飛行機雲に焦がれて   作:カニ漁船

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調教師達へのインタビュー。


競走馬編 無情、後悔

 これまでヴァーディクトデイの鞍上を務めた騎手、ヴァーディクトデイのライバルとなる競走馬達の主戦を務めた騎手、そして大御所にインタビューを続けてきた新橋。

 そんな新橋は以降も方々へとインタビューを続けていた。全てはヴァーディクトデイの特集記事を作るために。

 新橋が最後に選んだ、ヴァーディクトデイに関するインタビューの相手は。

 

「よろしくお願いします、新橋さん」

 

 ヴァーディクトデイが所属していた厩舎の調教師、海藤崇文。

 

「まさか、私もとはな」

 

 ヴァーディクトデイが所属しているクラブの代表、秋畑代表。

 

「よよよ、よろしくお願いします!」

 

 ヴァーディクトデイの担当厩務員だった黒羽。

 新橋は最後に、この3人にインタビューをしようと決めていた。おそらく、ヴァーディクトデイを最も知る人達だろうから。

 

「みなさん、本日はお時間を作っていただきありがとうございます」

 

 頭を下げて感謝を示す新橋。海藤達3人も軽く会釈をする。

 

「それではみなさん、ヴァーディクトデイについてお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

 新橋が確認も込めて質問すると3人とも頷いた。

 ヴァーディクトデイの取材が始まる。

 

 

 

 

 

 

Qみなさんが思うヴァーディクトデイという馬は?

海藤「凄く利口な子。いろんな気性の子は見てきましたけどあれほど利口な馬というのもいない気がします。調教で手間取ったことなんてほとんどない。こっちが言ったことは基本的に守ってくれますし、守らなかったら怒られた子供みたいにシュンってする。自分が悪いってことが分かってるんだと思います。後は可愛い子ですね。結構甘えたがりな一面もあります」

 

秋畑「大人しくて、素直な子。喜怒哀楽がハッキリとしている馬だった。もう本当に分かりやすい。それとあの子はですね、凄く身体が柔らかい子だったね。5歳時はかなり理想的なフォームで走れていたと思ってる。それに日本の調教馬として初めて凱旋門賞を勝ってきてくれた。しかも2回。凱旋門賞だけじゃなく他の海外G1も勝って。凄い子ですよ」

 

黒羽「意外かもしれませんけど、結構甘えん坊なんですよヴァーディクトデイは。我々スタッフが近づいてくるのが分かると嬉しそうにしている。一人でいるのが苦手なタイプなのかな?そんな気はします。利口な子ではあるんですけど、闘争心がないかと言われたら全然そんなことはない。むしろ他の馬に比べてかなり高い方ですね。一度スイッチが入ったら止めるのは至難の業です」

 

Qヴァーディクトデイを初めて見た時の印象は?

海藤「黒い馬だな、と。流星も脚にも白いところはなくて本当に真っ黒な馬だった。ただ青鹿毛よりは黒くないって感じの毛色だったかな?有北ファームでは黒坊って呼ばれてたらしくて、本当にそのあだ名通りの黒い馬だった」

 

秋畑「1歳馬の頃は別の意味で目立っていた。ただインブリードの関係で体質がどうなるかってことが気掛かりだった。一度見に行ってみると、牡馬としては少し小柄かな?と思ったぐらい。体高はあったけどね。細くてスラっとした馬だった」

 

黒羽「黒いな、って。流星とか何もなくて本当に黒かったから結構印象に残ってます。来た最初の頃は牡馬の中でも小柄な方だった。この子と信頼関係築けるかな?ってちょっとドキドキしてましたね」

 

Q別の意味で目立っていたというのは?

