ONE PIECE novel.DD “怪盗”ドンキホーテ・ドフラミンゴ   作:ladybug

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 ピーカは苛立ち、辺りを見回した。


 面影は唄わず、聞く耳持たぬ者に歌など届かない
 ならば、いっそ叫ぼうか
 お前の認めた声で一切合切ぶちまけよう

 つべこべ言わず
 兄貴分の言うことを聞け!




歌うは今ここに生ける者

 

 

 静まり返る広場の中心。

 ただ首を垂れる男がいる。

 

 幼い頃から共に過ごした年上の弟分。今や世界最強と謳われる怪物とも渡り合えるまでに強くなった主。その男が見せる弱さに拳が震えた。

 

 何故、謙る。何故、俯く。

 何故、戦わない。トラファルガー・ローともあろうものが、何故。

 

 何が審問だ。信じることなど出来もしない弱者共が。そう思い、苛立ちに奥歯を軋ませるピーカの横で声が上がった。

 

「おい、国王陛下よォ。我が主は良い子ちゃんなもんでな、そろそろおねむの時間だ。船に帰らせちゃくれねェか」

 

 半笑いで横槍を入れたのはディアマンテ。常は中身のない謙遜から入る男がみせたのは戦闘態勢に近い警戒だった。

 そこで初めて気付く。

 

 ここは一種の戦場なのだ。

 

 ならば遠慮は無用だ。立ち上がり、反応が遅れた主を肩に担ぎ上げる。それと同時に逃げられぬよう、ディアマンテがローの両手を掴んで能力を封じた。

 

「降ろせ。審問はまだ終わってねェ」

「これ以上何を答えることがある。おれ達は海賊だ。何を答え何を示そうが疑われ続けるのが関の山。キリがない」

「だとしてもだ。挨拶くらい」

「駄目だ。どうしてもというならここからにしろ。分かってるとは思うが、別れの挨拶だぞ。用事は済んだ。この国に関わる必要はない。お前の望みはおれ達が叶える」

 

 演技か、或いは本当に本調子でないのか。ローの反論には力が入っていない。それすらも腹立たしく思い畳み掛ける。

 一瞬の沈黙の後、肩に担いだ身体から力が抜けた。

 承諾の意志と受け取り、ローが正面を向けるよう王に背中を向ける。

 一通りの謝罪と感謝に美辞麗句を添える主。肩上からの挨拶など不敬極まりないはずだが、絵面が妙に間抜けなためか批判の声はない。

 

「明朝には船を出します。ですが、もし、私共と関わったことで不利益が────」

「じゃあな。御前失礼」

 

 さらに言葉を継ごうとする主の口を手で塞ぎ、ディアマンテが慇懃無礼に腰を折る。反応を待たず踵を返す剣士の背にピーカも続いた。

 長躯の剣士と巨躯の闘士、見上げるほどの体躯を誇る二人が歩めば自然と人垣は割れる。

 

「待ってくれ」

 

 細波のようなざわめきの中、呼び止める声があった。ドレスローザ国王だ。

 従う理由もないため歩を進める。すると、今度はローに腕を叩かれた。無視することも出来るが、まず間違いなくヒールの爪先で胸を抉られるだろう。ため息を一つ落とし、足を止める。

 ローは小さな声で礼を言い、ピーカの肩から飛び降りた。

 来た道を駆け戻るその背中を見送り鼻を鳴らす。

 

「全く、仕様のない」

「まァそうカッカしなさんな。おれ達はただの護衛なんだ。最終決定はローに従う。いつものことじゃねェか。慣れたもんだろ?」

 

 笑うディアマンテは警戒を解かず、国王とその周辺を見つめていた。否、これは警戒ではない。威嚇だ。

 辺りを見れば、如何にも荒くれ者然とした海賊二名を避けるように人の波は割れたまま。これ幸いと小声で尋ねる。

 

「この国の兵の練度で気を張る必要があるとは思えねェ。何を警戒している」

「兵隊共はいい。問題は王だ」

「王だと? 尚更分からねェ。弱者だ」

「勿論、おれ達にとっちゃ食いでがねェ上に何の価値もねェ雑魚だ。だが、ロー、あいつにとっては」

 

 その時、突然、ローが振り返った。

 

 何を咎めるでもなく怒るでもなく、言葉すらない。二人を見つめる金の眼がただゆるりと瞬く。

 

 沈黙の後、肩を竦めたディアマンテが両手を挙げ、口を閉じた。その様を確認し、主は再び国王へと向き直る。

 

「……今のは何だ?」

「図星なんだろ」

「何がだ」

 

 問いかけに返答はなく、含み笑いだけが返ってきた。睨みつければ、剣士は大仰に肩を竦め、そのくせ頑として応えない。

 

「お前もごちゃごちゃ考えず素直に動きゃいいのよ。おれ達がどう考えて何をしようが、あいつは好きにやるんだから」

 

 したり顔で言われ、眉根を寄せる。

 確かに己はトレーボルのように悪知恵が働くわけでもなく、ディアマンテのように戦闘の勘に秀でているわけでもなく、ヴェルゴのようにローの心を悉に感じ取れるわけでもない。だからこそ、考えなしに動いてローを邪魔することだけは避けたいと思うのは間違っているのだろうか。

 そもそもだ。

 ディアマンテはローが()()()やっていると言うが、ピーカから見たローは常に苦しげである。少なくとも楽しそうではない。やりようなど幾らでもある中で不向きな方法を選んでいるのは、つまり────

 

「こんな国、ローには相応しくない」

「ピーカ、お前って奴は意外に……」

 

 思わず溢れた呟き。ディアマンテが生暖かい目で見てくるが知ったことではない。

 話がまとまったのか、深く首を垂れる主。その背中を見つめ、ピーカは呟く。

 

「気に入らねェ」

 

 後から思うに、この時、心のままに暴れていればよかったのかも知れない。或いは、即刻船を出すよう説得を試みてもよかっただろうか。

 

 過去のあれこれに『もし』は通用しない。それを理解した上で、ピーカは気付いている。

 

 何故、頼ってくれないのか。

 そう尋ねたかった自分に。

 

 どちらにせよ後悔は先に立たず。審問は無事に終わり、果たしてドレスローザはトラファルガー・ローを受け入れた。

 

 あれから十年。世界の様相は随分変わり、計画も最終段階に入ったとローは言う。だが、その先に何があるのだろうか。肝心なことを聞かぬまま、ただ共に歩んできた。

 いつの時代も変わらず、今この瞬間にだけ、そして生ける者にだけ問いただす資格がある。

 だが、その時を見極めることが出来ず、ピーカは歩み続けていた。

 

 

 

 

 

 斬撃を掻い潜り、石の中に潜る。

 巨像は麦わらが通過した時点で放棄。若武者と適当に打ち合った後は高台そのものを鎧として動き続けていた。目的は撹乱と状況の把握だ。

 王宮へ向かおうとする者の足下を狙い石の槍を打ち立て、ピーカは島全土へと意識を広げた。

 

