飛行機雲に焦がれて   作:カニ漁船

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クラシックシーズンのスタート。あのお馬さんの名前だけ登場。


スプリングステークス

 年が明けて、ついにヴァーディのクラシック戦線が始まる。そのことで滝村さんと話し合っていた。

 俺と滝村さんの話し合いは丁度区切りがついて一息つく。

 

 

「それじゃあ、スプリングステークスに出走するということで。お願いします滝村さん」

 

 

「はい。ヴァーディと一緒に勝ってみせます」

 

 

 滝村さんの力強い言葉に安心感を覚える。

 もうすぐ始まるクラシック3冠の戦い。その初戦となる皐月賞の前に、ヴァーディはスプリングステークスを使うことになった。理由は単純で、ヴァーディが中山を走った経験がないから。それに尽きる。

 

 

(初のG1を初めての競馬場で……なんてことはできるだけしたくないからな)

 

 

 勿論ヴァーディの状態にもよるが。だがヴァーディの状態は良好、もう一叩きしても問題はないだろうということで俺達全員の意見が一致した。

 

 

「そう言えば、最優秀2歳牡馬……ディープ産駒のコントレイルになりましたね」

 

 

「あ~……そうですね。ヴァーディも候補にはいたらしいんですけど。やっぱりあっちはホープフルを勝ってましたから」

 

 

 今回の最優秀2歳牡馬で名乗りを上げたのはヴァーディの他に2頭……コントレイルとサリオスだ。この3頭の中から選ばれることになったのだが、3戦3勝でホープフルを制したコントレイルと同じく無敗で朝日杯を制したサリオスには分が悪かったのか、ヴァーディが選出されることはなかった。同じ3戦3勝でも、やはりG1を勝つということはそれだけ大きいことなのだということを実感した。

 

 

「それに、コントレイルは凄く期待されてますからね。レースを見る限り……ヴァーディが皐月賞を勝つ上で一番の障害になると思います」

 

 

「そうですね……」

 

 

 滝村さんは浮かない表情だ。

 

 

(どうかしたのかな?)

 

 

「どうしたんですか?滝村さん。浮かない表情ですけど……」

 

 

「……え?あ、あぁすいません!なんでもないですよ!」

 

 

 正直、滅茶苦茶怪しい。だけど、さすがにこれ以上言及すべきじゃないことだと思い聞くのは止めにした。

 

 

「それじゃあ、ヴァーディのスプリングステークスはお願いします滝村さん」

 

 

「……はい。絶対に、勝ってみせます」

 

 

 滝村さんは力強くそう答えた。これでヴァーディのことに関しては一安心である。

 

 

「……ただ心配なのは、世間を騒がせているあのウイルス……ですよね」

 

 

「そうですね。どうやら日本でも症例が見られ始めているみたいですし……我々も罹らないように細心の注意を払いましょう」

 

 

 現在世界中で騒がれているあのウイルス。我々が罹ってしまうと一大事だ。対策を徹底するようにみんなにも伝えているが、それでも注意しすぎるに越したことはないだろう。

 

 

「後はクロノジェネシスの京都記念に関してですが……」

 

 

「あぁそれなら……」

 

 

 それからも滝村さんとの話し合いは進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、私はこの辺で。ありがとうございました海藤さん」

 

 

「はい、帰り道気をつけて。滝村さん」

 

 

 海藤さんに別れを告げて帰路に着く。その道中考えるのは……ヴァーディクトデイのこと。彼のことを考えると、自然と拳に力が入る。

 ヴァーディクトデイ。彼にはこの3戦主戦騎手として海藤さんに乗せてもらっていた。だが、その度に実感してしまう……自分の至らなさに。

 

 

(デイリー杯……俺がもっとうまくやれていれば……!)