 

秋畑「有北ファームの方から追い運動の牝馬に追いかけられている牡馬がいる、という話が上がっていた。そのせいで凄く目立っていた。いかにも走るぞ!とかなんてすごい馬体なんだ!とかじゃなくて。歳上の牝馬に必ず追いかけられる1歳馬が話に上がってて、一度見に行った。そしたら本当に追いかけられていた」

 

海藤「私が訪問した時も追いかけられてましたね。あの時は切れる末脚があるな、と思って見てたんですけどずっと追われてて。思わず牧場の厩務員さんにあの子は大丈夫ですか?と聞いたら慌てて止めに入ってた。厩務員さん達曰く、いつものことらしいですけど」

 

黒羽「それは海藤さんの厩舎に入った後も変わりませんでしたね。なので牝馬のトレーニング時間とは極力ずらすようにしてたんですよ。それでもすれ違うことはありますし、一緒の時間にトレーニングすることもありますから。その度に歳が上の牝馬からちょっかいをかけられてましたね」

 

Qヴァーディクトデイが歳上牝馬に好かれる理由は?

 

海藤「分からないです。あんなに好かれるのを見るのは初めてです」

 

秋畑「私も同じく分からない。あそこまで好かれてるとなると本当に分からない。最終的にはレースが始まるとまた今日も絡まれているな、と思うようになった」

 

黒羽「ちょっと分からないです。ヴァーディクトデイも最初は後ずさったり露骨に避けるように歩いてたんですけど、もう諦めたのか最終的には抵抗せずにジッと耐えるようになった」

 

海藤「そうですね。黒羽さんの言う通り、ヴァーディクトデイは牝馬に絡まれても耐えるようになった。特に調子に影響はなかったのが幸いですね」

 

Qヴァーディクトデイの性格について

 

海藤「優しい子、ですね。自分のワガママを押し通さない、他の子のために行動するようなそんな子。気づいたら輪の中心にいるガキ大将って感じです。色んな人に好かれる性格していると思いますよ。だからこそ、ちょっと怖いところもありますが」

 

秋畑「聞き分けが良くて優しい。自分のワガママよりも他人のワガママを優先する子。他の子を優先して自分は大人しく引き下がるタイプ。後は他の馬にも積極的に近づいていきますし、どの馬とも仲良くなれる。不思議な魅力にあふれている子」

 

黒羽「あんまり自分を出さないタイプ、っていうんでしょうか?自分の意見よりも他人の意見を尊重する子。夜間放牧の時は大体立って見張っていますし、他の子が寝転ぶことを優先するような子でした。委員長というよりはみんなと仲良くなる陽キャ系ですかね?誰にでも分け隔てなく接する子」

 

Q怖いところ、というのは?

 

海藤「みなさんが申し上げている通り、ヴァーディクトデイは自分の意見を出さない子なんです。言うことを素直に聞く、言われたことをやり遂げる子。でもそんなヴァーディクトデイが唯一自分を出す相手がいまして。それがコントレイルです」

 

黒羽「ヴァーディクトデイが暴れたのも大体コントレイル絡みですもんね」

 

海藤「はい。ジャパンカップ出走を断念した時ヴァーディクトデイは凄く暴れましたので。コントレイルのことになるとちょっと聞かん坊になります」

 

秋畑「やはり、ヴァーディクトデイにとってコントレイルは特別な相手ということなのだろう」

 

海藤「そうですね。理由はヴァーディクトデイにしか分からないですけど。それで怖いところというのは、大人しいヴァーディクトデイがコントレイルが絡むと自分を出すようになるんです。ワガママになるというか。それでもし歯止めが利かなくなったら凄いことになりそうだな、と」

 

黒羽「ヴァーディクトデイは自分を曲げないところがあるから大変なことになりそうですね」

 

秋畑「ジャパンカップ出走断念の時の話は私も耳にした。あの後有北ファームでヴァーディクトデイに直接謝ったよ。彼は怒るどころかむしろ私を慰めるような仕草を見せたが。だからこそ怖いという気持ちが湧いてくる。自分の気持ちを誰にも相談せずに、自分の中に押し留めていそうな、そんな気配がある」

 

海藤・黒羽「「分かります」」

 

