあの子の誕生日何だから」

 

「分かってるよ、プレゼントだけ買って帰るさ」

 

 家を出て、隣の家から出てくる人を見て珍しいと思った。

 

「おや、アインさんじゃ無いですか。奇遇ですね、どちらに行かれるんですか?」

 

 彼はアインさん。1人の娘と一緒に暮らすサラリーマンだという。普段は家で仕事をしているのだが、今日は珍しく何処かに向かう様だった。

 

「……………頭だ」

 

「!!……それは…すごいですね。」

 

 頭、それはこの都市において最も強く、偉い、僕らにはとても手の届かない頂点だ。そこに出向く様な案件だとは、どうやら今日はアインさんにとっても大事な日らしい。

 

「なら、急がないとですね!上手く行くように陰ながら応援してます!」

 

「………これを」

 

「?これは…」

 

 そうして渡されたのは紫色のナイフだった。見るといつかの可能性で見た妻が振るう剣に似ている気がする。

 

「…きっと必要になる。……今日は早く帰るといい」

 

「…よくわかりませんが、分かりました。今日は早く帰りますよ」

 

 改めて可能性を見ても今日はいつも通り平和で、いつも通りちょっとした幸せがあるだけの日だ。だけど、こうして武器を渡してそう言うという事は僕でも気付けない何かが起きるかも知れないという事。今日は早めに上がるとしよう。

 

 

 時刻は進み、夕方の色が綺麗に都市を照らす時間。予め言っていた事もあって早く上がれた僕は、小走りに住宅地を走っていた。

 何も起こらない、いつも通りの可能性しか見えないが、ここまでの間にあった不吉な予兆が僕の足を自然と動かしていた。

 家を見て、庭を見て不審な足跡も無い。大丈夫だ。一息つき、苦笑いする。

 何を焦っているのだろうか。確かに黒猫が横切ったり、靴紐が千切れたり、カラスがやけに鳴いてたり、近所で誘拐事件が起きてる事を知ったりしたけれど、僕の能力は今まで他の何よりもずっと正しかったじゃないか。

 偶々だ。悪い事が重なって、気分が落ち着かないだけだろう。

 そう思うけれど、念のため、本当の本当に、一応いつでも取り出せる様に紫のナイフを持って、ゆっくりとドアを開けた。

 

「ただいまー。いやー、今日は仕事が早く終わっ…ちゃ…」

 

 ぼさっ、と音がして、後から僕が鞄を落としたと気づいた。可能性を見る。いつも通り、幸福な日々を送っている光景。ふと、向こうの僕と目が合うと、可哀想な目で僕を見つめていた。

 

「は……はは」

 

血が散らばり、息子さんの死体と妻の死体が積み重なる。ポタポタと血が滴った剣は、獲物を呑み込んだ蛇を連想させた。

 

「んー。あ、あんたがこれの夫かい?いやーすまないね。私もこうするつもりは無かったんだけどさ、こっちの方が成功しちゃうと私の方が不可能になっちゃうらしいからさ…ま、運が悪かったね」

 

 それから数分して死体が一つ。これは何処にでもある都市の光景。誰かの都合で消える誰かの幸福の一つだった。

 


 

 

「だっらぁ!」

 

 甲冑を熱してドロドロに壊した所、緑の少女は思いっきり地面に斧を叩きつけ、まるで耕す様に土を掘り返した。

 

「どうした友よ」

 

「畑を耕そうっと!思っ…てね!偶には!良いだろう⁉︎」

 

「そうか。しかし種が無ければ芽はでない。どれ、これを植えようじゃないか」

 

 取り敢えず水袋を使わせてみたが、老人はなにやら幻想体の卵を宙から出現させて耕された土の上に置いて緑の少女と一緒に後方に逃げた。

 卵に水がかかり、急速に樹木が育っていく。…しくじったみたい。

 

「友よ、何を植えたんだい?」

 