 

 

 思い出すのはデイリー杯。俺はヴァーディを勝たせるために必死に手綱を握っていた。ヴァーディもそれに応えてくれている……と思う。

 着差は半馬身。勝ちは勝ちと言えばそれまでだ。だが……ヴァーディから感じる素質は──()()()()()()()()()()()()()。騎乗する度に、その感情はどんどん大きくなっていった。

 

 

(デイリー杯は、ヴァーディの実力を考えたらもっと着差は開いていてもおかしくなかった……それが半馬身差だったのは、俺の騎乗がへたくそだったからだ!)

 

 

 ヴァーディは俺の騎乗に応えてくれている。だけどそれは……ヴァーディ自身が自分の気持ちを抑えつけているからこそ、俺の騎乗に応えてくれているからではないか?と思い始めてきた。

 ヴァーディは利口な馬だ。だからこそ、自分の気持ちを押し殺してまで俺の騎乗に従ってくれる……そんな気がするのだ。

 

 

(俺はヴァーディに信頼されていないのかな……?)

 

 

 俺がへたくそだから、ヴァーディは全力を出さないのか?なら、もっともっとヴァーディに信頼されるしかないのか?でも、信頼されるにはどうしたら……そんな、負の無限ループに入る。

 

 

(海藤さんはそんなことはないって言ってくれるだろうけど……)

 

 

 分かっている。これは俺自身の勝手な主観に過ぎない。俺が勝手に抱いている幻想──本当にヴァーディから信頼されていないわけじゃない。だけど、ヴァーディの全力を引き出せない。そのことが、凄く歯がゆかった。

 

 

(帰ったらヴァーディのレースを見直すか。後は、次の調教でヴァーディを不安がらせないようにちゃんと感情をコントロールしないと)

 

 

 俺が不安に思っている気持ちは馬にも伝播する。だから、俺が自分の騎乗を不安に思っていたらダメだ。気を引き締めていかねばならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 年が明けて決まった俺の次走、スプリングステークス。クラシック3冠の初戦皐月賞の前哨戦にあたるレースらしい。これで良い成績を残すと皐月賞に優先的に出走できるのだとか。これは海藤さん達の会話を盗み聞きした情報だ。今もスタッフさん達の会話を盗み聞きしている。その情報によると、現在世界中では凄いウイルスが広がっているらしい。どこもかしこも大騒ぎだとか。

 

 

(そんなウイルスが感染拡大しているのか。やべぇな)

 

 

「なんか、たま~にヴァーディが俺達の会話に相槌を打っているように頷いてる時があるんですよね~。もしかして、俺達の会話の内容が分かってるとか?」

 

 

(ギクッ!?)

 

 

「もしそうだとしたら、コイツは凄く賢い馬だな。きっと歴史に名を残す名馬になるんじゃないか?ハハハ!」

 

 

「そうだといいですね~。アハハ」

 

 

 すいません、分かってるし理解してます。だって前世人間だもの。そりゃ分かるよ。

 それはともかく。ついに迎えた前哨戦スプリングステークス。俺の枠番は7枠8番。しかも1番人気!これは期待に応えるしかない!

 

 

 

 

 

 

フジテレビ賞スプリングステークス

 

 

枠順番号馬名牡/牝人気

1
1エン9

2
2シルバーエース8

3
3ヴェルトライゼンデ
2

4
4ココロノトウダイ5

5
5ファルコニア4

6
6ガミラスジャクソン11

6
7ガロアクリーク7

7
8ヴァーディクトデイ
1

7
9アオイクレアドール6

8
10サクセッション
3

8
11ラグビーボーイ10

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《各馬一斉に最後のコーナーに入りました!横にずらっと広がって最後の直線に入りました!現在8番のアオイクレアドールが先頭!1番人気ヴァーディクトデイは現在4番手から5番手の位置まだ中だ!ヴァーディクトデイは少し抜け出すのにてこずっているか!?中山の直線を各馬一斉に駆け抜けています!》

 

 

 

 

 不味いなっ!抜け出すのに一苦労だぞコレ!

 

 

(どうするよ滝村さん!?)

