ONE PIECE novel.DD “怪盗”ドンキホーテ・ドフラミンゴ   作:ladybug

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 フリーク対決に最終決戦。男達の戦いは様々である。


 お前が死んだらおれの友達が泣く
 それはいやだ



satellite

 

 

 王宮へ続く高台で二人の男が掴み合いの乱闘を繰り広げている。

 どうやらどちらの主張が正しいかで揉めているようなのだが、はたから聞いていれば双方視点が極端な上、情動が言語中枢の回転数を上回るのか、時折ただの奇声合戦と化していた。

 

 仕方がない。

 深い尊敬の念とは時に言葉を逸脱するものである。

 

 ちなみに双方の崇め奉る相手それぞれがその場にいたとしても、その主張で何故戦闘に発展するのか理解もできないだろう。

 

 かまわない。

 迸る情熱の発露とはおしなべて当の本人には伝わらぬものでもある。

 

 ここに繰り広げられたるは言語を超越し概念へと至る推尊の戦い。互いの能力を出し切り己が至高を叫ぶ男達の尊い、もとい醜き争いである。

 

 戦いは珠玉の域に達しているのだが、理由が理由だけにたった一人の観客すら魅了できずにいた。

 特等席にて見守るは海賊貴公子。麗しの顔には不服の二文字がありありと浮かぶ。

 

 キャベンディッシュが寝落ちている内にフリーク対フリークの不毛な戦いは始まっていた。自身のファン同士が争っているならばともかく、この状況は完全なるアウェイである。

 勿論、彼とてこんな泥試合など放置して己がファンの前で輝いていたい。さりとて、戦いの余波が他所に及ぶのも本意ではなかった。

 

「何故……何故、このぼくが尻拭いを……大体、美しさも剣技も勢いも魅力だってぼくの方が……」

 

 ぶつくさ文句を溢しつつも被害を抑え切る実力はまさに本物。だが、悲しいかな、彼の活躍を見る者はいない。

 そう思いきや、彼らのいる高台へと繋がる階段を一人の人物が駆け上がってきた。

 ついに自身のファンが、などと喜色を浮かべたキャベンディッシュは、しかし、美貌の顔をこれでもかと歪める羽目になる。

 

「“怪盗”ドンキホーテ・ドフラミンゴ‼︎」

「な、何だ⁉︎ お前は確か“海賊貴公子”、キャベンディッシュだったか。いきなり斬り掛かられる覚えはねェんだが」

「何が『覚えがない』だ、この人気泥棒め! ぼくに向けられるはずだった声援を返せ‼︎」

「にんきどろぼう?」

 

 困惑も露わなおうむ返しに苛立ちが募った。盗人猛々しいとはまさにこのことではないか。

 ぎりりと歯を鳴らし威嚇した貴公子であったが、現れたる怪盗を上から下まで眺め回してふと気付く。

 この男、否、少年だ。ドンキホーテ・ドフラミンゴ本人にしてはどうも若い。まるで十代半ばのようだ。

 

 ドフラミンゴに酷似した少年から一旦距離を置き、貴公子は思案した。

 一部のファンは憧れが高まった結果、服装を真似たり装飾品を似せたりする。

 憎き“怪盗”ドンキホーテ・ドフラミンゴは“最悪の世代”にして若き七武海。さらに見た目と活動が派手ということもあって誌面を賑わせることも度々。真似をするための資料も多いと言うわけだ。

 

「まさか、キミはあの男のファンなのか」

「あの男? ファン? 何の話だ」

 

 苦々しげに呟くキャベンディッシュの背後で爆発が起きる。目にも止まらぬ剣速を披露し爆散する瓦礫を一つ残らず叩き落としてみせれば、少年が感心したように拍手した。

 

「やるじゃねェか。さすが才覚だけでのしあがってきただけはある」

「褒められているのに嬉しくないのは何なんだろうな。キミの面構えが良くないのは間違いないんだが」

「フッフッフ、素直じゃねェな。男からの賞賛はお気に召さねェか?」

「性別を問うつもりはない。だけど、キミはぼくのファンではないだろ」

 

 少年は歯を見せて嗤う。憎たらしく斜に構えた様子などドンキホーテ・ドフラミンゴそのものなのだが、やはり若い。凶相と化したにやけ面まで再現するあたり、熱狂的とさえ言える。

