ONE PIECE novel.DD “怪盗”ドンキホーテ・ドフラミンゴ   作:ladybug

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 ドフラミンゴは夢をみていた。遠く、懐かしい夢を。


 誰もがみな
 欠片を抱いて生きている



Fragments of Golden Age

 

 

 遠い昔、まだファミリーにいた頃の話である。

 

 ドフラミンゴは生来の気質もあって中々ファミリーに馴染めず、不貞腐れて談話室のソファに踏ん反り返っていることが度々あった。

 

 そんなうだつの上がらぬある日のこと。

 ソファの隙間に金の輝きを見つけたドフラミンゴは、興味のままに光を引っ張り出した。

 光の正体は燻んだ金のコイン二枚。それぞれ四葉のクローバーと天道虫のチャームがついており、細いチェーンでまとめられている。

 留め金が一部壊れていた。恐らく、チェーンが外れて落ちたのだろう。

 

 一目で子ども用と分かるアクセサリを見つめ、ドフラミンゴは首を傾げた。

 同世代の子どもは幾人もいる。ただ、記憶にある限り持ち主と思しき者はいない。

 とりあえずペンダントをポケットに突っ込んで談話室を去り、自室に戻る道すがらファミリーの様子を思い返した。

 

 ペンダントヘッド自体は子ども用。ただしチェーンは長い。怪しいのはセニョール・ピンクにジョーラ、あとは……。

 ポケットから零れ落ちる音に気付き、持ち主に思い当たる。

 

 コラソン。ボスの妹。

 いつも金属が擦れる小さな音を響かせていた。

 

 陰気な女だ。目元を長い前髪で隠し、そのくせ頬と口元に派手なメイクを施した道化。口数が少ないながら孤児院の子ども達とは仲良くやっており、パントマイムや戯けながらのマジックを得意としている。

 外とは一転、アジトでは遠巻きにされているようで、団欒にも加わらず壁際で一人タバコを吹かしていた。最高幹部のわりに誰かに頼られることもなく、常に暇を持て余している真の逸れ者である。

 

 ただし、兄、つまりボスは彼女のことを気にかけているようで、時折ぼそぼそと話す二人の姿を見かけた。能面のような顔のボスがその時ばかりは緩く笑み、時に心配そうな顔をのぞかせる。

 『やっぱりニセモノより本物の家族なんだえ』などと言ったがために、若き幹部ら数名からしこたま殴られたのは苦い思い出だ。

 

 そう、苦い思い出なのだ。

 彼女のせいで殴られた。ドフラミンゴはそう認識していた。

 

 ポケットの中を指で確かめる。

 何度か補修したことのあるチェーン、コインの燻み具合やデザインの古さから考えるに、子ども時代から大事にしてきたであろう物。

 

 壊してやろうか。

 

 一瞬そう思うが、ボスの寵愛めでたき彼女の所有物に危害を加えるのはまずいと判断。面倒なので早く手放そうと姿を探す。

 基本的に一人で過ごしているコラソンはベランダなど外が見える場所で過ごすことが多い。いくつか思い当たる部屋を巡り、やっと見つけた先で彼女は俯いていた。

 

 手間をかけさせやがって。

 

 苛立ちと共にペンダントを投げつけようとし、ふと小さな音に気付く。

 それは鼻を啜る音に似ていた。

 壁に隠れて様子を窺うが他に人がいるわけでもない。つまり、コラソンが泣いているのだ。

 

 面倒くさい。

 そう思ったドフラミンゴは彼女に駆け寄り、勢いもそのままに全力で脛を蹴り付ける。

 ドフラミンゴの登場に驚いたコラソンが顔を跳ね上げ、その拍子に泣き腫らした目と崩れたメイクが目に入った。

 

「これお前のだろ。めそめそするくらいならちゃんと仕舞っとくんだえ!」

 

 有無を言わさず腕を引いて掌にペンダントを叩きつける。

 彼女が慌ててペンダントを掴むその隙に走って逃げようと試みたドフラミンゴは、しかし、襟首を捕まれ醜い悲鳴をあげた。

 

「ぐえっ!」

「あ、ごめん」

 