 ローの指示が途絶えたことでファミリーは散り散りになっている。既に大方の勝敗は決しており、ある程度は予測通りの結末を迎えていた。

 意外なのはジョーラくらいか。能力を駆使し自身を囮に敵を誘導している。背後に迫るのはローの失脚を狙い侵入したサイファーポール、向かう先は海軍と革命軍が衝突する港だ。三勢力を衝突させ撹乱しようとしているのだろう。姿を隠したトレーボルがこれを援護する。

 

 ドレスローザ自衛軍はというと存外奮闘していた。戦況が覆されそうな箇所にはデリンジャーが飛び込んで援護。状況が好転したとみるや否や叱咤激励を飛ばし次の場所に駆けていく。

 さらに、別の場所では国王の孫娘が舞うように猛攻を回避し、避難が遅れ戦闘区域に取り残された人々の下に到達。声を上げて自衛軍を呼び、突破口を作っていた。

 

 そして、島全土に響くは国王の声。

 落ち着いたその声は避難を呼び掛け続ける。

 十年前と違うのはその目的。互いを守り、助け合い、人の在り方を証明せよと声は語るのだ。

 

 国民に覇気使いが増えていることは気付いていた。何せ他でもないローが指導者なのだから、その程度は当たり前だ。

 しかし、それでも弱者に毛が生えた程度。侵略者を前にして『人の在り方』などとは勘違いも甚だしい。

 

 騒動の中心であるローはぼんやりと謁見室の窓辺に腰掛けている。眠たげに瞬きを繰り返す金の瞳がふとピーカに向けられた。

 真っ直ぐにピーカを見つめ、その唇を動かす。

 

『どうした?』

 

 何でもないと身振りで伝えれば、ローは小さく首を傾げ再び町を眺め始めた。

 

 濃く影を落とす隈、遠くを眺める眼差し。滲み出る威圧感を除けばローの様子は普段と変わらない。方針に変更はないのだろう。

 ならばと、王宮に抜けようとする闖入者へと石の槍を放つ。同時に背後から駆ける気配。再び大地へと身を隠せば斬撃が空を裂いた。

 

 ロロノア・ゾロ。船長と共に最悪の世代に名を連ねる実力は伊達ではない。しかし、斬撃を飛ばした後はこちらを見失って崖の逆端へと走っていく。距離が開くと何故か全く別の方向へと駆けていくのだ。挙動に予測が立たず誘導が面倒で仕方ない。

 

「ロロノア、お前は何のために戦う?」

「あァ⁉︎ そっちか!」

 

 またもや見当違いの方向に走り出した若武者。そのまま地下に続く道に爆走されてはジョーラ達とかち合うため、仕方なく話しかけた。

 

「いい加減にしろよ、てめェ! ちょこまか逃げやがって戦う気はあんのか⁉︎」

「答えろ。お前は何の為に戦う」

「ここを任せろと言ったからだ!」

 

 息を切らせ走りながら言い切る若武者に迷いはない。各個戦力を留めることで己が船長が動きやすいようにしているわけだ。納得する一方で、意味がないとも思う。

 ローは強い。能力の練度は最早理不尽な域。当然のように覇気も鍛え続けてきた。

 この若き武人は知っているのだろうか。トラファルガー・ローの強さを。それでもなお立ち向かおうとしているのだろうか。

 

「ローを知っているか?」

「あァ⁉︎ なんだって⁉︎」

「お前程の実力者なら分かるだろう。逆らうことの無益さ、お前の信じる船長の力が及ばぬことも。勝ち目はないぞ」

「勝ち筋なんざ聞いちゃいねェが、うちの船長がやるってんだ。奇跡や運任せってわけじゃねェ、決定事項なんだよ!」

 

 二振りの刀を交差させ突進してくる若武者。攻撃の精度はこの戦いの中においても徐々に上がっていた。一分の隙もない構えと絶対的な信頼、玉鋼の如く鍛え上げられた精神の為せる技だ。

 

 少し、揺さぶるべきか。

 そう考え、背後から石の顔を出す。

 

「おれの捕捉範囲は島全土に及ぶ。ところで、王城跡にはお前の仲間がいるな。仲間を噛み砕いてやってもいいんだぞ」

「は、でけェ面なだけあって口もでけェな。生憎とてめェにやられるような仲間はいねェんだよ」

 

 剣士に動揺はなく、出現させた顔に縦一閃、斬撃を喰らった。問題ない。左右に割れた石の頭の片方を放棄し、揺さぶりを続ける。

 

「お前の船長は何度も王宮に向かって行くが、その度に追い返されている。考えのねェ船長を持つと苦労するな」

「自己紹介ご苦労。てめェこそ迷いが見えるぞデカブツ」

 

 剣戟の合間、隻眼で睨め付けてくる剣士。やはり感情に揺れがない。何を言っても通らないと判断し切り上げる。

 

 ピーカが立ち止まり姿を現せば、剣士は隻眼を歪めてにやりと笑った。

 

「かくれんぼは終いか?」

「鬼が鈍間で終わりがみえないからな。息が上がってるが大事はないか? 船に帰ってもいいんだぞ」

「気遣いはありがてェが、てめェが逃げ回ってくれたおかげで身体も温まったところだ。たまにゃ陸での走り込みも悪かねェもんだな」

「強がるな。この身が陸にある限り大地はお前の敵。お前の足を噛み砕き死角から背を貫くことも容易い」

「死角だ? そんなもん、とっくの昔に捨ててきた」

 

 敵として聞いても気持ちのいい啖呵だ。実際、間違いなく強者であり、言動に筋が一本通っている。

 だが、気に入らない。まずもって、ローを下せるという舐めた思想が許せない。

 若武者は無言で睥睨するピーカを見上げた。

 

「さっき、てめェのとこの船長を知ってるかと聞いたよな」

「そうだ。それでもなお歯向かうならば、相当の愚か者だろうからな」

「直接は知らねェ。だが、話には聞いてる。うちの船長の命の恩人、人心掌握の達人、宗教家、剣士ならぬ妖刀の使い手、世界最強と渡り合う実力者、大悪党、やたらと注射打ってくる嫌な奴」

「……最後のは何だ?」

「修行先でちょっとな。医者同士の取引が云々言ってたが忘れちまった。何にせよ、今は関係ない。おれの相手はお前だ」

 

 本気で記憶が曖昧なのか、武人は真顔で答えた。

 

 ローが麦わらを気にかけているため、その周辺人物の情報も耳に入る。修行先とはここ二年の潜伏先、大剣豪の縄張りだろう。剣豪本人とは過去ワインを卸した程度の付き合いしかない。そうなると、ロロノアと同時期に転がり込んでいた娘の線か。

 思い当たる情報に顔を顰めた。ゲッコー・モリア率いる海賊団、その船医。ローは技術を求め、彼に接触していた時期がある。求めたのは死者を扱う知識だ。

 尤も、ローは死者を動かそうとしたわけではなく、保存しようとしただけなのだが。

 

「浮かねェ顔だな」

 