「桜じゃよ。とっても綺麗だと風雲僧の奴に教えてもらっての」

 

「…それ、確か見た人に墓穴を掘らせて栄養にする奴じゃなかった?」

 

「………」

 

「………」

 

 緑の少女と老人がお互いに顔を見合う。

 

「我等はほら、眼を塞いでるからセーフじゃ」

 

 急いで囚人達の眼を閉じさせ、カロンの眼を塞ぐ。ヴェルギリウスは卵が出てきた時点で眼を閉じていた。

 木だし斬撃が弱いと踏んで剣や槍を横払いで使う様に指示する。その間も緑の少女と老人はこちらに攻撃を仕掛けるが、段々動きに慣れてきたヴェルギリウスに阻まれて此方には来れない様だ。

 

「…あ、妖精」

 

 眼を覆った手を退けたカロンが呟き指差した方向を見ると、草むらからグレゴールの提灯で出てくる小さい妖精が現れた。

 妖精は桜の周りをふわふわと漂った後、一際強く光ると、草むらから人形程の大きさの妖精…女王だろうか、が現れた。

 

「妖精が出てきたが、あれは何をしようとしとるのかの」

 

「ちょっと待っててくれ。それならこの本に…あった。あれは旅立った妖精姫。日々巣になる場所を探している女王の前の段階だ。蜂みたいに何体も付き添いの妖精がいて、女王よりも弱いけど一度巣を作ればとんでも無く厄介らしい」

 

 ヴェルギリウスと鍔迫り合いをしている老人の疑問に緑の少女が何処からか本を取り出して解説をする。木を切る組と妖精姫を近づけさせない組に分けて対処する。ヴェルギリウスが1人で緑の少女達を対処しているお陰で余裕はある。確実に削る事にした。

 紳士だったりクローバーの傘をさしてたり、妖精の厄介さは知っていたので広域で数を減らしつつ妖精姫を削り、広域の余波に桜を巻き込んでいく。

 

 桜が倒れ、妖精姫が弱っていく。追い詰められた妖精姫は、捨て身となって倒れた桜に突撃した。どうやら何か考えがある様だけど、叶えさせる訳には行かないね?

 纏めて紅炎殺で燃やす様指示し、燃やすとたちまち灰になった。

 灰から酷く火傷をしていて、大きなマッチを心臓に刺した少女が現れた。その黒い顔に見覚えがある。4本目のマッチの後ろにいるとても大きな顔と同じだね?

 

「…………」

 

 黙してこちらに向かって走るマッチの少女を足の速い囚人で捉えると、爆発して捉えた囚人と一緒に灰になり、その灰からまた新たにマッチの少女が現れて走ってくる。

 どうやら目的の人と一緒に爆発しないと復活するみたい。カロンを担いで走り、囚人達をヴェルギリウスの方に向かわせ、ヴェルギリウスに対処を任せた。

 ヴェルギリウスが蹴り飛ばす度に距離を取り、爆発から逃れる。私から離し続けないといけない以上、強い1人に任せる方がいい。ヴェルギリウスならその点鋭い直感で何とかしてくれるだろうね?

 私は正直ここまでの連戦でだいぶ疲れてきているので任せる事にした。

 

「今度は君等か」

 

「燃え尽きた少女に狙われる中勇気のある奴等じゃ」

 

 緑の少女が斧を構え、その後ろで老人が何か呟き始める。

 

「君等でも、さっきの案内人でも、どっちが相手でも関係ない。今度こそ正義と均衡を守りきる」

 

「さあ、退き給え」

 

 緑の少女が斧を両刃の大きな斧に変化させて薙ぎ払い、老人が魔法の弾を放つ。

 何人か囚人が瀕死になるが、執行とソーダで回復させ、老人の弾が少女に当たるようにするが、何とも無い様だった。

 赤眼や狐雨で無理矢理ダメージを稼ぐ。『あっち』の囚人が私に従い、黙して追い詰めていく。どうもこれまでと会った時と違って喋れない程度には鏡の幻想体の種の侵食が深刻みたい。それに耐え、ひたすら「こっち」に強襲できるまで待つのはどれだけの苦痛だったのだろう。

 『こっち』の私から知った記憶によるととても辛いそうだから、それ程過去が無いのは苦痛なのだろうね?

