ONE PIECE novel.DD “怪盗”ドンキホーテ・ドフラミンゴ 作:ladybug
ドフラミンゴは子ども達を連れて小屋へ走った。
失われた春
降り積もる雪の中
そして、人は心の熱を知る
The fire is winter’s fruit.
頂上戦争から逃げ出した混乱の最中。
絶体絶命の海上、天から降る城壁を見たそのとき。
ドフラミンゴは不覚にも遠い過去を思い出した。
追われ逃げ回り詰られて斬りつけられ、迫る人々の手にもはや死以外の道が見えず、憎悪に染まる視界。
突如、その全てを圧し潰した白。
瓦礫の下に消えた民衆と、流れ出る血。
そして、己の横を通り抜ける黒。
自ら生み出した地獄をヒールで踏みつけ、流れる赤を共連れに男は行く。
それは、男にとって至極どうでもいい日常茶飯の殺戮だったに違いない。
散歩の途中、道を遮る不愉快な人集りを圧し潰した程度のことで、自らの行為によって助かった子供がいたことなど気付いてすらいないのだろう。
だが、ドフラミンゴは覚えている。
あの日、零れた涙の熱を。
かみさまのような背中を。
ドフラミンゴが教会へ繋がる地下通路から駆け上がった時、最初に目に入ったのは、子どもたちを必死に引き止める少年の姿だった。
どこかへ走ろうとし、あるいはその場で座り込む子どもたち。そして彼らを背に庇う少年。唇を噛み締める少年の視線の先には雪に烟る小さな小屋がある。
少年から事情を聞き、ドフラミンゴは歯噛みした。
鍵。
鍵を持っているはずの幹部が死にかけている。
このままでは。
焦燥に口を引き結び、思考を打ち消す。
違う。そうではない。
思い出せ。
目を閉じれば浮かぶ笑顔。
見守る眼差しと脇腹を小突いてくる肘、抱き止めてくれる温かな腕。
低く凪いだ声。
自身を変えろ。
世界を変える方法が破壊だけではないということを己が身で証明してみせろ。
己が進むべき道。それは決して、我欲と効率にのみ振り切った針の先にはない。
小屋にいるのは死に瀕した妹と絶望に囚われた姉。
考えるまでもない。ドンキホーテ・ドフラミンゴが為すべきことは明確だ。
死と絶望を奪う。その程度出来ずして何が怪盗か。
いの一番に目的を思い浮かべた正直すぎる自身の頭を殴りつけ、ドフラミンゴは少年を抱えた。
「止めるぞ」
「え?」
「兄弟が死にかけて自棄になってんだ。誰かが止めてやるべきじゃねェか。刺し傷ならおれでも塞げる。お前らも手伝え」
返り血か、服を汚した少女が震える声で訊ねる。
「シュガー様、助かるの……?」
「ああ、必ず助ける」
少女が走り出し、他の子どもたちも彼女を追った。ドフラミンゴもまた子どもたちと並走し、吹雪く小屋へと向かう。
雪は好きではない。あの日を思い出す。
己を包む白の外套。滴る血と溢れる涙。
動かない身体。暗く冷たい宝箱。
凪いだ声。
雪原に神はいない。
今も昔も。
だが、まだ間に合う。己がいるのだ。
あの男に与えられた能力がある。恩人の導きとあの男の教導により鍛えられた技術がある。友によって示された道が見える。
己ならやれる。
『お宝より人命』
それはハートの海賊団、最古のルール。だが己も成長した。海賊たるもの、ちまちま選ぶのではなく総取りするが王道だ。
どちらも手に入れてこその“怪盗”ドンキホーテ・ドフラミンゴなのだ。
破壊に振り切った“
運命を変えるため、今、その力を振るう。
金糸の鞭が雪雲と吹雪を打ち払った。
崩れた雪の繭の中、抱き合う姉妹の姿が見える。
衝撃と共に小屋の壁ごと雪の帷が吹き飛んだ。
目に入るのは打ち払われた雪の天蓋。
そして、差し込む陽光に解けゆく金糸の輝き。
眩しさに顔を上げれば、偉丈夫が息を切らせ立っていた。
「てめェ、何やってんだ!」
呆然とするモネを押し退け、男はシュガーの傷口を検める。よく見れば、彼は片腕に先程の少年を抱えていた。さらに、彼の後ろには逃げたはずの子どもたちが集まっている。
