ONE PIECE novel.DD “怪盗”ドンキホーテ・ドフラミンゴ   作:ladybug

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 混沌極まるドレスローザにて、オモチャの兵隊が疾駆する。


 ──あなたの名前は、



All at sea

 

 

 屈強な肉体と険しくも勇ましい顔立ち。いっそ作り話と思えるほどに華々しい伝説的活躍に、そのくせどこか懐かしいような雰囲気。

 コリーダコロシアムに建つ英雄の像を見上げ、少女はうっとりと目を細めた。

 銅像となった英雄は約二十年前までこの闘技場で活躍していた無敗の剣闘士だという。二十年前といえば自分はまだ生まれておらず、彼の活躍をこの目で見たことはない。

 いや、誰一人として、この英雄を知らないのだ。

 銅像に寄せられた言葉、刻まれた名前のみが彼の存在を示している。

 

「会ってみたいなぁ」

「またここにいたの、レベッカ。よく飽きないね」

 

 憧れを込めて呟くレベッカの背後に小柄な少年が現れた。彼もまた、この闘技場のエース的存在だ。

 黒を基調としながらも差し色の金でアクセントを加えた露出の少ない上体と、ショートパンツから伸びる剥き出しの下肢に足首まで覆うショートブーツ。金属を仕込んだ鋭い爪先に蹴り飛ばされて泣きを見た闘士は山といる。

 レベッカを見つめる大きな瞳は、やや白けて半眼の様相を呈していた。

 

「デリンジャー、久しぶり!」

「ああもうくっつかないでよ。この国、ただでさえ暑いんだから」

「半月くらい闘技場お休みしてたよね。今度はどこに行ってたの?」

「あんたに教えて何になるのさ。ちょっと、まとわりつかないでってば!」

 

 上背のあるレベッカが抱きつけば、小柄なデリンジャーには為す術がない。無理矢理引き剥がすことなど容易いのだが、邪険にするほどでもなく、結局、少年闘士は顰めっ面のまま振り回されている。

 レベッカはデリンジャーを抱きしめたまま、白のワンピースをはためかせてくるくると回った。思いの外剛力だ。

 

「ちょっ、やめて! ぼく、これから大会に出場するんだからね⁉︎」

「これくらいじゃ疲れないでしょ? 大丈夫大丈夫」

「体力じゃなくてメンツの問題。対戦相手に舐められたらどうしてくれるの」

「ええ? そんなの、侮られたらそれを利用して勝てばいいんだよ」

「ダサい。あんたの考え最高にダサいよ」

「そうかな。攻撃も避けやすくなるし、闘いになる前から勝つのが基本じゃない?」

「あんたと違ってぼくは鍛えてるの。若様のおそばに立つには真正面から戦えなきゃ駄目なんだから」

「む、私も鍛えてるよ。だって────」

 

 そう言いかけ、レベッカは首を傾げる。

 極力刃を交えず回避に特化した戦闘法。動きを見切り、相手の力をも利用して逆転する立ち回り。物心ついた頃から教わってきた武道だが、何故、教わることになったかがとんと思い出せない。

 悩みながらも未だデリンジャーを振り回し続ける彼女の耳に小さな笑声が届いた。

 母、スカーレットだ。元王族であるのは最早周知の事実なのだが、スカーフによって隠され表情の全貌は見えない。

 しかし、その目と口許が緩く笑んでいることをレベッカは知っている。

 

「こら、レベッカ。デリンジャーちゃんの邪魔しちゃダメじゃない」

 

 こつりと優しく落とされた拳に舌をだし、デリンジャーを解放する。

 今は柔らかい笑みを浮かべ見守っているこの母とて、昔は相当なじゃじゃ馬娘だったという。おばもまた行動派であり、これはもう遺伝と言っても過言ではない。

 

「ねえ、お母様。私が武道を習い始めたきっかけって何だったかな。小さかったからか思い出せなくて」

「そうね。もう十年になるから」

 

 スカーレットの顔が曇る。十年前といえば、この国が侵攻を受けた時期だ。恐らく、危機的状況を経験して鍛錬を積む流れになったのだろう。

 

「ごめんなさい、今の質問は忘れて」

 

 レベッカとて、詳細は思い出せずともあの日の悲鳴や恐怖は何となく覚えている。多くの人が亡くなった。話題にあげるべきことではない。

 不自然に落ちた沈黙を破るように、デリンジャーが鼻で笑った。

 

