ONE PIECE novel.DD “怪盗”ドンキホーテ・ドフラミンゴ 作:ladybug
オリキャラがでます。
若き海賊ドンキホーテ・ドフラミンゴは自戒する。
大好きなあなたが信じてくれたから
大切な仲間が共に歩んでくれるから
この足は前に進める
この心を変えてゆける
今はまだ間違えながら、それでも
変わりゆくもの
轟々と焔の爆ぜる音がする。
悲鳴や逃げ回る足音、銃声、血と煙。
主を失い、王城は燃え落ちてゆく。
城の中心部から離れた簡素な部屋。
使用人のものよりはやや飾り気があるものの、王族のそれとは比べものにならない小さな部屋だ。
そこに影が立っていた。
息遣いがなければ死神と見紛うばかり。闇から生まれたような血臭拭えぬ黒い影。
短剣を握った手、否、全身を震わせながら、少年は影と対峙する。
「妹には手を出すな」
声は情けなく掠れていた。
彼は知っている。
影が何故ここに現れたのか。それは悪政を敷いた父王への報いなのだ。
父母は既に捕えられ、王城は火に飲まれて使用人も皆逃げ出した。彼らに忠誠心などあるはずもない。いずれこうなることは少年ですら予測できていた。
しばらくすれば、この部屋にも革命の手が伸びるだろう。父王の血をひき、継承権を持つ自分は殺される。その前に、妹だけでも助けねばならない。
腹違いの妹。妾の子。継承権もなく系譜図に名前の載らない、この国にとっては価値のない子ども。今眠るゆりかごも民草のそれと同じ簡素なもので、母親にすら望まれなかった哀れな子。
自分が守らねばならないと思った。
父王に頼み込んで、悪辣なふりをしてまで我が物とした。そうでもしなければ殺されていた。運命を捻じ曲げてでも助けなければと思ったのだ。
だって、この子はまだ生きているのに。
妹なのに。
「ぼくが守らなきゃ、誰が守るんだ!」
声を張り上げる少年を見つめ、影が何事かを囁いた。嫌な予感に振り返る。
目に入ったのは空のゆりかご。
影の腕に抱かれた妹は未だ安らかな眠りの中にあり、まるで自ら望んで死に落ちていくように見えた。
もう、何をどうすれば妹を助けられるか分からない。だが、何かしなければ、進まなければ。
無我夢中でナイフを振り上げ、影へと突進する。
影は微動だにしない。
しかし、その後ろから少女が現れた。
少女は柳の葉でも避けるように軽やかに切先を潜り、小さな手で少年へと触れる。
その瞬間、何故か身体の自由が効かなくなり、少年は床へと倒れ込んだ。
いや、倒れ込んだのではない。
落ちたのだ。
床には小鳥。
青い小鳥のオモチャ。
突然現れたオモチャ、かつてこの国の世継であったはずの少年は、少女の手によって拾い上げられる。
「契約よ。『若様の命令に従うこと』『人間に危害を加えないこと』」
少女が囁いた。それはまるで鎖のように少年の意識へと絡みつき、侵食していく。
「これでいい?」
少女は影へと両手を差し伸べた。
影はどこからともなく取り出した手帳と少年を見比べ、何事かを機械的に書き付けた後、兄妹へと手を伸ばした。
死を模った指が兄妹を覆うその間際。王城の外で上がった火の手が窓を炙り、一瞬だけ影を照らし出す。
その顔には隠しきれない憂いが浮かんでいた。
時は前後し、とある加盟国の宰相邸宅。
国王を傀儡とした宰相は国民の平穏を揺らがす傍ら、海賊と内通し巨万の富を得ている。どこに出しても恥じることなき立派な外道だった。
外道かつ富豪。
即ち、ドンキホーテ・ドフラミンゴの獲物である。
スワロー島で出会った三人と旗揚げしてからはや数年。海賊業も様になってきた。
調査も略奪もお手のものだ。淡い懐古と共に宰相と海賊の頭を危なげなく捕え、縛り上げる。
クルーが宝をかき集める間、ドフラミンゴはしゃがみ込んだまま、悪人二人が暴れる様を眺めていた。
無辜の人間を殺して宝を奪い、尊厳をも奪う海賊。権力をかさに私腹を肥やす畜生。生き延びたところで何の価値もなく、もし逃げることがあればまた同じことを繰り返すであろう悪人たち。
己の指先の動き一つで二人は死ぬ。
命乞いらしきことを述べているが、全く頭に入ってこない。その価値を感じない。
別に、いいのでは?
