ONE PIECE novel.DD “怪盗”ドンキホーテ・ドフラミンゴ   作:ladybug

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 ベビー5は自身に向けて引き金を引いた。
 そのはずだった。


 私は歩く
 私のために、あなたと



一輪花

 

 

 ある者は信念を。

 ある者は忠誠を。

 ある者は願いを。

 

 それぞれに思いを掲げ、ドレスローザ各地で繰り広げられてきた戦いにも終わりの兆しが見え始めた。

 

 人も心も王宮へと流れる濁流の中、一人取り残された人間がいる。

 彼女の名は……否、今の彼女が抱く名はベビー5。トラファルガー・ロー率いるファミリーで育った悪の華だ。

 主に捨てられたならば花は枯れゆくしかない。心の根を断たれた一輪花は今、自らの首を落とさんとこめかみに銃口を当てた。

 

「よせってんだ、バカ女!」

 

 なんだろうか。誰かが叫んでいる。争っている声すら聞こえる。

 ベビー5は目を閉じた。

 なんでもいい。誰が相手であっても、この身が役に立つならそれでいい。

 あとは引き金を引くだけ。

 身体を武器に変えられる能力は主から賜った宝物。良かった。どんな時でも迷いなくこの命を使い潰せる。

 

 ぼんやりとした意識のまま引き金を引いたベビー5は、次の瞬間、地面に倒れ伏していた。

 

 死んでいない。

 なぜ?

 

 疑問に占められた意識がゆっくりと回り始める。

 頬が痛い。だが、これは銃弾を受けた痛みなどではない。もっと別の、熱い何か。

 遅れて気付いた。

 頰を張られたのだ。

 死ねと言ってくれた、敵に。

 

 なぜ。

 なぜ、とめられた?

 あとは死ぬだけだったのに。

 あなたが望んでくれたのに。

 

 何もかもが理解できず、ベビー5は痛む右頬に指を這わせた。

 倒れたまま動けないベビー5の頭上で激しく争う声がする。

 

「一時の情に流されるとは何事だ! 棟梁ならばもっと冷酷であれ!」

「てめェは黙ってろ! いつまでも師匠面するんじゃねェ!」

 

 なんとか身体を起こして目に入ったのは、ベビー5を庇い立つ大きな背中。先程まで敵だったはずの男。ベビー5に死を願い、役目をくれた彼。

 

「どうして……?」

 

 呆然と呟く声は争う二人に届かない。

 敵であるはずのベビー5を庇ったサイに激怒し、古豪チンジャオが雄叫びを上げた。

 

「サイ、“八宝水軍”の恥晒しが! 敵諸共カチ割ってくれるわ!」

「黙れ、ジジイ! これはおれの問題だ!」

「問答無用! “錐龍錐釘(きりゅうきりくぎ)”!!」

 

 チンジャオの頭部が黒く染まる。超高度まで飛躍し襲来するその身体はまさに錐。龍をも打ちすえ大地を叩き割る一撃。

 思わず身を竦めるベビー5、その視界が黒く翳った。

 しかし、それは恐れや迷いの闇ではなく、迎え撃つ覚悟の黒だ。

 脚を高く掲げ、サイが怒鳴る。

 

「たとえ師匠だろうが、立ち入ることは許さねェ!」

 

 鍛え抜かれた技と身体、そして迸る激情が、偉大なる先代の技を受け止める。

 激突する二者の技。あまりの威力に撓む空間、吹き荒れる風。

 全てを薙ぎ倒す嵐の中でだだ一本、折れぬ男が目を見開いた。

 

「“武脚跟(ブジャオゲン)”!!」

 

 猛りと共に振り下ろされた脚が唸る。

 轟音が響き、チンジャオの頭が地面へと叩きつけられた。

 

「どうして……?」

 

 訳がわからない。

 命を使うことすら阻まれ、さらには敵のはずのサイに守られた。

 ついでに言えば、身を挺して守ってくれたサイはベビー5を放置して、自ら打ち倒したチンジャオへ向かって駆けていく。

 チンジャオにいたってはもう完全に意味不明で、自身の頭をへし折ったサイを強く抱きしめ男泣きしていた。

 何やら秘伝の技の伝承がついに成されたとかなんとか。全く意味がわからない。

 

「なんなの? なにが、なんだか……」

 

 呆然と呟いたベビー5の耳が微かな音を拾う。否、微かだと思っていたのはベビー5だけで、意識が明瞭になるほどにその音は大きくなっていた。

 

『────不安だよね──……私も怖いよ。これからどうなるか──…』

『怖がって何になるの──』

『──…信じて、自分にできること』

 

 それはドレスローザ全土放送の音。聞き慣れた声。市井に下った王族の娘と、デリンジャーの声だった。

 

『大体、あんたらいつも若様に頼ってばかりで恥ずかしくないわけ⁉︎ ダサいんですけど‼︎』

『頼りにしてたのその通りだけど、ひどい言い方しないでよ。悪口は駄目なんだから』

 

 こちらも何か言い争っているようでまとまりがない。だが、少年少女の声には芯があり、確かに進む先を照らす光をたたえている。

 

