ONE PIECE novel.DD “怪盗”ドンキホーテ・ドフラミンゴ   作:ladybug

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 ピーカは呆れ顔で主の傍に立つ。
 

 望みを託すこと
 それは荷を負わせることと同義だろう
 だから、おれはお前に何も望まない
 動けないならば言うがいい
 お前を背負い歩く、それがおれ達の使命だ



面影は唄わず

 

 

「声、きれいだな。教会の音がする」

 

 少年と青年の間、未だ何も成せず思いのみを燻らせていた頃。ある日、高熱に魘されるローが呟いたのは、ピーカにとって青天の霹靂とでもいうべき不可思議な評価だった。

 馬鹿にされたのかと思えど、教会の音とやらがどういった意味を含んでいるのか見当もつかない。怒るか、深掘りするか、はたまた聞き流すか。対応に悩んでいる内にローは寝ついてしまった。

 仕方なく、彼が回復した後にそれとなく問いただせば、『高熱で理性が緩んでいた』と珍しくもばつが悪そうに呟いた。

 

「聖歌隊を思い出したのかもしれない」

 

 彼の語る異国の文化はいつも奇天烈だ。

 

 待てど暮らせど変声期を迎えず高いままの声。ピーカ自身が疎む忌々しいそれを有り難がる風習があるらしい。わざわざ睾丸を潰してまで声質を維持した時代もあるというから驚きだ。

 まったく、金持ちの考えることはわからない。

 

「高く澄んだ声に大きな肺と強靭な身体。人によれば喉から手が出る程に羨ましい、天賦の才とも言える」

 

 理解不能と物語るピーカの顔を見てか、ローは説明を続けた。説明の意味が分からないなどとは言っていないのだが、病み上がりで本調子ではないローは気付かない。

 歌に興味などなかった。正確には、自身の声が嫌いなものだから、聞くだけならともかく自身が歌うなどとは考えたこともない。

 

 だが、『聖歌隊』という言葉を使った瞬間のローの顔。それが空虚ながら傷付いていると分かるものだったから、長ったらしい説明を遮り思わず言ってしまったのだ。

 

「教えてくれ」

「何をだ?」

「歌い方」

 

 元より、ローは故郷の話をせず、ピーカも尋ねない。お互い帰る場所がないことだけ分かっていればそれで十全だった。

 ただ、このひ弱で頼りない兄弟分は妄執に囚われ続けているようなのだ。

 妄執。それは弱さだ。優先すべきことを放置し過去に溺れるなど、弱さ以外のなにものでもない。

 ただでさえ弱く足を引っ張りがちな彼がさらに弱るなどあってはならない。過酷な生存競争が繰り広げられるスラムで生き残るためには、出来うる限り弱味など排除すべきである。

 

 美しかったであろう思い出すら彼を苛む以上、ピーカがすべきことは決まっていた。

 彼の記憶を己の声で塗り替える。それができるのならばこの忌々しい喉もまた、誇ることができるかもしれない。

 結局は今が全てなのだとこの蒙昧な賢人に教えてやらねば。

 スラムの先輩として生き抜くコツを叩き込まなければならないのだ。

 

 何せ、スラムは一蓮托生。

 まずは生き延びる。全てはそれからだとピーカは知っていた。

 

 練習の甲斐もあり、普段の高音に加え朗々とした歌声を手に入れたピーカに対し、そこはかとなく満足げなローが言う。

 

「オペラもいけるな」

 

 聖歌隊はどうした。

 

 うんざりしたピーカだったが、後にこの歌声が教会で大ウケするのだから、何がどう転ぶか分からないものである。

 

 

 

 

 兄貴分が連れてきたひ弱なガキ。

 当初、ピーカにとってのローは、それ以上でもそれ以下でもない存在だった。

 強いて驚いた点を挙げれば年上であったこと、その程度である。

 何にせよ、虚弱で生命力の低い子どもだ。すぐ死ぬだろうと思っていた。

 スラムにはよくあることだ。ある日突然人数が増え、また消える。

 生き残れるのは一握り。

 