 首を傾げた剣士を無視。再び地に潜れば怒声が響いた。当然の反応だ。しかし、今はこの剣士をこの地に留めおくことが使命。倒す必要もなければ、無理に突っ込んで不利になる方が問題である。

 辺りを見回したロロノアが再び崖の逆端へと走り始める。

 

 丁度いい。

 

 ひとまず剣士を無視し、目指すはディアマンテの去った高台四段目。人が密集しているため状況の読みにくいそこに顔を出した。どうやら、ローの下に向かおうという不届者はいないようだ。

 目に映る民衆の表情は穏やかで、採れたての野菜を運んでいるかのように生き生きとしている。実際運んでいるのは他人の下半身なのだが。

 唯一剣を構えたキュロスですら、ピーカを見上げる目に敵意が浮かんでいない。

 

 思わず呟いた。

 

「……おかしな奴らだ」

 

 ため息を吐き、問う。

 

「聞くが、お前達にとってこの国は何だ?」

 

 困惑に口を引き結んだキュロスを見下ろし、ピーカは続けた。

 

「外の力を借りなきゃ生き延びられねェ。覇気を身につけたところで、王も民も揃いも揃って弱者だ。生っちょろい信念を掲げて、このまま生き抜くことが出来ると本当に思っているのか?」

「当然だ」

 

 相当な侮辱を受けたにも関わらず、コロシアムの英雄は平然と頷く。

 

「リク王家とドレスローザが受け継いできた平和の真意。それは荒れたこの世界にあってこそ必ず受け継ぐべきもの」

「答えになってねェ」

「いいや。私達は信じている。平和を、人の道を守り続けるという意志。それこそがこの時代を生き抜く核だ」

 

 馬鹿馬鹿しい。信じ願うだけで生存できるはずもないというのに、意志こそが核だなどと。

 鼻で笑うピーカを見上げ、キュロスが続けた。

 

「キミの主も言っていただろう。『覇気だけが全てを凌駕する』……つまり意志こそが肝要だと。逆に、意志が揺らげば崩れるのは容易い」

「それはそう言う意味じゃねェ上に受け売りだ」

「だが、真理だ。私達は信じ示すだけ。そして、その方法はキミの主が教えてくれた。守るための意志の表し方を」

「………」

「ドレスローザを……世界をどう思うか。キミが尋ねるべき相手は私達ではない。違うか?」

 

 真っ直ぐに見上げてくる戦士。彼に寄り添い立つ女と目が合った。元王族の弱者はふわりと笑む。非力な女はずの女の笑みは、深く根を張る花のように強い。

 

「ピーカ様。知りたいことがあるならば恐れてはいけないわ。自ら動かなきゃ」

 

 反論すら浮かばず、ピーカは口を引き結んだ。

 

 ピーカとローは約束を交わしている。

 幼く貧しく、弱く愚かで、どうしようもない日々に交わした約束だ。互いに嘘をつかない。ただそれだけの、何とも滑稽な約束だ。

 

 だが、いつの日からだろう。ローは答えられない質問に無言を貫くようになった。それはつまり、ピーカに知られてはならないと思っていると言うことだ。

 自然、問うことも減った。答えが返ってこないことに憤ったわけではない。嘘に近しい応えに失望したわけでもない。ただ、彼を煩わせるのが嫌だった。

 

 否、それだけではないのだろう。

 

 何故なら、ピーカは躊躇った。

 ここにきて執着してきたこの国を、ドレスローザを手放す。その意味を理解しながら、問うことが出来なかったのだから。

 

『死ぬつもりか?』

 

 喉まで出かかり、声にならず消えた問い。確かに、ピーカは恐れていた。

 

 もし、答えが返って来なかったら。

 そう思ってしまったのだ。

 

 長い沈黙を経て溢れるのは小さな呟き。

 

「……了解した」

 

 微かに口元を緩めた英雄と花の笑みを浮かべるその妻。そして、助け合う民衆。

 人々から視線を外し、島全土に響く声を追った。

 それは賢王と名高き弱者の声。

 

 声は謳う。

 

 ドレスローザは変わった。

 友と交わり、変わった。

 友の行いの結果を、友が変えた世界を、ドレスローザが選び取り進む道を、その眼にしかと示してみせるのだ。

 トラファルガー・ローに見せるのだ、と。

 

 大地を伝い移動し続けた先は王城跡。既にこちらを捕捉している王女と国王が並び立っていた。

 ピーカは石の塔を作り上げ、巌の頂より二人を見下ろす。

 

「十年前、貴様は一度死んだ。ローが居なければ、この国は滅んでいただろう」

「ああ、その通りだ」

 

 躊躇なく肯定する国王と顔を強張らせた王女。武力では敵わないと知っていながら、眼は折れぬ意志を宿して光っていた。

 

 生者の目だ。

 そう感じてしまい、眉根を寄せる。

 

 眼裏に浮かぶのは金の光。濁り砕け凍えた瞳。生きながらに死んでいる、苦しげな主の姿。

 

「力の伴わねェ主義主張は毒だ。敵も殺せねェ上に自ら命を捨てるお前が王では、いずれ国は滅び民は死ぬ。それでも、まだ王であり続けるのか」

「私が王であることは然程重要ではない。だが、この声が民に届く内は、王として役目を果たし続けるつもりだ」

 

 国王が述べる姿に、彼の背後、少し離れた位置にいた国民達が頷く。深い信頼が見て取れる静かな肯定だった。

 だが、例えばどうだろう。王を、核を失えばどうなるか。

 知っておかねばならない気がして、ピーカは剣を構えた。

 

「人は死ねばそれで終いだ。そして、お前には逆らう力がない。おれが刀を振えば、役目を果たさずお前は死ぬ」

「やってみるか?」

「なんだと?」

 

 瞠目したピーカを睨み付け、王は言う。

 

「やってみるがいい。それでこの国が終わると思うなら大きな間違いだ。私が死に、そしてリク王家が絶えたとしても、ドレスローザは進み続ける。意志ある人の道を、直向きに」

「戯言を。王が死ねば民も死ぬ。貴様が弱いばかりに国は滅びる!」

 

 言葉と共に刀を振り上げる。

 国民の悲鳴を背に受けながら国王と王女は顔を上げた。

 

 風が呻る。

 

 目と鼻の先を叩き切る刃。ともすれば剣圧で風を殴るようなその猛威を前に、二人の王族は支え合い、変わらずそこにに立っていた。

 

「何故避けねェ」

「当てる気がないのくらい分かるわ」

 

 そうは言えど不安ではあっただろう。ピーカにその気がなくとも万が一ということはあるのだから。それでも、王女は国王の腕を強く握り、微かに震える声で言った。

 

「あなたは私達を試している」

 

 彼女は沈黙を保つピーカへと一歩踏み出し、胸の前で手を握りしめる。

 

