ONE PIECE novel.DD “怪盗”ドンキホーテ・ドフラミンゴ   作:ladybug

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 ベビー5は苦悩する。


 知らないならば、まだ理解できた
 知ってなお、なぜ、あんたは



interlude

 

 

 今思えば、それは決して偶然などではなかった。

 彼女はずっと、ドフラミンゴを探し続けていたのだろう。

 

 

 頂上戦争の後、暫くして七武海入りしたドフラミンゴ。彼が街を歩いていたある日、背後から呼び止める声があった。

 どこか懐かしいその声に振り向く。

 

 声の主は呼び止めたことを後悔したような、過去を懐かしむような不思議な表情で、苦しげに笑った。

 

「久しぶり」

 

 幼い頃の面影を残し、美しく成長した女性。

 ベビー5は修道女のようなワンピースを皺になるほど握りしめ、緊張に震える声で告げた。

 

「少し話せる?」

 

 

 

 

 場所を変え、カフェに入る。

 適度な騒がしさと薄暗い照明、最近開発されたというTD(ティーディー)から流れる音楽。柱時計が時を刻む音。

 その全てが上滑りしているように感じ、自身もまた緊張しているのだと気付いた。

 

「紅茶でいいか?」

「え。あ、うん」

「ここ、ケーキ美味いらしいぞ」

「ケーキ……いいわ、いらない」

 

 共に過ごした頃は変に遠慮する傾向があり、砂糖もミルクも断っていたベビー5。しかし、ドフラミンゴが思うに彼女は甘党である。

 ゴーグル越しの視線がメニューを彷徨い、苺のケーキの辺りで止まった。瞳孔の僅かな変化、興味を隠せていない。

 店員を呼び、紅茶と苺のケーキを頼む。正面から強烈な視線を感じたが応えない。

 

 また暫く無言が続き、頭の後ろが擽ったいような妙な感覚を覚えた。

 

 いや、違う。

 これは実際感じる視線の圧だ。

 

 肩を解す動作を装い、後方を確認する。

 見慣れた帽子と目立つシロクマ。忍ぶつもりの全くない三人がじっとこちらを見ていた。

 

 あいつら、保護者か?

 

 デートについてくる保護者。

 どう考えても最低である。

 

「ドフィ?」

「何でもねェ」

 

 思わずさらりと返答してしまったが、愛称で呼び合う仲でもない気がする。

 過去ならばともかく、今は。

 口をへの字にしたドフラミンゴを見つめ、ベビー5は視線を落とした。

 

「呼び止めたりしてごめんなさい。迷惑というか、私の顔なんて見るのも嫌なのは分かってたんだけど、あなたを見たらつい」

「気にするな」

 

 感情面ではまだ収まりが効かないものの、恩人の件も『組織としては』仕方なかったと理解している。また、ドフラミンゴとて組織と構成員の思考を切り離して考えることができる程度には歳を重ねてきた。

 そもそもだ。頂上戦争の際、嫌と言うほど元凶の男の面を拝まされた上、妙な訓練まで積まされている。

 

 昔はすぐに泣き出し、そのくせ果敢に話しかけてきていたベビー5。

 過去泣かせた理由の大半はドフラミンゴ自身の至らなさにあることは置いておくとして、今、二人の間に流れる沈黙は何なのだろうか。

 

「話があるみてェだが、せっかく会えたんだ。まずは落ち着いてからにしねェか? ほら、ケーキだ」

「そう、そうよね……待って、私、頼んでないわよ」

「そりゃおれが頼んだからな。いらなけりゃ残せばいい。その場合はおれが食う」

「……いただくわ」

 

 ケーキのついでに砂糖壺とミルクを彼女側に押しやり、自分もカップに口をつけた。まずまずの香りだ。

 白く、微かに震えていたベビー5の指先が少し赤みを取り戻したのを確認する。緊張すると末端が冷え、さらに精神の安定感を損なって良くない。

 

「美味いか?」

「ええ、あなたも食べる?」

 

 フォークに乗せられたケーキ。確かにファミリーにいた頃は大皿で料理を分け合ったこともあったが、これはどうなのか。一瞬迷いをみせたドフラミンゴに対し、自分の行動を振り返ったベビー5がそろそろとフォークを戻そうとする。

 その落ち込んだような顔が良くない。

 ベビー5の手ごと引き込み、なるべくフォークに接触しないように気を付けつつケーキを口に運ぶ。意外に上品な味だ。

 

「ごめんなさい」

「いや? 確かに悪くねェ味だ」

 

 背後からぎりぎりと歯をすり潰すような音が聞こえた。保護者云々というよりこれは嫉妬なのではないだろうか。こちらの気も知らないで愉快な仲間達だ。

 だが、そのおかげで肩の力が抜けるのも事実。何より、彼らが見ている前ではドンキホーテ・ドフラミンゴらしくあろうとする意志が強く働く。

 変装用に大人しいデザインにしたサングラスを持ち上げ、ベビー5の様子を透かし見た。

 大分落ち着いてきた様子だ。

 

