夏合宿が終わり、夏季休暇も終わって学園での日々が戻ってきた。今日も朝からランニングを欠かさない。
「おはようヴァーディ。早速行きましょうか」
「もうツッコむのすら疲れましたよアイ先輩」
前々から思ってたけど待ち伏せしてんだろアイ先輩。本人にそのことを聞いてもしらを切られるけど。
アイ先輩と朝のランニングをしながら色々なことを話す。レースのことだったり、学園の授業のことだったり。まぁ色々だ。
「そうだ、アイ先輩の次走って決まってるんですか?」
前世と変わらないのであれば秋の天皇賞に来るはずだ。ただ、変わっているかもしれないので一応聞いてみる。
だが、その心配は杞憂に終わったようだ。
「秋の天皇賞よ。あなたは?ヴァーディ」
アイ先輩は淡々と次走を教えてくれる。どうやら、変わってないみたいだな。
「毎日王冠です。復帰戦ですけど、1着取れるよう頑張ります!」
「そう、頑張りなさい。毎日王冠は強いウマ娘が集いやすいわ」
現時点で出走が分かっているのはサリオス。しかもシニア級との混合レースだからな。気合を入れて臨まねぇと!
「それで?毎日王冠の後はどこを目指すのかしら?やっぱり、菊花賞?」
まぁ、クラシック最後の冠である菊花賞。俺はクラシック級だし、そこを目指すのが普通だろう。
だが、菊花賞を目指すのであれば毎日王冠は目指さない。海藤さんだって俺を中距離路線に進ませると言っていた。だからこそ。
「秋天。俺は毎日王冠を制して、秋の天皇賞に出走するつもりです」
俺の発言とともに空気がヒリつく。この空気の発生源は言うまでもないだろう──アイ先輩だ。
「へぇ?ということは、秋の天皇賞であなたと戦える……というわけね」
アイ先輩が眼光鋭く俺を睨みつけている。生憎と、それにビビるような俺じゃない。笑みを浮かべてアイ先輩に答える。
「はい。アイ先輩のG1・8勝目、俺が阻止させてもらいますよ」
一触即発の空気。傍から見れば俺達は並んでランニングしているだけに見えるだろう。
だが、周りの空気が歪んでるんじゃないかと錯覚するぐらいに視線を交錯させ、火花を散らしている。
だがその空気は、アイ先輩の溜息とともに霧散した。
「ま、まずは毎日王冠を勝つことね。じゃないと、秋の天皇賞への出走は危ういんじゃないかしら?」
あぁ、まぁ、はい。そうっすね。それ言われたらなんも言えねぇ……。
「ま、まぁ!強敵揃いでも勝ってみせますよ!この夏合宿で俺、強くなったんで!」
「ふ~~~ん」
アイ先輩は俺の身体をまじまじと見始める。
「確かに、強くなったようね」
「えぇ。この夏を越えて俺は、さらに強くなりましたよ!」
「後は結果を出すだけね」
はいはい、分かっておりますよっと。
「ところで、あなた寝間着を新調したというのは本当かしら?」
「そうですよ。皐月賞終わった後ぐらいに」
……待て、冷静に考えてどこから漏れたんだ?というか、俺の寝間着事情なんかどうでもいいだろ。なに?俺のそういう事情は独自のネットワークかなんかで管理されてるのか?さすがにそうなってたら怖いぞ。
アイ先輩はどこか呆れたような目をしている。
「クロノさんに自慢されるのよ。アレグリアさん共々ね」
すげぇな、絵面が容易に想像できる。アイ先輩とアレグリア先輩相手に得意げに写真を見せているジェネ先輩の絵面が。何ならふんぞり返ってふふーん!とか言ってる光景すら見えてきそうだ。
「私だって寮が同じなら撮れるのに……!」
いや、なんかすげぇ悔しがってな。良く聞こえなかったけど歯をぎりぎりさせてるもん。どんだけ悔しいんすか。
「う~ん、それなら今度写真撮って送りましょうか?」
「本当かしら!?」
うわビックリした!?急にグインって感じでこっち向いてきた!しかもアイ先輩はランニングも忘れて俺の方に詰め寄ってきて、近い近い!
「ち、近いから離れてください!」
「どうでもいいのよそんなことは!もっと近寄らせなさい!」
どうでもよくないし何言ってんだアンタ!?鼻息あたる距離まで近寄らんでくださいよ本当に!
「そ、そんなに俺の寝間着の写真が欲しかったら、自撮りでもなんなりでもして送りますよ!」
「その言葉、嘘じゃないでしょうね!?」
だから近いですって!
「嘘じゃないです!嘘じゃないんで離れてください!」
俺の必死の訴えが実ったのかどうなのかは分からん。だが、アイ先輩はようやく俺から離れてくれた……。
「まぁいいわ。そこまでしてほしいというわけじゃないのだけれど、あなたがくれるというのであればありがたく頂戴しましょう」
嘘つけやさっきまで滅茶苦茶詰め寄ってたくせに!嘘じゃないでしょうね!?なんて必死こいた形相してたくせによ!
