ONE PIECE novel.DD “怪盗”ドンキホーテ・ドフラミンゴ   作:ladybug

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 トラファルガー・ローのドキドキテレフォンショッキング!

 
 情けは人の為ならず
 陰徳あれば陽報あり
 まこと、悪は簡単だ



花のやすらぎ

 

 ざりざりとノイズが鳴る。

 シーザーがパンクハザードに残した競売中継用の映像電伝虫。それは未だ稼働し、遠く、薄暗い部屋に映像を届けていた。

 スクリーンに映し出されたのは死の島。

 そして、黒い影。

 

 影は言う。

 

『これは、ここのオーナーから聞いた話なんだが。この島の何処かにもう一つ、宝が眠っているそうだ』

 

 研究所の屋上らしき場所で影は歩いていた。人差し指を立てたその手には、こびりついた他者の血と禍々しい刺青が見え隠れしている。

 

『宝とは、四年前にこの島を滅ぼしたものと同型の兵器。猛毒ガス搭載式の爆弾だとか言ったかな。オーナー曰く、起爆スイッチを押せば、島全土、さらには沿岸部まで覆い尽くす代物らしい』

 

 陰鬱な、しかし愉しげな声。もう片方の腕を広げ、影は踊るようにぐるりと回る。

 

『だが、こんな島を何度壊したところで意味がねェ。外に持ち出せば面白くなるかもしれねェが……趣味じゃないんでな。おれはいらねェ』

 

 影は。

 

 トラファルガー・ローは、人差し指を唇の前に置き、密やかに、内緒話をするような声音で囁いた。

 

『だから、これを見ているお前だけに教えてやる。兵器の在処は────』

 

 

 

 

『王下七武海トラファルガー・ローと海軍将校の黒いつながり』

『誘拐隠蔽の疑い』

『非人道的実験に関与か』

 

 衝撃的な見出しの踊る新聞を眺め、一人の男が瞑目する。彼の周りには青褪めた顔の配下が並び、男の顔色を窺っていた。

 男はしばらく思考に沈んでいたが、一つ頷いて席を立つ。

 

「何かの間違いだろう。悩まず、彼に直接聞けば良い。私が行こう」

「しかし、王よ! 万が一のことがあっては!」

 

 制止を振り切り、王宮を進むのは、賢王と名高いリク・ドルド三世だ。

 誠実を求めるあまり傾いていた経済もここ数年は持ち直し、その名を周辺国家にも轟かせている。

 王が向かうのは離れの一室。賓客を迎えるための部屋は、ここ数年ある男のために設えられていた。

 扉の前に控えるのは王宮の兵士ではなく部屋の主の部下。スーツを着たサングラスの伊達男と小柄ながら強者の風格を漂わせた翁だ。

 王の姿を認め跪こうとした彼らを手の動きで制止し、王は訊ねる。

 

「彼は部屋に?」

「ええ。ですが……」

 

 伊達男が思わしげに言葉を濁した直後、扉の向こうから声がした。

 

「私はここに」

 

 声の主は自ら扉を開け、王を迎える。

 幾重にも重ねたカソック様の黒衣に、金糸の刺繍が散るストラ、指先のみ僅かに露出した黒のグローブ。

 露出の少ない禁欲的な出で立ちの中、ほぼ唯一覗く顔ですら、俯けば黒髪のベールに隠れてしまう。

 静謐さを纏う男だ。

 多忙のため常から浮かんでいる目元の隈が一段と濃くなっている。

 その上、男の背後には荷物が一纏めにされており、王は眉を顰めた。

 

 拝跪する男を見下ろし、王は問う。

 

「分かっているとは思うが、此度の報道について話を聞きに来た。良いかね?」

 

 僅かに肩を揺らす男は、されど顔を上げて小さく頷いた。その目に誤魔化しや焦りはない。ただ、憔悴が見て取れる。

 

