夏合宿は色々とあった。例えば夏合宿の夜なんかは。
「さぁ!今度はヴァーディの番だよ!」
「ど・れ・に・し・よ・う・か・な~?」
ジェネ先輩達とのトランプ遊びに興じたり。
「んじゃ、こっちで……お、揃った。上がりですね」
「あ゛ぁ゛~!?また負けたー!」
なんというか青春っぽい感じがする夏合宿の一幕に加えて。
「さぁヴァーディ。ワタクシとトレーニングいたしましょうか」
「……なんでドンナ先輩がここに?」
夏合宿が始まってから数日後にはなぜかドンナ先輩を中心にリギルのメンバーも合流。どういうわけか聞いてみると。
「実はリギルの東条トレーナーから一緒に夏合宿をしないか?という提案があってね。リギルのメンバーは途中から合流する形になっちゃったけど」
どうやら元々決まっていたらしい。リギルのメンバーは今日から合宿だから俺達よりも遅れて合流する形になったのか。
「へ~、そういうわけかい」
1人納得していると、ドンナ姉さんが俺の腕を掴む。そして俺に微笑みかけてトレーニングのお誘いをしてきた。
「細かいことは良いのよ。それじゃあヴァーディ、ワタクシと二人っきりでトレーニングを「ちょっと待ったぁぁぁ!」……何かしら?クロノジェネシスさん」
「ヴァーディはわたしと!トレーニングするの!リギルの先輩はほっといて!」
猫みたいに威嚇するジェネ先輩に対し、不敵な笑みで対峙するドンナ姉さん。これがキャットファイトか。渦中にいる俺はたまったもんじゃないけど。
「あら?ワタクシはヴァーディの走りの原型を作った、いわば師匠よ?ヴァーディだって、ワタクシに教えてもらう方が嬉しいんじゃないかしら?」
「え?いや、あの」
「そんなことないよね!ヴァーディ!ヴァーディはわたしとトレーニングする方が嬉しいよね!?」
「え、えぇっとぉ……」
ぶっちゃけどっちでもいい、なんて言ったら間違いなく痛い目に遭う。どどど、どうしよう!?どどどどどーすんのどーすんの!?とりあえず海藤さんにヘルプを求めよう!
(気づけ、気づけ海藤さん!俺の窮地に!)
目をパチパチさせて海藤さんに窮地を報せる!お、海藤さんと視線が合った!これは助けて──
「……さ~て、せっかくのリギルのメンバーとのトレーニングだ。絶対に良い経験になるからみんな頑張るんだよ~」
「「「は~い!!」」」
無視してんじゃねぇよオイゴラァ!今視線が合った瞬間逸らしただろオイ!ふざけんなさっさと助け「「ヴァーディ?」」あ、詰んだ。
「ワタクシと」
「わたし!」
「「どっち(どちら)とトレーニングするの(しますの)!?」」
乾いた笑いを浮かべるしかない俺。両腕は2人にがっちりと掴まれているため逃げることもできない。おかしいな?パワーには自信があるのに恐怖で震えて力が入らないぞ?
「ヴァーディ……南無」
「薄情者がぁぁぁぁぁ!」
合掌する海藤さんに恨み言を吐きながら、リギルとの合同合宿が始まったりした。最終的にはジェネ先輩もトゥインクル・シリーズ現役ということで1つ提案。
「ど、ドンナ先輩は学園でも指折りの実力者!そんな相手とのトレーニングはジェネ先輩のレベルアップにもなるんじゃないかな~って思うんですよ!どうですか!?」
我ながら苦しい提案だが、俺が生き残るためにはこれしかねぇ!頼む、通ってくれ!お願いします!