「彼は強い。何かを成し遂げる目をしている」

 

 身体が貧相だから目が目立つだけではないか、などとヴェルゴの評価に疑問を持ちはしたが言葉にはしなかった。

 確かに目付きは悪い。ぎりぎり生きているものの芯まで腐った目だ。だが、スラムにおいて、死体とほぼ同義の人間など他にいくらでもいる。

 

「あいつは筋がいい。身体の動かし方を理解してる」

 

 そう言って愉しげに笑うディアマンテにピーカは呆れた。

 ピーカの予想を裏切って生き残った少年は、幾分背が伸びたもののやはり脆弱で、事あるごとに倒れる。健康や体格に恵まれなければ及ばぬ領域が生まれるわけで、それは武において致命的な欠点だ。

 ただ、倒れた後も筋肉や骨格と思しき図画を地に描いて復習する執念じみた根性だけは認めていた。

 

「あいつは面白ェ。見てろ、今に一廉の悪党になる。いや、してみせる」

 

 珍しく真剣な様子で述べるトレーボルに『向き不向きがあるだろう』と驚いた。

 またもや予想外の奮闘で誰にも劣らぬ強さを身につけた青年は、しかし、何かに取り憑かれたように生き急いでいた。そのくせ、根が善良ゆえ悪事を働いている時より誰かを助ける時の方が上手く動けるのだ。

 やはり、目的を達する前に何かに身を擲って死ぬのではないだろうか。

 

 共に歩み、青年の背を守るようになったピーカの心中にあるのは憐れみだった。

 

 強さも賢さも才能も富も、何もかもを手に入れ何でも出来るはずの青年が、馬鹿の一つ覚えよろしく悪の道を掻き分け進んでいく。恐らくは生来向かないであろう道を、だ。

 由縁すら語らぬ妄執に引き摺られるようにして、青年は歩み続ける。

 

 いつか無理が来るに違いない。そうなれば誰かが彼を止め、正しい方向へ連れ出すだろう。そう思っていた。ともすれば柄にもなく、願ってすらいたのだが。

 

 蓋を開けてみれば、青年が立ち止まりそうになったのは一時期のみ。彼の妹が姿を現し死ぬまでのほんの一時だけだった。

 

 はたして、トラファルガー・ローの現在はと言えば、トレーボルの言う通りになってしまった。

 

 自分には物事を見通す目がない。

 ピーカはつくづくそう思う。

 

 父もそうだった。国に属する兵士として身を立てていた父は、益体のない小競り合いで見知らぬ子どもを守り命を落とした。その死には何の名誉もなく、ただ無駄に命を捨てただけだ。

 父の死から数ヶ月。精神を病んだ母が首を括り、ピーカは一人になった。

 父の死後に大きな戦いがあり、国ごと滅んだ弱小加盟国。今は名すら残らないその国がピーカの生まれ故郷である。

 彼の育ったスラムは隣接の非加盟国にあり、似た境遇の子どもはごまんといた。よくある過去によくある流れだ。

 

 違ったのは出会い。

 その出会いで全てが変わった。

 今や己の身分は王下七武海に名を連ねる大海賊の配下。しかも主力幹部ときた。

 この結果を誰が想像しただろう。

 

 

 そして今、またもや予想もつかない流れが生まれていた。

 

 

 命に従い、つい数瞬前まで守っていた国の王らを外に放り出す。

 突然の暴挙だが当の主は理由さえ述べない。あまつさえ、王宮を高台へ移動させろなどと言うのだから始末におえなかった。

 

「ロー。お前が何をしたいのか、おれにはさっぱり分からない」

 

 刀と能力によりバラバラにした国王の内臓。一片だけを手元に残し他を王女に投げ渡したローは、小さな音を立てて切開を始めた。

 行為の内容自体は理解できない。だが、それでも何らかの処置を施していることくらいは分かる。

 起こした凶事と今行う行為が全く噛み合わず、ピーカは再び尋ねた。

 

