ONE PIECE novel.DD “怪盗”ドンキホーテ・ドフラミンゴ   作:ladybug

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 別枠でお話を書いていたのですが、あらすじがめちゃくちゃ分かりづらいな……と思い、“怪盗”の方に収納しました。
 “怪盗”ドンキホーテ・ドフラミンゴ、FILM RED出張編です。



FILM RED出張編① 子守唄を歌って
prelude


 

 

 曇天の下、気配を押し殺して進む。

 寂れた、否、荒廃した町に人の気配はなく、苔生す壁の一部は既に崩れてしまっていた。

 

 

 ここは音楽の都、エレジア。

 遡ること十二年前、海賊の手により滅ぼされた国。

 

 

 町から離れ、スモークの焚かれたライブ会場には人が犇めきあう。その数は数万を下らず、ざわめきには期待と高揚が滲んでいた。

 しかし、ライブの規模と反し、会場設備は質素と言っても過言ではない。また、ステージを少し離れれば整備されず生い茂る緑が広がる。本日のライブに至るまで、十年以上は放置されていたように見えた。

 

 今日は“世界の歌姫”が初めて観衆の前で歌を披露する日。全世界待望のファーストライブとしては異様な様相ではなかろうか。

 

 かぶりを振ってサングラスを懐に仕舞い、男は地下に歩を進めた。

 額には汗。普段は濃い色硝子の下に隠されている目は焦燥に眇められている。

 

 

 まずい。

 まずいまずいまずい。

 

 

 偶然状況を把握した男の脳裏に浮かぶ策は逃走、その一手のみであった。

 自身一人ならば対処できるかもしれない。しかし、単身逃げ出して何になるというのだ。

 

 ドンキホーテ・ドフラミンゴはぎりりと奥歯を鳴らし、頭を抱える。

 

 元はといえばベポの付き添いで訪れた島だった。

 ドフラミンゴ自身はライブに興味を持っていない。ただ、海賊嫌いの歌姫の本拠地にクルーを単独で送り出すことに抵抗を覚えたと言うだけの話。

 ベポはハートの海賊団において、副船長に匹敵する実力を有する立派な海賊だ。たとえ彼の懸賞金が500ベリーだとしても、である。

 何はともあれ、来てしまったものは仕方がない。

 行き掛けの駄賃、資料庫にでも潜り込み亡国の記録を拝借しようなどと軽く考え、ベポをライブ会場に残して町を探っていた。

 

 しかし、事態はそう簡単に運ばず。

 

 まず、会場付近、サイファーポールや海兵らが観客に紛れて潜入していることに気付く。それとなく探れば賞金稼ぎや海賊と思しき者たちもまた多数紛れ込んでいた。

 どうにも覚えのあるきな臭ささと既視感に胃を痛めながら調査の深度を深めた矢先のこと。

 ドフラミンゴは見てしまったのだ。

 

 仄暗い部屋に転がる、毒キノコの残骸を。

 

 理屈は分からない。

 しかし、猛烈に嫌な予感がする。

 

 

 そもそもだ。

 

 歴史の真偽すら曖昧となるほどに芯から揺らぐこの世界において、()()()()()()()()()()()とは一体何者なのか。

 

 

 海賊で、怪盗。そして商人。

 複数の顔を持つドンキホーテ・ドフラミンゴにとって情報は宝であり、命綱でもあった。

 だからこそ、彼女の歌も聴いたことがある。

 

 

 素晴らしい歌だった。

 心震わせる歌だった。

 

 

 弦楽器を思わせる艶のある声質に、聴く者の呼吸すら奪うほどに自在を為す緩急。類稀なる表現力により生み出される独自の世界観と、それでいて全ての者を虜にして離さない普遍的な感情がこめられた旋律。

 彼女の才に圧倒されながら、よくもまあ、これほどの才人を辺鄙な亡国なぞに留めおけたものだと心底感心したものだ。

 

 だが、歌を聞き終えた時。

 ドフラミンゴは一抹の不安を抱いた。

 

 才能はただそう在るだけでは価値を持たない。

 引き出し、伸ばし、砕き、表して。

 そして、世界と触れて初めて輝くもの。

 