「あなたはドレスローザが嫌い。でも、失うことは避けたいのね。だから、私達にこの世界、この時代を生き抜く力があるかを見極めようとしている」

「馬鹿馬鹿しい。おれ達は敵だ。敵を前にして、お前は王族として力を振るわないばかりか、民にも力を振るわせない。国諸共滅ぶつもりか」

「いいえ、私はそこまで善い人間ではないわ。そして、信じているのはあなたの善性ではない。あなたの忠誠よ」

「…………」

「ローが悲しむから。ただそれだけの理由であなたは私達が生き残るように仕向けている。あなたは武力こそが身を守る術だと思っていて、私達にもそれを望んでいるのでしょう」

 

 血の気が引き色の失せた王女の指は震えていた。弱者の手だ。凡ゆるものが見えたとて、何も掴めない愚か者の手だ。

 

 だが、この手が。

 この手がローを船から降ろしたのだ。

 

 黙り込んだピーカへと国王が告げる。

 

「私達とて友の憂慮を払いたい。だが、私達はキミ達のやり方を真似るわけにはいかないのだ。それでは、彼を止められないのだから」

「────何を言うかと思えば。お前達ではローを止められはしない。十年もかけて何も変えられなかったじゃねェか」

 

 自身をも無慈悲に貫く言葉を吐き捨て、ピーカは王宮を振り仰いだ。

 

 島全土を包むほどの強大な気配。

 先程王宮で衝突していた若造二人とは違い、ローは覇王の才を有していない。それでもなお、彼の座す王宮は異様な空気に包まれている。

 

 変わらない。変われない。時を止めたままの男。世界を崩す力を持ちながら全く不自由で、苦しげに歩み続ける愚者。

 

 ピーカはローの過去を知らない。だが、予想はついていた。

 あれは世界に弄ばれ、捨てられ、ついには忘れられたオモチャの成れの果て。埃をかぶった幼い願いに引き摺られ、辛うじて動いているだけの人形。

 胸に刺さったぜんまいは噛み合わず動かないまま、とうの昔に錆び付き朽ち果てている。

 

 十年。いや、三十年。

 ローは変わらなかった。ロー自身が変わることを許さなかった。

 

「お前達に何が出来る」

 

 己に何が出来ただろう。

 言葉の裏、押さえつける自問。声には身勝手な苛立ちが滲む。

 吹けば飛ぶ弱者の分際で。騙され、甚振られたくせに。愚直に、真摯に、向き合い続けようとするこの者達は、何故。

 

「……何故、諦めない」

「諦めないさ。彼が諦めていないのに、私達が諦めるわけにはいかない」

「何?」

「彼はいつも苦しげだった。それは、彼が諦めていないからだ。力に溺れ破壊に耽り堕ち切ってしまえば楽なものを、無意識に踏み留まろうとしている」

 

 同じく王宮を眺める国王の眼に恐怖はない。王女と違い、能力を持たないその眼に何が見えるというのか。

 隣にあり続けた己にすら、心の内を明かさないローの、何が。

 

「────お前に何が分かる。あいつの……ローの苦しみが、戦争も知らねェ平和主義者に分かるはずがねェだろう」

「確かに我が国は戦争を知らない。だが、平和ならば、私もローも知っている。何より、友が同じ世界で苦しんでいるのだ。共に悩み、考えるには、それだけ分かれば十分ではないかな」

 

 国王は静かに瞑目する。敵を前にして愚かな行為だ。そう思えど刀を振う気にはなれない。

 ローはきっと、それを望まないのだ。

 

「娘から聞いたよ。彼は破壊を望むのだと。ならば、私達は彼が破壊を望まずとも生きることの出来る国を目指す」

「お前達が真逆の道を選んだからと言って、ローを止められるとでも思うのか」

「真逆とは思えない。彼は本当に、ただ破壊することだけを望んでいるか? 彼のような男が、本当に? 何故だ」

 

 真摯な問いに答えを返せず、ピーカは再び押し黙る。沈黙をどう受け止めたのか、国王はさらに言葉を継いだ。

 

「我々は我々の方法で示し続ける。ドレスローザに出来るのは、破壊以外の方法を示すこと。世界を変える力は他にもあるのだから」

 

 己が掌を胸に押し当て、国王は目蓋を開く。

 

「手を取り助け合い、無益な争いを否定しよう。十年で無理なら百年、それでも無理ならもう百年。離れても、誰が死しても、意志を受け継ぐ者がいる限り道は続く。いつか、道が交わるまで続けてみせる」

 

 男が示すのは武力ではなく意志の力。内在する力が溢れ、空気を震わせた。

 

 平和とは本来、砂糖菓子のように脆く朧げなものだ。多くは見せかけの偽物で、ほんのわずかな本物さえも権力者の舌の上で蕩け崩れ、たちまちに消えてしまう。

 困難な道だ。どれほど強い意志と長い時間をかけても一瞬で突き崩される荊の道だ。壊すより余程苦難に満ちた道を国を挙げて進もうなどと言うのか。

 ましてや、いずれの日にか、道を違えた者をも引き摺り込もうと、そう言うのだろうか。

 

 睨むピーカを見上げ、国王は笑う。

 

「何、難しいことではない。我々は既に八百年、それを証明し続けた」

「────……愚かな」

 

『こんな国、ローには相応しくない』

 

 過去、零した言葉。

 本当はずっと考えていた。

 

 悪事に不向きな生来の性格。語らぬ過去。それでもなお推しはかるに容易い育ちの良さ。

 常に苦しげなロー。

 

 相応しくないのは、きっと、自分達の方なのだ。

 

 真に彼のことを思うならば、彼の望みを木っ端微塵に砕いて志を圧し折ってでも、彼を止めるべきだった。手を離して、こちら側に突き飛ばしてやらねばならなかったのだ。

 

 幾度も機会はあった。それなのに、共に生き延びることに夢中で、気付けば引き返せない場所まで連れて来てしまった。

 

 

 本当に愚かなのは誰だったのか。

 

 

 唇を噛む。

 目を瞑れば、眼裏に浮かぶのは急造りの寝台で眠る小さな少年の姿。

 スラムにはない価値観を持ち込み、周囲を振り回し、言い逃げた上に勝手に倒れて。ひ弱で貧相で目付きが悪く、脆弱で執念じみていて善良で、愚かでどうしようもないくせに、新しい道をみせる少年の姿。

 

「おれはあいつに報いたかった」

 

 そばにいれば、生かし続ければ、いつかはその機会が訪れると思っていた。だが一方で、最も簡単な手段は彼を元居た世界に返してやることだと気付いてもいたのだ。

 ただ、『元いた世界』を失ったからこそ、ローはピーカと出会った。帰る場所などどこにもないから共にいた。

 

 ローの願いは。

 本当の願いは決して叶わない。

 

 三十年言葉にせず堪え続け、ついに溢れた願いは熱く喉を焼く。

 

 そうだ。

 ピーカはローに何も望まない。

 本当はただ、自分が。

 自分が彼を助けたい。

 

 そう願っていた。

 

「────何故、過去形で話すの」

 

 糾弾の色を帯びた女の声。再び瞼を開ければ、怒りを滲ませた瞳がピーカを射る。

 

「ねえ、ピーカ。彼と共に歩んできたのは私達じゃない。あなた達がいたから彼は生き続けてきたの。私達に私達の道があるように、あなたにはあなたのやり方があるのでしょう」