 

「…くっ!流石に…そろそろ辛くなって来たな…!」

 

 緑の少女が後退する。桜を切ったり妖精姫と戦ったり、マッチを刺していた子が自爆したりと続き、ヴェルギリウスの方を見るとなにやら刺されたマッチを抜いて遠くに投げ捨てていた。そろそろ倒せるみたい。しかし緑の少女の方は何の力が働いているか未だに元気いっぱいであった。

 これでも何回か老人の攻撃を緑の少女に当てさせてはいるが、苦しんではいるが有効打とまではいかず、かなり苦戦させられていた。

 

[…血は出てるし痛そうにはしてるけど、倒すには別の方法が必要なのか?]

 

「改造ににてるね。まじで」

 

 カロンの言葉に思い出す。そういえばあれもこんなふうに死に難い幻想体だったっけ。あっちは改造という過程でより強い個体を生み出していたけれど、この幻想体は如何だろう。

 一呼吸置く。休息の無い連戦と突拍子のない劇で思考が鈍っている。落ち着いて考えよう。

 

 此処までの戦闘でこの2体の幻想体は元々はお互いが殺し合い、どちらかが死ななければ終わらない劇を続ける幻想体なのは間違いない。

 先にあった3体の幻想体は何だかんだで目の前の相手を倒せば次に進めたから、今度は特殊なやり方になるね?緑の少女に老人の攻撃を当てても駄目で、湧いた幻想体を倒しても先は無い。私達の攻撃では何方も死なず、やってない事は周囲の探索と、少女の攻撃を老人に当てる事。

 劇を無茶苦茶にしても新しく仕切り直されるか始めからになるのが幻想体のよくあるパターンだから、やるなら劇を終わらせる、正しい結末に持っていくのを先にやった方がいい。

 壊したりするのはそれからでも遅くは無いだろう。3人の囚人に指示して老人を捕え盾にして緑の少女に近づいていく。

 

「…ッ…く…来るな…!」

 

 斧を振り回す手を止めて緑の少女は何かに怯えて後ずさった。どうやらこれが正解みたいだね?始めのやり取りですっかり騙されていた。

 相手の持つ斧で斬れる様に老人を振りかざせた。今までより多くの血飛沫が舞う。

 老人が倒れ、緑の少女がつけていた包帯が取れて赤い眼を覗かせる。老人の死体を見た緑の少女はただぽたりぽたりと涙を流した。

 

「…均衡は破られず…正義は為された。泡沫の夢は終わり、異界の手先は殺された」

 

 緑の少女の身体が軋みを上げて大きくなり、皮膚を破って赤い怪物に変化していく。

 

「…だが友よ。それなのに私は怒りが収まらないんだ。ああ友よ、どうか目覚めてくれ。もう一度君と話したいんだ。その声を聞かせて欲しいだけなんだ」

 

 緑色の涙を流す。そう言えばエノクはこれは彼女達の望みと言ってたっけ。

 魔法少女は自分の為では無く誰かの為に戦いたくて、騎士は護るべき誰かが生きていて欲しくて、王は微睡み今ある幸福で満足したくて、緑の少女は友達と楽しく過ごしたかった。

 今まで私達がやってきたのはその望みを無理だと突きつける事。

 結局は自分の為だと、護れなかったと、ただの夢だと、現実は変わらないと破綻させた。

 変わらないと言われてる幻想体でも、叶えたい事はあるらしかった。随分と色んなものが混ざっていたけれど、この戦いの本質はそこ何だろうね。

 