わざわざ海兵の目につくところまで運ぶなど面倒だ。その方が楽でいい。
こいつらなら、殺しても────
「ドフィ」
静かな声に意識が引き戻される。
気付けば、共に旗揚げをした三人がドフラミンゴを見つめていた。
ただ名を呼び、見定めているペンギン。いつでも飛び出せるよう重心を移動させているシャチ。そして、心配そうなベポ。
三者三様の視線に晒され、ドフラミンゴはゆっくりと肩を竦める。
「おれァ疲れた。あとは任せる」
「了解、キャプテン。ごゆっくり」
男を捕縛した糸を手放す。ペンギンが柔らかく笑い、後を引き継いだ。
すれ違いざまにシャチの肩を叩けば、躊躇いがちながら脇腹に軽い拳が返される。ベポは痛いくらいの力でドフラミンゴを抱きしめた後、クルーと共に財宝を運び出す作業へと戻っていった。
失敗した。
一人拠点へ戻り、ベッドに寝転がりながら、ドフラミンゴは苦く笑う。
昔から、こうだった。
何故、他人を害してはいけないのか。ドフラミンゴは根本的にその理由を理解できない。
だって、そうだろう。
己が何より大切だ。
誰よりも認められたいし、何を押し退けてでも有利でありたい。自らの欲求以外のことなど面倒でたまらない。自分とその周囲以外の人間なぞ極論皆死んでも構わないし、邪魔なら殺すべきだと思うこともザラにある。
欲しいものは奪えばいい。
手に入らないなら、誰の手にも渡らぬよう壊してしまいたい。
他人も、他人の大切なものも、全部。
そもそも、奪われる方が悪いではないか。
それは道徳で説かれる善悪とはまた別の、生物としての脆弱性。弱さこそが悪で、その惰弱を許すのもまた悪だ。
愚かさも悪だ。頭を垂れるべきところで頭をもたげれば当然首は飛ぶ。そんな理屈にすら気付けない愚かさを悪と言わずして何と言うのか。
喚くくらいならナイフの一本でも手にとればいい。
もちろん、弱者にはそんな権利もないが。
かつて、ドフラミンゴ自身にもそんな時期があった。奪う側から奪われる側に落ちてからずっと憎悪に突き動かされてきた。
怨嗟が腹の底をのたうちまわり、世界への呪いが身体中を渦巻いて弱い自分を焼き続けるのだ。業火に炙られるような痛みが苦しみを呼んで恨みは増し、何もかもがドフラミンゴを貶め辱める愚物に見える。
世界の全てが己の敵。
ならば、先んじて壊さなければならない。
そんな日々の中、思うのだ。
何故、こんな目に合わなければならない。
憎い。全てが憎くてたまらない。
病に負けた母が、己に手を汚させた父が、弱かった弟が、己を拒む故郷が、身の程しらずの民衆が、己を一人にした全てが憎い。
だから、全て壊したい。
そう思っていた。
そんな中出会った恩人。彼女との旅を経てドフラミンゴは変わった。
彼女は弟の死を悼んでくれた。
父を殺した罪人を抱きしめてくれた。
迫害を知って涙してくれた。
辛いことが沢山あって、嫌になるほど酷い目にあったから、悪いことばかり考えてしまう。
全てを憎んで壊したいと思うのは、誰にも受け入れられないと思ってしまったから。
そう思わせるような世界ばかり見てきたから。
愛されていたことを思い出して。
大丈夫、取り戻せる、変わっていける。
変えていける。
あなたなら大丈夫。
愛してる。
恩人はそう言ってくれた。
だが、ドフラミンゴは自覚している。
弟を喪って悲しいのは、弟が死んだからだけでなく己のものを奪われたからだ。
父殺しへの罪悪感は教わった思考により導かれたもので、本心から理解できていない気すらする。
そして、己を炙った炎を許すことなど到底できはしない。
かつて、宝箱の中で聞いた恩人の言葉。『人は本来優しいもの』だという、慈しみに溢れた考え。
残念ながら、それは誤りだ。
確かに恩人はそうであったのだろう。彼女の兄とておそらく、そうなのだろう。
だが、ドフラミンゴは違う。
ドフラミンゴの悪を構成するのは環境でもなければ経歴でもない。家族の死や迫害の以前、天竜人であった頃から彼はずっとそうだった。
