ONE PIECE novel.DD “怪盗”ドンキホーテ・ドフラミンゴ   作:ladybug

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 ディアマンテは肩を竦め、粛々と命に従った。

 
 お前は劇薬中の劇薬
 自らをも害する毒の牙
 いいじゃねェか
 元より狂ったこの身体
 毒を以て毒を制す
 血反吐を吐いて嗤おうや



病は癒えず

 

 

 いわゆる戦災孤児。十把一絡げに語られる彼らの内の一人。

 それがディアマンテのルーツだった。

 

 

 物心ついた時には母はおらず、傭兵だった父は酒に溺れ、戦場で野垂れ死んだ。

 一つの戦争が長引いたわけではない。常に争い合う小国郡の境に住んでいたというだけ。だが、そんな土地で生き延びるためには戦わねばならず、齢六つを越える頃にはディアマンテ自身も一端の少年兵として動き回っていた。

 

 昨日共に泥水を啜った兵が今日死んで、明日逃げると豪語していた兵が骨も残さず消えていく。詳細を覚えていられない。飲まず食わずで幻覚を見て、時に記憶がないままに煙の中を這いずって逃げた。

 だが、どこまで行っても戦場は続く。

 血反吐を吐きつつ走り回り、止まぬ砲撃の音を枕に塹壕でうたた寝をする日々。

 

 やがて、父の苦しみを己が身で追体験するようになり、苦鳴や銃声が夢にまで響くようになった頃。

 戦争は突然終わった。

 国同士の争いに海賊が介入し、圧倒的な力で全てを叩き潰して去って行ったのだ。

 

 略奪に次ぐ略奪。

 敵味方関係なく降り注ぐ死の威光。

 皆平等に奪われ、平等に死んだ。

 

 海賊に捕まり散々嬲られたディアマンテだったが、不運にも剣の腕が立った彼は才能を見込まれ船に乗せられた。悪魔の実の能力もそこで得たものである。

 しばらくして、その海賊も海兵によって無惨に殺された。何があったか記憶にない。ただ、己は偶々脱走しており助かったらしい。

 

 そういえば、戦場でも同じようなことが何度かあったと思い出し、また記憶が飛ぶ。剣や銃を触っている限りはましなものだから、常に武器を携帯していた。

 昔より注意深くなり、結果戦闘では負け無し。一方で『自分には何も出来ない』『負ける』『死ぬ』など根拠のない無力感を覚えることが度々あった。

 

 その後、流れ着いたスラムでは気の良い仲間と出会い、山程悪事を為した。

 

 殺し奪い、奪われ殺され、過去も未来も夢も現もディアマンテの人生は遍く戦闘と共にあった。

 戦いの中にあると自由に息ができる気がする。仲間から褒め称えられ、それに応えるのは悪くないと感じていた。

 しかし、実のところ、ディアマンテは戦闘そのものを好いているわけではない。かと言って、得られる戦勝品や略奪行為が好きなわけでもない。

 

 何と言うか、()()()()()()のだ。

 

 戦闘がある状態が普通で、平穏無事な状態こそが異常。何事もなく日々が過ぎていくと、凪いだ海で櫂を失ったような何とも頼りない気分にさせられる。

 

 まだ父がいた頃は怯え暮らしていた。今ではもう感覚が思い出せない不安。だが、それともまた違う気がする。

 無力だった時代とは違い力を得た。技術もある。仲間と組めば負け無しと言っていい。奪われる側ではなく奪う側となり、悪夢も殆ど見なくなった。

 しかし、戦闘がないと足下が崩れるような自信の喪失を感じる。

 

「精神疾患の一種だな」

 

 そう述べたのは、数ヶ月前にスラム入りした少年だった。

 

 戦闘や寝食の不全によって引き起こされる交感神経の亢進。神経の異常と外傷体験が繰り返されかつ継続したことにより内臓や脳が損傷を受け、胃腸症状や悪夢、時に解離性の遁走を引き起こした。