『ぼくらの若様であってあんたらの若様じゃないんだけど‼︎』

 

 真っ直ぐな言葉。主を敬愛するデリンジャーらしくもあり、憧れのままに主を追いかけ続けていた彼らしくないような、私情と光あふれる言葉。

 

 そんな場合でもあるまいに、あの子は。

 

 思わず笑ってしまったベビー5を見下ろし、サイがぼやいた。

 

「そんな顔も出来るんじゃねェか」

「え、どんな顔なのかしら。あなたの好きな顔だといいのだけど」

「またそれか。でもまァ、さっきのツラに比べりゃ断然良い」

 

 わけもわからず頬を染めるベビー5を見つめ、サイが口を開いたその時、ラオG渾身の雄叫びが轟く。

 

「わしは認めん、認めんぞ! ベビー5はファミリーの子、余所者の若猿なんぞにくれてやるものかァ!」

「おれはまだ何も言ってねェやい。ただ、こいつが」

「やはりィ! 貴様もそうか! ベビー5を誑かしおって……必要とされるだけで命をも捨てる、これほど便利な女は他にいまいからな!」

 

 便利。そう言われて唇を噛んだ。

 必要とされたから命を捨てようとした、それは間違いない。

 しかし、その前に、主の役に立てず捨てられたという思いがあった。

 デリンジャーと共に学んだ命の使い方を、ベビー5はまだ上手く理解できずにいる。それでも、先程の自分は間違っていると分かっていた。分かっているからこそ痛みは増す。

 

 いっそ、便利な女になれれば良かった。望み傷付く心などない方が、きっと。

 だが、主が求めたのはただ平伏して仕える道具ではなく、自ら考え生きる人間。

 

 

 苦しい。

 どちらにもなれない自分が。

 

 悔しい。

 捨てられたからと諦めた自分が。

 

 

 潤んだ視界の端、不快げに眉を上げたサイと慌てふためくラオGが映る。

 

「泣いてくれるな、ベビー5。お前の好いた男を認められず悪いとは思っている。しかし、これまで百発百中でクズ男を拾ってきたお前を信じることGA出来んのじゃあ……の『G』ィ……」

「謝るべき点はそこじゃねェだろう。ほら、お前も泣いてねェで──……百発百中⁉︎」

「どうせ貴様もこの娘を便利に使うクズなのじゃろう⁉︎ 許せん! ファミリーの子は若の子同然! 即ち我らの宝!」

「なんだそういう意味か、よかっ……じゃないやい! 待て、勝手に話を進めるな! 何も奪おうって話はしてねェって」

「たとえ若GAわしらを切り捨てようと! 横から奪うことなどまかりならん、の『G』‼︎」

 

 筋肉を極大に膨らませ、サイに突進を仕掛けるラオG。翁の蹴り付けた大地が割れ、ベビー5が膝をつく。それを見たサイの額に青筋が浮いた。

 

「宝なら! 傷付けるんじゃねェ‼︎」

 

 薙刀を軸にサイが跳躍。天光を背に四肢が回転し、黒く染まった武脚が空を割るが如く降り下ろされる。

 

「“錐龍錐釘(きりゅうきりくぎ)”‼︎」

 

 奥義が炸裂。必滅の踵を脳天に喰らったラオGが地を陥没させて沈み、それでも殺しきれない衝撃が大地を裂いた。

 

「────若、ベビー5……すまぬ」

 

 無念の情を吐き大地の裂け目へと落ちて行くラオGに慌てて手を伸ばす。しかし、指先すらも届かない。青褪めるベビー5の目の前でサイが裂け目へと身を投じる。

 暫くして危なげなくよじ登ってきた彼は、小脇に翁を抱えていた。

 

「まったく、世話の焼ける」

「ラオG!」

 

 駆け寄れば、ラオGは皺の寄った顔をさらに歪める。気を失ってはいるが命に別状はない様子だ。

 手を握った。硬い拳は温かく、過去惑う度に引き戻してくれた感触を思い出す。

 

「ありがとう」

「あァ?」

「ラオGを助けてくれてありがとう」

「よせやい。敵に礼なんざ」

 

 軽く手を振って応じたサイ。彼は一つ息を吐くとベビー5へと向き直った。

 

「さて、女。おれが勝ったからには、宝はいただいていく」

「宝……?」

「お前のことだ。お前を妻に貰う」

 

 男の目がベビー5を真っ直ぐに見つめる。言われている意味が一欠片も頭に入ってこない

 

 妻?

 宝?

 役立たずの自分が?