 完全に首が締り目を白黒させる少年を見下ろし、コラソンが小声で謝る。

 なんと乱暴な女だろうか。陰気なくせに。

 鈍臭そうな彼女の見せる神速の反応に心中悪態を吐きつつ、ドフラミンゴは喉を押さえて睨みつけた。

 文句は言わない。と言うより、言えない。女とは言え近距離でこの体格差、何かあれば押し負ける。

 過ぎるのは炎の記憶。滲む若干の恐怖。

 後退りそうになる足を何度も床に叩きつけた。周りから見れば地団駄に見え、他のファミリーには呆れられる癖なのだがコラソンは首を傾げるだけだった。

 

「ごめんね。お礼を言いたくて」

「だからって首を吊り上げるのは馬鹿なんだえ! このポンコツ! 殺人ピエロ!」

「そ、それはそうだけど、そこまで言わなくてもよくない?」

 

 ドフラミンゴの勢いに涙も引っ込んだらしく、ただたじろぐコラソン。ぼそぼそと謝罪を述べた彼女は、しゃがみ込み視線を合わせ、ゆっくりと話し出した。

 

「ありがとう。あなた、名前は?」

「……ドンキホーテ・ドフラミンゴ」

「────ああ、そっか。()()()()

 

 前髪から覗く目に険しい光が宿る。

 

 元天竜人という出自に対する世間の悪意。それを嫌と言う程心身に叩き込まれたドフラミンゴにとって、その反応は見慣れたものだった。

 彼にとって世界は全て己を害する敵だ。正確に言えば、ただ一人を除いて、だが。

 思わず肩を強張らせ逃げ出そうとする。

 しかし、コラソンは表情を緩め、手を伸ばした。逃げる間もなく白い指がドフラミンゴの頭を撫でる。

 

「ドフィ。あなたは優しい子だね」

「……やさしい?」

「あっ、ごめん。馴れ馴れしかったかな」

 

 離れた手に名残惜しさを感じてしまい、口をへの字にしたドフラミンゴ。見つめるコラソンの瞳は彼女の兄とは似ても似つかない。それは甘い飴細工のような光を湛えており、遠い記憶を呼び覚ますようで、さらに妙な気持ちになった。

 

「蹴られて罵られたのに『優しい』だなんて、お前、馬鹿なのかえ」

「うん? さっきのこと、気にしてくれたの? 全然痛くないよ、大丈夫」

 

 それはそれで傷付く。

 全力の蹴りだったのに。

 

 難しい年頃の心を理解できないのか、コラソンは微笑んだまま言う。

 

「ちゃんとお礼を言わせてほしいな」

「もう聞いたえ」

「何度でも言わせてほしいの。ありがとう。とっても嬉しい。大切な……すごく大切なものだったから」

「安物のペンダントが?」

「そうよ。大切なものだって分かったからここまで持ってきてくれたんでしょ? 嬉しかった。ドフィはすごく優しいね」

「それはそうだけどそんなんじゃないえ」

 

 上手く説明できず、尻すぼみになる。

 

 確かに、大切な物であると直感した。元々、ドフラミンゴはこういった勘に長けている。目利きも得意で物に金銭以外の価値があることも理解していた。

 しかし、それは優しさや道徳心から生まれたものではない。

 さらに言えば、コラソンの持ち物でなければきっと壊して捨てていた。コラソンはボスの『大切なもの』だと分かっていたから、面倒くさくなって届けただけなのだ。

 

 胸がむず痒いような不思議な気分になり、ドフラミンゴはますます口を曲げる。

 

「人の大切なものがわかる人は優しい人なのよ」

 

 コラソンは歌うように囁いた。

 

「優しい子。良い子だね、ドフィ」

 

 子どもからすれば大きな手が再びドフラミンゴの頭を撫でる。煙草の香りがするその手の温もりは存外心地良く、ドフラミンゴはゆっくりと目を閉じた。

 

 

 コラさん。

 ごめん、違うんだ。

 おれは、そんなんじゃない。

 ごめんな、コラさん、ごめん。

 

 おれは────

 

 微睡の中、誰かが額に触れている。

 骨張った指。

 

 