「傷口が凍ってるな。いける、むしろこれなら痛みもマシかもしれねェ。おい、お前ら、こいつの手足押さえてろ」
「何をするつもりなんだい」
「いいから! 時間がねェんだ!」
子どもらに指示し喚き散らすのはドンキホーテ・ドフラミンゴ。主に宣戦布告してきた謎の海賊だ。
ファミリーによれば彼もまた元構成員だと言う。今は敵であるはずの彼がシュガーを抱えて横たえた。指先から伸びる糸を見て、思わずその腕に縋りつく。
「妹に何をする気⁉︎」
「離せ、手元が狂う!」
腕を振り解かれ、よろめいたモネの目の前で糸が舞った。きらりと光る糸はシュガーの傷口へと入り込み、その動きに合わせてシュガーの身体が跳ねる。
少年少女が総出でシュガーを押さえ込むが、痙攣と痛みにのたうつ身体は固定しきれない。
「くそ、起きるとまずい……鳥女、こいつだけ眠らせることは出来るか?」
声に焦燥を滲ませながら、ドフラミンゴが問う。緻密な操作をしているのだろう、額には珠のような汗が浮かんでいた。
呆然と座り込むモネを睨みつけ、男が眉を顰める。
「聞け」
「え?」
「いいか。トラファルガーは来ない。こんな時こそ居ろって話だが、あいつだって神じゃねェんだ」
「…………」
「そもそも治療自体は能力よりもあいつ自身の努力の方がでかい。人間の努力で何とか出来ることなら、おれたちにだって出来る。一つ一つ分担すりゃいい。だから、お前も出来ることをやれ」
出来ることがあるのだろうか。
まだ、助かるのだろうか。
信じられない。神様を裏切った自分達に救いが齎されるわけがないのだ。
業を煮やしたのか、ドフラミンゴが立ち上がる。
小屋に影が差すほどに大きな背。拳を握り、男は壁を殴りつけた。音と振動に子どもらが縮み上がるのに気付き、彼は頭を抱えながらも苛々と小屋の床を蹴り付ける。
「しっかりしろ!」
声につられ、顔を上げた。毛を逆立てて怒る男の眼はサングラスに遮られて見えない。しかし、額に浮いた血管は隆起し、怒りの激しさを伝える。
「こいつはまだ生きてる! 身内のお前が諦めんじゃねェ! 海賊なら宝のために最後まで戦え!」
それでもぼんやりしたままのモネの肩を掴み、ドフラミンゴが激昂した。
「てめェはこいつの姉だろうが!」
あまりの大音声に耳鳴りが起きる。驚いた拍子にこぼれ落ちた涙が雪となって宙を舞った。
シュガーの動きが鈍る。その隙に子どもたちが互いに手を取り合い拘束を強めた。
急激に下がった室温に舌打ちをし、男がぐしゃぐしゃと髪を掻き回す。
「何でおれはコートを置いてきたんだ。寒いじゃねェか。このガキの治療だって本来は奴がやることだってのに、何でおれが」
額に青筋を立てて怒る男はそれでも手を止めずに糸を放つ。最初は何をしているのかわからなかったが、損傷部位を疑似的に作り上げ縫合しているらしい。
「くそ、それもこれもあの男が悪い。大体、トレーボルなんぞに出し抜かれてんじゃねェ! あとで殴る、絶対殴る!」
独り言にしては声量が大きく、もはやただ自身への喝を入れているようにすら見える。その姿に何故か惹きつけられ、モネは翼を広げた。
雪を呼ぶ。ドフラミンゴを避け、シュガーを子どもたちごと抱き締めた。体温を下げすぎてはまずいので翼で調整。雪を患部に押し当てる。麻酔代わりだ。
「よし、やりやすくなった。続けろ」
「ドフラミンゴ、若様と敵対するあなたがどうして助けてくれるの?」
「そりゃこいつが鍵を握ってるからだ。あと単純にチビが死ぬのは胸糞悪ィ」
頬に伝う汗を拭ってやりながら問えば、ドフラミンゴは笑みを浮かべて答える。
おかしな男だ。
主と比べれば技術は未熟。感情の波も激しい。どう考えても敵わないのに主に歯向かい、当然のように一蹴されたくせに、屈することなく再び現れた。
時を止めたような主とは真逆。
留まることなく、進み続ける熱の塊。
どこか淡い期待が滲み始め、モネはぎこちなく笑みを返した。