 しかし、幸か不幸か体質に恵まれたことで神経伝達物質の異常分泌に身体が慣れてしまい、平時であるはずの状態を異常と認識するように心身が作り変えられてしまった。平時は神経伝達物質の分泌が足りず、それを不調と感じているのだろう。

 

 地に倒れ伏しながら訥々と専門用語を垂れ流す少年を見下ろし、ディアマンテは尋ねる。

 

「要は、どういうことだ?」

「麻薬と同じだ。戦いがないと苦しむ」

「ウハハハハ! 戦闘狂ってやつか!」

 

 己の闘争への渇望、嗜虐性と不安に詳細な説明を与えられ、膝を打って大いに笑う。親が医師という風変わりな経歴の持ち主の反応が気になったディアマンテは、少年の首根っこを掴んで箱の上に座らせた。

 

 少年は頬を腫れ上がらせ、四肢にいくつもの痣を作っている。大半はディアマンテがつけたものだ。しつこく稽古をせがまれたため、遠慮なく滅多打ちにした結果である。

 稽古とは言え、度を越して理不尽に痛めつけた自覚があった。さぞ憎らしかろう。

 その相手がトチ狂った病に悩んでいるのだ。しかも頭の異常ときた。それはどれほど面白いだろうか。

 存分に嗤えばいい。

 そう思ったディアマンテの前で少年が顔を上げる。

 

 

 金の瞳はひどく真剣な、今までの人生で感じたことのない光を宿していた。

 

 

 虚をつかれたディアマンテは己も地に座り込み問いかける。

 

「なァ、先生。おれは病気か」

「ああ」

「治せるのか」

 

 少年は応えない。

 いつかどこかで覗き見た軍医と兵のやり取り。所詮はごっこ遊びでしかなく、話す内に可笑しくなったディアマンテは肩を揺らして笑った。

 

「なんてな。お前みたいなガキに分かるわけがねェよな。いや、すまねェすまねェ。忘れてくれ」

「治せない」

 

 遮るように少年は言う。

 嘲りや哀れみなど一切含まず、ただ事実を告げているだけ。それが分かるからこそディアマンテは目を眇めた。

 

「その能力もこっち方面じゃかたなしか。頭は専門外なんだろ?」

「違う」

「じゃあ、治せるんじゃねェか」

「治せない。お前が望んでないから」

 

 言われてみれば、確かに。

 納得してしまったディアマンテを見つめ、少年は訥々と続ける。

 

「異常、つまり病気だが、生きるのに必要だったんだろう。そしてこれからも必要だと考えている。だから治したくない。そうだよな?」

「まァ……そうだな」

「気になるのは傷の治りにくさ、血管に内臓のダメージ。これはおれがカバーする。片手落ちだが対処療法は可能だ。時々診させてくれ。早めに対処したい」

 

 児戯のつもりがやたらと真面目に受け取られ、毒気が抜かれてしまった。思わず無言で頷くと少年は力強く頷き返す。

 

「安心しろ。おれの能力は希少だ。常に狙われる。そばにいれば戦闘に飢えることはなく、結果的に不安は抑えられるだろう」

 

 とんだ災厄では?

 

 別の意味で不安になるような発言をした少年は、言うだけ言って後ろに倒れた。

 恐る恐る抱え上げれば完全に目を回して伸びている。触れた肌はひどい熱を持っており、どうやら稽古だけが原因ではないことがうかがえた。

 

 このやりとりは後々二人の約束へと発展する。しかし、そんなことなど露知らず、ディアマンテはヴェルゴへの言い訳を考えるのだった。

 

 

 

 

 記憶を辿りながら、電伝虫を切る。

 ローからの連絡は実に端的だ。

 

 曰く、高台四段目に配置するから戦え。

 

 流石にその説明で理解するのは困難なので、理由と状況を問えば返答があった。

 彼は混乱に乗じてこの国と七武海の身分を捨てると言う。王下七武海制度反対派の大将が来ているので丁度良いらしい。世界政府の鼻をあかすにはこのタイミングが最適だと述べていた。