 

 かつてローの手を引いた嫋やかな手。それはやはり、握れば骨ごと潰れる弱さを湛えていた。

 弱き指は、しかし、太陽を目指す花のようにしなやかに伸び、王宮を指し示す。

 

「あなたも、ローも、まだ生きている。今、出来ることがあるのに何故立ち止まっているの」

 

 王女の指す先、再び到達した若造共が暴れているのか、王宮は揺れていた。

 ローが何を考えているかは分からないが、そもそも四皇の配下の襲来を防いだ後だ。疲弊しているのは間違いなく、如何なる強者とて万が一は有り得る。

 

「おれを行かせていいのか?」

「麦わらや私達とあなたの役割は違うもの。逆に、あなたがここにいて何の役に立つのかしら。試しに私達と同じこと、してみる?」

「向いてねェな」

「あなた、私達のこと嫌いだものね」

「心を覗くな。虫唾が走る」

「あら嫌だ、はしたないことをしたわ。ごめんなさい? あなたの主があまり開けっぴろげなものだから、癖になってしまったのかしら」

 

 つんと顎を上げて皮肉を言う王女は未だ震える手を握りしめ、小さく息を吐く。

 

「あなたはこの手のやり方を嫌うだろうけれど、教えてあげるわ。ドレスローザの人間なら誰でも知っている、鉄面皮を引き剥がす秘伝の術よ」

 

 ローの真似か、首を傾げて薄らぼんやりとした笑みを浮かべつつ口許を隠した王女。腕を下ろし、本来の気丈な表情を取り戻した彼女は一歩踏み出して胸を張った。

 

「手を掴んだなら逃しては駄目。押して押して、押しても駄目ならやっぱり押して、最後の最後にまた押すのよ」

「バカじゃねェか」

「ええ、バカになるのがコツなの」

 

 にやりと笑う王女。

 

「あなたの主もこれに弱いわ」

「…………」

 

 そう言えば、当初王族にのみ弱かったローは、いつの間にかその辺の港町の老人にまでやり込められるようになっていた。

 

 愛と情熱の国、ドレスローザ。

 つまりはそういうことなのだ。

 

 国王が静かに囁く。

 

「健闘を祈る」

「祈りなど役に立たない」

 

 祈りは毒。

 神など居ない世界で、受け取り手のいないそれは腐り、いずれ地に堕ちるだけだ。

 

 だが、大地を我が物顔で使い倒せる己にとっては、それすらも糧に出来るのかもしれない。毒を食らわば皿まで。全て平らげるのが海賊なのだから。

 

 国王と王女に背を向け、進もうとして足を止める。

 

 己に未来を見通す目がないとして、この愚か者達が今謳い上げた意志を必ず引き継いでいくというのであれば、自ずと見えてくるものがある。

 

 ピーカは振り向かず、静かに告げた。

 

「ドレスローザ国王、リク・ドルド三世。貴様の名は歴史に残るだろう。稀代の悪党を友と呼んだ愚王として」

 

 息をのむ気配。

 そう言えば、と思い返す。

 ピーカが国王の名を呼んだのは、恐らくこれが初めてだった。

 主がやたらに王の名を敬称付きで呼び慕うふりを続けるものだから、覚える必要もないのに脳に染み付いてしまったのだ。

 

『本望だ』

 

 答える声を意図的に無視し、ピーカは地に潜る。

 王宮を目指し、思い出すのは遠い昔のやりとりだ。

 

 

 

 

 

「ピーカ。お前は物事が見えてねェんじゃねェ。むしろ見えすぎるんだ。拾える情報が多すぎて頭が追いついてねェんだよ」

「問題は頭の方ということか?」

「違う。まず一手目でおれを中心に考えるから躊躇が出て進めねェ。一度、おれに構わず思ったままに動いてみろ。それで見えるものもあるはずだ」

 

 青年時代、失態を繰り返した挙句、大怪我を負った。何を責めるでもなく治療にあたるローに言われ、その通りに動いてみれば事は簡単に好転したのだ。

 

「お前の言った通りだった。どうも、お前に従うのが良いようだな」

 

 報告を受けたローは普段と変わらぬ死んだ虫のような眼でピーカを見て、微かに眉を顰めた。

 

「違うって言ってんだろ。おれが何を言わずとも、お前には元々最善手が見えてる。だから特攻部隊を任せるんじゃねェか」

「だが」

「だが、じゃねェ。背中を気にするな。お前はお前の見えている通りに突っ込んで行けばそれでいい」

「……だが、それじゃあ」

 

 誰がお前を守るんだ。そう言いかけ、気付いた。

 ローはもう、誰かに守られる必要などないのだと。

 

 幼く虚弱で、生きる力など欠片も無いくせに意志だけは強い子ども。

 そんな子どもはもう、彼の内にいない。

 

 

 そうだ。

 ローは守られる側の人間ではない。

 

 

 本来、守護を必要としない彼がわざわざ『おれを護れ』と言った。

 その裏の意味を探りかけ、また気付く。

 

 違う。違うのだ。

 ローは言った。

 

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 

 トラファルガー・ロー率いる海賊団の大幹部、ピーカ。その役割は特攻部隊の長。

 ファミリーにおける特攻部隊の役目は、敵陣に突っ込んで掻き回し、命を張って大きな賭けにでることだ。さらにいえば、賭けに勝った上で生きて戻るようにローは求める。

 

 ローは何だかんだ言いつつ効率を重視する男だ。付き合いが長いからと言って柵で長につけるような愚鈍さはない。ましてや、攻撃に徹することで道を拓いてきたピーカをここ一番で護りにあてるなど、今思えばおかしいではないか。

 

 あの男はピーカをわざと外へ追いやったのだ。ピーカの意識が散漫となり動き辛くなるように。

 そばにいれば止められると、踏んで。

 

 何故ならば、ピーカには最善手が見えている。ただし、それはローにとってではなく、ピーカにとっての最善手だ。

 ここにきて、互いの目的を違えると気付いたあの男は、さらりとピーカを謀り追い出したのだろう。

 

「────嘘をつかねェなら何でも許されると思いやがって!」

 

 思わず叫べば、剣士の斬撃が飛んできた。高台逆端から走り込んできたのであろうその表情は鬼気迫るもの。まず間違いなく腹を立てている。

 

 だが、ピーカも腹を立てていた。

 勿論、ロロノアにではない。己が主に対してだ。

 

 そもそも長年気に入らなかったのだ。

 トラファルガー・ロー程の男が世界だなんだと小さな願いに固執した挙げ句、むざむざ偽りに身を委ねることが、ずっと。

 

 放棄した巨像に身を沈める。土煙と地響き。国土を揺らす武力の塊を再び動かし、怒りを以て巌の猛威を奮った。

 背を狙うは必滅の刃。周囲に打ち立てた石の槍で防御すれば、剣は柔肌を裂くように岩を撫で斬りにし叩き落とす。

 

 轟音を立てて沈む槍。それを踏み台に飛び回る若武者を睨み、拳を握りしめた。

 