 

 一際激しい衝突音が響き、キャベンディッシュは背後を振り返った。未だ争いは続き、地形が作り替えられ続けている。迷惑極まりない。

 

「あの二人はキミを見習うべきだな。追いかけるのも憧れるのも自由だが、周りに迷惑をかけるのはいただけない。いや、ぼくもファンに伝えておく方がいいのか?」

「だから何の話だ」

「こちらの話だ。それで、キミは何をしにきたんだ? 彼はここには来ていないぞ」

「彼? 誰のことを言っている」

「キミの憧れる男さ」

「……そりゃそうだろう。あいつはセビオにいるからな」

 

 少年は訝しそうに唸りつつも頷いた。完璧な再現度を誇るサングラスの奥、視線はセビオの戦いに注がれている。

 空中で激突する麦わらとトラファルガー・ロー。よく目を凝らせば、二人の周りに閃く糸が見えた。

 本人の姿は見えないが、ドフラミンゴは恐らく建物の影にいるのだろう。そう推測し、熱心にセビオを眺めている少年の肩を叩く。

 

「目がいいんだな。わざわざ高台まで登ってきて、本人の勇姿が見えないのは残念だろうが、さすがにあそこに乱入するのはおすすめしないぞ」

「見えるが?」

「……本当に目がいいな、キミ」

 

 見る目はないが。

 心の中でそう毒吐きながらも貴公子は感心した。

 

 少年の言を信じるならば、彼はキャベンディッシュですら推測でしか位置を察知できないドフラミンゴを視認している。好きが高じて見聞色の覇気に目覚め、しかも鍛錬しているということなのだろう。

 熱狂的だ。バルトロメオとグラディウスも相当だが、この少年も静かなる熱狂に身を捧げているのだ。さも当然のことのように言ってのけるのだから、いっそ狂気的である。

 一歩距離をとったキャベンディッシュを不思議そうに眺め、少年は背後を振り向いた。未だ戦い続ける二人を見つめ、口をへの字に曲げる。

 

「麦わらとトラファルガーがセビオで戦ってるのに何やってんだ、あの二人は」

「同感だ。もうこの先に向かう者もいなければ向かう意味もないのにな」

「教えてやれよ」

「もう何度も止めたし教えたよ」

 

 げんなりと吐き捨てた貴公子の視線の先、二人のフリークが同時に倒れた。どうやら互いに有効打が入ったらしい。

 

 ちなみに、二人が一時戦闘不能になるのはこれが初めてではない。先程から倒れては再び戦い始める無限ループが形成されている。そして、キャベンディッシュもまた、無限ループの餌食となっていた。

 二人が倒れる度に介入し戦うのを止めるように説得するのだが、何故か二人ともさらに発奮し戦闘を再開してしまうのだ。

 麦わらやトラファルガーよりも魅力的な人物が目の前にいることを教えてやっているだけなのだが。おかしな話である。

 

 重い腰を上げ、二人に近付く。

 

「おい、キミ達────」

 

 再び自身の魅力について説こうとしたその瞬間、貴公子の脳裏に閃光が走った。

 

 このアプローチでは駄目だ。

 

 何故ならばフリーク達の目は曇りに曇っている。いきなり一番星を見せつけられたところで光に目が眩むだけなのだろう。

 仕方がない。まずはファンのなんたるかを見せ、態度を改めさせよう。話はそれからだ。

 

「キミ達は恥ずかしくないのか。見ろ、彼の姿を! 周りに迷惑をかけず憧れを追い求める、これこそが真のファンだ。ほら、キミからも何か言ってやれ!」

 

 突然矢面に立たされた少年がびくりと肩を揺らす。辺りを見回した彼はゆっくりと引き攣った笑いを浮かべた。

 

「流石に迷惑をかけてないと思えるほどにゃ面の皮は厚くねェつもりだが」

「奥ゆかしいことを言う。ドフラミンゴはそんなこと言わないんじゃないか?」

「そりゃどう言う意味だ」

 

 額に青筋を立てた少年の足下が膨れ上がる。グラディウスの技だ。大地破裂の兆候を読み取り少年が青褪めた。

 他者のファンとて放置するわけにはいかない。少年を抱え上げ離脱。爆風に白の衣がはためき、キャベンディッシュの美貌を演出する。

 

