ONE PIECE novel.DD “怪盗”ドンキホーテ・ドフラミンゴ 作:ladybug
初めましての方や再読を始めた方向けの導入話です。
本作におけるドンキホーテ・ドフラミンゴ、トラファルガー・ロー、そして“コラソン”の関係性が垣間見える小話となっています。
立場交換IFの基本構図を掴みたい方は、こちらからお読みください。
Before the curtain call.
世は大海賊時代。
新聞社各社は海賊達の引き起こす騒動を連日報じていた。
なかでも近年は王下七武海を巡る報道の慌ただしさが目立つ。
砂漠の王の失脚、新たな海賊達の台頭、入れ替わる面々。中には大事件を踏み台に七武海入りした新人などもおり、話題には事欠かない。
ここ数日、一面記事を飾っているのは、例に漏れず王下七武海の二名だった。
一人はトラファルガー・ロー。七武海随一の穏健派として知られる男だ。世界各国の治安維持に奔走しているため、自然と報道される機会も多い。
もう一人はドンキホーテ・ドフラミンゴ。最近七武海入りした最年少の新人である。“怪盗”の二つ名を轟かせ、派手に世間を騒がす若手海賊だ。
タイプは違えど何かと名の知れた二人の海賊。
遠い過去、一人の海兵を通じて、彼らの歩みは交差していた。
そのことを知る者は少ない。
だからこそ、誰にも予想できなかったのだ。
彼らが愛憎を抱えて相対し、全てをかなぐり捨てて激突する未来など。
◇
愛と情熱の国ドレスローザ。
偉大なる航路“新世界”に位置する“平和の象徴”。リク王家の統治の下、八百年もの長きに渡り戦争を排し続けた異色の平和国家である。
素朴ながら美しい国としても知られており、豊かな自然と人情溢れる街並みがどこか懐かしいと旅人達の間でも評判だ。
日も傾いた夕暮れ時、煉瓦造りの坂道を一人の女性が駆け降りている。品良く整った目鼻立ち、少し厚めの唇、豊かな黒髪には一輪の薔薇。強い輝きを放つ瞳が印象的な美女だ。
彼女の名はヴィオラ。ドレスローザを治めるリク王家の娘である。
「ヴィオラ様、そんなに急いでどうしたのさ?」
「こんばんは、おかみさん! ローが帰ってきたみたいなの!」
「ああ、そりゃ急がなきゃだ。今なら左の道の方が空いてるよ!」
「ありがとう、恩にきるわ!」
ヴィオラは町人に手を振って応え、左手の階段を数段飛ばしで駆け降りる。
坂を抜けると、港まで続く一本道と、離島へ抜けるための橋が見えてきた。
ヴィオラは息を切らせて一本道を下る。
家々から漂うスパイスの香り、見たこともない果物、絢爛の花畑、街角で繰り広げられる舞踊、そこかしこで奏でられる音楽。
八百年続く地域伝承、“妖精伝説”は今も健在。ここ数年は街中を闊歩するオモチャの存在も加わり、メルヘンな趣きが増してきたようにも思う。
目的の人物を探しながら、彼女は港の奥へと向かった。
「こんばんは、ヴィオラ様! 今日は一段と別嬪ですなあ!」
「親方? どこなの?」
「こっちこっち、上でさ!」
潮に焼けた野太い声がヴィオラを呼ぶ。
声の主を探して辺りを見渡せば、古株の老漁師が手を振っていた。
漁師が立っているのは軍艦のタラップ上。ドレスローザ周辺を守る支部の物ではなく、海軍本部の艦船だ。
先を越されたかもしれない。そう内心焦りながらもヴィオラは微笑む。
「ごきげんよう、親方。どうしてそんなところに?」
「荷下ろしの手伝いついでに少し。いつもトラ坊が世話になっとるってんで、とっておきの刺身でもご馳走しようと思ってよ」
「それはいい考えだわ。あとで王宮に請求を回してちょうだい。ただし、お酒はほどほどにね?」
「分かってまさ! 調子に乗るとまァたトラ坊にどやされちまう!」