 腕と一体化した斧で囚人が薙ぎ払われる。今までと違って確実に殺す気を感じる一撃は、さっきよりずっと強く、ずっと脆かった。

 囚人達が創った深い傷にヴェルギリウスが追い撃ちの一撃を与えるのを繰り返す。

 

「………」

 

 両腕を斬られ、眼を貫かれ、火傷や出血の絶えない姿で崩れ落ちたそれに近づく。

 

[それで、結局何で私達に劇を見せたの?エノクは私達を止める為みたいだけど、それに協力してる理由を知りたい]

 

「…一方的に利用されているのは均衡とは言えない。友と私は利用して、されるだけだったし、それを友人とは呼ばないとも言われたけど、やっぱりお互いに利益が無ければ繋がりも出来なかったから、どんな人との関わりにもそういう側面は少なからずあるんだ」

 

 赤い怪物がどろりと溶け、中から緑の少女が現れる。まだ終わってないのかと囚人達に武器を構えさせ様として、赤い怪物と同じ傷と欠損をしているのを見てやめておいた。

 立ちあがり、ゆっくりと老人の死体に向かって歩いていく。その後ろに話を聞ける程度の距離を保って着いていく。

 くらくらとしてていつバランスを崩してもおかしくなさそうだったけど、履いている赤い靴が艶やかに光る度にその足に何か力が宿っているのか、操られる様にして老人の下に行く。

 

「…過去にまだ収容室にいた頃、私はエノクと友だった。都市全てのエネルギーを1人で賄う事を押し付けられて、それに憤怒を覚えたから。せめて寄り添う友がいればと、私は羽飾りを渡したんだ」

 

 老人の下に着き、役目を果たした足が独りでに切れる。残った足は履かれた靴が捕食する様に沈み、消えてしまった。念を入れて囚人に靴を壊す様に命じた。

 両腕と両脚と両目を無くした傷だらけの緑の少女は老人の横に転がり、真っ暗な眼から緑の涙を流し続ける。

 

「焼き増しだ。1人小屋にいた私に語りかけた隠者の真似事。友になろうと言った」

「君がどうしても耐えられなくなったらその指輪に念じるんだ、絶対に助けるって」

「間違いしか無かった。誰も彼もが孤独な脚本家の劇に従う世界で、その言葉は余りにも無意味だった」

「結局彼は最後まで脚本に従った。私が出来たのはその手伝いだけだ。彼が苦しむ手伝いしか出来なかった」

「それが心残りだ。この世界に均衡は無かった。この世界に正義は無かった。この世界に怒りは無価値だった。この世界に私は不要だった。私は脚本には登場しない影だったんだ」

 

「…友よ。私は…最後まで均衡を守れただろうか…私は……最後まで…正義で…あれた…だろうか」

 

「君は……そうだね…今一度……知っている人について………考えた…方がいい………私の喜劇は…………その為の………もの…だ………か……」

 

 その言葉を最後に、息を引き取った。怒っているから話が通じないかもと考えていたけれど、随分と理性的だった。

 どうにもこの図書館で会う幻想体はどれも人間みたいに考えたり、悩んだり、見たく無いものから目を逸らしたり、人により寄せたみたいだった。

 ここまでして、何を伝えたかったのだろうね?きっと今の、「こっち」と『あっち』の私が重なっている現状の認識に何か間違いがあるのだろうけど、どうにも比喩や暗喩的やり方でしか伝えられない様な仕草をしている。

 どちらにせよ、今の私には前に進む事しか出来ないだろうね?

 

 光の洪水が襲い、私達が沈んでいく。毎回やり方が変わるけれど、これにも何か意味があるのだろうか。そういう考えも消えていく。意識が微睡み、次の舞台に降り立つ準備が始まった。

 

 

 手のひらを眺める。小さな白い手だ。顔を触れば眼を覆う布があった。服装を観れば緑の少女の物だ。どうも、今回はそういうものみたいだね?

