「あ、あの!ヴァーディクトデイさん!!」
「うお、ビックリした。どうしたの?」
廊下を歩いていたら知らん子から声をかけられた。なんか、すげぇ追い詰めたような表情してるけどどしたんだろ?俺に急用でもあったのだろうか?
「先日の皐月賞、ごめんなさいっ!」
「皐月賞?……何が?」
「あなたにぶつかってしまったこと!」
ぶつかった?……誰と誰が?
「外から追い上げていく時、私はあなたにぶつかってしまった。謝って許されることじゃないのは分かってる。だけど、それでも謝らせて!ごめんなさい!」
深々と頭を下げるけどいやいや!ちょいまちちょいまち!
「状況が呑み込めないんだけど……何?俺と君がレース中ぶつかったの?」
「そうだけど、覚えてないの?もしかして、そこまで影響を!?」
「いや、覚えてないというかなんというか……そもそもぶつかったことすら知らないというか」
「え?」
いや、そんな信じられないような目で見られてもな。俺からすれば本当に覚えのないことだ。レースでは走ることに集中してるから基本的に周りのことなんて覚えてないし。
「ぶつかったっていうなら、俺は別に気にしてないよ。そういう時もあるでしょ」
「そ、そんな簡単に……!も、もし私がぶつからなければ、ヴァーディクトデイさんは勝てたかもしれないんですよ!?」
その言葉で、心が急激に冷え込んでいく。別に悪気があるわけじゃないってのは分かってるんだが。
「……それ、誰から言われたの?」
「誰から言われたも何も……あの時のレースを見れば、誰もが分かることで」
目の前の子は少したじろいでいる。なんでか分かんないけど。ただ、本気でそうだと思ってるなら見当違いも甚だしい。
「レースにたらればなんてものはない。結果が全ての真実で、そこに
「そ、それは。そう、ですけど……でも、私がぶつからなければ」
「そもそも、君はわざとぶつかったの?もしそうならちょっとは怒るけど」
「そ、それはありません!そんなこと、絶対にしません!」
「わざとぶつかったわけじゃないんだったら、俺はそこまで気にしてないよ。君は謝った、俺は許した。はい、これで終わり」
そのまま去ろうとするが。
「な、なんで!」
呼び止められて、脚を止める。まだ何かあるんだろうか?
「普通、もうちょっと怒っても良いと思うんです!あなたには、その権利があるから!」
「怒る、か」
……正直に言えば、
「もしぶつかってなければ、もし不利がなければ……勝っていたかもしれない。そんなたらればはさ、語っても無意味なんだよ」
「え?ど、どういう」
「まぁ聞けって。あぁしていれば勝っていたかもしれない、こうしていれば勝ったかもしれない……誰もが思うかもしれないけど、時間が巻き戻るわけじゃないんだしさ。そんなもしもなんて、考えるだけ無駄だ。君の言う、不利がなければ俺が勝っていたかもしれないっていうのもそれと同じだ。君がぶつからなかったところで、俺が勝ったかどうかなんてのは分からないんだから」
俺が言うのもアレだけど、な。
「……」
「なんにせよ、君がそこまで気に病む必要はないってことだよ。こうして謝ってくれたんだから、俺からすればそれだけで十分」
目の前の子は黙りこくってしまったわけだが……俺は何かミスってしまっただろうか?
「……分かりました。でも、最後にもう一度だけ。本当に、すいませんでした」
「おう!あ、世間の反応とかにも気にするんじゃねぇぞ!どこにでも湧くんだからそういう輩は」
「ハハハ……はい。ひとまず、また走る機会があれば!」
「おーう!じゃあな!」
最終的には笑顔で帰っていった。ということは、間違ってはなかったというわけか。
その子と別れた後、1人になったタイミングで彼女との会話を思い出す。
「ぶつかってしまった、か」
正直に言えば苛立ちを覚えた。それは彼女ではなく……
(俺がもっと強ければ、俺がもっと速ければ!あの子は気に病む必要はなかった!)