 

 世界政府が保とうとする均衡。

 ローが一撫ですれば崩れるそれは、果たしてどれ程の価値を有しているのか。

 

「まァ、おれにゃ関係ねェか」

 

 長年興行主を務めた闘技場もこれで見納めである。大崩落して見る影もないわけだが、何はともあれ特に感慨はない。

 

 目を閉じた。

 感じる一瞬の浮遊感。ローの能力だ。

 

 視界に入るのは闘技場で人質にされていた観客達。ひまわり咲き誇る花畑の中、各自応援旗など持ったまま寄り添っているものだから見た目に面白い。

 動揺する彼らをデリンジャーが宥めている。彼のそばには王族の血を引く母娘がいた。確か闘技場の伝説的英雄キュロス、その家族だ。

 

 ディアマンテは一人嗤う。

 

 キュロスとは十年前背中を預け合い、訓練では剣を交えたこともあった。なかなか骨のある剣士だ。

 先程まで忘れていたことを思うとシュガーの手にかかっていたのだろう。

 

 任されたのは高台四段目。

 英雄は未だ現れず。

 

「……成程なァ。こりゃあいい」

 

 戦闘そのものは好まない。だが、闘いの齎す昂りと苦鳴だけが生きた心地を教えてくれる。

 何より、これは主より賜る極上の機会。一等上手く扱わねば最高幹部の名が廃ると言うものだ。

 

「ディアマンテ様! 若様は無事なの? 連絡がつかないんだ」

 

 駆け寄ってきたデリンジャーを見下ろす。読み取れるのはただ一心に主の無事を願う直向きさ。

 可哀想に、ローは彼らをここで破棄すると言っていた。思わず浮かぶ哀れみの念を振り払い、数分前のやりとりを思い出す。

 

『流石にウチしか知らねェガキは連れて行ってやった方がいいんじゃねェか?』

『何のためにこんな国に十年もいたと思ってんだ。あいつらにはカタギの経験を積ませた。もう陽の下で生きていける』

 

 ディアマンテの問いに返ってきたのは明確な否定。

 

 何ともまあ惨い男だ。

 こいつらの太陽はロー、お前だろうに。

 

 そう思いつつ、頭上高く剣を掲げる。

 突然の暴挙に硬直したデリンジャー。切っ先が少年の角を抉るその間際、横から飛び込んできた少女が彼を抱えて転がった。レベッカだ。

 

 刀身は目標を失い、大地を大きく断ち割る。一拍遅れて響く悲鳴と逃げ惑う人々。

 

 まずまずの展開だ。

 元より当てる気はなかった。だが、結果的に少年少女の奮闘で舞台の仕上がりは上々。最後の興行としてはなかなかどうして悪くない。

 マイクがないのが惜しまれる。

 

「ディアマンテ様、どうなさったというのですか」

 

 民衆の前に立ち、震える声で制止をかけるのはスカーレット。

 野に降りたわりには責任感が強い。まあ、責任感だけで生きていけるほど、この世は甘くないのだが。

 

 銃を構える。わざとらしく撃鉄を上げ引鉄に指を掛ければ飛んでくる鋭い飛び蹴り。金属を仕込んだ爪先が腕にめり込み、痛みを伝える。良い蹴りだ。

 弾は上空に逸れ、紫炎が立ち昇った。

 動揺に息を乱しながらも着地したデリンジャーが肩をいからせ全身で叫ぶ。

 

「何するんだよ! こんなこと若様が許さないぞ!」

「あァ? まだ分かってねェのか、お前」

 

 もちろん、ローから何も知らされていない以上理解しようもない。しかし、ここで突き放せというのが主君の御達しだ。

 一歩前に出ようとしたディアマンテの耳に、聞き慣れた能力の発動音が届く。

 

 背後には密やかな死の気配。

 