豪快な笑声が響き、他の漁師達も手を打って騒ぐ。当初は王女の登場に恐縮していた海兵達もすぐに平静を取り戻し、漁師らとの世間話を再開しはじめた。
「もう、どこなの?」
ヴィオラは目的の人物を探して辺りを見回すが一向に姿は見えない。
既に移動した後だろうか。能力を使うべきか考え込んでいると、ボラードの傍らで指示を出している海兵が振り返った。
軍服をきっちりと着こなし、眼鏡の角度にすら隙のないミンク族の海兵。彼もまたヴィオラに気付いたようで、海軍式の敬礼を取って迎えてくれる。
「ヴィオラ様」
「任務ご苦労様。どうぞ楽になさって」
「お気遣い痛み入ります」
ミンク族の海兵は深々と頭を下げた。
彼は王下七武海付きの護送官だ。位は少将、部下からも慕われる人格者である。
「トラファルガーをお探しですか?」
「ええ、少し尋ねたいことがあってね。彼はまだ船の上かしら」
「先刻下船しました。恐らくは、孤児院へ物資を運ぶつもりかと」
港に向かっている間に数度、青い被膜状のドームを見た。探し人トラファルガー・ローの能力場である。
日課の街歩きの途中で彼の能力域を確認したからこそ、ヴィオラは港に急いでいたのだ。
トラファルガー・ローという男はとにもかくにも多忙である。
ドレスローザに逗留していても、王宮に設けられた自室にいる時間は殆どない。自身の活動に加え、世界政府の要請に従い治安維持に尽力しているせいだ。
ヴィオラは記憶を辿り、少将に尋ねた。
「今回は災害救助の要請だったかしら」
「ええ、そのはずだったのですが」
「と、いうと?」
「寄港可能だからと周辺地域への衛生指導と海賊討伐をこなしている内に、近隣国家で内紛が起きまして。もののついでに戦乱の仲裁を」
「……ついでの量ではないわね」
王下七武海の他の面々と違い、ローは世界政府の要請をほぼ断らない。むしろ、今回のように要請に先んじて場を整える、それどころか解決してしまうことすらあるようだ。
しかしながら、最近は要請の頻度自体も増して思える。頂上戦争から一年足らず、世界全体が大きく揺れているためだろう。
ヴィオラは頬に手を当て、小さく溜め息を吐いた。
「出遅れたわ。困ったものよね。あの人ったらなかなかつかまらないのよ」
「本来なら彼の手を借りるべきではないのですが……」
少将が頭を下げる。
「我ら海軍の不徳の致すところです。申し訳ありません」
「ごめんなさい、そういう意味じゃないの! 海軍の皆さんには感謝こそすれ、不満を抱いたりしていないわ!」
慌てて取りなすも、少将は深く頭を下げたままだった。
「いえ。九年前の件も含め恥じ入るばかりです。少なくとも、私はドレスローザの皆様に合わす顔がない」
「頭を上げて。あなたに責があるわけではないでしょう」
ヴィオラが静かに告げれば、ミンク族の将校は顔を上げた。その顔には憂いが浮かんでいる。真摯な人だ。だからこそ、トラファルガー・ローの護送官を務めてこられたのだろう。
ヴィオラは目を伏せ、自身にも言い聞かせるようにゆっくりと続ける。
「今も九年前も同じ。誰か一人のせいではないわ。世の動乱とはそういうものよ」
約九年前、ドレスローザは大規模テロの標的となった。他国の過激派組織が起こしたテロに乗じて海賊や賞金稼ぎが雪崩れ込み、惨事は拡大。町は破壊し尽くされ、国民の尊い命がいくつも奪われたのだ。
テロ発生当時、ドレスローザ周辺の海軍支部は海賊と癒着しており、腐敗した海兵もまた動乱に乗じたとされている。
トラファルガー率いるファミリーの介入がなければ、今のドレスローザはなかっただろう。
「……とはいえ、あの人、さすがに働きすぎだわ。常人なら三日で十歳老け込む仕事量ではなくて?」