 これは決まった。完璧だ。

 何なら改宗も目ではない。

 貴公子は自画自賛の陶酔に浸る。

 

 しかし、残念ながら、麗しき貴公子の耳を冒涜するのは烈火の罵声。ドフラミンゴに気付いたグラディウスが立板に水の勢いで少年へ捲し立て始めた。

 

「ドフラミンゴ! この裏切り者が、恥を知れ! どの面を下げて若の前に現れた!」

「十三年ぶりの再会にしちゃご挨拶じゃねェか。それも主の教えか?」

「黙れ! 貴様も若に救われた者だろう。まさか復讐のつもりか? あの女もお前も若の気も知らず……」

「……グラディウス、信じてほしいとは言わねェが、おれは」

「そもそも貴様、ガキの頃から若に対して馴れ馴れしすぎやしないか⁉︎ 後をついて回っては話しかけ、図々しくも背負われてアジトに帰還し、挙句の果てに手ずからホットミルクを賜るなど!」

「おい待てやめろ、いつの話をしてんだ。というか、何故お前がその話を知ってる」

「グラディウス、キミの目は節穴か? この少年、確かに再現度は頗る高いが、本人にしては毒気がなさすぎるだろ」

「キャベンディッシュ、お前も黙れ。さっきから何を勘違いしてるのか知らねェがおれはおれだ」

 

 少年が眉間の皺を親指で押し伸ばす。口の端を引き上げ笑いながら怒る様など完成度があまりに高い。

 あっぱれと言わざるを得ない模倣の数々、余程鍛錬したに違いない。水を差すのは粋ではないだろう。

 

 海賊なれど貴公子たるキャベンディッシュは安心させるように少年の肩を叩いた。

 

「悪い、ぼくが無粋だったな。安心してくれ、キミはキミの憧れた男に瓜二つだ」

「「どこがだ‼︎」」

 

 ドフラミンゴとグラディウス二人による息の揃った全力の否定が響く。

 

 大音声に顔を顰めたキャベンディッシュだったが、非難される謂れがない。眉根を寄せて不快を表せどフリーク共には伝わらなかったようで、身を起こしたバルトロメオまでかぶりを振り出す始末だ。

 

「キャベツ、おめェは何も分がってねェ。憧れってのは単純なものでねェんだべ」

「そんなものか」

「考えてもみろ。ガワだけ寄せてハイ終わり、そったら浅い読み込みでこの大海原さ渡れると思うべか?」

 

 やれやれと言わんばかりのしたり顔が神経を逆撫でするが、語るは道理である。憧れの目を向けられる側であれど憧れる側でないキャベンディッシュにはフリーク共の気持ちは分からないものだ。

 思わず黙り込んだ貴公子に畳み掛けるが如く熱狂者は語る。

 

「ドンキホーテ・ドフラミンゴ。その点、奴はやる。目の付け所が実に渋いでねェか」

「おい、おれ本人を目の前にして何の話……いやいい、黙れ。とてつもなく不快な話を聞かされそうな気がする」

「不快も何も、あいつがトラファルガー・ローの活動を隅から隅まで網羅すて怪盗さやってるってのは有名な話だべ?」

「……ん? 業腹だが、彼の二つ名“怪盗”は、民衆の注目を受けて生まれたものだろう。そこに死の外科医がどう絡んでくるんだ?」

 

 話が読めず首を傾げるキャベンディッシュに対し、バルトロメオが解説を入れた。

 

「とある絵本に、ファーコートがトレードマークの怪盗が出てくる。識字率とやらを引き上げたその本にゃ作者とは別に原案者がいるってのは、知る人ぞ知る情報だべ」

「絵本? それがどうした」

 

 さらに不可解だと眉根を寄せる貴公子の前で腕を組み、フリークの第一人者は解説する。

 

「奴はあの絵本がトラファルガー・ローさ拵えたもんと見抜いて“怪盗”を名乗りド派手にアピール! 今じゃ絵本の挿絵の方がドンキホーテ・ドフラミンゴに寄せられて描かれるほどだべよ」

「…………えっ?」

「特に二年前からは積極的に活動すて絵本やグッズの売り上げにも貢献、海賊として名も上げ、果てにゃ同じ七武海まで成り上がるたァ見上げたもんだべなァ」

 