 直々のお出ましとは律儀なことだ。

 ディアマンテは肩を竦め銃を下ろした。

 

「若様、ご無事でしたか!」

 

 安堵に顔色を明るくするデリンジャーと混乱したままのドレスローザ国民。何が起きているのか理解できないのだろう。彼らはここ十年、混沌とした世界から家畜のように守られてきたのだから。

 

 彼らを見渡した後、ローは無言のまま、ディアマンテの横に並んだ。

 

 水を打ったような静寂。

 

 花々が風にそよぐ音だけが響き、仮初の穏やかさが引き剥がされていく。

 

 今や、そこに立つのは黒衣の死神だ。

 

 怯えるドレスローザ国民には目もくれず、彼はディアマンテへと手を差し出す。

 一瞬困惑したが視線から意図を悟り、グローブに包まれた掌の上に銃を置いた。

 体格からすればやや大きな金の装飾銃を眺め、彼は小さく笑う。

 

 銃口の向かう先はデリンジャー。

 

「わかさま」

 

 少年は途切れそうな声で主を呼んだ。数発の銃声が重なり声を塗りつぶす。その場に膝をついた少年は、しかし、どこにも怪我を負っていない。

 

「下手くそ」

「うるせェ。銃が重いんだよ」

 

 地面に一発、爪先に一発、残りはあらぬ方向に数発。全弾外すという奇跡の腕前を見せるローと揶揄るディアマンテ。

 場にそぐわず戯れ合うような二人のやり取りは、平穏に慣らされた民衆を脅やかすには充分すぎるものだった。

 誰もが動けない中、這いずるようにして進んだデリンジャーが黒衣の男に縋る。

 

「何で、若様はこの国が好きなんじゃなかったの?」

「いいや? お前ももういいぞ。用済みだ」

「え……」

「お前には期待してなかった。今どうなってるか分からねェだろ? 何も見えちゃいねェ。殺し方も奪い方も中途半端な教育しかしてねェもんな」

 

 デリンジャーを引き上げ座らせたローは、自らもしゃがみ込みその指を少年の腹へと滑らせた。

 

「ここに当てるつもりだった。まァ、当たればどこでもいいんだ。上手くいけば近くでもう一発撃てるからな。その後は胸を踏んでやれば出血が加速して早く殺せる」

 

 ローが能力を上手く扱えず一人ずつしか殺せなかった頃、死を速める方法を教えたのはディアマンテだ。それは戦場で弾を節約しつつ素早く敵を殺すための術であり、情けとは掛け離れた獣の業である。

 結局、ローは刀を使い始めたものだから無用の長物となってしまったが。

 

「ああ、これも言ってなかったか。十年前、この国の人間を殺したのはおれだ。あの程度の労力で国に入り込めるんだから安いもんだろ。おれの手の者も紛れ込ませてもらったし、今頃海軍相手に奮闘してるんじゃねェか?」

 

 拡大解釈があるものの嘘ではない。言ったもの勝ちだ。この状況では全ての凶事がトラファルガー・ローによるものだと思われるだろう。

 ちなみに、今港方面で陽動を起こし海軍を引っ掻き回しているのは、臨時で雇われた賞金稼ぎ達とトレーボルが呼び込んだ海賊達である。何故かそこに革命軍も混ざっているが、こちらに影響はないため放置しているようだ。

 

「今回四皇からもらったアレは良い金になる。トレーボルも上手くやったもんだ。さすが古参は違うな。お前らとは違う」

 

 ディアマンテは内心笑いを堪えるのに必死だった。

 伝達によれば、ローはトレーボルとビッグ・マム配下の間で何が取引されていたか、詳細を把握していない。つまり、ただのハッタリ。仕方なく暈して話しているわけだ。

 

