飛行機雲に焦がれて   作:カニ漁船

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何もかもが変わったプロローグ。


競走馬編
生まれ変わって馬


 ──2022年、パリロンシャン競馬場。

 

 

《フォルスストレートを越えて先頭は11番タイトルホルダー!タイトルホルダーが先頭で最後の直線に入ってきた!しかしアルピニスタ!葦毛の女王がタイトルホルダーに襲い掛かる!これは楽な手ごたえアルピニスタ!手綱はまだ持ったままだ!タイトルホルダーはいっぱいいっぱい!これは厳しいか!?3番手外に16番アルハキーム!間にはヴァデニがいる!エクリプスステークス2()()のヴァデニ!このタイトルはなんとしても取りたいところ!ここでタイトルホルダーは力尽きた!ズルズルと後退していく!》

 

 

 雨が降る中行われた凱旋門賞。この年登録された日本馬は……4()()だ。

 その真っ黒な馬は最後方で虎視眈々と狙い続けていた。獲物を狙う肉食獣の如き瞳で前を見据える。そして、最後の直線に入る前……フォルスストレートの段階で、加速をつけていた。

 黒い馬の爆発的な末脚が、()()パリロンシャン競馬場で炸裂する。自身の前を走る馬全てを喰らわんばかりの勢いで、他の馬を躱していった。

 

 

《14番アルピニスタが先頭に代わる!アルピニスタ先頭!そして昨年の凱旋門賞2()()のトルカータータッソが追い上げてくる!トルカータータッソの追い上げ!そして……!き、きたぁぁぁぁぁぁぁ!ここで最後方から×××××××××が捲って上がってきたぁぁぁぁぁ!本レースの1番人気!【漆黒の撃墜王】!神速と謳われた脚はいまだ健在!瞬く間に他の馬を躱して先頭へと上がってくる!驚異の捲り!やはり恐ろしい末脚だ!この馬だけ次元が違う!残り200m!ここで捲りは決まるのか!?》

 

 

「粘れぇぇぇぇ!アルピニスタァァァァァ!」

 

 

「このまま負けっぱなしでいいのかヴァデニィィィィ!」

 

 

「雪辱を果たせトルカータータッソォォォォ!」

 

 

 現地民の応援の声が飛ぶ。

 その馬は、ただ前だけを見据えて走っていた。

 

 

『……』

 

 

 ()()()()()()()。ただ、それは()()()()()()()()()。ここにはいない、ここで走っていない馬の幻影を……その馬は追い続けていた。

 

 

《依然としてアルピニスタ先頭!しかし、しかし最後方から×××××××××が捲って上がってくる!その差を瞬く間に縮めて2馬身!1馬身!そして……!ついに躱したぁぁぁぁぁ!残り100m!×××××××××がアルピニスタを躱したぁぁぁぁ!他の馬も粘るがやはり届かない!やはりこの馬は強かった!圧倒的強さ!これが日本競馬の力だ!それを証明するように……×××××××××が先頭で今ゴォォォォォォォルイィィィィィィィン!×××××××××!凱旋門賞2連覇たっせぇぇぇぇぇぇぇぇい!!》

 

 

 そのまま×××××××××はウイニングランをするかと思えば……減速を始めた。少しずつ減速をしながらやがて脚を止めて……溜息を吐くような所作をする。

 

 

(やっぱり……もうお前はいないんだな……)

 

 

 ──分かっていたことだ。自分が焦がれていた相手は、決着をつけたかった相手は……もう競馬場(ここ)にはいないのだと。

 

 

《恐ろしい強さだ!これが世界最強馬の実力だ!重馬場でありながらも、他の馬よりも次元の違うスピードでこの凱旋門賞を制した!あの時と、昨年の凱旋門賞と全く同じ勝ち方!最後方からの大捲り!これでG1を7勝目!そして、()()調()()()()()()()()()()()()()()()()()()1()()!再び凱旋門賞を制しました!もう誰もこの強さに文句はないでしょう!まさしく世界最強馬として君臨しました×××××××××!》

 

 

 ×××××××××は、この国の言葉は簡単なものなら分かるようになった。世界最強馬……実況の言葉に、×××××××××は内心笑う。

 

 

(世界最強だと?笑わせんじゃねぇよ)

 

 

 それは──怒り。

 

 

(アイツとの決着も着いてねぇのに……世界一なんて名乗れるかよ……!)

 

 

「落ち着いて、×××××。どうどう」

 

 

 ×××××××××にまたがる騎手が、怒りを察知したのだろう。落ち着かせるように首を撫でる。そのおかげで、×××××は幾分か落ち着いた。

 

 

(すまねぇな鷹さん。つい昂っちまった)

 

 

「……まぁ、君の気持ちも分かるけどね。そうか、やっぱり……()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

(……あぁ。あの日で納得はしていた。それでも、現役を続行し続けた。けど……もう、潮時かもしれねぇな)

 

 

 ×××××は空を見上げる。空は、雨模様だ。

 

 

(アイ先輩……あなたとジェネ先輩に背を押されて現役を続行しました。ジェネ先輩、グランプリレースで一度もあなたに勝てなかったな……。いつだってあなたは俺の目標でした。他にも今日も一緒に走ったプボ君とか日本でまだ走ってるらしいタクトちゃん、ラーシーの奴とかいるけど……)