 驚愕の顔で立ち尽くす少年を置き去りにバルトロメオが頷いた。

 

「おれァあいつのことは大大大嫌いだども、心意気と行動力だけは買ってんだべ。だがらってルフィ先輩との同盟は一生許さねェけんどもな!」

「ああ、成程。彼はスターではなくオタクというやつだったのか。グラディウス、案外彼とキミは気が合うんじゃないか?」

「合ってたまるか! そんなことになれば奴を殺しておれも死ぬ!」

 

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ三人を他所に少年……否、“衛星糸(サテライト)”で生み出されたドフラミンゴが視線を彷徨わせる。悲しいかな、徐々に赤く染まる頬と震える肩に気付く者はいない。

 

「え? じゃああいつがおれのコートを弄んでたのはまさか? そもそも、あのコートのデザインはうちの奴らが勧めてくれて……そういやあいつら、最近やたらとトラファルガーの情報集めに熱心で、え?」

 

 か細い声で呟くドフラミンゴはついに顔を両手で覆いしゃがみ込んでしまった。耳や首まで赤く染めて縮こまる少年に気付き、勘違いを重ねたキャベンディッシュが気の毒そうに肩を竦める。

 

「可哀想に、真実とは時に残酷だな。だが、気を落とすものではないぞ。何、スターは他にもいる。たとえばキミの目の前とかな」

「あー……子どもの夢さ壊すつもりはなかったども、おれが悪かったべ」

「何を言っているんだ、貴様ら。この男が憧れているのは若だろうが」

「いやいや、グラディウス、キミこそ何を言っているんだ。彼の姿はどう見たってドンキホーテ・ドフラミンゴそのものじゃないか」

「…………? だから、こいつはドンキホーテ・ドフラミンゴだろう?」

 

 もはや言葉にならない呻きをあげる少年を見下ろし、三人の海賊は首を捻った。唯一状況を理解しているドフラミンゴが行動不能に陥っているのだから致し方ない。

 

 成り行きで戦いの手を止めた彼らの耳に階段を駆け上がる足音が届く。

 

「グラディウス! 空から小さなドフィが一人落ちてきたのだけど、あなた何か知って……?」

「待つだすやん。お前一人で突っ込んだらもしもの時の連携がとれ、ない?」

「バッファロー! きゅ、急に止まると腰GA、の『G』……!」

 

 慌てた様子で飛び込んできたベビー5とバッファローが硬直した。担がれていたラオGだけが痛みに悶えている。

 ベビー5の掌の上には小人族サイズのドフラミンゴ。こちらも例に違わず顔を赤くして呻いていた。

 

 はたして、不毛な戦いは終わる。

 はからずしも終止符を打つ形となったドフラミンゴであったが、払った犠牲はあまりに大きかった。

 

 ちなみに、ドレスローザ各地で打ちひしがれるミニドフラミンゴが目撃され、事情を知らぬ国民らに慰められ親交が深まったりするのだが、それは別のお話である。

 

 

 

 

 

 セビオの教会、その上空で激突する二人の海賊。

 

 片やドレスローザの堕ちた英雄、トラファルガー・ロー。七武海の一角にして世界最強と渡り合う強者である。

 対するは新出気鋭の若き海賊、モンキー・D・ルフィ。二年の潜伏を経て姿を現した青嵐は瞬く間に勢いを増し、今や世界を巻き込み始めていた。

 

「トラ男! お前、さっきより顔色悪くねェか⁉︎」

「お前のお友達に串刺しにされたからな。血が足りてねェんだろ」

「またそんな他人事みてェに、良くねェぞ」

「おれは医者だ。自分の身体のことは分かってる。心配には及ばねェよ」

 

 焔纏う巨大な拳を叩きつけながらルフィが言えば、大太刀を閃かせた黒衣の男が無感動に返す。

 

 攻防の激しさに建物が崩壊し雲が形を変える中、一箇所だけ静謐さを保っている場所があった。

 大鐘楼を抜けた管理小屋、その周辺は何事もなかったかのように守られている。攻撃そのものはもちろん、風圧に粉塵、ありとあらゆる影響が打ち消されていた。

 

