『トラウメイジ』~死によって物語が始まる女になったけど生存頑張ります 作:メチル
『トラウメイジ』というゲームがある。家庭用ゲームやPC向け配信サイトで販売されたJRPGだ。
心の傷と向き合いそれを異能――ゲーム内用語では
歴史はあるが小規模の開発会社で立ち上げた新規IPとして不安視されながらも世に出たそれは最初は売り上げがいつも通りの3万本というところであったが低予算ながらイラストカットインなどの工夫された演出やバトルの爽快感、熱いシナリオと深みのあるキャラなどが評価されSNSなどで小さいながら話題となり、最終的には20万本を超えヒット作となった。アニメ化やコミカライズなどのマルチメディアによる展開や後日談DLC、スピンオフの展開など行われメインストリームではないもののサブカル愛好家の中で作品名を言えば「ああ、あれね」と知られているほどの出世作となった。もちろんボクもゲーム本編はやった、だが設定資料集などは読んでいないたしなみ程度の知識しかないという状態である。
さて、どうしてこんなことを僕はつらつらと述べているかというとそれは単純明快。今生では『トラウメイジ』の世界こそがボクの生きる世界であるためだ。転生というやつである、いや憑依かもしれない。
なぜ『トラウメイジ』の世界に来たのかわかるのか?だって?答えは簡単。目を覚ませばそこは現実ではありえない光景が目に入ってきたのだ。それも異能バトル――ゲームキャラ同士の戦闘が繰り広げられていたのである。
我が手にある鎖がジャラジャラと威圧感を与える音をと風を切るボッという音を奏でながら敵に襲い掛かる。当たれば肉を抉り骨をも砕くであろう一撃が男の手に握られた何かを潰しはするもののその肉体には損傷を与えた様子はない。
「コバンザメ貯めさせろよっ!」
そんな言葉を吐き捨てながら敵は前進を続ける。拳が当たる距離、ぬるりと伸ばされた腕が鎖を持つ方の手を掴もうとする。手首の関節の破壊を目的とする攻撃、鎖による迎撃は間に合わないだろう。そう判断した俺は右手も鎖の具現化を解き、手首を砕こうとしてくる掌を左ひじをで叩き打つ。次いで首を折ろうとしてくる手刀を首に巻いた形で具現化させた鎖で弾く。空いた両腕にも瞬時に鎖を巻き付け胴に二撃を叩き込む!
「イタチザメ!」
宙に浮き空を泳ぐジンベエザメの腹、そこにひっついていたコバンザメが3匹霞と消え残数は1匹となる。拳の先にイタチザメが出現する。二撃を受け背骨まで折られたそれはすぐさま消え果てるがその間に敵は距離を取りイタチザメのいたあたりからコバンザメが生まれ大きな腹へ向かって昇っていく。
「鎖野郎!そろそろ通せよ!依頼終わらねえだろうが!」
「こっちの任務はアレを剥がさせないことだからな。そちらこそ退いた方がいいんじゃないか?メガロ・ドネスター。趣味の悪い紫のスーツは今日のラッキーカラーか?」
ちらりと後ろを見る。長い髪で顔は見えないが少女が膝を抱えてうつむきながら浮いた水の球体の中にいるのを確認する。
「知ってんのか、俺も名を馳せたもんだね。運がいい」
コバンザメがまた1つ貯まるのをみて舌打ちが出る。
「運に拘りサメを使役する。知らん方がおかしいだろう」
「その俺相手にこれだけ戦えるお前も相当だよ!」
コバンザメを1匹消費してネコザメが作り出される。今戦闘18回目の遠距離戦からの近距離戦が始まろうとしていた。
大鳴ククとメガロ・ドネスターの戦闘……間違いない。ゲーム開始時のムービーで行われる戦闘だ。