「……まぁそうだね。なら、よろしくお願いします!」
「威嚇しながら言われてもね」
「フンッ!」
っしゃあ!っしゃあオラ!なんとか首の皮一枚繋がったぞ!その後もジェネ先輩はドンナ姉さんを睨んでいることが多かったが。
「クロノさん、フォームが乱れているわ」
「え、え?」
「……仕方ないわね。こうよ、こう」
ドンナ姉さんは面倒見がよく、ジェネ先輩にもちゃんと指導をしていた。その甲斐もあってか、ジェネ先輩も最終的にはドンナ姉さんの指導を真面目に聞くようになり。
「あ、あの!ありがとうございました!」
綺麗なお辞儀をしてドンナ姉さんにお礼を言っていた。ドンナ姉さんもまんざらでもない表情を浮かべており。
「いいのよ。これからも頑張りなさい、ヴァーディ共々ね」
──とまぁ。こんな感じで夏合宿の日々は過ぎていった。
そんなわけで、気づいたらあっという間に夏合宿最終日。
「今日で夏合宿は終わり!午前のトレーニングが終わったらすぐに学園へ帰宅だ!」
「「「はーい!」」」
旅館の人達にお世話になったお礼をして、荷物をまとめて午前のトレーニングへと移行。今日は──1人でトレーニング。
1人、山道を翔け抜ける。もう何度も通り過ぎた獣道。舗装されていない、レース場みたいに整備が行き届いていない道。歩くのも困難で、走るのも一苦労なこの道を俺はただ1人駆け抜ける。
(やっぱ、行き詰るわな)
この夏合宿でも感じた成長の限界点。今の限界点をヒシヒシと感じる。だが、前世での俺の力は──まだまだこんなものじゃない。
一つ目のリミッターは外れた。それは皐月賞からの急成長で分かることだ。タイムは伸びて身体の調子も好調そのもの。今までとは違うスペックを誇っていると自負している。
だからこそ、どうしても焦りそうになる。
「……2つ目のリミッター。最後のリミッターが外れねぇ限りは、テメェに追いつけねぇか」
思わず悪態をつきながら思考をめぐらす。
俺の目的のためには、2つ目のリミッターを外して全盛期の俺に近づく必要がある。そのために必要なことは──やはりレースなんだろうな。
(やっぱレースでしかリミッターは外れねぇんだろうな。この夏合宿のトレーニングも最後は頭打ちだったし。一度目の覚醒は秋天だったが、皐月賞に早まった……。じゃあ秋天では?)
二度目の覚醒に至れるかどうか。いや、至ってみせる。そして……。
「いかんな。どうしても焦っちまう。焦って怪我しちまったら元も子もねぇな」
ただでさえ俺は疲労が抜けにくい。皐月賞もそうだったのにもう忘れちまってるよ。またバディに怒られるのは勘弁だ。
頬を叩いて気合を入れ直す。そもそもだ、秋天を目標にしているもののまずは毎日王冠。
「毎日王冠はサリオスが出走してくるだろう。アイツも油断ならねぇ相手だ」
今の段階でアイツとどこまで叩き合えるか。覚醒が早まったとはいえ、前世よりも走ってない期間が空いている。これがどう響いてくるかだな。
「……やっべ、考え事してたらいつの間にかゴールに着いちまったな。サッサと戻るか」
ゴール地点からターンしてきた道を戻っていく。今度は下り坂だからちょっとは楽……には勿論ならない。下り坂は下り坂で色々と考えて下りる必要があるからな。
トレーニングが終わってご飯を食べて。いよいよ学園へと帰る時だ!
「長いようで短かったね~」
「でもでも!
先輩達もバスで談笑してんな~。俺どこ座ろう?
「姉さん、ここ空いてるよ」
車内でキョロキョロしてたらエフが隣の席をポンポン叩いてら。丁度いいからここ座るか!
「ありがとよエフ!隣失礼するぜ」
「うん、姉さん」
周りの視線が痛い気がするが無視だ無視。
「あの姉妹……尊い」
「エフちゃんは真面目だけどヴァーディは奔放。そしてペリちゃんは元気っ子!」
「各種取り揃えててバランスが良い!」
何だろう、痛いだけじゃない気がする。なんか変な視線を感じるんだが?気のせいだと嬉しいなぁ……。いや、気にするだけ無駄だ!エフと話しとこ!
「どうよエフ?この夏合宿、成長することができたか?」
「まだ分からないよ。でも、強くなった……気はする」
う~んこの自信なさげな妹。可愛いとは思うが!
「お前はもうちょっと自信を持てエフ!」
そんなエフにヘッドロックだ!
「く、苦しいよ姉さんっ」
エフは苦しがっているが、手は緩めんぞ!
「良いか?エフ。レースは気の持ちようだ。そんな自信なさげだと、ここ一番の大事な時に勝てねぇぞ?」
「そ、そうだけど……でも、実際強くなったかは分からないし」
まだ言うかこいつめ。
「エフ、自分のやってきたことを信じろ!お前はこの夏合宿で強くなった!はい復唱!」
「わ、私はこの夏合宿で強くなったっ」
「声が小さい!もう一度!」
「わ、私はこの夏合宿で強くなった!」
よーしよし!良い感じじゃねぇか!ヘッドロックを解除する。
エフは少し咳き込みながら俺を軽く睨んでいる。頬も少し赤くなってるな。ま、まぁちょっとやりすぎたかもしれん。
「ち、ちょっとやりすぎたなエフ。スマン」
「……別にいいよ」
あ、ヤバい!ちょっと拗ねてる!え、え~と何か気の利いたことを!