「あいつの言った通りなんだな」

「何がだ?」

「教会の下、あそこにトラ男の大事なもんがあるんだろ。それがなくなれば、お前は止まるってミンゴが言ってた」

 

 トラファルガーは返答すらせず、撃ち落とされるゴムの踵を回避。返す刀でルフィの懐に飛び込んでくる。容赦なく刀の柄を叩き込むその刹那、男の顔は微かに歪んでいた。

 

 そこに浮かぶのは怒りや苛立ちではない。

 困惑と疲労、そして不安だ。

 

「なァ、トラ男。お前がやめてほしいって言えば、あいつは聞くと思うぞ」

「……やめてほしい?」

「そうだ。ミンゴはお前を止めたいだけで、お前の大事なもんを壊したいわけじゃねェんだ。だから、ちゃんと話せばよ……トラ男?」

 

 ルフィはそこで言葉を止める。

 トラファルガーの様子がおかしかった。

 

 刀を下ろした男はぼんやりと俯く。力なく垂れる両腕。動かぬことを隙とみた“影騎糸(ブラックナイト)”の放つ糸が黒衣の男を縛り上げた。

 

 一切抵抗もせずに吊し上げられた身体から血が滴り、糸を赤く染め上げていく。

 

「何度も、何度も言った。やめてほしいなんて、何度も」

 

 零れたのは、乾き、心失った声。

 

 信じることを完全にやめられもせず、盲目にもなれなかった幼い賢しさが男を生かし、殺し続けてきたのだろう。もう、そこに男本来の意志はない。

 

 力無く絡め取る糸に身体を委ねたまま、トラファルガーが囁いた。

 

「そんなことで何が変わる。それとも、麦わら、お前なら何か変えられたのか?」

「トラ男、お前……」

「おれには無理だった。どうにも出来なかった。全部駄目にした。麦わら、お前も、お前だって」

 

 瞳は翳り、虚ろに瞬く。

 

 重く緊迫した空気にルフィが唾を飲めば、男は我に返ったように語調を変えた。

 

「────なんて、な。年寄りの愚痴にお前らが付き合う必要はねェ。壊したいなら壊せばいい。勝手にしろ。おれもそうする」

 

 音を立てて拘束を引き千切った男は能力で引き寄せた刀を一閃する。刈り取られた建物が宙に浮き、ルフィへと殺到した。

 瓦礫を蹴り付け上空へと逃げれば、麦わら帽子揺れる背を斬撃が襲う。身を屈め回避、超高空から拳の乱打を落とすも鞘で弾き返された。

 視界の端で黒衣の男が疾駆。壁を蹴り付け瞬く間に宙へ身体を踊らせた男はさらに上空へと銀に光る何かを投擲する。

 

 風を斬り眼球に迫る銀の光。逸らした頬を掠めるそれが長細い針であることをやっと視認できたルフィだが、空が翳ったことで己の失策を察した。

 

「“シャンブルズ”」

 

 上空へと抜けた針。

 銀の光は消え、代わりに広がるのは黒。

 

 空を舞い、死神が嗤う。

 

 咄嗟に両腕を交差し防御。しかし、強烈な膝蹴りが防御を貫通しルフィを撃ち落とす。衝撃をまともに喰らい墜落する最中、繰り出される数多の追撃。体勢を整えることすら許さない連撃だ。

 

 カバーのため張り巡らされた糸の網を突き破り、青年の身体は堕ち続ける。

 

 地面に激突する直前、トラファルガーが再び左腕を振るった。

 能力により無理矢理宙空で静止させられたルフィは、全身を襲う衝撃に呻く。

 

 音もなく降り立った黒衣の男は“影騎糸(ブラックナイト)”の分体を回し蹴り一つで撃破。崩れた前髪で表情を隠し、軽い息を吐いた。

 

「麦わら、おれはお前に期待してるんだ。各地で騒動を起こし、身の程も弁えず頂上戦争に現れた。今もまた、見ず知らずの海賊の口車に乗せられて縁もゆかりもねェおれと戦ってる」

 

 黒衣の男は言葉を切り、不可視の力で磔となったルフィを見上げる。

 

「おれに何をしたいかと聞いたな。実はおれも聞いてみたかったんだ。お前は? お前は何がしたくて暴れてる」

「教えねェ」

「いいだろ、減るもんじゃなし」

「聞いたらお前、満足して死んじまうだろ。だからダメだ。おれはここでお前を止める」

「お前には関係ねェのにか」

「関係ある」

 