 目の前の扉を開ける。機械的で未来的な、何処か収容室を思わせる物だ。その先には複数の監視カメラの映像が映し出された暗い一室、そこには1人の髪を結んだ女性と、その側に蒼い空を思わせる髪を持つ女性がいた。どちらも振り返らずに淡々と指示をしている。

 映像には何体もの幻想体が映っており、幾つかの映像には作業員と思わしき人が様々な作業をしていた。

 

『…本当に来たようね。憤怒の従者』

 

 蒼い髪の女性は呆れた様な、飽きた様な声で朗々と言葉を読み上げる。自然な話し方だったけれど、何故だがそう思えた。

 

 あら、時間を取ると言っても少しだけでしょ?そのくらいなら良いじゃ無い!

 

 魂が震える様な声。心の奥底に語られて触られてる様な感覚。それに引き摺られて口から言葉が紡がれた。

 

「…即刻、エノクの扱いを改善して欲しい」

 

 何で?現状に彼は満足しているわ。これを見て頂戴、彼の嬉しそうな顔!

 

 一つの映像を見る。機械に繋がれている、エノクの欠片を見た時と同じ苦しそうに涙を流して笑っている光景。

 その光景に怒りが湧き、自然と早口に捲し立てる。

 

「…っ!巫山戯るな!!無理矢理人からエネルギーを造る工場の部品扱いの何処が良いって言うんだ!こんな物、均衡も正義も無い物が許される訳が無いだろう!!」

 

 天秤が、釣り合いが取れていない。本能にまで刻まれた衝動に従って異論を唱える。この場にまで来れたのは望外の事だった。幻想体が職員として働ける様になる制度を利用して実績を重ね、魔法の技術体系化に貢献したからこそここまで来れた。

 そうしたのも偏に友の為。エノクを現状から助ける為だ。

 過去に交わした一つの約束の為、他の魔法少女に協力して貰ってまで来たのだ。無理でしたには絶対にしてはいけない。

 

「そもそも!エネルギーを得る為なら私達アブノーマリティを管理して、その陽性エンケファリン(PE-BOX)を使うだけで都市の一つや二つ程度簡単に賄えるだろう!過剰過ぎるんだこれは!!現在エノクは3時間で都市4つを1年賄えるエネルギーを生産している!そこまでして何がしたいんだ!!!」

 

 蒼い空の髪の女性が振り返る。いつも閉じられたその眼の奥で失望と達観の感情を携えてるそれに向き合う。

 

『…まあ、いいでしょう。貴女は優秀な人材ですから、多少の事なら教授出来るでしょうし』

 

 指示を出している女性から離れて私と対峙した。天井からディスプレイが現れ、映像が出力される。

 

『まず、我が社は表向きにはクリーンなエネルギーを作り出す特異点を持った会社と謳っておりますが、実際は怪物の管理によるエネルギーを収集しそれを販売しているという説明が職員にはされますが、それは誤りです』

 

「…本当は過去に現れた終末鳥の死体とギフト、XX社の何でも変えて差し上げますに、W社のエレベーターを解体して得た現状復旧技術を併用した無限の人間蘇生と40秒死なない魅了で加速的にエネルギーを生産、その一部を売っている…」

 

 映像にある説明を読み、限られた時間で効率よく進める様先を促す。

 

『その通り。ですが初めはW社の特異点を持ってなかった為に巣と裏路地、余りにも膨大な人間を呼び出し、その中から優秀な者を選出してそこに放り込む必要がありました。』

 

「PDAも巣の拡張も手厚い保護に支援も全てその為。飛び抜けた才能のある人物がいなかったが故の苦肉の策。翼になるのだって評判こそよかったが内部では様々なゴタゴタがあった…と」

 

 そう、私達はその目的に対してあまりにも力不足だった。

 

 指示を終えたのだろう。此方に振り返り髪を結んだ女性…管理人が説明を引き継ぐ。

 