 

 

 そして──彼にとっての宿敵。今は日本で種牡馬をやっている彼。一番決着を着けたかった相手に、思いを馳せる。

 

 

(なぁ……お前と、もう一度決着をつけたかったよ……コントレイル)

 

 

 実況の声が響き渡る。

 

 

《1着となった×××××××××に惜しみない拍手が送られていますパリロンシャン競馬場!この凱旋門賞をラストランにしていました。そして!そのラストランで見事有終の美を飾りました×××××××××!もう誰にも文句は言わせない!俺こそが世界最強だ!おめでとう×××××××××!》

 

 

 ×××××××××の心は──およそ大レースを勝利した後とは思えないほどに空虚だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──2017年2月22日。北海道のとある生産牧場。そこで、新たな命が生まれた。

 

 

「頑張れ……もうちょっとだぞ……!」

 

 

 母馬、ケイティーズハートから生まれた仔馬が立ち上がろうと必死に頑張っている。ただ、生まれてから30分。中々立てないでいた。

 

 

「もうちょっと……もうちょっと……!」

 

 

「頑張れ、頑張れ……!」

 

 

 母馬であるケイティーズハートはそんな我が子を舐めていた。励ますように、頑張れと応援しているように……自らの子を舐めていた。

 そして生まれてから40分が過ぎた頃──ケイティーズハートの子はヨロヨロと立ち上がった。

 

 

「おぉ!立った、立ったぞ!」

 

 

「40分か。毛並みは……父親に似て黒いな。詳しく分かるのはもっと先だな」

 

 

「記録付けるか。え~っと、2017年の2月22日、無事出産……と」

 

 

 母馬、仔馬ともに健康体。そのことにスタッフたちは胸をなでおろす。そのまま仔馬は母馬であるケイティーズハートの乳を必死に飲んでいた。

 

 

「お、凄い勢いで飲んでますね。良い飲みっぷりだ」

 

 

「よーしよし、そのままたくさん飲んで、これからいっぱい食べて大きくなれよ~」

 

 

 スタッフはそんな願いを込めつつ仔馬を見つめる。それから少し経った頃、乳を飲み終わった仔馬は。

 

 

「あれ?なんか、ボーっとしてますね?どうしたのかな?」

 

 

 どういうわけかボーっとしているような気がした。スタッフは少し困惑する。

 

 

「母親がいなくて不安がってるのか?でもさっきまで乳を飲んでいたから気づいているはずだし……」

 

 

 その原因を探ろうとするが……特に何もなかった。母親が分からなくなったとかそういうわけでもないらしい。というよりは、ケイティーズハートが仔馬にべったりだったのでそれはないとスタッフたちは断定した。

 ──2017年2月22日。ケイティーズハートの2017が産まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 転生したと気づいた時から、おかしいとは思っていた。

 

 

(人の声は聞こえるけど……病院じゃねぇよな?ここ)

 

 

 なんとか立ち上がろうとする。そう、この時点でもうおかしかったんだ。普通の人間に転生したんだったら……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。でも、この時の俺はそこまで頭が回らなかった。転生したこととか色々なことがあって、混乱していたんだと思う。

 誰かに舐められているような感覚を覚えながら何とか立ち上がって。次に覚えたのは空腹感だった。とにかくお腹が空いていたので、どうにかならないだろうかと考えていると……近くにいる誰かが何かを押しつけてきた。

 

 

(これ、飲めってことか?多分、乳なんだろうけど……)

 

 

 細かく考えずにその乳を飲む。いっぱい飲んで腹が膨れた後……自分の現状に気づいた。

 

 

(確かに人はいるけど……病院じゃない。小屋?そんなところか?)

 

 

 小屋で出産とはキリストじゃあるまいしとか思いながら周りを見渡して……俺が乳を飲んでいた相手を確認する。

 

 

『可愛い子……元気に生まれてきてくれてよかった』

 

 

(……え゛っ?)

 

 

 そこにいたのは、馬。それは、俺が乳を飲んでいた相手は馬だということが分かった。

 

 

『ていうか、本当に可愛いわ~!片時も離れたくない!』

 

 

 母親?というか母馬は俺を舐めまわしてくる。ちょっとくすぐったいので勘弁してほしいのだが。

 ……おーけいおーけい。ちょっと現状を整理しよう。俺はさっきまで神様とやらに会っていた。それはちゃんと記憶にある。姿かたちはなかったが……自分のことを神様と言っていたし、それにちゃんとオーラっぽいなにかはあった。あれは間違いなく神様なんだろう。なんか余計な特典までもらったけど……それはまぁいい。

 自分の姿をなんとか確認する。……うん、見事なまでに馬だ。まごうことなき馬だ。それに気づいて、心の中で俺は叫ぶ。

 

 

(馬畜生じゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁ!?あのクソ神ィィィィィィィィィィ!)

 

 

「どうしたんでしょうね?ケイティーズハートの子。なんか、呆然としていますけど……」

 

 

「もしかして、何か見えてるんじゃないか?」

 

 

「……止めてくださいよ!?怖いじゃないですか!?」

 

 

 そんな人間達の会話を尻目に、俺はこれからどうしようかと考えることしかできなかった。

 ……転生したら馬だった。




リメイク後。今度は完結するように頑張ります……。


9/12追記 実況部分を修正。
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