「ふん。ぼくはもっと前から鍛錬してるし。あんたとは年季も覚悟も大違いだよ」

 

 同い年の二人だ。鍛錬の年季に大きな違いがあるとは思えない。幼馴染のみせた不器用な気遣いにレベッカは頬を緩める。

 

「そうだよね。私の技は戦うためのものじゃない。争いを避けるためのものだから」

「ドレスローザ流ってやつね。この国がそんな甘い考えでいられるのは若様のおかげなんだから。分かってるの?」

「もちろん。ロー先生はドレスローザの恩人だもの。それに、ディアマンテさんはお母様の命の恩人で、デリンジャーは私のお友達」

「若様を敬う気持ちだけは認めてあげる。でも、友達じゃないから」

 

 八百年に渡り、戦乱を排したドレスローザ。それは確かに歴史的偉業であったが、軍事力の弱体化をも招いていた。兵の絶対数が少なかったのだ。故に十年前の事件の際、リク王軍のみでは対処しきれずあわやというところを救ったのがトラファルガー・ロー。デリンジャーの言う『若様』である。

 リク王軍は事件を機に自衛軍へと名を変えた。王の名を冠するには力不足と自らその名を返上した彼らは今、トラファルガー率いる海賊団の補佐をしながら力を蓄えている。いずれは独立し再び国王軍へと名称を戻す予定ではあるが、現状の国家防衛の要はトラファルガーだ。

 また、彼は復興や発展にも寄与しており、国は随分と豊かになった。彼がいなければ、今のドレスローザはなかったと言えよう。

 やや不満げなデリンジャーだったがふとコロシアムの奥を見つめ、目を輝かせる。

 

「若様!」

 

 噂をすれば影。

 人々に囲まれながら姿を現した男は、レベッカ達に気付くと穏やかに微笑んだ。

 

「ご無沙汰しております」

「こちらこそ。先生にはいつも父がお世話になって……」

「そうそう。お祖父様も私達もロー先生のお世話になりっぱなしだねって話していたところなんですよ」

 

 トラファルガーは困ったように目を伏せ、ゆっくりとかぶりを振った。

 

「どうか、お世話などと仰らないでください。ご恩に報いることが出来るのであれば、これ以上の幸いはございません」

 

 多忙に滲む隈はもはや常態化しており、鈍い金の瞳には憂いが浮かんでいる。

 ドレスローザの民は皆、日頃から何かしら抱えがちなこの隣人のことを頼りにしつつも心配していた。

 だからこそ、力になりたい。彼が他国の支援を望めば出来うる限りの協力をし、彼の連れ帰る戦災孤児を受け入れる。そうして育った子ども達の幾人かは大人となって立派に働き、国はまた大きくなった。

 彼の周りではこの国の理想を体現したような互助の循環が生まれているのだ。

 

「おれは少し出てくる。デリンジャー、頼めるか」

「はい、お任せください。若様」

 

 デリンジャーはレベッカから離れ、凛々しい顔付きで応える。その瞳には敬愛が浮かび、期待へ応えようという気概の高まりで背筋が伸びていた。

 十年来の付き合いだ。彼がどれほど己の船長を慕っているかよく知っている。レベッカは微笑んで二人を見守っていた。

 

 深く頭を下げたトラファルガーが衣擦れの音を連れて去っていく。

 能力で移動できるはずの彼は自らの足で歩むことを好んだ。本人曰く体力温存のためらしいが、時折道端で珍しい虫を見つめていたり、ぼんやりと記念コインを眺めていたりする姿が目撃されている。

 何にせよ、恩人の心が穏やかであればいい。そう願いながら、レベッカは彼の背を見送った。

 

 競技前に何かあったのか、選手控え室付近で歓声が上がる。今日の闘技場は一段と賑やかだ。

 

「ねえ、デリンジャー。今日は何だか他所の闘士が多いけど何かあるの?」

「優勝賞品に悪魔の実を用意したからじゃない? ばっかみたい。能力なんてなくても強くなれるのに」

「そう? ロー先生みたいな強さは能力者ならではだと思うけどな」

「ちょっと。若様は能力なんかなくても強いし格好良いから勘違いしないでよね」

 