「リク王様、誠に申し訳ありません。御心を乱してしまい……」

「いや、いい。まずは話を聞きたい。掛けたまえ」

「いいえ。許されるならば、このまま」

 

 王が椅子に腰を下ろすのを待ち、男は膝をついたまま深く頭を垂れた。

 

「此度のこと、申し開きもございません。事によっては、私は七武海の称号を剥奪される……そうなれば、害は我らだけでなく、この国にも及ぶことでしょう。そうなる前に、我らはこの国を発ちます」

 

 淀みなく告げられた言葉は男の決意を物語っている。事実、七武海の称号を剥奪されたならば、彼はただの海賊。取り下げられていた賞金も元に戻り、海軍から追われる身へと戻るのだ。一所に止まるわけにはいかないだろう。

 

「ドレスローザの皆様に受けた大恩を仇で返すこととなり、申し訳ありません」

 

 国を去ることを決定事項であるかのごとく述べる男を見下ろし、王は諭すように返した。

 

「君がこの国を出たいというならば、もちろんそうすればいい。しかし、その前に、本当のことを聴かせてはくれないか? 私は我らが恩人を信じたいのだ」

「リク王様……」

 

 王が差し伸べた手を額に押し戴くようにして男は応える。

 

「何なりとお尋ねください。全てお答えいたします」

 

 見れば見るほど、報道の述べるような悪人には見えない。しかし、悪意がなくとも悪行が為されることはある。国の主として、確認はせねばならなかった。

 王は静かに問う。

 

「海軍将校と繋がりがあるというのは、真実かね?」

 

 ここで初めて躊躇うような素振りを見せた男は、しかし小さな吐息と共に告げた。

 

「……はい、間違いありません。彼は、ヴェルゴは私の幼馴染なのです」

「何と。そうだったのか」

「ですが王よ、誓って! 誓って、彼は潔白です!」

 

 伏せていた顔を上げ、焦燥に満ちた声で男は叫ぶ。これまで決して態度を荒げることのなかった男の、常にはない様子に王は瞠目した。

 男は王に縋るように、またそれを恥じるように自らの掌を握り込み、目を伏せる。

 

「彼は立派な男です。子ども達が見つからぬことに悩み、死亡報告に嘆いていました。そこで、七武海である私に協力を要請できないかと彼は問うたのです」

 

 烟る金の瞳は激しい動揺と後悔にかき乱されていた。そこには嵐に惑う子どものような怯えが浮かんでいる。

 

「もちろん、私に相談すること自体が軍規に反すると仰る方もいるでしょう。ですが、彼は藁にも縋る思いで私を頼ってくれた。その思いを、どうして汲まぬことができましょうか……」

 

 よく見れば毅然とした様子であったはずの男のその肩は今、微かに震え、顔は青褪めて暗い。

 床に膝をついたまま罪を告白するように、黒のグローブに包まれた手を祈りの形に組み、男は呟く。

 

「ですが、それが間違いだった。海賊なぞに身を堕とした私を、このようなことになってもなお、友と呼んでくれる……そんな誠実さを利用され、彼は陥れられたのでしょう。こうなる前に私が身を引くべきだった。私のせいです」

 

 背を丸め、苛烈な自責に唇を噛む男を見つめ、王はかぶりを振った。

 

「立ちなさい。君のせいなどではない。それに、罪はいつか暴かれ、誤解は必ず解けるものだ」

「ええ、そう、信じたいものですが……」

「ヴェルゴ君と言ったか。彼は今、どこに?」

「遠方で療養しているそうです。大きな戦いがあったらしく、床に臥せている間にこのような騒動があったので、誤解と言えどこのまま退役になるかもしれない、と」

「そうか。もし、彼が行く先に困るようなことがあればこの国に呼ぶといい。君の側であれば、彼も多少は安心して暮らせるだろう。ああ、もちろん、彼自身が望むのであればだが」

「リク王様……」

 