 身体を捻る。放つ拳の圧で周囲の建物が吹き飛んだ。当然剣士も巻き込まれ大きく後退。いくら斬撃が飛ぼうが足が速かろうが、そもそものリーチが違う。ピーカが動き出せば止められる者はいない。

 

 向かうは変わらず王宮。追跡者の対処のためにやや離れてしまった。無駄なことをしたと反省。即座に身体を反転する。

 

「おい、てめェ! 何する気だ! 王宮にはお前のボスもいるんだろうが‼︎」

 

 若武者の声が背に迫る。

 彼の言う通り、確かに王宮にはローがいる。高台には他のファミリーもいた。

 

 だが、それが何だと言うのだろう。

 ローがピーカの拳で死ぬわけがない。

 

 拳を振り下ろす。粉砕された軍の建物を掴み、岩の剛力で剣士に投擲。背後を見る必要などない。

 距離があり追いつけない以上、ロロノアは斬撃を飛ばすしかない。つまり、軌跡の大元を辿れば位置は分かる。たとえ回避されようとも回避できぬ広範囲で殴ればいい。

 

 制圧力で言えば、ピーカは他者の追随を許さない力を有しているのだ。

 

「待て! 逃げ回ったかと思えばてめェの船長まで巻き込んで暴れるなんざ、お前に筋ってもんはねェのか!」

「これがおれの通すべき筋だ」

 

 またロロノアとの距離が開いた。当然だ。踏み出す一歩の大きさは桁違い、さらには揺れる大地もまた剣士の進行を妨る。

 地響きを上げて進むピーカへと飛ぶ多種多様な攻撃。そのどれもが岩肌の上で弾け、霞となって消えていく。硝煙が鼻をくすぐり、制止の声が耳を打った。

 

 それでもピーカは止まらない。止まる理由がない。

 

「“カントク”! いいところに!」

「“提督”なら我であるが⁉︎」

 

 走る内に他の海賊らと合流したのか、若武者が声を上げた。

 どうやら斬撃を飛ばす以外の策を練っているようだ。有象無象と切り捨てるには危険な会話だが、構わない。

 

 本質は、ここにはないのだから。

 

「ピーカ様⁉︎ 何故こちらに!」

「ベビー5、またか。お前はまったく仕様のねェ!」

「えっ、違うの! この人は────」

「“石押(イシウス)”!」

 

 高台中段で敵方の男に抱きつき、ベビー5が叫ぶ。

 

「ああ、あなた! 大丈夫⁉︎」

「そっちこそ怪我はないやい⁉︎」

 

 またぞろ騙されているのかと技を振るったのだが、まさかのベビー5を庇う好漢でやや気勢が削がれた。

 

 悪いことをした。百発百中で騙される女なものだから、今回もまた悪漢だと思ったのだが。

 よく見ればラオGと八宝水軍の隠居老人が愚痴を言い合っている。呑気なものだ。

 

「ベビー5、そこにいると巻き込む。早く退け」

「その大きさじゃ何処にいても巻き込まれるわよ! やめて! 王宮には若様がいるのに!」

「ローがいるから何だ。おれの拳があれに通じるとでも思うのか」

「……え? ええ、と。どうかしら」

「そこは嘘でも通じると言え。おれはお前と同じ特攻部隊の、しかも隊長なんだぞ」

「そうよね、でも、若様にはそうね……」

「とにかく、退け。その男が好きなら共に去って手放すな。お前には勿体無い男だ」

「あ、そうだったわ! 紹介するわね、私の旦那様、サイよ!」

「成程、いい面構えだ。歓迎する。ただ、お前の夫はローの眼鏡に叶う男でなければならない。今は逃げてもけじめはつけに戻れよ」

「いや妻には貰うが今じゃねェと言うか、婿みてェな言い方されてるのも気になるし、今そんな場面じゃねェだろうに抱きつくんじゃないやい!」

 

 石の身体で上げる声は全土を震わす程の大音声。当然、王宮に高台、王城跡に、何なら港で抗戦中のドレスローザ国民にすら届いている。声を笑う罵声とは別に朗らかな笑い声まで巻き起こっていた。

 

「なんだ? ベビー5ちゃん、また変な男に引っかかったのかい」

「ピーカさんも祝福してるんだから良い人なのではない?」

「結婚となりゃお祝いだ。式に合わせて服も拵えてやらにゃ」

「最近、旗屋さんがオーダーメイド服も始めたみたいよ。相談する?」

 

 明らかに巨像の拳が届く位置の高台四段目ですらこの有様。ドレスローザは愛と情熱に傾きすぎてもはや狂気の域に達している。積極的に巻き込むつもりはないとは言え、余波は及ぶはずなのだが。

 

 渋面で腕を伸ばせば背後から弾丸の気配。巨塊を弾丸と化して飛ばす(提督)の腕が唸り、音を置き去りに剣士が射出される。

 到底人身で繰り出す技ではない。愚かを通り越して狂気の沙汰だ。

 

 前面も狂気、背面も狂気。そもそも、ローの行動も世の中からすれば狂気。ならば、それに付き合う己もまた、狂気を現したとて何らおかしくはないだろう。

 

 それぐらいでないと、ローには届かないのだから。

 

 ピーカは思わず笑う。

 轟くは背後へ迫る剣士の口上を掻き消すほどの大笑声。甲高い音が空を震わせた。

 

「ピッキャピッキャピッキャララ!」

 

 王宮へ腕を伸ばし、戦場ごと破壊しようとするピーカへ刃が迫る。二振りの刀を旋回させ、風を巻き起こして一直線に突進してくる剣士。

 

「“三刀流奥義”! “一大・三千・大千・世界”‼︎」

 

 必殺の一撃が炸裂した。

 

 背から腹へ抜ける衝撃。巨像をも切り裂くとは侮れない。侮るつもりもないがまだだ。まだ足りない。巨像下半身側に動けば若武者を止める策は幾らでもあるが、必要を感じない。

 

 上半身側に退避。当然、追撃が千と放たれ、巨像が解体されていく。ばらされた身体が地に落ちる前に一閃、空にある間にさらに一閃。空中で仕留めるつもりなのだと理解し、石の身体を捨て姿を現す。

 

「出て来たな! とんでもねェ笑い声しやがって、驚かせるんじゃねェよ!」

「驚きで口上でも飛んだか? 聞いてねェからどうでもいいが」

 

 全身に覇気を纏い笑ってみせた。

 柄を咥えた口を歪ませ、ロロノアも笑う。

 

「迷いは晴れたようだな、ソプラノ野郎」

「おかげさまでな。お前が迷子になってる間に走らせてもらった。確かに、走り込みもたまにはいい」

 

 崩れゆく巨像を蹴り、宙空で対峙する二人。体躯で言えばピーカが有利だが、岩を断つ剣士に並の優位性など通用しない。まず間違いなく斬られる。

 どこまでダメージを抑えられるか、そこが勝負だ。

 

 迫る三本の刀を見つめ、ピーカは覇気を強めた。頭上で両手を組み、振り下ろす。

 