 男は首を傾げ、思い出したように指先を下した。

 拘束が解かれ、青年は地面に膝をつく。

 呼吸を整え、大きく息を吐き出した。

 

 ルフィは拳を胸に当て、顔を上げる。

 

 

 目には光。揺らがぬ願い。

 

 

「関係はあるよ。お前が死んだらおれの友達が泣く。それはいやだ」

 

 意外だったのだろう。黒衣の男は口許を緩め、自然な笑みを溢した。

 

「いやか」

「おう、いやだ!」

「なら、仕方ねェな」

 

 大地が揺れている。ドフラミンゴが地下で行動を開始したのだ。

 時間がない。

 地下の鍵を破壊すればトラファルガー・ローの計画は破綻する。ドフラミンゴはそう言った。それは恐らく事実だ。

 だが、同時に大きな間違いのように思えてならない。

 

 道の善し悪しはともかく、やることは変わらず時間稼ぎだ。ドフラミンゴが事を為すため、ルフィは目の前の男を止める。

 ただ、胸の中、直感が囁いていた。

 

 それだけでは駄目だ。

 計画を止めるだけでは足りない。

 壊すだけでも足りない。

 

 何かを変えなければ。

 そうでなければ、きっと────

 

 だが、まず、全てはここから。

 

「トラ男、おれがお前を止める。全部、それからだ」

 

 腕に唇を当て、大きく息を吸い込む。

 

「────“ギア4”」

 

 

 

 

 

 地上の激しい攻防が地下へと波及する。

 つい先程までは地上の様子が窺えなかった。恐らく、トラファルガーが麦わらを完全に抑え込んでいたのだろう。

 

 ならば、今は。

 

 降り注ぐ埃と共に己の血を拭い、ドフラミンゴは自身の前方を睨みつけた。

 

 突如襲いくる裂帛の刺突。

 繋いだ糸を引き天井へと緊急退避し、同時に糸と繋がった瓦礫を手繰り寄せる。

 殺到する瓦礫の礫を武装色の鎧で耐え切る鬼を見下ろし、思わず舌打ちをした。

 

「しぶとい奴だ」

「生憎と、ゴミを投げつけられるのには慣れているものでね」

 

 粉砕された壁の残骸を払い除け、鬼は従容として宣う。背後には扉。手の届く場所にあるはずのそれがとてつもなく遠い。

 

 地下道の破壊に力を割いている以上、強力な技は使えない。しかし、既に破壊の糸は繋いだ。あと数分もすれば地下道の一部を道連れに『眠りの家』は崩落する。

 必ずしもヴェルゴを下す必要はなかった。崩落までの十数分、鬼を押さえ込み、己が命と意識を保ち続けるだけで勝利が確定するはずだ。

 

 だが、何故だろう。

 胸騒ぎがする。

 

 背中を伝う冷たい汗。無理に引き上げた口の端が引き攣った。

 

 例えばの話だ。

 いざとなればヴェルゴは恐らく命を擲ってでも『鍵』を守る。そうなれば、トラファルガーの計画を止められないばかりか、彼にとって大切な仲間を殺しただけという最悪の結果が待っているのではないか。

 そもそも、ヴェルゴは全力を投じているのか。こちらと同じく、相手も時間稼ぎをしている可能性は?

 

 思考は巡る。しかし、答えも解決も導けない。『鍵』という謎を残したままでは。

 

 攻防の末、上がる息。口内に溜まった血を吐き捨て、ドフラミンゴは問う。

 

「ヴェルゴ、この先には何がある」

「さてな。彼は秘密主義者だ。仲間の誰にも計画の全容を伝えた事などない」

「信用されてねェんだな」

「お前の言う通りかもしれない。だが、それでも皆ここまで着いてきた。お前達は違ったが」

 

 背後から忍び寄る糸を踏み躙り、ヴェルゴが地を蹴った。ドフラミンゴをして視認が不可能な速度の疾駆に目を剥く。

 張り巡らせた糸の振動から位置を察知。斜め右後方、跳躍する影が見えた。詳細な挙動までは見通せず歯噛みする。

 勘頼りで前方に転がった。同時に背中を煽る爆風。吹き矢による爆破で粉塵が舞い上がり、さらに視界を奪っていく。だが、視野に頼っている場合ではない。

 