 ドフラミンゴは身を以て知っている。

 

 世界に触れるには意志が必要なのだ。

 何よりも強固な意志が。

 

 それは影響を及ぼす範囲に比例してより強大になっていく。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、今日動いた。

 強烈な毒と死を携えて。

 

 

 それは、つまり────

 

 

 背筋を伝う冷たい汗から意識を逸らす。暗渠を避け地下道を進んでいくと、反響音に変化があった。

 

 幾重にも施された防音壁の向こうに隠れ、広い空間が存在する。

 ドフラミンゴは見聞色の覇気で壁の向こうの気配を探り、驚愕に目を見開いた。

 

「ロー?」

 

 思わず声が溢れる。

 

 導かれるように糸の刃を振るい、壁を刳り貫いた。

 重い音を立てて崩れた壁の先にあったのは埃の匂い満ちる薄暗い部屋だ。

 

 塵の舞う広大な空間に連なるは重厚な作りの書架の数々。見上げるほどに高い天井まで連なる書棚には膨大な数の書籍が収められている。

 資料庫、恐らく閉架書庫の類だろう。澱んだ空気と不自然に閉ざされた扉、そして堅牢に重ねられた幾重の壁。見るからに他者を拒む設計の空間だ。

 何となく背表紙の並びを眺めてみると文字の一部は削れて読むことが難しくなっており、その天には薄く埃が被っていた。

 

 気配を追い、さらに視線を巡らせる。

 灯火の消えた書庫の中、階段を登った先の一箇所にだけ幽かな光が揺れていた。

 

 頁を捲る小さな音が響く。

 

 糸を放って跳躍し音もなく中二階へと降り立ったドフラミンゴは、誘われるように灯りの傍に立った。

 

 そこにいたのは黒衣の男。

 

 青みを帯びた黒髪と些か血の気の薄い肌。もはや常態化している隈と相反し輝く金の瞳。

 敬虔な宗教者のように露出が低く禁欲的な出で立ちの中、胸元で揺れる愛らしい意匠のペンダント。

 

 

 男の名はトラファルガー・ロー。

 あるいは、“ジョーカー”。

 

 世界の敵だ。

 

 

 手摺りに腰掛け柱に背を預ける彼は、薄いグローブに覆われた指で静かに頁を捲り続けていた。

 

 緊張に乾く唇を湿らせ、呼吸を整える。

 つい最近も会ったはずなのだが、どうにもこうにもこの男と対峙するとなれば胸が騒めくのだ。

 張り付く喉に手をやり、無理矢理声を絞り出した。

 

「こんなところで何をしてやがる」

「歴史の勉強」

 

 本から視線を上げようともせず答えた男はつと指を振るった。その動作に合わせて数冊の書物が一人でに宙を舞い、男の元へと運ばれる。

 山と積み上げられた本の数からして、男はそれなりの時間をこの場所で過ごしているようだった。

 

「元気か?」

 

 一瞬、何を問われたのか分からなかった。

 意味を理解した後もまた、どう返答していいものかわからなくなり口をへの字に曲げてしまう。

 

 何が、『元気か?』だ。

 

 脳裏を過ぎるワノ国での苦い経験。

 牢にぶち込まれた時も絶体絶命の重傷を負った時も、ローは何気ない顔でドフラミンゴの前に現れて好き放題に行動し、止める間もなく姿を消した。

 しかし、彼がいなければ、ドフラミンゴは気勢を削がれ敗北するか、あるいは死んでいただろう。

 ドフラミンゴが()()なのであれば、それはこの男のおかげだ。

 

 今も昔も、変わらない。

 トラファルガー・ローはどこまでいっても身勝手でどうしようもないほど頼りになってしまう、ドフラミンゴの恩人だった。

 

 ため息を吐き、低い声で応える。

 

「見ての通り健康体だ。お前に心配されるようなことはねェよ」

「そうか。ならいい」

 

 微かに口の端を上げる男の視線は未だ本の頁に向けられたまま。

 どうにも態度が悪い男である。

 怒る気になれない己に苛立ちながら、ドフラミンゴは辺りを見回した。

 