 足を踏み鳴らして威嚇してくる友人を宥めつつ、レベッカは英雄像を見上げた。

 

「どんな戦い方だったのかな」

 

 英雄の名はキュロス。

 その戦いも生き様も何もかもが謎に包まれたコロシアムの英雄は、当然ながら黙して語らぬままだった。

 

 

 

 

 地下道に硬質な音が響く。

 それはオモチャの兵隊が駆ける靴音だ。

 

 兵隊を模したブリキ製のオモチャ。

 人間であった頃の名をキュロスという。

 

 ここ数日何とか追手を巻きつつ潜伏を続けていた彼だったが、ついに恐れていた事が起こってしまった。

 

 トラファルガー・ローの配下の背信。十年前の悲劇を再現し、国と救国の英雄を同時に堕とすという悪辣極まりない計画。この凶事が成ればドレスローザは四皇の支配下へと落ち、これまでの平穏は全て失われることとなろう。

 偶然計画を知ってしまったキュロス、そして()()()仲間だった者達は敵の手にかかり、軒並み行動不能となった。

 

 敵の一人、シュガーの能力は触れた者をオモチャに変え、契約により行動を縛るというもの。また、真の脅威は、オモチャとなった者に関する記憶の一切を世界から抹消する点にある。

 彼女は元々ほぼ活動しておらず能力も謎に包まれていたが、自身が対象となって初めてその凶悪さに気付かされた。

 特に記憶への干渉については、ここ数日を過ごして嫌と言うほど思い知ったものだ。妻子も市民も、誰もかもがキュロスのことを覚えていないのだから。

 

 これまで町で見かけていたオモチャ達に協力を持ちかけるも反応は芳しくない。唯一、シュガーの能力について教えてくれたオモチャ曰く、自ら望んでオモチャでいる者とて少なからずおり、彼自身もまたその一人だという。

 主君にこの事態を伝えようと幾度か王宮への侵入も試みた。しかし、その度にオモチャの兵士らに阻止されている。推測だが、泣きながら妨害してきた彼らは自衛軍の兵士なのではないだろうか。

 記憶にある自衛軍の弱さと絶対数の欠如。それは既に多くの兵士が敵の手に落ちていると考える方が筋が通るほどに不自然なものだった。

 

 そもそも、()()作戦を知ったという点も今となっては怪しい。

 離反者達の会合は教会に出入りする青い小鳥のオモチャによって報された。彼は離反者の目を盗み告発したと語ったが真実だろうか。むしろ、元より離反者側に与しており、計画の邪魔となる兵士らを欺き、少しずつ呼び寄せて陥れた可能性が高い。

 トラファルガーらが国を空けた日、会合はオモチャ達の住処、通称『眠りの家』の管理小屋で開かれていた。今走る地下道にも通じるその場所は、セビオに再建された教会の敷地内にある。

 

 会合当日、キュロスは青い小鳥に導かれ、『眠りの家』へと続く通路から三人の離反者が話す様子を覗き見ていた。

 

「ローは腑抜けちまった。躾なおさなきゃならねェ。何、あいつはおれが育てたんだ。やり方は心得てる」

 

 薄暗い小屋の中、粘液を滴らせながらトレーボルが言う。

 普段の間の抜けた、悪く言えば昼行灯じみた姿は鳴りを潜め、ひどく不快な声音には嘲りの色が多分に混ざっていた。

 

「グリーンビットを餌に四皇の配下を呼び込み、あいつの名を騙って闘技場に集まった海賊共と賞金稼ぎ共を焚き付ける。十年前の再現だ」

「若様なら護りきるざましょ?」

「なら、おれ達が外敵を呼び込んだと報せてやればいい。どうせあいつはおれ達を捨てられねェ。おれ達のやったことは全部あいつが背負ってくれる。今までも、これからもだ」

 

 元よりトラファルガーと幹部らはただの海賊船長と構成員というには絆が深い。事実、娘が仲の良い少年幹部に船長との関係を問うた時、彼は『家族になりたい』と屈託なく笑っていた。

 家族のような関係は、正の面だけではなく負の面も生み出したということか。

 トラファルガーが時折浮かべる気の抜けた素朴な笑みを思い出し、他人事ながら歯噛みする。

 