 皮膚が泡立つほどの悪寒。身を屈めた頭上、竹竿が突き抜けた。背後からの追撃に身構えたドフラミンゴの眼前で影が動く。

 放たれるは苛烈さを増す竹竿の乱打。咄嗟に張った糸の盾の内から応戦するも姿勢が維持できず退避を余儀なくされた。

 

 同時にヴェルゴも後退。軽い踏み切りで一歩下がった男は己の手首を見つめる。

 

「全く、時間の無駄だな。早くローの下に戻らねば。ここに来てから既に────おや、時計はどこだ?」

「最初から着けてねェよ。呆けてんのか」

 

 毒吐くドフラミンゴはふと違和感に気付いた。

 ヴェルゴも気付いたのだろう。彼もまた、訝しげに天井を見上げていた。

 

 静かすぎるのだ。

 地上の戦闘。その気配が感じられない。

 

 見聞色を使い様子を窺おうとした刹那、見えかけた光景に血の気が引く。

 

「退がれ!」

 

 思考する間などない。ドフラミンゴは扉に向かって走り、ヴェルゴを突き飛ばした。

 自身とヴェルゴ、そして眠りの家に繋がる扉を覆うように糸を多重展開、全力の防御体制に入る。

 

 僅かに遅れて轟音。

 衝撃が襲った。

 

 眼前、地下道が丸ごと抉り取られ、陥没した大地が煮立っている。眠りの家から王宮へ続く道は完全に崩壊し、地上から漏れる光が炎熱に揺らいでいた。

 

 切り崩されてなお、地下道を封鎖する巨塊。

 未だ熱波を放つその異様は。

 

「隕石……“藤虎”か」

 

 ヴェルゴが掠れ声で呟く。ドフラミンゴもまた緊張に息を震わせ、首を振った。

 

「違う」

 

 “藤虎”はドフラミンゴやヴェルゴ、さらに言えばトラファルガーや麦わらを狙ったわけではない。

 

 隕石の熱に煮え立つ大穴。

 炎の向こう、蠢くのは強かな悪意。

 

「虫の息の“麦わら”に、死に損ないの“宗教屋”……こりゃあ潜んでた甲斐のあるラインナップじゃねェか」

 

 立ち昇る煙の中、影が一つ。筋骨隆々の肢体、覆面。腰にはチャンピオンベルト。

 

 顎を上げた男が哄笑した。

 

「ウィ──ッハッハッハ! 動くなよ、“ゴムゴム”と“オペオペ”! どっちでもかまわねェ! 今殺して! 奪ってやる‼︎」

 

 四皇“黒ひげ”の幹部、ジーザス・バージェス。大男が刀を振り下すその先、誰がいるのかを知り、ドフラミンゴとヴェルゴは目を見開く。

 

「ロー!」

 

 脱力して動けない麦わらを背に庇い、刀を地に刺しやっと立っているのは黒衣の男。ヴェルゴの叫びを聞いた彼は、迫る凶刃を前にして、視線をこちらに向けた。

 止める間もなくヴェルゴが駆け出す。

 ドフラミンゴが張った糸の盾を引き千切り、凶刃の下へと身を躍らせる鬼。

 

 一切躊躇のないその背を見つめ、ドフラミンゴは一歩後ろへと下がった。

 

 ひび割れたサングラス、その隙間からのぞく鈍間な世界。危機的状況を前に、一秒が数千に分断され、知覚が遅延していく。

 焼き切れる程に回転する思考。

 

 ヴェルゴが刃の前に割って入り、トラファルガーを引き倒した。

 身を起こそうとした麦わらが無様に肩から崩れ落ちる。凶刃は麦わらへ向い、刺青の刻まれた手が伸ばされるが届かない。麦わら帽子を掠めた指先をさらに伸ばし、トラファルガーが顔を歪めた。

 

 

 誰も見ていない。誰一人としてドフラミンゴなどに注意を払っていない。

 

 

 四皇幹部と衝突すれば、ヴェルゴとて無事ではいられないはずだ。今、己を止めるものは誰もいない。

 

 

 手の届く場所に扉があり、その先に『鍵』がある。

 