シュガーを刺した少女が泣きながらシュガーの腕を押さえる。その少女を他の子どもたちが支えていた。
彼らの目には複雑な感情が浮かぶ。
彼らの多くは主やファミリーの手により親族や国を亡くしている。故郷では不遇であった子どもばかりではあるが、人間の情というものは複雑だ。
どれほど痛めつけられても父母の愛情を忘れられない子どももいる。
オモチャとなった彼らは忘れられ、世界から消された。しかし、記憶は彼らの内に残り続ける。美しい記憶も、苦しい記憶も、傷も、願いも。
そして、それはオモチャとなった後も増え続け、積もり続ける。
少女とて、シュガーの全てを憎んでいたわけではないのだろう。モネの内に怒りと後悔と希望が折り重なっているように、様々な思いが子ども達を苛み、また生かしているのだ。
「シュガー様、死なないで」
少女の声は祈りの強さのあまり震えていた。
「死なせるかよ。おれも、こいつには言ってやりたいことがある」
ドフラミンゴが暗い声で呟く。彼にもまた、思うところがあるのだろう。治療を着々と進める中、数度歯を噛み締めているのが見てとれた。
仕草から伝わるのは強い怒り。その度に感情を制御するように膝を殴りつけ、彼は治療を続ける。
糸を紡ぐ。傷そのものは深いが、抵抗しなかったのか切り口は綺麗だ。ただ、位置が悪い。身体も小さいため、出血量を抑えなければ危険は増すばかり。
凍りついた傷口を真剣に検分し、脳内で工程を組み立てる。糸で血管を代用し循環を迂回させ損傷部位を独立、その間に片をつけるのだ。
間違いは許されない。痛みと失血で跳ねる小さな身体に何度も手元が狂いそうになり肝が冷える。
広げられたモネの翼が子どもたちを包み、ドフラミンゴの頬に伝う汗を拭った。顔を上げれば、戸惑いを浮かべた虚な瞳が見つめている。
笑わなければ。
苦しく耐えがたい不安の中でこそ笑うのだ。
恩人がそうしてくれたように。
ぎこちなく笑みを返してきたモネから視線を切り、再び集中する。
子どもたちが祈る。モネが祈る。
ドフラミンゴはただ手を動かし続けた。
モネたちが見守る中、ドフラミンゴが手を止めた。
糸は完全に傷を塞ぎきっている。
しかし、シュガーの痙攣は続いていた。
血を失いすぎたのだ。
ドフラミンゴが歯を噛み締める。
「くそ」
悔しさに震える声。握りしめられた拳に翼を添え、モネは言った。
「ありがとう。もう十分よ」
意識を失ったままのシュガーを抱き、頬を寄せる。能力は切った。少しでも安らかに眠れるようにと翼で包み込む。
奇跡は起こらなかった。
だが、雪の中で眠るよりきっとこの方がいい。
モネは目を伏せる。感じるのはシュガーの鼓動。今にも消えそうな儚い音。
最期まで一緒にいる。それだけが己に出来ることなのだと、モネは耳を澄ませた。
ドフラミンゴは拳を握りしめた。
噛み締めた唇に血が滲む。
モネが翼を広げた。彼女はこぼれ落ちていく命の砂を受け止めるようにシュガーを抱きしめる。
出来ることはしたのだ。だが、これ以上出来ることがない。結果、己がしたことと言えば、死に行く者に鞭を打ち、別れに僅かな猶予を与えただけ。
頭の中で誰かが囁く。
あの男ですら出来なかったことだ。出来るわけがない。世界など変えられない。
否定したくとも、目の前の現実は揺るぎなく無情を語る。何もできなかった。変えられなかった。
口を引き結び、目を閉じる。そうでもしなければ罵声が漏れてしまいそうだった。
無力感に沈み瞑目したドフラミンゴの耳に蝶番が軋む音が届いた。
『眠りの家』に続く扉が開く。
現れたのは愛くるしい小人達。
マンシェリー姫。
ドレスローザの癒し手。
姫は兵士の背から皆を見つめ、ふわりと舞い降りる。清廉な花の香りをつれ、彼女は傷付いた少女へと駆け寄った。
姫が皆を安心させるように微笑む。大きな瞳から涙が溢れ、縫い止められた傷口へと降り注いだ。
「大丈夫。まだ間に合うれすよ」
雪解けの太陽が輝く。
花開くように、祈りは届く。