「まずは後生大事に守るこの国を滅して、怨まれ追われるようにしてやろう。堕ちるところまで堕として思い出させるんだ。正義が生んだ悪魔、地獄の王。あいつにゃそれが似合いだろう」

 

 陰湿に嗤う男を見つめ、シュガーが頷いた。

 

「それがいい。もううんざり。若様を変えたこの国もあの女も大嫌い」

 

 記憶では、彼女の言葉の直後に突然オモチャ達が小屋に溢れていたが、あれは恐らく同行していた仲間が突入し、毒牙にかかったということ。ほどなくキュロスも見つかりオモチャの襲撃を受け、小屋を出たところで能力を食らった。

 その後、契約を受けずに逃げ切れたのはただの偶然だ。海賊団幹部のモネが通りがかり、シュガーを呼び止めた。その隙に逃げ切ることができたのだ。

 

 数日が経過した現在、計画は既に進行している。

 

 四皇幹部のモンドールはトレーボルの手引きでグリーンビットに侵入し、トンタッタ族を襲った。キュロスも協力し何とかマンシェリー姫は逃したが、未だ追跡の手は激しい。

 さらに、モンドールの配下は『来るパーティのため』と称してグリーンビットの果実を乱獲し、暴れ続けているようだ。

 

 他方、旧地下道と繋がった闘技場では、敗者達が地下に運び込まれオモチャに変えられていた。彼らは島の各所へと行進を始めている。どこかのタイミングでシュガーの能力を解除して暴動を引き起こす腹づもりだろう。

 海軍を頼ろうにも、闘技場周辺にいた海兵らは四皇幹部スムージーによってほぼ壊滅。結果、闘技場そのものが陸の孤島と化し、介入の難易度を上げていた。今はまだ、表向き通常通りの大会が運営されているが、スムージーが内部に現れれば混乱は一気に加速するに違いない。

 

 また、闘技場の英雄像から能力者の介入に気付き真相に辿り着いてしまった王女ヴィオラも、命を狙われ逃げ回っている。

 

 今日になって、麦わらの一味のサンジとフランキーに出逢えたのは僥倖だった。彼らを通じてヴィオラ王女の無事を確認できた上、一味の協力を得ることに成功したのだから。

 

 現在、トンタッタ族と麦わらの一味数名が手分けしてオモチャの行進に合流し、トラファルガーの関与を否定しながら解放の時を待つよう呼びかけている。

 トレーボルはまだこの事態に気付いていない。止めるのであれば今が最後のチャンスなのだ。

 

 シュガーを気絶させ、オモチャ達を解放する作戦。それは麦わらの一味、ロビンとウソップ、そしてトンタッタ族の肩にかかっている。

 彼らの武運を祈りながら、キュロスは走り続けた。

 

 目指すは王宮。主君の座す場所である。

 

 

 

 

 同時刻、ロビン、ウソップの二名とトンタッタ族の戦士達によるシュガー気絶作戦は早くも暗礁に乗り上げていた。

 というのも、彼らが到着したその時には状況が大きく変化していたのだ。

 

 地下だというのに吹き荒れる吹雪と岩を破砕する破壊音。粘性の液体が壁を穿ち、トンタッタ族先行隊の悲鳴が響く。

 よく見れば逃げていたはずのマンシェリー姫までこの場に追い詰められており、モンドールが合流することは想像に容易い。

 

 冷や汗をかくウソップと状況把握に努めるロビン。二人は現在、戦闘の繰り広げられている地下空間の天井、通気口付近で息を潜めていた。

 

 シュガーを守るトレーボル、彼女と戦うはパンクハザードで見た雪女モネ。氷柱を形成し上空から襲撃する彼女は、大きく羽ばたいてトレーボルの攻撃を躱している。

 地上ではトンタッタ族がマンシェリー姫を護りながら特攻をかけ、シュガーがそれに応戦していた。

 多くのオモチャが転がっていることから、既に何人かは敵の手にかかったとみえる。

 

「無理だ。こんな状況でグレープなんか食べるわけがねェ……」

 

 トンタッタ族のレオが果敢に挑もうとする姿も見えるのだが、どう考えても作戦の方向性と状況に相違がある。ウソップが逃走手段を考え始めている今この間にも、トレーボルが大技を────

 

「んあったまきたァ! こそこそ諜報ばっかやってるてめェがおれに敵うわきゃねェだろォがア!」

 