「何をしてるんだ」

「腫瘍の切除と縫合。侍医から内密に相談を受けていた。通常の手術だとまずい位置なんでな。転移もねェし、切って繋げば何とかなる」

「無惨に切り捨てておいて治療するのか?」

「そうだ。投薬も必要だな……今後はどうもできねェしカルテに残しておくか」

 

 ローは作業を終え能力で王の欠片を飛ばした後、グローブを破棄し淡々と手を洗う。新しいグローブを取り出し装着する段まで見守ってから、無茶を承知でピーカは告げた。

 

「今ならまだ冗談で済む」

「何がだ」

「この国のことだ。今回の件はトレーボルの独断なんだろう」

 

 ローは暫し考え込むように俯き、こくりと頷いた。相変わらず何を考えているかは分からないが、今回のやり方はローの好む方法ではない。推測が合っていたことに妙な安堵を覚える。

 

「オモチャの小鳥が報せてくれた。まァ、その前から気付いちゃいたが」

「オモチャというと、『眠りの家』の監視員か?」

「そうだ。いつもの定期報告のついでにな」

 

 ローはそう言って懐に仕舞い込んだ手紙を取り出し、ピーカへと投げ渡してきた。

 手紙は実に簡素な内容で『状態変化なし。備考として、今回の騒動の核はトレーボル』とだけ書かれている。

 ビッグ・マム海賊団を呼び込むと同時に、闘技場をエサに暴動を起こすトレーボルの反乱。ローはそれを抑え込み、その上で首謀者の如く装っただけだ。

 青い小鳥のオモチャは確かに彼の子飼いだが、彼が小鳥に命じているのは全く別の仕事というわけである。

 

 窓枠に腰掛け外を眺めるローの目には何が映るのか。その表情はひどく穏やかだ。

 何故か胸騒ぎがして、ピーカは言葉を重ねる。

 

「トレーボル達はおれ達が何とかする。王宮の移動は防衛力向上のためとでも説明すればいい」

「リク王を罵って斬り捨てた件は?」

「鍛えてやっても成果を出せない自衛軍へのお灸とか何とか言えば誤魔化せる」

「それは無理がねェか」

「そうだな、無理はある。だが、お前、この国が好きだろう」

 

 ローは答えず、視線すらも返さない。それこそが答えだとピーカは理解していた。

 英雄トラファルガー・ローの在り方。篤志家としての顔。それは確かに虚飾に塗れていたが、全てが嘘というわけではない。

 例えば、教会の庭先で子どもらを見つめる目の穏やかさ。弱くも心優しき王族と語らう甘やかな声。強い陽射しの下で働く人々を気にかける細やかな気配り。国民を護ろうとする強い意志。

 それらは全てローの本質から現れるもの。

 

 確かに、ピーカは物事を見通す目を持たない。だが、今この瞬間を見る目だけはあるのだ。

 

「どうしたいか言ってみろ。手伝うから」

「そう言われてもな。随分と付き合ってもらった。何ならもう離れてくれてもいい」

「……事が成るのか?」

「あともう一押しだ」

 

 薄く笑んだのは唇だけ。

 瞳は凍りついたままだ。

 

 この瞳を溶かす事ができたのはトラファルガー・ラミだけだった。だが、それを凍りつかせたのもまた、彼女なのだ。

 例えば、彼女がもう少し賢しく、いやもう少し愚かであれば。全てを投げ打って愚直に泣き喚き、進もうとする兄に取り縋っていれば、ローの微笑みは本物のぬくもりを取り戻しただろう。

 或いは、ロー自身がもう少しだけ弱ければよかった。妹の世界を美しいまま保とうなどと夢想を抱かず、形振り構わずに彼女を引き込んでいれば。

 だが、そうさせなかったのは自分達だ。圧倒的な強さと頭脳を持ちながら、ひどく幼い願望に縋るようにして生きるロー。彼はその願望を失った途端に消えてしまいそうで、それが堪らなく嫌だった。