急激な温暖化によって多くの陸地が沈み、遷都された渡島半島の旧函館。今は北東京(きたとうきょう)と呼ばれているその地には『楔』と呼ばれる少女体が捧げられていた。その少女がいることで人の心の傷が物理を超越した現象を引き起こす(通称:心的外象)をある程度抑えることができていた。だがその力こそ人が持つべき物だと認識する集団、それに雇われたメガロ・ドネスターによって少女体は破壊される。それから起きる大動乱こそ『トラウメイジ』の本編だ。ちなみにトラウメイジとは大鳴ククやメガロ・ドネスターのような異能者を指す言葉である。
そして『楔』である少女、それこそ今生のボクである。はい、ボクこのままだと破壊されてしまいます。わざわざ「破壊」という表現なのは本来『楔』の少女体には人格や魂といったものが存在していないからなのだけれど……ボクが宿ってしまっている以上今回は「殺害」、ガイシャはボクである。原作では破壊描写があいまいに表現されていたが、数々の修羅場をくぐり抜けてきた大鳴ククが絶句していたことからおそらく凄惨な現場になってしまっていたのであろう。メガロの異能、
ボク……というより『楔』を破壊するのであれば確実な方法を取るはず、つまりコバンザメがかなり貯まらなければ『楔』の破壊をしかけることはないはずだ。ゲーム本編と違うのはボクという自我の存在、そしてゲーム本編に展開をなぞるのであればしかけてくるだいたいのタイミングはわかる。そこを狙い撃ちして避けることこそボクが生き残るのに確実であるはずだ。
そう信じてその時を待つ……手足の先はジンジンと痺れにも痛みにも似た感覚があるし、正直に言えば今すぐにもわめきちらしながら逃げ出したい。寒気と怖気が焦りを生み、早鐘をうつ心臓が聞こえてしまわないか心配になるほど。ただ静かに膝を抱えて意思があることを悟らせないように座り続ける。
長いのか短いのかわからない時間が経ち、運命の時は迫ろうとしていた。コバンザメのストックは現在8匹、大技の消費には十分な数だ。
俺の
ひどく相性が悪い、一方向の点や面の処理であれば得意だが小型のサメが多方面から攻めてくるとなると要求される処理は自身の円状。これ自体ならなんとかなるが『楔』の破壊を防がなければならない以上自身の守りにばかり割いてはいられない。
もう一つの
あちらの手札が多すぎるし、コバンザメもかなり溜まっている。であれば、対応可能と見るほうが自然だろう。ならばどうするか――
「捨て身の突貫だろうがッ!」
鎖を両腕に巻き付け縦横無尽に殴りかかる。格闘戦であればこちらに分があるのは確認済みだ。
身体を前傾にし、渾身の右拳を振りぬく。
「ノコギリザメェェェ!」
次の瞬間右腕は宙を舞っていた。眼前には獰猛な笑みとともに召喚したノコギリザメの尾びれを掴み振り切った体勢を取るメガロ。そして2匹のコバンザメ
「ッ!」
痛みをかみ殺して右腕を鎖で繋ぐ。だがその空隙こそが致命的なミスを生む。『楔』とメガロの直線上から外れてしまったのだ。
「しまった!」
「貰ったァ!シュモクザメ!」
一直線に破壊に特化したソレが宙を泳ぎだす。『楔』を粉々にするには十分すぎる。
絶望とともに振り向くと『楔』の少女は瞳をシュモクザメに向けていた。
ばっ!とそれまで微動だにしなかった少女が横に飛び出し、そのエラに手を深く突き入れシュモクザメを絶命させる。
「自立意識はねえ!って話だっただろうが!」
「悔しがるなら後にした方がよかった!な!」
繋がった右腕と左腕で胴に一撃ずつ、骨を砕き内臓にすら深く突き刺さる感覚を覚えながら渾身の力で振りぬく。とどめの一撃を加えんと体勢を立て直す。だがその一撃は届かない。
ゴォォォォという声にならぬ音とともにジンベエザメがメガロを飲み込み地中に潜航していったのだ。
「逃したか……いや運が悪ければ死んでいるだろうが……」
幸運の権化みたいなやつだ、おそらく死んではいないだろう。それより先に考えることがある、『楔』を――
最後に見たのは銃を向けた無表情な『楔』の少女、銃撃音が残響する中俺は死んだ。