 トラファルガー・ローは決して策略家などではない。ただ、その場にある道具を用いて最適解を弾き出すのが上手いだけ。

 無論、大枠での計画は立てている。しかし、その道通りに進まずとも事を成せるように幾通りもの方法を考えてきた。

 時に用意周到、しかし時に単なる思い付きで動くものだから、その緩急についていけず振り落とされた配下も多い。

 今回もそうなのだろう。

 死ぬよりはマシ。そんな無駄に優しくこの上なく残酷な判断の下、ローは配下を切り捨てる。

 

「デリンジャー。家族ごっこは終いだ」

 

 冷えた声で囁かれる別れの言葉に少年が目を見開いた。そのまま地面を見つめ唇を噛み締める彼の肩を叩き、ローは立ち上がる。

 

「英雄ごっこも飽きたしな」

 

 ところで、さも気紛れに悪意をばら撒くような説明の裏、男は能力を行使し続けていた。時に後ろ手、時に煽る仕草、時に外套に手を突っ込みながらなど、正直見ている方がいつバレるかと不安になるほどだ。

 ディアマンテはそんなローの豪胆さと強欲さを好んでいるし、自らを餌にし、自らの命すら駒にする悍ましさに呆れている。

 しかしながら、この大ボラ吹きの嘘を派手に飾り付けてやるのが部下たる己の役割であった。

 

「こいつらはどうすんだ?」

 

 静まり返った民衆を指し、ディアマンテは問う。返答は鯉口を切る軽い音。

 

「観客は多い方がいいだろう」

 

 言うがいなや妖刀一閃。

 回避できたのはデリンジャーとレベッカのみ。他は全員上下に分断され、その場に転がる。ローは追い討ちとばかりに能力で切り落とされた下半身をまとめて崖の逆端に追いやり、謎のオブジェを作り上げた。

 首を落とされた向日葵と人々の上半身が仲良く並ぶ花畑。崖際には人の下半身でできた塔。悪夢なみに趣味が悪い観客席、その特等席にいるスカーレットへ、ローは以前と同じ穏やかな笑みを浮かべる。

 

「スカーレット様、お父上とお揃いですよ。良かったですね?」

 

 透明な瓶に詰め込んだ肉片を揺らしてみせるその悪辣さ。

 己が身に起きた状況と言葉の意味がじわりと浸透し、民衆の悲鳴と号泣が花畑を揺らす。

 デリンジャーに支えられたレベッカが顔を覆って泣き出し、もはやリク王の命は亡きものとして扱われかけていた。

 

 どうせ手癖の医療行為だ。混乱させれば良いだけだからとすぐバレる嘘を吐くな、面倒くさがりめ。

 ディアマンテは看破しつつ心中呆れているわけだが、水を差すわけにもいかず黙っている。

 

「ロー。確かに観客は多い方に越したこたァねェが無駄にうるせェのも困る。数を減らしちゃどうだ?」

 

 雑な舞台メイクに、ディアマンテの内でふと些細な嗜虐心が首をもたげた。

 打ち捨てられていた銃を拾い、弾を込めて渡そうとすればローはふいと他所を向いてしまう。

 

 我儘め。

 心底面白くなってきてしまい、ディアマンテは大笑した。

 

「ウハハハハ! そうかそうか、お前は下手くそだもんなァ……仕方ねェ、おれが手本を見せてやる」

 

 がしがしとローの頭を撫でる。

 鬱陶しげに払われた掌に感じる熱。分厚い服越しですら分かるほどの高熱だ。顔色は大概悪く、上手く隠しているが冷や汗もひどく呼吸が浅い。

 馬鹿な男だ。護りつつ壊し、奪いつつ護ろうなどと、強欲がすぎる。

 

 だが、それでこそトラファルガー・ロー。狂剣を捧げるに値する唯一の主だ。

 

 ディアマンテが充足感ににやけていると、戦況の変動が伝わってきた。

 地を揺らす振動と怒号。下段を駆け抜けてくる複数の気配。

 

 やっとか。

 

 ステージに傾れ込む闖入者に銃口を向け、正確に頭を狙う。甲高い音を立てて弾かれた銃弾があらぬ方向に逸れた。

 