「私の覚えている限り、あの男は九年前のままですね」
真面目くさって、というより恐らく大真面目に所感を述べる少将へ笑いかけ、ヴィオラは肩を竦めた。
「本当に不思議よね。何か隠しているのではと、私、疑っているの」
「何かとは?」
「そうね。医療技術を用いた特殊な美容法とか?」
「成程。我々の間でもオペオペの実の特殊能力ではないかと噂されています」
ミンク族の少将が真顔で頷く。冗談か本気か、いまいち分からない。
「うん?」
少将の鼻がひくりと動いた。少将の視線の先を目で追えば、再び青い被膜が広がる。
目の前にあった積荷が忽然と消えた。
代わりに石畳の上へ黒い影が差す。
かつり、と。
靴音を一つ落とし、黒衣の男が立っていた。
幾重にも重ねたカソック様の黒衣に、金糸の刺繍が散るストラ。青みがかった黒髪、やや血の気の薄い肌に濃く刻まれた隈。
宗教家のような出立ちながら、陰鬱で恐ろしい容貌の男だ。
ただ、それは黙っていればの話。
ヴィオラと少将を見つけたのだろう。金の瞳が瞬き、柔く笑む。
跪こうとする黒衣の男を制し、ヴィオラは背を伸ばした。
「ロー、おかえりなさい。元気だった?」
「ええ、姫様もご健勝でなによりです」
トラファルガー・ローは表情の薄い男だが、十年も共に過ごしていれば何となくは意図も理解できる。この顔は揶揄おうとしているそれだ。
どうやら急ぎ走ってきたことに気付かれたらしい。金の目がヴィオラの黒髪のあたりを彷徨っていた。
結構な勢いで走ってきたのだ。髪の一つも乱れて当然だろう。慌てて手櫛を通せば、髪に刺していた薔薇が落ちる。
「あ」
ヴィオラが反応するより早く、ローが左手を閃かせた。一人でに浮いた薔薇が舞い上がり、ヴィオラの掌に落とされる。
「お転婆は治らないものですね」
呟いたローを睨み上げれば、彼は袖で口元を覆ってそっぽを向いてしまった。笑顔を隠そうとする彼の癖だ。
「あなただって意地悪癖が治らないじゃない」
「私のこれは治すつもりがないのです」
「悪い人ね」
「それはまァ、海賊ですから」
ローが素知らぬ顔で宣う。
まったく彼の言う通り。結局のところ、トラファルガー・ローは海賊であり、改まった態度とて猫を被っているにすぎないのだ。
その証拠に、素の態度を知る護送担当者の少将などは、実に胡散臭そうな顔をしていた。
「トラファルガー……毎度不思議なんだが、お前、その猫はどうやって育ててるんだ」
「なかなか毛並みが良いだろ」
「褒めてはいない。どちらかといえば気色悪いと感じている」
「よく言われる」
無表情に言ってのける様は確かに悪党のよう。ただ、内容が内容だけに間が抜けて聞こえる。さらに言えば、対話相手が真面目一徹の海兵なものだから、会話の収拾はつかなかった。
「実際、少しばかり顔色がましになった気もするな。年齢を考えて健康に気をつかいだしたのか?」
「特段何をしたわけでもねェ。住まわせてもらってる家がいいんだな」
「棲家の影響か。確かにドレスローザはいい国だ」
「お前も移住すればいい。ミンク族ならきっと手触りが良くなる。おすすめだ」
「遠慮する」
「何でだ。おれを迎えにくるのだって楽になるじゃねェか」
「職場が遠い」
四十路海賊のだる絡みを正面から捌き切る少将に感心する一方、何となく寂しい心地のするヴィオラだ。
十年近く同じ国で過ごしているというのに『敬意』とやらを盾に態度を崩さないのだから、これまた大層強固で重厚な猫だった。
大海賊にしては気安く、友にしては距離がある。救国の大恩人でありながら英雄の名を嫌うトラファルガー・ロー。
この十年、彼はただ、ドレスローザの“隣人”であり続けていた。