まるで、夢のようだった。
花の香と共に降り立ち、小人族の姫が涙をこぼす。
反応は劇的だった。
シュガーの痙攣が止まる。青ざめていた頬に血の気がさし、閉じていた瞼がゆるりと震えた。
「おねえちゃん?」
掠れた声は、されど確かに生を感じさせるもので。
あたたかい。
生きている。
「だめ、お姉ちゃん、手が当たる」
モネは思わずシュガーをきつく抱きしめる。とめどなく溢れる涙は頬を伝いシュガーの頬をも濡らした。能力の宿る涙とは違い、何の力もないただ温かいだけの雫。それは姉妹の溝を埋めるように流れ続ける。
「危ないからだめ。離れて」
「いやよ。絶対に離さない」
裏切りなどどうでも良かった。
生きていれば、生きてくれさえすればそれでいい。全てはそれからなのだから。
崩壊した天井から降り注ぐ陽光。姉妹に降り注ぐ金色の光はあたたかく、どこまでも柔らかだった。
泣きじゃくるモネと困ったように手を宙に向けるシュガー。姉妹を見つめるドフラミンゴは複雑そうな顔で頭をかき、脱力と共に口の端を緩めた。
離れた場所で一塊になっていた少年少女へと近付き、視線を合わせしゃがみ込む。
怯えや警戒、そして威嚇。様々な反応を見せた彼らは、それでも逃げ出さず真っ直ぐに見返してきた。
ドフラミンゴもまた、意図が伝わるようサングラスを軽く浮かし目を晒す。
「安心しろ。あいつは助かった」
子どもたちは驚いたように目を見張った。そして、お互いの顔を見合わせ震えながら問う。
「シュガー様、もう大丈夫?」
「ああ。お前らもよく頑張ったな」
我慢していたのだろう。年少者が泣き出し、年長者が背を摩って支え合う。ドフラミンゴは彼らをまとめて両腕に抱き、あやすようにその背を柔く叩いた。
まったく、柄でもない。
しかし、恩人やあの男、あるいはベポ。彼らであればこうするだろう。
小人の姫と兵士がドフラミンゴを見上げ、にっこりと笑った。
「あなたがドフランドれすね?」
妙な呼び名に転びそうになったドフラミンゴの前で姫がぺこりと頭を下げる。
「ありがとうれす。助かりました。あなたのおかげで間に合ったのれす」
マンシェリー姫と兵士レオ。当初、彼らは王宮に取り残されていたのだという。そして。異変に気付いて王宮内を走り、囚われのトラファルガーを見つけた。
黒衣の男は既に目を覚ましており、助け出そうとした二人を制してシュガーの救出を願ったそうだ。
「自分は大丈夫だから、あの子を助けてほしいと言っていたのれすよ」
シュガーの能力。ドフラミンゴはその全容を把握していない。それでも、記憶操作をしたのが彼女だということは理解している。
海楼石に繋がれ能力も覇気も封じられた中、トラファルガーは彼女の異変に気付いた。つまりそれは彼もまた記憶を奪われたと言うことだ。
それでも、シュガーの身を案じたということなのだ。
どことなく感じる敗北感。ため息を吐いたドフラミンゴを見上げ不思議そうにしていたレオが、思い出したように感嘆の声を上げる。
「彼女の傷、丁寧に縫われていたれす。あれはドフランドが? すごい技術れす!」
「ん? あァ、それほどでもねェさ」
「誰に教わったのれす? きっとたくさん練習したのれしょう?」
「……ノーコメントだ」
これが他の技術であれば鼻も高々ご機嫌にふんぞり返っているところなのだが、いかんせん縫合については経緯が複雑である。
口をへの字にして座り込んだドフラミンゴの膝に乗り、マンシェリー姫が優しく微笑んだ。
「皆が頑張ってくれたから、私たちも間に合いました。信じる者こそ救われる、なのれす」
「まァ、確かに。頑張ったな」
「そうなのれす。偉いのれす」
わざわざ肩までよじ登り、頭を撫でてくれる小人の姫。されるがままに髪をいじられながら、ドフラミンゴは口元を緩める。
そうだ。
頑張った。
神などいなくとも、伝え継いだ人の技術と信じ願う心が命を繋いだのだ。