 怒声と共に放たれたのは地下に放置されていた巨大な構造物。旧道の柱を粘液で引き剥がしモネへと叩きつける。広範囲の攻撃を回避し損じモネが地面へ墜落、シュガーのそばで頽れた。

 一瞬動きの止まったシュガーにレオが飛び掛かるが、トレーボルが空間全域に粘液を放ち、殆どのトンタッタ族が縫い止められてしまう。

 さらに、続く尋問であれよと言う間にロビンとウソップの存在が明かされ、キュロスの関与まで勘付かれてしまった。

 

「計画の邪魔になるやつが何人もいるんねー! バカめ! みなごろしだァ」

 

 トレーボルが杖を振る。仕掛けでもあるのか小さな火花が散った次の瞬間、地を埋める粘液が大爆発を起こした。

 

「嘘だろ! あいつ、自分の仲間もいるってのに! レオは無事かよ!」

「地下でこの爆発はまずいわ……」

 

 呟くロビンの眼下、辛くも気絶から回復していたモネが吹雪で火を消しとめていく。かまくら状のドームで何故かシュガーを守った彼女だが、自身は爆発に巻き込まれて息も絶え絶えの様相だ。最早翼は動かず、トレーボルになすがままに嬲られながら、それでも能力を使用し続ける。

 

「やめて、トレーボル!」

 

 トレーボル陣営であるはずのシュガーが涙ながらに制止した。

 

「お姉ちゃんは私が止めるから! もうやめて! お願い!」

「んねー、思い出してみろォ? お前、やれた試しがねェだろうがァ! 口だけなら黙って見とけェ!」

 

 トレーボルは叫ぶシュガーを嘲り、足下に縋りついたモネを踏み潰す。

 ぱたりと地に落ちた翼。その下に広がる血を見てシュガーが苦鳴を漏らした。

 何とか介入しようと思考するロビンとウソップの耳に新たな声が届く。

 

「やってんなァ。小人族のマンシェリー姫ってのはこいつか。約束通り貰ってくぞ」

「んねー、遅かったなァ」

「他所の国で薄暗ェところ歩かされる身にもなれよ、迷うかと思った……あ? 何だ、そいつ。変なナリしてんな」

 

 悠然と現れたのは白い顔。黒地に骨が描かれた服を纏い、白塗りの顔に道化じみた化粧を施したシャーロット・モンドールだ。

 モンドールは気絶したマンシェリー姫と数人のトンタッタ族を持ち上げて本へと挟み込み、倒れるモネへと視線を向けた。

 

「ハーピーかよ。いいじゃねェか、珍しい生き物は好きだぜ。ママが喜ぶ」

「べへへへ、連れて行っていいんねー」

「マジか。そりゃいい!」

 

 手を打って喜ぶモンドールはどこからか巨大な本を取り出す。

 モネへと手を伸ばした彼を見て意図を悟ったのだろう。シュガーが顔面蒼白となり飛びつこうとした。しかし、トレーボルが粘液を放ちそれを阻止する。

 本に吸い込まれたモネが牢獄のような場所で気を失っているのを見つめ、シュガーが膝をついた。

 トレーボルが威嚇するように杖を打ち鳴らす。

 

「もう後戻りは出来ねェって言ったよなア? お前は何のためにおれについた? んー? 言ってみ〜?」

「わかさまのため……」

「んー? もっと詳しくゥ?」

「若様がこの国を離れられるようにするため! でも、お姉ちゃんは関係ない!」

 

 言い争う二人を鼻で笑い、モンドールは地に伏すトンタッタ族を次々と回収していく。本が収納の役割を果たしているのか、挟み込まれた彼らは影も形も無くなってしまった。

 

「まあいい、ここでおれを裏切ってもなァんにも変わらねェもんねー? 分かってるよなァ、シュガ〜?」

「……どこ行くの」

「オモチャの行進を邪魔してる奴らがいるなら、そっちが駄目になってもいいように動かねェとねー」

 

 トレーボルは言うが早いか飛び上がって何処かへと去って行く。残されたのは項垂れたままのシュガーと、本を広げて寝そべり休息するモンドールだけ。

 明らかに作戦失敗なのだが、それ以前の問題が大きすぎて身動きがとれない。計画の要であったレオはかろうじて捕獲を逃れたものの、シュガーの足下で倒れている。

 撤退するにしてもロビンの能力を使えばモンドールに捕捉される可能性は高く、状況は膠着していた。

 