 対峙するは再び刃を旋回させ、勢いを増すロロノア。岩を蹴り付け跳躍した若武者は光の速さで剛剣を閃かせた。

 

「“三刀流奥義”! “三・千・世・界”‼︎」

 

 轟音。振り下ろした拳は空振り、放たれた衝撃が遥か眼下の岩壁を撃ち抜く。

 

 同時に吹き荒れる刃の嵐がピーカを襲った。

 

 吹き出す血。

 覇気の鎧を突き抜け、斬撃が三叉の傷を創る。

 

 兜が割れた。

 赤に染まる空を見上げながら、ピーカは落ちる。

 

 

 そう、これでいい。

 

 

 ピーカの目的に気付いたロロノアがさらに追撃を放とうとする。だが、元より動きを定めていたピーカには届かない。

 なお凄まじい剣速で放たれる斬撃に巨像の残骸を投擲し相殺。砕けた石を蹴り付け、さらに落下の速度を上げる。

 否、これは落下ではない。撤退だ。

 

「てめェ、待て!」

 

 待つわけがない。

 特攻部隊の仕事は先制と撹乱。一番槍の戦闘員とは役割が違う。一対一の格闘は不利だ。むしろ、多勢を不利に陥れてファミリーに道を拓くことだけに専念する方が得策である。撤退までが仕事の内だ。

 

 本来、宙空ではピーカの能力は意味をなさない。だが、今は違う。

 ロロノアが斬り拓いた巨像の残骸。この全てが己の武器だ。

 

 落下の合間に手に届く範囲の岩を手当たり次第能力で変化させた。

 生み出すのは千変万化の石の礫。噛み千切る岩の顎、貫く石の槍、絡め取る巌の八つ脚、圧し潰す磐の掌。その全てを逃走へと費やす。

 自身の技をも蹴り付け、下へ下へと距離を伸ばし、ピーカは空を駆けた。

 

 飛び込む先は先程ロロノアの大技に合わせて振り下ろした拳の先、開けた大穴。ダミーの武器庫へ続く地下道上部だ。

 

 轟音を上げ地に落ちる。自身の墜落の衝撃を利用してダミーの武器庫を破砕し、侵入者の痕跡ごと抹消。臓腑を貫く痛みに血を吐き散らしながら、ピーカはさらに能力を発動した。

 石を伝い、地下へ潜る。

 

 追撃はない。

 

 地上の様子を窺えば、降り注ぐ巨像の残骸に逃げ惑う海賊達。一拍の後、巨塊を一掃する強烈な拳が放たれた。

 ドレスローザ国王の知己、戦える性質の王が放った一撃だ。

 やはり、戦える王の方が好ましい。もっとも、王や国など今となってはどうでもよいことだが。

 

 足を引き摺り進めれば、前方に見慣れた長躯。折れた刃を握り歩く男はピーカと同じように満身創痍だった。しかし、包帯やら何やら治療の痕跡も窺える。

 

「ディアマンテ、情けない姿だな」

「お前こそ。若造相手に油断したか? 大体、何をすればお前がそこまでの大怪我を負うんだ」

「斬られ空から落ちただけだ。問題ない」

「あるだろ。お前が後に詰めてくれるからおれもはしゃげるってのによォ」

「いい加減に歳と役割を考えろ。今更、狂犬でもあるまいに」

 

 互いに鼻で嗤い合い、誹り合う。そうでもしなければ痛みと失血で膝をついてしまいそうなのだ。

 一頻り笑い、ディアマンテが深い息を溢した。

 

「おい、ピーカ」

「なんだ」

「ローを任せていいか? あいつ、おれの話を聞きやしねェ。しかも、ガキ共が割って入ってくるもんだから面倒くさいのなんの。思わず言いたいことだけ言って置いて来ちまった」

「言われずとも。誰に命じられずとも敵本陣に突っ込んでこその特攻部隊だ」

「お前が向かってんの、味方大将の本陣だってのは突っ込んだ方がいいのか?」

「陥落すべきは他所の海賊じゃねェ。トラファルガー・ローだろう」

「まァ、そうだが。なんだなんだ、いつの間にそんな吹っ切れてやがんだよ、おい」

 

 どことなく面白がっている様子のディアマンテを半眼で睨み付け、ピーカは顎をしゃくる。

 

「行け。向かう場所は分かっているな?」

「当たり前よ。十年耐えたが、もうやめだ。こんな恐ろしい国にゃいられねェ。ひと足先に脱出口へ行かしてもらう」

 

 手を振り、剣士はふらふらと頼りない足取りで進む。ああは言ったが、脱出ルートの確保のために先行するつもりでいるのだろう。

 

 去り行く長躯を見送り、ピーカは進む。

 王族すら把握していない秘密通路を抜けた。

 城の裏庭に出れば、ローと若造二人の衝突する熱気が肌を焼く。

 

 熱い。そして暑い。ドレスローザは国民性も暑苦しい上に、気候とて決して過ごしやすい場所ではない。不快感に眉を顰め、石の体を作り上げた。

 先程の巨像よりは小規模。だが、不意を打つにはこの程度がいいだろう。

 

 王宮の外壁から謁見室を狙い、横殴りに石像の掌を撃ちつける。けたたましい音を立てて砕け散る城上部と、呆気に取られ転がる若造二人が見えた。既に戦闘は始まっていたようで、二人とも血を流し覇気を迸らせている。

 

 ローはと言えば崩れた玉座に掛けたまま、刀すら抜いていない。さらには足を組んで、薄紅の外套を弄んでいた。

 余裕にも程がある。

 

 流石に若者二人を憐れむ気持ちが湧き上がったものの、それはそれとして目的達成には邪魔。転がる二人を石像で摘み上げ、空へと放り投げた。

 

 放物線を描き、飛んでいく二人。

 ドフラミンゴの怒声が響く。

 知ったことではない。

 

 続けて石像を放棄。壁と床伝いに移動して出た先には、変わらぬ姿のローがいた。

 

「お前も治療が必要だな」

「この程度、放置でいい」

 

 冷えた目で呟くローを見下ろし、息を吐き出す。本人を目の前にするとやはり躊躇いが出た。

 

 三十年物の思いを吐き出すには、それなりの覚悟が必要だ。

 本当のところは、覚悟など三十年前に決めてしまっていたのだが。

 

「ロー。お前は世界をどう思う。何故、こんなどうでもいいものに拘うんだ」

「……どうも。壊すと決めたから、壊すだけだ」

 

 興味が無さそうに他所を向くロー。しかし、薄紅を撫でる指は微かに震えている。

 身を灼く寒気がそうさせるのだろうか。あるいは、力の入らない手に何か感じるものがあるのか。

 ローにはそばにある物を手に取り撫で回す癖があった。一見手癖が悪いだけのように見えるその仕草は十三年前から酷くなっている。

 ため息が溢れた。

 

「世界を壊すのには付き合う。だが、お前程の強者がその程度で満足するのは気に食わねェ」

 

 ピーカが普段表さない怒りを見せているのに気付いたのだろう。

 ローが首を傾げる。

 