これはドフラミンゴ個人に由来する、本性とでも言うべきもの。
どう動けば人をより苦しめられるかが手に取るように分かる。無駄なく人を痛めつけることができる。
ドフラミンゴとて、意味もなく人を傷付けたいわけではない。ただ、いつもどこか満たされない己のために人を害することに躊躇いがないだけだ。
昔から、他人の大切なものを見つけるのが病的に得意だった。
どこか満たされるような気がしたから。
それを見つけ出して、奪って、目の前で壊すのはとても楽しいことで────
恩人の教えにより、それが悪いことなのだと知った。それを知って真っ先に感じたことすら、罪悪感や後悔ではなく、恐怖だった。
恩人に嫌われる。知られてはならない。騙してでも隠し通さねば。そうでなければまた一人になる。
また、一人に。
そう考えてしまった。
その思考に気付いたとき、思い知ったのだ。
ああ、自分はバケモノなのだ、と。
両親に愛されていた。弱くとも可愛い弟がいた。何でも得ることができた。
裕福だった。高等な教育を受けていた。神の如く崇められていた。規範に縛られることなく生きていた。
それでもなお満たされなかったのは、きっと自分がバケモノだから。
言わば、それは悪の資質。
ドンキホーテ・ドフラミンゴは生まれついての悪だった。
思い返すとまだ、芯が冷えるような心地がする。
それでも、彼女が言ったから。
バケモノなんかじゃないと抱きしめてくれたから。ドフラミンゴならば変わっていけると信じてくれたから。だから、すべきことは決まっている。
たとえ彼女の見立てが誤りでも、ドフラミンゴ自らが生き方を正せばいいだけだ。
そうは言えど、いざ始めてみればこれがなかなか難しかったのも事実。何せ、悪事はともかく善行の基準が分からないのだ。
得意の暴力で人助けをと思えばやりすぎと責められ、真っ当に商売を盛り立てて貧困から救っても喜ばれるどころか怪しまれ、何をやってもうまくいかない。善に対するセンスのなさに頭を抱え、早々に音を上げたドフラミンゴは、人に頼ることにした。
即ち相談である。
「じゃあ、いいことしたら褒め合いましょう。おれらが褒めたらいいこと、止めたら悪いこと、少しずつ学べばいい。それで分かってきたら、あんたもおれらを褒めて、叱ってください。お互いに頑張りましょ」
「それなら、おれは止める役で。悪いことしたら徹底的に噛み付くんでそこんとこよろしく」
ペンギンの提案は分かりやすく、シャチの指導は実践的だった。
正直、日々小言を言われ強めの教育的指導を入れられるのは納得いかなかったのだが、真剣に向き合ってくれているのが分かっていたので我慢できたように思う。いや、たまに我慢しきれずやり返して泥沼化し、ベポから白い目で見られていたかもしれない。
逆に褒めるときなどはもはやパーティのように騒ぎたてるものだから、連帯責任と称して居候先の老人から鉄拳制裁を受け、この世の理不尽を知る羽目になった。だが、老人の目に宿る優しさを前にしてしまえば悪童は引き下がるしかないのだ。
ちなみにドフラミンゴがしょぼくれていると、老人の優しさに気付けたことをペンギンが褒め、殴り返さず我慢できてえらいとシャチが絶賛、ベポが自作パーティグッズを取り出して以下ループの悪夢である。
騒ぐ悪童共の一番の被害者は老人なのだが、最終的には彼も共に騒いで笑ってくれた。恩人と呼べば渋い顔をする、頑固さと微妙なひね方を兼ね備えた年嵩の友人だ。
振り返るに、ハートの海賊団が事あるごとに騒ぐのはこの辺りがルーツなのかもしれない。
そんなこんなで叱るも褒めるも情熱的にすぎる仲間達だからして、海賊業にも猛反対されるのではと思い悩んだものだ。しかし、彼らと離れることなど最早考えられなかった。
意を決して全てを打ち明け、この道こそ己の目的に繋がるのだと説明すればベポが言った。