姉妹は生き残り、雪解けは訪れた。涙は血と悔恨を洗い流し、凍りついた時を解かし動かしていく。
無意識に胸元のペンダントを握りしめた。二枚のコインとクローバー、そして天道虫。春告げの虫は未だ本来の持ち主の元へと戻らず、寂しげに揺れている。
「いい加減、返してやらねェとな」
幸せを託された。
はっきりと言葉にして聞いたわけではない。それでも、恩人ならきっと兄が雪の中に取り残されることなど望まないはず。
一時のこととはいえ記憶を奪われただろうトラファルガー。思い出すのは、トレーボルの関与について問いただした際、僅かに引き攣った瞼。
妹を手にかけ、雪原に一人取り残されたままの男。
ドフラミンゴは目を伏せ、訊ねる。
「なァ、お姫様。あいつはどうしてた? 起きてたってんなら焦ってはなかったのか? あと、辛そう……だったとか」
「ロー先生れすか? 『久しぶりによく寝た』と言ってたれすよ。鍵は誰かが持ってきてくれるだろうから少し休憩するって」
「…………」
「あ。ピンクの服、モフモフしてたれす」
「モフモフ」
「モフモフれす」
さすがに苛ついた。
人の善意を弄ぶとはどういう了見なのだろうか。いや、海賊なので普通といえば普通なのだが。トラファルガーのくせに。
心中で悪態を吐き、その勢いのまま立ち上がる。転がり落ちそうになったマンシェリー姫を手に乗せ、レオの傍に下ろすことも忘れない。
ちなみにハートの海賊団のルールには『女の子には優しく』『女の子を誑かさない』という意味不明な条項がある。前者を守ると後者に抵触したと判定が下り、シャチに尻を蹴られるという理不尽極まりないルールだ。
一塊になって泣いたり笑ったりしている子どもらの姿を眺め、何となくクルーを思い出すドフラミンゴである。
何にせよ、鍵の手がかりは繋がった。鍵を手に入れればあとは向かうばかり。
トラファルガーは何食わぬ顔で、何なら優雅に足でも組んで玉座にて待っていることだろう。さっさと解放して、その横っ面を張り倒さないことには収まりがつかない。
加えて言えば、早急にファーコートを取り戻したいところである。扱いが難しい素材なのだ。
各地の戦局は今や佳境に入りつつある。
誠に遺憾ながら、ここまでは振り回されてばかりだった。今度はこちらが振り回す番ではないだろうか。
思考も疲労もひと心地ついたところで、耳慣れた生物の鳴き声が響く。
電伝虫だ。
連絡のつかなかった幼馴染からの連絡だと気付き、ドフラミンゴは慌てて応答した。
「ベビー5! 無事か?」
『え? ええ、無事、無事だわ、多分。ある意味無事ではなくて、そう、元気よ』
「はっきりしねェな。どうした」
向こうでは何やら歓声と野次が飛んでいる。さらに言えば、ベビー5の声から感じるのは、不安や焦燥というより喜びに近かった。
場違いな声音に困惑していると、ベビー5が一気に捲し立て始める。
『ええと、あのね、聞いてほしいことがあるの。突然で悪いとは思ってるのよ? だけど、だからっていきなりファミリーの皆とか若様にお話しするのはハードルが高くて』
「何だ、藪から棒に」
『あの、私、婚約したのだけど』
「……かける番号間違えてんじゃねェか?」
思ったよりも冷めた声が出た。
婚約?
この混乱の最中で?
電伝虫の向こう側では、ベビー5が憤慨しながら照れるという訳のわからない反応を繰り広げている。
そもそも彼女の性格からしてまた妙な男を拾ったに違いない。ただ、それにしては漏れ聞こえる周囲の反応が好意的にすぎるようにも思えた。
眉間に皺を寄せながらベビー5の懊悩とのろけを聞き流す。そばではマンシェリー姫とレオが満面の笑みを浮かべ、結婚式のお祝いをどうするか話し始めており、あまりの絵面に拍子抜けしてしまった。
手のつけられない混沌も、蓋を開ければこの通り。
姉妹は生き残り、婚約騒ぎで町は大賑わいだ。
警戒するのも馬鹿らしくなり、ドフラミンゴは口の端を吊り上げる。
残雪は溶けた。
変革の嵐はすぐそこだ。