「いいか、よく聞け。ロー、おれ達は海賊だ。お前はその頭目だ」

「そうだが。どうした?」

「お前が命令すれば、おれは従う」

「分かってる。ありがとう」

 

 心底不思議そうに頷くロー。

 そのどこかあどけない様子の顔を睨み付けた。騙し討ちでピーカを引き離しておいていい度胸だ。

 

 だが、これ以上はペースに乗ってやらない。何せ、ピーカには最善手が見えている。躊躇う理由などないのだ。

 

 顔を近付け、ローを覗き込む。眠たげに瞬く瞳に微かな驚きが混じるのを確認。瞳孔が開き僅かに深くなった金色の光の中、怒りに燃える己の顔が見えた。

 

 大きく息を吸い、声と共に積年の想いを吐き出す。

 

「だったら、お前の望む世界を作れ! 全部奪って、全部ものにして、全部お前の思う通りにしろ! 死んで爪痕を残すより、生きて全て飲み込んでしまえ!」

 

 僅かに顰められた眉。表情筋が死滅していると評されるその顔は、意外にも豊かに色を変える。それを見ることが出来るのはファミリーの特権だ。

 

 しかし、それだけではつまらない。

 

 手を伸ばす。避けることも容易いくせに微動だにせず見上げてくるロー。見慣れた青白い顔を鷲掴みにした。さらに指で頬を圧し潰すほどに押さえ、頭の上から怒鳴りつける。

 

「トラファルガー・ローともあろうものが、世界を壊せた程度で気を抜いてんじゃねェ! そこから好きに生きてみせろ!」

「…………」

「分かったな⁉︎」

 

 言葉と同時に手に力を込めた。無理矢理に顎を引かせれば首肯の形。手を離せば、ローが驚いたように目を見開く。

 

「ピーカ、お前」

「今、お前は生きると答えた。おれに嘘はつかねェ。そうだよな」

「……今のはねェだろう。反則だ」

「うるせェ。兄貴分の言うことを聞け」

 

 言い捨て、一歩下がる。床に落ちた外套を拾って投げつければ、ローはどことなく不服そうに薄紅をかき抱いた。

 これ以上この場に留まると文句を言われる。

 さらに言えば、放り投げた若造二人が戻ってくる気配もした。

 

「ロー。先に行って待っている」

「…………」

「返事は」

 

 返ってくるのは無言。もしかしなくとも、嘘だなんだの約束の話など関係なく、単に臍を曲げていた。いい歳をして無視とは何とも子どもっぽい男である。

 普段は何だかんだ言って折れてやるピーカだが、今回ばかりは微動だにせず返事を待った。

 

 暫くすると、聞き取るのに苦労するほどの小声でローが囁く。

 

「迎えに来てくれねェのか」

「……お前は、本当に仕様のない」

 

 思わず脱力する。

 

「敵陣の真ん中でも地獄の底でも迎えに行ってやるから、おれ達を呼べ。おれ達は、お前が望むなら何でもしてやる」

「そうか。じゃあ、さっきの取り消し」

「駄目だ」

「何でもって言ったくせに嘘を吐いたな」

「戯れるな、面倒くさい」

 

 悪びれない上にデリカシーがない。最低だ。何が悲しくてこんな男を頭領に据えたのか、もう昔のことすぎて思い出せない。

 

 だが、昔の事などどうでもいいのだ。

 

 

 そう。

 結局のところ、大切なのは今。生き抜くための一歩、明日を繋ぐ一手なのだから。

 

 

 ローに背を向け、床に沈む。咎める声はなく、代わりに聞こえるのは青々しい小さな嵐達の声。

 そして、微かな忍び笑い。

 

 ディアマンテやピーカが何を言おうと、結局ローは好きなように事を進める。だからといって唯唯諾諾と要求を飲んでやる必要もなければ、それこそ必要があれば制止もしなければならない。

 

 思えば、この手の役割はトレーボルが一手に請け負っていた。

 あの男は今後裏切り者として糾弾されようがのらりくらりと処刑は逃れ、船を降りる気などさらさらないだろう。何せ、人一倍苦労している。

 

「後で労ってやるか」

 

 当然、糾弾もするが。それはもう、酷い目に遭わせる。石の中に数日閉じ込めるあたりから始めたい。

 そう思いつつ、ピーカは目的の場所へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 ピーカの去った後。

 壊れた謁見室の扉、その向こうで待つドフラミンゴは額に青筋を立てて呟いた。

 

「あの野郎、おれの言いたいことも幾つか言っていきやがった……」

 

 実は暫く前に戻っていたのだが、妙な雰囲気で入り込めなかったのだ。

 しかも、ファミリーによるトラファルガーへの『謁見』はこれが初回ではない。

 

 ピーカ以前にも、さあ戦うぞという段階になってディアマンテが乱入。トラファルガーと共に数分消えるという珍事が起こっていた。

 

 玉座のトラファルガーが無表情のまま首を傾け、片膝を抱えている。腕にはドフラミンゴお気に入りの外套。薄紅がくたびれているように見えるのは気のせいだろうか。

 

「悪いな、うちの者が騒がしくて」

「悪いと思ってる顔じゃねェんだよ」

「よく言われる」

「あァ⁉︎ 誰だ、そんなこと言う奴は! 落とし前はきっちりつけてんだろうな⁉︎」

「ミンゴ、お前、面倒くせェぞ……」

 

 同行者に呆れ声で言われるが無視。大体が何度も横槍が入り大概気が立っているため、何を言われても腹が立つ。

 ぎりぎりと奥歯を鳴らす若き海賊を見つめ、トラファルガーが左腕を持ち上げた。

 

「敵に情けをかけるとはな。まるで絵物語のヒーローじゃねェか」

 

 能力で頭上に落とされた外套。ドフラミンゴはそれを危なげなく受け取り羽織る。サングラスの位置を直し、タイを締め直せばいつものスタイルだ。

 その横でルフィもまた構えた。洗練された武術とは違う、能力と覇気を用いた奇々怪々の戦闘スタイル。唇には笑み、背には麦わら帽子が揺れる。

 

 対するトラファルガーは玉座から立とうともせず、昏い眼は冷えたまま。しかし、その金の光が確かに己を捉えていることに背筋が震えた。

 

 緊張と高揚。

 騒ぐ鼓動を抑えつけ、目を見開く。

 

 十三年。

 十三年、この男を追い続けてきた。

 

 胸元で揺れるコインを握りしめる。微かに薫る煙草の残り香を辿り、顔を上げた。

 

 

 二人の小さな王が臨むは稀代の悪党、トラファルガー・ロー。

 破壊の化身にして善悪を覆す暴風。

 自身の善性をも手管とし、世界を陥落せんと欲す猛き蛇神。

 

 重い衣擦れの音と共に、黒衣に包まれた腕が宙を彷徨う。ともすれば、救いを求めているようにすら見える手は、しかし、禍々しい刺青で覆われていた。

 

 

 凪の声が囁く。

 

「楽しませろよ」

 

 そして、死を刻む指が閃いた。

 

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