ONE PIECE novel.DD “怪盗”ドンキホーテ・ドフラミンゴ   作:ladybug

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 頂上戦争に異質な影。
 “怪盗”ドンキホーテ・ドフラミンゴ(24)、逃走中!


 足はとうに動き出していた
 その声を聞いてしまったから



序章 “怪盗”ドンキホーテ・ドフラミンゴ
Run boy Run


 

 

 今も夢に見る。

 幾重にも重なる銃声。振動に揺れる箱。

 暗闇。

 箱の蓋に空いた僅かな隙間。ちょうど己の眼前にあるその穴から見えるもの。

 

 見たくない。

 見たくないのに、身体が動かない。

 

 滴り落ちる鮮血が頬を濡らす。

 滂沱となって溢れる己の涙と混じり、恩人のコートを汚していく。

 

 聞こえるのは、消えゆく彼女の声。

 落ちる、凪いだ囁き。

 

 

 

 

 まずい。

 まずいまずいまずい。

 

 そもそも、昨夜は夢見が悪かった。

 機嫌も最低最悪だが、何より思考力が低下していたに違いない。

 こんなはずではなかった。

 用意周到に立ち回り、深謀遠慮を掲げてきた己にあるまじき大失態だ。

 

 剣戟と銃声の応酬に、爆音と共に人が倒れては現れ、覇気の衝突に折り重なる屍の山。

 地獄と化したマリンフォード。

 その只中を駆け抜けるのは超新星が一人、“怪盗”ドンキホーテ・ドフラミンゴだ。

 

 立ちはだかる海兵を薙ぎ倒しては絡め取り、足を馬車馬のように動かし、時に糸を駆使した跳躍を挟み込んで全力疾走する。

 自慢のスーツは見る影もなく土煙に汚れ、サングラスは斜めに歪み、タイなどあらぬ方向を向いて風に靡いていた。

 もはやなりふり構わぬ様相で彼は走り続ける。

 彼の駆け抜ける後を海兵らが追い、さらにその数と勢力は増していた。

 ドフラミンゴは体躯も出立ちも派手だ。さらには海軍にとって頭痛の種の超新星ときている。全く恰好の的だ。

 しかし、今、彼が追われているのには、もっと重大かつ根源的な理由があった。

 

 地割れ、氷結、マグマ、砂塵。轟々と吹き荒れる天変地異のごとき大嵐の、その中心。

 致命的な心身の損傷により、心も命ももはや吹けば飛ぶような有様の男、麦わらのルフィ。

 ドンキホーテ・ドフラミンゴはその命運を繋ぐ一助となっていた。

 それどころか、今まさに肩に担いでいる男こそが、麦わらのルフィなのだ。

 

 白ひげ海賊団。脱獄囚に新旧王下七武海。大将格から英雄共まで雁首揃えた海軍と、脱獄囚の参入により格が跳ね上がる黒ひげ海賊団。

 多種多様な勢力が激突し、互いの行手を阻んではまた激突する。

 

 死ぬ。

 こんな中にいたら、いくらなんでも死ぬ。

 

 鉄火場ならば幾度も経験してきた。奪取とて慣れたものだ。しかし、ここは次元が違う。だからと言って、一度手を出した戦いを途中で投げ出すわけにはいかない。

 そうと決めたら必ずやり遂げる、それが恩人から譲り受けた生き様だ。

 

 麦わらのルフィ。

 その命を繋ぐため、ドフラミンゴは走る。

 

 しかし、そうはいっても、並走する元七武海、海侠のジンベエですら既にボロボロの有様だった。マグマで内臓を焼かれた上、さらに砂嵐によって上空高くに放り出されたのだから当然だ。

 

 ボコボコと地が沸き立つ音がする。

 近い。

 

 ジンベエに糸を掛けて引き寄せた後、前方の海兵数十人を軸にし跳躍。まとめて引き倒された海兵らを眼下に足元から噴出したマグマを回避する。ジンベエが後ろ手に海流を噴射しマグマを相殺、さらにその圧力で高度を保ちながら滑空した。

 立ち上る煙に糸をかけて急速転回し、追撃を弾きながら着陸。衝撃が全身を襲うがともかく走る。

 

「すまん。世話をかけた」

「悪いと思うなら痩せろ! 今すぐにだ!」

「……随分と削れたように思うがのォ」

「真面目な奴のジョークってのはまったく笑えやしねェ! いいから走れ!」

 

 腕が千切れそうだ。

 多少の分散は出来ても倍力とまではいかない。そんな余裕がない。

 額に青筋を浮かべ、口の端を無理矢理に上げながら怒鳴り、ドフラミンゴは己を叱咤する。

 

 苦労して運んでいる麦わらのルフィはといえば、ほぼ反応がなかった。

 とりあえず振動が身体に響かないように糸で固定はしたが、決して十分ではないだろう。

 

 ここを逃げ切ったとて、その後は?