「と、とにかく!俺の目から見てもお前は成長してる!超成長してる!しかもメイクデビュー勝ったしな!おめでとうエフ!」
「あ、うん。ありがとう姉さん。でも私が勝った日にも姉さんお祝いしなかった?」
「こういうのは何回言っても良いもんだよ!」
決してご機嫌取りをしようとかそういう意図はない!
「ヴァーディ!わたしは?わたしは!?」
エフのご機嫌取りを頑張っていると後ろの席のジェネ先輩が自分も自分もとばかりに乗り出してきた。バスもう出発してるんだから危ないですよ!
「ジェネ先輩も成長してます!俺も頑張って追いつかないと!」
「ふ、ふふ~ん!でもまぁ、ヴァーディの成長ももの凄いからね!わたしもうかうかしてられないね!」
「とりあえずクロノは席に座ろうか。危ないから」
海藤さんにやんわりと叱られてら。ジェネ先輩は恥ずかしそうに席に座る。
それにしても、ジェネ先輩の次走は秋天なんだよな。順調に行けば俺とかち合うことになる。
(ジェネ先輩の強さも半端じゃない。グランプリレースでは一度も勝てなかったからな)
今世では勝ちたいところだ。宝塚か有マ……どちらでも戦う可能性があることだしな。
帰りの車内でそんなことがあったものの、特に何事もなく学園へと到着。俺も荷物持って自室に戻ろっと。
「ただいま~……って、プボちゃんも夏合宿か」
向こうも夏合宿だから部屋の中には俺1人のみ。この部屋で1人で過ごすのって結構珍しい気がするな。
「ってことは!ベッドの上で跳ねても!……って思ったけど割といつもやってたわ」
しかもプボちゃんに窘められたことあるし。
「仕方ねぇからレース映像でも見ながら過ごすか」
今日のレース映像は、と。エネさんの凱旋門賞でも見るか。
しかし凱旋門賞、か。嫌でも記憶にこびりついているレースだ。
一度目の凱旋門賞は、そりゃあ嬉しかった。世界最高峰のレース、そのレースに勝ったんだという実感、関係者全員が泣いて喜んでくれたからそりゃ嬉しかった。なにより、これでコントレイルと胸を張って並べる!と、あの時は思っていたんだ。だが……再戦は叶わなかった。
二度目の凱旋門賞。二連覇がかかったレースだが──あの時の俺はある種の諦めを抱いていた。いや、正確には現実を直視するようになったか。
どんなに焦がれてもアイツはいないんだということを、どんなに頑張っても追いつけないだということが薄々感づいていて、その現実を突きつけられたレース。勝った喜びよりも、アイツはもういないんだという空虚さの方が残っているレースだった。
凱旋門賞はどうしてもそのことを思い出す。空虚な気持ちを、湧き上がらない気持ちを。今もレースが終わる度に抱いている、
(だが、今度は違う)
自然と手に力が入る。俺の手は握りこぶしを作っている。
あの時の過ちは繰り返させない。二度と自分の不甲斐なさが原因で、あんなことを起こさせはしない。そのためにも俺は──努力を続けているのだから。
「絶対にお前に届いてやるよ……コントレイルっ!」
もう二度とお前に寂しい思いはさせない。俺の不甲斐なさが原因で、お前を失望させたりしない!最高に熱い場所で、最高に熱いレースを!
「俺とお前の全力を!存分にぶつけ合おうぜ……コントレイルぅ!」
……いかんな。凱旋門賞の映像を見て色々と思い出したら熱くなっちまった。誰かに聞かれてないのだけが幸いだな。
「後は色々とレース映像を見るか。長期休みの宿題も終わってるし、パンちゃんに泣きつかれた時用の備えも万全だ」
パンちゃんやらなそうだし。いや、もしかしたらチームの先輩方に言われてやってるかもしれんな。ま、備えあれば憂いなし。準備はしておこう。
「あ、てかお風呂にも行かなきゃじゃん。忘れるとこだったわ」
ジェネ先輩も誘って大浴場に行くか。
その後の大浴場。
「ヴァーディ、1人で寝れる?もしダメそうならわたしが!」
鼻息荒くしてるとこ悪いんですけど俺いくつだと思われます?
「普通に1人で寝ますよ。ジェネ先輩も夏合宿お疲れ様でした」
「あーん、待ってよヴァーディ!一緒に寝ようよー!」
「夏合宿の時に散々布団くっつけて寝たでしょう」
ジェネ先輩から一緒に寝ようというお誘いがあったが、普通に断って自分の部屋で寝た。
夏合宿は駆け足気味に。そろそろ秋戦線。