 

 

「……ッ!ここだヴァーディ!」

 

 

 それは僅かに空いた馬群の隙。そのわずかに空いた隙を狙って俺は駆け出した。その進路を取ることでなんとか抜け出す。だが、前を走る馬との差は少しあるな……!だけど!

 

 

(ぜってーに追いついてやる!)

 

 

 世界一になるって目標立てたのに、その初戦で負けるわけにゃいかねぇだろ!絶対に逃がさねぇからな!俺は前を走る馬達に並ぶ!

 

 

 

 

《残り200を切ったところでヴァーディクトデイが抜け出した!ヴェルトライゼンデも上がってきている!外からはガロアクリークとサクセッション!これは追い比べになる!しかし外からガロアクリークが先頭に立つか!?内のヴァーディクトデイも追い上げる!外のガロアクリークか内のヴァーディクトデイか!?》

 

 

 

 

 もうちょっと、もうちょっとっ!

 

 

(届けぇぇぇぇぇぇぇ!)

 

 

 外を走る馬よりもわずかに前に出て、俺はゴール板を駆け抜けた。

 

 

 

 

《わずかにヴァーディクトデイ!わずかにヴァーディクトデイが前に出たゴールイン!スプリングステークスはヴァーディクトデイがクビ差で制しました!これで4戦4勝!皐月賞へと弾みをつける勝利でした!》

 

 

 

 

 歓声は──上がらない。無観客だから当たり前なのだが。昨今のウイルスの影響で競馬場は無観客での開催となったらしい。

 

 

(歓声が上がらないってのも味気ないもんだな)

 

 

 まぁそれも仕方のないことかもしれない。これも感染を防ぐためだ。なんでも凄い感染力らしいし。

 鞍上の滝村さんはっと、なんか考え込んでる?

 

 

「……っ」

 

 

 どうしたんだろうか?とりあえず身体揺らしてみるか。

 

 

「うわっ、とと。どうしたんだヴァーディ?」

 

 

「ヒヒィン(いや、なんか考え込んでたし。なんかあったのか?)」

 

 

「あ、もしかして反応ないから心配したのか?はは、俺は大丈夫だよヴァーディ」

 

 

 滝村さんは俺を撫でる。うん、気持ちいい。

 とりあえず、スプリングステークスを勝ったわけだ。つまるところ……俺はクラシックの初戦、皐月賞へと駒を進めることができた。待ってろよ皐月賞!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(クビ差、か)

 

 

 スプリングステークスの後、今回の騎乗の1人反省会を始める。今回分かったことは。

 

 

(ヴァーディに闘争心がないわけじゃない、勝ち気が薄いわけでもない。ちゃんとあるし、むしろ)

 

 

 他の馬よりも高い方じゃないか?そう思うような勝負根性を最後の追い比べの時に発揮してくれた。でも、その勝負根性を抑えているような……そんな気がしてならない。

 それは一体何故だ?引き出すには。

 

 

(それを活かすためにどうすれば?)

 

 

 答えは出ない。そもそも、今のヴァーディのレーススタイルすら見直す可能性が出てきた。

 

 

「せっかく海藤さんが俺を選んでくれたんだ。だから、期待に応えないと」

 

 

 頬を叩いて気合を入れる。次はクラシックの1冠目、皐月賞。クロノジェネシスの桜花賞の時は負けてしまった。だからこそ、ヴァーディで負けるわけにはいかない。コイツの素質の高さは……騎乗している俺は良く知っているから。

 

 

(ヴァーディはクラシックを取れる器だ。それは、能力をフルで発揮できればだけど……ッ!)

 

 

 また悪い考えになりそうだったので頬を叩く。いかんな、どうしても悪い考え一辺倒になってしまう。

 とりあえず、今の騎乗からスタイルを変えるのはリスクが高い。皐月賞は今まで通りこなそう──そう結論を出した。




皐月賞でコントレイルやサリオス達と対戦。
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