 

 冷静な思考が水を差すが、生存本能に従い、ドフラミンゴは走り続ける。

 思い返すのはこの状況へ至った経緯だ。

 

 

『愛してくれてありがとう』

 

 

 その言葉を聞いた時、己の胸に去来した感情を何と呼ぼう。

 

 それは己が言いたかった言葉。

 そして言えなかった言葉。

 眼前に繰り広げられる光景と過去の記憶が繋がっていく。

 幼い頃、目の前で失われた命。兄と弟。恩人と子供。命をかけて守られた弟。

 子のため、奮起する大海賊の背中。

 荒れ狂う迫害の嵐にあってなお、家族のために笑顔で逝った青年の声。

 全てをかき消すように喝采と怒号が轟き、消えぬ嘆きが空を揺らす。

 

 かつての自分には許されなかった慟哭を耳にし、ドンキホーテ・ドフラミンゴは────

 

 

 気付けば、赤犬の前に躍り出ていた。

 

 

 蜘蛛の巣状に張り巡らせた糸をルフィとジンベエに投擲し、無我夢中で引き寄せる。急襲来し赤犬と激突する不死鳥を背に、ドフラミンゴは走り出した。

 何をしているのか自分でも理解できないまま、ただひたすらに逃走し続ける。

 

 ルフィを抱えていたジンベエがマグマに貫かれ、もうダメだと思いながら絶命寸前の二人を引き寄せた……ところを二人が砂嵐に吹き飛ばされ、慌てて雲を伝って跳躍したのだ。

 

 あとはもう、戦場を駆け巡り、船を目指すばかりだった。

 

 そういえば、と。ドフラミンゴは気付く。能力による数多の災害が荒れ狂う中、自分は未だ致命的な損傷を負っていない。

 さらには、時折何もしていないのに一般海兵が泡を吹いて倒れていく。類似するのはいつぞやの冥王から感じた威圧。

 なるほど、これが覇気の活用法か。

 

 例え、そうだとしても、道を拓き背を守る名だたる海賊達の苛烈な迎撃がなければ、どうなっていたか分からないが。

 

 本能が研ぎ澄まされ、己に飛んでくる敵意と害意を的確に拾い、処理していく。覇気の使い方も身体に馴染み始めた。

 一方で、疾走による酸欠は確実に思考力を奪い、故に記憶はさらに遡る。

 

 そうだ。そうだった。

 

 そもそも、シャボンディで麦わらのルフィを見た時から予感はあった。

 人を人とも思わぬ商売。謂れなき非難と肯定される差別。銃声。悲鳴と笑声。

 己が臍を噛みながら機を狙うその眼前、ぶちかまされた拳。

 

 なんとも痛快だと思ったのだ。

 

 その後は、どこぞのパンク小僧に煽られて気分良く暴れた上、うっかり手が滑って商売人が保管する鍵束に糸を引っ掛け、ついうっかりそれを解析して鍵を改造し、軛を逃れた元船長をこれまたうっかり勧誘してしまった。

 おかげで予定外の潜伏を余儀なくされたが、収穫が大きいので良しとしている。

 まあ、巷を騒がす“怪盗”ドフラミンゴにも失敗はある。毎度予告状を出し忘れるくらいは可愛いものだろう。いや、世が騒ぐに任せていたら妙なあだ名がついただけで、別に怪盗でもなんでもなくただの略奪なのだが。

 

 何にせよ、麦わらのルフィに対して、初対面から思うところはあったのだ。

 

 だからだろうか。

 潜伏中、彼が兄を救うために戦場に乗り込んだと聞き、何となく成り行きを見守ってしまった。

 

 そうだ。そもそも夢見が悪かった。

 

 寝惚けて頭が痛むものだから、ついうっかり、またあの拳を見てやるのもいいか、などと思ってしまったのだ。

 

「キャプテーン!」

 

 海境より声がする。耳慣れたクルーの声だ。

 しかし、まだ遠い。雲を掴むにもジンベエやルフィと共に船まで到達するには難がある。無策に飛び続ければ撃ち落とされるが関の山だ。

 何かないかと辺りを見回したその時、場違いな浮遊物が上空を過ぎった。

 

 ハデにきめた道化。バギーだ。

 