 コギトを見つけたがより多く取る実験にエノクを犠牲にした。しかし出来たのは他の世界を見て力を借りるだけの物。有用ではあったけど失敗だったの

 

 次にガブリエルとジェバンニが実験した。片方は無意味に死んでもう片方はエンケファリンの安全利用比率の為に死んだわ

 

 蒼い髪の女性が後ろの操作盤を使って監視カメラの音声を0にした。職員が仕事を終えてロビーで待機している。

 管理人は具合が悪そうに顔を顰めながらも説明を続けた。

 

 追い詰められた私は…カルメンはエノクだった物で他の世界から何か答えを得ようとした。僅かでもヒントが欲しかった

 

 …本当は、私が犠牲になれば何とかなるって知っていたわ。だけど、それをするには余りにも私は都市の病に犯されきっていた

 

「…誰もが、貴女が死ねばそれまでの成果を手土産に何処かの翼に入るだろうね」

 

 この会社で働き、外の事を聞いてきて知っていた。悲劇と復讐の連鎖の中にいて、カルメンの仇に裏切りの悲劇、容易に想像ついた。

 

 そうなるって理解していた。…何よりも死にたく無かった。だから二の足を踏んでいたの。…だけど見つけたわ!

 

 その瞬間、何かパッと花開いた笑顔になる。その眼はここでは無い遠くを見つめていた。

 映像に映る情報を見続ける。明らかに今の私とは比べられない重要度の高い物。この後を想像し、嫌な汗が流れた。

 

 その世界では私の側にアインという人がいたわ。わたしの知らないその人は私よりもずっと優秀で、魔法みたいに次々と死んだ私の変わりにやるべき事をこなしていった!

 

 蒼い空の髪の女性を見る。映像による情報と管理人の語る情報から理解した。これは…

 

 だからね?殺したわ。ね?アンゲロス

 

『ええ、殺されましたね。管理人』

 

 管理人が…カルメンが笑う。アンゲロスは無理矢理笑わせられていた。

 不完全な計画だった。上辺を真似て、細部は狂人が考えた物。既に狂っていたのだ、彼女は。

 元は素晴らしい人格者だったのだろう。かつては魅力的な人物だったのだろう。

 だが、今の彼女は既に壊れた歯車だ。曇り錆びた回らない歯車。その癖とても大きくて外せない必要な物。回す為にとても沢山の歯車が欠けてダメになっていく壊れた歯車だ。

 

 だってずるいじゃ無い?私だけこんなに苦労して、全部独りでやるなんて。だから手伝ってくれる子も自分で用意して任せる事にしたの

 

『そして私が出来ました。かつての父とカルメンの血肉を、一つの機械に納めた物』

 

 私も今の自分がまともじゃ無いのは分かってるの。だから表に立つのは彼女に任せて、私はこうして記憶を消して光の種を得る為の試行錯誤をする事にしたのよ

 

 果たして、無愛想だが、食事の時と寝る時だけはそばに居た父と、それを殺した女の血肉を納められた機械の少女は今何を思うのだろう。生憎、私には理解しきれなかった。

 きっと果てしない。エノクが何故ああして苦しみから逃れないのか理解した。

 きっと彼は彼女が少しでも早くこの地獄から抜け出せる様に少しでも多くのエネルギーを生産しているのだ。その為にそれ以外の全てを切り捨てる事を決めたのだ。…本当は自分こそが幸せになりたいだろうに。それを抑えて。

 

 その上で聴くわ。貴女は今日、何の為にここへ来たの?

 

 何も言えなかった。

 

 後ろの映像で、職員達が訝しげに指示が来ない事に疑問を持っている。きっとこの後、この演劇が再開するだろう。それは変わらない。変えられない。変わる事が出来ない。だが、変えたいと願われた夢の集まりなんだろうね?