 

 今なら。

 今なら、壊せる。

 

 

 脳裏をよぎるのは幼い日、背中から眺めた星空。途方もなく遠いはずの光に手を伸ばした先、何の衒いもなく抱くことのできた馬鹿げた願い。

 

 

 ────いつか、必ず。

 いつか、必ず、おれが。

 

 

 出来る。壊せる。昔から壊すのは得意だ。何かを守るよりも余程簡単だ。

 仕掛けた糸を引く手に力が篭る。

 

 

 それはきっと、無意識の行動だった。

 ふと、眼が黒を追う。

 

 思い返すのは神様のような背中。

 幼く弱かった己を救う昏い光。

 絶対的な存在。

 

 どんな危機であっても、トラファルガーならば乗り越える。他の誰が死んでも彼は生き延びる。

 だが、万全を期さなければ。

 彼の命だけでいい。他の誰かなど全部焚べて、全部壊して、そこから全部やり直せばいい。

 彼さえ生きていれば。

 話なんていつでもいい。

 

 閉じ込めて、それから。

 

 

 そう思い、彼を見た。

 

 

 見えたのは地に引き倒され、なおも手を伸ばす男の姿。血濡れた指は届かず、能力もうまく発動していない。苦痛と焦燥に歪んだ唇が声も出せないままに戦慄いている。

 

 

 地を這う指、声なき声、意識。

 その全てがドフラミンゴへと向けられていた。

 

 

 見ている。

 見える。

 

 

 助けを求める、金の瞳が。

 

 

「────何をやってるんだ、おれは‼︎」

 

 

 地下道全域に仕掛けた破壊の糸。

 己が計画の全てであるその糸を手放し、ドフラミンゴは咆哮する。

 

「“超過鞭糸(オーバーヒート)”‼︎」

 

 音速で放たれた糸がバージェスの刀を弾き飛ばした。

 破壊の奔流は隕石の残骸をも引き裂き、影の差した道を再び切り拓く。

 

 

 そして、糸は二つの光を導いた。

 

 

 追撃に入るバージェスの影、隕石を越え、地下道の奥から疾駆するは黒いコートを靡かせる青年。

 

「弟から離れろ‼︎」

 

 猛る勢いはそのままに、回転を加えた強烈な蹴りがバージェスの顎へと突き刺さり、巨躯を空へと弾き飛ばす。

 大男は憎々しげに顎を仰け反らせながらも衝撃に耐え、一歩踏み込んで横凪の斬撃を放った。

 迫る刃の切先を鉄パイプで逸らし青年が飛び退く。

 

 乱戦に乗じ、青年からターゲットを変えたバージェスが再び黒衣の男へと突進した。

 その頭上、小さくも猛々しい影が飛び込む。

 

「若様に触れるなァ‼︎」

 

 空から舞い降りる少年の姿、その様は彗星のごとく。風を斬り唸るヒールが断頭の一撃を放ち、宙に浮く巨体を地へと叩き墜とした。

 

 呆気に取られる中、眼はやはり黒を追う。ヴェルゴに支えられ身を起こした彼の下に涙目の少年が駆け寄っていた。

 

「────……」

 

 緊張の糸が切れ、知らず止まっていた息を吐き出す。溢れる感情に胸を掻き乱され、ドフラミンゴは声にならない声で呻きを上げた。

 

 ヴェルゴとの戦闘で生まれた傷、そして、ここに至るまでに受けたダメージ。心身を蝕む数々の痛みや疲労を遥かに超える苦しみが胸を襲う。

 

 

 今、自分は。

 自分は、何をしようとした?

 

 

 同盟相手を見捨て、命を賭して他者を守る者を捨て駒にした。苦しみに喘ぐ声を黙殺し、ただ、我欲に走ろうとした。

 

 

 内なるバケモノに負けた。

 

 

 よろけた先、扉に背があたる。ずるずると座り込み、両手で顔を覆った。

 

「コラさん……」

 

 呟きに返答はない。

 二度と、かえってこない。

 

 

 胸元を握りしめ背を丸めたドフラミンゴの傍、小さな影が佇む。それは繋ぎ合うことこそが本質の“衛星糸(サテライト)”。

 しかし、伸ばしかけた幼い手は届かず、所在無さげに彷徨っていた。

 

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