 容易には動けない。

 だが、このままでは。

 

 そう思いロビンが唇を噛む中、突如、モンドールが身を起こす。道化が鋭い眼で睨みつける闇の先、人影が揺れた。

 

 

 かつり、と。

 

 

 硬質な靴音が響く。

 大太刀を携え現れたのは黒衣の男。

 地下道に広がる惨状を眺め、男が呟いた。

 

「人のシマで好き勝手してくれる」

「ご挨拶だな、トラファルガー・ロー」

 

 モンドールが床に飛び降りる。踏みつけられたトンタッタ族が悲鳴をあげるが、道化は意に介さず肩を竦めてみせた。

 

「こっちは招待受けて来てんだ。お前の部下がくれた土産を持って帰ろうってだけの話だろ」

「噂には聞いてたが、趣味の悪ィ能力だ」

 

 意識を取り戻したのか、本の中から助けを呼ぶ声がする。マンシェリー姫らしきその声に眉を顰め、トラファルガーは刀の柄へと手を伸ばした。

 

「てめェを刻めば出てくるか」

「言うと思うか? そもそも、今のお前におれが刻めんのかよ。やけに消耗してるじゃねェか」

 

 トラファルガーはモンドールの挑発を無視し刀を抜く。刀を返せば、反射光が通気口まで届いた。

 男は磨き上げられた刃を見つめる。そこに映り込むのは通気口の二人。

 

 

 目が合った。

 

 

「人は殺せば終わりだ。知識も歴史も真実さえも、燃やせば全部なくなる。オハラのようにな。違うか?」

 

 通気口の下、暗澹たる面持ちで囁いたトラファルガーはモンドールへ向き直り、刀を構えた。

 飛び交う斬撃の合間を擦り抜け、本を踏み台に空を駆けるモンドール。白塗りの顔には余裕の色が浮かんでいる。

 

「トラファルガー・ロー、何をそんな必死になってんだ! 随分と顔色が悪いじゃねェか、なァ‼︎」

 

 本の波濤を能力で回避したトラファルガーに対し、モンドールが銃を向けた。

 間髪入れずに連続で放たれた銃弾を再び能力で跳ね返す黒衣の男。確かに彼の顔は青白く、目の下にはひどい隈が浮かんでいる。

 

「だ、大丈夫なのか。具合悪そうだぞ」

「……信じるしかないわ」

 

 ウソップへと苦い答えを返し、ロビンはシュガーへと視線を向けた。戦闘の意思は見られない。

 戦いの隙をつき、倒れているトンタッタ族を拾い上げて少しずつ移動させる。

 

「ウソップ。耳を貸してちょうだい」

 

 刀の反射越しのコンタクト。息を潜めるオハラの生き残りへの皮肉とも取れる言葉の本意を、ロビンは正確に理解している。

 耳打ちを受けたウソップは目を丸くし、縮み上がりながらも頷いた。

 

「そういうことならまかせとけ」

 

 冷や汗に塗れながら囁き返す様はなかなかに情けないが、やる時はやる男である。

 

 激しい攻防の末、押されているのは黒衣の男。モンドールの防御に触れるということは即ち本の中に閉じ込められるということ。遠隔の斬撃だけでは決定打にならず、既に体力を消費しているトラファルガーの敗色は濃い。

 白塗りの顔に嘲りを浮かべ、モンドールが笑う。

 

「お遊びはここまでだな。今回のお返しに、てめェもうちに招待してやるよ!」

 

 狙われたのはトラファルガーではなくシュガー。咄嗟に能力を行使したのだろう、トラファルガーとシュガーの位置が入れ替わる。

 

「マジでかかるたァ、驚きだ!」

 

 黒衣に包まれた肩へ本が触れた。次の瞬間、膝をついたトラファルガーを見下ろし、モンドールが舌打ちを打つ。

 

「確かにこりゃ腑抜けてやがる。裏切り者を庇ってやられるなんざトップ失格だ」

 

 トラファルガーはここではないどこかを見るように視線を彷徨わせ、紙のように白くなった顔を片手で覆った。滑り落ちた大太刀を拾って投げ飛ばし、モンドールが囁く。

 