 立ち並ぶ書架と敷き詰められた書籍の数々。書庫の要所と思しき場所には巨大な彫像が複数体設置されている。

 彫像の構造からして一種の防衛機構なのだろうが、彫像と石畳の床を見る限り作動した形跡はない。

 トラファルガー・ローにかかれば警備システムの無効化など児戯に等しいということか。

 

「残りニ時間程度は安全だ。見たいものがあるなら手早く探せ。ちなみに一階は楽譜や音楽理論が大半を占めている。お前が求めているものはこの辺りにあるだろうな」

「……ご丁寧にどうも」

 

 ドフラミンゴの思考を勝手に読んでサジェストまで入れてくるこのどうしようもない無遠慮さ、まさにトラファルガー・ローである。

 しかしながら、これは世界中に信奉者を抱え、一部の人間からは神の如く崇め奉られている世界的革命家の言葉だ。下手な神託より信憑性が高い。

 逆らわず書架へ向かったドフラミンゴは無駄と悟りつつも探りを入れた。

 

「ファミリーのやつらは? 一人で来たのか?」

「エレジアには依頼人と三人で来た。ファミリーはいねェ。今回の仕事はおれが個人的に受けたものだ」

「フッフッフ、残念だ。懐かしい面でも拝んでやろうと思ったってのに」

「いつでも遊びに来ればいいだろ。奴らも喜ぶ」

「喜びはしない。絶対に」

「そんなもんか? まァ、お前ももう大人だもんな」

「そういう問題でもねェ」

 

 戯れに戯れを返しながら警戒を強める。

 

 

 仕事とは何だ。

 誰に、何を頼まれた。

 何のために動いている。

 

 歌姫に死を授けたのはお前なのか?

 

 

 無闇に口を開けば疑問がまろび出てしまう。それが分かっているからこそ、意識して意味のない言葉を投げかけ続けた。

 自身も本を手に取り眺めてはいるがまるで内容が入ってこない。冷たい汗のせいで背中に張り付いたシャツが不快で眉を顰める。

 

「ドフラミンゴ」

 

 唐突に呼びかけられ、びくりと肩が跳ねた。振り向けば、本を傍に置いたローが手招きをしている。

 

「何だ? 見つけたお宝でも分けてくれようってか?」

 

 顔に笑みを貼り付けて近付いたドフラミンゴ。その肩に手を添え、ローが天井を指差した。

 

「読めるか?」

「暗くて見えにくいが、ありゃ絵……いや古代文字か? 生憎と考古学は範疇外だ」

「そうか。読めねェんならいい」

 

 特段落胆した様子でもなく、男はドフラミンゴの顔へと両手を伸ばす。グローブ越しですら感じる程に熱い指が頬に触れた。

 

「サングラスはどうした」

「地下道が暗かったから外しただけだ」

「コソ泥は大変だな」

 

 黒衣の男は熱を帯びた両手でドフラミンゴの耳殻を塞ぐ。敵意や害意は感じない。しかし、同時に意図とて分からなかった。

 思わず睨みつけるとローは視線を他所へと向ける。恐らくはライブ会場の方面だろう。

 

「もうすぐ時間だな」

「時間? ああ、ライブの話か」

「ここなら音も届かねェとふんで篭ってたんだがお前が壁を壊したせいで計画が狂った。せっかくだ。おれも少し眠る」

 

 紡がれるのは淡白なくせに謎かけじみた言葉。いつものことながら相手の理解を得ようという意志が微塵も感じられない。

 万年不眠症の面をぶら下げ『眠る』とは何事か。

 一体何を指しているのか皆目検討がつかず、ドフラミンゴは眉間に皺を寄せる。

 

 しかし、それはそれとして、だ。

 耳を塞ぐ手の温かさと薄手のわりにやけに遮音性の高い布地が存外心地良い。

 聞こえるのはローの鼓動だろうか。

 

 ゆったりとした拍動は失われずにここにあって。

 香りも熱も全く違うと言うのに、もう一人の恩人の手の温もりを思い出させた。

 ドフラミンゴは一瞬、様々なことを忘れて目を閉じる。

 

 

 そして、()()しまった。

 倒れ動かなくなる、ローの姿を。

 

 