まぁそれを指摘しても涼しい顔で躱されるだけだからいいか。それに、寝間着の写真ぐらい減るもんじゃないだろ。
「じゃあ、まぁ……今日の夜辺りにでも送りますよ。アレグリア先輩共々」
「えぇ。極上の物を頼んだわ」
人の自撮り写真になにを求めてるんですかあんた。
そんな朝の一幕があって。ランニングから帰ってきた後は学園へと登校する準備をする。
「お~い、プボちゃん!今日から学園だぞ~!」
今も布団の中で眠りこけている同室のプボちゃんに声をかけるが、まだまだ眠そうだ。目を擦っているし、大きいあくびしてるし。ちょっと微笑ましく思いながらも、長期休み明け初日から遅刻するわけにはいかないのでプボちゃんに声をかける。
プボちゃんの夏合宿もま~ハードだったそうだ。帰ってきた日はへとへとになって帰ってきて、すぐにベッドにダイブして寝そうになってたし。夏合宿後もチームのトレーニングが大変という話は聞いていたし、ずっと寝ていたいという気持ちも分からんでもない。
ただ、気持ちは切り替えないとな!じゃないと休み明けから大変だ!
「プボちゃん!そろそろ急がないとまずいぞ?」
「う、う~ん……分かってるよ~」
プボちゃんはさっきよりもスピードを上げて準備を始め、余裕をもって登校できる時間には準備を終わらせた。
プボちゃんと一緒に学園に登校し、教室に着く。朝の挨拶をしながら、夏休み前以来となる同じクラスのメンバーにちょっとした懐かしさを感じる。ラーシーとかパンちゃんとか、普段から絡んでいるような子は会ってたけど、ほとんどの子は会わなかったからなぁ。すげぇ懐かしい。
席について準備を済ませていると。
「おっはよー!」
教室の扉を開けて勢いよく入ってくるウマ娘。うん、パンちゃんだな。
パンちゃんは真っ直ぐにこっちに来てる。俺達を発見すると、その笑みをさらに深くして。
「おはよう!ヴァーディ、ボンド!」
元気よく、挨拶をした。思わずこっちも元気を貰えるような、そんな挨拶だ。つられてこっちも笑顔になっちまう。
「おう、おはようパンちゃん。夏休みはどうだった?」
「おはよ~パン君。休み明けでも元気だね~」
パンちゃんは走り回りそうな勢い。身体がうずうずしてら。ま、教室内だから暴れないようにしてるんだろうけど。
「もっちろん頑張ったぞ!ターボ先輩に負けないような逃げウマ娘になるために、パンも頑張らないとだからな!」
「お~……で?夏休みの宿題の方は?」
「あ゛っ」
うん、面白いくらいに顔が青ざめてら。この様子から察するに、多分やってないな?
パンちゃんは顔を青ざめさせて、手をわたわたさせて、最終的に懇願するような目で俺を見てきた。
「ヴ、ヴァ~ディ~……っ!」
なんというか、ここまで想像通りだと逆に面白くなってくるな。パンちゃん的には全然面白い状況じゃないから、笑うわけにはいかないんだけど。
溜息1つ吐いて、パンちゃんの頭を撫でる。
「わーったよ。俺がちゃんと教えてやるから、提出期限までにはしっかり終わらせような?」
その言葉とともに、花が咲いたような笑顔になるパンちゃん。さっきの青ざめた表情が嘘みたいだ。
「ありがとうヴァーディ!で、でも!今度はしっかりとやるからな!」
どうやらちゃんと分かっているみたいだ。それが実践できるかどうかは、これからのパンちゃんに期待だな。
「いや~、ヴァーディ君。実はぼくもお願いがあってね~」
その言葉とともに振り返ると、申し訳なさそうな表情をしたプボちゃんが。……まさか。
「……プボちゃんも終わってねぇの?」
そう聞くと、気まずそうな表情をするプボちゃん。あ、終わってねぇなコレ。
「ち、ちょっと後回しにしてた分がまだ終わってなくて~……。ほ、本当に後ちょっとだから!だから教えて~!」
プボちゃんも、というのはなんというか珍しいが……別に断る理由はない。
「いいよ。今日の始業式が終わったらさっそくみんなでやるか」
「「さんせーい!」」
どうやら今日の放課後は、みんなで夏休みの宿題を終わらせよう会になりそうだ。大体パンちゃんに教えることになりそうだけど。
朝のホームルームでみなさんお久しぶりですー、みたいな挨拶と出席を取った後始業式へ。
始業式では理事長の話だったり教員のお話だったり、ちょっと退屈な時間だったからあくびを噛み殺したり。今日のお昼どうしようかな~?とか考えてたりしていた。なんにせよ始業式の時間というのは本当に退屈だ。
始業式が終われば教室に戻って夏休みをどう過ごしたか?とかまぁ色んな注意事項を先生が話して。ついでに言えば夏休みの宿題の話題について触れた時に、パンちゃん同様やってないであろう、まだ完全には終わってないであろう子達が顔を青ざめさせているのが散見された。そのことがちょっと面白かったり。
今日の授業はそんなもんで。カフェテリアでみんなとご飯を食べた後は図書室で夏休みの宿題を終わらせる作業へと移った。ついでに途中でラーシーを捕まえて一緒にやらせることに。
「なんでアタシまで……」
「いいじゃんいいじゃん。今度何か奢るからさ」
「ちゃんと覚えてろよ?オメー」
みんなでなんとか夏休みの宿題を終わらせた。これでパンちゃんもなんとかなるだろう。
「ありがとうみんな!これでなんとかなりそうだぞ!」
「次からはしっかりやっとけよ?パンサラッサ」
ラーシーが再度釘を刺して、パンちゃんも笑顔で頷いた。冬休みの時はどうなるのか、今からちょっと楽しみだ。
学園での日々が始まって。戻ってきたんだな~って気分になって。そこから日が流れて──毎日王冠の日を迎えた。
次回は多分毎日王冠。