「そこは“本”の世界。どんな物語を見てるか知らねェがひでェ面だな、オイ」

 

 肩口を蹴り飛ばされたトラファルガーはほぼ無抵抗でその場へ転がった。呻き声すらなく、頼りなく彷徨う手もまた蹴り飛ばされる。それでもなお伸ばされた手が何かを圧し潰すように強く握りしめられた。

 

「あれ、放っておいていいのか……? あいつ、ルフィの恩人なんだろ」

「ごめんなさい。もう少し耐えて」

 

 戸惑いながらも肩に力を入れるウソップを抑え、ロビンは頷いた。

 これはそもそも、トラファルガー・ローの作戦だ。仲間でもないロビンとウソップに重要な役割を任せたことは意外だが、彼の言を信じるならば確かにこの場で有効打を放てるのはウソップのみ。

 二人が固唾を飲んで機を窺う中、モンドールが一際大きな本を取り出した。それは先程モネが収容されたもの。

 開いた頁は白紙。そこに押し付けられたトラファルガーが瞬く間に飲み込まれていく。

 

「分冊とは言え、持ち運ぶモンでもねェんだが、念の為持ってきて正解だったな。思ってもねェ収穫が二つも……どれどれ、名高き救国の大英雄サマの裏の顔は────は?」

 

 呆気に取られたような声が上がった。

 原因は明確。

 

 本に記された、その名。

 

 ロビンも目を見張るが、驚愕を堪えて指示を出す。

 

「今!」

「おうよ! 必殺‼︎ “火の鳥星”(ひのとりぼし)!」

 

 羽ばたく炎がモンドール諸共本を撃ち抜く。油断し切った上動揺していたモンドールは地面を転がり、彼の手を離れた巨大な本は業火に包まれた。

 

「……ちっ、熱ィな」

 

 炎の中から再び姿を現した黒衣の男が呟く。纏う黒衣は所々焦げているものの、先程の憔悴が嘘のように彼は立っていた。

 片腕で気絶したモネを抱え、彼女を炎の及ばぬ場所へと横たえる。這いずって彼女のそばへと向かうシュガーを一瞥し、男は歩を進めた。

 向かう先はモンドール。炎から逃れようとのたうち回る道化の喉を踏みつけ、周囲を探る。

 

「これか」

 

 彼が手にしたのは小さな本。それを躊躇いもなく炎の中へ放り投げ、ついでとばかりにモンドールを蹴り飛ばした。

 焚べられた本の中から飛び出す小人達。火を振り払いながら走る彼らだが、出てきたそばから姿を消す。直後、全く別の方角、雪の残る辺りから叫び声と歓声が上がった。

 

「姫様! 怪我はないれすか?」

「助かったのれすね……熱っ冷っ!」

 

 ロビンとウソップが通気口から飛び降りると、救出されたトンタッタ族が集まってくる。彼らは互いを支え、トレーボルに傷付けられた友を担ぎ上げた。

 

「ウソランド、ロビランド! ありがとれす!」

「怪我したれすか? 『献ポポ』するれすか?」

 

「おれ達ァ無傷だ。お前らの方がひでェ怪我なんだ、自分を労わりな」

「なんと慈悲深い! さすがれす!」

 

 鼻の下を擦って格好をつけるウソップにトンタッタ族が盛り上がる。窮地を脱した彼らの姿に安心しつつ、ロビンは背後を振り返った。

 

 向き合うのは炎を逃れたらしいモンドールと依然顔色の悪いトラファルガー。

 地上では激しい戦いが繰り広げられているのだろう、地下道の天井から土煙が溢れていた。

 道化の化粧を歪ませ、モンドールが吐き捨てる。

 

「てめェもDか。とんだ厄ネタを掴まされたもんだ」

「理解したなら帰れ。果物狩りはもう十分だろう」

「違いねェ……と言いてェところだが特大の果実が残ってる。さっさと闘技場に行った方がいいぜ? 将星の名は伊達じゃねェ」

 

 モンドールが本を足蹴に宙へ浮かび上がった。舞いもさながら軽やかに数歩進んだ道化は、ふと思い出したように振り返る。

 

「ところでよォ、本の世界はどうだった? これでなかなか評判なんだ。ひでェ熱出した時の悪夢みてェってな」

 

 白塗りの顔に浮かぶのは嗜虐。しかし、トラファルガーは薄く笑んで応えた。

 