 これまでと変わらず逗留を許すという王の言葉に、男は再び深く頭を下げた。

 声を震わせた男の肩を軽く叩き、王は席を立つ。

 

「さて。これからどうするのかな? いつもはこの時間、孤児院の慰問に出ていると聞いたが。君さえよければ付き合わせていただきたいが、どうだろう?」

「ええ。きっと、子ども達も喜ぶことでしょう」

 

 薄く涙の滲む瞳を誤魔化すように瞬かせ、男はようやく立ち上がる。常の穏やかさを取り戻した彼を見つめ、王は微笑んだ。

 

 

 

 

 街の外れ、教会に併設された孤児院、その庭先。ここ数日苛烈さを増していた日差しは影をひそめ、麗かな木漏れ日が人々を包んでいる。

 

 突然現れた王に及び腰であった子ども達は、王の後ろから顔を出した黒衣の男を見るや否やぱっと顔を輝かせた。

 

「若様みて! シュガー様がぬいぐるみを繕ってくれたの。ほら、リボンも!」

「昨日、ジョーラ様とお絵描きしたの! これ、若様だよ!」

「明日はミサだから、ピーカ様がお歌を歌ってくださるの。きれいなお声なのよ。若様も来てくださる?」

「若様! ラムネ、デリンジャー様とまた作ったんだ! おいしいよ!」

「ディアマンテ様が剣術を教えてくれるんだ! おれ、若様みたいに強くなるよ!」

「トレーボル様にお勉強教えてもらったけどまだわかんない……若様、教えて!」

 

 男の周りに集まって口々に話しかける子ども達。

 その顔には明るい笑顔が浮かんでいる。

 

 数年前までは己の不甲斐なさゆえ、彼らにひもじい思いをさせていた。海賊と名乗る、彼が来るまでは。

 子ども達の幸せそうな姿に、王は胸の詰まるような思いがした。

 

 男は笑顔で子ども達一人一人に応えた後、シスターに何事かを囁いている。

 

 ここ数日暑い日が続いていた。子ども達が脱水を起こさないように食事や水分について指示をだしているようだ。

 彼の向こうでは豊かな金の髭を蓄えた大男が物資を運び込み、子ども達に髭や尻尾を引っ張られ弄ばれている。

 その光景を微笑ましげに見つめ、足りない物があるなら教えてほしいと伝えた後、男はふと庭の片隅へと目を向けた。

 

 視線の先には、塀に隠れるように少女が佇んでいる。まだここに来たばかりなのだろう、集団からやや離れた位置で彼女は俯いていた。

 彼女の腕には一抱えの花束が抱えられている。束ねられているのは花屋で見るような絢爛の花ではなく、道端に咲く野草やこの国にはありふれた黄色の大振りな花だ。

 少女を見守るように傍に控えていたシスターが、彼女の背中をそっと押す。

 

「こんにちは」

「こ、こんにちは、若様」

 

 か細い声で応える少女と目線を合わせるように、男がしゃがみ込んだ。黒衣の裾が土で汚れるが、気にした様子はない。

 

「はじめましてだね。おれはロー。きみのなまえをおしえてくれるかな?」

「えっと。ラミーって言うの」

「ラミーちゃんか。きれいななまえだね」

 

 はにかんだ様子で口許をゆるめた少女は、彼女が抱えるには少し大きな花束を差し出す。

 

「シスターとみんながね、若様がとっても悲しんでいるだろうからって。悲しい時はお花をみるといいって、ママが言ってたの。私、病気だったけど、若様に助けてもらったから、だから……」

 

 言い淀んだ少女を見下ろし、ゴーグルとマスクで顔を隠した護衛がごく小さな声で囁く。

 

「若、いけません。中を確かめます」

「構わない」

 

 おずおずと差し出された野草の花束を受け取り、男は柔らかく微笑んだ。

 

「ありがとう。うれしいよ」

 

 そう言って、男は笑顔になった少女の頭を撫でる。その手付きは優しく慈しみを感じさせた。

 少女は頬を上気させ、背伸びをしながら男の目を真っ直ぐ見つめる。

 