 

 

 意識が戻ってくる。今回は随分と長かった。

 場所は初めのエノクと戦った所だ。前にはヴェルギリウスとカロンが居て、囚人達はユーリを残して全滅していた。数々の戦闘と、最後の光の洪水に流されてしまったみたい。

 

「どうだった?」

 

 後ろから声をかけられ、振り返る。そこにはエノクが立っていた。相変わらず死んだ眼をして居心地悪そうにしている。

 

[酷いものだったね。…これで先に進めるの?]

 

「…うん、そうだね。もう進めるよ。その為に彼等に協力して貰ったから」

 

 そういう彼の後ろの暗闇に、さっきまで戦った幻想体達が潜んで此方を見つめていた。

 

「だけど、この先に進めるのは君ともう2人だけだ。憤怒のを見ただろう?3人しか駄目なんだ。ヴェルギリウス、カロン、ユーリ、全員は無理だから、1人だけ置いて行ってくれ」

 

 振り返る。ヴェルギリウスは壁に寄りかかり、カロンはボーッと休んでいる。ユーリはただ、此方を見つめていた。

 

「…管理人の言う通りにしますよ。本来、私がここまで着いてきたのも異例ですから」

 

 ヴェルギリウスはそのまま眼を瞑る。

 

「…カロン。そいつ気になるからここにいちゃダメ?」

 

 カロンはエノクを指差してそう言った。

 

『………』

 

 ただ黙って此方を見つめている。何となく、連れて欲しそうに感じた。

 

「ここまでの連戦で既に4日目になってますから、残り3日、悔いのない様に選んで下さい」

 

 ここまでの戦いでどうも区切りよく日を跨いでいたみたい。悩む時間はあるだろうけど、痺れを切らされる前に何とか選ぶ必要があるだろう。

 

 少しばかり考える。

 

 まず、ファウストはただ管理人としてやるべき事をやれと言っていた。それに従うならユーリを置いてヴェルギリウスとカロンの3人で進むのがいいだろう。1人だけ此処に置かれるって事は、いつエノクや幻想体に襲われてもおかしくないのだから。なら死んでも問題のない者を置いていくのがいい。

 

 エノクや幻想体達は自分や身近な者について考えろと言っていた。そうなると疑う相手はヴェルギリウスとカロンだけど、ここに裏切られるなら私自身に何かあると考えた方がいいだろうね?

 何があるのかは知らないけど、きっとこの先で知れるだろう。後ろから斬られるのが怖いならユーリとカロンを連れていく方がいい。

 

 だけど、私自身にも何かあるならもしかしたら何かしらのキッカケで私自身が裏切るのかも知れない。それを疑うならヴェルギリウスとユーリだろう。お互いに戦闘が出来るならそれで何とかなる。

 

 裏切るのを前提としてるのは此処まで、さっきの戦闘で判明した私自身に関する事があるからだ。その事をファウスト達が隠したいが為に教えなかった事も考慮すべきだ。そもそも、エノクもアンジェラっぽい人物も全部知っていそうなのに、誰に隠そうとしているのだろうね?

 

 そこまで考えて、私は

 

ユーリを置いていく

 

ヴェルギリウスを置いていく

 

カロンを置いていく

 

 







 色はL社の赤、図書館の赤と緑。行先は原作と同じ全員死亡、片方殺す、生存なのでお好きな結末をどうぞ。
 9/21の23:00までが締め切りです。一つも入らなかったらユーリを置いていきました。同数でも同じ様に…と考えてましたが頭の中でガリオンに煽られたので混ぜる事にしました。まぁ同数なんて早々起きないと思います。

 追記
 締めたので2〜3週間執筆してきます。土日しか書く時間無いのが辛いですね。
 …ふぅー……それにしても予測で6万字弾き出したルートか…。腕が鳴りますね。
分岐
イオリではなくフィリップが確立変動者。

悔いの無い様に

  • ユーリを置いていく
  • ヴェルギリウスを置いていく
  • カロンを置いていく
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