 目が覚めた時、傍には誰も居なかった。

 見慣れぬ部屋に、体格の優れた自分には小さいベッド。そのままでは足がはみ出すせいか、ソファが寄せられ無理矢理に拡張されていた。

 鼻をつくのは微かな、しかし染みついた消毒液の匂い。そして血の鉄臭さと何かが焦げる煙たい香り。

 側臥位で寝かされていたドフラミンゴはゆっくりと身を起こし、ベッドの上で胡座をかく。

 

 部屋の内装は簡素。しかし、一つ一つの家具は仕立てが良く、それなりの品であることは疑いようがない。窓際の卓の下、落ちたグラスが割れてしみをつくっていること以外は整理整頓の行き届いた部屋だ。

 ベッド傍には血に汚れた薄紅のファーコートが、椅子には何故か新品のシャツとスーツがかけられていた。深い紅のそれには見覚えがある。麦わらの船に置いてきたはずの予備だ。

 

 腕を上げれば全身に鋭い痛み。胴に巻かれた包帯。背中の灼熱感。

 

 サイドテーブルに置かれたサングラスに手を伸ばし、そこで指が止まった。

 サングラスの真横、ペンダントが置かれている。その下にはメモ。筆圧の低い、這うような文字。

 

『化膿止めと痛み止めだ。飲め』

 

 水の入ったグラスと二種の錠剤瓶を見つめ、ドフラミンゴはため息をついた。

 指示通りに薬を取り出し、嚥下する。

 

「コラさん」

 

 ドフラミンゴはペンダントを握りしめ、祈るように呟いた。

 

 恩人は言っていた。

 このペンダントは故郷の、兄との思い出の品なのだと。

 

 子どもの頃、お祭りで両親に買ってもらったペンダント。兄には天道虫、妹には四葉のクローバー。どちらも幸せの象徴であるらしい。コインも同じ意味を持ち、二人の故郷では定番のお守りだと恩人は話していた。

 

 感染症の隔離対策によって孤立した二人の故郷。そこから恩人を連れだしたのは彼女の兄だ。両親はきっと病に倒れたのだろうと、当時幼かった故に記憶も朧気な彼女は苦しげに語った。

 二人の魂がどうか安らかであるようにと祈る姿を目にしたこともある。

 

 兄妹が生き別れになる直前。病による熱と痛みに魘される恩人に兄が自身のペンダントを恩人の首にかけたのだと言う。

 

『兄さまの分もやるから。お前だけは絶対に助けるから、待っててくれ』

 

 それが最後の言葉だった。

 幸せのお守りを妹に託し、兄は居なくなった。恩人は燃え落ちる廃墟から海兵に助けられ、兄は炎にまかれ死んだものとばかり思っていたそうだ。

 恩人が意識を取り戻した時には病は完治しており、知らない大人に匿われていた。後の養父である海兵は恩人から経緯を聞き、難しい顔をしていたと言う。それは恐らく、オペオペの実の在処を察したからなのだろう。

 海軍と海賊の混戦の隙を縫い悪魔の実を奪取した恩人の兄は、その力で恩人を治療したのだ。

 

 病の名は珀鉛病。

 風土性の感染症であるその病は恩人の故郷ごと根絶しており、治療法は確立されないままに終わった。

 ただ、致死率百%という恐ろしい病が自然に完治するのは不自然だ。後に兄の能力を知った恩人は、そこで初めて兄の手によって自身の命が救われたことに思い当たったと言う。

 

 だが、ここでも疑問が残る。

 

 オペオペの力は決して魔法のように病を癒すわけではない。能力は実際の医療行為を拡大解釈したものにすぎないのだ。

 名医であった父親の手解きを受けていたからと言って、当時齢十の少年が治療法の確立されていない感染症など治療できるだろうか。

 

 恩人は然程疑問に思っていなかったようだが、ドフラミンゴはずっと気になっていた。

 この件が終わったら調べよう。

 そう決めている。

 

 死の国フレバンス。

 致死性の病は裕福だった国民を混乱に陥れて暴徒を生み、彼らは周辺国を襲った。感染症に加え、巻き起こった戦火によって国民は死に絶えたと記録は語る。

 

 それならば何故、トラファルガー・ローは()()()壊そうとしているのか。

 