 

 ピーカも、ローも、もう一人で生きていける。スラムにいた頃とは違うのだ。

 分かっている。それでも離れ難い。

 

 これが絆というならば、絆とは何と醜く、弱く、忌々しいものか。

 

 内心でため息を吐くピーカに向き直り、ローは繰り返す。

 

「ここからはおれ一人でもやりきれる。だから、お前らは離れていい。もう十分助けてもらった」

 

 本当に困ったボスだ。

 ピーカを見るローの目は、ドレスローザを見る目によく似ていた。手放すべきもの。別れ際、それらを最後に目に焼き付けようとするような愚かさ。

 腹立たしい。

 

「駄目だ」

 

 不思議そうに首を傾げたローを見返し、繰り返し告げる。

 

「駄目だ。ヴェルゴに留守を頼まれてる」

「ヴェルゴよりおれの言うことを聞けよ。仮にも頭目だぞ」

「聞かねェ。兄貴分の言うことは絶対だ」

「ずりィな」

「ずるくない。そもそもこの道で言えばおれの方がお前より兄貴分だ。むしろお前がおれの言うことを聞いて素直になれ」

「なら、おれはトレーボルの言うことを聞いたことにする。ほら、あいつの方が兄貴分だろ?」

 

 ああ言えばこう言う。昔からこの男はこうだった。意外にというか、結構子どもっぽい人間なのだ。

 半眼で睨みつければ、密やかな笑みを漏らす。顔色はともかく機嫌は良さそうだ。

 最高幹部にだけ見せる顔。それは子ども時代から苦楽を共にしたからこそ。

 

 ローと最高幹部の面々はそれぞれ約束を交わしている。ヴェルゴとは共に地獄を歩む約束。ディアマンテには良質な闘争を齎す約束。トレーボルとの約束は秘匿されており、誰も知らない。

 

 ピーカとの約束は単純だ。『互いに嘘をつかない』、これだけ。未来を見通すことのできないピーカにとっては、今この時の真実だけが大切だった。

 まあ、都合の悪い質問には沈黙を返されるのだが。

 

「ロー。本当にいいんだな?」

「何がだ」

「この国を手放す。それでいいんだな?」

「ああ。万事予定通りだ」

「嘘をつけ。何も知らなかったくせに」

「嘘じゃねェよ。おれはお前に嘘をつかない。そういう約束だからな」

「…………」

「……概ね、予定通りだ」

 

 言い直す辺り、自覚はあるらしい。

 

 配下や信奉者からは神のように崇め奉られているこの男。

 ピーカから見たローは、どこか抜けているくせに力業で事を成す、全く仕様のない年上の弟分なのだ。

 

「ファミリーの……他の連中には連絡しねェのか?」

「ディアマンテには伝えた」

「最高幹部だけか」

「ああ。他はこの辺が潮時だ」

「賞金がついてる奴くらいは連れて行ってやればいいだろうに」

「生き方は教えた。何とでもなるだろ」

 

 ローは残酷だ。

 残される、否、罷り間違えば遺される彼らの心を解さない。配下らがどれだけ主を慕っているのか、何故ついてくるのか、何一つ理解しようとしていない。

 その価値が自身にあると思えないのだろう。

 思わず鼻で笑う。

 

 身勝手なことだ。

 ファミリーの多くは、たとえそれが死出の旅路になろうとも、共に歩むと決めているのに。

 

「ピーカ、お前はこの国が嫌いだよな」

「ああ。てめェを護る力もねェ最低の国だ」

 

 即答。

 この国の欺瞞は鼻についてしかたない。

 真に護るべき者を護らず、及ばぬ力を奮って命を落とした父。力を持たぬがゆえ死を選ばざるをえなかった母。侵略を受け、名すら残すことのなかった故国。

 ドレスローザの在り方はそれらを思い出させる。

 