 閉ざされた瞼に薄く開いた唇。

 力なく弛緩した四肢。

 乱れた黒髪の間から赤い血が流れ出し、石畳の床に広がっていく。

 

 

 見聞色の覇気が見せた数瞬先の未来の映像に血の気が引いた。過去何度も見た悪夢がフラッシュバックして重なり、不安と焦燥に頭の奥が熱くなる。

 考えている余裕など一切ない。ドフラミンゴはローの頭を自身の両手で挟み込むように覆い押さえつけた。

 何が起こるのかは分からないが固定してしまえば外傷は防げるはずだ。最悪何かが飛来したとしても武装色で弾けば問題ない。

 

 互いに耳を塞ぎ合う形となり、瞠目した黒衣の男は小さく笑う。

 

「お前はいつもおれを眠らせてくれねェな」

「これから何が起こる? 教えろ。てめェは何か知ってるんだろうが」

「教えてやりてェが時間だ。今日のところはお前に譲ってやる。手分けした方が対処もしやすいしな」

 

 何を説明するでもなくローが手を離す。ドフラミンゴの耳を離れたその手は彼自身の耳を塞ぐ無骨な手の甲の上に重ねられた。

 

 凪いだ声が囁く。

 

「おやすみ、ドフィ」

 

 呼ばれ慣れない愛称が鼓膜を揺らした直後。

 

 

 ────歌声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 眠りに落ちた偉丈夫が下階に落ちないようにと身体全体で支えたまま、黒衣の男は外の気配を探る。

 観客全てが深い眠りにつき静まり返るライブ会場、その中心で歌姫が舞っていた。

 新時代の到来を孤独に歌い、命を燃やして駆け抜ける彼女の気配を感じながら、ローは目を閉じる。

 

 変革の歌姫、ウタ。

 救世主として崇められる唯一無二の存在。

 

「哀れなもんだな」

 

 革命家は皮肉気に呟き、耳を塞いでいた手をそっと離した。

 

 歌が終わったのだ。

 

 頽れるドフラミンゴを支え直し、一先ず床に横たえる。脈をとれば安定した拍動が伝わってきた。

 ただ眠っているだけだ。

 

 安堵の滲む吐息を噛み殺し左腕を振るう。

 ドフラミンゴの姿が消え、代わりに現れたのは小さな小石。ライブ会場の観客席に転がっていた何の変哲もない土塊である。

 目覚めたときのことを考えて会場にいた彼の仲間の傍に移動させたわけだが、夢の中ではどんな扱いになっているのだろうか。

 少しばかり想像してみるが、そんなことを知ったところで何になるわけでもない。

 彼は彼で出来ることをしてもらわねば。

 

 

 ドフラミンゴとローは今や()()すら違えてしまっているのだから。

 

 

 懐に仕舞っていた小型のイヤホンを装着し、トラファルガー・ローは再び本の頁を捲り始めた。

 

 

 歌姫の命はもって数時間。

 いずれ動かねばならない時が来る。

 だが、今はその時ではない。

 

 

 遠い未来の技術を搭載したイヤホンは外界の様子を具に伝える。

 電伝虫の傍受、海上を進行する海軍の動向、離れた海面を叩く海の音、人々の安らかな寝息。

 しかし、歌姫の歌声だけはノイズに変換され音声として成立していなかった。

 イヤホンの製作者は世界最先端、というよりは世界を突き放す勢いで進む科学者である。かの天才にかかれば音声を選り分けて排除し、能力ごと無効化することなど造作もないのだろう。

 

 駄目元でアプローチをかけてよかった。金銭の他、先方が交換条件にと採血を提案してきたことにはまいったが、七武海時代から延々断り続けていたためか、すんなりと代案を提示された。

 しかし、後払いを許すとはなかなかに太っ腹な科学者だ。再来訪を歓迎するという意思表示とも取れる。

 技術革新には途切れぬ金蔓が必要不可欠。ローをリピーターとして定着させるつもりなのかもしれない。

 

 

 悪くはない。

 彼と手を組むことができれば、或いは────

 

 

 首から下げた網紐を指先で弄び、革命家は書に耽る。

 

 

 その口元は微かに綻んでいた。

 

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