「お前も下手じゃねェか」

「威嚇射撃だ。当てたらマナー違反だろうが。知らねェのか、ん?」

「くだらねェ」

 

 減らず口を叩いたローは駆けてくる二名の男を熱心に見つめている。

 一人はコロシアムの伝説、キュロス。猛々しく両の脚を踏みしめ駆け上る様はまさに英雄そのもの。

 もう一人は麦わらのルフィ。変幻自在の肉体を駆使し跳ねるように飛んでくる青年は、主のお気に入りである。

 後者は通せとのお達しだが、と覗き見る主の唇には微かな笑み。

 珍しく純粋に嬉しそうだ。

 楽しげなまま、ローが小さく呟いた。

 

「ディアマンテ。ここを頼めるか」

「おれには無理だ……なんてな」

「────ふ。お前にしか出来ねェ」

「どうした、珍しいな」

「遮るなよ。付き合ってやってんのに」

「そりゃそうだ。でも、まァ────」

 

 疲れが脚に来ているのか、ふらつきかけるローの背に手を添えた。先程までの戯れ合いもあり、支えているようには見えないだろう。

 後ろ手に回した手で能力を行使し続ける主の愚かさが露呈しないよう、ディアマンテは外套を翻す。

 マイクがないため注意を引く意味も兼ねて声を張り上げた。

 

「ロー、お前が言うなら引き受けよう!」

 

 掌から熱が消失。どこぞへと飛んだ主を見送る間もなく、裂帛の気合いで打ち込まれた剣が到達する。

 銃身で受け止めれば、キュロスが血を吐くような叫びをあげた。

 

「────ディアマンテ‼︎」

「おいおい、キュロス殿。どうした、興奮してんのか? 確かにおれとお前は浅からぬ仲だが、それにしたっていきなり呼び捨てはねェだろ。こっちは()()()()()()()()にも一苦労だってのによォ?」

「貴様、よくも抜け抜けと!」

「大体、ご機嫌伺いもなしに飛び掛かってくるたァとんだご挨拶じゃねェか。仮にもおれは嫁さんの命の恩人だぞ」

 

 口の端を吊り上げて揶揄するディアマンテと、スカーレットの惨状に気付き歯を食いしばるキュロス。

 血走った目と隆起する筋肉が男の怒りを物語り、ディアマンテの心身が満たされていく。

 

 血が巡り、心臓が高鳴る。

 餓えた身体が生気に震える。

 

 これこそが日常。これこそが人生。

 何とも気分が良いものではないか。

 

 ローが約束通り用意した極上の闘争。味わい尽くさず何とする。

 ディアマンテは両腕を空に掲げ叫んだ。

 

「さァ、待たせたな、観客共! 役者は揃った! 英雄には英雄! こんな機会はまたとねェぞ!」

 

 静かに構えるは両刃剣一振りのみを携えた剣闘士。

 三千戦無敗の伝説的存在、キュロス。

 無駄なき筋骨隆々の身体に最低限の防具のみを纏い、立つ姿は真の英雄そのもの。

 

 対するは、海賊トラファルガー・ロー率いる格闘集団ディアマンテ軍が大将ディアマンテ。

 身の丈は天を突き、戦化粧を歪めて嗤う様は悪鬼の如く。外套は日輪草を刻み散らし宵闇を連れて翻る。

 

 剣を頭上に戴き、悪鬼は喚呼した。

 

「観客共、思う存分愉しんでいけ! 心踊る! エキシビジョンマッチだ‼︎」

 

 悍ましくも歓喜に溢れた声を合図に、英雄が神速の踏み切りを魅せた。

 

 大上段に振りかぶるは渾身の一撃。

 雷霆万鈞の唐竹割。

 

 響くは剣戟、揺らぐは大地。

 二者の卓越した剣技が激突し、互いの寄る辺を護るための闘争が今、始まる。

 

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