「あのね、若様! 私、ここで頑張って一生懸命お勉強する!」

「うん」

「それで、私みたいな子や、ママみたいに痛い痛いって言ってる人をたくさん助けられるお医者さまになるの! 若様みたいに立派な人になる!」

「……そう。がんばってね」

「うん! 若様も元気だしてね!」

「ありがとう」

 

 男は一瞬悲しげに瞳を曇らせ、それを子ども達へ見せまいとするかのように瞼を閉じた。次に浮かんだのは常と同じ、春霞のような穏やかな微笑み。

 その刹那の変化を読み取り、王はさり気なく歩を進め、男を誘った。男は子ども達に手を振って別れ、王の後ろを歩く。

 柔らかな沈黙の後、男がぽつりと呟いた。

 

「本来ならば、私は彼らの前に姿を現すことなど許されない」

「何故だ? 子どもたちは君の訪問を喜んでいるし、君のような立派な人になろうと意気込んでいるではないか」

「ええ、それは有り難く、喜ばしいことです。ですが私を規範とするのは……どこまでいっても、海賊は海賊なのですから」

 

 立ち止まった男の視線の先、教会の庭先で子ども達が駆け回っている。

 遠い幸せを眺めるような眩しげな瞳には、いつもと同じ影が差していた。

 

「彼らには光の中を、自由に生きてほしい」

 

 王は男の過去を知らない。

 義の心を持ち、慈しむことを忘れないこの男が何故、海賊となったのか。それを聞けば、男の心を深く傷付けてしまうような気がしていた。

 

 王はただ男の言葉に頷き、肩を叩く。

 

「海賊であっても、君は君だ。恩人を見習おうとする子ども達の心を、国王として、そして一人の人間として誇りに思うよ」

「恩人などと。私は、何も」

 

 そう言って、男は花束へと目を落とす。

 

 ふ、と。

 

 男の喉から吐息にも似た笑みが溢れた。

 

「どうかしたかね?」

 

 王が問えば男は首を振り、己を恥じたように囁く。

 

「人に親切にすると自分にも良い事があるものだ、と。浅ましい考えですね」

「何を言うか。そのように卑下するものではないぞ。それに、私達は君のいう『親切』に救われたのだ」

「いいえ、この国を救ったのは皆さん自身の行いです。苦しくとも王を信じ、清貧を尊び善行を続け、そして、薄汚い海賊の私まで受け入れて下さった。私はその優しさに応えただけのこと」

 

 二人は広場を通り抜ける。

 

 備えられた中型のスクリーンに映し出される戦乱の動向。

 映像電伝虫によって流される各国の争いは日々苛烈さを極めていく。

 その血生臭い報道に王の顔が曇った。

 

「人が皆、君のようであればどんなに良かったか」

「ああ……申し訳ありません。辛いことを思い出させてしまいましたね」

「いや、こちらこそすまない。争いなど不毛なことはやめ、皆で支え合えればいいのだが」

「ええ、本当に」

 

 男が愛おしそうに抱える花束。

 夏の日差しのような黄色の花と小さな白の花の散る背の高い花が束ねられている。

 

 花束を包む新聞紙。

 その見出しにはこう記されていた。

 

『繰り返される悲劇 パンクハザード再汚染』

 

 四年前と同型の毒ガス兵器が誤作動を起こし、調査に入っていた海軍本部の大部隊が全滅、島は再び死に包まれたと語る記事。

 

 死臭の染み付いたほの暗い紙面を清廉な黒のグローブが覆い隠し、黒く滲むインクが僅かに出た指先を汚した。

 

 男は花束に顔を近付け、その香りを確かめるように目を閉じる。

 

 

 花束に隠された口元には笑みが浮かんでいた。

 





 パンクハザード編はこれにておしまい。
 過去編数話を挟み、ドレスローザ編にすすみます。
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