空だけを見れば平和に他ならない。世界にはいつも幸せな部分と不幸な部分がある。それが足し引きでゼロになるように世界はできている。
荒れ果てた荒野で一人の少年は目を覚ます。外は今日も静かだ。部屋には一輪の花。ただ、その全ては嘘で出来ている。レトルトのゴミを鉄の棒で茎に見立てたものに突き刺し、花としている。何一つ言葉を発することなく、彼はコンクリートで適当に作ったかのような正方形の家から花を持ち、外出する。照りつける太陽、外には無限の荒野、そして転々と立ち並ぶ彼の出てきた家と同じような家家。少年の服はすでにほぼ壊れている。ところどころが破れ、肌が見えている。その体には多くの傷があった。そんな状態で外に不自然に置かれた石の前に立ち、手を合わせる。
「俺は今日も生きている」
どこか遠くから何かの声がするがそんなことは気にしない。部屋に戻り、壁にかけられた数多の武器から短剣と長剣を取り、地面に無作為に置かれた鞘を拾い上げ、入れようとするが、その鞘はすでに壊れており、刀身を仕舞うことが出来なかった。彼は溜息をつき、すでに半壊した鞘を肩から腰に回すとそこに右手で持った長剣を乗せる。左手にはどこにでもあるような短剣。ただ、ひとつだけ違うことがあるというのならば、その刀身がどちらも闇夜のように黒いということだろうか。短剣の鞘がは幸運にも生きていた為、ズボンに引っ掛けるような形でホルスターのようにしまっておく。
「これはまた回収に行かないとな」
ぼやくような彼の言葉には何一つ言葉は帰ってこない。外は相変わらず静まりかえっている。先程の石の横を通り、岩間を抜け、遠くに上がっている煙を目指す。この時彼は決して振り返ることはない。別に今見ずとも後々嫌でも見る事になる。
少しすると周囲からの人間のものではない声が聞こえ始める。そんな中を、岩間に身を隠しながらトカゲのように移動する。少しでも音を立てれば彼らに追われる事になる。そうなれば回収どころの騒ぎではない。
煙を立てる箱状のものに周りにはすでに彼らが三匹ほど集まっていた。内心舌打ちをする。相変わらず醜く体は膨張しているが、おそらくタイプははバッタ、クモ、ネズミだろう。少し時間を空けてくるか。ただ、それでも立ち去るという保証はない。身を潜めて彼らを観察しながら作戦を練っていると、彼らが煙の上がる箱の横にある何かを小突いている事に気づく。頭に最悪の事態が想定される。それでも焦ることはなく、影のように動き、跳躍、背を向けていた中央のバッタ型のガストレアの首に長剣を突き刺す。その背中を右に転がり、自重で引き抜いた長剣でそのまま横でこちらを振り返ったネズミ型のガストレアの頭部に長剣を振り下ろす。浅いかと思ったが思ったよりか深々と突き刺さり、赤い泡を吹いている体を見て十分だと判断。後方から飛びかかってくるガストレアに長剣を振りかざそうとするが抜けない。即座に、長剣から手を離し、短剣を握る。逆手で掴み、串刺しにしようとする鋭利に尖った足を一本受け流す。そのままの勢いで口の部分に短剣を突き刺す。当然殺すには至らない。すぐさま後方へ飛び、直剣を抜き取る。手に刀身が肉から離れる際の独特な感触があるがもうそんなことは気にならない。口に差し込まれた短剣を抜こうともがくガストレアの頭部に直剣を突き刺し、絶命させる。ただ、相手は人間ではない。頭部に攻撃を行っても死なない場合もある。少年は短剣を抜き取り、それを鞘に収めるとまだ少し痙攣しているガストレアを解体し始める。脚を切り取り、ダルマのような状態にし、頭部も切り取った上で、それぞれ遠く離す。額に浮かぶ汗を拭うが手がガストレアの血塗れだった為逆効果だったようだ。直剣を置き、溜息をついてきていた服で拭う。服も血だらけではあるが少しは拭うことができた。
そのまま箱の横にあったものを見る。それも箱だった。ただ、それは檻だ。冷たい鉄の中にはこちらを見て震える少女がいる。白い髪に麻布でできた服。まだ歳は小学生生低学年レベルだろう。
「なるほど。そういう事か」
檻越しに外傷を確認する。どうやら俺とほぼ同じタイミングで先のガストレアも到着したようで問題はなさそうだ。だが、ここに送られてくるという時点でどういう状況なのかは理解している。
「おい、大丈夫か?」
返答はない。その代わりにコクコクと頷く。その瞳は怯えている。ここにくる少女はただの少女ではない。呪われた子供たち。そう呼ばれていたはずだ。あのガストレアに対抗することのできる人間。ガストレアウイルスを抑制できる抗体を持った子供、いわば希望だ。
だが力にはリスクが伴う。それを行使しすぎたり、ガストレアに抑制できない量のウイルスを注入されてしまえば意識を持ったまま、ガストレア化が進み、ガストレアになる。そのため、迫害も受けていた。生まればかりの我が子が呪われた子供だとわかれば捨てる、そんなことが相次いだ。その後の彼女達を待っているのは地獄だ。食事が取れず、餓死する。もし運良く、IISOに拾われたとしても彼女と共に戦う相棒兼監視役のプロモーターに性的虐待を受け壊れてしまった少女を何回も見た。
「そうか。生きたいか?」
少しの迷いの後に首を縦に振る少女を見て檻を開く、人間には理解できる構造だが、ガストレアには少し難しかったようだ。蝶番を開くだけで簡単に扉を開けることができた。少女を助け出し、横の箱を開く。中には服と、黒く光る武器。そしてレトルトのなどの食料。どう考えても一人で使い切ることはできない量だ。
「手伝ってくれ、これを持って帰りたい。だがまず、好きな武器を選べ。わかっていると思うがここは外だ。ガストレアもウロウロしている。自分の身は自分で護れ」
少女はその箱を覗き込むと短剣とナックルを選択した。手が届かないようなので少女にそれを手渡す。少女は少しそれを確認するとそのまま装備した。そしてその箱を2人で持ち上げ、拠点へと戻っていく。拠点はまだ外と比べれば安全だった。これまでそれなりに長い間ここにいるがガストレアに侵入された事は指で数える程しかない。やることのなくなった彼らは火を起こし、水を沸騰させ、レトルトを温め、食事をとっていた。
「ありがとう」
少女の初めての言葉だった。正直、何かが理由で精神が壊れており、話せないのだろうと踏んでいたので意外ではあった。
「話せるのか。俺はあそこで死んだ方が楽だったと思うけどな」
感謝する彼女に虚しく告げる。ここは地獄だ。昔はまだ友人がいた、だが、みんな死んでしまった。あるものはガストレアに食われ、あるものはガストレアに襲われてウイルスを限界を超えて注入、飛びかけた意識の中、仲間に殺してくれと願っていた。結局彼女は仲の良かった人間に殺されたが、翌日その人間も首を吊っていた。そんなことが続き、最後に残った呪われた子供、イニシエーターも不意を突かれてガストレアに襲われて、俺の手で殺した。
「私からすればどこも地獄ですよ。誰もいないここの方が平和です」
「そうだな。この世界は......どこも地獄だ」
付けられていた箸で少女と共に、インスタントのラーメンを啜る。少し硬めのスープを啜った麺はいつもと同じ、強い塩味が効いていた。