 

 そんなはずがないと否定する一方で頬が赤く染まっていく。

 

「だが、事は婚姻。一生もんの契りだ。イエがごたついてる時に掻っ攫ったんじゃあケチが付く」

「こ、こんいん……」

「そう、おれはお前を妻に貰う。その意思はもう示した」

 

 サイはそう言って、後ろに控えどしりと構える先代棟梁を指し示した。

 そこには泰然とした先代棟梁──いや、よく見れば、チンジャオはまだ泣いている。敵諸共自らの孫を葬り去ろうとした苛烈さはどこへやら、滂沱の涙に溺れたまま、満足そうに何度も頷いていた。

 やや引き気味の顔を隠すように咳払いを落とし、サイが仕切り直す。

 

「ともかく、おれはおれの家族に意思を示した。女、今度はお前の番だ」

「私の? どういうこと?」

「『若様』ってのがお前の親代わりなんだろう」

「────え⁉︎ わわわ私と若様が親子⁉︎ そんな畏れ多い!」

 

 慌てふためきながらも、王宮のある上段へと視線を向ける。

 

 未だ続く戦闘。嵐の中心にあるはずのそこは不自然な沈黙を保っていた。また、先程全島に響き渡ったデリンジャーの言葉からして主は今自由に身動きが取れない状態なのかもしれない。

 

 主は助けを求めるような人ではない。

 

 

 だが、いいのだろうか。

 求められずとも、彼の為に走っても。

 

 そう願う自分の為に、走っても。

 

 

 ひりりと痛む頬へと指を伸ばす。

 

 何かに惑う時、ベビー5は決まって頬に手を当てた。そこに触れれば、母と主が思い出されるからだ。

 

 冷たい手の温もりと優しい嘘。これまではその記憶さえあれば生きていられた。

 今、指に感じるのは導きに重なり宿る新たな熱。

 

「どうもお前ら家族は、話を聞かねェ上にすれ違ってるように思えてならねェ。しっかり腰据えて親子喧嘩してこいやい。結婚はそれからだ」

 

 ベビー5の変化に気付いたのだろう。サイが笑みを浮かべ、腕を組んだ。

 

「まァ、今から行ってもらっちゃ麦わら達の邪魔になる。しばらくはおれのそばにいろやい」

「あなたのそばにいていいの? うれし……いえ、でも、私は若様に会いに行かなくちゃ」

「カッカッカ! なら、止めさせてもらう。妻候補だからって容赦はしねェぞ」

「妻候補! う、だめよ、いけないわ、私にはすべきことが」

 

 求められる喜びという生存本能、自ら動こうという新たな思い。板挟みになって身悶えるベビー5の側で朦朧としたままのラオGが唸った。

 

「うう、どこの馬の骨とも知れん若猿GA、嫁にはやらんぞ……の『G』ィ……」

「ふん。馬だの猿だの、好きに呼ばれるのもすわりが悪ィ。おれは“八宝水軍”第十三代棟梁、サイ」

 

 “八衝拳”奥義の伝承を以て名実共に棟梁となった男、サイ。

 漲る力を示すがごとく手にした薙刀の石突で地を穿ち、男は立つ。

 

「『首領(ドン)』と呼べやい」

 

 見栄を切って見せた彼に熱視線を送るベビー5と魘されるラオG。そばでは好々爺然とした笑みを浮かべるチンジャオが何度も頷いていた。

 

 刹那。

 そこはかとなくうまくまとまったかのような空気が漂うそこを、一迅の風が駆け抜ける。

 

 風の向かうは王宮。主の座す場所。

 

「────ミンク族?」

「まっ、待て! ここは通さねェぞ!」

 

 叫ぶサイに構わず突っ走るミンク族の海兵は、さらに上段へと駆け上り混沌を生み出した。

 

「ぬあ⁉︎ どこの誰だべ危ないべ! “バーリア”‼︎」

「爆風を背に戦場を駆けるとかちょっと格好良いじゃないか! おのれ海兵、ぼくより目立つなァ!」

「お前は確か若の護送官、何故ここに!」

 

 口々に叫ぶ猛者共の声が爆発音によって掻き消える。爆風から庇うように皆の前に出た未来の夫の背にときめきを覚えつつ、ベビー5は上段を見上げた。

 最後の声には聞き覚えがある、というより間違いなくグラディウスだ。爆発の規模から言って中々の大技を仕込んでいたのだろうに、駆け抜ける海兵によって全てを無に帰されたらしい。

 

 

 何にせよ、戦況は佳境。歓声や悲鳴の渦がドレスローザ全土で巻き起こり、駆け巡る情報など我関せずと人は征く。

 

 

「海賊がなんぼのもんじゃあ! 海は船乗り、こちとら生まれてこの方波に揉まれとるんじゃ! トラ坊には負けてられん!」

「先生の言った通りだ……声が()()()()、聞こえるぞ! 待ってろ、今助ける!」

「あらやだ、ロー先生に教わった護身術すごいわ。本当に動きがゆっくり()()()じゃない」

「子ども達に手を出してごらんなさい。悔い改めるまでおしりぺんぺんですよ!」

 

 少年少女の声が呼び覚ましたドレスローザの風。近年みられない規模で海賊同士の衝突があったにも関わらず、一人として死者はいない。怯えるどころか、むしろ士気は鰻登りの国民達である。

 

 自ら突き進んで海賊を捕らえるわけではない。隙あらば貶めようとしてくる賞金稼ぎを懲らしめるでもない。

 ただ、自らとその友を守るためだけに奮われる拳にもはや迷いはなく、相手方が怖気付くものだから、結果的に防衛の戦線が迫り上がっていた。

 

 歓声のうねりは広がり、そして、悲鳴を塗り替えていく。

 

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