夕凪前、最後の一時。
別れを惜しむように、柔い海風が港を抜けてゆく。風に煽られた新聞が宙を舞い、ヴィオラの足下へと落ちた。
何となく拾い上げる。紙面を開いて一面を眺めていると、少将が呟いた。
「また“怪盗”ですか。最近はやけに活動的ですね」
記事の一面を飾っているのは一人の青年。
名はドンキホーテ・ドフラミンゴ。“最悪の世代”にしてロッキーポート事件の首謀者であり、ついには王下七武海入りを果たした実力者らしい。
元は“天夜叉”という二つ名だったのだが、義賊活動が目立つこともあって数年前から“怪盗”と呼ばれるようになった。
ドレスローザでもそこそこ名が知られており、本人を見たこともない国民らからも好意的に受け止められている海賊だ。
「このコート、ピンク色なのでしょう? とても突飛だし目立ちそうだわ」
「突飛で目立ちますね」
ヴィオラが所感を述べれば、少将がおうむ返しに頷く。
「けれど、このファッションで“怪盗”って、ねえ?」
「ええ、このスタイルは……」
ヴィオラと少将の視線が一つところへと向かう。二人に見つめられた黒衣の男は不思議そうに首を傾げた。
「何か?」
「いえ、分からないならいいのよ」
一人理解していないローを放置し、ヴィオラと少将は頷き合う。
生暖かい笑みを浮かべる二人の脳内。
そこに浮かんでいたのは、世間を騒がす若手海賊とは別の“怪盗”だった。
◇
浅い眠りの底、呼び声が聞こえる。
扉の向こうから何度も何度も呼んでいる。
起きなければ。
そう思う一方で身体は動かない。感じるのは、目蓋を開けることすら億劫に感じるほどの疲労と、心地良い暗がりの気配。
「キャプテン! もう夕方だってのに、いつまで寝てるんですか!」
扉の撓む音がした。
ペンギンが蹴り開けたのだろう。彼は昔から足癖が悪い。
足癖そのものはともかく、両手に物を抱えすぎることが問題だ。悪い癖だと指摘すれば、『どの口が』とへらへら笑われた。
「まったく、明かりもつけずに新聞なんか読んで。また視力落ちますよ」
灯りを灯しながら、ペンギンが小言を言う。机の上に並べていた資料でも目にしたのか、彼は盛大な溜息を吐いた。
「勉強も研究も大事、それはわかります。だからといって三日完徹して丸一日寝るってのはどうなんですかね」
わざとらしく足音を立てながら接近してきたペンギンが立ち止まる。
仁王立ちのまま顔を覗き込んでくる気配に、堪えきれず忍び笑いが溢れた。
「こら、ドフィ。笑ってないで起きな」
「悪い。お前の説教が心地良いもんで、つい」
顔に被さっていた新聞を摘み上げ、ドンキホーテ・ドフラミンゴはソファから身体を起こした。サイドテーブルの上に置いていたサングラスをかけ、凝り固まった身体を整えるべく伸びをする。
身体を傾けた拍子に胸元から溢れた金のチェーンに指を絡め、ドフラミンゴは一つあくびをした。
「よく寝た。もう夕方と言ったか?」
「そうそう、なんなら夕飯の時間です。だから起こしにきたんじゃないですか」
首を傾ければ骨の鳴る音が響く。変な体勢で寝ていたとは言え、身体が鈍っているのかもしれない。
つい一週間前のことだ。
ドフラミンゴは“怪盗”らしく悪徳商人宅に忍び込み、金品やら奴隷やらを盗み出した。
追手を撒くのに一日、帳簿付や収穫物の分配に奔走して三日。状況が落ち着いたところで情報整理に没頭し始めたら止まらなくなり、この有様である。
鍛錬どころか寝食までもサボっていたわけで、当然のツケが回ってきただけの話だ。
数日間自室に篭りきりの船長に対し、幼馴染兼古参クルーの目は冷たい。
「覚悟してくださいよ。お寝坊さんにはきついお仕置きが待ってますからね」