「良い夢だった」

「ハッ、ひでェ面しといてぬかしやがる」

「おかげで、声を思い出せた。礼を言う」

「……マジで気味悪ィな、てめェ」

 

 顔を顰めたモンドールは手元の本をぱらぱらと捲り、ため息を吐く。

 

「ここでの仕事は終わった。小人よりもっと面白ェのが外に来てるみてェだしな。一旦退かせてもらうぞ」

 

 次々と浮かぶ本を踏みつけながら、モンドールは港方面へと走り出した。それを追うでもなく、トラファルガーは闘技場方面へと歩き出す。

 しかし、引き止めるように小さな声があがった。

 

「若様、待って」

 

 その声は涙に濡れ、震えている。

 シュガーはモネに触れることもできず、両腕で自らをかき抱くようにして座り込んでいた。

 足を止めたトラファルガーは踵を返し、シュガーのそばで膝をつく。

 

「どうした」

「若様は、いつまでこんなことを続けるの。辛いのは若様なのに」

 

 首を傾げた男の顔には疑問すら浮かんでいない。

 ただ、言い含めるように男は告げた。

 

「嫌ならここを去ってもいい。お前たち姉妹には懸賞金がかかってねェんだ。どうとでもしてやれる」

「違う、私、若様の為なら何だってする。貴方が望まないことでも。『眠りの家』を────」

「シュガー、お前には出来ねェよ」

 

 温度のない声で告げたトラファルガーは立ち上がると同時に姿を消す。また、負傷していたモネも同じく消えた。能力で移動したのだろう。

 打ちのめされて震えるシュガーを見つめ、トンタッタ族の戦士達がウソップとロビンに呼びかける。

 

「泣いてるれす」

「かわいそうれすけど、オモチャも解放してもらわないとれす。どうしましょう」

 

 依然、作戦は遂行できず。

 シュガーの眼に灯る暗い光を見て、ロビンは確信した。無抵抗で従ってくれる人間ではない。

 

 新たな戦いが、始まる。

 

 

 

 

 場所は移り、闘技場外周。

 スムージーによって大規模な破壊がなされたその場所に、男が数名立っていた。

 

 内二名はトレーボルとトラファルガー・ロー。残るは海賊狩りと侍。そして、闘技場内の窓から麦わらのルフィ。多勢力が集結した膠着の中、大音声が降ってくる。

 

 声と共に空から舞い降りるのは、スーツに身を包み派手なサングラスをかけた偉丈夫。

 ドンキホーテ・ドフラミンゴだ。

 

 黒衣の男を目掛けて降りてきたドフラミンゴは、しかし、粘液を滴らせ笑う大男の存在に気付き、轟くような怒号をあげた。

 

「────トレーボル‼︎」

 

 辺りを震わすほどの叫び。悲痛と憎悪を煮詰めたような悍ましい声。それが己の喉から出たものだとドフラミンゴ自身が気付く前に、糸は放たれていた。

 “超過鞭糸”(オーバーヒート)、決して街中で撃つような技ではない。

 

 世界がひどくゆっくり進んでいるような感覚。頭が煮えたぎり何も考えられない。

 

 鞭がしなる音が響く。

 被害は出なかった。

 

 トラファルガーが、振り上げた刀で糸を絡め取ったのだ。

 

「なんで」

 

 情けない声だった。

 今にも泣きそうな、ひどく弱い音をしていた。

 

「どうして、てめェがそいつを庇う!」

 

 男はドフラミンゴの糾弾に応えず、無表情のまま糸を切り裂く。能力を行使し続けたのだろうその顔は青白く、戦闘の影響か纏う服の裾が焼け焦げていた。

 

「ドフラミンゴ、お前……」

「やれ!」

 

 トラファルガーが何かを言いかけた瞬間、トレーボルの叫びに応えるように複数の銃声が響いた。

 それはドフラミンゴの背後に忍び寄ったオモチャ達による狙撃。

 

 銃弾を背に浴びせかけられ、身体が傾ぐ。斜めに崩れていく視界の中、トラファルガーが目を見開いた。

 

 見つめる金の瞳にこれまでにない動揺が走る。

 

「────ミンゴォ‼︎」

 

 辺りを揺らがすはルフィの叫び。

 

 

 大男がにたりと笑った。

 

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