「悪ィな、付き合わせて」

「お前がしたいようにすればいい。今までもこれからも。お前がこの国を捨てるならそれに従う。やめたいならそう言え」

 

 堕落を好むトレーボル、地獄を約束したヴェルゴ、闘争を望むディアマンテ。

 ピーカは彼らとは違う。ピーカはローに善も悪も望まない。強いて言えば、好きなように生きてほしい。それが強者たるもののあるべき姿だ。

 

 いや、違うか

 ピーカは一人、苦笑いを浮かべた。

 

 ただ、今を生きてほしい。

 今この時を生き抜いてほしいのだ。

 

 ローの傍らに立ち、ドレスローザの街並みを眺める。美しい土地だ。十年住まうこの国について在り方はついぞ理解しえないものの幾許かの愛着はあった。

 この世に神などいはしないが、ミサの度に子どもらにせがまれ歌うのは、まあ悪くはない。

 

 ふと見れば、いくつかある教会の全ては高台から遠く離れていた。この地で戦闘が繰り広げられるとしても大きな被害は及ばないだろう。

 

 ああ、成程。

 教会か。

 

 ローが王宮を移動させた理由を察してしまい、ピーカは不満げに鼻を鳴した。

 

 結局、この男は過去に囚われたままだ。

 

 眼下には迫り来る麦わらの一味、さらにやや遠方に闘技場の面々。物理的にも心理的にもオモチャにされた者達。

 確かに、ファミリー側がこうも堂々と動けば敵は自ずと追いかけるほかない。無闇やたらに町を探されるよりはるかに効率が良く、本当に護りたいものは戦乱から遠ざけておける寸法だ。

 実のところ、トレーボルの動きとて既に把握しているのだろう。

 全く、仕様のないボスだった。

 

「ロー。命令を」

 

 意識を切り替えるために、敢えて言葉に出す。

 跪いて首を垂れるピーカを見下ろし、海賊トラファルガー・ローは囁いた。

 

「おれを護れ」

「承知した」

 

 石床を伝い、高台そのものと融合する。

 大地を揺らがす岩の巨人は、押し寄せる者全てを睥睨した。

 

 土煙をあげ陽光を遮る巨躯はまさに神兵。愚かな民と闖入者らを一纏めに薙ぎ払う絶大な力の象徴。

 ひとたび拳を振れば全てを圧壊する巨人は、向かいくる有象無象に告げる。

 

「我らが主に盾つく者共、おれが相手だ」

 

 甲高い声に笑いが生まれるが知ったことではない。これもまた武器だ。実は石の身体を利用して声を物理的に爆発させることもできるのだが、被害範囲が広すぎてローに止められていた。

 

 故に、振るうは拳と剣のみ。

 風が鳴り、地がうねる。

 

 まずは一撃。

 

 地に振り下ろした拳が町並み諸共麦わらの一味を弾き飛ばす。

 遠慮はいらない。

 元より、この辺り一帯は廃墟群。ファミリー及び自衛軍の鍛錬場として国が直々に貸し与えた土地なのだから。

 

 ちなみに、地下には武器庫と称した空間がある。実際の武器密売は別の手の者が他国で行っており、この土地は全くのフェイク。合法的な非殺傷武器が合法的な量だけ保管されている、至って健全な武器庫だ。

 意外にも騙されてくれる阿呆共がおり、今も数名の人間が侵入していた。略奪か、あるいはローの弱みを握ろうとしているのか、判断はつかないがもういいだろう。

 

 さらに一撃。

 

 武器庫を破壊しようとした拳が砕ける。続けて左腕が全壊。

 見えるのは駆け戻る麦わらの一味、ならびに合流した闘技場の面々。なかなかに強い。だが、所詮は烏合の衆だ。

 