「勘弁してくれ」
「はいはい。今日の料理当番、シャチが代わったんで後で労ってやってください」
部屋を出ていくペンギンを追いかけて、ドフラミンゴは船内を進む。
船の名はポーラータング号。とある老人の手によって造られた潜水艦だ。
旗揚げをしたばかりの青年期には大きく思えたこの船も今となってはやや手狭。だからといって新調する気にもなれず、少しずつ手直しをして乗り繋いできた愛機である。
海底は静かで暗い。窓のない潜水艦にあってその暗闇を目視することはないが、それでも閉塞感は感じる。廊下を歩いていると妙な気持ちになることもあった。
ドフラミンゴは頭を振って気分を切り替える。小刻みに揺れる灯りを頼りに進めば、ボイラーなど機器の駆動音に人の声が混じり始めた。
「おい皆、キャプテン起きたぞ!」
ペンギンが正面のドアを蹴り開けた途端、ざわめきが大きくなる。
「おそーい! おれハラ減った!」
「よし来た! ロブスター入りとはいかねェけど、しっかり煮込んだシャチ特製ブイヤベースを召し上がれ!」
行儀悪くスプーンを振り回すベポと、大鍋を掴んで舞うシャチ。歓声を上げてドフラミンゴを迎える男達に、遠慮なく先に酒を煽り始めているイッカク。食堂兼談話室には、揃いのつなぎに身を包んだ面々が集まっていた。
ハートの海賊団、クルー総員二十名は今日も賑やかだ。
操舵や警戒などの関係で席を外している者もいるため全員ではないが、大方のクルーがここに顔を出している。
一気に明るくなった視界と相まって、なんとも眩しい光景だ。
目を細めたドフラミンゴの背を押し、ペンギンが笑う。
「なに黄昏てるんですか。出遅れると食いっぱぐれちまいますよ」
肩を竦めて席へ進めば、ジャンバールが椅子を引いてくれた。
「徹夜もほどほどにな。ベポ達が心配していたぞ」
「諸々任せて悪かった。あんたがいてくれて助かるよ」
ドフラミンゴの肩を叩いて自席へ戻るジャンバール。彼の頼もしい背中を見送っていると、隣席のベポが机を叩いて不平を訴え始める。
「キャプテンは仕事サボりすぎ! いくらトラファルガーの記事が出たからって、三日もこもる必要ねェと思う!」
「だよなァ、おれ達さみしい。構ってくれよー」
給仕をウニに代わってもらったらしく、シャチが逆隣の席に滑り込んできた。
ドフラミンゴはウニから皿を受け取りつつ、なんとも言えない半笑いを浮かべる。
「後でな」
「ええー、今! 今構って!」
「フッフッフ……これ以上どうしろと?」
両手を広げて困惑を表せば、シャチもまた困惑の表情で首を傾げた。
「さあ? 昔はこう、四人で身を寄せ合って駄弁ってるだけで良かったんだけどな」
「今でも距離は充分近いだろうが」
「え、何? 離れろっての? ひどーい! ペン、ドフィが素っ気ないー」
今度はペンギンに絡み始めるシャチだったが、ものの見事にスルーされていた。しょぼくれて端の席に座るその背を眺めていると、イッカクが割り込んでくる。
「キャプテン達って、旗揚げ前から四人で暮らしてたんだっけ?」
ワイングラス片手にほろ酔いのイッカクが身を乗り出す。興味津々なのは構わないが、放置すると転びそうだ。肩を掌で支えてやりつつ、ドフラミンゴは過去を振り返る。
スワロー島での生活、そして旗揚げ。実に色々あったものだ。
「いや、正確には五人だな。世話役がわりの爺さんが一人いた」
「ああ、ポーラータング号のお父さんか。ベポから聞いたよ、なんでも毎日叱られてたらしいね」
賑やかなテーブルの端で酔いどれていたシャチがとぼけた声で呟く。
「そうそう、怒られてはむくれてさ、あの頃のドフィは可愛かった。お前らにも見せてやりたかったなァ」