不甲斐ない。だが、あの皐月賞は何も悪いことばかりではなかった。
(あの極度の疲労。レース後のライブも欠席するほどだったが……確信した)
あの皐月賞があったからこそ、俺の中のリミッターが1つ外れた。後はトレーニング再開後にどれだけやれるかを確認する必要があるが……おおよそ想像通りになっていることだろう。
「残すリミッターは後1つ……これも早急に外さねぇとな」
あのジャパンカップに間に合わせるために。そのためにも、今後のレースを海藤さんと話し合うとするか!
「それで?今なんて言ったかもう一度言ってくれるかな?ヴァーディ」
「ヒン……」
俺の目の前にはぶち切れ海藤さん。おかしい、どうしてこうなった!?俺は何も悪いことしてねぇぞ!
「そ、その~。次走にNHKマイルカップなんていかがでしょうか~、な~んて」
「ふざけてるの?」
「お、大まじめです」
頭を痛そうに抱える海藤さん。そんな変なことを言った覚えはないんだが。
「あのね、ヴァーディ。君は皐月賞の後のことを覚えているのかい?」
「皐月賞の後?……ライブ欠席したことぐらい?」
「そう。君は極度の疲労からライブを欠席した。それがあるのに、どうしてNHKマイルカップに出走しようなんて思えるのかな?」
「い、いや~。俺ならいけるかな~って」
「君のその自信はどこから来るの……なんにしても、君はしばらくレースお休み!NHKマイルには勿論出さないし、秋までレースは出さない可能性もあるってことを覚えといてね!」
「そ、そんな!?」
レースに出なきゃ、リミッター外せねぇじゃん!少しでも早く外してぇのに!
「そこをどうか頼むよバディ!レースに出させてくれ!」
「ダメったらダメ!そもそも、皐月賞だって君ぐったりしてたじゃないか!今だって疲労が溜まってるんだろう!?」
「うぐっ!?で、でもよぉ……」
「ダメなものはダメ!」
海藤さんは一歩も退く様子がない。ぐぬぬ……!こうなったらテコでも動かねぇぞ多分。
「わ、分かったよ……じゃあトレーニングに「トレーニングもしばらくお休み!自主トレだって、クロノの監視付きならOKだけどそれ以外は勿論ダメ!」そんな!?そこまでしなくたっていいだろ!?」
横暴だ横暴だ!
「ヴァーディ!」
「ッな、なんだよ?」
海藤さんは心配するような表情で俺を見ている。……あぁ、やっちまったか。
「君はもうちょっと休むってことを知った方がいい。休むのだって、身体を作る上では重要なことだよ」
「そ、そうだけど……」
「君がなにを焦っているのかは、俺には分からない。だけど、最悪のことが起こってからじゃ遅いんだ。だから、分かって欲しいヴァーディ」
……やっちまったなぁ。焦りすぎて、海藤さんに余計な心配をかけさせちまった。マジでやらかした。
「……ゴメン。NHKマイルは諦める」
「トレーニングも、だ。君の身体に蓄積しているダメージを抜くためにも、しばらくはお休み。この機会にリフレッシュしておいで。街に出かけるとか」
「あぁ、そうする……」
トレーニングもお休みかぁ。自主トレも、ジェネ先輩の監視付き。隠れてやったら大目玉食らうだろうし、何より海藤さんを心配させちまうだろうし……やらない方がいいな。
「あの、ヴァーディちゃん凄いしょんぼりしてますよ?耳もあんなに」
「うぐっ。だ、だけどここは心を鬼にしないと!ただでさえヴァーディは無茶するんだから!」
「でも、さすがにいたたまれないというか……」
「ダメダメ!……まぁでも、しいて考えるなら」
あ~、どうっすかな~?とりあえず、最近部屋着にしてるシャツが伸びてきたし新しいのでも買いに行くか?そうする「あー、ヴァーディ?」ん?なんか呼ばれてる。
「どうしたんだよ?バディ」
「あ~……代わりといってはなんだけど、今度君のお願い聞いてあげるからさ。だから今回は我慢して?」
……え?マジで!?