海藤「それが爆発した時、歯止めが利かなくなった時どうなるか?」

 

黒羽「誰にも相談せずに、自分1人で突っ走りそうな気がありますもんね」

 

Qジョッキー達からヴァーディクトデイは満場一致でサディストという意見が出ていますが

 

海藤「否定はできないですね。ヴァーディクトデイは抜群にスタートが上手いですし、出遅れもわざとやっています。5歳時の走りを見るに前で走ることもできそうなのにあえて後方から走っていましたから」

 

黒羽「失礼な!と言いたいところですけど否定できないのがなんとも。ヴァーディクトデイの性格を考えるに追い込みで走るように騎手が指示するだろうから控える、って考えの方が近そうですけど」

 

秋畑「それにフォワ賞でのこともある。自分は前で走ることに向いてないということがフォワ賞で分かったんじゃないか?とは個人的に思っている」

 

海藤「実際他の馬を後ろから追い抜くのが癖になっている節はありそうですけどね。ヴァーディクトデイが一番実力を発揮するのは誰かを追いかけている時なので」

 

黒羽「そうですね。それに他の馬を後方から追い抜いて自分の力を誇示してそうではあります。そう考えたらサディストなのかも?」

 

Qヴァーディクトデイのベストレースは?

 

海藤「KGVI&QES。圧巻の強さだった。向こうに適性があることは分かっていたけど、本当に凄かった」

 

秋畑「間違いなくKGVI&QES。あれだけの走りができる馬はそうはいない。とんでもないパフォーマンスだった」

 

黒羽「ぼくもKGVI&QESですね。現地で見てましたけどそれはもう凄かった。誇らしい気持ちになりました」

 

Qヴァーディクトデイの思い出に残っていることは?

 

海藤「最初に挑戦した凱旋門賞ですね。新橋さん達と中継を見て、ヴァーディクトデイが1着で走り抜けたところは涙を流したよ。後は良い思い出ではないけどジャパンカップ出走断念の時。あんなに暴れたヴァーディクトデイを見たのは初めてだったから。今でもあの時の光景が焼き付いています」

 

秋畑「凱旋門賞。後方から凄まじい脚で追い上げてきて、日本の悲願を叶えてくれた。レース後は頑張ったな、よくやったなと存分に褒めてあげた」

 

黒羽「たくさんありすぎて困るな。でも一番思い出に残っていることはやっぱり凱旋門賞初制覇の時。現地にいるみんなと勝利を喜びあった。海藤さんの言うように良い思い出ではないけど、ジャパンカップ出走断念の時も記憶に残っている」

 

Qヴァーディクトデイの産駒について

 

海藤「是非私の厩舎で面倒を見たいという気持ちが強いですね。それに、クロノジェネシスとの交配も試されるみたいなのでその子は是非ともうちの厩舎に迎え入れたいです」

 

秋畑「非常に楽しみだ。向こうの芝に適性があったから産駒の適性も自然と欧州に向くと思う。彼のスピードが産駒にも遺伝したら、と考えたら興奮が抑えきれない」

 

黒羽「ヴァーディクトデイみたいにまた担当したいですね。走る走らないに限らず、ヴァーディクトデイの産駒の面倒を見たい」

 

Q最後にヴァーディクトデイに伝えたいこと

 

海藤「ジャパンカップは本当にゴメン。俺達が不甲斐ないせいでお前のワガママを叶えてやれなかった。せっかくお前が普段出さない自分の意見を出してくれたって言うのに。本当に、本当にゴメン。あんまりしんみりしすぎるのも良くないな。お前に会える機会があれば、会いに行くよ。お互いに元気な姿で会おう」

 

秋畑「凱旋門賞出走を決断したのは私だ。凱旋門賞があったからコントレイルとの対戦が叶わなかった、そう捉えられても不思議ではない。だからこそ本当にすまない、ヴァーディクトデイ。お前のワガママを叶えてやれなかったことは今でも悔やんでいる。また今度、個人的にお前に会いに行こう。いつまでもお前が元気でいることを心から願っている」