 ピエロメイクには無条件で好感を抱くドフラミンゴをしても、派手な見た目で戦場を飛ぶ攻めた姿勢には驚嘆しかないが、今重要なのはそこではない。

 

 つまり、自動で進み、回避機能までついた最高の風船が飛んでいるのだ。

 

 バギーへ向け、遠心力を加えてジンベエとルフィを投擲。音を立てて腕が軋むも、それを堪えてさらに糸を伸ばす。

 

「ジンベエに麦わら、と誰だお前はよォ! 何だこりゃ糸ォ⁉︎」

「話は後だ! あの船に向かえ!」

「だからハデメガネのお前は誰だってギャーッ! マグマァ⁉︎」

 

 バギーが絶叫し、赤犬の拳を避ける。本来、宙空で機動力を保つことは容易ではない。ドフラミンゴの糸とて然り。

 

「フッフッフ! すげェな、さすが道化だ! 曲芸はお手のもんか」

「だからァ! 無駄にゴキゲンなてめェは誰だってんだよ小僧! 何度も言わせんな!」

「……すまん、“赤鼻”のォ……助かった。彼は、彼は……うん? 誰じゃったか」

「てめェも知らねェのかよ……って、だれが赤っ鼻じゃクラァ!」

 

 息も絶え絶えの様相のジンベエと騒ぎ立てるバギーが何事かを話しているが、船はまだ遠い。

 そうこうしている内に大砲が撃ち鳴らされ、何発もの砲丸が船を襲った。

 地上では海軍が二手に分かれ、黒ひげ海賊団、白ひげ海賊団と激しい戦闘を繰り広げている。

 海上とてそれは変わらず、襲いくるは軍艦の砲撃に黒ひげの能力の余波による津波。さらにどこからか光線まで降り注いでくるではないか。

 

「“黄猿”だ! もういい、降ろせ! ここからなら船に届く!」

「よしっ!」

 

 判断と逃げ足の早いバギーが三人を放り投げる。ベポの指示を受けたジャンバールがジンベエとルフィを受け止めるのを見届け、ドフラミンゴはメインマストに糸をかけて急降下した。

 

「キャプテン、どうするの? これ、うちの医療設備じゃ厳しいよ!」

「そんなこたァ分かってる! だが、今はとりあえず逃げるしかねェ!」

 

 船室へと走るベポとジャンバールの背後、纏う光量を増した黄猿が迫る。

 

 

 刹那、一海兵による全霊の制止が轟いた。

 

 

 叫ぶ内容までは聞こえない。

 しかし、その一声が呼水となり、最大の抑止力が割り込む隙を生む。

 

 激突。

 

 その余波は海上のドフラミンゴにも届いた。

 一歩よろめいて唖然とする彼の視線の先、黄猿と睨み合う船が掲げるは、この海にあれば知らぬ者などいない旗印。

 左眼に三本傷のジョリーロジャー。

 

「赤髪……」

 

 思わず呟くドフラミンゴを乗せ、船が緊急出航した。しかし、海軍とてただ見送ってくれるはずもない。

 追うは海軍大将格の二名。

 氷結、さらに数多の光線が襲う。

 

 間に合わない。

 咄嗟に糸を張り巡らせ、空を見上げた。

 

 混乱の最中、誰が投げたか、宙を舞う麦わら帽子。

 

 耳を打つは凪いだ囁き。

 

 

「───“シャンブルズ”」

 

 

 突如、斬り崩されたマリンフォードの大城壁が上空に現れ、海へと落ちる。

 それは凍結した海面を砕き、光線を遮ってなお高い波を生み、海水は大瀑布となって辺りへ降り注いだ。

 

 麦わらのルフィが担ぎ込まれたはずの海賊船も波に飲まれ、その姿は跡形もなく消えている。

 

 風に揺られ、金糸のストラが舞い落ちた。

 

 

 

 

 場所は変わり、とある軍艦。

 軍艦に並走する形で突如出現した海賊船を二人の七武海が見下ろしていた。

 

「貴様、何を企んでおる」

 

 海賊女帝の問いに黒衣の男が薄く嗤う。

 

「さあな」

 

 眼下、二人の眼に映るのは突然の座軸移動に慌てふためく船員達。

 しかし、ただ一人。

 見下ろす視線に気付く者がいた。

 

 ボロボロのスーツにフレームの歪んだサングラス。その色濃いガラス越しですら窺えるほどの強い眼光。

 

 己を睨みつける青年を眺め、男はぽつりと呟いた。

 

 

「誰だ、あいつ」

 

 




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