「マジで俺のお願い聞いてくれんの!?」
「お、俺に叶えられる範囲ならね。あ、今回のレースに出せっていうのはダメだよ。NHKマイルにも、日本ダービーは……経過を見てになるけど出す気はない。これはお願いを使われても無理だからね」
「分かってる分かってる!さ~て、何に使おうかな~?」
ちょっとニヤニヤしながらそう呟く俺。使い道なんて決まっているが、ここはちょいと意地悪してやろう。
「お、お手柔らかにね?ヴァーディ」
「だーい丈夫だって!んじゃ、今日はもう上がりまーす!」
「うん。お疲れ様ヴァーディ。ゆっくりと身体を休めて、少しでも疲労を抜いてくるんだよ」
「はーい!」
部室の扉を閉めて──ニヤついた笑みを消す。さて、これは予想外のことだな。
「……まぁいい。とりあえず、休みのことでも考えるか」
海藤さんに使えるお願い。吟味しておく必要があるだろう。使い道は決まっているとはいえ、な。
スピカの部室で皐月賞の映像を見る。トレーナーさんとタクトちゃん、それに先輩方もいる。
「いや~!よくやったなコン坊!アタシのアドバイスのおかげだ!」
「親友のアドバイスはろくすっぽ役に立ってな「なんか言ったか?ジャス」全然役に立ってないでしょ親友」
「そこはちょっとでも謝れよジャス!テメェこの野郎!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛!?止めて親友!痛い痛い!」
ゴールドシップ先輩とジャスタウェイ先輩は相変わらず仲が良い。
皐月賞の第4コーナー。ここで……あ。
「ヴァーディクトデイに接触。確か、URAからお咎めがあったんだっけ?」
「ま、軽い処分だがな。本人にも謝罪の気持ちがあるし、外に膨らんだところにヴァーディクトデイが突っ込んできたっていうのがおおよその見方だ。悪質ではないと判断されたんだろう」
「事実、悪質ではないでしょう。この子もヴァーディクトデイさんに直接謝罪していましたし」
そうなんだ。それはちょっと初耳だ。
だけど、驚くべきところは──ここから。
(ッ!あぁ、やっぱり凄いなぁヴァーディ君は。もの凄く速い)
最後の直線に向いた瞬間見せる──ヴァーディ君の爆発的な加速。接触して、体勢がわずかに崩れたにも関わらず凄まじい速さで上がってきていた。
「改めて見直しても、凄いね」
「あぁ。この時にヴァーディが叩き出したラスト1ハロンのタイムは……他の出走者よりも
「上がり3ハロンのタイムが33秒台……この皐月賞で唯一の33秒台ですわ」
次点で僕の34秒9。対してヴァーディ君の上がり3ハロンは33秒台。これだけで分かるだろう。ヴァーディ君の速さが。
「重くなってるバ場でこれだけのスピードが出せるなんて……」
「しかも、第4コーナーの接触で多少バランスが崩れている。ここから再加速していたはずだ。つまりは……一度0に戻りかけたスピードを一瞬でマックスまで戻したってことだ」
「恐ろしい瞬発力ですね……」
どこからでも追いついてくる末脚……あぁ。
(本当に君は凄いなぁ、ヴァーディくぅん……!)
あの時感じた殺気にも似た視線!近づくたびに膨れ上がる圧!空気が破裂する音が聞こえるぐらいの加速!どれをとっても、本当に凄い!
(もっと巻き戻してみよう)
ヴァーディ君の勇姿をちゃんと見ないと、ね。
「……コントレイル。あまり巻き戻すな。今回のはあくまで反省会なんだからな」
トレーナーさんに怒られた。止めておこう。それに……ネットにいくらでも映像は転がってるしね。
「さて、コントレイルの次走は日本ダービーだ!無敗の二冠が掛かっているが……あまり気負い過ぎるなよ!」
「はい。勿論分かっています」
この日本ダービーも勝つ。そしてその先で……ふふっ。
「しっかし、日本ダービーにヴァーディは出てくるのかね?確か疲労がすげぇんだろ?」
「それは分からんな。ただ、出走しない可能性の方が高いだろう。皐月賞はライブも欠席したようだしな」
ふふ、ふふふ!次戦う時が楽しみだよヴァーディ君!
ヴァーディはNHKマイルには出走しません。ダービーもちょい厳しめ?