 感染症は誰のせいでもない。

 隔離政策を背景としているとは言え、戦火は自国民から仕掛けたもの。助けを拒まれたことについて恨むとしても、周辺国家だけならまだしも、世界全てを恨む理由にはならない。

 

 例えば、これがドフラミンゴなら理解できる。

 ドフラミンゴは結局のところ悪逆の性質を有し、それを理性で無理矢理抑えているようなものだ。一人の人間から受けた悪意を火種に世界全体へ当たり散らすことへの抵抗はない。

 

 しかし、トラファルガー・ローは違う。

 

 共に過ごした時間は短く、触れたこととて数える程。あとは資料で追い続けただけだが、違うと言い切れる。

 彼は悪であろうとしているただの人間だ。

 戦火を撒き散らして数千の人を殺し幾億の悲劇を巻き起こそうとも性根が堕ち切れていない。目的のために人を殺しても本能的に必要のない死を避けようとしている。

 今、この時もきっとそうだろう。

 

 そんな男が、関係のない世界全てを巻き込むのは不自然なのだ。

 

 ドフラミンゴとの旅路の果て、恩人はその不自然さに気付き兄を止めようとした。正確には、兄から話を聞こうとして道半ばにして命を落とした。

 

 妹の死という形で訪れた永遠の断絶。

 しかし、まだ己がいる。細い糸が、恩人の想いが、まだ繋がっている。

 

 コインと天道虫のチャーム。

 コインは富の象徴。そして、天道虫は春告げの虫なのだと言う。春と共に訪れ害虫から農作物を守る姿から、幸せの虫とも呼ばれるそうだ。

 恩人は、宝箱にドフラミンゴを押し込め、その首へペンダントをかけた。

 

『預かっておいて。私の宝物なの』

 

 愛していると囁き、蓋を閉めた彼女。その最期の微笑みをドフラミンゴは今でも思い出せる。

 

 彼女の兄は、どうだったのだろうか。

 配下によって瀕死の状態へと追いやられた妹をその手で殺した彼が見た最期は。

 想像にしかすぎない。だが、それはきっと、彼の時間を止めてしまった。

 

 だが、春と幸せの象徴全てを妹に託したその心が、彼の内にまだあるならば。

 永遠の雪の中に閉じ込められ暴虐に傾倒する男を、誰かが止めなければならない。

 それを為すは恩人に生かされ、彼女の意志を継ぐ己であるべきなのだ。

 

 ペンダントを首にかけ、シャツとスーツを羽織る。

 立ち上がって軽く身体を捻った。痛みはあるが随分ましだ。充分動ける。

 

「行くか」

 

 己に喝を入れるように小さく呟いた。

 ドンキホーテ・ドフラミンゴは己の目的のため、再び動き出す。

 

 

 

 

 能力の展開音と共に黒衣の男が現れる。

 

 男は鈍い音を立て頽れるように蹲った。

 全身の疼痛、発汗、発熱、倦怠感、眩暈と嘔気。拳を握り込んで息を止め、背中を丸めて襲いくるその全てに耐える。

 彼は這いずるようにして卓へと向かい、震える手で鎮痛剤の瓶を取り出した。

 水を入れたグラスをあおり、何とか薬を飲み下す。強力な効能が現れるのは少し先。指に力が入らず滑り落ちたグラスが床に落ち砕けた。

 呻きを押し殺し、壁に縋るようにして立ち上がった彼はよろめきながらベッドへと向かう。

 

 未だ目覚めない妹の宝。

 グローブを外し、その額に触れた。

 自身の体温が高い分ひやりとした感触。

 

「頑張れよ」

 

 囁いた男はサイドテーブルのペンダントへと視線を落とす。

 

 懐かしく、遠い思い出。

 それを侵食する白と赤の記憶。

 

 手に残る、骨の感触。

 

 

 雪。

 

 

「ここ、寒い、な」

 

 小さく呟き、自身の腕を摩る手は小刻みに震えていた。それは高熱からくる振戦だけではない。

 

 よろめき、ふらつきながら、引き摺られるようにして男は歩き出す。

 

 

 止まらない、止められない。

 壊れた歯車は回り続ける。

 

 

 その時を目指し、男は歩き続ける。

 

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