「ねえ、ドフィ。聞いてもいい?」

「何だ?」

「海賊は分かる。あなたの立場なら仕方がないもの。でも、どうして七武海になったの? まるで、私達を追うみたいに」

「…………」

「あなた、若様をどうするつもりなの」

 

 ぽつりと呟いた彼女は、大事なものを抱えるようにカップをその指で包み込む。

 視線は合わない。

 

「それを知って、お前はどうするんだ?」

「どうって。私は何があっても若様のおそばにいたい。だから、あなたがもし、若様を害するなら……」

 

 彼女は迷うように言葉を切った。

 伏せられた目はミルクティーの表面を彷徨い、開きかけた唇が引き結ばれる。

 頬杖をついて続きを待っていると、彼女は意を決したように顔を上げた。

 

「私が若様に助けていただいてファミリーに入ったのは知ってるわよね」

「ああ。散々聞かされたからな」

「ドフィ、あなたにとってのあの人は私にとっての若様なの」

「ああ、理解してる」

 

 『あの人』と名を濁したのは、恩人……コラソンへの嫌悪からではなく気遣いだろう。それが分かるからこそ、ドフラミンゴは目を眇めて声に力を込める。

 

 理解している。

 あの男に対峙すると言うことは、ベビー5やファミリーの面々を敵に回すということ。最初から分かり切っていた。

 

「仇を討つつもり?」

 

 真っ直ぐに見つめてくるベビー5。その目にはうっすらと涙の膜が張っている。

 少々ネジが外れてはいるが、情の深い彼女のことだ。随分前に組織を離れたドフラミンゴのことも気に病んでいるのだろう。

 

 心の片隅で嘲りの声がする。片や大切な人を殺された者、片や下手人の身内。その天秤を突き崩したくはないかと嗤う声。

 頭を振り、背後の気配に集中しながら、ドフラミンゴは慎重に口を開いた。

 

「信じてもらえるとは思っちゃいねェが、おれは」

「あなたは間違ってる」

 

 遮るように被せられた言葉に、呆気に取られる。

 

 間違っている?

 必死に抑えているこの感情が、間違っている?

 

 恩人を殺された。

 兄が妹を殺すなどありえない。まして、妹を愛していたあの男が手を下すはずがない。

 そう信じていたのに。

 

 トラファルガー・ローはコラソンを殺した。

 

 以来、ドフラミンゴはあの男を殺してやりたいと思いながら、煮えたぎる殺意を必死に押し殺してきた。彼女は復讐など望まないと分かっていたから。

 それが、間違っている?

 

「ベビー5、お前」

「あなたには知っておいてほしい。もし、私があなたの立場なら耐えられないから。これは、ドフィが知るべきことなのよ」

「何を!」

 

 曖昧な言葉の連続で頭に血が上り、言い返そうとして言葉に詰まった。

 ベビー5の目。決意に満ち、強く開かれたその目。そこには何か、己の知らない真実が浮かぶようで。

 

「お願い、聞いて」

 

 気圧されたドフラミンゴの手を握り、彼女は言う。

 

「あの人を殺したのは────」

 

 

 

 

 視界が明滅する。

 駆け寄った影の瞳。己を映す鏡のような黄金の光。

 

 一瞬過った動揺は跡形もなく消え去り、トラファルガーは患者の容態を診る冷静さを取り戻していた。

 

「なんで」

 

 止血のためにあてがわれた手が、瞬く間に血で汚れていく。焦げた袖の淵を見つめ、ドフラミンゴは唇を噛み締めた。

 痛みよりなお鮮烈な感情が込み上げる。

 

「どうしてお前がトレーボルを庇う。あいつはお前を裏切ったじゃねェか。お前の守った国もお前自身も」

 

 必死に手を伸ばし、黒衣の襟元を掴む。

 喉から血が溢れた。呼吸が乱れる。苦しい。何が苦しいのかすらわからない。意識が朦朧とする。

 

 それでも叫ばずにはいられない。

 

「知らねェのかよ! トレーボルはお前の……あんたの妹を!」

 

 黙々と処置を続ける男が手を止めた。

 冷ややかな貌には何の感情も宿らない。

 ただ、下瞼が微かに引き攣るだけの、本人すら気付けない僅かな動揺が痛みの深さを伝える。

 

「しってる」

 

 囁きは酷く乾いていた。

 小さな、そのくせ胸を締め付ける、壊れた時計が軋むような声。

 

「全部知ってる」

 

 ドフラミンゴは唐突に理解する。この男がずっと、あの雪の中に取り残されていることを。

 

 腕から力が抜けていく。

 

 伝えなければ。

 そう思っているのに。

 

「おれは、あんたに────」

「分かってる。お前は死なせない、絶対に」

 

 失血のため、意識を保てない。

 視界が淵から黒く沈み、何もかもが遠ざかる。

 

『お前にはやってもらうことがある』

 

 そう呟く唇は、微かに笑んでいた。

 

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