「仕方ないなあ。悪いことして儲けてるやつを狙う。必要のない殺しはなし。極力一般市民を巻き込まない。これでどう?」
ドフラミンゴはつくづく思う。
己の性根は海賊に向いている。
恩人との旅がなければ、そして、今の仲間と出会わなければ、ドンキホーテ・ドフラミンゴは醜悪な大悪党になっていた。
組織のぬるさに不満を抱き、目的を見失わせて仲間を殺し、果てにはあの男を殺したかもしれない。いや、利用しがいのある能力なのだ。縛りつけ、飼い殺しにするだろうか。
だが、そうはならなかった。
そして今がある。
恩人の意志を引き継ぐ以上、ドンキホーテ・ドフラミンゴは善であらねばならないのだ。
恩人から与えられた心が彼の教本。
そして、仲間の行動が彼の指針。
善は、難しい。
性質は変えられず、本質は変容しない。
だが、正しさは学べる。
行動は是正できる。
まだ、たまに間違うが。
一頻り反省していると、ドアの向こうでクルーの声がした。宝の換金について悩んでいるらしい。
財宝から必要経費を差っ引いて貧民層にばら撒くにしても美術品などは一旦の換金が必要だ。クルーには各個得意分野があれど、目利きとなるとドフラミンゴ一強なのである。
声をかければいいのになどと面映く思いながら、ドフラミンゴは扉を開けた。
「つれねェな。おれを除け者にして悪巧みか?」
「キャプテン、起きてたの?」
「フッフッフ、馬鹿言え。こんな時間から寝るほど良い子じゃねェよ」
床にぶち撒けられた財宝と金銀を仕分けつつ、この国の行末を考える。
宰相という頭を失った現王政はすぐにでも打ち倒されるだろう。それも、クーデターによって。
調査のため歩いた町で市場は荒れ果て、民は飢えていた。いや、ただ飢えているというだけでなく既に怨嗟が芽生えている。
食うにも困りそうな子どもが銃を持っていた。同じ金で生活の糧を得るより武器を選んだのだろう。
町の至る所にみられる仄暗い光景。それが示すところに気付けないほどドフラミンゴは腑抜けではない。
間違いない。誰かがこの国に武器を卸し対立を煽っている。今、市場に金が回ったところで、それは武器に取って変わり、地獄を煮詰めるだけに終わる。
金銭をばら撒く方が喜ばれるのは分かっていた。また、生活物資を買うにあたり、金が他国へ流れることとて問題だ。
だが、全てが終わった時手元に残るのが武器だけでは、その先、どうやって生きていくというのか。
これから起こるだろう政変が元より仕組まれたものであったとしても、己が関わったのであれば考えざるをえない。
「今回は現物中心でいく。手間になるが、まずは食糧と衣服、生活物資諸々を買い込め。日持ちのする物で揃えよう。それから────」
「キャプテン、休憩しましょう」
悩むドフラミンゴの頬にマグカップが押しつけられた。適温に温められた陶器の感触が目の奥に滲む感情を解していく。
「ひえ、顔こっわ」
「本当だ。凶悪さ五割り増しだね」
シャチとベポに両脇から腕を掴まれ、ずるずると引き摺られた。そのまま有無を言わさずソファに座らされ、マグカップを手渡される。
ドフラミンゴが、仕方なくコーヒーを啜っていると、彼をそっちのけにしての雑談が始まった。
今日の晩飯の内容、気になる店員へのアプローチ方法、新しくできた趣味、髪型の相談、男所帯特有のやや下世話な話題。
暫く聞き流していたものの、放置されているせいか面白くない。知らず口をへの字にしているとベポが吹き出した。
「キャプテンって寂しがり屋だよね」
「……そんなんじゃねェ」
「いいんだよ、寂しがり屋でも。その代わり一人で抱え込むのも悩むのもなし。おれたち仲間なんだから」
脇腹を肘で突かれ、憮然とする。船長の威厳もへったくれもあったものではない。
海は広く、道は激しく、問題は山積みで、時に日々がままならないほど。
ただ、少しだけ。
どこか満たされたように感じるのは、気のせいだろうか。
口の端が上がるのを抑えられず、ドフラミンゴは小さく息を吐いた。