これに反応したのが旗揚げ組以外のクルー達である。シャチの惚気にも似た言いように反発してか、彼らは口々に文句を言い出した。
「何が『見せてやりたい』だ! 顔がニヤけてんだよ!」
「古参マウント反対! 羨ましいぞ!」
やいのやいのと盛り上がるクルー達に囲まれ、ドフラミンゴはにやりと笑う。
「よせよせ。お前らにゃ今のおれがいるじゃねェか」
「「キャプテーン♡」」
黄色いというより野太い悲鳴を一身に浴び、満更でもないドフラミンゴである。
上機嫌のままスープに舌鼓を打っていると、クルー達が残念そうに囁き合う声が聞こえた。
「格好良いキャプテンも最高だけど可愛いキャプテンもみたかったよね」
「今でも可愛いところはあるけどな」
「でも笑顔は怖いだろ」
「言っちゃ駄目だって」
やや悪口寄りの野次が混じっている気もする。
密かにショックを受けていると、ペンギンが思い出したように声を上げた。
「ガキの頃と言えばですよ。キャプテン、アレをやってあげたらどうです?」
「アレ?」
「ほら、分裂して小さくなる技があったでしょ。アレです、アレ」
アレとは、日々鍛錬に勤しむドフラミンゴが最近開発した技のことだ。糸で分身を作り出し、その分身をさらに数体に分けて一括管理する、情報収集用の特殊技である。
ただ、開発したばかりということもあって精度が低い。他者に披露できるかどうかは要審議段階なのだ。
「いやあれはまだ練習中で────」
「キャプテンが増えるだって!? そんなのもうラフテルじゃねェか!」
「宴だ! 宴の準備をしろー!」
言い訳を探すドフラミンゴの声は、クルー達の大歓声に押しつぶされた。
こうなっては仕方ない。煽られて昇らぬはキャプテンの名が廃るだろう。
ドフラミンゴは再び気をよくして口の端を吊り上げた。
「仕方ねェなァ、ほらよ」
「キャプテンかわいいー♡」
「『『フッフッフ、褒めろ褒めろ』』」
少年サイズから手乗りの妖精サイズまで。数体に分裂したドフラミンゴの分身達が声を揃えてふんぞりかえる。
本体もワイン片手に上機嫌であった。
「また調子乗ってる」
「まァいいじゃないの。最近煮詰まってたみたいだし、たまには息抜きしてもらわねェとな」
白い目をしたベポの肩を抱き、シャチが笑う。
ハートの海賊団は今日も平常運転だ。
騒ぎ囃し立て盛り上げてドフラミンゴと共にある、それが彼らの日常なのである。
盛り上がりも最高潮に達した食堂、その片隅に押し除けられていた新聞を拾い上げる手があった。
新聞を手にした少年、否、ドフラミンゴの分体が囁く。
『ボス……いや』
分体が手にしたニュース記事、その一面を飾るのは黒衣の男だ。
かつて、その男は一人の女性を殺した。
血を分けた実の妹を。
ドフラミンゴの心を救ってくれた、かけがえのない恩人を。
彼女のコードネームは“コラソン”。
名を、トラファルガー・ラミという。
『待っていろ。かならず、おれが──』
記事の中で薄く笑む黒衣の男。その微笑を冷たく見下ろし、ドフラミンゴの分体が口の端を吊り上げる。
足跡を追い続けた十年余り。
ただの一度たりとも、彼の名を見逃したことはない。
トラファルガー・ロー。
彼は恩人の兄にして、その仇だった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
本話は新規読者様や再読中の方向けに、本作の基本構図を掴んでいただくための導入話として追加しました。
本編は次話『Run boy Run』より、頂上戦争の只中から物語が始まります。
この世界線の行く末を見届けてもいいと思っていただけましたら、お気に入り・評価で応援いただけると励みになります。