 

黒羽「ジャパンカップに出走できなくて君が暴れたこと、今でもよく覚えているよ。あの時君が凄く悲しそうに鳴いたこともちゃんと覚えてる。だからこそ、本当にゴメン。ぼく達のワガママで振り回しちゃって、ごめんな。でもぼく達は君が元気に過ごせることを心から願っている。だから、いつまでも元気でいてくれ」

 

 

 

 

 

 

「……はい、ありがとうございます」

 

 新橋は取材を終えてペンを仕舞う。お互いに軽い会釈をした。

 海藤調教師は静かに口を開く。

 

「本当に、俺達にとっての心残りは。あのジャパンカップなんです」

 

 ぽつりとつぶやいたその言葉。その一言にどれだけの思いが込められているのか。

 言葉の端々から悔しさがにじみ出ている。

 

「普段我を出さないヴァーディが見せてくれた数少ないワガママ。俺達はそれを、叶えてやれなかった!」

「海藤さん……」

 

 どれだけの悔しさが込められているのだろうか?海藤は強く拳を握り締め、震えていた。

 

「仕方のないことだってのは分かってる!ヴァーディの安全を考えたら出走させないことが正しい判断だって分かってる!だけど……だけど!」

 

 そして海藤の目からは、涙が流れていた。

 

「アイツのワガママを……叶えてやりたかった……ッ!」

 

 悔しさを隠そうとしない海藤。

 その気持ちは、秋畑と黒羽も同様である。

 

「我々も、同じ気持ちだ海藤君」

 

 海藤の肩に手を置いて、秋畑は語る。

 

「彼は我々に素晴らしい偉業をくれた。だが我々は、彼のワガママ1つ叶えてやることはできなかった。そのことが本当に……悔しい」

 

 黒羽も、ぽつりと呟く。

 

「海藤さんの判断は、間違ってません。あの時のヴァーディは本当にヤバかったから。だけど……」

 

 彼らの気持ちは1つだ。

 もし願うのならば、叶うのであれば。

 

「あの時のジャパンカップに出走できていたら。コントレイルと戦わせてやれたら、って。ぼくは今でも夢に見るんです」

 

 ヴァーディクトデイとコントレイルの再戦を。そう願わずにはいられない海藤達。

 彼らの後悔の念を聞いて新橋は思う。

 

(コントレイル陣営も、同じだったな)

 

 コントレイル陣営も同じ気持ちだった。

 海藤達に取材をする前に、コントレイルの陣営にも取材をしていた。彼らも海藤達と同じ気持ちだった。

 

「コントレイルをヴァーディクトデイと戦わせてやりたかった」

 

 と。

 だが、コントレイル陣営もそれができない相応の理由がある。それがコントレイルの脚部不安だ。

 コントレイル側も、無理をさせるわけにはいかなかったのだ。最悪を想定すればジャパンカップで引退をせざるを得なかった。コントレイル陣営もどうしようもなかったのだ。

 2つの陣営は同様の思いを抱いている。コントレイルとヴァーディクトデイを戦わせたい。そんな願いを、祈りを抱いていた。

 しかしそれは叶わなかった。2頭が対戦する機会は、なかったのだ。

 

(無情だな、競馬の神様というのは)

 

 どうしようもない事情があるのは分かっている。でもそれで心が納得できるかと言われたら否だ。

 取材は終わり。新橋は帰路に就く。帰り道で新橋は頬を叩いて気合を入れる。

 

「ッよし!早速記事を仕上げるぞ!」

 

 この記事は全国に、世界に広がり。陣営のそれぞれの思いが伝わった。

 それでも心ない批判をする者は一定数いるだろう。だが、陣営も悔しい思いをしていたのだということが伝わった。

 

 

──ヴァーディクトデイとコントレイルの対決。これがとあるコンテンツによって叶うことになるのは、もう少し先のお話。




願いや祈りは、時として呪いとなる。
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