季節は巡り、日差しも変わる。
夕暮れのアカシア、町外れの教会。孤児院へと続く庭のベンチにて、一人の少女が教科書を抱えてうんうんと唸っていた。
彼女の肩に留まった小鳥が教科書を覗き込み、軽やかな笑声をあげる。
「なるほど。確かにこれはキミにはまだ難しいかな。ぼくにはわかるけどね」
「小鳥さんのばか! いじわる!」
「こら、キミは王女さまなんだから言葉遣いには気をつけなきゃ」
「私、王女なんかじゃないもの。小鳥さんったらおかしいんだから」
戯けるように目をぐるりと回す小鳥。
彼は、今年7つになる少女がうんと幼い頃から彼女をそばで見守り、暇さえあれば共に過ごしてくれたかわいいオモチャだ。
少女は怒っていたのも忘れて笑い、前日行われたミサについて話しだした。彼女はそこで歌を聴くのが一等好きなのだ。
「とてもきれいなお声なの。小鳥さんにも聴かせてあげたいな」
「そうなんだ。それじゃあ今度、ぼくもご一緒させてもらおうかな」
「ほんとう? 嬉しい」
少女は青い小鳥のオモチャにくちびるを寄せ、喜びに小躍りする。小鳥は苦笑するようにふるりと羽根を揺らした。
「そういえば、彼は来たのかい?」
「若様のこと? いいえ。若様は聖堂には入れないそうなの。だけど、お外で待っていてくださったわ。お歌も聴こえたって」
「そう。よかったね」
「ねえ、小鳥さん。どうして若様は聖堂にいらっしゃらないのかしら。教会は誰にでもひらかれているってシスターも仰るのに、不思議だわ」
「さあ、どうしてだろう。ぼくにはわからないな。ただ、彼は祈るのが苦手みたいだからそのせいかもね」
「祈るのが苦手? 変なの」
「ほんとうにね」
少女とオモチャは笑い合う。決定的に不自然で、そのくせとても自然な風景。
大鐘楼の澄んだ鐘の音が響き、時を告げる。
少女の指を止まり木にしていた小鳥は翼を広げて空へと舞い上がった。
「もう行ってしまうの?」
「ごめんね。はずせない仕事があるんだ」
「さみしいけれど、お仕事なら仕方ないわ。小鳥さんはえらいのね」
「キミも、ぼくがいなくてもちゃんとお勉強を続けるんだよ?」
「大丈夫、ラミーちゃんが一緒だから頑張れるもの。どちらが先に問題集を終えるか競争しているの」
「それは安心だ。じゃあ、また来るよ。それまで元気にお過ごし」
「きっとよ。待ってるわ」
青い小鳥。それは生命を宿したオモチャ。決して数は多くないがこの国ならではの存在。
彼は空を舞ってセビオの大鐘楼を通り抜け、教会聖堂から少し離れた小さな小屋と滑り込む。
小屋の中には小柄な少女が一人。
彼女は顔も上げずに呟いた。
「おかえり。もう少し外にいてもよかったのに」
「ただいま。冗談はよせよ。ぼくらは彼に逆らえない。キミがそう言ったんだろ」
「もし、あんたが頼み込んだらいつだって解放してくれるわよ。若様はそういうお人だもの」
「解放というよりは放置だけど、彼はそうだろうね。でも、キミはどうかな」
「殺すわ」
葡萄を一粒摘んだ少女が気のない様子で答える。言葉は本気なのだろう。小鳥の彼が主を裏切るとは微塵も思っていないだけだ。
「あんたも私も、あのお姫様だって若様に命を戴いた身でしょ。裏切るなんて絶対に許されない」
「キミの計画も大概だと思うよ」
「────黙って」
小鳥は苦笑するように囀り、地下へ続く階段へと羽ばたいた。
「シュガー様、あの男には気をつけなよ。キミとあいつでは目的が違うんだ。利用してるつもりで裏をかかれないようにね」
「うるさい。言われなくても分かってる」
手を払い早く行けと促す少女に背を向け、小鳥のおもちゃは地下へと飛び去っていく。
一人残されたのは少女、否、少女の姿をした能力者。シュガーはただ小さく呟いた。
「分かってる。どんな手を使ってでも、私が若様を守ってみせる」
例え、彼が望まなくとも。
声にならない呟きは誰に受け止められることもなく、静かに闇へと溶けていった。