 右腕を振りかぶる。轟音。瓦礫を掻い潜り、押し退け、斬り伏せながら進む敵を見下ろし笑う。自分でもやや特殊だと思う笑声に数名の敵が腹を抱えて崩れ落ち、瓦礫に当たって転がり落ちた。

 命の危険をおしてまで笑わなくともいいだろうに。さすがに苛立つ。

 

 さらに楽しげな声が響き視線をやれば、麦わらのルフィが闘牛に乗って巨兵の右腕を駆け上がっていた。

 

「近道だァー!」

 

 心から楽しんでいる。この状況で。

 リク王やドレスローザへのローの仕打ちに激怒していたように思ったのだが、それはそれこれはこれということか。

 怒りは覚えつつも、行動は楽しむ。主とやや似たところがあるわけだ。

 

 トレーボルが事を起こす直前、麦わらのルフィとドフラミンゴが来ると分かった時、ローは言っていた。

 

『麦わらか。一度は会っておきたい』

 

 いや、お前。

 頂上戦争で助けてなかったか?

 

 そう思ったピーカだったが言葉にはしなかった。言ったところでローは理屈を捏ねるだけなのだ。

 何はともあれ、この言葉の真意は単純明快である。

 

『麦わらは通せ』

 

 とは言え、気付いた以上何もしないわけにはいかない。ローやディアマンテと違いパフォーマンスは苦手なのだが、ただ、麦わらだけ不自然に通過させては無駄な警戒を呼ぶ。

 左腕を再生し振りかぶった。麦わらが技を放とうとしているのを直感、石の中を退避する。

 次の瞬間巨兵の顔面が弾けた。ダメージはない。

 一旦岩の身体を捨て、生身の姿を現す。巨像のままでは麦わらとその他を選別して戦うのに難があるのだ。

 隻眼の剣士と目が合った。

 

「初めて人らしい姿を見せたな」

 

 呟く隻眼。麦わらのルフィの右腕的存在。ちょうどいい。ピーカは無言で刀を振りかぶる。

 

「先に行くぞ!」

「おう! 任せとけ!」

 

 闘牛から飛び降りた剣士が麦わらに応え、打ち下ろした刀を受け止める。

 鍔迫り合いは短く、されど互いの力量を計るが如く重い。

 

 闘牛と麦わら、そして有象無象数名が傍を通り過ぎるが無視。埃を通したくらいではローも気分を害すことはないだろう。

 

「やけに素直に通してくれるじゃねェか」

「全ては主の思し召し通り、だ」

「おれは通しちゃくれねェのか?」

「お前にはお声がかかってねェ。ここで指を咥えて待っていろ」

「そりゃあ無理な相談だ。生憎、口は一つしか生えてねェんでな」

「…………?」

「さて、てめェらの都合で待たせるんだ。付き合え、ソプラノ野郎」

 

 直球の罵倒で煽る若武者は、見れば腰に三本の刀を佩いていた。

 口上からして三本目はまさか口で咥えるのか、とあらゆる意味で戦慄するピーカだが顔には出さない。

 

 無言で刀を担ぐピーカを見上げ、ゾロが笑う。

 

「揺れちゃくれねェか」

 

 遺憾ながら揺れた。全く別の意味で。

 腕二本の身で三本の刀を扱うのはそれなりに奇特だが、間違いなく強者である。主のためにここを通すわけにはいかない。

 

 ピーカは刀を上段に構え、ぴたりと止める。応える若武者の顔に侮りはない。

 

「始めよう」

 

 宣言と共に振り下ろされるは大瀑布。

 受け止める二振りの刀が火花をあげた。

 

 両者一歩も引かず。

 地を割るほどの衝撃ですら、互いの信念を揺らがすことはない。

 

 

 ここに、ドレスローザ最終決戦の火蓋が切って落とされた。

 




 
 ファミリーの面々の過去についてはほぼ100%捏造。
 ついでに、立場逆転IFということは思春期の出会い等も全く違うわけで、そうなると性格への影響もあって然るべき、というのが本作の解釈です。
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